ハデス様が一番!   作:ボストーク

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皆様、こんにちわ。
なんとか執筆時間がとれたので第004話をアップできました。

今回のエピソードは……そうですね。ベルの内面(きょうき)とギリシャ神話版の偽物語ということになりますでしょうか?

追記:2015/09/28にハデスがオリュンポス十二神から外れてる事実、ペルセポネーの象徴とされてる蝙蝠を象った武器への変更、ミンテーの表記追加などの加筆修正を行ないました。


第004話 ”白兎とペルセポネーの真実”

 

 

 

「ベルくん……落ち着いた?」

 

ふと力がゆるんだことを感じて、少しだけ心配そうにハデスが問いかける。

 

「はい……すみませんでした」

 

「いいんだよ。さっきも言ったけど、ベルくんはわたしの家族(ファミリア)でわたしはベルくんのお母さんだから……もっと甘えていいよ」

 

「はい。でも、今でも充分に甘えさせてもらってますよ?」

 

「わたしはベルくんはもっと甘えていい……と思う」

 

ベルは胸の奥が暖かく……いやむしろ熱くなるのを感じてしまう。

 

「わかりました。じゃあ、晩ご飯にしましょうか?」

 

「うん」

 

 

 

***

 

 

 

「ベルくん、あーん」

 

「はい。あーん……ハデス様もあーん」

 

「あーん」

 

お姫様抱っこでハデスをテーブルまで運んで椅子に座らせた後、ベルは自分も隣に座って食事を開始。

本当なら差し向かいの方がテーブルマナー的には正解なのかもしれないが、「差し向かいだと手が届かなくてあーんができない……」とクレームが出たので今のようなスタイルになった。

 

ベルも異論は無い。ベルとしてはハデスにあーんするのも好きだが、ハデスにあーんされるのも同じくらい好きだ。

羞恥心? そんなのハデス様の前じゃ物の数じゃありません。

 

ちなみ夕食はハデスがお葬式で持ってきたお土産の数々。

基本的にオラリオでは死者を厳格に厳粛に送った後は、湿っぽい空気を拭うための遺された者たちの宴会というのが主流だ。

本来なら宴会の前に棺を担いで墓掘りと埋葬があるのだが、ハデスが見送った者たちは亡骸を次の実りを導くため、空と大地に還元してしまうので遺体が残らないのだ。

それでも遺品を墓に埋めに行く者も多いが、遺品整理のために時間も必要(一般に生きてる間に遺品整理をするのは失礼とされる)なので後日、身内や親しい友人だけで埋葬するという場合が多い。

 

もっともあまり高価なものを埋葬する者は少ない。

せっかく死者を弔うために埋葬したのに、盗人どもに発かれたら目も当てられないからだ。

 

死者に敬意を払うのは人間として当たり前の美徳だが、それを美徳と思わぬ輩も世の中には大勢居るのだ。

何しろ墓荒らしやソーマ・ファミリアの冒険者のような銭ゲバハイエナは、その好例だろう。

 

そんな訳で、ハデスが請け負った葬儀のほとんどは死者を見送り大宴会という流れができあがっていた。

とはいえ一日に多いときは五件の葬儀で見送るハデスは、宴会に参加することは不可能……というわけで日持ちしそうな料理を折り詰めにされてお土産に持たされるのだ。しかも大抵はご丁寧に眷属(ベル)の分まで。

 

本人は葬儀料はちゃんともらってるから十分と言ってるのだが、なんせ見た目は幼い女の子のハデス様だ。

そして葬列者達は皆、安らかな笑顔で往き……天と地に還った仲間を見ているのだ。

特におばちゃん達が手ぶらで帰らせてくれない。

 

まさか折り詰めをもって他の葬儀に行くわけにもいかないので、ハデスはこの一軒家にいちいち置きに来てる様だ。

まあ、見た目は幼女でもハデスは神様の端くれ。しかも見た目に反して結構な戦闘(エクストリーム)系で慣らしてるから、同じ体格の女の子に比べると遥かに身軽ですばしっこい。無論、体力だってずっとある。

その韋駄天ぷりならば、さして都市と郊外の往復もさして苦でもないのかもしれない。

本人に聞けば、「ん……見た目より、体力あるよ?」と答えてくれるだろうか?

 

 

 

そんなこんなで本日の夕食は、お土産の折り詰め三件分。

ちなみに昨日は二件分。ある意味、日替わりメニューの仕出し弁当のような物なので食べ飽きることはないが、逆に食べきれないのが悩みどころだ。

魔石式の冷蔵庫は予算が許す限り大きいの物を買っていたので今のところはなんとかなってるが……

 

「やっぱり朝夜は当然だけど、折り詰めをお弁当に持っていった方がいいかもしれませんね?」

 

「うん。わたしもそう思う……せっかく作ってくれたんだし」

 

ちなみに「朝と夜は、理由が無い限り必ず一緒に食べる」というのが、二人が決めたファミリア・ルールだった。

昼間はベルはダンジョンで、ハデスは葬儀屋業務で忙しいので生憎と一緒に食べる機会は少ない。

 

「ん……でも、たまにはベルくんのためにお料理作りたい……お母さんらしいことしたい」

 

「それは僕もむしろ望むところですが……でも、やっぱり捨てるのは勿体無いです」

 

「うん。作ってくれた人にも申し訳ないし」

 

その台詞は、とても冥王のそれとは思えなかったが……それを当たり前のものとして、「誰よりも優しくて心根の真っ直ぐな女の子」の言葉としてベルは受け止めていた。

おそらくだが……天上でもオラリオでも、もしかしたらハデスを最も曇りの無い眼で見ているのは、このベル・クラネルという少年なのかもしれない。

だが、その意味を理解できるほどベルは人としてすれてなかったし、ハデスもまた世間を知ってはいなかった。

 

 

 

「ベルくん、ご飯食べたらアビリティ・チェック……しよっか?」

 

「はい。でもその前に歯磨きしましょうね?」

 

「うん。わかった」

 

 

 

***

 

 

 

「じゃあハデス様、あーん」

 

「ベルくん、わたし一人で磨けるよ?」

 

「う~ん。そうなんですけど、僕がしたいからじゃ……だめですか?」

 

「それならいいよ。でも、ちょっとだけ困る」

 

「困るって?」

 

するとハデスは相変わらず希薄な表情(無表情なわけではない。人に比べて表情の動きが薄いだけでハデスはけっこう表情豊か。むしろ慣れればすぐに顔に出て判り易いくらい)ながら頬をほんのり染めて、

 

「ベルくんに歯を磨かれると少しくすぐったいけど気持ちよくて……お股がぴちょんて濡れるから、ぱんつを汚しちゃう」

 

「クスクス♪ ハデス様、おませさんですね?」

 

微笑ましいという言葉をそのまま笑みにしたような表情にベルに、ハデスは僅かに頬を膨らませ、

 

「むー。ベルくん、笑うのはひどい。それにわたしはベルくんよりずっとずっとお姉さん……忘れてない?」

 

「ごめんなさい、ハデス様。大丈夫ですよ。パンツくらい僕が何枚でも洗ってあげますから。それに確かにハデス様は女神様で僕よりずっとずっと年上かもしれませんが、同時にとても可愛らしい女の子でもあるんです」

 

「……ベルくんはいつも少しズルい」

 

「そうですか? おかしいなぁ。ハデス様に誓って嘘は言ってないつもりですよ?」

 

「そういうとこがズルいと思う」

 

 

 

少し、いいだろうか?

皆さんはこのやり取りに”違和感”のような物を感じなかっただろうか……?

 

例えば、である。例えばベルが実は小児性愛者(ペドフィリア)で、歯磨きプレイで幼女をよがり狂わせたいというのなら、肯定する気はないが理解できないわけではないが……だが、言動から察するにそんな様子は無い

ならば神という至高の存在を快楽で引きずり落とし、その身を堕落させることに悦びを見出すような特殊性癖があるかと言えば……ハデスへの想いは、その正反対のベクトルを持っていると言っていいだろう。

 

むしろ、この世話焼きな姿は、冒険者になる前の故郷で平穏な日々を送っていたベル・クラネルという”普通の少年”の姿に重なる。

彼は祖父が生きていた頃、世話好きで面倒見のいい穏やかな人柄から「村のみんなのお兄ちゃん」として男女問わない子供達から好かれ慕われていた。

ある意味見た目どおりなのだが、彼は子供あやすのが上手く、母親が抱いても泣き止まない赤ちゃんが彼が抱いた途端にぴたりと泣き止み微笑んだ……そんな逸話が残ってるくらいだった。

祖父に言わせれば「ベルは昔から子供と小動物に好かれ易かったからのぉ」とのことだから、先天的にそういう素養があったのかもしれない。

 

では、ハデスを故郷に居た娘達と同じ小さな女の子だと認識してるのか?

だからこそ、故郷の子達のように……いや、それよりも過保護なのか?

それこそ一番ありえない。

ベルはある一面において、これ以上ないほどハデスを女神として崇拝していた。

何しろ彼は道を見失い行く当てもなく彷徨うとしてる時に彼女に拾われ、”眷属(ファミリア)”になったのだから。

 

結論としてはどうなるのか?

ベル・クラネルという少年の中では、ハデスという存在が「崇拝すべき女神」と「何をおいても守りたい小さな女の子」という二律背反する二つの姿を持ちながらも、それが矛盾することなく混ざり合い「ベル・クラネルにとってのハデス」という実像に結実していた。

別の言い方をするなら、ベルはあらゆる意味においてハデスを情欲の対象から除外しているのだ。

それは14歳の思春期真っ只中(ヤリタイサカリ)の少年としては、少々異常だ。

きっとベルはハデスをいわゆる”ヲカズ”にすることさえ、考えが及ばないだろう。

より直線的に言うなら……生殖などの生物学的本能から「牡が求める牝という枠組み」に、ハデスは最初から入っていないのだ。

であるにも関わらず、ベル・クラネルという少年の中心であり核となる部分は、常にハデスへの想いで占められていた。

 

 

 

***

 

 

 

では一方、ハデスは?

ハデスはなぜそうもあっさりその扱いを、時には多少の不平を言いながらもあっさり受け入れてしまってるのか……?

これもまた仮定の話であるが、もしベルがかつてのオリュンポスの一部男神のように劣情と獣心をもって彼女を犯し、無残に処女を散らしたのなら今とは全く違う結果になっていただろう。

人なら心が壊れてしまう可能性も否定できないが、神……特に現代とまったく性倫理や貞操観念の違う、ともすれば欲望剥き出しの野蛮な世界に生きていた古代神は、生憎とそんなにヤワにはできていない。

もしかしたらハデスは神の前に女として花開き、某北欧神話体系の女神を超える悪女ならぬ悪女神になっていたかもしれない。

 

だが、そうはならなかった。

言うまでも無くハデスもベルも清い身体のままだ。

もうお気づきだろうか?

ベルが女を知らないように、ハデスもまた男を知らない。

 

 

 

遠因を言うなら、情欲丸出しの助平男神(ヤロー)共から遠ざけ守るためにゼウスは、ハデスをオリュンポス十二神のから外し、冥界の女王にすえたことが、そもそもの元凶だ。

その判断は間違っていたとは言わないが……だが、そのためにハデスは自分が男神達からどんな視線を向けられ、どんな情と共に見られていたかをろくすっぽ理解も把握もしていないままに冥界の女王になってしまったのだ。

 

つまり、人に近い肢体を持つ以上、自分の身に備わる性的な意味での快楽は理解できる。

しかし、それが他人が自分に求め向ける感情、いわゆる自分に欲情するという事象は理解の範疇外にあるのだった。

 

 

 

更に言うなら、冥界の環境もそういう意味においてはよくなかった。

冥界でいつも彼女に傍にいるのは、同性の大親友である鉄火肌の姐さん系女神【ΠΕΡΣΕΦΟΝΗ(ペルセポネー)】だ。

我々の世界におけるギリシャ神話においてはハーデス(無論、男神)が女神ペルセポネーに恋をして、その思いが募って暴発し彼女を冥界に攫ってしまうという描写が、『ホメーロス風讃歌』中の『デーメーテール讃歌』に描かれている。

ただ、この話にはオチがあり……ペルセポネーがアテナやアルテミスにならって、アプロディーテたち恋愛の神を疎んじるようになり、それに対する報復として冥府にさらわれるように仕向けたというコールタールのようにドロドロした舞台裏があるのだ。

 

この世界線においては大幅に事情が異なり、上記のような物語はこの世界に居るギリシャ神話体系の神々がかつて次元的に連結していた”この世界とは別の人間界(地上界)”において誤って広まった伝承であるらしい。(一説によれば意図的に誤った情報が流されたとも言われている。ハデスがハーデスという呼び方になり、男神として描かれているのがその根拠)

 

この世界であった話は、もっと入り組んでいるのだが……まあそれはそのうち語られよう。

ただハデスの扱いは論外だが、この誤った伝承にもいくつかの事実があった。

例えばペルセポネーが、純戦闘系女神のアテナや狩猟系女神のアルテミスと竹馬の友だった事は本当なのだ。

ただしペルセポネーは、断じて誤伝承で描かれるような『ニューサの野原で妖精(ニュムペー)達と戯れ花を摘んでいる』ような女神ではない。『ニューサの野原で妖精(ニュムペー)達を率いて野戦訓練をやってた』というのなら納得もいくが。

そもそもペルセポネーがアテナやアルテミスと馬が合ったのは、同じような気質をしていたからである。

 

実際、ペルセポネーは愛用の蝙蝠槍(ジョヴスリ)を片手に、何度もアテナやアルテミスと轡を並べて同じ戦場に立ち、あるいは猛獣を追い狩場を駆け巡った。

オリュンポスの神々の中にはこの女神三柱を称して【三大暴風女神】とか【戦場の三位一体(Τριαδα μαχηζ)=トリアーダ・マイヒス】なんて呼ぶ輩もいたらしい。きっとさぞかし見事な女神版ジェットストリーム・アタックを披露していたのであろう。

 

そしてペルセポネーがハデスと出会ったのは、とある事情で重傷を負ってアテナやアルテミスとはぐれた彼女が、突如空いた地面の亀裂(罠にはまったとする説もある)に転落してほんの偶然から冥界に流れ付いたときだ。

その瀕死のペルセポネーを献身的に介護したのがハデスだった。

 

 

 

***

 

 

 

細かい描写は省くが……

献身的介護に感激し、また自分に無いハデスの愛らしさや健気さ儚さに惹かれたペルセポネーは以後、冥界に住み着くようになるのだ。

だが、溜まりに溜まった仕事ほったらかしにしたまま、一向にオリュンポスに戻ってこようとしない娘にブチ切れ、冥界まで乗り込んできた厳格な母親神”デーメーテール”の肉体言語(おはなし)で説教されられ(仲裁は当然のようにハデスだった)により安息の日々は終わりを告げた。

ペルセポネーは一年のうち三ヶ月は地上に戻ることを約束させられるのだが、今でも概ね一年のうち九ヶ月は冥界にいるようだ。

誤解の無いように書いておくが、ペルセポネーがハデスに抱いてるのはあくまで友愛(フィリア)であって恋愛(エロス)ではない。

彼女は、百合属性ではないのだ。

 

とはいえだ。

その友情は深く濃く周囲にガチ百合と誤解されるほどである。

普通のオリュンポスの神は冥界には入れない(普通に来れるのはオリュンポス十二神かそれに順ずるクラス)のでハデスに悪さ働こうとする一山いくらの男神は易々とは来れないが、冥界に墜ちて来た亡者……それも有象無象ではなく相当に力を持つ英雄豪傑クラスの中には生前のノリでハデスにちょっかいかけようとする愚か者もいなくはなかった。

それをきっちり返り討ちにし、冥界のシキタリを骨の髄どころか二度と忘れぬように脳髄まで叩き込むのがペルセポネーの仕事だった。

武闘派女神の面目躍如なエピソードではある。

最も武闘派女神がペルセポネーに限らないのが冥界の恐ろしさである。

例えば【常勝の翠髪】こと”ミンテー”とか色々あるのだが……それはまた別の機会に。

 

考えようによってはペルセポネーはベルに匹敵するほどハデスに過保護だし、心酔……いや同じく崇拝している節もある。

もし違いがあるとすれば友愛(フィリア)家族愛(ストルゲー)か程度なのかもしれない。

だが、それが結果としてハデスが神まで含めて男という生物を知る機会を逸してしまうことに繋がっているのだった。

 

逆に言えば……例え眷属(ファミリア)だとしても、ハデスが衣食住を共にしちゃんと一対一で向き合った男性は、ベルが始めてなのだ。

 

 

 

思えば業の深い話である。

二人揃って異性に不慣れどころか、まともに接したこともないのだから。

だから、加減も距離もわからない。どこを抑制しどこを自重したらいいのもわからない。

二人は純粋すぎて、純粋すぎる故に気付けない。

 

それが年端も行かぬ人間の男女なら、さして問題がなかったのかもしれない。

しかし、ハデスはオリュンポス十二神の一柱であり同時に冥府の女王でもある女神であり、ベルはその眷属なのだ。

 

この一柱と一人……いや、ファミリアを眷族と呼ぶより家族と呼ぶハデスに敬意を表してあえて”二人”と表現しよう。

この二人の待ちうける未来は、果たしてどんな色をしているのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

ベルの内面が語られ、また第二のオリ女神(?)のペルセポネーが登場したエピソードは楽しんでいただけましたでしょうか?

今回はスケジュールとスケジュールの間の空き時間を縫うようにして継ぎ接ぎ執筆したので、誤字脱字がかなり心配です(^^

改めて今回のエピソードを読みなおしたら、「なんかベルがフレイヤの喜びそうな屈折のしかたしてんな~」とか思ってしまった自分が居ます(笑)

それとペルセポネー……それなんて恋姫関羽?

シリーズ最長の文章量になってしまったエピソードですが、楽しんでいただけたなら嬉しいです。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



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