「呼ォォォォォ……」
「フー……ハー……」
聖フランチェスカ学園の武道場で、二人の少年が向かいあっていた。
既に他の人達は退出しており、武道場は二人のものになっている。
一人は剣道着を身につけ、竹刀を握っていた。身体は軽くリズムをとっている。
そして、呼吸も落ち着いている。
その対面にいる少年は対照的だった。
袴を履いているのと、体格は共通だが、それ以外はすべて異なっていた。
その少年は素手であり、しかも防具はつけていなかった。
顔は繊細な美形ではない。
むしろ逆だ。
鼻は潰れ、耳は分厚い。眼も大ぶりな造りだ。
だが、醜男と言ってしまうのは可哀そうだろう。
バランスはそれなりにとれている顔だった。
「一刀ォ……行くぜ」
「よし、こい」
素手の少年は拳を固めた。
固めた拳の指は太い。関節部分が太くなっているのだ。
手の甲も丸くなっている。
長年、素手での
そして、潰れた耳と鼻はその少年が
「ふしゅッッ」
少年が鋭く息を吐いた時がゴングであったかのように、二人は動いた。
一刀と呼ばれた少年は後ろに下がり、竹刀を扱うのに最も良い距離をとった。
拳と竹刀が触れ合うか、触れ合わないか、といった間合いだ。
対して、素手の少年は、面の向こうの顔を睨みつけていた。
二人の間に無言の時が続いた。
引き絞るように声をあげ、面を打ち込んだ。
「イエァァァア!」
「カァッ!」
同時に素手の少年も踏み込んだ。
右手で竹刀を払い、同時に左足で一刀の右脇を狙うように蹴りを放った。
「ッ痛ゥ~~」
「イッポン」
左足は見事に狙いを蹴りぬいていた。
一刀はよろけ、尻もちをついた。
「仙刀! お前ちょっとは加減しろ! ホントに脇が痛いんだけど!」
「えーと……確かこれで3241戦して、1435勝目……」
「聞け! 少しぐらい聞け!」
「ヤダ。何でお前の恨み言を聞かなきゃあならねぇんだよ」
「お前はさぁ……!」
一刀は軽く舌打ちをし、ヨロヨロと立ち上がった。
仙刀と呼ばれた少年は一刀には目もくれず、ノートに試合の結果をメモしていた。
「これで、
「……まだノートに記録してたのか?」
「そりゃそうだ。忘れないためにな」
仙刀はノートを閉じ、笑いながら振り向いた。
「知ってんだろ? 負けず嫌いなんだよ、オレ」
「そしてしつこい性格……っと」
「ウルセ。それはお前との勝ち負けに関しては、だ。で……これで8連勝。もう一戦やるか?」
仙刀は薄く笑みを浮かべ、聞いた。
だが、一刀は首を振った。
「悪いけど課題がある」
「課題ィ?」
「世界史の課題で、資料館にある物に関係したことを調べて……ってやつ。提出が近いんだよ。次の月曜には出さないと」
「諦めろ。て、わけでもう一戦!」
「ふざけんなよ! さっき聞いた意味ねえじゃん!」
「聞いて行動するか、ってのとは別よ。べ・つ」
「……殴ってもいいか?」
「壁か床なら。もしくは天井」
「お前をだよ! それに天井を殴れるかァ!」
「あーハイハイ」
仙刀はマトモに取り合わず、適当に聞き流した。
その態度を見て、一刀は溜息を吐いた。
そして特に何を言うでもなく、するでもなく、防具を外し始めた。
それを見て仙刀も制服を取り出し、道着を脱ぎ始めた。
二人は幼馴染であったため、付き合いも長かった。
そのため、お互いの考えも大体分かっていた。
「で、やっぱ資料館に行くのか?」
「まあな。で、お前はもう一戦やりたいのか?」
「そりゃあな」
「もう、地下闘技場行けよ……。東京ドーム地下6階に」
「いいなぁ……それ」
「いいのか!?」
「トーナメントとか出てえな。あと、死刑囚とやり合ったり……」
「したいの!?」
「楽しそうじゃん」
「いや! いやいやいや!」
「で、お前は何騒いでいるんだよ。資料館、閉まんぞ」
「誰のせいだと……!」
「誰だろうねぇ……」
「お前だよ!」
一刀は、溜息を吐いた。
いつもの事なのか、一刀は落ち着いていた。
二人は着替え終わってから、資料館に向かった。
1
「ったく……。なんでこんなカビ臭えとこに……」
「文句言うなら、帰ればいいだろうに」
「しゃあねぇだろ。一人で帰るって、なんか寂しいじゃん。それに誰かに襲われそうで……」
「お前を襲うやつはいないだろ」
「まぁ、襲われたら、正当防衛として色々と……」
「何をヤル気だ!? 一体、何をヤル気だ!?」
「ウチで習った古武術の関節技とか、投げ技とか……。とにかく、人の体をコキャコキャやりたい」
「“過剰防衛”って知ってる?」
「オーウ、ワタシニホンゴ、ワ~カリマスェ~ン」
資料館はすでに薄暗く、人気も無かった。
そのため、二人分の靴の音がよく響いていた。
一刀は時々足を止め、展示品を見ていたが、仙刀は興味なさげに一刀の周りをブラブラとしていた。
「仙刀……少しはこういうの、興味ないのか? 中国の三国時代の壺とか、剣とか」
「無い。てか、大抵はそういうのは偽物だっての。なんで〇鑑定団とか見ると、分かるだろ。50万で買ったのが、5万くらいだったり……」
「いや、そうかもしれないけど。確かに偽物かもしれないけど」
「だから興味なんざねえの。あと、歴史系は嫌いなんだよ」
「それが本音だろ」
「うっせぇな」
仙刀はチッ、と舌打ちをした。
そして頭をポリポリと、太い人差し指で掻いた。
ちょっとの間、お互いに無言だった。
「うーん……やっぱり、アレにするか」
一刀は今まで見ていた展示品から目を離し、身体を伸ばした。
「アレ?」
興味なさげに仙刀は聞いた。
「三国時代の鏡」
「鏡ィ? そんな物あんの?」
「あるし、日本の歴史にも……」
「黙れ歴オタ。決まったならさっさと帰ろうぜ」
そう言って、さっさと家帰って、ウチの柔術の練習したいしな、と仙刀は付け加えた。
「いや、実物を見て写真を撮っておく」
「んなもん、ネットで探せ」
「すぐ終わるからいいだろ。ここで撮って、貼り付ける方がはやい」
「へーへー。なら、そこに行くか」
「ああ。確か、そこの角の向こうにあったはず」
仙刀と一刀は二人で向かった。
だが、ちょっと曲がった所で誰かいることに気が付いた。
「仙刀。あれ……誰だ?」
「
「……何やってるか分かる?」
一刀は声を潜めて聞いた。
「石……? いや、金属っぽい丸い板を持ってんな」
「多分……鏡だ」
「鏡ィ? あんなのが?」
「昔の鏡は」
仙刀はふぅーんと、つまらなそうに鼻を鳴らした。
そして、二人はばれないように、ゆっくりと静かに近寄って行った。
だが、その白服は感づいたのか鏡を持って走り出した。
「……逃げた。仙刀、追って」
「何でさ。いいじゃん別に。古くさいものの一つ百個盗られようが」
「よくないから。てか、多いから。あと、お前の方が足速いんだから早く行け」
「人使い粗いねぇ。まあ追うけど」
タッ、と軽く足音を立て仙刀は走り出した。
2
なんだかんだ言って、仙刀は悪いヤツじゃない。
面倒くさがり、マイペースといった短所はあるけど……。
それでも、家が近くて親が仲良いいこともあり、物心つく前から付き合いがあるから、扱い方っていうのは大体分かる。
「テメェ! 何パクったのか見せてもらおうか!」
仙刀はすぐに追いついた。
そして、今までの走りを助走として……飛び蹴りを白服の背中に放った。
……確か、アイツって鏡を。……ってことは!
『パリーン!!』
……やっぱり。
「まだ逃げるかい?」
「仙刀! もう、そいつは元気いっぱいじゃない!」
俺は慌てて仙刀の所に走り寄った。
その間、白服の男はピクリとも動かなかった。
「……元気いっぱいじゃないどころか」
「へんじがない、ただのしかばねのようだ」
「何でそんな余裕!? 殺ったのお前だぞ!?」
「冗談だ。生きてるよ。多分」
仙刀は白服の手首に指を置き、脈はあるといった。
それならいいけど、もう一つ問題がある。
「あとは……この鏡だ。どうすんだ、コレ。お前が弁償しないとダメだろ」
カバンを置き、しゃがんで鏡の破片をかき集める。
すでに、粉になっている部分もある。修理は無理だろうな……。
「はぁ? 折角、取り返したのにか?」
「とりかえしてねえよ! “取り返しのつかないことになっている”だけだろうが!」
「そうだな……アロン〇ルファでくっつけるか」
「くっつかないから、コレ! まったく、どうするんだよ……。これ、資料館で一番高価な物、とか言われていた物だし」
呟きながら破片を集めていたら、カシャアッと無機質なシャッター音がした。
気になり振り向くと……。
「おい、仙刀。そのスマホで何をした?」
「いや、これを証拠写真にして、俺が弁償しないようにと思って」
「最低だな、お前! 消せ! 今すぐに消せ!」
「ざけんな! 俺の小遣いがなくなっちまう! 買いたい武術書があるのに!」
「買うものおかしいだろ!」
「趣味だから仕方ないだろうが! てか、俺もう逃げるからな!」
「逃がすかぁ! 責任とれやボケ!」
「~~~ッッ! 足首掴むんじゃねえ! 転んで鼻を打ったじゃねえか!」
「うるさい! お前が逃げようとするからだ!」
やっぱりコイツは最低だ!
コイツの人間形成に、武道はあまり役立ってないらしい。
足首を両手で掴み、逃げられなくしても、モゾモゾと逃げようとしている。
「離せぇ~。俺は逃げるんだ。お前の荷物もかっぱらってな……!」
「離すのはお前だ! 何で俺のカバン持っているんだよ!」
「え……? お前の財布を盗むためだけど?」
「それが何か? ってツラすんな!」
ここまでクズだったのかコイツ!
逃げようとする仙刀。逃がさないよう握りしめる俺。
図らずとも、一進一退の攻防になっていた。
そうこうしている内に、仙刀は抵抗をやめた。
「おい……一刀。後ろ見ろ……」
「後ろ?」
真面目なトーン、真面目な表情で仙刀が言った。
それで、後ろを見ると……。
「なんだ? 割れた鏡が光って……」
「今だ!」
「逃がすかぁ!」
「とっさの前受身! っとぉ……一刀! てめぇ、危ないだろうが! カバンの角って、教科書とか入っていると痛いんだよ!」
「うるさい! 罠にはめようとすんな!」
「事実だろう! 光ってるのは事実だ!」
「そうだけど、お前は信用ならないんだよ!」
割れた鏡が勝手に光り始める、という摩訶不思議な現象が起こっているけど関係ない!
コイツを逃がさない方が重要だ!
「チッ」
「舌打ちしやがった! 舌打ちしやがったよコイツ!」
「せっかく逃げれるところだったのに……」
「クソ野郎だなお前は!」
俺は今度は離さないよう、仙刀の足首をしっかりと掴んだ。
仙刀はうつ伏せ状態だから、抵抗らしい抵抗は出来ていない。
また一進一退の攻防になるかと思ったけど……。
「ぬおッ!? 一刀お前の引く力、こんなに強いのか!?」
そう。何故かズルズルと仙刀が一方的に引きずられているからだ。
だけど、俺が引いているんじゃあない。
「違う! 鏡に……引っ張られる……!」
「え? 何? あれ、吸引力の変わらないただ一つの鏡!?」
「うるせえよ! とにかく分からないけど引っ張られる……!」
何でこんなことになっているのか、訳が分からなかった。
這って鏡から離れようとしても、ピクリとも前に進まない。
力を抜いたら、一気に吸われてしまいそうだ。
「おい! そこの白服! 事情を説明しろ! どういうことだ!?」
「…………」
「チクショウ! まだ気絶してやがる!」
このビチグソがぁ~! と仙刀が吼えた。
だけど、吼えたところで事態は好転しない。
何かいい方法を考えないと……。
そう思った矢先だった。
「仕方ねえ! 一刀! お前だけ引きづりこまれろ!」
そう言って仙刀は、腰ごと足を力ずくで回して、俺から逃げた。
コイツ……!
「逃がすかァ!」
「ああもうしつこい! って何でお前、俺の腰に手を伸ばすんだ!」
もう手段を選んじゃいられない! コイツの力を利用して抜け出す! もしくは道連れだ!
「いやァァァァ! この痴漢!」
「気持ち悪いこと言うな!」
「チクショォォ……何度も憑りつきやがって……ボンビーかお前は!」
必死で逃げようとする仙刀。俺も必死で逃げようと、腰にしがみ付きながらも足は踏ん張って、吸い込まれないようにしている。
それでも、じわじわと吸われていく。
「仙刀! もうちょっと何とかならないか!?」
「なるならなんとかしている! いや……」
「何かあるのか!?」
「ああ」
仙刀の背中しか目に入らない状況だけど、奴が一瞬だけ笑みを浮かべた気がした。
直後、身体に電撃よりおぞましい何かが走った。
「必殺! 内股!」
「お前……俺の股間を……!」
「そして離脱!」
仙刀がしたのは相手の太もも、股間辺りを足ですくい投げる柔道技の内股だった。
狙いは股間に絞っていたのだろう。
油断していたこともあり、綺麗にやられた。
力が緩み、鏡に引っ張られる……。
「ハァ……冷静になれば分かることだよな、一刀。ファンタジーやメルヘンじゃあないんだから、鏡の中なんてあるわけねえだろ。気のせい……!?」
仙刀が何か言ってるけど、よく聞こえない。
どんどん鏡に引っ張られていく。
「ああもう! どっかの暗殺チームのスタンドみてえじゃねえか! 仕方ねえ!」
何でか分からないけど、その一言はよく聞こえ、直後に誰かの手が伸びてきた。
3
「まさか二人とも引きづり込まれるとは……予想外でした」
騒いでいた二人が消え、静かになった資料館に眼鏡をかけた理知的な印象の男が現れた。
「左慈。大丈夫ですか?」
「…………」
そう言って眼鏡の男は白服の男を起こした。
白服の男は目を覚ましたが、ボーっとしている。
「左慈?」
「あれ~? お兄ちゃん、ここどこ~?」
左慈と呼ばれた男は、何かが吹っ飛んだのか、目がクリックリになり幼児化していた。
「クハッ!」
瞬間、資料館が謎の赤い液体に染まった。
これは元々、なろうで掲載していた小説のリメイクになります。そのためなろうの時の小説と比べ、色々と変わっています。
誤字脱字、批判等ありましたらご報告お願いいたします。