深海の都の話 ― 小噺集   作:林屋まつり

10 / 20
九話

 

 上陸、地図は頭に叩き込んである。だから、瑞鳳と視線を交わして、走り出す。……前に、

「陸にも展開済みか。

 とはいえ、雑賀衆、……が、なぜだ?」

「あの、熊野水軍とか言うのと同じじゃないの?」

「…………まあ、そうか」

 少し、納得いかなさそうに為朝さんは頷いて、小舟から取り出した。…………なんか、兇悪に長くしたような鉈。

「二人とも、人を殺した事は?」

「い、いや、ない、よ」

 凄い、嫌な予感がする。なんとなくそれを感じたのか瑞鳳もこくこくと首を縦に振る。

 苦笑。

「道をつける。

 人は、殺さないのなら殺さないに越した事はないからな」

 為朝さんは告げて、小舟からさらに弓を取る。

 矢は、ない。弓を引く。そこから光が零れて、矢の形になる。

「なに、それ?」

「弓張月、……そうか。俺たち、魔縁の事は知らないか。

 話しこむ時間はない、いつか、暇があったらな」

 そして、矢を放った。

 光の矢は真っ直ぐに飛んで、爆発。そこにいた人を蹴散らす。たぶん、その威力、戦艦の主砲級。

 鈴谷は意識して頭を振る。いろいろ突っ込みどころはあるけど、……傍ら、瑞鳳の肩を叩いて、

「行くよ」

「うんっ、為朝さん。先に行くねっ」

「任せろ、だから、急いで行け」

 光の矢を放つ。目の前にいた人たち、雑賀衆、と呼ばれた人たちは為朝さんを敵として認識したのか、鈴谷たちを放っておいて真っ直ぐに為朝さんに殺到。そして、迎撃の音。

 大丈夫かな、と思ったけど。……任せろ、って言われたし。

 だから、鈴谷と瑞鳳は振り向かず、走り出した。

 

 走って、走って、走って、雑草が生え放題の紀伊本線を飛び越えて、手入れのされていない家を横目に、ぼろぼろになった熊野街道を抜ける。

 人がいなくなって、木々に覆われて、少しずつ、森に還って行く熊野の地。

 これが、正しい姿なのかもしれない。木に覆われた場所。それこそが熊野なのかもしれない。……ふと、そんな事を考えて頭を振る。そんなこと考えてる暇なんて、ない。

 瑞鳳と並走して走る走る。住宅地を抜け、参道、っていうのかな、そんな場所。補陀洛山寺に到着。

「鈴谷、警戒「しなくていいよ。遅いから」」

 瑞鳳の言葉にかぶさる、声。鈴谷は主砲を握り、瑞鳳は弓に矢を番える。

 なにが出てきても、初撃必殺。道を阻むなら、撃ち抜く。

 その覚悟に応じるように、ふらり、と現れる一人の少年。

 足、止めるつもりなしっ!

「そこの少年っ!

 邪魔っ! どかないなら武力排除するっ!」

 その意思を主砲を向けることで告げる。彼は苦笑して道を譲って、声。

「探し人、熊野ならここにいるよ」

「つっ!」

 その情報、聞き逃せないしっ!

 ざっ、と。瑞鳳も急停止。鈴谷と瑞鳳が口を開く。その前に、

「はじめまして、僕の名は千与定。

 って、僕の事はどうでもいいよね。探し人、熊野ならこの奥の寺院にいるよ。それじゃあ、行こうか」

 それだけ告げて彼、……ええと、千代定、は歩き出す。鈴谷と瑞鳳は視線を交わし、頷きあって後に続く。

「千代定は、補陀洛渡海船の関係者?」

「あれなら滅んだよ。

 蕃国の思想を形にした船ごときに彼女はもったいない。…………まあ、僕はどっちでもよかったのだけど、御神が気に入っちゃってね」

「え? 滅ん、だ?」

「熊野に手を出したからね。……いや、御神が熊野に会いに行くついでに滅ぼした。っていう形かな」

「御神、って?」

「熊野坐神。補陀洛渡海船が欲しがってた神。

 それと、重巡洋艦熊野の艦内神社、その祭神」

 あ、……そういえば。艦内神社、ってのもあるんだよね。

 確か、補陀洛渡海船も言ってた。熊野坐神。熊野の、デジャビュとかじゃなかったんだ。

 けど、そんな事はどうでもいい。誰もいない、廃寺って感じの寺院に足を踏み込む千代定の背中に、

「じゃあ、熊野、会えるのっ?」

 補陀洛渡海船が滅んだ。……って、ならつまりそういう事だよね?

 問いに、千代定は振り返らずに、

「会えないよ。彼女はもう死んでいるからね」

 扉を、開けた。

 

「…………うそ、……熊野」

 四方を囲う鳥居。その中央にいる熊野。

 外傷はない。ただ、眠っているだけ、に見える。……けど。

 けど、

「熊野っ! ねえっ! 熊野、起きてよっ!」

 瑞鳳が声をあげる。手を伸ばす、けど。

「つっ」

 届かない、なにか、透明な壁に阻まれたみたいに止まる。

「浄土の残滓。みたいなものだよ」

 壁に阻まれてる。けど、……壁が透明だから、解る。

 眠るように目を閉じる熊野。呼吸の動きもない、彫像みたいに、動きがない。

 それって、……つまり、

「ふ、ざけないでっ!」

 鈴谷たちとの間にある、この、邪魔な壁。まずはぶっ壊すっ!

 主砲を向ける。砲撃。けど、

 砲弾は向こうの壁を撃ち抜く。……それだけ。

「あ、れ?」

「生身じゃないと触れないんじゃないの?

 元々、浄土に無機物が入る余地はないからね」

 千代定が手を伸ばす。やっぱり、壁があるみたい。

「いけない、の?」

 茫然と、瑞鳳が呟く。……いけない、熊野のところに、いけない。

「…………ん、……な、の」

 砲撃が通用しない。けど、それでも、……絶対に、

「認めないっ!」

 拳を握る。砲撃が通用しないなら。

 拳を叩きつける。壁は揺れない。けど、

「鈴谷」

「あ、あぁあっ!」

「無駄だよ。

 出来損ないだけど、それでも、それは一つ世界の質量があるからね。生身で世界を壊すなんて馬鹿げていると思わないの?」

「そう、だね」

 叩きつけた拳が痛い。……殴る、ってこんな痛いんだ。

 けど、

「それに、見れば解るよね。

 彼女は死んだよ。無駄な事をしているって解らないの?」

「かも、ね。……けど、」

 どんっ、と隣から音。なにかを振り切るように、瑞鳳が拳を叩きつけた音。

「誰が、……無駄なんて、決めるのよ」

 軋むような、声。

「確かに、熊野死んでるみたいよね。呼吸してる感じしないし、全然動かないし。

 けど、だから、はいそうですかなんて諦められないのよっ!

 人工呼吸だろうがなんだろうが、取れる手段は何だってやってやるわよっ! 入渠場にぶち込んで、明石とか呼んで、……なんだって、出来る事は全部するっ! だから、こんなところでさようならなんて、冗談じゃないわっ!」

 打撃の音。瑞鳳が眉根を寄せる。その痛み、鈴谷も解る。

 けど、それでも、その痛みが解っていても、拳を握る。

「ほんと、よくやるね。

 人も、艦娘も、深海棲艦も、本当に、……いや、いいか」

 よくやるね、と。呆れたような言葉。否定するように、あるいは、肯定するように拳を握り、叩きつける。

 痛い、じんじんする。普通艦娘は格闘なんて学ばないし、当然それは鈴谷も同じ、本気で物を殴ったとか、初めてかもしれない。

 痛い、ほんと、馬鹿な事してるって解ってる。千代定の言う事、大体正しいって思ってる。

 ……けど、仕方ない。だって、

 

「熊野は、鈴谷たちの、大好きな友達だからね」

 

 拳を叩きつける。痛い、皮膚が裂けて血が零れる。透明な壁に、べったりと血が付く。

「鈴谷っ、手、だ「この程度、すぐ治るっ!」」

 心配そうな瑞鳳の言葉に、鈴谷は即答して、次は蹴飛ばしてやろうか、と。腰を落として、

「やっちゃった」

 困ったような、声を聞いた。

 

//.熊野

 

「……まったく、こんなところにいて、なんで疲労だけはリアルに感じますの。

 ああもう、足が痛いですわ」

 果てのない地平。どこに、と言うわけでもなく歩を進めて、溜息。

「痛いなら止めればいいのではなくて?」

 苦笑交じりに熊野坐神。けど、「残念ですわね」

 この地に、苦難を乗り越えて訪れた人を知っているから。

 なにがなんでも、自らの艦とともに国に帰ろうとした人を知っているから。

「わたくし、諦めは相当悪いですわよ。

 せめて、この魂に刻まれた人たちに、胸を張れるくらいには、あがいてやりますわ」

 命を懸けた歩みを刻んだ人たちを知っているから。……ええ、諦めたから歩を止めたなんて、情けなすぎますわ。

 貴方達が大切にしてくれた重巡洋艦熊野は、貴方達に負けないくらい往生際が悪いと、胸を張れないといけませんわ。

「足が動かなくなっても?」

 意地悪く告げる言葉に、笑みを返して、

「そうですわね。

 そしたら地面でも掘ってみますわ。下にはなにかあるかもしれませんもの」

「それは、……その返答は予想外でしたわ」

 もちろん、非現実的だって解ってますわよ? 足に伝わる地面の感触は指でどうこう出来るような硬さではありませんもの。

 けど、それでも、

「残念ですわね。

 絶対に、鈴谷と瑞鳳と、……ええ、わたくしの大切な友達のところに帰るのですわ」

「前は帰れなかったのですけどね」

「…………同じ事を繰り返すわけには、いきませんわ。

 彼らに笑われてしまいますもの」

 それはそうですわ、と。熊野坐神は楽しそうに笑いましたわ。……だって、生きて、やりたい事がありますのよ?

 鈴谷と、瑞鳳と一緒に顕仁さんを案内したり、四国に旅行に行ったり、やりたい事、たくさんありますもの。…………絶対に、これで、死んで終わりなんて、認めませんわ。

 だから、……ええ、絶対に、

「帰りますわ」

 大好きな、友達のところに、

 

 ぽたり、と。音。

 

「え?」

 白の地面に、赤い色。

「これ、は?」

「熊野は、隠野」

 声、気がつけば熊野坐神はいなくて、代わりに一羽の鴉。

「熊野坐神?」

「隠野は死の国。終わりの場所。

 そして、」

 

 ぽたり、と。音。

 

 白の地面に、赤の色。……血の色。

「熊野、私の名を持つ、愛しい子。

 この地に祀られた神の名に、むすひの文字がある。その意味は解るか?」

 鴉が問う。むすひ、ですの?

 知らない言葉。けど、

 

 ぽたり、と。音。

 

 ふと、以前、顕仁さんが言った言葉。

「命の、国」

 

 ぽたり、と。音。

 

 わたくしの言葉、それをきっかけにして、零れた血から緑、溢れる。

 白の大地を一気に埋め尽くして、……命のない荒れた地面から、緑が芽吹いて花が咲いて、命が、あふれる。

「す、…………ご、い」

 思わずこぼれた言葉。黒の空は割れて、燦々と光が降り注ぎ、

「この地は、元々豊穣の地でしたのよ?

 熊野川がもたらす肥沃な土のおかげですわね。この地を埋め尽くす木々が、何よりの証ですわ。

 この地に救いを求めてきた人々も、この地に宿る命の力を当てにしたのかもしれませんわ。ただ、その鬱蒼と茂る木々を見て、昼なお暗く、まるで死者がいるようだ、なんて事を考えて、死の国、隠野なんて言われたのでしょうね。

 景観は信仰の基盤、とはいえ、この解釈はあんまりですわ。……いえ、不愉快ではありませんのよ?

 神として、死者も生者もそこにいる存在は受け入れて然るべきですものね」

 そして、彼女は笑って、

「残念ですわ。可愛い子。

 行ってしまうのはとても残念。けど、友達のところに遊びに行く子を引き止めるのも、無粋ですわね」

 ふ、と。引き上げられる感覚。……夢から引き上げられるような。

「あ、……え? わたくし、生きてます、の?」

「それはそうですわ。

 ここは命の国、生命芽吹くむすひの地。熊野。この地にいるのに、死、なんてありませんわ。

 まったく、千代定も気が利きませんわね。死の国に命の象徴を落としたらどうなるか、……まあ、きっと、往生際の悪い馬鹿が馬鹿な事をしていたんですわ」

 仕方なさそうに、…………けど、どこか嬉しそうに微笑む熊野坐神。

 往生際の悪い馬鹿。ええ、もちろん心当たりはありますわよ。

「仕方ありませんわ、馬鹿なのですから」

「熊野が認めるのなら、相当ですわね。

 往生際の悪い友達がいて、幸せですわね」

「…………そうですわね」

 頷く。本当に、わたくしは幸せですわ。

 周囲、緑に満ちた命の国、熊野が滲む。たぶん、目が、覚める、ですわね。

 だから、

「……なぜ、わたくしの事を、子と呼ぶのですか?」

 最後、目が覚める前に問うて、神は、笑いましたわ。

 

「だって、わたくしの、熊野の名を継いでいるのですもの。

 それで十分ですわ。……では、熊野、その名に、恥じぬよう。精一杯足掻いて生きなさい」

 

//.熊野

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。