今回は閑話的というか拠点イベント的なエピソードです。
もしかしたらハデスの新たな一面が見えるかも……?
2015/10/21、ベルの槍技の表記(三槍技など)とハデスの過去にまつわる表記(ティタノマキアなど)を追記しました。
翌日の早朝、ベルはいつもどおりのの時間にベッドで目を覚ます。
【
いくら拠点と呼ぶのもおこがましい普通の一軒家だと言っても、別ベッドルームが一つしかないわけではないし、ましてやベッドがひとつしかないわけでもないが、ベルとハデスはいつも一つのベッドで一つの毛布と布団に包まって眠るのが慣例になっていた。
正確にはハデスがベルを抱き枕にして、ベルがハデスを抱きしめて互いの体温を感じながら眠るのだ。
ハデスはいつもベルの胸に顔を埋めるように眠るのを好んでいた。
『ベルくんのとくんとくんて鳴ってる心臓の鼓動を聞いてると、なんだかよく眠れる……』
とのことである。
ついでに言えばハデスの124cmの小さな
ベルによればぬくぬくしてとても抱き心地がいいし、いい匂いがするらしい。
(とはいえいつまでもこうしてるわけにはいかないよね……)
名残惜しいが、ベルは小さな額にキスを残し、ハデスを起こさないようにそっとベッドをでる。
音を立てないように気をつけながら
***
ベルが姿を現したのは、家から歩いてすぐの雑木林だった。
飲料水などの生活用水の確保や水浴びができる小川が林の中を縫うように流れる、ちょっとしたピクニックができそうな悪くない風景の場所だが……
「ハッ!」
雑木林の少し開けた場所でベルの裂帛の気合の声が響く。
どうやら朝の鍛錬をはじめていたようだ。
先ずは基本の突きの動作。
片手で鋭く槍を突き出す。
槍が最大の威力を発揮するのは突きだ。
ベルのショートスピアーは鏃のように鋭角的な穂先を持ち、刃渡りは短いものの両刃構造なので斬る/薙ぐ/払うも攻撃としては有益だが、やはり突いてこその槍だろう。
(もっと速く! もっと鋭く!)
ベルはその動作を愚直なまでに繰り返す。
いやただ繰り返すだけではない。
一突きの威力や速さだけでなく、連続して突き出す動作……連撃速度を上げていく。
意外と様になってるようだが、それもその筈でベルはハデスに出会う前どころかまだ村に居た頃より祖父から槍の扱いの手ほどきを受けていたのだった。
なんせ傭兵など雇えぬ小さな村だ。時折現れる野盗やモンスターなどの危険生物から身を守るには自ら武力をつけて自衛するしかない。
ベルが生まれ育ったのは、そういう自然環境だけでない厳しさをもった「この世界ではありふれた村」だった。
(一突きで駄目なら二突き、二突きで駄目なら三突き。三突きで駄目なら倒れるまで突き徹す……!!)
「セリャッ!!」
”ドドドッ!!”
「一呼吸で出来るのは、今は”
人間の骨格や筋構造はそもそも「同じ動作の連続は、動作と動作の間に適度なタイムラグをおいて行なう」ように出来ている。
つまり「ごく短時間に一切のタイムラグを入れない素早い無呼吸連続動作」はあまり得意ではないのだ。
例えば試しに鉛筆や箸のように軽いものを手に握り、「フェンシングの突きの様な動作を、ピストン運動よろしく同じ動きで可能な限り素早く連続動作」をやってみるとわかりやすいかもしれない。
皆さんは何回、速度と精度を落とさず同じ動作が可能だろうか?
突きは普通「突き出す速度」が重要であり、次の突きを行なうチャージ動作である「引き戻す速度」はそれより遅くていい。
しかし連続突きとなれば突きの密度を上げるために可能な限り速く戻す必要がある。
連続突きの真骨頂は、一撃で突き崩せぬ敵に対し、相手に防御される前に二撃三撃を叩き込むことであり、突きの間隔が短ければ短いほどいいからだ。
ベルの今の限界は、ショートスピアーの極限まで間隔を短くした連続突き……で、「突きとして成り立つ威力と速度」を維持できるのは三連撃までということらしい。
言い方を変えるなら、普通は一突きの時間で放てる最大発射速度が三突きだということだろう。
エモノは違うが、日本でも三段突きで有名な人物がいる。かの有名な新撰組の沖田総司がそうだ。
「う~ん……一突きの威力が上がらないなら威力間隔を短くして突きを増やすか、あるいは連激できる時間自体を長く出来るようにするか……」
自分の攻撃力が中層以降のモンスターと対峙するには威力不足であることはミノタウロス戦で明らかになった。
ベルには他にも二つの
普通の槍技とのコンビネーションを考えると、やはり一番使い勝手がいいのはトリプル・バーストになってしまう。
ハデスの言うように槍をより重いものに代えるのは前提だが、
新しいエモノは慣れるまで時間はかかるし、ファミリアの財政を考えればおいそれとエモノをとっかえひっかえできるものではない。
ハデス・ファミリアは、出来立てホヤホヤの新興弱小ファミリアとしてはハデスが稼ぎのいい葬儀屋やっていたりとか新人のわりにはベルがダンジョンで稼いできたりとかで財政は悪くないが……かといって所詮は零細、贅沢できる身分ではない。
その時、
「一番手っ取り早いのは、戦闘時にトリプルバーストの使用回数を増やせるようにすることかもしれない、よ?」
ふと銀の鈴を鳴らすような心地いい涼やかな声色がベルの耳をくすぐった……
ベルが声に誘われるように振り向くと、
「おはよ。ベルくん」
愛用の”
***
「おはようございます。ハデス様」
「ふぁぁ……ん」
小さな欠伸を手で覆い、ちょっと目尻に涙を溜めながらハデスは頷く。
「今以上に連突きの密度を上げたり、連突き可能時間を延ばすのは相応の修練と基本アビリティの上昇が必要となりそう。今のベルくんの肉体性能を考えると、力(筋力)と敏捷(瞬発力)はめいっぱいで、数字で余力があるのはスタミナだけだから」
「なるほど」
「トリプルバーストとトリプルバーストの間のインターバルを短くして、一戦闘あたりの使用回数を増やすのはそこまで難しくはないと思う。今のベルくんにとってトリプルバーストは必殺技かもしれないけど、それももっとフレキシブルにランダムに出せるようにすれば、応用できることも広くなるし結果として取れる戦術オプションも自然と増えていく」
「ありがとうございます! ハデス様!」
「ごめんね。今のベルくんに教えられる『これさえあれば起死回生が出来る』とか『一撃で勝敗を決する』ような技はわたしは知らないから……だから地味に地道なやり方でしか君を強くさせてあげられない」
「とんでもない! こうしてハデス様に槍を教えてもらえるだけども幸せなんですから!!」
「そっか……♪」
そして彼女は【
槍の長さは2m少々と標準的な槍としてはむしろ短い部類だが、ちみっこいハデスが握ると縮尺の関係で大業物の長槍に見える。
そして槍を構え佇む姿はベルと比べるならずっと様になっていて、まるで達人のように隙がなかった。
「じゃあ、はじめよっか?」
************************************
「ま、まいりました……」
たまったダメージと疲労で既に槍を握る力も失ったベルは、大の字に寝転び荒い息を整えながら天を仰いでいた。
結果は言うまでもなくベルの完敗だ。
「本当に人間って変わりやすいんだね? ベルくん、また強くなってた」
対してハデスは呼吸を乱すどころか汗一つかいてなかった。
ベルの名誉のために言っておくが、確かにベルは体格華奢で見た目は強そうに見えないが、自然環境の厳しい高原で日常そのものが高地トレーニングになる農夫や槍を片手に”
祖父の鍛錬のお陰もあり、同年代の少年に比べても身体能力は秀でてるだろう。
オマケに今は【
しかし、どうも二人にはそれこそ武の世界に乗り出したばかりの若武者と、武の頂点に手が届く熟達した達人ほどの開きがあるようだ。
これは無理もない理由がある。
さらに”姿を隠す兜”により、ハデスがティターン神族の武器を奪ったことがティタノマキアにおけるオリュンポス神族勝利の最大の要因とする説もあり、そういう意味ではハデスは最大の戦功者なのかもしれない。
実はオリュンポスのハデスに気のある男神々が、「ハデスたんは俺の嫁! 異論は認めない!」発言に終始したのは、ハデスの戦闘力が高すぎて手篭めにしようとしても確実に返り討ちに合うのが目に見えていたからであった。
しかし、今のハデスは”
にもかかわらずこれほどの……文字通りの神業と評していい技量に至ったのは、冥界でそれだけの研鑽に励んだ結果でもあった。
「本当にそうなんでしょうか……? 未だにハデス様にかすらせるどころか影さえ踏めない有様なのに……」
少し不安げなベルにハデスは小さく微笑んで、
「それはそうだよ。わたしだって冥界に居るときはいっぱい練習したもん。
理由はあえて詳しく言うまい。強いて基本的には地上にいるオリュンポスの
とんだ「ハデスは二又の槍を使う」の真相だった。
「わたし、
「あっ、それは僕も一緒です」
ベルは身体能力こそ高いが、基本的に短身痩躯……小柄ゆえにリーチは不利だ。
結果として同じ結論に辿り着いたのであろう。
「でしょ? 小さな者や力の弱いものが大きく強い者に立ち向かうにはそれ以外の技術が必要……そうして戦うための技術、『武術』が生まれたんだよ」
ハデスは幼い容姿に見合わぬ大人びた表情でそう告げた。
少し裏話をしよう。
原作のベルは「ミノタウロスを瞬く間に倒すアイズ」の姿を見てアイズ・ヴァレンシュタインに一目惚れしたのは周知のとおりだ。
しかし、”この世界”では同じくミノタウロスを倒したのはアイズだったのに、同じ結果にはならなかった。
なぜか?
理由は、あるいは違いはいくつもある。
既にあの時、すでに祖父からだけでなく今のようにハデスからも鍛錬を受けてベル自身の武力値が高かったこともそうだろう。
無論、ベルの心は(恋愛感情とは別物かもしれないが)もうハデスで占められていた……それもあるかもしれない。
だが、最大の理由は……
『それを超える武を、既に見ていた』
からだった。
***
「わたしはお母さんらしいことは上手くできないかもしれないけど……でも武術だけじゃなくてベルくんには戦い方、戦って生き残る方法はこれからも教えてあげられると思う」
ベルは泣きそうになった。
哀しいからじゃない。ハデスの優しい心が、慈愛が、胸を締め付けるから……
「ベルくんは、今日はロキ・ファミリアにご挨拶に行った後にダンジョンに行くんだよね?」
「はい。そのつもりです」
「じゃあ、そろそろ水浴びして朝ごはん食べて……出よっか?」
「はいっ!」
伸ばされたハデスの手をベルが取る。
だけど引き起こしてもらうのではなく、まだ痛みや疲れが残る全身を奮い立たせるようにして自分の力で立つ。
ベルとて男の子だ。
通したい意地くらいある。
(でも、できるなら……)
ベルは決意を新たにする。
(引っ張ってもらうんじゃなくて、守れるようになりたい……!!)
そんな彼を、ハデスはただ微笑ましげに見ていた。
皆様、ご愛読ありがとうございました。
神槍ハデス様は、楽しんでいただけましたでしょうか?(^^
今回のエピソードの本懐は、実は……
『ベル・クラネルという一人の少年を軸にして、ヘスティアとハデスの明確な立ち位置の違いを書いてみる』
だったんです。
恋心をもちながらあくまでも女神として見守るヘスティアに対し、恋愛感情ではないかもしれないけどベルと同じ場所で同じ視線に立つハデス……
こんな違いが描ければと思っていたんですが……うまく表現できたでしょうか?
さて、次回はいよいよベル君でなく”ベルくん”はロキ・ファミリアに足を運ぶようです。
原作と違う展開になるのか、それとも……?
それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!