月下に咲く薔薇   作:はいばら榊@旧名

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2013年6月22日に脱稿。2015年10月8日に改訂版をアップ。


月下に咲く薔薇 8.

 外の空気を浴びた途端、無防備な首や耳が真冬の冷気に晒される。気温は上がり始め朝よりは幾分人に優しくなっているが、北風の名にかけ冷気を運ぶ事をやめるつもりはないらしい。

 昨夜、シモン達子供ばかりかボビーさえ震え声にした冷気の突風を思い返す。バトルキャンプに到着し艦を降りたばかりのクロウ達を出迎えたのは、真っ白な息さえ吹き飛ばす容赦のない北風だった。

 ドラゴンズハイヴのように母艦を収容する術を持たないこの基地では、鑑から降りた者は建物まで屋外を走らなくてはならない。寒さに身を縮ませ小走りで誘導に従ったパイロット達は、改めて龍牙島の有り難みに心を浸した。

 ZEXISを支える基地の中でも表の顔として機能するバトルキャンプが母艦の繋留施設を備えていないのは、不自然と言えば不自然だ。人間同士が繰り返す足の引っ張り合いという不毛な言葉を頭の中で打ち消し、照明を頼りにバトルキャンプの良いところを探した。

 地上部分に重要な施設を置いていないのはドラゴンズハイヴと同じで、始終潮風に晒されているところも龍牙島の孤立ぶりを思わせる。

 ただ、深夜にもかかわらず動いている隊員の多さが目についた。極少人数で切り盛りしている秘密基地とは、抱えている人間の桁がもそも違うのだろう。頭ではわかっていても、目にすると頼もしさが増す。

 彼等は、深夜の北風に嫌な顔一つせずクロウ達を出迎えてくれた。それだけで、寒気が和らいだ気がする。たとえそれが、心中のものだとしても。

 いいものだ。人間がいる光景というものは。

 午前10時47分。母艦が見えているのに敢えて背を向け、屋外の駐車場を目指して5人で小走りをする。

 風が吹き抜ける度に、クロウの先を行くクランが「くぅ!」と体を弾ませ短いスカートで果敢に冷気と闘っていた。「日が昇ったらもっと暖かくなると思っていたぞ。日本は、暑くて寒いのか」

「ま、そういう地域はあちこちにある。自然のままってやつだからな」地球生まれのロックオンが、一旦立ち止まって目を細める。「フロンティア船団にはないのか? 気候の変動があるブロックとか」

「ない」クランが、まず断言から始めた。「アイランド1などは多少気候に変化をつけているが、真夏や真冬までは再現していないのだ。それは、他のアイランドで楽しむものだからな」

「なるほど。そうやって金を回しているのか」上手い事をやるものだと、クロウは船団のシステムに本気で感心する。「敢えて変化を提供せず、自分から刺激を求めるように仕向ける訳だ。船団側は、最低限のものだけを供給すればいい。個々のアイランドの管理がシンプルにできるし、温暖なもので満足できない人間は自主的に行動して、他のアイランドに金を落とす、と。…いい事ずくめじゃないか」

「その辺り、コロニーの考えも似たり寄ったりだな」デュオが駐車場に向かって手を振りながら、やや懐かしそうに話す。「俺達のいるコロニーってのも、同型を幾つも宇宙に浮かべてるんだが、中身の方は様々さ。工業用だったり、観光用だったりってな。人工的な常夏に大きく育った椰子の木。それでも、ココナツ・ジュースは美味いし、水着の美女もいる」

「いいじゃないか。きっと、それが人間なんだ。何でも描けるキャンバスに、わざわざ見知った地球を再現せずにはいられない。どんな時代、どんな次元にいても」

 ロックオンの総括に、「おおっ、深いねぇ」と感心顔のデュオが体を捻り後ろを顧みる。

「なら、この寒さも地球の恵みとして、俺達はもう少し有り難がるべきなのか」

 余り嬉しいものではないからこそ、クロウは逆に仲間達へと振ってみた。

「でも私は、もう少し暖かい方がいいぞ」

「気が合うな。俺もだ」とクロウは笑って、皆と合流する。

 ZEXISの外出用に用意された車は、計6台。全てセダンで、運転者には、ロックオン、アレルヤ、ミヅキ、アスラン、ロジャー、そしてクロウが選ばれた。有事の際、多少強引な運転をも辞さない顔ぶればかりが選抜されている。勿論、刹那やミシェル、デュオや斗牙達が外されたのは、年齢的な問題を抱えているからだ。

「えー? 俺もこっち組ィ!?」と、刹那を見下ろしながら赤木は目を見開くが、「妥当な判断だ」とその刹那に一蹴され、落胆の果てに真下を向く程首を前に折る。

「いいのよ、これで。赤木君には無理でしょ。映画ばりのカーチェイスなんて」

 いぶきが正論を持ち出せば、「俺は手伝わなくていいのか?」と扇が1歩前に出る。

「扇。君は、私の運転する車に乗ってもらう。車中で話したい事もあるのだが、いいかな?」

 後席のドアを開け、ロジャーが逆に扇に質問した。ロジャーの運転する車にはドロシーの他、バレンタイン企画の責任者である大山が乗り込む事になっている。

 その顔ぶれでの車中会談。「わかった」と承諾する扇の表情が引き締まった。扇がロジャーの車に乗る直前、キーを握ったロックオンと軽く挨拶を交わす。

 ようやく全員が揃った事を確認し、「そろそろ出発しましょうか」と大山が皆にも乗車するよう促した。

 駐車場に集まった人影が、次々と車の中へと消えてゆく。

「久し振りのベリーね。ちょっとワクワクしてるかも」

 ミヅキの後ろに収まった琉菜が、喜々として目的地の名を呟く。

 ベリーとは、大山達が目的地に選んだショッピング・モールの名前だ。スーパーからDIY用品店、乳幼児用品店、服飾の店や書店、レストラン、コーヒー・ショップ、フード・コート、更には映画館やゲーム・センターまで入っている大型商業施設として名を馳せている。

 店舗数は周辺地域でも類を見ない破格の数を誇り、テナントを収容している建物は全部で3棟。丸一日を費やしてもまだ足らないという遊び甲斐のある規模が評判を呼び、平日でも大勢の客で賑わう一大名所となった。

 かく言うZEXISのパイロット達も、バトルキャンプ滞在時には息抜きに何度か利用している。外出から帰ってきた女性達の表情一つでその満足度を推し量る事ができる場所だ。買い出し隊の休息目的として、この施設以上に相応しい所はまず見当たらない。

 概ね皆の表情は明るいが、駐車場に立ったままやや不機嫌な様子の少年が1人、車中の大山に尋ねようとして前屈みになる。

 眼鏡のフレームが光った。幾分は元気を取り戻しているティエリアだ。

「材料の調達後、1時間の自由行動を認めるとあったが、警護上個人単位での行動は望ましくない。どうするつもりだ?」

「一応、ある程度グループで行動してもらうつもりよ。ベリーはとっても広いし、場合によっては、つい時間を忘れてしまうって事もあり得るわ。複数で固まって、互いに注意するのがいいと思うの」

「私も、それには賛成だわ」車のキーを指先で弄びつつ未だ運転席には収まらず周囲を警戒しているミヅキが、自らの胸を右の親指で指す。「もし女の子達が男性の入りにくい所に行くのなら、その時は私や琉菜、エィナとルナマリアでフォローするわ」

「了解」、「はい。承知致しました」、「それでいいわ」とルナマリア、エィナ、琉菜がそれぞれ車中で頷く。

 リィルや谷川、中原の組に入れられたと気づき、「私も当てにしてくれていいぞ!」とクランが突如伸び上がる。

 しかし、ミシェルが口元に1本指を立てその立候補を半ばで遮った。

「何故だ!?」

「折角の配慮だ。甘えさせてもらおうじゃないか、クラン」

 そしてミシェルはクランを先に乗車させ、クロウとロックオンに射るような眼差しを向けた。

 ロックオンもクロウが先程後回しにした件にかなり興味があるようで、「俺もお前と行動したい」とクロウの肩に手を置くや、その指先に力を込めてくる。

 消えたバラの件か、さもなくばクロウが交わしたロジャーとの会話についてか。いずれにしても、今更ミシェルを外す訳にはゆかなそうだ。

 人間観察に長けたロジャーが、そんな空気から何かを読み取ったのだろう。

「君が決める事だ」と言うに留め、ドロシーを助手席に座らせると、同じ車の運転席で音を立てドアを閉めた。

「へいへい。俺は逃げも隠れもしませんよ、っと」

 クロウは一旦ロックオンから離れ、シン、ルナマリア、キラ、ティエリアが乗る車の運転席につく。未成年者を中心に乗せている車は3台が5人乗りとなって、クロウの他、アレルヤとミヅキがその運転を任されている。

 分乗の構成は、スメラギの考案によるものだ。赤木、青山、いぶきの車をロックオンが運転。斗牙、エイジ、琉菜、リィルの乗る車をミヅキが。谷川、中原、デュオの車をアスランが。ミシェル、クラン、刹那、エィナの乗る車をアレルヤが。扇、大山、ドロシーの車は、ロジャーが運転する事になっていた。チームの分割、男性の配分といい、絶妙なところは流石戦術予報士といったところだ。

 6台の車は、全員が乗り込む側から勝手に駐車場を出て行く。それでも結果として路上で全車が縦列を成すのは、ショッピング・モールに続く道がひどく限られている為と、道自体がとても空いている為だ。

 バトルキャンプ周辺の道路は、皆幅広に整備されている。基地を出入りする大型車両に対応した措置だが、県道に合流して尚対向車がほとんどいない寂しさから、クロウは静岡県の海沿いというバトルキャンプの立地を実感せずにはいられない。

 その上、これから向かうショッピング・モールも郊外型の大型店舗ときている。始終、渋滞とは無縁の移動になると聞いてはいたがと、そっと前方上空に気を配った。

 冬らしい淡い水色の空に、筋状の雲がかかっている。周囲に高い建物や山がないので、都心や熱海に比べても更に空が広いと感じる。

 あの雲の上から、この車両を監視している目は光っているのだろうか。ZEXISを「味方ではない存在」と識別している、冷たい人工物の目は。

 やがて15分も車を走らせると、左前方に白い建物が1つ見え始めた。少なくともこの直線中に信号機が5つはあるというのに、どういう大きさなのかと呆れたくなる。

 3つ先の交差点沿いに立つコンビニの看板が、遙か前方の足下でけなげに回転していた。建物の大きさは推して知るべしというところだ。

「あれか。確かに、かなりでかそうだな」

 クロウが言葉で前方を指すと、「あれは立体駐車場で、その奥に店舗の入った建物があるんです」とキラが説明してくれる。

「行った事があるのか? キラは」

「はい。前に一度、女の子達の警護を兼ねて」

「結構面白かったわよね」

 ルナマリアが当時の記憶を反芻すると、「あの時は随分と慌ただして残念だったね」と首を縦に動かしながらキラが答える。

「だったら今日は、その時の分まで遊べるだろ。何といっても、正式な息抜き行事だ」バックミラーで、クロウは後席に座るキラとシン、ルナマリアを見比べる。「買い物以外にも時間が使えるようにしてくれているらしい」

「なに? その正式な息抜きって」ころころと笑いながら、「でも、嬉しいわ。ティエリアなら買い物の後どうする? 一緒に楽しみましょう」とルナマリアがガンダムマイスターを敢えて雑談に巻き込もうとした。

 助手席で周囲を警戒しているティエリアが、ルナマリアの優しい言葉に一瞬上体を揺らす。はっきりとした声にはならなかったが、運転席にいるクロウは、彼の唇が微かに動いているところを見届けた。

 聞かずとも、言わんとする事は察しがつく。とても短いその言葉の意味は。

 混雑など無縁な道を車列は進む。しかし、快適を満喫するのはここまでだった。

 立体駐車場に入った途端、見通しの悪さにまず驚く。既にかなりのスペースが乗用車で埋められているのだ。

 開店してからまだ1時間少々しか経っていないというのに、この車の数。どれだけ遠方からこの大型店に人々が集まっているのかと、クロウのみならず、このショッピング・モールが初めての者達は皆呆けずにはいられない。

 様々な場所に車を停め、携帯端末で連絡を取りながら全員がショッピング・エリアに入った時、目を輝かせている女性達や斗牙に混じり、数人の男達は既にげんなりと疲労感を滲ませていた。

「どうしたの?」とアレルヤがデュオを振り返れば、「赤ん坊さ。エレベーターで乗り合わせた赤ん坊のおかげで、痛いし騒がしいし。大変だったんだぜ」と某かの被害者として肩を落とす。

「デュオは、その子に髪を引っ張られて」頭を下げる中原が、改めてデュオに謝罪する。「その子のお母さんが赤ちゃんを、私がお下げ髪を外したら、急に泣き出したんです」

「いや、別にいいんだ。誰が悪いんでなし」軽く右手を挙げ中原を制止するデュオが、「んで、そっちは?」とエイジに子細を問う。

「いきなり斗牙が迷子になりかけ…」言うなり、エイジが斗牙の肩を力任せに引き戻した。何と斗牙は、1階から5階まで貫いている大きな吹き抜けを見たいばかりに、1人足早に離れようとしているではないか。「だから、ほら! また、さっきみたいになりたいのか!?」

「きれいだよ、エイジ。僕は、あの飾りの近くに行きたい」

「買い物の後にしろ。それが、みんなとの約束だろ?」

 斗牙の執着ぶりが気になって、クロウの他何人かが件の飾りを仰ぐ。

 彼を虜にしている「あの飾り」とは、5階の天井から吊されている縦長な照明付きの店内装飾の事だった。様々な色を織り込んだ暖色の布と照明で構成され、照明もさる事ながら布装飾の珍しさに、なるほど惹かれるものがある。

 名残惜しげに装飾から顔を背けた斗牙が、「そうだったね。しよう、買い物!」と切り替えて皆を見回した。

「ああ。別に、吹き抜けは逃げやしないさ。後で、俺が付き合ってやるよ」

「ありがとう、エイジ」

「では、まず食料品の調達から始めよう。それぞれやりたい事があるだろうが、全てはその後だ」

 引率者らしくロジャーが、壁の前に立てられているアクリル製の館内案内図を視線で示す。全員の携帯端末にも同じデータが入っている為、敢えて確認する必要はない。

 しかし、建物1つが異様に大きい上、3階の現在位置から最奥棟の1階にあるスーパーまでひたすら徒歩で移動する必要があった。他に客も多く、最短距離を狙った小走りなどは目立つという理由も加わって論外だ。図面だけから見積もる以上の困難は、容易に想像がつく。

「諦めて、道なりに歩くしかなさそうだが…」

 警戒心を強める扇の隣で、「ちゃっちゃと通り抜けた方が良そさうだな」とロックオンも短く唸る。「一つ間違えると、スーパーに着いた時、1人2人いなくなっててもおかしくはないぞ。これは」

「そうですね」

 目移りから迷子になる危険性を察し、大山もふと顔をしかめる。

 結局、しっかり者で固めた集団を形成しそのままスーパーへと流し込む形を採った。

 それでも、私服に着替えた少年・少女パイロット達は途中、その優れた観察眼で歩きながら目にとめた品に表情を輝やかせる。右に左にと顔と目は慌ただしく動き、時には指が事後の標的を指し示す。

「あ! 私、後であの靴が見たい!」

「私、ここでシェリルのベスト・アルバム買っちゃおうかな」

「靴か…。俺も見たいな」

 まるで、学校や会社に通う極普通の一般客だ。その中に、21世紀警備保障の男女までが加わってしまえば、モールで浮いている者は、残った極数人になる。

 幸い、1人の迷子も出さずに済み、他の買い物客はクロウ達のような胡散臭い男達に別段不審そうな素振りを見せなかった。むしろ、「ほら、ケーキは後々!」と咎めるロックオンに同情を上乗せした笑顔を垣間見せる者すらいる。

「俺、こういうのを何て言うか聞いた事があるぜ」

 にっと白い歯を光らせるクロウが、背後からロックオンに声をかける。

「旗振り添乗員、だろ?」

「ああ。知ってたのか。似合ってるぜ」

「ぬかせ」と、ロックオンが僅かに赤面しつつ顔を背ける。

 スーパーに入ってから、女性達の買い物意欲は更に熱を帯びた。微妙に違うだけの商品を比較する事に時間をかけ、材料や器具を調達してゆく。数も必要なので、買い物カートは次第に数が増えてゆき、女性達ばかりかエイジやミシェル、シン達までもが音の立つカートを押して回る羽目になった。

 尤もそれが楽しそうなのだから、当初の目的通り、ショッピング・モールでの息抜きは大成功と言えるのかもしれない。

「これで、狙いの半分は達成できたんじゃないのかな」

 周辺の警戒を続けているアレルヤの表情にも、満ち足りたものが溢れている。彼の喜びは、店舗から貰ったものではなく、気分転換をしている仲間達から分けてもらったものだ。

 一方で、刹那とティエリアは相変わらずそれとなく周囲に視線を走らせているが、警護対象はほとんどがソレスタルビーイングと同等のスペシャリストときている。クロウは思った。2人は、むしろ一瞬でもアレルヤを見習うべきだ、と。

 壮絶な買い物が終わり、大量の商品を一旦有料のロッカー式冷蔵庫に押し込む。これだけで相当楽しんだ者も少なくないが、喜々とした少年少女達の娯楽はむしろここからが本番になる。

 全員、今か今かと大山の言葉を待っていた。

「1時間後、ここにもう一度集合しましょう」

 大山から自由行動の許可が下りるや、まず斗牙が「わーい!」と叫んでエイジと赤木の手を引き小走りを始めた。流石に今回は止める理由もないので、「そういう組み合わせになったか」と青山が渋々ついてゆく。

 女性達も買い物時の興奮を維持したまま、誰からともなく多くが一カ所に集合した。

「靴! さっきの靴見ていいかしら?」と始めるミヅキが、「希望のある人は、今出して」と白熱した口調で仕切り立ち寄り順を決めてゆく。

「あと59分」

 その熱気に水を差すつもりなのか、いきなりティエリアが残り時間を告げた。

「一緒に動くつもりなんでしょ。なら、野暮な事は無しよ」

「事実を言ったまでだ」

 あくまで固いティエリアに、ミヅキがさっと近づくや、あろう事か彼の顔を引き寄せその大きな胸に押し当てる。

「力まなくても大丈夫。私達は弾けてたって、ちゃんと見てるから」

「な…何を…!?」

 胸の谷間から聞こえるのは、取り乱しややくぐもったティエリアの声だ。

「みんな、貴方の事が好きなのよ。…だから一緒に遊びましょ!」

「よ、よせ! やめろ!」

 抵抗するティエリアを、半ば引きずるように女性達が連れ去る。その後に戸惑いぎみの刹那、アレルヤ、キラ、アスラン、シンがつき、ロジャーとドロシーは斗牙達について行った。

 嵐が過ぎたところで、残されたロックオンが独りごちる。

「ぶったまげたぜ。…まさか、ああいう手があるとはな」

「流石に思いついても、俺達に実践は無理だ」ほぼ同じ心境の中、クロウはロックオンに応えてやる。「あれで元気になるティエリア、見られると思うか?」

「さぁな」見たい思いと見たくない思いの境界線上で、ロックオンが巧みにはぐらかす。「まぁ何にせよ、ZEXISに感謝ってやつだな。俺も扇と同じだ」

「俺が、どうしたって?」

 しみじみと仲間の有り難みに浸っているロックオンの後ろから、3つの人影が現れる。ミシェル、クラン、更にはその名を出したばかりの扇だ。

「俺も、どっちかの警護に回ろうと思ったんだが、デュオに止められてな」

「デュオ?」

 嫌な予感がしクロウがカクカクと首を回すと、鉢植えの間から「よっ!」と三つ編みをぶら下げた少年が顔を出す。「何でも、クランとロックオンに約束したそうじゃないか。『後で話がある』って」

「耳聡いな、お前…」

 しかも、ミシェルまでが追い打ちをかける。

「あの打ち合わせで何かを感じた人間は、みんな真相を知りたがってるんだぜ。元々、俺もクランも無関係じゃない。今更人数を絞るなよ。ここにいる全員で、仲良く情報共有といこうじゃないか」

「ああ。俺としても、ミシェルとクランには聞いて欲しいからな」

 真顔のロックオンも、その提案に同意する。

 なるべくならロジャーにも加わって欲しいと思ったが、彼は護衛の役割についた。クロウ達が外れる分、ロジャーまで連れ出す訳にはゆかない。

「じゃあ、まず適当な店を見つけてくれ」

「よっしゃ! 混ぜてくれるってんなら、ちょっくら俺が探してくるぜ」

 気前のいい声がした直後、お下げ髪をした少年の姿は植木の間から消えていた。

 約3分後。デュオはクロウ達を、よくある系列コーヒー・ショップに案内した。

 よく見つけたものだと、思わず全員が感心せずにはいられない。

 その店舗は急遽隣のブロックまで借りたらしく、奥に行く程変則的なレイアウトになっていた。壁際に1つ、ややわかりにくい所に開放感とは無縁な空間がある。そこに2つの円卓が無理矢理ねじ込んであった。

 風下の喫煙席の最奥なので、換気は最悪。通路側の壁と柱の圧迫感もひどく、開放感を売りにしているショッピング・モールの中にあってその思想を完璧なまでに排除している。

 デュオは2つの円卓を寄せ、その境に愛用の黒い帽子を置いていた。

「いいだろ? この席」

「ああ、上等だ」口端を上げるロックオンが、「しかもここは、セルフ・サービスか」と1枚立てられているきりのメニューを軽く指で弾く。

 無意識のうちに頬が上がってしまったのか。すかさず、ロックオンがクロウに釘を刺す。

「水だけってのは無しだからな。無し。人様の場所を有料で借りるんだ。安くていいから、お前も何か飲め」

「…そりゃそうだ」

 クランとデュオ、そして一刻も早く本題に入りたそうなミシェルを顧み、年貢の納め時と財布を取り出した。

 店で最も安価なコーヒーを頼んでテーブルに置く。そして、全員がテーブルにつくのを待ち、「さっき飲み込んだ話なんだが」と座りながらクロウは切り出した。

 会議室に残っている時、ロジャーとキラの会話を立ち聞きした事。そして、そのロジャーを追いかけ、ZEUTHが彼等なりの方法で危険を感じ取っている事などを説明する。更には、企画の進行を思い、大山には一切何も話さなかった事も。

 その後にロックオンが続き、自らが持つ情報として、バラを贈られたパイロットは他にもいたとミシェル達に伝えた。当然、アテナから受け取ったその1本が、通路で突然消えてしまった奇っ怪さも添える。

 落胆するどころか、始終ミシェルの表情は硬い。バラの贈り主に対する下世話な好奇心は、ここに到着する前に捨てていたのだろうか。少年は、遍く女性を愛する色男からSMSの切れ者少尉に自らを切り替えていた。

 そのミシェルが、全てを聞き終えた後、最初に口を開く。

「ここで一度、時系列に整理をしたいと思う」高校生スナイパーが、テーブルに指で小さな丸を2つ描いた。「俺のメサイアとアテナのサイキックのコクピットに、それぞれ1本づつバラが残されていた。ZEXISはゆうべ出撃しているから、俺達の機体に近づいた時刻は、バトルキャンプに到着した直後から、今朝俺達が母艦に戻るまでの間。…と言いたいところだが、実際はもう少し幅があるかもしれない」

「一瞬でバラが消えるなら、一瞬で現れる可能性もある」

 眉根を寄せるロックオンに、ミシェルが小さく頷いて見せた。

「そういう事。突然現れたり消えたりするのは、バラそのものなのか、バラを置いている人物の方なのか。これもはっきりとはしない。ただ、ロジャーの話では、ティファちゃんが何かの視線を感じて怯えた時間は今朝。これは、はっきりしている。件の第4会議室には、今朝クランがバラを持ち込んだ。これも、俺達全員が見ている。…繋がっている部分もあるんだ。流石に少し勘ぐりたくはなるな」

 ミシェルが再び2つの円を描くと、その1つを1本の線で円卓の中央へと導いた。

 その先は、『第4会議室』か。『今朝』というタイミングと共に複数回出てくれば、全員が自ずとティファが感知したものと関係づけたくなる。

 一瞬の間が開いた。

「ちょっといいか」突然扇が、ミシェルの話に割り込む。「この話を、ロジャー抜きで終わらせていいのか? 今までの話を聞く限りじゃ、参考程度にするにしても一番関心があるのは彼等だと思うぞ」

 コーヒーを一口だけ含んで、クロウは溜息から始める。

「なるべく早く伝えた方がいいのは確かだな。情報の価値を決めるのは、俺達じゃねぇ。ZEUTHに知らせてさえいれば、後は彼等が自分達でその…」

 言いかけたまま、クロウは硬直する。コーヒー・ショップの中で、幾つもの椅子が床を擦る音が重なり響いた。

 複数の人間が、一斉に立ち上がっているのだ。察するところ、全員が同じ切っ掛けで。

「…何だか嫌な反応だな」

 同時すぎる客達の行動から不穏なものを捉え、扇が立ち上がり様子を見に行く。

 どよめきも聞こえ始めた。壁を通す遮蔽感で、店の外から何らかの異常を察知している人々が相当数いるのだとわかる。

「何かを遠巻きにしている感じだな」

 耳から入る情報に、ロックオンも神経を研ぎ澄ませていた。洞察に集中するその表情は、コーヒー・ショップに居ながらソレスタルビーイングのスナイパーのものに変わっている。

 直後に、とうとう悲鳴が上がった。

 異変に気を取られ呆然としていた客達が、緩慢な動きをやめ一気に慌ただしく衝動的な行動に走る。乱れ交錯する靴音、誰かが障害物を蹴散らし、人や物が倒れ、子供は泣き叫んだままその声を小さくしてゆく。

 クロウ達も急ぎ席を立つと、扇が戻って来た。

「吹き抜けの4階辺りに何かがいるぞ!!」と喚くその顔は強ばり、黒の騎士団にスイッチを入れる事態であるとクロウ達に伝える。「施設側の誘導がまだない。おそらく、何が起きているのかを知らないんだ。俺はそっちにかかるから、客の誘導を頼む」

「了解!」とミシェルが短く答えた。

 全員が通路に飛び出せば、そこには散乱した荷物と倒れた鉢植えの中味が撒き散らされ、客達が不便そうにしながらも他の建物に逃げたり非常口を探したりと右往左往していた。

 近くの店の店員は制服のまま棒立ちし、そのうちの1人が携帯で誰かと話をしている。「怪獣が…!」と喚き立てる青年の声を、クロウ達は聞き取った。

「なるほど。こいつぁZEXISの領分みてぇだな」

 ようやく館内放送が入る。施設側は、あくまでA棟で不審物を発見したとの説明に徹し、客達に店員の指示に従うよう促していた。「怪獣」の情報の拡散を避けさせたのは、扇の機転なのかもしれない。

『走らず、店員の指示に従って下さい…』

 流れるべき放送が充満すると、店員達も声を張り上げ最寄りの非常口に客の誘導を始める。

 人の動きが幾らか変わった。放送で初めて異変を知った客は凍った表情のまま耳を澄ませているし、誘導の声も全員の耳に届くようになった為、走る者がいなくなった。

 それでも、わざわざ自らの目で異変の正体を確認しにやって来る者はいるし、「ロッカーに荷物があるから」と店員に噛みついて人の流れに逆らおうとする者もいる。

 ミシェルやデュオ達は、そこに飛び込んでいった。

 クランも背を向けたまま、「クロウ、お前は『怪獣』が何なのか確かめてくるのだ! 必要を感じたら、バトルキャンプに通報しろ」と小声で指示し走り去る。

「後は任せたぜ!」

 携帯端末でロジャーと話していたロックオンも、端末をしまうと人混みの中に消えた。

「俺の判断か。なら、見届けない事には始まらねぇな」

 吹き抜けの場所は、コーヒー・ショップから10メートルと離れていなかった。

 背広の中年男性と花屋の青年店員がそれぞれ震える手で携帯を握り、見上げたその先にあるものを報告している。「俺達も逃げたい」と顔に書いてあるその様子が、何とも不憫だ。

「ZEXISが来たから」と逃がしてやりたいのは山々だが、生憎こちら側の対応だけで全ての客と店員の安全を確保してやれる程、施設内部に詳しくはない。

「軍の人間だ」と自らを紹介しつつ、共に『怪獣』の正体を確認してやる事が、クロウに出来る精一杯だった。

「先程より、だいぶ形がはっきりしてきました」

「さっきは、白い何かが浮いているとわかる程度だったから…」

 施設側の人間と思しき背広の男と店員が、怯えた目線で上方を指す。

 いよいよ『怪獣』とご対面だ。携帯端末を取り出し、握ったまま吹き抜けを下から仰ぐ。

 一瞬、我が目を疑い迂闊にも絶句してしまった。想像と余りにかけ離れていたものがそこにあった事で、クロウは次の反応に迷う。

 布の飾りの合間から、激しく上下する白い何かが見えた。

 歯だ。見た通りのものだとしたら、大きな口から行儀よくこちらを伺う白い歯列が、上下段きれいに生え揃い、あろう事か宙に浮いている事になる。

 高さとしては、扇の話の通り5階まで貫く吹き抜けの4階辺りか。1本1本の歯自体が大きく、人間を丸呑みする事さえ可能な口が盛んに開閉を繰り返すので、見る者は生存本能を刺激され生物としての根源的な恐怖に火が点る。

 ブラスタが無ければ、クロウもただの人間だ。存在感のある口の俄展示に、背中が粟立つのを自覚した。

「ただの映像か? …何で口しかない」

 敢えて声に出すと、幾分落ち着きが戻って来る。

 しかも、その見事な歯並びにクロウは見覚えがあった。

 奥歯に近づく程上顎の歯が剥き出しになる独特の口の形。敵の中でも特に手強い怪獣のものと記憶している。

 とはいえ、いつも愛機で迎え撃っているあの凶暴な襲撃者を、どうして平和なショッピング・モールで見上げなければならないのだろう。

 相変わらず、口は激しく開閉を繰り返していた。息音は一切聞こえず、上下左右に動くその有様は、まるで怒りや苛立ちで居ても立ってもいられないかのように映る。

「ライノダモンだ」クロウは、ぼそりと呟いた。

 2人の表情が、一言の重みに殴りつけられ苦悶に歪む。

「わかるか? 次元獣だ! 悪戯かどうかの確認は後回しにした方がいい。あんた達も、ここから逃げろ! 全身が転移した後じゃ、手遅れになる!」

 

 

              - 9.に続く -

 

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