駄目ならマタ・ハリでもカーミラでも許せる。
あ、それと今回長いです。いつもより3000字ぐらい。
何年も小説書いてるけど、未だに戦闘描写は慣れん。ボキャブラリーが貧困だから、精細な描写が出来ないねん。
廃屋の崩れる音も炎の弾ける音も聞こえない僻地の、更にその奥。
私達は、大聖杯があるとされる洞窟の奥深くに足を運んでいる。
頭上から水の滴る音が静謐な空間に広がっていく。
誰も言葉を口にしない。
緊張からか、それともそれ以外の何かがあるのか。
何にせよ、不気味なまでに静かな空間が形成されている事実に変わりはなく、それによって更なる緊張感が走ると言った悪循環が出来上がってしまっている。
私もまた、考えることがありすぎてそんな状況を打破する余裕がない。
オルガマリーによって語られる、マスターである暮宮那岐の圧倒的な強さについて。
曰く、強さ自体ならそこまで特別視するところではない、らしい。
英霊という存在が規格外であることは確かだが、だからと言って現代の魔術師が対抗できないかと言われれば、決してそうではない。
相性の有無もあるが、英霊である以前に人型であるからには、相応の弱点も存在する。かくいう私も、竜の心臓を宿している為、竜特攻の武器で攻撃されればひとたまりもない。
単純にダメージが大きいだけならともかく、弱点を受けた瞬間に一般人でも勝てるレベルにまで能力がダウンすると言ったように、その手の弱点はたった一発で致命傷になり得るものは決して少なくない。
だからこそ、聖杯戦争においてサーヴァントの真名を秘匿することが重要なのである。
補足すると、マスターはそんな弱点を考慮せずに、自身の実力のみで打倒していることもまた、異常性に拍車をかけている。
シャドウサーヴァントが宝具も使えず、理性的とは言えない精神状態であることを考慮に入れても、やはり納得は出来ないというのが、オルガマリーを初めとしたカルデアの面々の評価である。
納得できないながらも、その場はどうにか話は収まった。カルデアに帰還した後、マスターがどのような目に合うかは分からないが、面倒なことになるのは確かだろう。
とはいえ、私にとってはそんなことは重要ではない。
問題は、サーヴァントである私が、マスターに戦闘面で遥かに劣ると言う事実。
未熟者だなんて、言い訳にはならない。
ここは戦場なのだ。敵側にしてみても、私達の都合が介在する意味がない。
敵は敵。弱ければ都合がいいが、味方がそうであるならば、その限りではない。
サーヴァントである自分で勝てない相手を、マスターが仕留める。この時点でおかしいのだ。
従者が主に剣を取らせ、何もせずに寛いでいるのと何ら変わりない。
私が求められているのは、戦うこと。そして、勝利をマスターに捧げること。
それさえ出来ない私に、何の価値がある――?
マーリンは言った。これは、私が王になる為に必要な試練だと。
私には、その意味がだんだんと測りかねてきていた。
確かに本質的な意味では、王に戦う力は必要ないのかもしれない。
しかし、それは国が繁栄し安定している場合であって、今のブリテンはそれとは真逆。
土地は干上がり食料の供給もままならず、そもそも王国にさえも金がない上に、野党や蛮族の脅威は増え続けるばかり。
打開策を必死に考えるも、一時凌ぎどころか目に見えない所でマイナスが働いてくると言う、あまりにも絶望的な状況。
そんな国の王が戦う為の力を持たないだなんて、笑い話にもならない。
お飾りの王には、誰もついてこない。だから、力を求めた。
その結果が、今の私。求められた役割ひとつこなせない木偶の坊。
実際問題、私はこの場において戦力レベルで言えば、菅野理子やオルガマリーと言った戦闘能力を持たない人間を勘定に入れない場合、マシュと同列ぐらいだろうか。
否、マシュのシールダ―という唯一性を考えると、剣を振るうことしかできない自分と違い、替えが利かない立場を有している彼女よりも下とさえ言える。
キャスターである彼にさえ、先の私の冷静さを取り戻す為の戦いであしらわれる始末だったと考えると、何も言い訳出来ない。
それに、マシュは宝具を展開出来るようになったが、私は――
「――さて、もうすぐ目的地な訳だが」
キャスターから端を発した言葉は、無意識に私達に緊張を帯びさせる。
「そろそろ、重要なことを話しておくか」
「重要な、話?」
「ああ。これから戦うことになるセイバー、ソイツがどんな奴かをな」
「それって、真名を看破してるってこと?それなら、なんですぐに言わなかったのかしら、キャスターのサーヴァント」
如何にも不満だと口調や表情に現しながら、オルガマリーが問いかける。
「そりゃあ、ある程度嬢ちゃん達が落ち着くまで待ってたからさ。盾の嬢ちゃんはともかく、剣の嬢ちゃんにはちと刺激が強い話題になるからな」
「私にとって、ですか」
含みのある物言いで、キャスターがそう答える。
「奴の真名は、あの宝具を見ちまったら誰だって分かるだろうってぐらい有名なものだ。同時にその強力さから、見た瞬間さよならってことにもなりかねない、馬鹿げた代物だがな」
「それは、どういう――」
「――その極光は王の証であり、振りかざせばその悉くを呑みこむ光を吐き出す竜の息吹と化す。この時代においても有名な、黄金の聖剣」
マシュの問いかけを遮るように、洞窟の奥から聞き覚えのない声が響く。
「
――脳が、揺さぶられる。
この男は、今、何と言った?
刹那、私達の動揺に付け入るように数多の矢が襲い掛かる。
しかし、唯一冷静だったキャスターが、ルーン魔術による防御結界を展開したことで、辛うじて迎撃に成功する。
「言ってる傍から騎士王の信者様のご登場と来たか。相変わらずのようで、面倒極まりねぇぜ。なぁ、アーチャー」
「信者などになったつもりはない、が――これも仕事でな。つまらん来客を追い返すぐらいのことはするさ」
堂々たる足取りで暗闇から顔を出したのは、黒塗りの弓を携えた白髪の青年だった。
鷹を彷彿とさせる鋭い眼力と、弓兵にも関わらず前線に堂々と現れた事実を前に、誰もが警戒を露わにする。
「待って、待ってください!アーチャーのサーヴァント、貴方は先程、何と言いましたか!?」
キャスターとアーチャーの問答にオルガマリーが割って入る。
アーチャーの視線が此方を一瞥すべく左から右に流れていき――私と目が合った。
そして、気付く。殆どが漆黒に染まるその表情が、僅かばかりに動揺を見せたことに。
「君は――なるほど、何とも奇異な運命だ」
「質問に答えなさいっ」
「答える義理はない。そも、私の憶測が正しければ――白百合の騎士。君はその話を聞くべきではない」
ほんの一瞬。見間違いかと疑う程の刹那が生んだ、憐憫の色を宿した瞳を、私は確かに見た。
「何を、勝手な」
「これは忠告だ。身綺麗な少女のまま在れるのであれば、それに越したことはない」
アーチャーののらりくらりと私の言葉を避けようとする姿勢が癪に障る。
言いしれぬ不安が、私を焦らせる。
あの地獄を生み出したのが、アーサーだと――私自身だと言うのなら。
私の理想の果ては、そんな悪逆の王だと言うのなら。
私は、一体何のために選定の剣を抜いたと言うのか。
「――ふん、やはり君は違う。どうにも君も、とある部分においては彼女と同じらしい。なら、まだ戻れる。再度言うが、手遅れにならない内に――」
「おうおう、随分とお熱じゃねぇか。同じ面だからか?アレに比べたら、よっぽど愛で甲斐があるのは分かるが、俺達はその先に用があるんだ。テメェの頭ん中で完結してる説教を聞く為じゃねぇ」
饒舌に語るアーチャーの言葉を、キャスターが無理矢理断ち切る。
「そうか、それは失礼した。失礼ついでに、彼女を連れてとっととここから立ち去れ」
「――は、そうかい。やっぱ嫌いだわ、テメェのこと」
「私は最初から気に食わなかったがな」
両者の間で、一触即発の雰囲気が漂う。
「キャスターさん、冷静に。貴方が前に出ては、私の存在の意味がなくなります」
マシュがキャスターの前に立ち、大盾を構える。
自分よりも圧倒的に強者であることを肌で感じつつも、それでも盾の役割を果たさんと前に出る姿に、キャスターは感心する。
「――っと、悪ィな。冷静ではあったんだが、どうにも腹の虫が収まらなくてな」
「リリィさんも、今は集中してください。思うところがあるのは分かりますが、彼に問いたださずとも、先に進めば分かることです」
マシュの言葉に背中を押され、私は剣をアーチャーに向けて構える。
「三対一か……問題はないな」
アーチャーは二振りの剣をその手に顕現させ、静かに構える。
「アーチャーなのに、剣……?」
「弓兵が剣を使って悪いなんてことはなかろう。そら、行くぞー―!!」
瞬間、あろうことかアーチャーは双剣を左右に展開するように投擲した。
まさか獲物を手放すか、と予想外の展開に動きが鈍る。
だが、そこで驚きは止まらない。
彼の手には新たにまったく同じ剣が握られており、それも先程より低い軌道で投擲する。
計4本の剣が私を封じ込める牢獄を形成する。
「嘗めるな――!!」
魔力を爆発させ、疑似的な衝撃波を展開する。
左右からの剣の軌道をずらし、遅れて来た対の剣を薙ぎ払う。
「遅い」
再びアーチャーを見据えた時、眼前に矢が迫っていた。
数にして、百は下らない。
軌道からして、キャスターどころか、マスターにまで届く距離だ。
「――仮想宝具・
マシュの宝具が、私以外の全員を防護壁で包み込む。
放たれた矢の悉くを弾き飛ばし、それでいてなお堅牢さは健在。
あれを打ち破るならば、宝具の真名解放ぐらいしなければ到底突破は不可能だろう。
「リリィさん!自分の事に集中してください。皆さんは、私が護ります!!」
「そっちはそっちで自由にやりな、嬢ちゃん!」
マシュとキャスターの力強い後押しに、剣を握る手に力が籠る。
後ろを心配する必要がないことが分かれば、存分にこの剣を振るえる――!!
「――押し通らせていただきます!」
魔力を推進剤に、一気にアーチャーの懐まで迫る。
ただの弓兵ならば、この状況に対応は不可能。しかし――
「ふっ――!!」
アーチャーの双剣によって自身の一撃を軽くいなされる。
まるですべて想定していたかのような、完璧な対応。
だが、それもまた想定の範囲内。
最早彼を弓兵のカテゴリに当て嵌める愚は犯さない。
他にも幾つも隠し玉を持っていると心構えをしておけば、決して対応できないレベルではない。
「アーチャーが、セイバーである私と剣技で勝負するつもりですか?」
「生憎、弓だけが取り柄ではないものでね。それに、そのアーチャーに一太刀も入れられないのでは、セイバーの名が泣くぞ?」
「言われなくても――!!」
だが、そんな意気込みとは裏腹に、何度剣を交えても届く気配はない。
私の剣は確かに未熟だが、それでも円卓の騎士達の戦いを間近に見てきた者としては、決して私の剣技がアーチャーのそれに劣っているだなんて思えない。思いたくない。
私の目から見ても、彼の剣技は才能あるものとは到底思えない。
凡夫が努力に努力を重ねて、刃を研ぎ続けた境地。
故も名もないただの鉄を、名を連ねる英雄の武具クラスにまで昇華させるのと同じ苦行の果てに身に着けたであろうそれは、決して才能ある剣に劣るものではない。
しかし、それだけが理由だろうか。
負け惜しみでも何でもなく、あまりにも私の剣筋に対して、最適解を出し過ぎている気がする。
そして、何度も交えた剣戟の果てに、彼の鷹のような目が私の剣筋を正確に目で追っていることに気付いた。
「考え事とは、余裕だな騎士姫よ」
鍔迫り合いの最中、一瞬の隙を突かれて押し込まれ、その反動で距離を取られる。
バックステップと同時にアーチャーは三度双剣を投擲し、再び矢を放とうとする。
「させるかよ、
その一手を、キャスターのルーン魔術が妨害する。
無数の炎の塊が、苦し紛れに打った矢もろとも焼き尽くしながら、アーチャーの行動を制限していく。
「ちっ――面倒な男だよ、貴様は」
「俺には矢除けの加護があるからな。さっきみてぇな矢の雨ならともかく、数本程度の矢じゃ俺は仕留められねぇよ」
「えっ、それ初耳なんですけど」
「わりぃ、忘れてた」
「そんな重要なこと、最初に言いなさいよ!ていうか菅野理子、貴方マスターならステータスの確認できるでしょうが!」
「ご、ごめんなさ~い!」
……アーチャーから同情の視線が送られてくる。
気のせいではない、間違いなく、今この瞬間の空気は、どうしようもなく緩んでいた。
「……まぁ、何だ。私達は私達で続けようか」
「そう、ですね」
取り敢えず後ろの声は聴かなかったことにして、仕切り直す。
敵ではあるのでしょうけれど、今のやり取りで彼が善人であることは何となく分かってしまった。
「して、騎士姫よ。再び問うが……この先に待つは、地獄だぞ。きっと君にとって、目を背けたくなるようなモノが存在している。それでも、進むのか?」
アーチャーの真剣な声色を前に、身体が強張るのが分かる。
それは、私の中に迷いがある証拠に他ならない。
「……正直な所、恐いです。あの街の惨劇が、私の行き着く先が引き起こしたものかもしれないと思うと、震えが止まらなくなりそうです」
「―――――」
「しかし、私は王なのです。民を導く為の器が、不完全であってはならない。だから、逃げる訳にはいかないのです。逃げてしまえば、私は一生不完全のままだ」
「立ち向かった結果、満たすもの等しく毒に変える器になろうともか?」
「ならば、更にその上から清浄な雫で毒を流し尽くすまで。たとえ、幾星霜の果てにあろうとも、諦める理由にはなりません」
それが、私の出した答え。
元より私は、王になる為の試練としてこの場に顕現したのであって、未来の自分と向き合うことが試練だと言うのならば、是非もない。
それに――私は一人ではない。
マシュ、キャスター、――そして、我がマスターである暮宮那岐。
理子やオルガマリーも、戦えずとも立派な仲間だ。
彼女達が後ろから見守ってくれているだけで、力が滾る。
マシュではないが、私も本質は護る者なのだろう。
それを王の資質というには些かちっぽけだが――それでも、無根拠よりはまだましだ。
「それが、君の答えか」
「はい。若輩者の戯言と思われても結構。斜に構えて現実的な判断しか下せない王になど、なりたくないですから」
「……なら、その意思を試させてもらう。ここで折れるようならば、それまでのこと」
アーチャーは新たに見慣れた二対の剣を握る。
これまでとは違う、ただならぬ雰囲気を彼から感じ取った私は、より一層の警戒をして待ち受ける。
「はっ――!!」
今までとは異なる、捻りのない正面からの投擲。
あまりにも不可解なそれを、私は難なく弾き飛ばす。
後方に弾き飛ばされたそれを見送ることもせず、再びアーチャーを見据える。
「―――
謳うような音が、アーチャーの口から紡がれる。
同時に山なりに放たれる二対の剣。
それは私の首を狩らんと、的確に左右から迫る。
身体を一歩分引き、一度の斬撃で軌道を逸らす。
だが、それからが本番だった。
「
双剣を手に一気に距離を詰めて斬りかかるアーチャーの斬撃を打ち返す。
――瞬間、ぞわり、と背中が粟立つ感覚が走った。
逡巡する思考の中、私は全力で身体を捻る。
「がっ――!!」
脇腹に痛みと熱が迸る。
深々と刺さる対の剣の内の一本。
それが、先程弾き飛ばしたものだと気付くのに、時間はかからなかった。
誘い込まれた。気付けど既に遅く、正面からの斬撃が迫る。
「ああああああ!!」
無理な体勢から、更に無理矢理身体を動かし双剣を弾く。
その結果、刺さった剣は更に深く身体へと沈んでいく。
骨まで届いた。しかし、そんな事実に大きな意味はない。
重要なのは、ここで一時でも意識を落とすようなことがあれば、待つのは死だということ。
「――
見慣れていた双剣が、その言葉と共に変化を始める。
砕けるような音を立てて誇大化し、本来の大きさの優に二倍を超える姿へと変容する。
それを対に構える姿は、まるで人が翼を得たかのような、異質なれど幻想的な光景を生んでいた。
無慈悲に振り下ろされる二つの刃。それは断頭台の如く私の命を刈り取らんと迫りくる。
「(避け――否、防御――間に合わない、カウンター――相手の方が速い)」
死が迫る中、加速する思考が反撃の糸口を冷静に潰していく。
これまで、なのか――?
「リリィさん――!!」
私が次に見た光景は、鮮血舞う大地ではなく、火花散る仲間の背中だった。
マシュの持つ大盾が、アーチャーの一撃をまとめて受け止めている。
「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ、そらそら――!!」
アーチャーの側面から放たれた火炎弾は、吸い寄せられるようにその身体を炎に染め上げた。
「ぐっ――小癪な真似をする!!」
苦し紛れにバックステップで距離を取り、誇大化した剣をマシュに向けて投げつける。
「――
瞬間、音を置き去りにして剣が爆発を起こす。
予想外の一手と威力を前に、マシュの身体は大きく吹き飛ばされる。
「あああああっ!!」
「マシュ――」
「振り返るな、セイバー!!嬢ちゃんの身を挺して作ったチャンスをふいにする気か!」
キャスターの怒号を前に、私は後方に振り返ることを踏みとどまる。
そうだ。アーチャーはキャスターの魔術を直撃して、動きに精彩を欠いている。
距離も10メートルあるかないかの、一息で迫れる距離。ならば、ここで攻めなくていつ攻める?
「アーチャー!!」
「――――ッ」
放出した魔力を蹴り、アーチャーへと肉薄する。
彼もまた距離を取ろうとするが、それさえも上回る速度で懐に入り込む。
双剣を交差させ、防御の姿勢を取るアーチャーを、防御の上から斬り上げる。
「ハァアアアアアッ!!」
両腕が打ち上がり胴が晒された所に、斬り上げの勢いをそのままに身体を回転させる。
肉に更に食い込んでいく剣の痛みを必死に堪え、勢いは決して緩めない。
左肩に掛けて袈裟に切り捨てた。
しん、と洞窟内が静まり返る。
響くのは、私とアーチャーから吐かれる荒い息遣いのみ。
「――――何故」
剣を振り下ろした体勢のまま、アーチャーに問う。
触れ合えるほどの距離で、互いが聞こえるだけの声量。私達二人以外に、この会話は聞き取れない。
「貴方が先程剣を爆発させた技を使えば、とっくに私は死んでいた。攻撃があのような形で命中した時点で、私は詰みだった。――何故、加減をしたのです」
口元から血を垂らしながらも、皮肉な笑みで彼は答える。
「さて、な。敢えて答えるなら――そもそも、私は最初から敗北者だった、ということだよ」
「それは、どういう――」
「……君の決意が、どこまで本物か。せいぜい座から見守っていることにしよう。――さらばだ、■■■■■」
今際の際に口に出されたそれは、とても馴染み深いもので。だけど、彼が知る筈もないもので。
問い返そうとするも、それより早く彼の肉体が粒子に還っていく。
胸の中に言いようのないしこりを残し、戦いは終わりを告げた。
「リリィさん!」
マシュが盾を投げ捨て私の下に駆け寄る。
アーチャーの消失と共に剣が消えたことで、大量の血が一気に噴き出す。
激痛と失血による眩暈で、身体が崩れ落ちるところを間一髪マシュに抱えられる。
「リリィちゃん、大丈夫!?」
「リコ……ええ、なんとか」
涙目で私の傍に寄る菅野理子を見て、苦し気にも微笑む。
「よくやった、ってところか」
「キャスター……いえ、貴方の援護があったからこそです」
「一応キャスターとして現界されたからには、これぐらいはな。――しっかし、性に合わないったらありゃしねぇ」
後ろ頭を掻いてそうぼやくキャスター。
真名は未だに知らないが、この言動を聞く限りだと彼にはもっと相応しいクラスがあるのだろう。
それも恐らく、三騎士の内のどれか。それも、セイバーかランサーのどちらか。
「そんなことより、邪魔よ!!」
オルガマリーが息を切らせながら、私の患部へと手を添えて治癒魔術を発動させる。
龍の心臓がもたらすオドの後押しもあって、傷はみるみる内に塞がっていく。
オルガマリーの魔術の腕が相当なものというのも、大きな一助となっていた。
「ありがとうございます、オルガマリー」
「全く……あんな男に手間取っているようでどうするのよ?これからが本番だっていうのに」
オルガマリーの厳しい言葉の中に、確かな優しさを感じる。
……そうだ。気を抜いてばかりもいられない。
次が本番なのだ。この戦いは、いわば前哨戦。
これぐらいで立ち止まっているようでは、話にならない。
ふと、マスターの姿を横目に捉える。
彼の視線は、アーチャーが消えた場所をただじっと見つめている。
どこか望郷の念を孕んだそれは、どうにも不可解で。
「マスター、彼を――アーチャーを知っているのですか?」
ふと、そんな質問を投げかけていた。
それに呼応して、一斉に皆がマスターの方へ視線を向ける。
「――彼は、夢に呪われた果てに行き着いた存在だ。正義の味方というな」
「夢に――呪われた?」
「夢を叶えられず、挫折した者は永遠にその夢に縛られる。救われたければ叶えるしかない。それが出来なければ――それは最早、夢なんて綺麗なものではなく、ただの呪いに成り下がる」
「……貴方がその果てを知っているってことは――彼とは知り合いなのですか?」
「いいや。俺が一方的に知っているだけだ」
マシュの疑問をそう切り返すマスターの表情は、一方的な知り合いというにはあまりにも情念を感じられる。
そもそも、英霊である彼を一方的に知っているという時点で、理解が及ばない。
この場にいる誰もが、暮宮那岐という青年に対して、新たな疑惑を抱いたことだろう。
「――疑問は置いておきましょう。異変を解決しないことにはおちおち聞きたいことも聞けないわ」
オルガマリーの提案に、一斉に頷く。
幸い、表面上の傷は癒えている。魔力ダメージが多少残っているが、斬られただけなので大きく動きを阻害することはない。
立ち上がり、私の先陣の下最下層を目指す。何があっても取り乱さない覚悟を心に添えて。
ネタバレ:次回は三人称視点の勘違い/Zero
Q:主人公 is 空気
A:ガチで何もしてません。周囲からは、敢えて戦ってないんだなと思われてます。
Q:オルガマリーちゃんまじ白衣の天使
A:本当にそろそろ天使になるけどね(白目)
Q:こんな戦闘力で次大丈夫か?
A:一人だけボスクラスの仲間がいるので……(鯖とは言っていない)