深海の都の話 ― 小噺集   作:林屋まつり

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終話

「……夢を、みましたわ」

 目を開ける熊野。それを見て、

「熊野っ!」「熊野っ!」

 瑞鳳と駆け寄って、そのまま、

「ひゃぁあぁあああっ!」

 身体を起こした熊野に抱きついた。また、三人で倒れる。

「………………まったく、急に押し倒さないで欲しいですわ」

 困ったような声。そして、撫でてくれる手。

 胸に当てた耳に聞こえる。確かな鼓動の音。……うんっ、熊野、生きてるっ!

「まったく、困った事をしてくれたね。

 死の国に命の象徴を落としたらどうなるか、一斉に反転しちゃったみたいだね」

 困った事をした、って、そういう割には楽しそうな、千代定の笑みが聞こえた。

「っていうか、離れませんの?」

「やーっ、もっとくっついてりゅっ!」

「…………え? 瑞鳳、酔っ払ってますの?」

「鈴谷もーっ、心配かけたんだからしばらくはこのままっ!」

「…………はいはい、勝手にしなさい」

 よしっ、……と。大切な友達に抱きつく、鼓動を聞いて体温を感じて、…………はあ、と一息。

 ほんと、……よかったあ。

「って、鈴谷、手、血が出てますわよっ!」

「ん、……ああ、ちょっと、」

 流石に壁殴ってたとか言えないような。……いや、今考えるとかなり暴走したなあ、って気もする。

 後悔する気なんて全然ないけどね。

 熊野は、血が零れる鈴谷の手をとって、ぺろ、と。

「…………あのー、熊野さん。なにをしてらっしゃいますの?」

 思わず、口調が壊れた。……いや、そうなるっしょ? だって、結構、血が出てるんだよ? それを舐めとるとかっ!

「いえ、……ええ、…………生きてるんだなあ、って」

「意味分からんっ! ってか、血を舐めてそんな実感得るなっ!

 吸血鬼かっ!」

 べし、とチョップ。熊野はくすくすと、笑う。

「血は命の象徴。それで死の国から引き上げられたのなら、生の実感を得るのも解るね。……はあ、けど、これで僕は大目玉だなあ」

 つと、千代定が楽しそうに言った。……そか。

 殴り過ぎて拳が傷ついて血が落ちて、それが、熊野に届いたんだ。

 痛かった。とんでもなく痛かったし、すっごい馬鹿な事をしてるって思ってた。……実は、無駄な事をしているなって、そんな事ずっと考えて、けど、諦めきれなかった。

 …………諦めないで、よかった。

「さて、それじゃあ僕は行くけど。

 同行者もいるんでしょ? 早く顔を見せてあげなよ」

 っと、そうだっ!

 為朝さんとか、あと、うらも、一応。気になる。ぐずる瑞鳳を押しのけて、立ち上がる。

 千代定は一足先に外へ。さて、

「それじゃあ、鈴谷たちも行こうか」

 

「無事だったか」

 為朝さん。辺りにはなにもなく、いくつかの、壊れた痕。

「お疲れー」

 あんまり疲れてるようには見えないけど。為朝さんは溜息。「大した事ではない」

 ……やっぱ、この人、実はかなり強い? 鈴谷艦娘だけど、真っ向勝負して勝てるって確信ないんだけど。なんとなく。

「貴方は?」

「為朝さん。

 手伝ってくれたのよ」

 瑞鳳の言葉に熊野は少し目を見開いて「助かりましたわ」と、丁寧に一礼。

「いや、主からの頼みだ。

 気にする事はない。…………いや、」

 ふと、意地悪そうに笑って、

「そうだな。代わりに一つ頼まれて欲しい。

 主、顕仁様に三人で報告に行って欲しい。俺が行くよりは喜ぶだろう」

「そう?」

「いや、元からそのつもりだったけど」

 元々、鈴谷たちが押しかけたんだしね。顕仁さんへの報告は当然だと思ってたけど。

「それならそれでいい。

 主も心配していたからな、無事な姿を見せれば機嫌もよくなる」

「……えーと、巻き込んでごめんなさい」

 困ったように頭を下げる瑞鳳。ほんと、お世話になりっぱなしで申し訳ないです。

 対して為朝さんは笑って「いや、いい。俺も久々の実戦は楽しかったし、艦娘が訪ねてくると主の機嫌もよくなる。それで十分だ」

 とは言ってくれて有り難いけどね。

 ただ、なにかお礼したいんだけど。……と、そんな鈴谷たちの内心はお見通しらしい。為朝さんは笑って、

「……もし、借りを感じているなら、個人的に遊びに来て欲しい。大本営の使いとなれば多少の警戒が入ってしまうが、そうでないのなら十分に遊べる」

「それはもちろんですわ」熊野は、鈴谷と瑞鳳を抱き寄せて「今度、三人で遊びに行こうって三人で約束していますわ。それに、顕仁さんが大本営に来るとか、その時は横須賀を案内しますわ」

「それはよかった。主も喜ぶだろうな。

 では、戻ろうか」

 

「え? いや、……です」

 戻ろう、とその言葉にうらはそんな事を言った。

 一応、面識のない熊野は少し遠くに待機。で、うらの返事はそんなところ。

「まあ、それならそれで構わないが。

 しばらく那智湾にいるのか?」

 問いに、うらは頷いて、

「ここ、……いいところなので、…………あの、私好みに、改造、します。

 私の場所、作る、の」

「…………好きにするといい」

 と、言うわけでのんびりと入江に向かううら。は、まあいいか。

「資材はくれてしまって構わないか。

 これでここの沿岸はうらの領域か。……あまり、拡大して欲しくないものだが」

 困ったように呟く為朝さん。

 まあ、鈴谷たちにしてみれば、ここ、和歌山県は大本営とは離れて、どちらかと言えば南朝の領域。今のところは、どっちでもいいかな。

 と、いうわけで熊野と合流して香川県に戻る。為朝さんは徳島県へ。

 そして、

「戻ったか」

「あ、顕仁さんっ?」

 鳶の姿をした顕仁さんが、なぜか、基地で出迎えてくれた。

 いろいろと立場重い人だから忙しいと思ったんだけど。

「なに、時間があったからな」

 つい、と視線をそむける。その傍ら、

「うっそぴょーんっ、おじさま、みんなの事すっごく気にしてたから、為朝さんから戻った連絡を聞いてあだっ?」

 がつ、と。音。

「あうう、おじさまー

 キスなら唇にして欲しいぴょん」

 くちばしで脳天を打撃された卯月が中破。

「余計な事を言うな馬鹿者。

 何事もなかったのならそれでよい」

「報告しようか?」

 瑞鳳の問いに、顕仁さんは首を傾げて、

「明日でよい。

 治療も必要であろう。先に雪風に話しておけ。宿はこちらで手配してやる」

 

//.雪風

 

「…………雪風、艦娘なんですよお。

 なんで、こんな事務仕事ばっかり押し付けられるんですかあ」

「海軍大将なのだから仕方ないだろう」

 苦笑交じりの言葉。視線を向ける。

「長門さんがやってくださいよ。これ。

 連合艦隊旗艦殿ー」

「無理言うな。

 私だっていきなり大佐にさせられて困惑しているんだ」

「ちぇー」

 はあ、厳しいです。……と。

「失礼します」

 おや。

「千歳さん。どうでしたか?」

「南朝の動きは確認されませんでした。

 誤情報の可能性が高いです」

「そうですか」

「陸軍もか?」

「ええ、千代田から連絡が入りました」

「了解しました。陸軍さんとは継続して連絡を取り合ってください。情報共有は密にお願いします。報告は陸軍の丹沢さんにもしてください。

 あ、長門さん、すいませんけど吹雪さんか大和さんを呼んでください」

「了解した」「了解しました」

 謹直に応じる二人。……はあ、「どうしたの?」

「駆逐艦のやることじゃないなあ。って。……ほんと、雪風、心苦しいんですよ。

 なんか使っちゃっているみたいで」

「必要な事だ。…………と言っても今更か。

 慣れろ、大将」

「……へーい」

 

「大将秘書、大和、参りました」

「お疲れ様です。吹雪さんは忙しかったですか?」

 雪風の問いに大和さんは苦笑。

「忙しいもなにも、顕仁さんが殴り込むとか言われて戦々恐々です」

「…………いえ、鈴谷さんの口調からして多分半分くらい冗談ですよ」

「え?」

 ぎょっとする大和さん。まあ、言われた通りに伝えちゃいましたからねえ。

「先にそれを伝えろ」

 額に指を当てて長門さん。すいません。

「それで、どうしましたか?」

「熊野地方の件、南朝の出入りはなかったみたいです。

 先生から話を聞きたいので、セッティングをお願いします」

「了解しました。吹雪さんに話を通しておきます」

 頷く大和さん。と、着信音。

「ん? 雪風、入電だ。……これは、鈴谷か」

「おや? 何か見つけたんですかね?

 繋いでください。ちょうどいいです。大和さんも聞いててください」

「了解しました」

『やっほー、雪風。鈴谷だよー』

「鈴谷、雪風は大将だ」

 いえ、雪風そういうのはいいんですけど。

『げっ、長門秘書艦。……じゃないや、長門大佐っ』

「げ、とはなんだ、げ、とは」

 大和さんはくすくす笑ってます。

『失礼しました。雪風海軍大将様。

 これより、派遣任務の報告をさせていただきます』

「…………違和感半端ないですねー」

『熊野ー、大将と大佐が反対の事言って苛めるー』

『ちょ、ちょっと今話しかけないでもらえますっ?

 神戸牛カレーの情報が見つかりましたわっ!』

『うわ、レトルトなのに高っ?』

『マジでっ!』

「くっ、……ゆ、雪風もあっちに行きたいです」

「仕事しろ。

 で、鈴谷、何の用だ?」

『あ、……っと、そうだ。

 長門、雪風いる?』

「いますよー、聞いてます」

 長門さんはため息一つ。とりあえず鈴谷さんの口調にはお咎めなし、雪風としてもこっちの方が気楽で有り難いです。

『で、報告した不明の艦娘。だけど、轟沈した。

 浄土に至るっていう目的は、……まあいいんだけど、そのために熊野を使おうとしたから、抵抗の末轟沈。詳細な経緯は、ちょっとこれだと説明しにくいし、特に熊野から直接口頭で報告してもらいたいから、後でね』

「そこに熊野はいるのだろう?」

 長門さんの問いに、淡々と、静かに、応じる声。

『今、カレー用神戸牛を発見したって言ってテンションLv上限突破したから無理』

『鈴谷っ! 鈴谷っ! 飛騨牛カレーと食べ比べセットがありましたわっ!

 これは、どうすればいいんですのっ?』

『知らないってー』

『な、……一つ五百円の卵。………………これは、卵焼きの作りがいがあるわねっ!』

『そんな高級卵なら卵かけごはんでしょっ! もしくはカレーにぶち込むっ!』

『神戸牛と高級卵の入ったカレー、……これは、胸が熱いですわっ!』

「…………報告って、難しいのだな」

 遠くを見る長門さんと、しんみりと微笑む大和さんです。いえ、大体こんな感じですけどね。

『それで、今の所、南朝に関する情報はなし。

 ただ、まだ那智湾までしか見てないからなんとも言えないけどね』

「陸軍さんと共同で網を張ってますけど、こっちもかからないです」

 さて、どうしましょうか。鈴谷さんたちにはもう少し調べてもらいましょうか。

 元々、和歌山県は南朝の勢力が強いところ、そして、南朝には空母のお姫様たちがいますからね。艦載機を使った警戒は結構綱渡りです。可能なら、艦娘に海側から警戒して欲しいですが。

 その旨伝えようとしたところで、声。

『えーと、いったん引き揚げていい?

 顕仁さん、大本営に顔出すような事言ってるし、せっかくだから案内とかしたい、……し』

「顕仁さんとの仲は良好ですか?」

『え? うん、鈴谷は仲いいと思ってるよ。

 いろいろお世話になったし』

「でしたらそちらをお願いします」

「いいのか? 雪風」

 安心した表情を見せる大和さんの傍ら、長門さんは眉根を寄せました。いいんです。

「出どこの怪しい情報より、顕仁さんとの友好関係の方がはるかに重要です。

 本格的に南朝と交戦する場合、四国にコネを作っておけば、陸路と海路から南朝の拠点、近畿を挟撃できます。何より現状の大本営が持つ戦力で顕仁さんを敵に回す事は自殺行為です。

 現時点で、顕仁さんと、あと、長野県にいる守屋さんとの友好構築は南朝より優先度高です」

 尊成さんや言仁さんはあまり動きたがらないですからね。このお二人とは仲良くしていかないと大変です。

『大変だねえ。……ま、そういう事なら了解。

 顕仁さんの予定に合わせて戻るね。経路とかも合わせるから、解ったら報告する』

「お願いします」

 通信終了。

「顕仁さん殴り込みは、大丈夫そうですね」

 ほう、と安心したように大和さん。……随分と警戒していたんですねえ。

「戻って吹雪さんを安心させてあげてください」

「そうしますっ! あとは、歓待の準備ですねっ!」

「大和ホテル本領発揮ですねっ!」

「ホテルじゃありませんっ!」

 とまあ、そんなやりとり。さて、

「こっちはこれでいいですね。

 次は、……と」

「雪風」

 お次のお仕事なんでしたかねー? と、視線を滑らせた雪風にかけられる言葉。

「何ですか?」

「いや、随分と変わってしまったな、と思ってな」

 ぽつり、零れた言葉。ちくり、痛む心。

「………………仕方ありません。

 変わる前、雪風たちが形作った平穏は壊されました。変えられてしまいました」

「……いや、すまない。過去を蒸し返すつもりはないんだ。

 ただ、難しいな、と思ってな」

「そうですね。頭空っぽにしてなにも考えずに艦隊戦をしていたころが懐かしいです」

 けど、

「けど、賑やかで、いろいろなのがいて、……まあ、これはこれで楽しいではないですか」

 そんなものか、と呟く長門さん。

「そんなものです。

 さて、次はなにがありますかね。……楽しい事があればいいのですけど、ね」

 

//.雪風

 

「「「かんぱーいっ!」」」

 任務終了、上司の雪風への報告も終わり、顕仁さんには明日、大本営に向かう途中で話してくれればいい、と言う事で、

「くはーっ! 酒美味いなーっ!」

「ええ、ふふ、上品な味、とても、美味しいですわ。

 と言うか鈴谷、もう少し格好に気を使いませんの?」

「あー? いいじゃん、三人しかいなんだからさ」

 ホットパンツにシャツだけって、そりゃあ確かに状況によっちゃあれだけど。

 熊野と瑞鳳しかいないんだし、問題ないでしょ。

「ってか、ネグリジェな熊野が言うな」

「これは立派な寝巻ですわよ。

 ね、ま、き」

 ふふん、とどや顔の熊野。「そんなすけすけのえろ寝巻があるかーっ」

「はあっ? なに言っているのかしら?

 透けてませんわよっ! えろくありませんわよっ!」

「きゅまのーっ!」

「ひゃぁぁあっ!」

 熊野が瑞鳳に押し倒された。ちなみに瑞鳳、浴衣なんだけど帯が吹き飛んでるから割と丸見え。…………そうか、瑞鳳はやっぱり白か。鈴谷、なぜか安心。

「しゅきーっ」

「き、キス魔っ? ひゃああっ、ひゃうっ、くすぐったっ?

 瑞鳳っ、舐めないでくださいますのっ!」

「やーっ」

「はっやっ、酔っ払うの早っ」

 乾杯して数秒で酔っ払った瑞鳳。こんなに弱かったっけ。

「おーい、ずいほー」

「やーっ、しゅじゅやおっぱい大きいからやーっ」

 幼児退行した瑞鳳が熊野に抱きつく、鈴谷ショック。

「やっばっ、なに今の、かなりショックなんだけど」

「……奇遇ですわね鈴谷。わたくしも何気にショックでしたわ」

 貧乳認定された熊野は瑞鳳を撫でながら項垂れる。よし。

「ほらほら、ずいほー、お菓子あるよー」

 つまみ代わりのお菓子をひらひら、瑞鳳は「うー」と唸って手を伸ばした。ひょい、と。

「うわーんっ! きゅまにょーっ、しゅじゅやがいじめるーっ!」

「ごめん、やりたくなった」

「よしよし、ヒドイしゅじゅやでちゅわねー

 ほらほら、いい子いい子ー」

「幼児言葉やめい」

「うー」

 お菓子を伸ばす、……瑞鳳はにゃー、と笑って、

「食べさせてくれりゅ?」

「はいはい、あーん」「あーん」

 口に放り込んだ。にこー、と笑って「では、わたくしも」

「はいはい、熊野ちゃんあーんちてくだちゃいねー」

「…………いや、やっぱやめますわ。恥ずかしい」

「ずいほー、熊野がずいほーの事恥知らずだってー」

「んなっ?」

「わーんっ、熊野の意地悪ーっ」

「さあっ、瑞鳳っ」

 手を広げると瑞鳳が抱きついてきた。よしっ!

「しゅじゅやー、ふかふかー」

「よしよし」

 甘えるように抱きつく瑞鳳。可愛い。…………って、

「な、なに、熊野?」

 軽く腰をあげる鈴谷の友、熊野。その顔には、なんか、楽しそうな笑み。

「とぉおうぉおっ!」

「やぁぁっ!」「きゃあっ?」

 なぜか突貫する熊野、激突して、そのまま三人で布団に転がる。

 なにするっ、って、…………文句言おうとしたけど。

 

//.熊野

 

 大切な、大好きな友に抱きついて、その温もりと、鼓動を聞いて、

「んー」

 鈴谷に抱きついていると、瑞鳳も、わたくしの背に手を伸ばして、抱きついてきましたわ。……ええ、瑞鳳って体温高いのですわね。

 鈴谷は笑顔でわたくしの頭を撫でて、……それにしても、本当に胸が大きいですわね。けど、鼓動が心地いいから、今は文句を言わないでおきますわ。

 ただ、

「えへへー、大好きー」「鈴谷も大好きだよー」

 

 生きてます、わね。

 

「ええ、わたくしも、……大好きですわ」

 

//.熊野

 

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