熾凍龍のオーバーロード【更新凍結】   作:冬月雪乃

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始まり

——DMMO-RPG《YGGDRASIL》

超人気作と名高いこのネットゲームの、終焉の日。

シンプルな、しかし最高級品のみを使った贅の限りを尽くした円卓の間に、異形が座っていた。

粘体質な黒いスライム。翼を持つ人類。ピンク色の肉棒。魔導師のようなローブを着た骸骨。

ほんの数分前にはもっと大勢が——それこそ円卓の間がいっぱいになるほどいたのだが。

それぞれが自分の都合でログアウトしていった。

もう二度と会えないのか、それともどこかで《知ってる他人》として会えるのか。

それは分からないが。

そして今、翼持つ人類とピンク色の肉棒がログアウトし、円卓の間はついに二つの異形が残るのみである。

しばらくするとスライムが名残惜しそうにログアウトしていき、同じく名残惜しそうに見送った骸骨が諦めたような、寂しいような——あるいは怒りを耐えているかのような溜息を吐いて、そして机に拳を振り上げ——

 

「楽しかった日々は終わりを告げる——あぁ、そうとも。万象全てに終焉は宿るもの。それが形を持っていなくとも……そう。始まった瞬間から、全ては滅びに突き進んでいるのだ——」

 

唐突に現れた白と赤の龍によってその拳は振り下ろされる事なく宙をさまよった。

 

「……ディースさん。お久しぶりです。胡散臭いのは相変わらずのようですね」

 

しばらく宙をさまよった拳はやがて力が抜けたようにゆっくりと机の上に着地する。

 

「胡散臭いとは心外であるな、我らが盟主モモンガ」

 

尻尾から頭までを白い鱗と甲殻で覆い尽くし、足と胴体、胸を赤い鱗と甲殻で覆う龍の名は《熾凍龍》の二つ名を持つ上位に食い込むであろうプレイヤーの一人、ディース。

その巨体ゆえ、椅子には座れないがために床に直接腹をつけるように座っている。

龍という外見を猫か犬に変えてしまえばさぞ和む座り方だろう。

だが、ディースは龍であり、その物々しいまでに尖った鱗や胸を守るように存在する胸殻や、その眼光で相対するもの全てを畏怖させてしまっていた。

 

「えぇ、本当に。最後に会えて良かったです。研究の方は終わったんですか?」

「ふむ。どうやら心中荒れ狂っているご様子。リアルの詮索はご法度だと、そうルールを制定したのは盟主殿でありましょう」

 

咎めるような内容だが、その口調は軽い。

 

「……すいません。つい。でも、本当に会えて嬉しいですよ、ディースさん」

「構わないとも。我が友の事——もちろんあなたが私をまだ友だと認めてくれるならばだが。研究は終わり……そして私は晴れて自由の身、という訳だ」

 

——相変わらずだな、この人。

愉快そうに目を弓にして笑うディースにそんな感想をモモンガは抱く。

 

「ディースさんを友達じゃないなんて思った事はありませんよ。ギルドの仲間ですし」

「ふふ。ありがとう。さて、盟主殿? 提案があるのだが」

「どうぞ?」

「どうせ最後だ。どうせ悪役ロールのギルドであるならば——玉座の間で過ごすのも悪くはあるまい?」

 

もちろん、その杖も一緒に、な。

 

モモンガの隣にまで移動してきたディースは額から生えた角で指した。

そこにあるものは、モモンガで無くとも見ずに予測できる。

壁に埋め込むように安置してある黄金の杖。

頂上には九つの蛇が彫られていて、彼らはそれぞれ別の色合いの宝玉を咥えていた。

 

「スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。我らのギルドの象徴よ——」

「賛成二で可決ですね。では、行きましょうか」

 

 

「ふむ、ここに足を踏み入れるのはいつ振りか……」

「引退する寸前ですから……一年半ですかね」

「ふむ……やはりここはいいな……。研究など放ってここにこもっていれば良かったとすら思える」

 

あはは、とモモンガは軽く笑う。

それが社会人かつ、異形の姿を持ったプレイヤーであること、というギルド参加資格が頭をよぎったからだ。

そんなモモンガを尻目にディースはその強靭な四肢を使い、雄大に尻尾を振って歩く。

それはまさしくモンスター最強種たるドラゴンの風格だ。

 

「……どうした、盟主殿。盟主殿の席はあそこだぞ?」

「え? あ、はい」

 

見とれていたなどという訳にもいかず、表情の分かりにくい異形である事に感謝をしながらモモンガは玉座に座る。

連れていた従者——プレアデスという六人の戦闘メイドと一人の執事……そして玉座近くに控えていた階層守護者総括であるアルベドという白い清楚な服に黒い翼、同色の長い髪と黄金の瞳を持つ女性を平伏せさせる。

その姿はまさに魔王のそれであり、ディースはくすりと笑いをこぼした。

 

「……アルベド——どんな設定でしたっけ?」

「あの曲者が設定したNPCだ。色々と《アレ》な設定である事は間違いないな」

 

ですよねぇ、などと言いながらモモンガはアルベドの設定を開いた。

縦長のウインドウが出現し、そこに文字が羅列されていく。

 

「なっがっ……!」

「さすがは設定魔のタブラ……」

 

二人して呆れた声を出し——そして最後の一文を読む頃には引き気味なものへと変わっていく。

片やオーバーロードと呼ばれる最上級アンデット、片や棘や鱗、甲殻に覆われた頭部を持つ龍であり、表情は読めないが。

 

——ちなみに、ビッチである。

 

それが一大叙事とも言えるほど長大な設定の最後の一行だ。

あれほどまでに様々な設定を書いておいてそれはないだろうというのが二人の意見だった。

 

「……ディースさん」

「どうせ最後——あと数分後にはデータの破片となる存在だ。変えてしまってもタブラは何も言わんだろうよ」

「……そうですかね」

「そうとも。……ただ、一個人としては女は一人を愛する姿が在るべき姿だと思うのだ」

 

古臭いかね? とディースは苦く笑うとモモンガに背中を向けた。

ナザリック地下大墳墓を拠点とするギルド《アインズ・ウール・ゴウン》最強の龍はもはや何も見ないこととしたのだ。

どうせ最後——。その一言はひどく落ち着いていて、そして同時にこの場においての最大の免罪符となりえた。

 

「終わりました。もういいですよ」

「うん? なんの話かわからないなぁ」

 

そうですか、とモモンガは適当に相槌を打った。

 

「——モモンガさん」

 

あと数秒後にはお互いに回避できない別れが始まり、そして別の道を歩むことになる。

それから来る寂しさからか、ディースはロールプレイも忘れて口を開いていた。

 

23:59.55

 

「はい。なんでしょう」

「孤独だった私を、こんな素晴らしいギルドに参加させてくれてありがとうございます——」

 

23:59.56

 

なんて、キャラじゃないかな、と自虐して締め括る。

しかし、まだだ。

ディースは、あぁそうだ、と繋げ、

 

23:59.57

 

「なにか新しく始めたら教えて下さい。アインズ・ウール・ゴウン復活の時を、待っていますよ」

「良いですね……! みんな来てくれますかね」

 

23:59.58

 

「えぇ」

 

23:59.59

 

「なんせ、こんな素晴らしいギルド長ですから。人望は折り紙付きですよ」

 

0:00.00

 

「では、また」

「えぇ、また」

 

0:00.01

 

「……延期?」

「……ど、どういうことでしょう!?」

 

0:00.02

 

視界端の時間表示は既にサーバー停止時間を過ぎている。

明らかに異常事態だ。

 

「モモンガさん! 口! 口!」

 

ディースは普段の口調を忘れ、思わず素のままで反応した。

 

「え? あ、これは……」

「運営のサプライズ——な訳ないですよね」

 

口が動いている、身動きした時にわずかな大気の乱れを感じる。

どういうことかとNPCを見れば、その瞳は全てモモンガ、ディース両名に向いていた。

 

「なっ……」

「ど、どうかなさいましたか?」

「え? アルベド……あ、あぁ、いや、GMコールというのを知っているか?」

「いえ、わたくしどもは……その、GMコールというのが何か、存じません、申し訳ありません——」

 

さらに続けようと口を開こうとしたアルベドをディースが制した。

 

「構わない。GMコールとは、天上の意思と疎通する概念だと思ってくれるかね? ——失礼」

 

ディースは手近なところにいたプレアデスの一人の顔を覗き込む。

息をし、足は竦んでいるがしっかりと立っている。

何より、その瞳には明確な意思があった。

 

「盟主殿。……盟主殿?」

 

中々返事をしてくれないモモンガにディースは痺れを切らしたように振り向いた。

 

「あっ……は……あぅ……んっ……」

 

モモンガがアルベドの胸を揉んでいる。

なんとなく狙いは察したが、だからといって行動に移すだろうか。

アルベドの声は濡れ、モモンガの指の動きに合わせて嬌声をあげている。

 

「——盟主殿」

「……ハッ! あっ! あ! いや、その! これは!」

 

はぁ、とため息を吐いたディースは力を込めてゆっくりと呼んでみる。

どうやらモモンガは考え込んでいたらしくビクッとしてディースを見た。

 

「……アルベドは可愛らしいものな。劣情を抱くのも分からなくもないが、場を弁えてくれるだろうか」

「……ゴメンナサイ」

「あっ……」

 

モモンガの指がアルベドの胸から離れる。

名残惜しそうな声を出してアルベドは離れていったモモンガの指を見ていたが、やがておもむろに服に手をかけた。

 

「——ここで私は初めてを迎えるのですね……!」

「アルベド。……アルベド、ステイ。ハウス」

 

訳のわからないことを口走りながら服を脱ごうとするアルベドを止め、必死に目を逸らして『僕は見てません』アピールをする盟主の姿をなんとも情けないと思いながらもディースは今後の事について話し合うべきだと提案する。

その後、アルベドがモモンガとどうなろうが知った事ではないが、とにかく今は状況把握に努めて貰わないと困るのだ。

モモンガは慌てたように——すぐに戻ったが——セバスに周辺の確認を指示し始める。

様にはなっていたが、先ほどの痴態を見た後だとなんとも言い難い気分に襲われ、しかし考えないようにしようとディースは最大限努力する事にする。

 

《ディースさん》

 

モモンガからのメッセージに思わず飛び上がる。

ビクッと近くのプレアデス達が震えた。

こんな巨体に踏みつぶされたらたまらないのだと無言の抗議が聞こえた気がしてディースは少しだけ離れた。

 

《今から第六階層の円形闘技場に行こうかと思います。ディースさんも来ますか?》

 

モモンガからの〈伝言/メッセージ〉だ。

是非もない、とディースは返事をして玉座の間を出て行く。

 

《そこで魔法がしっかり使えるかを試したいと思います。ディースさんは……》

《参加させていただこう。私も試したい》

 

 

#

 

第六階層円形闘技場。

中世のそれをそのまま再現したもので、かつて1500人ものプレイヤーを迎え撃ったのもこの場だ。

観客席にはゴーレム達が座り、貴賓席には四十一の椅子が置いてある。

 

《盟主殿。アルベドとセバス、プレアデス達の態度を見たからといえ、気を抜くのはやめたほうがいい》

《えぇ。分かっていますよ。アウラもマーレも、この後集まる各階層守護者達も、もしかしたら俺たちに敵意を持っているかもしれないってことですよね》

《それもあるが、もしかしたら盟主が気を抜いている——正確にはナザリック支配者としてダメだと思われてしまえば謀反の原因にもなりうる》

 

そうか……と納得したように気合を入れ直したモモンガは背筋を伸ばした。

 

 

「モモンガ様!と……ディース様!?」

「うん? なにかね?」

「い、いえ、その……おかえりなさいませ!!」

 

瞬間、ディースは硬直した。

 

《モモンガさんモモンガさん! 私アウラお持ち帰りしていいですか! 良いですよね! うひょぉ可愛いい!!!》

《え、ちょ、ま、ディースさん落ち着いて! 落ち着いて下さい! そんなに『おかえり』が効いたんですか!?》

《当たり前じゃないですか! アウラちゃん私の事お姉ちゃんって呼んで良いですからねー!》

《俺に言われても困りま……えっ、ディースさん女性だったんですか!?》

《え? ——あ》

 

メッセージ越しにディースが沈黙した。

 

「……あぁ、ただいま、アウラ。待たせたな」

 

ディースは背後から来る微妙な視線を努めて無視しながら出来るだけクールに見えるように振る舞う。

狙い通りに行ったようで、アウラは明るく表情を作った。

 

「いえ! 至高の方々の帰りをお待ちするのは苦ではないです!」

 

屈託のないアウラの笑顔にディースは浄化される気さえしてきた。

後から来たマーレも、製作者のカルマを感じるあざとさであり、さすが男の娘だとディースは再び浄化されかけた。

……煩悩で浄化とは変な話だが。

そのやりとりを見ていたモモンガはこう思う。

——逃げたな。と。

同時、いつもメンバーをからかう側にいたディースをからかえるチャンスだと追撃をかけることにした。

 

《ディースさん? あの……》

《私の性別が気になるなら……私のブレスと突進をばっちりしっかりクリティカルで受け止めてからにしてくださいね》

 

モモンガは詮索を止めた。

ブレスも突進も火力は全プレイヤーでも上から数えたほうが早いディースの必殺技的な立ち位置だ。

そんなものを受け止めた日にはモモンガも消し炭になってしまうだろう。

下手したらチリも残らないかもしれない。

 

「ゴホン。ここに来たのは試し撃ちのつもりでな」

「え? あ、それは……モモンガ様だけが使えるという伝説の……!」

「左様。早速だが、頼めるかな? 盟主殿」

「えぇ。数と質、どちらが良いですか?」

「ふむ……ではせっかくだ。質と行こう」

「分かりました」

 

モモンガの握る金色の大杖、その天辺にある赤い宝玉が瞬いた。

《サモン・プライマル・ファイヤーエレメンタル/根源の火精霊召喚》

まず現れたのは巨大な光球。それは炎で構成された渦にすぐさま飲み込まれる。

空気を飲み込み、燃え盛るそれは大気を大きく震わせ、そして煉獄と突風の世界を作り上げる。

これがたった一つの魔法の結果であり、しかも単なる召喚魔法とは違うとはいえ、直接攻撃するものですらない。

並大抵の存在ならば召喚された存在の姿さえ目視出来ずに消え去るであろうそれは、やがて姿を人型の上半身に圧縮するように変形していく。

 

「元素精霊の限りなく最上位に近い存在。プライマル・ファイヤーエレメンタル。レベルは……80位だったか?」

「えぇ。如何ですか?」

「あぁ。だが、これはアウラとマーレに譲るとしよう」

 

ディースの声に、思わずギョッとした声をアウラが発した。

 

「な、な、な何をおっしゃるんですか!?」

「なぁに、私では踏み潰すだけで終わってしまうのでな。ならば、ここはアウラとマーレの戦闘力を見ようかと」

「あっ」

 

モモンガが思い出したかのように声を出した。

ディースには常時発動型スキルに第九位階以下の火属性吸収というスキルを持っている。氷もだ。

ただし、その代わりに水、雷、闇の三つが倍加ダメージとなっており、これはモデルとなった百年前のゲームの龍をオマージュしたもので、完成度は高いと以前ディースが自慢気に話しているのをモモンガは聞いていた。

つまり、どれだけ頑張っても第十位階に届かないプライマル・ファイヤーエレメンタルではダメージすら負わないということである。

 

「マーレ! 至高の方々の期待を外す訳にはいかないんだから、気ぃ引き締めてよね!」

「わ、分かったよぉ……」

 

ディースは半笑いでこう思う。

この双子はこう見えてもカルマ値-200で、結構な外道だったよなぁ、と。

見た目は完全に運動会にやる気を出してる姉と気弱で臆病なおとう……妹だ。

 

やがて二人は駆け出した。

それっ、と掛け声一つでアウラとマーレは挟み込むように陣形を整える。

身軽だ。

そしてあっという間に最上位精霊を討伐してしまった。

 

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