1
「仙刀ォ! 用意できたかい!?」
「はええな
「貴様等! 私の家で騒ぐな! 黙っていろ!」
「お前が一番ウルセエんだよ! 仁!」
「仙刀ォ……アンタが一番騒いでいるぜ」
こいつ等は、俺の旅に付き合ってくれるらしい。
本当にありがたい話だ。
中国なんて旅行でも行ったことないし、今後も行く予定はない。
だから、土地勘なんてまったくないから、本当にありがたい。
こんなに仲いい関係になれるとは、昨夜はまったく思わなかった。
何故なら……。
2
俺が土下座したのを見て、雷銅は笑った。
「友人の所へねぇ……よっしゃ! 協力するぜ!」
「え……? でも、仕事あるだろ? そんな簡単に……」
「いいんだ。この
「……ありがとう!」
俺は深く頭を下げた。
雷銅は俺の背を、いいんだと言ってポンッと叩いた。
「仁! お前さんはどうする? 男二人旅するってのもねえ……」
「……私の人生の目標、言った事はないか?」
冷苞はいつの間にか、本に目を通していた。
興味のないオモチャを見るような目だった。
「激しい『喜び』はいらない。代わりに深い『絶望』もない。植物のような、平穏な人生を私は送りたい。それが目標だ」
冷苞はそう言って、本を閉じた。
「だが……見知った顔に死なれるのも気分が悪い。そして、ここは安息の地ではない。……それなりの土地を見つけるまで同行しよう」
「よし! 仙刀ォ! 北東への旅、楽しもうか」
「……ああ!」
雷銅は笑顔で俺に拳を見せた。
俺は、コンと自分の拳をぶつけた。
ここまではよかった。問題はここからだった。
「さて、一緒に旅するってんなら、お互いに聞きたい事を聞いておこうじゃねえか。旅の真っ最中に聞かれても迷惑だ。もっとも、俺達は聞きたい事を聞いたがね」
そう言われて、ちょっと考えた。
う~ん……なら……
「まず一つ」
「オウ」
「お前、
そう言った瞬間、空気が凍った。
……え? 何? 俺、何か悪いこと言った!?
雷銅を見ると、さっきまで笑っていた顔は、無表情になっていた。
ホントに何!?
「……阿呆だな」
冷苞は冷めた目で、こっちを見ていた。
なんでこうなってんの!?
「一つ言っておくぜ」
「な、何だ?」
雷銅の声は低い。なんとなく、不気味に響いた。
「ソイツは真名っていってな。その人の本質を表す神聖なモノだ。イイって言われた奴しか、呼んじゃいけねえ」
雷銅はズイと俺に寄り、凄む。
顔の影が深い。そのせいか、初対面の時より迫力を感じた。
「スマン!」
俺はもう一度土下座した。
本当に怒っているなら、そうするしかない。
「イイって事よ!」
雷銅はそう言い、俺の背中をバンッと叩いた。
「痛ゥ~~ッッ」
「許すのか?」
「当たり前だろうが。俺はコイツのこと気に入ってるんでね。それに、真名を知らないってことも考えていた」
雷銅はそう言って、爆笑した。
許された……のか?
めっちゃ背中がヒリヒリするんだけど。
「イッテェ~~」
「まァ、本来なら殺されるようなこと、しでかしたんだ。その程度で済んだって思いな! さて、じゃあ真名を預けるか」
「ゑ? いいのか?」
「いいんだ。俺の真名は慶! よろしくな」
「俺にはそんなの無いからな……。まぁ、仙刀って呼んでくれりゃいいよ」
よろしくな、そう言って握手した。
そして、今度は冷苞と向かい合った。
「じゃあ冷苞……お前の真名はその、慶が言ってたアレか?」
「仁だ。……アレ呼ばわりするな」
「分かってる。だけど、呼ぶのはちょっとな。ぶっ殺されたら嫌だし」
「そうか。次からは真名で構わん」
そう言って、冷苞は背を向けた。
3
「さぁて……食い終わったな」
「ウゲ……無理やり胃に突っ込んだから気分悪い……」
「我慢しろ。さて……慶、地図はあるか?」
「これだろ」
「そうだ」
朝飯を食い終わり、俺達は一つのテーブルを囲んだ。
そこに慶が地図を広げた。
「さて、ここが現在地だ」
その地図は中国の一部が描かれていた。
仁は、益州と書かれた部分を指差した。
地図の上を、仁の細い指が動く。
「いきなり北? 遠回りじゃねえか。目的地は北東のはずだけど?」
「まあ聞きな。仁にも考えがあるハズさ」
「ああ。まず、涼州に行きここで馬を手にする。そっちの方が良い。資金は……」
そう言い、仁はチラっと俺を見た。
「俺があてなの?」
「そうだ。貴様なら何か、高値で売れるものがあるだろう。未来の道具が」
「う~ん……色ペンとか?」
「それが何かは知らんが、心当たりがあるならいい。上手くいけば、馬など楽々買える」
仁はまた、眼を地図に向けた。
「次は荊州を目指す」
「何でェ……また遠回りか? この洛陽ってとこ、通った方が近いぞ」
「そうだ。だが……」
「アンタは天の使いを名乗れるんだ。それで、洛陽なんていう皇帝のお膝元通ってみな。面倒事になるぜ」
慶が解説してくれた。
なるほど。なるべく、面倒を避けるってことか。
「そうして、この……」
「陳留ね。曹操のお膝元か。まぁ、治安は良いらしいからありか」
「成る程。じゃあ、仁はそこで旅を止めるのか?」
「ふざけるな!」
「ッッ!? 何だ急に怒鳴って!」
ビクッとしたじゃねえか! 驚かせやがって!
「仁。何かあるのかい?」
「いや……まだ、どこが良いのか決まっていないからな。ここは素通りだ」
「たかがそれぐらいで怒鳴るなよ……。あー耳が痛い」
鼓膜が破れるかと思ったじゃねえか。
耳をポンポンと叩き、調子を確かめる。うん、平気だ。
「で、あとは……」
「ここまで来たら、聞き込みしかないか」
「そうだな。まぁ、まずは……行こうかァ! 涼州だ!」
4
「ふ~……どうかしら、月。久しぶりに外に出るのもいいものよ」
「詠ちゃん、私、まだお仕事が……」
「いいの。全部、ねねに押し付けたから」
「帰ったら、怒られちゃうよ」
「いいのよ別に」
森の中に、二人の少女がいた。
一人は、淡い青の髪を、肩のあたりまでのばしている少女だ。
もう一人は、眼鏡をかけた緑色の髪の少女だ。
森には日がさし、小川が流れている。牧歌的な雰囲気のある明るい森だ。
周囲には、誰もいない。
そこに、ぬっと暗い影が出来た。
「詠……ちゃん……」
「どうしたのよ……ゆ……え……?」
まず、最初に影に気づいたのは、淡い青色の髪の少女だった。
次に、緑色の髪の少女が気づいた。
「「キャァァァァァア!!」」
影の正体は、一頭の大きい虎だった。
5
「竹川流奥義! 根止め!」
涼州への旅は正直、過酷だ。
なにせ、乗り物がないからだ。そのため徒歩で向かうことになる。
で、徒歩なんてしてたら、当然時間がかかる。野宿をする羽目になる。
地面で寝るのはツライ……。
起きた時には、背中や肩がバキバキになる。
さらに、野生動物に襲われることもある。
というより、襲われている。
「虎と格闘ねぇ……」
「……馬鹿だな」
「いいじゃねえかよ! “虎殺し”とかカッコいいじゃねえか! 神心会の武神みたいでよォ! それに、野生動物とやるのは初めてじゃないし!」
大きな口をあけ、虎が飛び掛かってくる。
俺は、その口を狙い、拳の突きを放った。
勝算はある。
意外なことに、動物は口に突っ込んでくるものは噛まないのだ。
そして、口に拳を突っ込むことで、竹川流の奥義の一つで相手の呼吸を塞ぐ技“根止め”が発動する。
虎は気管を塞がれた苦しみで、悶え始めた。
すぐに拳を抜き、虎の眉間を左の直突きで打ち抜く。
直突きは、日本拳法の技だ。最速最短コースで相手を打ち抜く技で、スピードと破壊力、ともにある。
虎は吼えた。その咆哮には恐怖が混じっていた。
……勝てる!
「カァッ!」
短く呼吸を吐き、右の手刀を虎の首に落とした。
虎は血を吐き、倒れた。
「見たかオラァ!」
俺は虎の頭に右足を置き、吼えた。
「やかましい。で、これはどうするつもりだ」
「あだっ。頭を叩くなよ、仁」
平手で叩かれ、パンッといい音がした。……ちっとは遠慮してくれよ。無傷とはいえ、疲れているんだからよ。
仁は謝るでもなく、虎を見下ろしていた。
コイツ……!
「持っていくのが一番いいだろうなァ……。毛皮も肉も売れるぜ」
「ならそうするか。折角、殴り殺したんだ。腐らせるのも勿体ない」
「「そうか、任せた」」
「え? かつぐの俺だけ!?」
慶と仁は俺の肩をポンと叩き、そそくさと先に行ってしまった。
「チクショォ! 意外と重いぞ、コレ!」
文句を言いながら虎をなんとか担ぎ、二人に追いついた。
「おい、重いんだけどコレ。ちょっとぐらい持ってくれよ」
「尻尾ならいい。ほう……フサフサだぞ、この尻尾」
「ザケンな仁! 交代するか、腹もて腹!」
「私は貴様のような馬鹿力はない」
「まぁ、これも鍛錬さ」
「なら慶が持つか?」
「ハッハッハッハッハ」
「笑ってごまかすなァァッ! 手伝え!」
虎の重さに耐えながら、なんとか歩く。
下手すれば、ってか多分この虎、200キロ超えてるだろ……!
俺達は時々休み、時々手伝ってもらいながら、虎を運び続けた。
大体、3時間ぐらい運び続けた頃だった。
「「キャァァァァァア!!」」
……あれ?
二人分の悲鳴が聞こえた。
声のした方を見ると、女の子二人が倒れて……って、え?
「……何事?」
俺が呟くと、仁は倒れている二人に近寄った。
仁はフン……と鼻を鳴らした。
「この女は金持ちか、身分の高い女とみた」
「マジか?」
「だろうねぇ。服の出来が俺達と違う」
「となると……護衛がいても……」
そう言い、仁はアゴに手を当てた。
まるで、それが合図だったかのように、誰かコッチに向かってきた。
「月~! 詠~! 何があったんや!!」
向かってきたのは、関西弁でしゃべる紫髪の女だ。
片手で薙刀のような武器を握っている。
「……奴が護衛のようだな。丁度いい。二人とも、私に口裏を合わせろ。馬をタダで買えるかもしれん」
仁はボソリと呟いた。
護衛の奴に向かって、仁は歩いて行った。
その間に、俺と慶は倒れている二人を起こした。
「お~い、生きてるか~」
「ほら、アンタ等は無事だ。目ぇ覚ましな」
「ん……うう……月!? 月は無事!?」
「よし、コイツは起きたぜ!」
「こっちも反応があった! おい! 起きろ!」
月、と呼ばれたこの子は、ちょっと身じろぎした。
「月! 無事!?」
「詠……ちゃん……」
「月! よかった……」
「詠ちゃんも……無事……?」
「うん! ボクは大丈夫だから……!」
二人とも、目がうるんでいる。
さて、あとは仁ちゃんが上手くやってくれるだろう。
俺達は上手くそれに合わせるだけだ。
6
俺達はここで会った三人に道案内をしてもらいながら、城に向かった。
それはいい。それはいいけど……
「いや~……そうやったんか。しっかし、あそこに虎がおるなんてな」
「ああ。それで、襲われかけていた所を、この男が殴り殺したというワケだ」
「そうなんですか。ありがとうございます。え~っと……すいません。お名前を聞いても……」
「雷銅ってんだ」
「冷苞です」
「……南郷っす」
「ありがとうございます、皆さん。私は涼州太守の董卓です。真名は月と言います」
「ちょっと月! そんなヤツ等に真名を!」
「だって私達、危ないところを助けてもらったんだし……」
罪悪感がぁぁあぁ! 罪悪感がやべぇ! どうしよう、冷や汗が垂れているの、ばれていないよな!?
――仁が口裏を合わせろ、というから合わせたら、とんでもないことになった。
どうも、あそこに倒れていたのは、ここの太守とその軍師らしい。
倒れた原因は、多分俺。というか、俺が担いでいた虎。
それに驚いて気絶したのだろう。
それだけでも問題だってのに、仁は、そいつら相手に詐欺をかましやがった!
『虎が襲いかかるときに、そこの
マズイんじゃないか、と思い止めようとしたが『どうせ、詳しいことは私達しか知らん』って理屈で押し切られた。
ばれたら一巻の終わりだろ。
「南郷さん、どうしましたか? まさかケガを……」
そんな俺の気を知ってか知らずか、月は心配そうに聞いてくる。
止めて……頼むからそんな顔で俺を見ないで……。
罪悪感が酷いんだ……。
止めろ! その澄んだ目で俺を見るな! 見ないでくれェェェェ!!
「……いや、何でもない。俺は真名ってヤツはないから、仙刀って呼んでくれ」
「仁で構わいません」
「慶だ。よろしくな」
なんでコイツ等は平気なんだよ……。
素で嘘を吐き続けるコイツラはすごいと思う。
そんなこと考えていると、紫の髪の女が話しかけてきた。
「へぇ……聞いたで。素手で虎を殺したんかい。やるなぁ。興味がわいたで」
「えっと……張遼だったっけ? あんまり驚かないんだな」
「霞でええよ。月が預ける言うたんやし」
「ああそう? じゃあ俺は仙刀でいい……で、霞。また聞くけど、あんまり驚かないってことは、他にも出来る奴の心当たりがあるのか?」
「あるで。でも、恋はそないなことせんだろうし……。まぁ、素手で殴り殺す阿呆は仙ちーくらいやろ」
「仙ちーって……及川と同じ呼び方じゃねえか」
恋……ってのは多分、真名か。呼ばない方が良いな。
だけど、何か気になるな。
そんなに強いヤツなのか?
「で、月様。一つお願いがあります」
「様なんてつけなくても……」
「太守殿ですし、様をつけた方がよろしいでしょう」
「ですが、あなた方は命の恩人ですし……」
俺が霞と話している内に、仁はポンポンと話を進めていく。
表面は恭しい態度だけど、内心では絶対、ほくそ笑んでいるだろうな。
慶は何も言わず、突っ立っている。
「私達は東への旅への途中です。その旅のため、馬三頭を頂けないでしょうか?」
本当におっぱじめたよ。こいつもう、ただの詐欺師じゃないか?
ひとの善意を逆手に取るって、最悪だろ。
「分かりました。三頭でよろしいのですね」
「はい。各自に一頭いれば十分です」
あ、仁! 今、微妙に笑った顔が見えたぞ!
悪魔みたいな笑顔だ。
それに対し、ポンと馬をくれる月は天使みたいだ。
見てると罪悪感湧くけどな!
「さて、これでまず一つだ。馬に乗ったらすぐ、荊州に向けて行くか?」
「早めの方が良いだろうな」
仁は俺達に向かい、聞いてくる。
慶も次の目的地を楽しみにしているって顔だ。
そういえば……“馬に乗る”ってのが大前提なんだよな。
……言った方がいいよな。
「え~っとその、スマン。俺、馬の乗り方知らんから……出発でき……ない……」
「「はぁぁぁあ!?」」