1
「あ~疲れた……」
俺と一刀、二人分の荷物を担いであの修羅の山を下り、白帝城という城に着く頃には、日が沈みかけていた。
「って……白帝城ってここだよなぁ?」
界皇様からは“城”と言われていたので、このデザインには面食らった。
普通、城と言ったら、あの天守閣……だったかがあるものだ。
だけど、ここは城壁に囲まれた街だ。派手な天守閣は無い。
なんか、RPGにある街って感じだ。
しかも、町の中の人の服が時代がかっている。
修羅の国では、拳法着か上裸、俺は道着に袴がデフォだから気にならなかったけど……町の人も時代がかっているってのはなァ……。何か違和感。
日光江戸村や映画村じゃああるまいし。
そんなこと考えている内に、城門が閉まり始めてしまった。
「あ、やべ。すんませ~ん!」
俺は間に合うよう、手を振って声をあげながら走った。
2
南郷仙刀は、路地の真ん中を歩いていた。
黒い袴に黒い道着という服装であるため、ここの雰囲気と少しはマッチしている。
夜になって街の人だかりは少なく、どこか物寂しい空気がある。
道に街灯はなく、家からこぼれる明かりもないため、街を照らすのは星明りと月明かりがほとんどだ。
「まずは宿でも探すかぁ……」
仙刀は頭を掻いた。
ボーっと歩いていると、前から3人の男が歩いてきた。
「おい、兄ちゃん……」
「?」
すれ違う時、3人組の真ん中の男が仙刀につっかかってきた。
ケンカを売ってきている、と仙刀は感じた。
「なんだ」
「お前がさっき、そこの泥をはねたせいで、俺の履物に泥が付いちまったよ」
「へえ」
「おい、その態度……なめとんのかぁっ!」
真ん中の男が一歩だけ、仙刀の方に寄ってきた。
仙刀は何も言わず、三人を見た。
――俺と同じか、低いくらいの背。体重は……俺より重いだろうな。筋肉がある。武器は……腰に剣みてぇなの持ってるな。模造でも、使われると面倒だ。
「謝るってんなら、許してやらんこともないぜェ……その荷物置いてけ」
そう言って、仙刀からみて3人組の左側の男は、仙刀と一刀のカバンを指差した。
仙刀は溜息を吐いた。
「履物ぐらい、普通に歩いても泥はつくけど?」
「いや。お前にやられたんだ」
「ふぅん。あっそ」
「嘗めた態度……とってんじゃねえッ!」
真ん中の男は剣を抜いた。本物の光沢をもった剣だった。
仙刀は、興味のないものを見るかのように、一瞥して荷物を置いた。
「本物臭いな。……使うのか」
「なに?」
「使うなら使うでいい。手加減しないで済む。手加減は下手糞だから、ありがたい」
刃物には、人を正気の人間を、狂気に向かわせる力がある。
最初は、脅しに使うつもりだったのかもしれないが、仙刀の態度がそれを倍加させた。
真ん中の男のめつきが、より鋭くなった。手にした刃物のようだった。
よほど力を込めているのか、握っている手は白い。
「一応言っとくけど、こんなことでケガするなんて、勿体ないから止めとけ」
仙刀のその一言が引き金になった。
「おきゃァッ!」
奇声をあげ、真ん中の男が剣を振り落とした。
真ん中の男が動くと同時に、仙刀も動いた。
両方共、ほぼ同じタイミングで動いた。
剣が落ちる音がした。
二人の男が倒れていた。
二人とも、動いていない。
真ん中の男が、苦悶に満ちた表情で、仰向けになっていた。
顔は血まみれになっている。
鼻が潰れて曲がり、真っ赤な血が流れていた。
唇も裂け、真っ赤になっている。
その中に、白いものが混じっていた。折れた前歯だった。
左にいた男は顔面が地につき、うつぶせになったままピクリとも動かない。
仙刀は、何も言わず、無造作に突っ立っていた。
「おい。お前はやるのか?」
仙刀は首だけ動かし、残った男を見た。
「ヒィィィ! 化けモノだァァァ!」
残った男は悲鳴をあげ、ヨロヨロと倒れた。
ズボンは濡れていた。どうやら、失禁したらしい。
「へぇ……。イイねぇ、アンタ」
残った男の後ろから、茶髪の男が来た。
髪の量は多く、獅子のタテガミのように見える。
背は高い。2メートルはあるだろうか。
太い男だった。
腕が、太い。
足が、太い。
眉も、眼も、首も、声も太い。
「まず、剣を持ったヤツの両手にに手刀。次に、腹に前蹴り。そして、前のめりになったところで、顔面をぶん殴った。次に、そこのうつ伏せになっているヤツの、こめかみに上段蹴りだ。清々しい喧嘩だねぇ……」
「見ていたのか?」
「ああ。久々にスッキリする喧嘩を見たぜ」
大男が感慨深そうに言った後、仙刀はファイティングポーズをとった。
それを見て、大男は笑みを浮かべた。
「油断はしねえってか! イイねェ、良い気構えだ! 気に入った!」
「え……? 何て言うか……ありがとう? で、やるのか」
ドスがきいた声だった。
仙刀は大男を睨みつけた。
「ハッハッハ! そんな怖いツラすんな! 俺はこいつ等と何も関係はない。酒を飲もうと思って、出歩いていただけさ」
「なぁんだ」
大男の笑みを見て、仙刀は両腕を下げた。
その瞬間、大男は笑みを残したまま、獅子の顔に変じていた。
たまらない寒気が、仙刀の中をはしった。
大男の拳が、仙刀の腹に向かって吹っ飛んできた。
大男の拳を右手で受け、右足での前蹴りを放った。
「へぇ……アンタ、どうして止めるんだい?」
「それはお前もだよ。その拳、速いだけじゃねえか。殺気は本物のクセして」
大男は笑った。
「そこまで分かるのかい!」
そう言って、大男は拳を下げた。
それを見て、仙刀は足を下げた。
「悪かったな。俺も喧嘩好きなんで、アンタの喧嘩を見て、我慢出来なくなっちまったんだ」
「我慢できなくなったァ?」
「ああ。しかも……剣持っているヤツに、加減したじゃねえか」
「してない」
「いや。アンタは加減した」
仙刀は溜息を吐いた。
大男は、くくっと笑った。
そうして大男は、また口を開いた。
「俺が言ってるのは、アンタが、普通に手加減したって意味じゃねえ」
「…………」
「確かに手加減していた。だが、本気だった」
「つまり――」
「――
仙刀は笑った。
「丸わかりじゃねえか、俺のやったこと」
「ああ。よ~くわかったぜ。っと、自己紹介が遅れちまったな。俺は
「俺は南郷仙刀だ。よろしく」
3
「珍しい名乗りだねェ」
俺に向かって、雷銅はそう言った。
「そうか? まぁ、仙刀ってのは珍しいか」
「いや、名前が珍しいって話だ。普通は姓、名、字に分けるか、字は名乗らないかだ」
「字ぁ?」
「……字をしらねえのかい」
「うん。初めて聞いた」
そう言うと、雷銅は一瞬だけ怪訝な表情になった。
とは言っても、字なんてねえよ。あだ名はあるけど。
「そんなデカくなるまで、どんな環境にいたんだい? 親が普通に持っているだろうよ」
「ウチの両親に字はないな。名字と名前だけ。外人ならミドルネームとかあるけど。てか、何でお前は字なんて持っているんだよ」
「みどるゥ……? 初めて聞いたぜ、そんな言葉」
なんだか、違和感を感じた。
修羅の国でも、何度か感じていた違和感だ。
ちょっと、この違和感が何なのか、分かりかけてきた。
「ドッグ。アップル。DVD」
「あんた何言ってんだい?」
やっぱり通じない。
誰でも知っている言葉だ。
現代人なら普通に分かる言葉を、チョイスしたつもりだ。
それでも通じない。
「全部知らないのか」
「ああ。3つとも初めて聞いた」
「普通に知ってる奴が多いと思うけど」
「……どうもオカシイねぇ」
「俺もそう思う」
普通に分かるだろう英語が、誰も分からない。
これが一番オカシイ。
教科書にしか出ないようなものならとにかく、日常的な物や、小学生でも分かるような単語が、誰にも分からないのはオカシイ。
「話し合う必要がありそうだ。というより、個人的に話したいね」
「俺もだ。あ……ついでに一泊、泊めてもらえるとありがたい」
「なら、イイとこあるぜ。ついてきな」
そう言って雷銅は背を向けた。
俺はその背を追っかけた。
4
「イヨォ仁! 起きてるかぁ!?」
「何だ、慶。……夜中に騒がしい」
俺が雷銅の背を追っかけてついたのは、これといった特徴のない家だった。
明かりも少なく、薄暗い。
雷銅が大声出してドアを開けると、住人が不機嫌そうな顔をして出て来た。
若い男だ。
髪は光を吸い込みそうなほどに黒く、腰に届きそうな長さだ。
後ろ髪は首の所で、髑髏が掘り込まれた、筒状の髪飾りで一本に纏められている。
体つきは華奢で、肌は白い。
手足はスラリとして、まるでモデルのような印象がある。
だけど、背の高さは俺と同じぐらいか。
眉は細く、眼は鋭い。
「……そこの男は?」
「ああ。ついさっき、知り合ったんだ」
「南郷仙刀だ。よろしく」
「私は
「いや、コイツと話をしてぇから来た。面白いぜ」
「帰れ。私の家は酒場ではない。外で話せ」
「寒いじゃねえか。夜風がキツイんだ」
「……ふん」
冷苞は鼻を鳴らして、背を向けた。
それを見て、雷銅は笑みを浮かべた。
「よし、入るか」
「いや、帰れって……」
「いいんだよ。本気なら、とっくに扉を閉めている」
「はぁ?」
「あと、アンタ寝床ねぇんだろ? 今夜はここで一泊してくれ」
はぁ!?
と、俺が返す前に、雷銅は家に入ってしまった。
仕方ない。俺も入るか。
家に入り、明かりのある部屋に行くと、テーブルの周りに、座布団が三つ置かれていた。
雷銅は一つの座布団の上で、胡坐をかいている。
冷苞はその隣で正座をしていた。
で、俺は荷物を適当なところに投げ、対面にある残された座布団の上に座った。
「で、単刀直入に聞くぜ。アンタ、何者だい?」
「何者って……“人間”としか言いようがない」
「慶が言ってるのは、そういう意味ではないだろう」
冷苞が口を挟んだ。
「“貴様がどこか異様な理由を教えろ”……ということだ」
冷苞がひんやりと、冷たい目で俺を見た。
「……俺としてもよく分からねえよ」
「どういうことだい? 順を追って話してみな」
「……ああ」
俺は小さく頷いた。
「まず、学校の資料館に行って……」
俺は今までの事を全部話した。鏡を割ったこと、変な空間に入ったこと、気が付いたらここら辺みいたこと、修羅の国で世話になっていたこと。
全部話した。
雷銅は俺の言う、非科学的な話しを茶化すでもなく、相槌を入れながら聞いてくれた。
冷苞は何も言わず、時々うなずいた。
「以上」
「…………」
「…………」
二人とも何も言わず、眉間にしわを寄せていた。
重々しい空気だった。
「で、それが真実……ってか」
「そうだ。だから、ここがどこなのかも分からない。益州とは一度聞いたけどな」
「成る程ねェ……面白い話を聞かせてもらった礼だ。俺の分かることなら、何でも答えるぜ」
そう言って雷銅は笑みを浮かべた。
「まず、ここが益州ってのは知っているみてえだから……ここは“漢”って説明した方が良いか」
「漢? 聞いたことない国だな。忘れているのかもしれないけど。……ちょっと待ってくれ」
そう言って俺は荷物から、スマホを取り出した。
そうして、辞書機能を開いて、漢と打ち込んだ。
「面白そうなものを持ってるねぇ……仁! 見てみな!」
「……興味がない」
雷銅は俺の手元を覗きこんできた。
時折、はぁ~、とかほぉ~、と声を出す。
「え~っと、漢……男のことと……古代中国の王朝? え?」
紀元前とか書いてある!? 昔すぎるだろ! キリスト生まれる前!?
いや、一応、前漢と後漢なんてあるし……。
駄目だ。混乱して、何考えているのかも分からない。
素数を数えて、落ち着けるわけもない。孤独な数字じゃダメだ。
「今って、前漢? 後漢?」
「後漢だ。もっとも、もうすぐ終わりそうだがな」
「というより、終わる。黄巾が既に暴れている」
雷銅の表情は大真面目だ。
やっぱり、嘘をい吐いているとは思えない。
今までの経験から、最悪の答えが頭を過った。
「まさか……タイムスリップゥ!?」
本当に……最悪だ……。
「何だァ? そのたいむってのは」
「過去や未来に行くこと……この場合は大昔……」
俺は机に突っ伏して、答えた。
「証拠を出せって言ったら、アンタの手にある
太い指で頭を掻きながら雷銅が言った。
「まあ、
「そりゃそうさ。で……何て言うかよぉ、アンタ
俺は若干どもって答えた。
何でそんなこと確認……って、ああ。
「今日も落ちたな、あの流星」
「それよ」
「はぁ……貴様等は私の所に、面倒事を持ち込んできたのか」
「どういうことだ?」
冷苞は舌打ちをして答えた。
「あの星は、“天の御使い”が乗るもの、と噂されているものだ。それが二つある、ともな」
「噂だろうが。……てか、俺が……と言うより、俺達がそんな胡散臭いものなのか?」
「条件は満たしているねぇ。普通なら、誰も知らないことを知っていて、誰も持っていないものをもっている」
「……で、お前等は俺が、そんな胡散臭いものだって思ってんの?」
雷銅は胡坐をやめ、片膝をあげた。
「半分ってとこさ。証拠はあるが……」
「性格……というより、人格がダメだ」
あれ? なんか、人間性を否定された気がしたよ?
「おい、冷苞だったよなぁ? 人を見た目で判断すんじゃねえよ」
「私は内面を判断した」
「第一印象で判断すんな!」
「印象は大体を間違えない」
……コイツ嫌い。
ちょっと
雷銅は普通に笑っているし……!
「やっぱり、アンタは天の御使いなんていう、大層なものじゃねえや!」
雷銅は爆笑した。
何笑っているんだか。
「こんなガキみてぇな御使い、いてたまるか!」
「雷銅……!」
「いやいや、バカにしてるんじゃあねえ。気に入ったってことだよ」
ハァーッハッハッハッハ!
と、雷銅はもう一段大きく、爆笑した。
5
俺はハァ……と溜息を吐いた。
でも、こんな温かい雰囲気は久しぶりだった。
……ちょっと甘えたこと言ってもいいかな。
「なあ雷銅。俺のこと気に入ったって言ったよな?」
「おう。多分、コイツもな」
そう言って雷銅は、冷苞を指差した。
「私は気に入らんがな」
冷苞はそう言って、プイと顔をそむけた。
「なぁ……お前らに頼みがあるんだ」
「なんだい」
「なんだ」
一呼吸。
「半年前のが俺なら、今日落ちたもう一個の流れ星は多分、俺のダチだ」
「へえ」
「ふむ」
「そこまでの旅……それに、つきあってくれねえか?
俺は、深々と土下座した。
一応、これでプロローグ(?)は終わりです
そろそろ原作キャラ出さないと