深海の都の話 ― 小噺集   作:林屋まつり

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 次の階に到着。そこは豪奢な劇場。ネオン輝く広いステージ。広いホールには雑多な奏者である影法師と、

「酒飲みどもか」

「飲兵衛が何か言ってるー」

 けらけらと鈴谷が笑う。彼女は近くの円卓からグラスを手に取り一口。

「あー、マジ美味いー」

「料理もあるね。

 立食パーティーかい?」

「そんな感じじゃん?

 ってか、せっかくの夜だもの。ぱーっと騒がなくちゃ損っしょ」

 同感だよ。さて、

「あんまり飲み過ぎないようにね。

 じゃないと、眠くなっちゃうよ」

「りょうかーい」

 視線を向ける。その先、雪風と島風が謎の踊り、楽しそうに、二人はくるくる回る。雪風の不運も、ここではないのかな。

 よかった、と思う。せっかくの楽しいパーティーだ。そんなものに左右されて欲しくはない。……けど、

「どったの?」

「雪風、あんまり転んでないね」

「何期待してんのよ」鈴谷は肩をすくめて「ま、確かにね。不運って感じはなさそう、幸運でもないみたいだけどね」

 ただ、

「ま、鈴谷的にはどっちもおっけー、って思うよ。

 不運ならそれで、それはそれでフォローとか楽しそうだしね」

「同感だ」

『聞こえてますよっ!』

 ありゃ、ばれちゃったか。

 視線を向ける。一緒に踊っていたパートナーはお腹を抱えて笑い転げ、憤慨した表情の雪風。

『雪風だってっ! 雪風だってたまには人並みに過ごしたいんですーっ!』

「ぐあっ、ちょー響くし」

 マイクを手に持って切実な絶叫を果たした雪風、うん、すっごく響いた。ちなみに傍らで直撃した島風は悶絶している。

「雪風、かなり耳に響きましたよ」

 古鷹が頭痛をこらえる表情でぼやく。

 ぱたぱたと雪風が駆け寄ってきて、びしっ、と敬礼。

「見てくださいっ! 雪風、転びませんでしたっ!」

「それで嬉しそうな辺り、日ごろの大変さを感じるね」

 思わずしんみりしちゃったよ。ただ、

「いいかい雪風。

 今夜は庚申の夜。もし雪風が今まで通り不運だったら、不運な事に寝てしまうかもしれないよ。

 だから、不運じゃないんだ」

「……ね、寝ないためですか?」

「それはもちろん、今夜は庚申の夜だからね」

「なるほど、……まあ、雪風。

 食べてください」

「あ、ありがとうございますー」

「くおおらぁあっ! 雪風っ!

 いきなり叫ばないでよーっ!」

 島風突貫、自慢の俊足で突撃して、雪風に体当たり、そのまま仲良く転がった。

「賑やかですね」

 けらけらと楽しそうに笑う古鷹。……うん、と。

「古鷹」

「なんですか?」

 問われ、くい、とジェスチャー、古鷹は笑って頷いた。

「お、おお、おおおっ? さてはイケル口ー?」

 にやにやと鈴谷が古鷹と肩を組む。古鷹笑う。「行きますか?」

「おっけっ、飲み明かそうっ!」

「よし、私も参戦するよ」

 親指を立てて応じる。鈴谷と古鷹は笑顔でいった。

「「飲兵衛はお断り」」

 残念だ。

 

「…………なに不貞腐れてますの?」

「別にー」

 グラスを交わして笑い転げて、と。腹立たしいほど楽しそうな古鷹と鈴谷を横目に、私は近くの円卓に腰かけてアルコールを摂取。

「ま、いいですわ。それより、食べませんの?

 飲んでばかりではよくありませんわ」

「そうだね、御相伴にあずかるよ」

 熊野の差し出したお菓子を食べる。とんっ、と。

「ま、楽しそうなあっちに混ざりたい気持ちも解りますわ。

 けど、少しわたくしにお付き合い願えません?」

「飲み比べかい?」

「わたくし、そんなにお酒強くありませんわ」

「そ、それは残念」

 熊野が近くの円卓に腰を下ろす。ぱんっ、と手を叩くと私と熊野の間に円卓が現れる。お菓子をおいて、手を伸ばしてちょうどいい位置に。

「熊野は、カクテルがいいかい?」

「ええ、そうですわね。

 どこかの誰かさんみたいにウオッカは愛飲できませんわ」

「美味しいのに。……やれやれ、艦娘は酒飲みに厳しいね」

「嗜む程度なら優しいですわよ。

 厳しいのは飲兵衛に対して、だけではないかしら?」

「変わらないよ。まったく」

 仕方ないね。ぱんっ、と手を叩く、手を滑らせる。

「さあ、お好きなのをどうぞ。私も一緒に飲もう」

「ええ、感謝しますわ」

 長机にずらりと並ぶカクテル。「おー、色とりどりで綺麗なのです」

 ふよふよと変質して浮かぶ艤装に乗って電が寄ってきた。

「飲むかい?」

「ありがとうなのですっ、飲むのですっ」

 早速カクテルを一つ手に取る電。彼女は口付けようとして、

「電、独り飲んではだめですわ。まずは、」熊野はグラスを掲げて「乾杯、ですわよ」

「そういう事だね」

「はっ、そうなのですっ! 

 あんまりお酒呑まないから忘れていたのです」

 だから、

 ちん、と音。グラスが三つ、重なった。

 

 影法師の奏者たちが何かを奏でている。

 

「あっちはあっちで楽しそうですわね」

「電も何か踊りたいのですっ」

 くるくる踊る島風と雪風、……そして、羽黒も巻き込まれたみたいだね。三人で踊る、出鱈目な振り付き、無茶苦茶なステップ。……まあ、当事者が楽しければそれでいいんだろうね。

 古鷹と鈴谷は、酒を飲み手を叩き、笑って囃し立てる。……うん。

「賑やかだね」

「楽しいのですっ! やっぱり夜はこういうのがいいのですっ」

 ぐっと拳を握る。うん、そうだね。

 一口。

「さて、気が変わったよ熊野。

 私もあそこに混ざってくる。三人だと、バランスが悪いみたいだからね。……二人も来るかい?」

 問いに、熊野は笑って「ええ、これはあちらへの差し入れにしますわ」

 長机改めキャスター付きのカート。それを鈴谷たちの方に向けて押す。ころころ転がって、こつん、と鈴谷に当たる。不思議そうに見上げる鈴谷の眼前に、はらり、落ちるメッセージカード。

 おすそわけですわ、とね。

 

『――――っ! ――っ! ――――――っ! ――っ! ――――――っ!』

 

 影法師の奏者たちは何かの音楽を奏でる。なんなのか、私には解らない。けど、

「んーっ、こういうのもたまには楽しいわねっ!

 さあっ、響っ、私の速度についてこれるっ?」

「望むところだよ。島風」

 踊るのは、…………いや、実はあまり好きじゃない。

 以前に、豊浦がしたり顔で神は踊るものだよ、とか言ってた。それを思い出す。……けどまあ、目の前で楽しそうに笑う島風にそんな事をいうのも無粋だよね。

 

『――――――っ! ――――――っ! ――――っ! ――っ! ――っ!』

 

 影法師の奏者ががむしゃらに奏でる音楽。……まあ、構わない。こちらだって元々ダンスなんてろくに知らない身だ。

 第一、ステップを合わせようにも深海棲艦になった影響で島風の足は四、ある。まともにステップを合わせられるわけがない。ただ、

「あははっ、遅い遅ーいっ」

 とんとんとんとんっ、と。島風と手をとってくるくると踊る。なに、舞台は延々と広がっている。どれだけ羽目をはずしても問題はない。だから、

「加速するよ? 私についてこれるかな、最速駆逐艦」

「言ったわねえ。私には誰も追い付けないよっ!」

 手をとり、円を描く弧を描く、くるくるくるくる、スポットライトの下二人で、文字通り踊りまわる。

 視界の隅、羽黒と雪風と電が盆踊りを踊っている。そっちも楽しそうだけど、まずは、

「あはっ、私についてこれるのっ?」

「それは挑戦と受け取るよ。

 テンポをあげようか」

 

『――――っ! ――っ! ――――――っ! ――っ! ――っ!』

 

 私の言葉に、影法師の奏者たちは律儀に曲のテンポをあげる。ってうか「あはは、なんか雑音一歩手前だねー」

 あ、北上だ。なぜかタキシードを着てる。……なんだろう、あまり違和感がない。

 ころころと彼女はカートを押してる。それを目にした鈴谷の目が輝く。そして、私の目も輝く。

「ウォッカっ!」

「おうっ?」

「飲兵衛棲艦。君が認める数少ない酒を持ってきたよ」

 ふよふよと、今は亡き駆逐イ級のような魚雷を周囲に漂わせている超北上様が降臨した。

「感謝するよ超北上様」

「…………うざ」

「ありがとー、北上っちー」

「大井っちー

 うざい重巡洋艦がいじめるー」

「北上さんをいじめるのは、ダレ?」

 ドレスを着て釘バットを装備した大井が現れた。鈴谷どん引き。

 さて、遠心力が命じるまま島風をそこらへんに放り投げ「北上、大井、代わるよ」

「そ? いいの?」

「元々そのつもりだったんじゃないのかな?

 私は隅で酒を飲みながら囃してるから、好きに踊っているといい」

 鈴谷と古鷹が肩を組んで口笛を吹く。

「それじゃあ、大井っち、踊ろっか。

 せっかくの永い夜なんだ。楽しまなくちゃ損だよね」

「え、ええっ、もちろんっ!

 では、踊りましょうっ! 北上さんっ」

 ぱっ、とスポットライトが二人を照らす。ステージに向かう赤絨毯。その上を二人は手に手を取り合って歩いていく。

 ただ、

「…………大井さん。

 釘バット、どうにかしようよ」

 ぽつり、呟いた古鷹。大井は反射的に釘バットを投擲。鈴谷に直撃した。

 

「お、……あ、あだだ」

「だ、大丈夫なのです?」

 釘バットの投擲が直撃した鈴谷が悶絶。電はふよふよと彼女の周囲を漂う。私は頷く。

「鈴谷」

「な、なに?」

「いいかい。負傷したら酒をかける。それで万事解決する」

「んなわけないっしょ」

「入渠で使われる溶液は、実は酒だったんだ」

「誰得っ?」

 とまあ、それはいいとして、

「ウォッカ、響さん。そんなお酒も飲めるんですね。……凄い、です」

 羽黒に尊敬されてしまったよ。

「まあね」早速ウォッカの瓶を開けて飲む「ふぅ、……うん、いい味だ。これは力を感じるね」

「…………いや、ウォッカを瓶直接ラッパ飲みって、頭大丈夫ですか?」

 すっごい表情の雪風。私は頷く。

「実は、ウォッカを飲むのは久しぶりなんだ。

 司令官、清酒ばかりでね。それも私は好きだけど、たまに無性にウォッカが恋しくなる」

 そして、また飲む。

「うん、……いいね」

「いや、だからせめてコップ使いましょうよ」

「雪風、ウォッカを飲むのにコップは無粋だよ。

 黒パンを一緒に食べるなんて、そんなまだるっこしい事をしてはいけない。そこにウォッカがある、ならば飲む。それだけだ」

「……なんでそんな無駄に男らしいんですか」

 げんなりする雪風の言葉は少し心外だ。

「あ、あの、……ごめんなさい。お酒って、そういう風に飲むの、ですか?」

「正気に戻ってください羽黒さんっ!」

 おずおずと瓶を手に取り視線をさまよわせる羽黒。大慌てで雪風が泣きついた。

「羽黒さんだけが、羽黒さんだけが雪風の良心なんですよぉ。

 こんなところで飲兵衛棲艦に毒されないでくださいよお」

「それ、美味しいの?」

 ひょい、と顔を出した島風。私はもちろん頷く。

「うさぎちゃん、それ完全にデストラップです。

 信用できないなら好きなだけ飲んでください」

「…………止めとく」

「むぅ」

 心外だ。こんなに美味しいのに、仕方ない。私はウォッカを飲む。と、

「それは何ですか?」

「水だよ」

 興味津々と覗きこんだ古鷹に応じる。そう、これは素晴らしき、命の水だ。

「飲むかい?」

「いただきます」

 あ、と。声。私は無粋を承知でコップについであげる。古鷹は飲んで悶絶した。

「ちょ、ど、どうしたの古鷹っ?」

「な、なにっ? なにがあったのっ?」

「古鷹さんがのたうちまわっているのですっ!」

 ぎょっとする鈴谷と島風、電。

「羽黒さん、いいですか?

 これが飲兵衛棲艦に付き合った娘の末路です」

「う、うあ」

 真剣な表情で告げる雪風。そして、羽黒に慄かれた。少し心外だ。

「まあまあ、」私は酒瓶でステージを示して「細かい事はいいから、せっかくのダンスだ。酒を飲んで楽しもうじゃないか」

「けほっ、……まあ、そうですね」

 と応じる先、北上と大井は思ったよりも様になったダンスをしている。影法師の奏者たちもなんとなく楽しそうだ。

「おーっ、北上格好いい―っ!」

「大井さんっ! 綺麗ですっ!」

 鈴谷と雪風の声援に二人は軽く手を振って応じる。くるくるくるくる、それを肴に私は酒を一口。うん、やっぱり美味しいね。

「これ美味しーっ」

「島風、そんなジュースはアルコールじゃない」

「飲兵衛棲艦うるさいっ!」

「…………電、お姉ちゃんは寂しいよ」

「飲兵衛棲艦だから仕方ないのです。

 電もお姉ちゃんに付き合えないのです。電の肝臓は平均的な深海棲艦なのです」

「むぅ」

「ってか、響とまともに酒が飲めるの、いるの?」

「司令官」

「……提督は、そんなに飲めるのですの?」

 北上と大井のダンスを眺めていた熊野が不意に口をはさむ。こくこくと頷く羽黒。彼女も気になるらしい。

「飲むよ。司令官は蠎だからね」

「うわばみ? なにそれ?」

 首を傾げる島風「大酒飲みってことさ」と、五十点な回答。

「あーあー、鈴谷も提督と一緒に飲みたーいっ!」

「駄々こねないでください」

 古鷹は苦笑。雪風はカクテルを傾けながら「ま、いつかまた宴会ありますよ。その時ですね。何かありますか? 秘書艦殿」

「次の満月の夜にでも飲もうか。

 お月さまが生まれた日だからその誕生会、とでもいえば宴会になるよ」

「えっ? そ、そうなんですかっ?」

 驚く羽黒、傍らの熊野が肩をすくめて「適当、ですわ」

「ま、口実なんてなんでもいーじゃん、ぱーっと酒が飲めればさ」

 胡坐の鈴谷が言いながら缶を掲げる。それぞれの酒を当てて乾杯、一口。

「そういうものだよ羽黒。

 みんなで楽しく酒を飲む、これが大切だよ。口実なんて、なんでもいい」

「そういう事ですわ」

 ほう、と一息。アルコールの入った吐息をつく熊野。

「そういうものですか? ……えと、あの、ごめんなさい。

 それじゃあ、口実も別にいらないんじゃあ?」

 首を傾げる羽黒。まあ、それもそうだけどね。ただ、

「肴に必要なのさ。

 お月さまの誕生日なら月を肴にね。口実はなんでもいい。けど、どうせなら美味しい肴はあった方がいいじゃないか」

「あ、そうですねっ」

 ぱあっ、と笑顔の羽黒。そういう事だよ。

「電も、お酒は好きなのですっ!」

 カクテルを手に力強くいう電。よし、いい事だ。

「さあ、電。飲もうじゃないか」

「Yesお酒、No飲兵衛棲艦、なのですっ!」

 お姉ちゃんは悲しいよ。

「さて、そろそろそっちもきなよー」

 っと、そうだ。

 ステージには手招きをする北上と、頷く大井。……大井が素直に頷くと言う事は、もう満足したようだね。

 さて、次は、と辺りを見る。雪風と島風が睨みあっていた。あっちは無視。どうせ舞踏だか武闘だか解らない事でもするのだろうからね。

「羽黒、私と一曲、どうかな?」

「は、はいっ、お付き合いさせていただきますっ!」

「あうっ、……お、お姉ちゃんは、電とはだめ、なのです?」

 うるうるな目で私を見る可愛い妹。私は笑顔。「No飲兵衛棲艦」

「……このお姉ちゃん嫌いなのです」

 

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