―――暗闇の中でで揺れている。
コクピットの中は暗闇に包まれている。不安を覚えるのであれば何度も何度も計器のチェックを行うのだろうが、生憎とメカニックに関しては完全な門外漢だ。最低限のメンテナンスに関しては座学で知識を得ているが、機会がどうとかこうとか、そういう事に関しては理解できていない。だからメカニックが大丈夫だと言ったのだ。だったら怨念と魂をこの機械の体に流し込み、合一させ、動かすしかない。それが兵士という生き物なのだから。それでも、開きっぱなしの通信機からは同じHLVに乗っている部隊の戦友達の声が聞こえてくる。
『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……』
『うるせぇぞアラン!! まだ連邦にバレてねぇってのに落ちるわけがねぇだろ!! 少し黙ってろよてめぇ!!』
『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……』
誰もが強い心を持っているのではない。誰もが心に恐怖と葛藤を抱えている。まだ戦場はここではない。だがすぐそこまで来ている。故に既に心は出来上がっている。何時でも戦場に出て敵を殺せるように脳はスイッチを切り替えてある。宇宙と地上では全然動きが違うと聞いている。その為の訓練は既に終わっているが、それでもこうやって降下して行くHLVの中で、しっかりと重力が体を引っ張る感触を感じられる。そう、今、母なる星と呼ばれる地球にこの体は引かれているのだ、地上へ、落ちる様に、確かに近づいているのだ。だがこのまま衝突する事はない。戦友が言ったように、まだジオンは発見されていない。地上の偵察部隊によると相手はまだ此方の降下を確認していない。つまりは完全な奇襲アドバンテージを獲得できるという事だ。
『死にたくない死にたくない死にたくない……』
『うるせぇよ!! 少しは准尉を見習えよ!! なんか言ってやってくださいよムカイ准尉ぃ!』
准尉……准尉、そうだ、そういえば自分が准尉だった。あの戦場で、ルウム戦役で戦艦を二隻、一人で沈めた功績が認められて准尉に上がる事が出来たのだ。あと三隻一人で沈めればきっと、少尉にまで上がれたのかもしれない。だがあの後はずっとシャア中尉―――いや、今はシャア少佐と一緒に行動したからそれは無理だ。あの激しくも華麗な動き、アレをずっと追いかけ、そして学ぶように並び続けたのだ。美しかった。シャアの操縦技術は自分とは違う、クイック&スマート、スピードで相手を撹乱する動きだった。自分には永遠に無理な動きの為、憧れるものがあった。いや、憧れたのだ。自分もあんな風に戦いたいと。またいつか、一緒に肩を並べて戦いたい人だった。
「……誰だって怖いし、死にたくない。死にたくないと言っていても死ぬときは死ぬ。それはどうしようもない。それに戦いたくないと逃げれば仲間に殺されるだけだ。だたら”死にたくない”を”死にたくないから敵を殺す”にでも変えてればいい」
『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……』
『あー……ダメっすわ、こいつ話を聞いてねぇや。すませんね、ムカイ准尉。こいつ、新兵らしくって』
「誰だって新兵だった時がある。それに、俺も怖い。気持ちは解る」
『ほえー、准尉がですかぁ、いやぁ、意外っすなぁ』
「まだ二十歳前のガキだしな」
『へぇ……え? えっ!?』
何が意外なのだろうか。怖いのは当たり前だ。未だって体が震えそうなほど怖い。それでも戦場に立つと恐怖と共に戦友たちの怨念が体を縛るのだ。心に囁きかけてくるのだ。殺せ、殺せと。殺意を胸に抱いている間は震えない。戦意で血がたぎっている間は竦む事はない。生き残ろうと全力で頭を動かしている間は考えに詰まる事もない。戦場を通して増えて行く戦友たちの言葉がこの体を生かし続けている。だったら、死ぬ、その瞬間まで叩き続けるしかない。怖くても前進し、敵を殺すしかないのだ。
『余計な言葉はそれまでだ貴様ら! 着陸するぞ! 備えろ!』
上官の声が響く。通信から意識を外して着陸の衝撃に備える。HLVの落下が少しずつ、少しずつ緩やかになって行くのを感じつつ、最終的に着陸の衝撃を感じる。ゆっくりと開き始めるHLVのハッチの音を認識し、今まで切っていたザクⅡを起動させる。鋼の心臓が動き出す、ザクⅡの体に活力が満ちる。敵を殺すぞ、と心の中でザクⅡと過去の戦友達に語り掛け、そしてスクリーンを通してHLV内を確認し、他のザクⅡに合わせる様にHLVから降りる。
歩く感触は宇宙空間での飛翔とは全く違う。
宇宙での動きは極論、グライダーに乗ってグライドするのと全く変わらない。一回の加速で止まるまで、ぶつかるまでずっと飛び続けるものだ。だが地上での動きは違う。重力があるから常に足元に足場があり、そしてスラスターから噴射しなくても重力と大地の楔がある為、切り結んでも体が後方へと押し出されることがない。その為、地上でのモビルスーツの運用は常に重力との戦いだ。跳躍すればその反動が帰ってくる。一回の加速でずっと速度を維持できるわけではない。宇宙と地上の戦いはまるで違うのだ。
故に何度も訓練したように、ザクⅡを操作し、前へと踏み出す。
操縦桿を通してザクⅡと体を一体化させるように動かす。持ち上げて前へと踏み出したザクⅡの足がHLVの床を踏み、そしてタラップを通して外へと出て、
―――地球の大地を初めて踏む。
「―――」
前へと踏み進むのを止めずに、後続が出れる様に更に踏み出し、他のザクⅡが集まっている地点へと近づく。その度にザクⅡが歩くときに発信する振動、感触を体で感じる。宇宙空間ではありえない、歩いた時の反動。それは宇宙では重量がない事とほぼ同義であるために発生しない現象だ。今、自分は地球という星の上に立っているのだ。多くの戦友達が成す事が出来ずに散ったその感触を、こうやって自分はザクⅡを通して感じる事が出来るのだ。軽い感動を胸に感じつつ、他のザクⅡの様に並び、そしてこの作戦の指揮官へと機体のカメラを向けた。
現在地はバイコヌール基地の南東にあるバルハシ湖の更に小、南といった地点であり、自分達第一機動師団が降下した地点となっている。既に先発隊や偵察隊も集まっており、戦闘用に他のザクⅡが換装を終わらせてある。その中でモビルスーツに乗るわけでもなく、上級士官用の軍服に身を包む、金髪の青年の姿が見える。まだ若さの残る顔立ちの青年は彼の前に揃う多くのジオンの兵士を眺め、確認し、そして頷く。口を開き、発する言葉はモビルスーツに内蔵されている集音器を通してキャッチする事が出来る。
「―――良くぞ来てくれたジオンの戦士たちよ!」
ガルマ・ザビの声が響く。
「我らはこれより北上し、バイコヌール基地を落とす為に行動を開始する! しかし焦る事はない! 偵察によればバイコヌールには戦闘車両や戦車は配備されてあっても、未だに警戒している様子は一切ない! 今、この場には220機のモビルスーツが揃っている! この地上という環境であっても、モビルスーツを保有する我々の優位は崩れない! 行くぞ同士達よ! 未だに現実を理解しない連邦にジオンの恐怖を叩き込むのだ!!」
「おおおおぉぉぉぉ―――!!」
「それでは作戦を開始する! 進軍せよ!」
咆哮に合わせる様に指示が飛ぶ。それにしたがってザクⅡを動かす。ラッチに装着してあるバズーカ、マシンガン、そして二つのヒートホークを確認する。今でもシャアのあの動きは記憶の中に残っている。その結果、やはり自分は近づいて切る事に魅せられてしまったと思っている―――だからと言って何かでいる訳でもないが。そうなると上官達が羨ましい。少尉ともなれば、自分の搭乗しているモビルスーツを改造する許可を得られるのだ。そうしたら自分も、もっとザクを近接戦に長ける様に改造を頼むのに。
だが今はF型に乗るしかない。それを念頭に置き、地上戦は遠距離からマシンガンとバズーカで近づく前に潰すのが常道であると理解し、第一機動師団に合流し、戦友達と共にバイコヌール基地へと向かっての北上を開始する。二百を超えるモビルスーツが大地を踏みながら前進する姿は歴史上、これが初であり、
そしてこれから何度でも起きるであろう出来事でもある。
◆
そして軍の動きが始まる。200を超えるモビルスーツ、300を超える先頭車両、3000を超える兵員。それを以って北へ、バイコヌール基地への進軍が始まる。度重なる偵察によって既にバイコヌールの警備は通常のものであると理解されている上に、連邦軍ではジオンの構成はもっと、もっと後、つまりは数か月後に来るだろうと予想されていた。故に連邦軍に察知する事は不可能だった。車両ではなく人の形をした高機動の機械兵、モビルスーツ。それを保有しない連邦は、地上におけるその恐怖を一切知らないまま、
そして、地上で最初の戦いが始まる。
◆
―――命令が出るのと同時に前へと飛び出す。
バイコヌール基地に存在する多くは戦車であり、戦車兵である。モビルスーツは隠れる事に適してはおらず、バイコヌール基地から数キロ先でも目撃が出来る。その為、奇襲を実行する頃には相手はある程度察知しているが、それでも奇襲である。完全な準備ができておらず、戦場に出ているのは半数以下、100車両近くの戦車だけだ。それを目撃し、戦友達がマシンガンを握る中、迷う事無くヒートホークを二つとも取り出して握り、動力をヒートホークへと繋げる。ザクⅡと繋がった事でヒートホークの機能が稼働し、相手を焼き切る事が出来るようになる。それを理解しつつ、
ザクⅡを前へと走らせる。
シャアのあの華麗な動きが頭からこびり付いて離れないが―――自分は彼ではない。
一歩踏む事の大地が揺れ、震動がザクⅡを通して体全体へと伝わる。主機やワイヤーが、操縦桿がそれに震えるのを感じつつ、魂を込める様に強く握り、睨み、戦友たちの連邦への怨念を感じ、前へと
跳躍する。
戦車の放った砲弾を完全に飛び越え、持ち上げた右手のヒートホークを空に見える戦闘機へと向かって投擲し、破壊しながら戦車の上へと着地し―――無情に踏み潰す。大地を揺らす感触を得ながらザクⅡの体に負担を与えない様に、衝撃を逃がすように足首、膝、股関節と曲げながらフレームに衝撃を分散させ、戦闘機に突き刺さって落ちたヒートホークを巻き付けたワイヤーを引っ張る事で手繰り寄せ、飛んできたそれを片手で掴む。
「殺す、敵は……殺す」
バイコヌール基地の守備兵は数が少ない。当たり前だ。奇襲が成功しているのだから、相手は準備を整えるだけで忙しいのだ。だから要所さえ押さえてしまえば、ここはあっさりと陥落し、オデッサへのルートを構築するのに使える。だから仲間がそうやって抑える事を成功させるように、敵を、出ている敵を潰し、道を開くしかない。
『じゅ、准尉!』
「跳べ。砲弾には当たらない。ただ仲間の射線に入らないことだけを気を付けろ」
『りょ、了解です! ありがとうございます!』
『ハッハー! 入れ喰い状態だぁー!!』
『喰らえ連邦軍どもめ!!』
『殺せ殺せ!』
怨嗟と怒号が響く戦場の中で、次の戦車と航空機、戦闘機を見つける。シャアは確か―――そう、踏んだ甲板を蹴り、それを加速しながら戦っていたのだ。シャアの三倍速、それはただの機体のスペックではなく、宇宙空間における減衰が起きない事を利用した、加速から加速を利用した速度の維持という技術だ。宇宙空間と違って、地上は邪魔なものが多いが、似た様な事は出来る。強く、強くならなきゃ生き残れない。だったら盗める技術、そして行える改造や強化はなるべくやらなくてはならない。
勤勉ではないとならない。
故に、
「死、ね……!」
跳躍し、ヒートホークを振り下ろし、空を飛ぶ戦闘機を切り裂きながら戦車を踏み潰し、そのまま次の戦車へと向かって跳躍し、踏み潰す。マシンガンなんてもので狙うのは面倒だし、上からザクⅡの体重で踏みつぶしたほうが早い。故にそれを実行し、此方へと砲塔を向ける戦車を潰し、中の人間を殺す。
「殺す! 殺して殺す! また殺す!」
進軍する。ザクⅡで戦車を、地球の大地を踏み荒らしながら進む。
ジオンと連邦の戦いは始まったばかりだ。
だが一方的に陥落し、死んで行く命を見れば解る。
地球全土と宇宙を舞台に開かれるこの戦争―――地獄しか先には見えない、と。
|ω・`)宇宙からきますた。死ね
ヒートホーク二刀流というスタイリッシュなスタイル。尊敬している人はシャアさんだそうです。