ちょっとアイデアを纏めるのにてこずった今回のエピソードは……『ベルが黄昏の館でロキ・ファミリアの新人達と対峙する』というシチュエーションの種明かし回みたいな感じです。
詳しくは本編に譲りますが、もしかしたらベルやフィンの印象がかなり変わってしまうエピソードかもしれません。
皆様の反応がちょっと心配ですが、お楽しみいただけたら幸いです。
ここは冥界のハデス神殿……ではなく、オラリオの北の端にあるロキ・ファミリアの拠点『黄昏の館』。
舞台となっているのは、その大きな庭だ。
正門を含め、全ての館の門は閉められ「関係者以外立ち入り禁止」状態。
「来るものは拒まず。ただし歓迎するかどうかは別の話やねんな♪」のオープン気質が持ち味のロキ・ファミリアにしては珍しい処置だ。
しかし、気持ちはわからないでもない。
今、外と隔絶され閉鎖空間となった庭では、『あまり他所様に見られたくない』類の異様な光景が広がっていた。
ロキ・ファミリアの冒険者が訓練を行なうのに十分の広さを持ったそこでは、数十人規模のロキ・ファミリアの若手冒険者……ここ1年以内に冒険者となったLv.1の
正確に言うなら険悪、特にいろんな意味で嫉妬の色合いが強い険悪な空気を醸し出してるのはロキ・ファミリアのルーキー達で、白兎の少年にとっては何処吹く風だ。
少なくとも傍目には白兎……ベル・クラネルは、場の空気に動じた様子はない。
それにもまして異様なのはそのベルを取り囲む光景だ。
そう、ベルの周囲には彼を取り囲むように八振りの槍が穂先を天に向けて”生えて”いたのだ。
無論、錬金系の魔法じゃあるまいし本当に地面から槍が生えたわけではない。
ベルが自分の周りに槍を石突きから地面に突き立てただけなのだが、八槍が彼を囲む風景はある種の結界……どこか『
「さあ、
***
「うぉぉぉーーーっ!!」
雄たけびをあげながら迫るのは、ベルの倍は体重がありそうな筋肉ダルマ系の青年だった。
歳は二十歳に届くかどうかで、顔立ちにはまだ少年ぽさがあった。
しかし、その目に宿るのは闘志というよりむしろ殺意に近く、上を目指す冒険者としては肝心な「冷静さ」が不足しているのは明白だった。
彼は腕力に任せて愛用の”
「そのチンケな盾ごと潰してやんよっ!!」
だが……
「遅い」
筋肉が大量についた身体で大きく重い武器を振りかぶるということは、大きく動き重さが集中する(慣性質量が増大する)上半身を支える下半身に負荷が集中する。
別に重いものではなくてかまわないから棒状の物を持ち、拳が頭の位置に来るまで振りかぶって欲しい。
利き腕の差はあるだろうが、左右を問わず『後ろ足』に体重がかかるはずだ。
ましてや目の前の青年は確かに筋骨隆々とした体つきをしているが、いささか筋肉のつき方のバランスが悪い。
上半身は見事なものだが、対して下半身はそれに及んでいなかった。
それをも見越したベルはエモノの長さと射程から逆算して相手がモーニングスターを振りかぶる瞬間を見計らい、
きっと相手には『盾の防御力を当てにして無謀な突進をしかけてきた』と思っただろう。
これならば目の前のひ弱なウサギを
しかしベルは最初から『防御のため』に盾を使う気なんてなかった。
では、何のために盾をかざしたのか?
答えはすぐに出た。
”グギッ!!”
「ぐわあぁーーーっ!!?」
筋肉青年が『鈍器を振り下ろす直前に、ベルの放った槍の刺突により砕かれた片膝』を押さえながら、武器を放り出し苦悶の表情で地面でのた打ち回っていたのだ。
おそらく青年は、いつ自分の膝が砕かれたのか気付いていないだろう。
いやそれどころか「何の脈絡もなく膝が突然砕かれた」ということはわかっていても、その犯人がベルの放った「カウンター気味に放たれた槍の一撃」だと気付いていないのかもしれない。
実はベルの放った刺突は、さほど特別なものではない。
確かに彼のアビリティはLv.1の中では凄まじいが、それから逆算すれば驚嘆するほどの鋭さや速度/威力があったわけではない。
間合いを詰めるときに見せた踏み込みの速さや鋭さは、確かに天性の資質を感じさせるものだったがそれが決定的な原因ではなかった。
種を明かせば答えは簡単で、ベルは守るために盾をつかったのではなく『相手の注視を誘導し、視界を塞ぐ』ためにつかったのだ。
詳しく言うなら、盾をあえて目立つように動かすことで「自分は防御を重視する」と誤認させると同時に盾に意識と集中を集めさせ、同時に相手の視線が盾に集中することで筋肉青年から盾の裏側で起こした行動……『膝への一撃』を命中する瞬間まで隠し通したのだった。
言い忘れていたが、ベルの持ち出した槍は全て「刃が潰され、突起が丸められた」仕様であり、言うならば『元は武器と呼ばれた訓練道具』だった。
もしそうでなければ、青年はきっと今頃は折られるのではなく、膝から下が綺麗に切断されていただろう。
***
悶絶する青年をベルは見下すように冷たい視線で一瞥すると、
「見苦しいよ。それがロキ・ファミリアの一員の姿なのかな?」
”ガッ!”
顎を(砕かないように注意して)蹴り抜き、ベルは青年を失神させた。
待機していた医療班によって青年が運び出されるのを待ってから、ベルは残るロキ・ファミリア若手の面々を見回し、
「次は誰だい?」
場は水を打ったように静まり返っていた……
*************************************
(フィンさんも僕になんて役割を担わせるんだか……)
実際に血で汚れたわけではないのだが、ベルはいつものくせでショートスピアーをビュッと振るって血を払う仕草をしながら、表情に出さないように苦笑する。
話は再び昨日の夜、宴の後……ハデス・ファミリアの拠点である古びた一軒家、そのリビングでの一幕に戻る。
***
ベルお手製の三種のフレッシュ・チーズとカナッペをツマミに、
参加者はハデス・ファミリアのハデスとベル、ロキ・ファミリアからはフィンにアイズ+ティオネ&ティオナの
本来は、フィンが二人を「ご近所さんなので家まで送る」という名目で
まあ、「団長お一人でエスコートなんて冗談ではありません! 何かあったらどうするおつもりなんですか!?」というロキ・ファミリアであれば誰も否定できない大義名分を振りかざし、”護衛”と称してついてきたティオネまでは予想の範疇(フィン自身は「エスコート役の僕を護衛するなんて本末転倒だなぁ~」とは思っていた)だった。
しかし、アイズとティオナまで同行を言い出し、付いて来たのはフィンにとっても意外だった。
それでもティオネならまだ『なんとなく面白そうだったから♪』という理由を言い出しそうだが、アイズに関してはフィンも理由がよく判らない。
気まぐれかもしれないし、そうでないかもしれない。まさかロキじゃあるまいし、酒の匂いに釣られたという訳ではあるまいし。
「なあ、ベル君……改めて確認するのもあれだけど、君は
一通り酒と大好物のチーズを楽しんだ後、フィンはそう切り出した。
「ええ、まあ。まだ冒険者になってまだ半月ほどですが……」
「……なっ!?」
どうやら誰もベルが冒険者になった時期を知らなかったのか、絶句したのはフィンだけではなかった。
いや、おそらくアイズは知っていたはずだが、伝え忘れたのかあるいは覚えてなかったのか……その表情からは判断できない。
ベルはベルで『そういえば話してなかったっけ。話題にも出なかったし』と呑気に思っていたが、
「やっぱり全然違うなぁ……」
「そりゃあ
「いや、そうじゃないんだ。むしろ逆なのさ」
フィンは頭を振り、
「ある側面において……いや、かなりの部分において
「……どういうことですか?」
***
フィンはどう答えたら一番的確に意味が伝わるのか少し考え、
「端的に言うなら『オラリオ最高峰ファミリアの功罪』ってところかな?」
フィンはなんとなく上手く纏められたことにホッとしながら、
「喜ばしいことにうちはオラリオ最大級のファミリアだ。人気も知名度もある。そのために入団希望者も多い。無論、その希望者を全て入れるわけにはいかない」
「でしょうね」
ベルの同意の言葉に、フィンはカルヴァドスで琥珀に染まるグラスを傾ける。
「だから”
フィンは何かを思い出したのか微苦笑し、
「それなりのことをやって組織が巨大化し資金をはじめ何もかもが潤沢になった結果、僕達は新人を選り好みできるような立場になった。それはいい。それはいいんだけど……」
苦い成分を含みながらも微笑んでいた目が些か厳しいものに変わり、
「世間的には『過酷で厳しい』と評されるロキ・ファミリアの新人達は、いつの頃から『厳しい試練を乗り越え、晴れてロキ・ファミリアに入れた自分達は
あえて語り部口調のまま続ける。
「同じ
***
ベルは聞く前からなんとなく嫌な予感はしていたが、フィンの話を聞いてるうちに予感をはるかに超えた碌でもなさに、アルコールのせいではない頭痛を感じていた。
「フィンさん、できればこの予想は間違っていて欲しいんですけど……もしかして、僕に『高慢ちきな鼻っ柱を折らせる役割』を担わせたい……とか思ってません?」
フィンは満面の笑みで、
「君の賢明さは評価と好意に値するよ」
ベルは深々と溜息を突きながら、
「夢見がちな子供に”現実”って苦い良薬を飲ませて社会とアジャストさせるのは、普通は大人の仕事だと思うんですけど?」
「だからこうして大人が動いてるんじゃないか? 君への依頼という形でね」
さすが海千山千の最古参の団員にしてファミリア・リーダー。
ベルの皮肉くらいじゃ欠片ほども動じない。
そもそも皮肉としてすら受け取っていない可能性がある。
「……確かに僕はまだまだ未熟です。自分が相対的には弱者だということも知っている」
「うん。それで?」
先を促すフィンについ拳を握りたくなったベルだったが、
「かといってフィンさんが要求してる内容……おそらくは”
ベルは視線を微かにハデスへと向けた。
視線が合う。
彼女は小さな花のようにほほ笑んだ。
「”目指したい場所”があるから……僕は簡単に負けられない。絶対に負けたくない」
瞬間、ティオナとアイズの視線がベルを捉えた。
まるで何かを探るように真っ直ぐ見ていた。
ベルに自覚はないが、後に語る二人によれば、この時のベルは「男の子の顔」ではなく、既に自分の生きるべき道を見つけ、覚悟と共に歩む一端の「漢の顔」をしていたという。
「でも同じLv.1、それも規模だけでなく精強さで知られるロキ・ファミリアの新人が相手というのなら……『手加減して勝てる』ほど僕は強くも賢くもありませんよ?」
彼の言葉の意味を正確に読み取ったフィンは、こう結論付けた。
「つまり”
それを全面的に肯定するようにベルが無言で頷く。
するとフィンは、
「はははははっ! 大いに結構じゃないか!」
その大きな笑い声は、ティオナとアイズだけではない。誰よりも彼を知ってると……言いたい側近のティオネすらも驚くほど滅多に聞けぬものだった。
「僕はね、ベル君……君が思うほど優しくもなければ甘くもないんだよ」
彼は実に楽しそうに言葉を紡ぐ。
「セメント、実にいいね♪ 僕は君が団員を「意図的に殺意を持って殺さない」限り全てを看過し、許容するつもりだよ? そうだな、さしずめ……」
フィンは笑みを一層強くする。
そしてその笑みは、『笑顔は本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く仕草が原点』とする説を裏付けそうな類のものであった。
「『モンスターに殺されるよりはマシ』ってぐらいまでなら、何の問題もないさ」
そう言い切るフィンに、ベルは底知れない凄みを感じていた。
なるほど、オラリオ最大級にして最高峰のファミリアの長とはかくあるべきか……素直にそう思った。
その時、脳裏にふと過ぎる記憶がある。
それはフィンの”二つ名”、
(そうか……これが”
酷く納得できる。ベルがそう思ったとき、
「君には是非、期待したいな」
「期待? 何をです?」
最早、子供のような体から溢れ出す凄味を隠そうともせず、いっそ獰猛と言える笑みのままフィンは口ずさむ。
「『ロキ・ファミリアなんてブランドネームを歯牙にもかけない、傲慢で冷酷で凶悪』な存在……新人達の越え難い壁となりうる”無慈悲なウサギ”の姿を、さ」
皆様、ご愛読ありがとうございました。
無慈悲(を装った)ベルと、実は策士のフィンはどうだったでしょうか?
凄く自分勝手ではありますが……この作品で描きたいフィンは、作者が「一つの巨大組織の長としてこうであって欲しいと願う、大人としてのズルさや狡猾さ、経験と実力に裏打ちされた凄味をもつ『格好のよい悪党』」という側面を持たせたいと考え、こんな感じのフィンになりました(^^
膝を折りながらも顎を砕かないように注意するあたりが、作者的にはこのシリーズの”ベルくんらしさ”と考えてるのですが、いかがでしょう?
さて、次回はもうちょい血腥くなるかもしれませんが、原作の「出鱈目に戦ったダンジョンでの一夜」に匹敵する経験値を稼がせたいなぁ~とか思っています。
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!