深海の都の話 ― 小噺集   作:林屋まつり

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 今夜は庚申の日らしい。そんな事を言ってた。そもそも、庚申の日とは何か?
「なんでもいいんじゃないかな? まあ、要は寝てはいけない日だよ」
 ………………らしい。
「響にとっては調子がいいんじゃないかな?」
 司令官、《波下の都》の主、言仁の問いに、私は頷く。この夜、私と相性はいいようだね。

 と、いうわけで庚申の夜、はじまりだね。


女の子たちの夜の遊び方
2000


 

 舞台は悪の秘密結社、南朝の拠点である高層ビル。地上六十階、地下五階、大阪府でも屈指の巨大建築物。

 一階は喫茶店や来客のための受付などで占められ、二階は丸々食事処、食堂、バー、その他諸々。地下は売店や簡単なショッピングモール。以降、十階ごとに仮眠室があり、各階にはオフィスや会議室が詰まってる。

 そして、五十九と六十階が主である尊治の私室。高いところが好きなんだね、彼女は。

 いい事だと思う。どうせ屋上から自由落下しても問題ないだろうから、特に高いところにいても問題はないんだろうね。仮にビルが倒壊してもなに一つ気にせず落ちてくるだろうね。

 そして、今日は庚申の日、寝てはいけない夜。……もちろん、社内にいる人は皆帰ったみたいだけどね。ただ、なぜ、艦娘や深海棲艦だけ寝てはいけないのか。

 で、そんな舞台にあるバーで、

「曙達は帰らないのかい?」

「んー? まあ、……寝ちゃあいけないんじゃあ家に戻ってもやる事ないしねー」

 かりかりかりかり、と、アーモンドをかじりながら曙。

「そもそも何なのよ、庚申の日って」

「寝ちゃあいけない夜らしいよ」

「意味分かんないわー」

 はー、と曙。苦笑。傍らで御猪口から楚々と清酒を飲む扶桑が、

「たまにはいいじゃない。明日、お休みなんだし」

「そうだけどねえ」

「貴女もお酒?」

「軽く」

 真面目に飲んだら、……まあ、その時はその時だよ。うん。

「飲み過ぎに注意しなさいよー」

 カウンターに突っ伏したままかりかりかりかりとアーモンドをかじる曙。

 その視線の先にはいい感じの勢いで飲み続ける足柄と那智。

「しないよ。節度はわきまえているさ。

 というか、曙、大丈夫なのかい?」

 かりかりかりかり、と、アーモンドをかじる彼女。ひょい、と覗きこめば目が死んでる。「飲んだ?」

「弱いのよねえ」

 けらけらと笑う山城。彼女もほんのりと頬を赤く染めている。ちょっと酔ってるらしい。

 まあ、多少のアルコールは高揚を促すから、いいかもしれないね。ただ、曙は悪い方に酔ったみたいだね。頭痛がしているみたいだ。

「私には雪国。…………そういえば、二人は家に帰らないのかい?」

 案山子のバーテンダーに注文しながらふと気になった事、二人きりの家をもらえたって聞いてる。山城は狂喜乱舞しそうだけどね。

「まあ、せっかく庚申の夜だからね。

 たまにはここで夜をみんなと過ごすのもいいと思ったのよ」

「そ」

「うあー、……あー、飲むんじゃなかったー

 頭ががんがんするー」

 死んだ目のままかりかりかりかりとアーモンドをかじる曙。

「大変だね。

 というか、寝てはいけないのにアルコール摂取かい?」

「そういう貴方もそうでしょ」

 雪国が来た。グラスを掲げると扶桑が御猪口を当てる、こん、と音。

「テンションあがる程度には飲んだ方がいいよ」

「同感」扶桑はくすくすと笑って「あっちには付き合えないわ」

 テンションあがり過ぎて大騒ぎしている足柄。羽黒がおろおろして那智は溜息、騒ぐ足柄を無視して静かにグラスを傾け「騒がせてごめんなさい」

 苦笑気味の妙高が来た。

「いいよ。お気になさらずに」

「相変わらず足柄は好きねえ」

「軽くお酒を入れて庚申の夜を、って思ったのだけど。

 このまま潰れそうです」

「気をつける事だね。お姉さん」

「そうします。

 あ、マスター、そこのフライパンを貸していただけますか?」

 片手で軽く振れる程度の小さなフライパンを手にとって足柄のところに向かう妙高。とりあえず合掌すると山城と扶桑も厳粛な面持ちで合掌していた。

「アーモンドお代わりー」

 ごと、と。いくら案山子でも面倒くさくなったらしい、大皿に山と乗せられたアーモンドを死んだような目で齧り始める曙。

「お酒の飲み方、早めに覚えた方がいいよ」

「わーかってるわよ。うっさいわね」

 ぐりぐりと頭を撫でると睨まれた。頭痛に苦しんでるような視線じゃあ怖くないよ。最上級の駆逐艦殿。

「ここってこういう事よくやるの?」

 ほう、と酒の味に一息ついて山城。

「多分だけどね。南朝の主はお祭り好きだから、……まあ、庚申の夜は初めてだろうけど、酒の席はちょくちょくありそうだね。と言うか、酒を飲む口実を探し続けているんじゃないかな?

 月見酒、花見酒、雪見酒、七夕酒」

「七夕酒?」

「造語だよ。星見て酒」

「……なんでもいいのね」

 苦笑する山城。そう、つまり、

「「肝心なのはみんなでお酒を飲む事」」

 扶桑と言葉が重なり、笑みを交わす。だから、

「酒の飲み方には慣れておいた方がいいよ」

「うげー」

 ぐったりしている曙が嫌そうな声をあげた。

 

 バーを出て、私は同じ階にある食堂へ。

 カウンターの向こうにはたくさんのアームがついたメタリックな機械があった。

「ゴ、チュウモ、ンヲド、ウゾ」

 カメラのような単眼で私を見ながら問いかける。がりがりとノイズの混じった合成音声が聞こえた。

 まあいいか。と、御品書を見る。……野菜カレー、ビーフカレー、チキンカレー、カツカレー、…………見事にカレーばかりだね。

「じゃあ、チキンカツカレー」

「ゴチュ、ウモ、ンヲウケ、タマワリ、マシ、タショウショ、ウオマ、チクダサイ」

 アームが不自然に伸びる。厨房の奥へ。程なくほかほかのカレーを乗せて戻ってきた。

「オ、ノミモ、ノハオヒ、ヤトム、ギチャトビー、ルガア、リマスガナ、ニ、ニイタシ、マショ、ウカ」

「麦酒」

 

「…………と言うか、鳳翔が作ってるんじゃないんだね」

 空母のお姫様達と談笑する鳳翔。彼女の正面に腰をおろして聞いてみた。

「それもいいのですが、」鳳翔はおっとりと微笑んで「せっかくの夜なので、私も楽しんだ方がいいと言われて、甘えています」

「…………誰に?」

 鳳翔は黙ってカウンターを示す。

「硬く、冷たく、メタリックな彼にも女性に楽しんでほしいと、そんな温かな心遣いがある。そういうお話です」

「…………いや、もみじ。そういう事なの?」

 カレーを食べながらしんみりと呟くもみじにくれはは苦笑。

「というか、彼って、……先輩、あれ、男性なの?」

 ジャガイモをフォークに刺して問うあきは。

「いや、違うはずだよ。というか、どう見ても性別はないのだけど」

 残念だけど私には無機物にしか見えない。……元々が無機物である私が言うのもなんだけど、性別はないんじゃないのかな?

「…………あの、響さん」

「ん?」

「麦酒、ですか?」

「ん? ああ、まあ、せっかくだからね。変かな?」

「世間一般的には、……響さん、まだ小さな女の子ですし」

「鳳翔。私がいるのは《波下の都》なんだ」

「そうですね」

「あそこに、子供が酒を飲んではいけない、と言う法律はない」

「…………そ、そういうものですか」

「そこの主も大層な酒飲みだったわよね?」

 あきはの問いに私は頷く。「君たちの主もだろ?」

「へ? 尊治様も?」

「主君はワクです」

「ざるを越えたのですか」

「まあ、そういうわけで私だって酒くらい嗜むさ」トレーの上のジョッキを掲げて「この程度で潰れるなんて馬鹿な事はしない。けど、せっかくの夜なんだ。アルコールを入れた方が楽しめるよ」

 さて、こうして話を続けるのも楽しいけど、あの心優しい無機物が用意してくれたカレーを冷ましてしまうわけにもいかない。

 スプーンを持って、「いただきます」

 食べた。……うん、美味しいね。

 カレーを食べて、麦酒を飲んで一息。口内の熱が冷やされる快感。

「うん、美味しい。レトルトにはない、手作りの温かさを感じる味だね」

「そうですね」鳳翔はチキンカレーから鶏肉を一つ持ちあげて「それに、食べやすい大きさに切ってあります。こうした気遣いは素敵ですね」

 うにょうにょと器用にアームを蠢かせるカウンターの機械にひとしきり称賛を贈り、一口。

 うん、美味しい。

「カレーの辛さが調整できればよかったのだけど」

 ぽつり、あきはが呟いた。

「もっと辛いのが好みかい?」

「ええ、…………ええっ?」

 にゅっ、と銀色のアームが伸びてきた。ぎょっとするあきは。眼前にはフラスコに入った、どす黒い何かが底にたまった深紅の液体。

 それを見て、もみじは真面目な表情で頷く。

「よかったですね後輩。

 辛さを調整してくれるみたいよ」

「い、……いや、私は適度な辛さがよくてぇ」

 ぱかん、とフラスコの底が開いた。「開くんだ」

 よくは知らないけど、フラスコってそういうものなのかな?

 べちょっ、と音とともに底にたまったどす黒い何かも、上の方にあった深紅の液体もまとめてカレーにぶちまけられた。

「……………………」

 あきは、フリーズ。くれはが重々しい表情で合掌をした。

「あの、メタリックな無機物の温かな心遣いに感謝を」「感謝を」

 くれはに合わせてもみじが厳粛な面持ちで合掌した。口の端が笑いをこらえているのがなんとなく見える。

「「感謝を」」

 鳳翔と一緒に合掌。あきはが項垂れた。

 そして、

「…………いいかいあきは。

 世の中にはグリーンカレー、というものがある。イカ墨カレーと言うのもね。つまり、なにが言いたいかと言うと、食べ物は色じゃない、味だよ」

 あれから、フラスコの中身を何度かぶちまけられたあきはのカレーはメタリックブルーになった。

「いや、いやいや、ちょっと待って。

 響、重々しく言ってるけど、そのグリーンカレーってメタリックな色してないわよね?」

「後輩、残したら明日の食事は艦載機です」

「先輩、それ食べ物じゃない。

 その、とりあえずなんでもいいから艦載機を持ち出すのはやめてよ」

「私たちは空母です」

「…………流石に、私はそんな事言いませんよ」

 軽空母の艦娘はそう言って、空母のお姫様も頷く。

「……まあいいです。あきは、難しい事を言わず、解りやすくいいましょう」

 淡々と告げるもみじに、あきはは「なによ?」と応じ、

「黙ってさっさと食え」

「大丈夫、いざとなったら麦酒がある」

 指を鳴らす。五本のアームが大ジョッキに並々注がれた麦酒を持って伸びてきた。

「い、いや、……それ、どうするの?」

「なにかあったら酒を飲む。それで万事解決する。

 何か問題はあるかい?」

「なにその飲兵衛の理論はっ!」

 む、納得されなかったか。もみじに視線を向ける。もみじは残念そうに首を横に振った。

「よく見ているわねえ」

「ええ、接客の鏡ですね」

 あきはを直視しないように気を配っているくれはと鳳翔。そして、あきはを包囲するようにジョッキが設置。これはつまり、「包囲網っ?」

 逃がさない、と言う意思表示なのかもしれないね。

 

「せっかくの庚申の夜。

 だと言うのに、脱落するとは情けない」

「…………いえ、あれはどうなのでしょうか」

 傍らで困ったように微笑む鳳翔。

 まあ、脱落した人はどうでもいい。もみじと弔辞を述べ合掌したから問題はない。

「それで、鳳翔。どうする?

 飲み直すかい?」

「……そう、ですね。確かに少しお酒が入った方が過ごしやすいかもしれません。

 けど、響さんはいいのですか?」

「なに、麦酒とカクテルで酔うような肝臓は持ってないよ」

「えと、酒豪、なのですね」

「まあね」

 応じて胸に手を当てる。もちろん、艦娘である響や、元々の、深海棲艦の響でもこうはいかないだろうね。

 胸に手を当てる。そう、私は、それとは違うから。

「鳳翔、飲み比べなんてどうだい?」

「私は飲兵衛ではありませんので」

 申し訳ございません、と鳳翔は微笑んで応じた。

 

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