深海の都の話 ― 小噺集   作:林屋まつり

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 ぴちゃん、と音。水没したオフィス。

 デスクの天板だけが水面に出ている。そこにはパソコンや本、ペンや書類、ファイルなど雑多な事務用品が置かれている。

 とても、明るい。だって窓から海の青が燦々と輝いているから。

 そして、

「あれ? 響も来たんだ」

 とんっ、とんっ、とデスクの天板を跳び回る睦月。

 とんっ、と音。

「まあね。ほら、何せ庚申の夜。

 時間はあるのだし、見て回らないともったいない、違うかい?」

「同感っ、……って思うんだけどね」

「あらあ? 睦月ちゃんは別の階に行っちゃうの?」

 残念そうな声。「如月」

「やっほお」

「ここも面白いよっ」

 デスクの間、水に浮かんで現れたのは皐月。何かに乗ってる? と、その姿勢を見て覗きこめばどうやら大きな亀に乗っているらしい。少し羨ましい。

「やっ、響っ」

「こんにちわ、皐月。……それで、その亀は?」

「漂ってたよっ」

「そうなんだ」

「睦月もっ、乗りたいっ!」

「じゃあ、交代だねっ」

 ひょい、と皐月が亀から飛び降りる。亀はのんびりと睦月を待つ。

「搭乗っ」

 ひょい、と睦月が亀に乗る。亀はそのままのんびりとデスクの間を漂って行った。

「あれ、あのままどこに行くの?」

 如月の問いに皐月は元気に「亀次第っ」

「まあ、そうだろうね」

 睦月が亀に揺られてどこに行くのか。少し興味はあるけど、まあ、いいか。

 オフィスの外へのんびりと向かう亀。そのままどこに行ったかは不明。

「弥生たちもこのあたりにいるのかい?」

「うんっ、みんないるよっ!

 どこかそこらへんでうろうろしてると思う」

「そうなんだ。探してみようかな」

 

「うふふ、こういうのもロマンチックねー」

「水族館、なのかな?」

 如月と窓辺まで歩み寄って呟く。如月が「そんな感じね」と同意。

 窓の向こうにはたくさんの魚が自由に泳ぎ回っている。……潜水艦の艦娘とか、喜びそうだね。

「あ、烏賊だ」「烏賊ね」

 たぶん、私や如月よりも大きそうな烏賊が悠然と窓の向こうを泳いでいる。

「どうしたんだい?」

「うーん、……女の子たちの夜は楽しいのだけど、やっぱり残念ねえ。

 おじさまと一緒がよかったわあ」

 苦笑する如月。まあ、私もその気持ちは解るよ。

「私も司令官と一緒がよかったけどね。……ただ、まあ、仕方がない。

 それとも、私相手にデートは不満かい?」

 にや、と笑うと如月は

「ふまーん。よ」

 おや、それは残念だ。

「ふふ、響と一緒に見て回るのは楽しいわ。だから、一緒に遊びましょう?

 けど、デートはだめ。如月とデートをするのはおじさまだけ、って決めているのよ」

「なるほど、それじゃあ勝てないね」

 仕方ない。

 ひたひた、と水没したオフィスを如月と歩く。机の天板を足場に、……「艦娘なら、水の上を駆けるべきかな?」

 軽く足を延ばす。机の間、通路に張られた水に足をつける。

 故の言葉に如月は首を横に振って、

「せっかくだから御散歩しましょうよ。

 夜は永いのだから、ね」

「まあ、それも、「ぴょーんっ!」…………そうだね」

 デスクの合間を泳ぐイルカの背びれを掴んで、駆け回る卯月がいた。

 彼女はこっちをみる。イルカは方向転換。こちらに来た。

「やっほ、二人とも、楽しんでるっ? ぴょんっ?」

 ぴょんっ、と私と如月の立つデスクに飛び乗る。イルカはのんびりとそこにいる。

 如月が手を伸ばすとイルカは如月の手を鼻先でつつく。くすくすと笑う如月を横目に、

「まあね。そういう卯月は忙しそうだね」

「忙しいぴょんっ!」卯月は何かを引っ張る仕草をして「これから、鯨さんを探すんだっぴょんっ!」

「大きそうねえ。

 外じゃないといないんじゃない?」

 如月が示した先、悠然とジュゴンが泳いで行った。

「じゃあっ、外に行ってみるぴょんっ」

 ぶんっ、と卯月が拳を振り上げる。けど、

「それはだめだよ」

「ちぇーっ、……じゃあ、うーちゃん鯨さん探せないぴょん」

 しゅんとする卯月。まあ、仕方ない。鯨さんは諦めてもらうしかないね。

 

 如月は鯨を探すために窓の方に歩き始め、代わりに卯月が隣を跳ね始める。

「ぴょんぴょんぴょーんっ」

 言葉通り、ぴょんぴょん跳び回る卯月。「転ばないように気をつけてね」

 正直、見てて少しひやひやしてたよ。何せ、投げ出された書類、転がるペン、転ぶ材料には事欠かないね。

 けど、

「いざとなったら飛ぶから大丈夫だっぴょんっ」

 とんっ、と綺麗な着地を決めて笑う卯月。……もっとも、私たち深海棲艦が今更水に落ちたところで問題はないだろうけどね。

「まあ、それならそれでいいよ。

 それにしても卯月、こういうの、君は好きなのかい?」

 賑やかな彼女の事だから、と思ったけど杞憂だったみたいだね。卯月は笑顔で、とんっ、と一回転。

「こういう雰囲気も好きっ、だっぴょん。

 まえねっ、おじさまと一緒にお散歩した時もあんまりお話しはしなかったけど、おじさまと一緒にいられるだけで嬉しかった。居心地がいいなら沈黙も、嫌いじゃないぴょんっ」

 だから、卯月は振り返って、

「弥生の事、大好きだっぴょんっ」

「…………あ、……ごめんなさい。

 弥生には、心に決めた人がいるから」

「け、ケッコンカッコオコトワリっ?」

「え? 本気だったのかい?」

 本気で驚いた。……悄然とした表情の卯月を見て弥生がおろおろし始める。

「あ、あの、……卯月、気持ちは嬉しいんだけど、友達として、ね」

「っていうか、卯月だって心に決めた人がいるんじゃないのかい?」

「うーちゃん、おじさまの事大好きだっぴょんっ!」

 ぱっ、と跳ね上がる卯月。弥生と顔を見合わせて苦笑を交わした。

 

 弥生と卯月と、三人で水没したオフィスを歩く。とりあえず、別の部屋を目指して出入り口に向かって、

「それで、どうだい?

 そっちは、楽しい?」

「うん、……いろいろ、賑やかだから。

 最近はお勉強も始めてから、いろいろ、楽しい」

「むーっ、それでおじさま、文月とか弥生をたくさん構うからうーちゃんつまらないぴょんっ」

「卯月もお勉強するといい。

 弥生たち、おじさまにたくさんお世話になってるから、そのお礼はしないと」

「ぷっぷくぷーっ、うーちゃん難しいのは嫌いだっぴょんっ」

 ぷい、とそっぽを向く卯月。弥生は少し困ったような表情。……さて、ならば先達としての意見を言わなければいけないね。

「卯月、私も弥生に同感だよ。

 それでね、私は司令官の秘書としてお手伝いをしているんだ」

「あ、……先輩さん?」

 弥生の言葉に頷く。……いや、正しいかは解らないけど、ただ、

「いいかい、卯月。

 ちゃんとお仕事ができるようになって、秘書として傍にいられるようになるとね」

「う、うん」

 ずずい、と迫る卯月と弥生。私は重々しく頷いて、

「敬愛する人が頼ってくれる」

「「………………」……ぴょんっ!」

 ……それは必要なのかな?

「そ、それは本当?

 おじさま、弥生の事、頼ってくれる? 弥生、おじさまの力になれる?」

「もちろんなれるさ。

 そうだね。それに、……まあ、おじさんは解らないけど、司令官はお仕事が終わったら一緒に食事とか、一緒に遊んでくれたりもしてくれる。

 つまりね、敬愛する人を独り占めできるんだよ」

 びしっ、と親指を立てる。……あれ? 反応がない。

 外しちゃったかな? と、思ったところで、

「そ、それは素敵過ぎるぴょんっ!

 うーちゃん、明日から本気出すぴょんっ!」

「だめ、だめ、卯月はぴょんぴょんしてるといい。

 おじさまの秘書は弥生がやる」

 …………いいけど、目の前で睨みあわないで欲しい。

 

 引っ張り合いの喧嘩になった卯月と弥生、巻き込まれるのも面倒なので、少し距離をとってデスクに腰を下ろす。

 靴も、靴下も脱いで素足を水につけ、デスクに腰かける。……ほう、と一息。見上げれば暗い天井。窓から差し込む青い輝きのおかげでなにがあるかは見えるけど。

 だから、ぼんやりと無機質な天井を見ている、と。

「やっ、隣いいかい?」

「皐月? ……ああ、菊月、三日月も。

 もちろんいいよ。せっかくの夜なんだ。ずっと一人はもったいない」

「その割には独りでぼんやりしていたな」

 正面に座る菊月が首を傾げる。私は黙って引っ張り合いの喧嘩をしている卯月と弥生を示す。

「二人は、どうしたの?」

 三日月の問いに、先のやりとりをそのまま話す。

 面白おかしく脚色を加えるのもいいけど、脚色を加えなくてもそこそこ面白いからね。

「そんな事があったのか。困ったものだ」

 菊月は苦笑。けど、

「えー、ボクはおじさま独り占め、すっごい憧れるよっ」

 皐月は頬を膨らませて、三日月はこくこく頷く。

「私、……も、おじさまの力になりたい。

 けど、私、ちゃんと出来るかな」

「どうだろうね。

 結構、大変そうだけど」

 私のところ、《波下の都》は艦娘や深海棲艦がほとんど、けど、彼女たちがいる四国はそうはいかないみたいだからね。

「勉強あるのみだ」

「菊月はいいのかい?」

 ふと気になって聞いてみる。菊月は苦笑。

「確かにおじさまと二人きりは憧れる。

 けど、私はおじさまを守れるようになりたい」

 いいきって、ふと、視線を下へ。ぱちゃっ、と水を蹴りたてて、

「…………笑うなら、笑ってもいい。

 力不足は解っている。おじさまに比べたら私は大した事はない。けど、それでも、だ」

「その覚悟、きっとおじさんは喜んでくれるよ」

「そ、そうか?」

 私の言葉に菊月は嬉しそうに顔をあげた。皐月が「僕もおじさまの護衛したいっ」と手をあげる。

「わ、私は、護衛はあんまり、自信ない」

「どちらにしても、おじさんは喜んでくれると思うよ。

 それとも、」

 少し、意地悪く笑う。

「君たちのおじさまは、君たちの真摯なお願いを無碍にするような人かな?」

 あ、人じゃないや。……まあ、いいか。

 意地悪な問いに、三人はむっとした表情で、

「おじさまはそんな事しない」「そうだよっ! おじさま優しいもんっ!」「おじさまを貶めるの、だめ」

「じゃあ、ちゃんという事だね。

 きっと歓迎してくれるさ、そして、その意思を尊重してくれるよ。君たちの大切なおじさんはね」

「んー、なんの話してるのー?」

「響か、来ていたのか」

 むぅ、とむくれる菊月たち。そんな彼女を見ていると後ろから声。

「何、ちょっとしたおはなしだよ。みんなの理想についてね。

 長月、望月もどうだい? 永い夜だ。のんびりと話をしようじゃないか」

「あー、私のんびりするの好き」

「……望月、大体いつものんびりしているじゃないか」

 まあ、そういう娘だからね。……さて、

「長月、望月」

「なんだ?」「なーにー?」

「おじさんの秘書と称して四六時中おじさんと一緒にいるのと、護衛と称して一部の時間べったりなの、どっちがいい?」

 菊月と三日月が盛大に噴き出した。皐月は立ち上がって「ボクは四六時中べったりしながら一緒にお仕事っ!」と、気合を入れて立ち上がった。

「なっ、……だ、だめだっ!

 おじさまをお守りするのは私だっ」

 立ち上がる皐月と、睨みあうように立ちあがる菊月、間に入った三日月がおろおろしている。

「むぅ、……こ、これは難しいが。

 おじさまの、秘書か、…………いや、護衛も悪くないな。……うむむ」

「いや、長月。そんな考え込まなくてもいいと思うのだけど」

 本気で難しい表情を見せる長月。そして、望月はのんびりと手をあげた。

「じゃあ、私はお昼寝担当ー、おじさまと一緒に「一緒に寝るんだね。夜も」」

 のんびりと呟いた望月、彼女に言葉を被せる。ほぼ条件反射で頷いた望月は、……あ、固まった。そして、

「望月、私は、望月の事が嫌いじゃなかった」

「…………い、いや、いやいや、長月、それどういう、ちょっ、落ち着いて」

 じりじりと望月に詰め寄る彼女たち。そして、

 

 あーれー、と声。そして、どぽん、と音が重なった。

 

「…………それは、響が余計な事を言ったからじゃないかなあ?」

「っていうか、睦月の妹たちに喧嘩させないでー」

 苦笑する文月と、頬を膨らませる睦月。とてもとても心外だ。

「落ち着いて睦月。これは必然なんだ」

「なにが~?」

「好きな人を独り占めしたい。

 これは誰もが抱く感情だ。だから、同じ人を好きになった人がいれば、そこに争いが発生するのは当然のこと。私だって大鳳や金剛といつもやりあってる。

 他にも時雨や夕立とかもいるから、気が抜けないんだ」

「…………思ったより殺伐とした職場だね」

「ふ、……ふふ、今でもお昼寝する司令官の布団にもぐりこむ不届きな連中を相手に、私は頑張ってるよ」

「あー、けどあたしその気持ち解るなー

 おじさまと一緒にお昼寝するとぬくぬくして気持ちいいんだよねー」

「睦月もっ」

 おや?

「なんだ、一緒に寝てるんだ?」

 少し意外だな、おじさん。そういうのしっかりしてそうなんだけど。

 問いに、文月は頷いて、

「うんっ、おじさま。たまに眠くなるらしいから、その時太ももに乗せて一緒にお昼寝するのっ!」

「ふわふわだよー

 睦月ねっ、お日様の下でおじさまのお昼寝に付き合ってたら、一緒に寝ちゃったのっ」

「あたしもその気持ち解るなー」

 ほわほわと笑いあう睦月と文月。……まあ、結局。

「こういうのが一番いいんだろうね」

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