深海の都の話 ― 小噺集   作:林屋まつり

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「やあ、いな「しーっ、なのです」」

 声をかけたら唇に指を押し当てられた。

 ともかく、のっぺりとした影絵のような建物の影に電と隠れる。

「隠れ鬼かい?」

「そうなのです。

 今夜は寝てはいけないから、一生懸命遊んでいるのですっ」

 寝ないように、と。拳を握る電。……なるほど、確かに下にいた酒飲みたちに比べればまともな夜の過ごし方かもしれない。

「今は水子の暁ちゃんが鬼なのです」

「水子? とすると、みずもいるのかい?」

「なのです。そこらへんで何か飲んでるのです」

 お酒かな? ……まあ、いいか。

「みずに挨拶してくるよ。

 もしかしたら私も隠れ鬼に参加するから、その時はよろしく」

「不意打ちはだめなのですよ?」

 それは残念だ。

 

 無数にあるのっぺりとした黒い建物。白い、白い、平坦なコンクリートの道。

 空を見上げれば電球で作られた星が輝いている。月がないのは、少しさびしいかな。

 そんな道路を歩いていると、……ああ、みずがいた。すいもいるようだ。

「やあ、こんばんわ」

「こんばんわ」「ん、ああ、こんばんわ」

「何を飲んでいるんだい? お酒?」

「いや、寝てはいけないのだし、それは避けている。

 紅茶だ」

「それに、子守の最中に酒は飲めないそうです。

 真面目でいい事ですが、私まで巻き込む事はないのではないでしょうか?」

 したり顔のみずと、そんな彼女を恨めしそうに睨むすい。みずはそんな相方に抗議の視線を向けて「子供の前で酒を飲むのか?」

「…………解りました」

 不満そうだね。

「私もいいかい?」

「構わないが、暁たちと遊ばないのか?」

 適当な椅子に腰を下ろすと、すいが紅茶を注いでくれた。一礼して受け取り、

「それも魅力的だけどね。

 けど、せっかくだからいろいろと見て回りたくてね。いくら夜は永いとはいえ、暁たちの隠れ鬼に付き合っていたら終わってしまうよ」

「それもそうだな」

「と言うか」すいは、ぐるり、と辺りを見て「随分広そうですが、どのくらい広いのでしょうか?」

「無制限じゃないのかい?」

 視線を道の向こうに投げる。のっぺりとした黒い影絵のような建物が遥か向こうまで連なっている。果ては、……見えないね。

「まあ、迷子になる事はないと思うよ。多分」

 あまり自信はないけど、……特に、暁とか。

 と、

「あーっ、ここにいたっ!」

 元気な声が聞こえた。みると、電と暁、そして雷がいる。

「隠れ鬼は終わりかい?」

「もちろんまた続けるわよ。

 夜はまだまだ永いもの。けど、せっかくいるのだしお話しはしておきたいわ」

「っていうか、参加しなさいよー」

 ぐいぐい暁に迫られた。みずに抗議の視線を向けるけどみずは無視をして紅茶を一口。

「それもいいんだけどね」仕方ない、暁の顔面を掌で押し返しながら「せっかくの夜だし、いろいろ見て回りたいんだ」

「あっ、それも面白そうねっ」

 雷はひょい、と顔を出す。

「一緒に来るかい?」

 問いに、応じたのはすい。

「いえ、貴女が次に到着する上の階と、皆が次に到着する上の階が同じとは限りません」

「ああ、それもそうだね」

 頷く。一緒に階段を上っても、私が到着する次の階と暁たちが到着する次の階が同じとは限らない。

「場合によってはばらばらになってしまうのです?」

 電の問いに頷く。

「うー、……じゃあ、暁たちはここで遊んでるわ」

「それがいいよ。

 せっかく友達と会えたんだ。それを大切にするといい」

 出会いは大切だからね。こういう場では特に、

「ねー、みずも遊びましょうよー」

「……いや、痛い、痛い、そのでかい腕でぐりぐりしないでくれ」

 深海棲艦となり凶暴な変質を遂げた腕でみずをぐりぐりする雷。

「そもそも、」すいは立ち上がり、のっぺりとした建物を軽くたたいて「屋内に入れるわけもありませんし、正直隠れ鬼は難しいのではないですか?」

「見通し抜群よねっ!」

 雷が拳を振り上げていう。うん、その通りだね。

 何せ、測ったように立ち並ぶ建物以外はなにもないのだから。

 天井を見上げる。電球で出来た輝く星。当たり前だけど、暗くない。だから、探すのはそう難しくないよね。

「見つけたらタッチするまでが鬼よっ」

「わかったわっ、全力でぶちかますわよっ!」

「運送屋さんで鍛えた電の足、今こそ全力を見せるのですっ!」

 暁の両隣りで気合を入れる雷電姉妹。そして、我らが愛すべき長姉は、

「…………ぴゃぁぁああっ」

「いきなり泣き出しましたね」

「暁、脈絡が不明だ」

 暁が本気で泣きだした。みずは苦笑して彼女を抱え上げ膝の上へ。

「あう、あうぅう。

 暁、ネームシップなのにいぃ、一番のお姉さんなのにぃ」

「……剛力な妹がいると大変だね」

「どういう意味よ?」「女の子にその評価は酷いのですっ」

 見たままだよ。とは、一応言わないでおこうかな。

 と、

「楽しそうね」

「陸奥?」

「やっほ」

 声、そちらに視線を向けると駆逐艦の少女たちと、陸奥、長門がいる。……相変わらず、保護者だね。

「やあ、こんばんわ」私は机に現れたワインの瓶を向け「飲もうか」

「……最初にいう言葉がそれ?」

 陸奥は固まった。私は頷いて「せっかくの夜なんだ。食うか飲むか遊ぶか語るか、そのどれかで楽しもうじゃないか」

「駆逐艦の女の子って、普通遊ぶを選択すると思うわ」

 一緒にいた女の子たちはこくこくと頷いた。

「それもそうだが」みずは膝に乗りめそめそする暁を撫でて「では、遊ぶようにしようか」

 私は、ぱんっ、と手を叩いた。

 

 遠くに見えるのは観覧車。空を駆け回るのはコースター。どこからともなく垂れ下がる空中ブランコ。道路にはゴーカートが並ぶ。

 支離滅裂な音楽を奏でる高い電波塔。電球で作られた星は様々な色に輝く。

「これでどうかな?」

 

「お酒を飲んでジェットコースターに乗り続ける。

 その結果、どうなるか解りますか?」

「普通に楽しめるよ」

「それは多分、響だけじゃないか?」

 影絵の町で思い思いに遊ぶ少女たち。保護者な表情の陸奥と不自然に幸せな表情の長門。まあ、当人の趣味なんだろうね。

「そうかもね」

「響はお酒を飲めるのですか?」

 長門たちが連れてきた少女の一人、五月雨が首を傾げる。私は頷く。「少女の嗜みさ」

「……断じますが間違えています」

 すいはしたり顔で断言した。

 

「それで、二人は都に居つく事にしたんだね?」

 問いに、陸奥は頷く。視線の先には駆逐艦の少女達と不自然に幸せな表情で言葉を交わす長門。

「ええ、…………あの娘たちとも相談してね。

 もう、いいかなって思ったのよ」

 少し優しく、少し困ったような陸奥の表情。もう、いいと。

「いい事だと思うよ。誰も望んでいない罪滅ぼしなんて不毛なだけだからね。

 それよりもあの娘たちと遊んだ方が喜ぶだろうね」

「ええ、そういうことね。…………なんていうか、長門も幸せそうで安心したわ」

「……ああ、うん、そうだね。

 幸せっていうか、…………幸せ、かな」

 ことん、と音。

「陸奥、大切な話があります」

「え?」

 すいが重々しい口調でいう。話の流れからして長門の事、だと思うのだけど。

「陸奥は、地上で流行り始めた下文化と言うものをご存知ですか?」

「した、ぶんか? ……いえ、知らないけど」

 すいは椅子の下から紙袋を取り出して「このような本を収集し、担い手を崇拝する人たちです」

 二十ページ程度でとても色合いが派手な数冊の本を取り出した。表紙の女の子があざとい。

「……なに、これ?」

「以前いぶきが買ってくるように頼んだ代物です。

 よく解らなかったので筋肉質な男性がたくさんいる本を買って来たら、本気で泣かれました」

「……ああ、うん、…………そう」

 理解はできないけどとりあえず、と。そんな感じに頷く陸奥。

「まあ、それはいいのですが、今の長門はこれらの本を買い求めていた一部の人と同じような表情をしています」

「…………ええ?」

 陸奥はかなり嫌そうな表情をした。

「以上です」

 妙な空気を残してすいはどこぞに行った。しばらく、沈黙。陸奥は強いて長門に視線を向けないようにして、

「そういう事だから、お世話になるわね。

 できる限りの協力はするから」

「そうだね。そうしてくれるとありがたい。

 私たちも、都が賑やかになって嬉しいよ。歓迎する。ただ、」

 私は、びしっ、とワインの瓶を陸奥に向ける。

「司令官に手を出さないでよ?」

「…………………………」

 言葉を噤み、視線を彷徨わせ、ジェスチャーに失敗し、百面相を見せ、

 最後に、陸奥は笑った。

「ごめんなさい」

「そう、……まあ、仕方ないか」

 やれやれ、困ったものだ。肩をすくめる私を見て、陸奥は、かくん、と肩を落とした。

「どうしたんだい?」

「……ええ、なんていうか。いろいろ言われるかと思って」

「何を今さら。

 大鳳に金剛、時雨に夕立、ひさめも電も、鈴谷も羽黒も、残念な事に司令官を狙っている娘は多いんだ。だから、」

 にや、と笑う。

「思う存分、好きにやるといいさ。《波下の都》はそれを歓迎する。悩んでうじうじされるよりはそっちの方が気分がいい。賑やかなのは楽しいからね。

 なに、死んだ後くらい楽しく過ごそうじゃないか」

「……………………それも、そうね」

 さて、立ち上がる。

「私は子供らしく遊ぶ事にするよ。

 陸奥もどうだい? 保護者面して偉そうに突っ立ってるのと、大の大人が子供みたいに遊ぶのと、夜の過ごし方としては、どちらが好みかな?」

 

 白の道路と黒の建物。無機質な町に極彩色の遊具。

 道路をカートが高速で疾走し、建物の間をコースターが駆け回る。BGMは三倍速再生のクラシック。

 そんな素敵で楽しい夜。そこで、

「うん、これはなかなか、気分が高揚するねっ! 楽しいよっ!」

 手から伸びる鎖が建物から伸びた鉄骨に絡まって私の体重を支える。勢いのままに振り子運動。次の鉄柱のところへ。

「待つのですっ!」

 するすると移動する電も大概速い。深海棲艦化の影響で足の形が変わっているからね。建物の壁をそのまま駆け回る。

「逃がさないわよっ!」

「あ、みずの助力はずるいと思うよ」

 鉄骨に跳び移りながら抗議。水子の暁は移動要塞に乗って追撃。空を飛ぶのは流石にずるいと思う。

 まあ、それはそれでいいか。指を鳴らす。鉄柱が建物から生えてきた。鎖を伸ばす、跳躍。「わーん、ぱーんちっ!」直前に烈震。

「雷っ?」

 伸ばした鎖は鉄柱を捉える事なく空振り、ついでに私も落っこちた。

「ちゃんす、なのですっ!」

「電も結構容赦ないねっ!」

 電が壁を、暁は空を滑空しながら私に手を伸ばす。……本当に、

「ははっ、姉妹で鬼ごっこって、すっごく楽しいねっ!」

 本当に楽しい。……困った事に、このまま夜明けまで遊び続けたくなってしまうよ。

 

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