ハデス様が一番!   作:ボストーク

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皆様、こんばんわ。
筆が想いの外ノッたので、予想以上に速くアップできました。

さて今回のエピソードは……ちょっと原作っぽくはないですが、いつもより少しお洒落なハデス&ベルとか、ハデスの紋章の誕生秘話とかそのほか色々カオティックな内容になったような?(^^




第009話 ”ツィードと紋章と酒場の一幕”

 

 

 

さてオラリオに夜の帳が降りる頃……

猥雑さが魅力の繁華街として栄えるここ”西のメインストリート”に、一際人目を引く二人組がいた。

 

一人は白髪のいかにも年上の女性に可愛がられそうな線の細い中々にキュートな少年で、その少年と手を繋ぐのはこれまたまるで古今東西随一の匠と呼ばれる域の人形師が、己の生涯最高傑作を作る意気込みで仕上げた値段の付けられない陶製人形(ピスクドール)のような『人ではありえない整った美しさ』を内包する美しい幼女だった。

 

少年の名はベル・クラネル。幼女の名は女神ハデス。

言うまでも無く【ハデスとその眷属(ハデス・ファミリア)】の二人である。

 

ちょっとしたお出かけ気分なのだろうか?

二人とも普段より少しだけお洒落だ。

 

ベルは自分の村……酪農なら羊毛業が盛んな”ハリス村”の特産品で、今はまだ無名だが質のいい手紡羊毛布(ツィード)、現在売り出し中の名で言うなら【ハリス・ヴィレッジ・ツィード】の中でも華やかなタータンチェック柄を選んで仕立てたフロント2ボタンと短い着丈が特徴の”プレッピージャケット”を羽織り、オフホワイトのスタンダップカラー・カントリーシャツとナチュラルブラウンのコーデュロイ・パンツをあわせるという中々小粋なスタイルだ。

 

ハデスはいつもと同じ純白のキャミソール・ワンピースだが、細い手首に透かし彫りの純銀に大粒のマベパールをはめ込んだ台座を中心に、それより小さなブルートパーズを鏤めた同じく純銀のパーツを繋げたチェーンブレスレットをつけ、淡い銀色の髪には深いエメラルドグリーンのベルベット・リボンで飾っていた。

 

二人の胸元を飾るのは、お揃いの円形のペンダント。

18金の台座にはめ込まれる瑪瑙(アゲート)を浮き彫りにしたストーン・カメオが象るのは、『二又槍の穂先の周りに咲き誇る水仙とアネモネ、生い茂るミント』……細緻な【ハデス・ファミリアの紋章】だった。

”二又の槍の穂先”は言うまでも無くハデス自身のことで、他の植物は冥界でハデスと共にあることを誓った二柱の神……水仙がペルセポネーをミントがミンテーを、アネモネが青一点であるアドーニスをそれぞれ示していた。

 

瑪瑙の柔らかな色合いと相俟って、何やら【冥王とその眷属の紋章(エンブレム・オブ・ハデス)】としては優しすぎる雰囲気があるが、実はこのエンブレムを巡っては冥界に相応しい(?)バトル的経緯があった。

それは、ハデスが地上に降臨する前のこと……

 

 

 

そもそもこの紋章、原案を出したのはハデスだが、最終デザインを決定したのは彼女ではない。

ハデスは「んー……わたしの象徴か……二又槍とか、かな?」と言っただけだ。

ハデスを示す二又槍の穂先を紋章の中心に据えるのは、誰も異論は無かった。

しかし…

 

『たかが匂いだけが取り得の雑草の分際でっ! また踏み潰したろかっ!!』

 

『やれるもんならやってみなさいよっ! 今度こそ返り討ちにしてあげるわ!! それにミントは雑草じゃなくて薬草よっ! 見た目だけが取り得の水仙なんかよりよっぽど役に立つわよ!!』

 

冥界にある自称ハデス軍、別命【ハデスたんにお仕えし隊】のNo.1である【春嵐猛姫】ペルセポネーと、同No.2である【常勝の翠髪】ミンテーが、「どっちがハデスの紋章を飾るか?」を巡り大喧嘩。

冥界であるが故に死なないことをいいことに、ペルセポネーは愛用の蝙蝠槍(ジョヴスリ)を、ミンテーが同じく愛用の三椏矛(フュスキーナ)を持ち出して剥き身の丁々発止、危うく派手な流血沙汰になりかけた。

それを仲裁したのが【腹黒軍師】アドーニスで、「だったら両方入れればいいじゃないか」と提案。

そして水仙とミントだけでなく、自分を示すアネモネもちゃっかり紋章に取り入れてるあたり、彼も相当の策士だろう。

 

ちなみに白ポプラを象徴とする【なんとなくついてない】レウケーは、自身が神ではなく精霊(ニュンペー)であるという存在の弱さから(それを言うならアドーニスは元人間の筈だが……)、このくだらなくも激しい諍いには参戦できなかった。

 

全くの蛇足ながらアドーニスとレウケーはギリシャ神話ではきっちり死んでるが、冥府に来てからある意味において復活。輪廻転生を拒否してハデスの元にいるらしい。

もっとも自称ハデス軍は、”そんな輩”ばかりだが。

 

 

 

***

 

 

 

紋章にまつわる話はひとまず区切るとして……

 

「ベルくん、慰労会の会場ってどこだっけ?」

 

「えっと……確か『豊饒の女主人』って酒場(パブ)だった筈です」

 

ここはオラリオの西のメインストリート、繁華街ではあるがストリート周辺の西地区と呼ばれる一帯は、【ファミリア】に加入していない無所属の労働者の多くが住居を構え、彼らの家族も生活することで大規模な住宅街を形成している。

そんな訳で治安もあまりよくない。

一歩路地裏に入ると、貧民街(スラム)とは言わないまでも、同じ西つながりでリアル『ウエスト・サイド・ストーリー』が今にも始まりそうな街の雰囲気がある。

 

さて、ならばもう一度ベルとハデスの格好を振り返ってみよう。

ベルは元々可愛い系の顔に華奢な身体付き、加えて都会的なデザインの高そうなツィードのジャケット(ある理由があって、実際にはそこまで金はかかってないのだが)にコーデュロイ・パンツ。

ハデスは純白膝丈のキャミソール・ワンピースに細緻な拵えのブレスレット、淡い銀色の髪を飾るのは高級そうなベルベット・リボン……

 

明らかに猥雑な界隈に場違いである。

しかも首にはお揃いのカメオのペンダントときてる。

容赦なく言えばこの二人、いいとこ「夜の繁華街に間違って入り込んだ、いいとこのお坊ちゃんと小さな箱入り娘(フィアンセ)」という雰囲気なのだ。

 

無論、ベルもまがいなりにも冒険者でハデスは冥界の女神だ。

万が一を備え、ベルの腰にはこれみよがしにダンジョンでモンスターと戦うには心許無いが、対人戦には十分な”慈悲の短剣(ミセリコルデ)”を右腰に、左腰には盾として使える短剣の”刃折の短剣(ソードブレイカー)”を一振りづつ下げてるし、ご丁寧なことに両袖口には投剣としても使える刺突専用の軽量短剣”スティレット”まで隠し持っていた。

ハデスの二又槍は、元々彼女の一部(現代的な解釈では量子化して不可視状態で格納している)なので、見えなくとも即時展開が可能だ。

 

とはいえ薄暗い路地に(たむろ)するような街のチンピラに、見た目を超える戦闘力を把握しろというのも無理な話だ。

彼らにとってはベルの種類の違う両腰の短剣は坊ちゃんがいきがるための小道具に見えるだろうし、ハデスは無害な美幼女に過ぎない。

知らないというのは時には幸せであり、同時に恐ろしいものだ。

 

彼らは知らない。

ベルは故郷で牧童(ガウチョ)として働いていた頃……落馬して首の骨を折ったが、死に切れずにもがき苦しむ仲間を腰に下げたミセリコルデで、この短剣の本来の使い方である『慈悲を与えた』経験があることを。

あるいはハデスに不埒を働こうものなら、スキル【グロリオーサ】の能力とあいまってインスタント・バーサーカーになりかねない危険性を帯びてることに。

 

 

 

だから彼らは近づく。

「弱者を鴨にするため」に。それが鴨でなく別の生物である可能性も考えないまま。

そして、今日も街のどこかで不幸なチンピラが、哀れな路上に転がる肉団子になるかと思いきや、

 

「あっ、どうやらここみたいです」

 

「みつかってよかった」

 

だが、かみまみた……もとい。神は居た。いや実際に地上にも天界にもごまんと居るのだが。

チンピラたちが二人の迎撃エリアに入る前に『豊饒の女主人』を発見するベルの殊勲により、とりあえず今夜は余計な流血は避けられそうだった。

 

 

 

***

 

 

 

二人が入った途端、酒場のあちこちから小さな驚きがあがる。

それはそうだ。

ここのメイン客層は冒険者で、『ここは一人前の冒険者達の夜の社交場』と一部の常連客は思っていた。

特に冒険者がダンジョンで命をかけた冒険を終え、死の恐怖から解放され生きる悦びを謳歌する瞬間、「命の一杯」を味わうためにある夜なら尚更だ。

 

さっきの返り討ちに”なりそこなった”街のチンピラじゃないが、『豊饒の女主人』は間違っても坊ちゃん嬢ちゃんが来る店でもなければ、来ていい店でもない……と考えているらしい。

 

まあ料金は安くないし、一端の冒険者の収入は悪くないが……だが、店名にもなってるこの店の女主人、ドワーフの元一流冒険者”ミア・グランド”はそんな狭量な人物ではない。むしろその逆だ。

もっとも店主の客と料理に対する想いなど知ったことかとばかりに、悪い意味で酔った冒険者(きゃく)が、ベル達に何か因縁吹っかけようとしたその瞬間、

 

 

「まっとたで~♪ お二人さ~ん♪」

 

二人が入った途端、陽気な声が聞こえてくる。

言うまでも無くこの声の主は、【ロキ・ファミリア】の主神で、本日の宴会スポンサーでもあるロキだ。

どうやらまだ酒や料理が運ばれている様子は無く、来たばかりなのだろうか?

あるいはハデスとベルを待っていたのだとすれば、彼女らしからぬ殊勝さだ。

もっともロキの心境を考えれば理解できなくも無いが……

 

「もしかして……おまたせしました?」

 

「気にせんでええよ? 何しろ”主賓”の登場を待つのは、宴会の主催者としては当然やもんなぁ」

 

と手をふりふりさせ口はにこやかに微笑みながら、全く笑ってない目でチョッカイをかけようとしていた冒険者(よっぱらい)を視線で制す。

その視線は無言でこう言っていた。

 

『ほ~う……ウチの客に手を出すつもりなんか? ウチの顔に泥を塗るつもりか? 自分、ええ度胸しとるやんけ……あん?』

 

と……

無論、最大派閥の【ロキ・ファミリア】に喧嘩を売る度胸のある冒険者などそうそう居るはずも無く、立ち上がった酔っ払いどもはすごすごと自分の席に座る羽目になる。

 

ベルやハデスには見えない位置で、ミアが満足げに笑っていたのをロキは見逃さなかった。

 

 

 

「お招きありがとう。ロキ……はじめまして、だね?」

 

「お、おう……は、はじめましてやな!」

 

花が朝の光にそっと咲くように、あるいは優しい春の霧が乾いた冬の大地を癒すように……

人は、いや神はこんなにも可憐に、儚げに微笑めるのだろうか?

 

そんなとりとめもない疑問を感じながらも、ロキは自分の胸がズキンと痛むのを感じた。

 

「座っていいかな?」

 

「も、もちろんやねんな!」

 

どもりまくるという珍しいロキに、ファミリア全体の参謀役(ちえぶくろ)であるハイエルフの”リヴェリア・リヨス・アールヴ”は溜息を突きながら、

 

「我が主神よ……どうでもいいが声が裏返ってるぞ?」

 

「やっかましいわ!」

 

 

 

***

 

 

 

「あっ、追加の椅子は一つでいいです」

 

二人居るのに奇妙な事を言い出す少年に、給仕(メイド)服姿のエルフと思わしき少女は一瞬、怪訝な顔を浮かべるが……それがオーダーならばと、ロキが陣取る大テーブルに椅子を一つだけ運んできた。

 

「よっと」

 

先ずはベルが座り、その座り心地を確かめてから膝をぽんぽんと叩き、

 

「さあ、ハデス様」

 

「うん」

 

”ちょこん”

 

なんの躊躇いも無く、ハデスがベルの膝に座った。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………けっ!」

 

七つのどうリアクションしていいかわからない、あるいは目の前の風景にどうにも現実感が無く空白化した思考に、最後は面白くなさそうな余計な声が一つ。

 

「………オリュンポスの助平(ヤロー)共が見たら、思わず憤死か悶死しそうな風景やな」

 

そんな主神(ロキ)の言葉にこの場に居たファミリア全員が一斉に頷いた。

 

 

 

「あの見た目は確かに可愛いんですけど……行動しては問題があるのでは?」

 

そう隣に座るリヴェリアに囁くのは、真面目で委員長気質のエルフ少女、”レフィーヤ・ウィリディス”だ。

 

「ま、まあ良いのではないか? 見たところ、あの着座が【ハデス・ファミリア】の日常(デフォ)のようだし……(眼福でもあるしな)」

 

そうレフィーヤに返す、実は隠れ可愛い物好きなリヴェリアであった。

 

「ふわぁ……本当にお人形さんみたい……」

 

そう自分にはない要素に感嘆の溜息を漏らすのは、『アマゾネス姉妹の平坦(スレンダー)な方』こと妹の”ティオナ・ヒリュテ”で、

 

「……いいなぁ」

 

と呟いたのは『アマゾネス姉妹の豊満(グラマー)な方』こと姉の”ティオネ・ヒリュテ”だった。

きっと彼女の内心では、『私も団長を膝の上に……クフフ♪』とか考えているのだろう。

その証拠に【ロキ・ファミリア】のリーダーにして最古参のメンバー、同時にティオネの想い人でもある小人族(パルゥム)の”フィン・ディムナ”は、「危険を報せる親指」が疼いたのか首を左右にきょろきょろさせていた。

 

「最近の若いもんは色々と想像の斜め上をいくのう」

 

感心してるのか呆れてるのか判らない表情の初老ドワーフは、フィンやリヴェリアに並ぶ『年長幹部三人組(トリニティ・セナトゥス)』の一人、”ガレス・ランドロック”だった。

 

「えっと……」

 

周囲の反応に自分がどうしていいか判らず、小首をかしげてる『剣姫』こと”アイズ・ヴァレンシュタイン”に、

 

「……けっ」

 

何やら面白くなさそうにしてる狼系獣人(ライカンスロープ)の”ベート・ローガ”である。

誤解の無いように言っておくと、ベートの機嫌が悪いのはベルやハデスが気に入らないわけではなく(実際、ベートは二人の招待を反対していない)、単にノリについていけず苛立ってるだけだろう。

 

 

 

***

 

 

 

しかし、ローガとは違う意味でノリについていけないのは他の誰でもない、ファミリアの盟主であるロキ自身だった。

 

(ウチは……なんてことを……)

 

かつて【北欧神話体系(エッダ・ミトス)】の示す天界(アスガルズ)に居たとき、せめてギリシャ神話の天界(オリュンポス)に忍び込んだとき、一目でもハデスを見ておくべきだったと心底後悔していた。

 

ロキは確かに悪神だった。エッダにすら悪戯好きで、”神々の黄昏(ラグナレク)”すらその延長線上に過ぎなかった。

だが、

 

(誰が好き好んでこんな可憐な娘を……こんな儚い幼子を……暗く冷たい冥界に追放したいと思うねんな……!!)

 

確かにロキは男神たちの『ハデス争奪戦』を利用し、アスガルズでは出来なかった神々の黄昏をオリュンポスで起こそうとした。

だが、ハデスを冥界に落としたいなどと考えたことは無かった。

ただ、結果的にそうなってしまっただけだ……

 

 

 

(でも、言い訳はでけへん。過ぎ去った日々は何をやっても戻らへん……)

 

ロキはこの時、自分の心に焔のような何かが灯るのを確かに感じたという。

 

(過去を償うんは過去でやない、今とそして”これから”や……!!)

 

「かくも宴は始まれり……やな」

 

 

 

果たして、かつて悪神と呼ばれた彼女の選択とは……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

日常パートではありますが、「普段とちょっと違う二人」に始まり「ロキの後悔と決意」の終わるエピソードは如何だったでしょうか?

個人的には「いつものようにハデスを膝に乗せるベル」を見たときのロキ・ファミリアの面々のリアクションが書いてて楽しかったです(笑)
そしていよいよハデス・ファミリアとロキ・ファミリアの初顔合わせでした。
レフィーヤに至っては初登場というエピソードでしたが、楽しんでいただけましたでしょうか?

ところで「ハリス村のツィード」って、元ネタをわかる読者様がいれば嬉しいってくらいのネタでして(^^
ちょっと理由がありまして、ベルはツィードや羊毛織物を格安で手に入れられるので、この手のファッションは多くなります。小ネタとして楽しんでいただければ嬉しいです♪
ちなみにベルの着ているジャケット、現代日本で買うとどんなに安くても三万円くらいしたりして(汗)

それにしても……冥界のハデス様親衛隊(?)って一体……?

ラストでロキが魅せたりとなんかカオティックな要素が増えてきましたが、果たして宴はどうなりますことやら♪

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



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