境界線上の傾奇者 作:ホワイトバス
相対し、乗り越えるものだ
配点《別れ》
轟音と激震。
酒井がその二者を実感したのは、忠勝達が帰った直後、榊原に渡したい物があると言われ彼の邸宅に招かれたすぐ後のことだ。
だが肝心の榊原はいなかった。遅刻するようなガラではないし、約束事を忘れるような性格でもない。それに部屋に残された
"なにをしてるの?"
血で綴られた不気味な印。酒井は一目見てわかった、 "公主隠し" だと。
「くそっ、なんだってんだ一体よぉ! 公主隠しに続いてこの爆発! 三河で何が起きてやがる!?」
度々起こる爆発と衝撃。この原因を探るために来たときと同じようにまた道なき道を進む。草木が裾に引っ掛かるのも気にせず、とにかく走った。目的は別れたばかりの忠勝。この現状を、友が消えたことを、伝えなければならない故に。
「榊原……! お前が伝えたかったことってこれかよ! これなのか!? だから公主から目つけられたのか!」
友の消失に悲しむことも憂うことも出来ず、酒井は走るしかなかった。これを忠勝や鹿角、そして松平公に伝え、対処してもらうためにも、酒井は全力で走った。
だが途中、酒井はその足を止める。減速ではなく、急停止。それは目の前に障害物が立ちはだかる時と同様に。
そして前に立ちはだかるのは、探していた忠勝と鹿角であった。
「ダっちゃん……!?」
「………」
「………」
忠勝に反応はない。一方、鹿角は両手を前で揃えて会釈をする。
「ちょうどよかったぜダっちゃん。さっき衝撃が三河から響いた! こりゃあ、ぜってぇ三河で何かあったに違いねぇ! 三河の町が無事だといいんだがな……」
「……」
「それに榊原が! 榊原が消えちまった! 奴の部屋に二境文があったから、ありゃ怪異の中でも最悪な公主隠しだ。今すぐ殿先生に伝えるんだ!」
「……」
「おい聞いてんのかよ! 三河が、榊原が大変なんだぞ! いくら脳筋でもこの事態は分かるだろうよ! とにかくまずは三河に―――!」
「………」
「ダっ、ちゃん……?」
反応は依然として変わりない。むしろ聞いてなかったというように、聞くことを必要としてないと言わんばかりに微動だにしてない。集中ではなく、何かを見張ってるような目付きだ。
なんなんだよ、と思った直後、ついに口を開いた。
「言いたいことはそれだけか? ならさっさと帰れ。今走ればお前の足でも間に合うだろうよ」
「なっ……!?」
突き落とすような冷たい口調。それが数時間前、一緒に飲んだダチへ言う口だろうか。酒井は眼前にいる男が本当に忠勝なのか疑わしく感じた。
「こっからは三河だ。十年前に左遷された野郎が来ていい場所じゃねぇ。お引き取り願おうか、じいさんよぉ」
「―――!!」
「おいおい見てわかんねぇのか? こちとら完全に殺気放ってたんだが……おめぇ、老けたな。さすがの "
「……何のつもりだぁ?」
殺気に対してではない。忠勝がその手に持つ物に対してだ。
大柄な忠勝の身丈を悠々と越える青白の笹穂型素槍。その昔、とある武者が用い、トンボが穂先に止まっただけで両断され、その名がついたという神格武装・蜻蛉切。
本多・忠勝の愛槍であり、相棒でもあるその槍の恐ろしさは酒井も十分知っている。だからこそ、今ここにあるのがおかしいのだ。
「悪酔いしてんのか知らねぇが、そんなもん持ってフラフラしてたら聖連に怒られちまうぜ? 悪いことは言わねぇ。さっさと置いて帰ろ―――」
「減らず口は消えねぇな酒井。悪酔いなぞしちゃいねぇ、むしろ酔いしれてるさ。久し振りの蜻蛉切に、我の血が滾ってよ」
「……こんの脳筋め」
負けずと短刀を抜くが、得物の差が大きすぎる。勝負に出たところで結果は見えていた。
おまけに向こうは神格武装。そして酒井は
「悪ぃがちょっと質問させてもらうぜ。この揺れはなんだ! 天災とは思えねぇ! あきらかに―――故意に、揺らしたような揺れだ! これもテメェの仕業か……!?」
「殿の意向だ。ついさっき、殿が地脈炉を暴走させ、三河の消失を図っている。昼間言ってた花火って、こいつのことじゃねぇか?」
「花火ってレベルじゃねぇぞこれ……! 人災だ……。前にも織田が地脈炉を暴走させたことがあったが、それなんて比じゃねぇ。三河そのものが消えるぞッ!」
「だろうな。だが三河には自動人形と我らだけ……。犠牲者は生まねぇから安心しな」
「そういう問題かよ……!」
「そういう問題だ。それに、榊原の邸宅のほうから来たよな。あいつから何か聞いてんだろ?」
「榊原は消えたよ―――公主隠しにあってな」
だが、と付け加え、榊原が書斎に残してくれた白紙の束を出した。そして一枚の紙を見せる。榊原特有の落ち着きのある字で書かれたその文は。
「"創世計画"って何だ! あれはP.A.ODA が末世対策に公表した計画だろ。何故それを榊原が伝える!? 三河と関係があるのか!? 答えろよダっちゃん!」
「さあ……我もそこまでは知らん。榊原は知っていたようだな。だからあの後、話があるなんて言い出したんだろうな。だが、この先は殿しか分からん。ただ一つ、絶対に言えることは。
―――これが創世計画の起点、だそうだ」
末世に向けての創世計画。終わるだろう世界を阻止する計画が、何故消失から始まるのか。酒井にはそこが理解出来なかった。
だが、それは忠勝も同じと言える。確信こそはないが、直感が真実だと決めつけていた。
するとだ。頭上の木々から覗き見える空に、紅白の装甲を持つ十字型四枚翼の武神。聖連に属する武蔵監視用の重武神のようだ。その数三機。
「聖連が感づいたか。向こうも本腰いれてきたな。―――つー訳だ酒井、我に話せるのはここまでだ。奴等を倒さにゃあならんからな」
「―――死ぬぞ?」
「だろうな。だがよ、タダでは死なん。最後に悪あがきくらいはして死にてぇな」
なんとも忠勝らしい答えだ。そして彼は言う。
「我は "いくさ人" 。死はとうの昔に忘れた。それに―――いくさ場で死ぬんだ。いくさ人としちゃ、本望だろ」
「ダっちゃん……」
「利久がよく言ってたな、『馬鹿でも屑でも、貫かなきゃいけねぇモンもある』……。要はそれだ。我には我なりのケジメがある。それを果たすのがいくさ人よ。他意はない。だからこそ『
対し、未来に
似て非なる名を持つ二人は、似て非なる位置にて相対していた。
「じゃあな。最後の酒の席、楽しかったぜ。それとな―――二代を頼んだ。あいつならお前の力になれるだろうよ。……行くぞ鹿角」
はい、と短く低く鹿角は返答した。最後に深々く一礼するその姿勢は、武士の従者として見事なほどに潔かった。
「おい待てよダっちゃん! そんなんでいいのかよ! あんな安い酒が、最後の酒か! ふざけんじゃねぇぞおい!」
別れは簡潔でいい。そう背中で語る二人に酒井は我慢ならなかった。鬱憤を晴らすように怒声を放ったが、彼らの耳には通じなかった。
気がつけば、二人の姿は消えていた。
「くそ……!」
歯軋りが鳴る。
「くそっ、くそっ!」
限界まで握った拳がわなわなと震え、怒りが沸いた。自分だけ蔑ろにされてることに。理解できないこの現状に。
そして、友との別れがこんな別れであることに、酒井は怒りを憶えた。
「……あの分からず屋ぁ……!」
揺れが激しくなる三河を背に、酒井は走り出した。武蔵に戻るために。
再度、地は揺れた。三河の崩壊は、すぐそこだ。
☆★☆
「二代様! ご決断を!」
武蔵の横側に並列するように居座る航空艦で、一人の女学生が叫んだ。
対して、本多・二代は即答しない。この返答は三河や武蔵、聖連との関係が大きく変動しかけないのが一つ。
もう一つが、二代には政治的な知識が皆無というほどに欠けていることだ。
(こんなとき、正純がいれば……)
そうすれば、状況が少し変わったかもしれない。しかし武蔵に行った級友も思う暇はなく、一刻の猶予もない。
「拙者一人の考えで全て決めるつもりは御座らん。他の意見も聞きたい。いかほどか?」
その問いに、三河警護隊副隊長が答えた。
「この一件が故意に引き起こされたものなら、責任はもちろん三河にあるとされ、極東代表の地位を奪われます。下手すれば、武蔵までもが聖連に吸収され、極東そのものが無くなってしまう可能性も……」
「なるほど……。では聖連はそれを利用することも?」
「はい。聖連が極東を支配することは願ってもないこと。その利点も多く、経済や農産の点でもメリットだらけです。はっきり言えば、極東の支配にデメリットが存在しない。そういうことなのです……」
「どちらを選んでも利はない……。難しいもので御座るな……」
三河に、そして極東にとって最もいい選択が見つからない。
しかし。
「聖連に打診を。必要とあらば、我々を使ってほしいと。今は地脈炉の暴走を止めるのが先決。下手な動きは相手を刺激しかねない。まずは聖連の返答を待つで御座る」
「―――Jud.」
忠義とは、行為そのものに意味がある。と父は言ってくれた。だが、その父は今連絡がつかない。所用だと言ってはいたが、付いていった鹿角とも連絡がつかない。二人してどうしたのか。
(いかん……集中で御座るよ、本多・二代。今先決すべきは三河。この場を指揮するのが拙者の役目!)
遥か先の光の渦と中心にある三河を見据えて、二代は思いを改めた。そこへまた新たな通神が入った。
「
通神長の言葉に、場は大きく乱れた。あまりに時間の無い。予想以上に暴走が速い。そして、その速さから我々に成す術を考えさせない意図を感じさせられた。
二代もまた、十五分というタイムリミットは予想外らしく、目を見開いた。
(父上……!)
☆★☆
「ん?」
「どうかなさいましたか忠勝様」
「今……二代が―――いや、なんでもない。気のせいだ」
三河に続く森の中で後ろを見た忠勝からそんな声が聞こえた。
うやむやとした答えに何かを察した鹿角はからかう口調で。
「Jud. 二代様のことが気になりますか? ですが、酒井様に丸投げしたのは忠勝様でしょう。『あいつを頼んだ』とか随分クサい台詞を吐いてましたね」
「いや……だって他にねぇじゃんか! 『娘をよろしく』とかだとなんか―――だろ!?」
「嫁にいかせてるみたいだと? ………はぁ」
「結構間が空いてたなあ! 本気のため息だったろ今の! なんかおかしいこと言ったかよ!」
「いえ……もういいです」
なんだよ! と叫ぶ忠勝に鹿角はしれっとした態度。
しかしその直後に、自動人形らしくで冷たい目へと変わり果てた。その両目でまっすぐと三河を見据えて。
「配下の自動人形から通神が。まもなく聖連が送った部隊が領内に向かってきています。
「我は殿を守り、
「Jud.」
返答、そして今度は忠勝を見据える―――いや見合うと言うべきか。
「忠勝様。貴方が何を思って元信公のために動くか、想像はしかねませんが、私は貴方様の従者です。最後の最後まで、最高の晴れ舞台を存分にお楽しみください」
仕えるものとして、死を共にするのは当然である。
「我々自動人形には命はありません。ましてや、感情もありません。故に、死を恐怖するという概念も持ち合わせておりません。故に最後まで、仕えさせていただきます」
武士の従者として、武家の女として、主君へ奉仕するのが当然である。
「これより三河最後の花火―――世界を相手にした最高の祭りが始まります。有終の美を飾る催しとして、これ以上に最高の物はありません。我々には勿体無き演舞でございます」
それが、『鹿角』という自動人形なのだ。
「ああ―――最後まで来いよな?」
「Jud. もちろんでございます」
そして二人は背を向け、違った道を行く。一人は三河の町へ、一人は新名古屋城へ。
行き先は違えど、向かうべき先は同じであった。
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