深海の都の話 ― 小噺集   作:林屋まつり

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「おー」

 階段をのんびりと上り、上の階に到着。オフィスはなくなって屋台で埋め尽くされている。ざっかざっか気合の入った仕草で焼きそばを焼き続ける千歳と、淡々とパック詰めする千代田。「作り過ぎじゃない?」

 背後には積み重なる焼きそばパック。千代田は溜息「千歳お姉、あとで麦酒飲みながら食べるためだって」

「……………………」

 一心不乱に焼きそばを焼く千歳の目に映っているのは輝く未来。……麦酒の黄金に。

「そういえば麦酒ってあるのかい?」

「そこらへんで配ってるわ」

 そこらへん、と千代田が示した先には無数にある屋台。遠くまで連なる提灯の赤い明かり。確かに、これだけ屋台が並んでれば麦酒くらいはありそうだね。

 暗闇を照らす赤い、赤い、提灯。その先は見通せないけど、流石に賑やかだね。艦娘とかが何かを買いながら歩いている。

「麦酒、飲み尽くしたら、承知しません」

 千歳が座った目で睨んできた。私はなんだと思われているのか?

「あんな炭酸麦茶にあまり用はないよ」

 

「これはとても可愛らしいですわ」

 おっとりと微笑む熊野が持っているのは少し長めの棒と、その先にある星型の飴。

「ただの飴だけどねー」

 ひらひらと棒を振って瑞鳳。「けど、可愛いっしょ? それ超重要じゃん」と、鈴谷も飴を舐めながら応じた。

「星を食べてる?」

「その表現は、ちょっと」

 なんとなく言ってみたら鈴谷に引かれた。ちょっと残念だよ。

「甘い星ー」

 けど、瑞鳳は気に入ってくれたらしい。ぱんっ、とハイタッチ。

「それでそれ、どこにあったんだい?」

 美味しいならぜひ食べてみたい。問いに、瑞鳳と鈴谷、熊野は首を傾げて、

「あっち」「そっち」「こっち」

「どっち?」

「「「忘れた」」」

 それは残念。

「ま、どこかにあるっしょ? ところで、」鈴谷は飴で私の持つ焼きそばの袋を示して「それ何?」

「焼きそば。千歳が忘我に沈みながら焼いてた」

「な、なにがあったの?」

 慄く瑞鳳。……まあ、それもそうだね。

「買うともれなく睨まれるよ」

「一気に買う気失せたし」

 げんなりする鈴谷。熊野がまあまあ、と肩を叩いて、

「これだけお店があるのですもの。なにかしらありますわ」

「あ、そうだ。

 三人とも、麦酒ある屋台知らない? 焼きそば食べながら麦酒飲もうと思ってね」

「あっち」「そっち」「こっち」

「どっち?」

「「「忘れた」」」

 鈴谷たちはまったく頼りにならない。まあ、構わないけどね。

「まあ、なんでもいいっしょ?

 それより一緒する? どうせ何か買うんでしょ?」

「まあね。それじゃあ、しばらくはご一緒しようか」

「あら? しばらくは、ですの?」

 熊野の問いに私は肩をすくめて「せっかくの庚申の夜。いろいろ見て回りたいのさ。他の階もね」

「あっ、鈴谷も同感っ」

「けど、上の階に行ったらばらばらにならない?」

 瑞鳳の言葉に固まる鈴谷と熊野。まあ、そうかもしれないよね。

「まあ、この階だけでも楽しめると思うよ」

 何せ、ずらり、先が見通せないほど続く屋台だ。いろいろな物が売ってるだろうね。

「よしっ、気合入れて、……食べようっ!」

「おーっ!」

 拳を握る鈴谷と、同様に拳を振り上げる瑞鳳。「太りますわよ」

 あ、固まった。

「……だ、…………大丈夫、鈴谷、胸に行くし」

「裏切り者―っ!」

 胸を張る鈴谷の首を絞める瑞鳳。熊野は陰険な笑みを浮かべ、

「いいですの? 鈴谷。食べたらそれは胸に行く、それはただの都市伝説ですわ。

 食べたものは腹に脂肪として蓄積されるのですわ。無駄なバルジの質量が上がりますわ」

「…………落ち着いて三人とも、そもそも私たち艦娘の体型は変わらないよ。どれだけ食べても太ったりはしない」

「「「へ?」」」

 いや、驚かれても困るのだけど。

「そもそもこの身は生体とは異なる、英霊だよ。

 つまり、どれだけ食べても太る事はないし、絶食したところで痩せる事はない。努力しても胸が大きくなる事は永遠にないんだ」

 私の言葉に瑞鳳が膝をついた。

「え? そ、そうなんですのっ?

 ちょっと待って、あの過酷なダイエットとか、じゃあ、意味なかったと言うんですのっ?」

 がくがくと熊野が私の肩を掴んで揺さぶる。……っていうかそんな事してたんだ。

 視線を向ける鈴谷が遠い目をしていた。

「それで諦めた限定コンビニスウィーツがどれだけあったか」

 項垂れる熊野。まあ、仕方ないね。

「第一、なんでダイエットなんて、」あ、鈴カステラだ「お一つくださいな」

「はいどうぞ」

 はむ、と食べて、

「なんでダイエットなんて始めたんだい?

 体重の増加でもあったの?」

 ないはずだけど? と、首を傾げると熊野と瑞鳳が鈴谷を睨んだ。元凶は彼女か。

「い、いやあ、……ええと、…………雑誌にあって」

「ああ、なるほど、知識だけ仕入れてありもしない危機感を得て確認もせずに始めた、っていう事?」

「うぐ、……なんか、鈴谷、残念な娘?」

 頷く、鈴谷がうなだれた。

「な、……なるほど、だから赤城はあんなに食べまくっても太らないのね。………………ねえ、響」

 瑞鳳が真剣な表情で首を傾げた。

「じゃあ、なんで赤城はあんなに食べるの?」

「そこに食べ物があるからだよ」

 まあ、知らない娘も多いか。だから、私は瑞鳳の肩をたたく。

「つまりだね、瑞鳳。君は、永遠の貧乳だ」

「…………泣くわよ」

 

「あ、いらっしゃいませ」

 にこにこと小さな大和が出迎えてくれた。

「お、ラムネと「スウィーツですわっ!」」

 赤い提灯の下、繊細な西洋菓子を売る大和。正直違和感が凄いけど、まあ、いいか。

「なんでこんなところで、って思うけどね」

 違和感を感じているのは私だけじゃないらしい。矢矧が苦笑する。

「これは、……とても美味しそうですわ」

 きらきら輝く熊野。確かに、これは美味しそうだ。

「食べる場所はあるの?」

 鈴谷の問いに私は親指を示す。屋台の隙間、豆電球の灯りの下にドラム缶。

「あれっ?」

「風情がありますわっ」

「おーい、熊野ー、正気に戻れー」

「流石大和のお菓子だね」

「大和も一緒に食べる?」

 瑞鳳の問いに大和は頷いた。

「ご一緒します」

 

 ちかちかと薄暗い豆電球の下。誰かが流したのかラジオノイズの混じったとおりゃんせが聞こえる。

 ドラム缶の上に西洋菓子を並べて、各々の前にはラムネ。

 私と、熊野と、鈴谷と、瑞鳳と、小さい大和と、矢矧と、

「お待たせしました。……それと、瑞鳳ね。

 会えて嬉しいわ」

「祥鳳っ?」

「そういえば、姉妹でしたね」

 矢矧の言葉に二人は頷く。そうだね。…………そう、残念な事にね。

「まあ、再会の喜びは食べながら楽しむとして、食べようか。

 熊野が楽しみにしているよ」

「では、大和特製のスウィーツをご堪能くださいっ」

 ぴょんぴょん飛跳ねながら胸を張る大和。

「…………とりあえず、大和には補助椅子を用意しようか」

 

「ぷはーっ、やっぱりこの一杯はいいねえっ」

「ええ、スウィーツも美味しいですわ」

 くぅ、とラムネを美味しそうに飲む鈴谷と、幸せそうに大和特製スウィーツを食べる熊野。豆電球の照明とドラム缶の机は気にしないらしい。

「ふふ、喜んでもらえて嬉しいです」

 補助椅子に座りながら満足そうに微笑む大和。

「ほんと上手よね。

 何度教えてもらっても追い付ける気がしないわ」

「なんだ、教えてもらっているのかい?」

 お菓子作りを? 問いに矢矧は苦笑。

「まあ、戦う必要もなくなったのだし、こういうのもいいかなと思ったのよ」

「いい事だと思いますわ。

 ええ、わたくしたちはもう戦いを続ける必要はありませんもの。いろいろな事を楽しむべきですわ」

「そう、いろいろな事を、ね」

 ラムネを一口。

「私たちは戦う必要はない。好きなところで、好きな事をやるといいよ。

 もちろん、」

 私はラムネを軽く掲げ、にや、と笑み。

「愛する人に尽くす。それも一つのだね」

「むがっ?」

 幸せそうにお菓子を食べていた大和が慌てて口を噤む。むせそうになったらしい。けど、

 その反応だけで十分、熊野と鈴谷がずずい、と身を乗り出した。

「な、……なんですか?」

「そりゃあもち、女の子の嗜み恋バナっしょ?

 とりあえず、言ってみ」

「ええ、とても興味がありますわ」

 鈴谷と熊野にずいずい迫られておろおろする大和。「よし」

「何がよしですかっ!」

「そうね」矢矧は頬に手を当てて「それも、素敵な生き方ね」

「矢矧は大人だねえ」

 なんとなく言ってみる。「私は子供だって言うんですかっ!」と、子供の怒鳴り声は無視。

「大和っ!」

 さて、次は何を食べようかな、と視線をさまよわせたところで、声。

「む、武蔵っ?」

 そこには大和の妹分である武蔵がいた。……もっとも、今の大和と武蔵の背格好からその関係を察する事が出来る人はないだろうね。

「ふ、ふふ、……また会えて嬉しい。本当に、いつ見ても愛らしいな」

 武蔵は格好よく笑った。鈴谷と熊野は目配せ、大和の両手を抑える。

「ええっ?」

「さあ、……まだ夜は永い、一緒に楽しもうか」

 武蔵は笑った。……なんていうか、今度はあまり格好よくない。

 

「あれ、おいてきてよかったのですか?」

 微妙な笑顔の祥鳳に私は頷く。

「馬に蹴られて死んでしまえ、と言う言葉もある。

 私は、まだ死にたくない」

 くすねてきたラムネを揺らして笑う。……まあ、本音は、ちょっとテンションが迷走を始めた武蔵は面倒だったから逃げただけなんだけどね。

「……あれそういうものなの? どう考えてもロリコンのシスコンが暴走始めたようにしか見えなかったけど」

 同様にくすねてきたラムネを揺らして、瑞鳳は半端な笑み。大体同感だよ。

「まあいいじゃないか。

 それより二人は友達と別行動かい?」

 問いに、二人は少し困った表情。

「まあ、……ちょっと話してみたくてね。

 姉妹艦として、会えたのは嬉しいけど」

 言いにくそうな瑞鳳。もちろん、察しはつくよ。

「道が分かたれ事はあんまり気にしなくていいさ。

 君たちの長は君たちの思いを尊重してくれる、違うかい?」

 尊治も、吹雪も、……あるいは、あの元帥も、嫌がる娘を無理に戦場に立たせるとは思えない。何より、

 笑う。

「戦うのが嫌なら、《波下の都》に来るといいよ。

 私はもちろんも、司令官も歓迎してくれる。だから、よく考えるといいよ」

 そう、艦娘も戦う義務はない。好きな場所で好きなように生きていけばいい。この幸いな国はそれがかなえられる。

 せいぜい、後悔しないようにね。

「そうですね。」「ま、そうだけどね。」

 祥鳳と瑞鳳は、お互いを困ったように見た。

 けど、と言葉を重ねて、今いる場所が気に入っているから、大切だと思っているから、だから。

 祥鳳は穏やかに、瑞鳳は勝ち気に、笑う。

 

 道が分かたれてしまったから、せめて、姉妹として互いが進む道に後悔がない事だけを祈る。

 そんな想いで二人はくすねてきたラムネを揺らして、

 

「仕方ありませんね」「仕方ないよね」

 こん、と音。

 

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