深海の都の話 ― 小噺集   作:林屋まつり

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 ちっく、たっく、ちっく、たっく、ちっく、たっく、

 

 虚空に浮かぶ巨大な柱時計の下。目視不可能なほど遠くまで並ぶ巨大な本棚と。そこに詰められた本。

 見上げると、不意に本が零れおちる。落ちた本は滑空して木造の机に積まれた本の上に、ぱさっ、と落ちる。

 その本を手に取るのは、

「こんばんわ、勉強かな?」

「あ、……響さん。こんにちわ」

 海軍大将の吹雪。

「真面目だね」

 私の言葉に吹雪は苦笑。

「えーと、ちょっと前に遊びに来た顕仁さんに、読みが足りないって言われちゃって」

「各地の最有力者くらいしか付き合いがなかったからね。

 僕たちの失策だよ」

 ぱたぱたと、いくつかの本が舞いおりるのを横目に苦笑する時雨。

「長野県との接触は?」

「まだ、あまりないね。

 守屋さんとはいくつか話をしたけど」

 そう。

「あそこはもっと注意した方がいいよ。戸隠山の鬼と飯綱山の天狗と諏訪湖の艦娘、深海棲艦が睨み合いをしているみたいだからね」

「戦争地帯ですか?」

 心底嫌そうな雪風の言葉に、私は首を横に振る。

「いや、その全部を実力でねじ伏せるのが守屋だから。彼の実力と、手腕で平穏を、いや、均衡を維持していたはずだよ」

「だ、そうですよ時雨っ」

「…………雪風、代わってくれないかな?」

「いやですよお。雪風だってやる事あるんですから」

「……はあ、まあ、頑張ってみるよ」

「長野県の艦娘は私達が紹介した娘もいますし、そこから話を聞いていけば大丈夫ですよ。

 はい、どうぞ」

「ああ、ありがと」

 こと、と珈琲。

「いざとなれば私たち、第一航空戦隊が出ます」

 メモ帳に何かを書いていた赤城が顔をあげた。

「再編したんだ?」

「はい、大本営の主力艦隊として、まだ訓練中ですが」

「訓練の成果は上々です。

 ただ、赤城さん。少し高望みすぎです。加賀さんがきつそうでした」

 吹雪の言葉に赤城は苦笑。

「…………あ、あはは」

「流石に、あっちと比べるのは難しいだろうね」

 あっち、と。その先にいるのは加賀。けど、先に話に出た加賀とは別の、だけどね。

 って、

「どうしたんだい加賀? 面白くなさそうだけど」

 翔鶴と瑞鶴を前に眉根を寄せる加賀。対して、翔鶴は苦笑し瑞鶴はげんなりしている。

「いえ、加賀さんから戦い方を聞いていたのですが」

「経験に基づく、実戦的な話をしました。

 なのになにが不満なのか、所詮は五航戦ね」

「何が所詮は、よ、なにがっ!

 っていうか、なんで空母が敵陣に突撃して砲撃戦始めるのよっ!」

「艦載機を飛ばして終わり? それだから、所詮、なのよ。

 艦載機を飛ばし、周囲を護衛させながら突撃、砲撃戦を行う。これが空母の戦いです」

「……それ、どちらかと言えば航空戦艦じゃないのかな?」

「そうですね。誰かが言っていましたね。艦載機を放って突撃だ、と。

 そう、艦載機を放ち、突撃して砲撃で切り崩す。これが空母の戦いです。そうですよね。赤城さん」

「ええ、そうね。

 艦爆が十全に機能するように機銃で空を薙ぎ払い敵機を叩き落とす。大切な事よ」

「…………あの、赤城さん。

 そんな訓練しているから、赤城さんのところで訓練してる加賀さんが錯乱するんだと思います」

 おずおずと吹雪の進言に赤城は首を傾げた。

「流石は一航戦の先輩方です」

 尊敬のまなざしを向ける翔鶴。

「そんな戦い方してどうするのよ?」

「加賀さん相手に私頑張りましたよ」「赤城さんとの戦闘、……今思い出しても気分が高揚します」

「……空母の殴り合いって、なに?」

 ぐったりする瑞鶴、私は彼女の肩を叩いて「臨機応変に、と言う事だよ」

「……まあ、確かにね。必要か? な?」

「で、赤城さん。

 貴女を旗艦とする第一航空戦隊はどう? 私と同じ加賀がいるのなら、脆弱な部隊は認めません」

「上々よ。

 二航戦の子たちも錬度が上がってきているから、空母の姫たちにも後れは取らないわ」

「そう、……いえ、また赤城さんと戦える。それはとても気分が高揚します」

「…………戦うって、一対一で?」

 瑞鶴の問いに加賀と赤城は頷いた。「空母って」と、項垂れる瑞鶴。

 私は彼女の肩を叩く。

「自分のあり方を見失わない事は、大切だよ」

「……そうね、私は、どこかのトンデモ空母とは違うわ」

「その呼称、流石に腹が立ちます」

 

 ちっく、たっく、ちっく、たっく、ちっく、たっく、

 

 喧嘩を始めた瑞鶴と加賀を横目に、私は適当な椅子に腰を下ろす。

「時雨」

「ん? どうしたんだい?」

「真面目だね。と思ってね」

 熱心に本を読む時雨。傍らには本が山と積み重なっている。苦笑。

「先の話を聞いたら特にね。

 情けない話。こういう各勢力の調整とか、不慣れで手探りなところも多いんだ。今は顕仁さんとかの温情に甘えているところも多いけど、いずれ、ちゃんとこなせるようにならないといけないからね」

 勉強あるのみだよ。と時雨は微笑む。

「やっぱり、あの駄目棲艦とは違うね」

 と、その名を出したら途端に渋い表情。

「彼女か、……なんていうか、更生させようと頑張ってるのだけど、だんだんあの怠けはわざとやってるんじゃないか、って思えてきたよ」

「違いない」

 おそらくは、そうだろうね。頷くとさらに時雨は口を尖らせて、

「それなのにいろいろな事を知っている。知識は僕より上だからね。

 本音をいえば腹立たしいよ」

「あれで、先生から随分と教えてもらったらしいからね」

「その真面目さを日常生活でも発揮すればいいと思うだよね。僕は」

「無理じゃないかな? ある意味で一番たちの悪い怠け者だね」

「同感だ」

 お手上げ、と時雨。

「まあ、あの駄目棲艦はともかく、懲りずに遊びに来て欲しいな。

 夕立やひさめも歓迎しているよ」

「そうだね」時雨は微笑、ぽん、と本を叩いて「真面目、なんて言ってもらえたけど、僕もたまには遊びたくなるんだ。だから、あそこはいい、……そうだね。いい遊び場所だよ」

「あの都を喜んでくれる人がいるのは嬉しいな」

 遊び場所、と。その言葉を躊躇した時雨に笑って応じる。もちろん、本音だよ?

 と、

「時間があったら私も遊びに行っていいですか?」

「…………あ、……ああ、大和か」

 こと、と私の前に珈琲をおいてくれたのは、大和だった。……うん、大和だ。

「吹雪さんの秘書を勤めています」

「赤城じゃないんだ」

 少し意外だな、と。翔鶴相手に副砲の使い方を講義する赤城に視線を向ける。

「赤城さんは、大本営の主力としていつでも出撃できるようにして欲しいんです」

 吹雪は苦笑。

「なんか、場違いだなーって思ってますよ。

 そういうのって私たち駆逐艦の仕事じゃないですか」

「同感ですっ! 雪風っ、いろいろうっちゃって出撃したいですっ!」

 がばっ、と立ち上がる雪風。けど、立ちあがった先には掌。

「それが大将のいう事か。

 吹雪も、だ。能力相応の位と仕事が任されるのは当然だ」

「長門、か?」

「ああ、今は雪風の秘書をしている。秘書、と言うよりはお目付け役だな」

「はぅう、……なんで連合艦隊旗艦殿を秘書にしているんですか雪風はあ。

 怒られちゃいますよお」

「はっはっはっ、海軍のNo2の補佐と思えば私は十分だ」

「同感です。そういうわけで吹雪さんも、遠慮しないでください」

「はい」

 くすくすと微笑む大和と、苦笑を返す吹雪。……なんか、不思議な取り合わせだね。ただ、

「大和、……だよね?」

「そうですけど、どうしましたか?」

「いや、なんて言うか、私の知る大和は随分と小さくて」

「は?」

 なに言ってるんだ? と言う視線が私に向けられる。まあ、当然だ。

「深海棲艦になった影響でね、私より小柄になってるんだ。

 私の知る大和はそんな彼女だから、なんていうか、違和感があった」

「深海棲艦になった、……私、ですか」

 胸に手を当てて大和。やっぱり気になるみたいだね。だから、

「どうだい? 雪風、時雨。深海棲艦になった同型艦とあった感想は?」

「はいっ、雪風っ、深海棲艦雪風こと雪姉は大切な友達だと思ってますっ!

 たくさんたくさん遊びたいですっ!」

「…………ふ、ふふ、確かに同じ時雨だけど、あの駄目棲艦と一緒くたに扱われたくないな」

 事情を知る綾波と吹雪は苦笑し、長門は首を傾げ、大和は慄いた。

「す、凄い極端な反応ですね」

「とはいえ、大和。私の知る幼児化大和に会う事は、難しい、と思うよ」

「そうですか? あの、都にいるのではないのですか」

「いや、彼女は南朝の大幹部、楠木正成のところにいるからね」

「そう、ですか」

「まあ、会いたいのなら当人には伝えておくよ。

 たまに遊びに来るからね、彼女も」

「……ちょっと、考える時間が欲しいですね。幼児化。……ううん、あってみたいような」

「と言うわけで長門さんっ、今度、お休みをっ! 雪風に友達と遊ぶためのお時間をーっ!」

 全力で頭を下げる雪風。長門は溜息。

「時雨と仕事を代わってもらうか?」

「嫌だよ。僕だって夕立達と遊びたいんだから」

 雪風の向ける哀願の視線を見もせず切り捨てる時雨。

「遊び場なんですか? そこ」

「中立地帯ですからね。そういう意味では気楽な場所です」

 綾波が本に視線を落として呟く。

 そう、だから。

「いつでも遊びに来るといいよ。私たちは歓迎する。

 大和も、もちろん長門もね」

「と言うか、……そうですね。

 長門さんと大和さんは、今度時雨ちゃんと行ってもらおうかな? 言仁さんに挨拶しておけば何かあったときスムーズだし」

「わかったよ」「雪風がやりますっ!」

 嬉しそうに頷く時雨と、ここぞとばかりに手をあげる雪風。「吹雪、君はいいのかい? 戦艦のお姫様が君に会えなくて自棄酒してひさめが巻き込まれてたけど」

「……ええと、ひさめちゃんには謝っておきます。

 先輩は、…………あの、折を見て」

 ちょっと困ったように吹雪、まあ、仕方ないのかもしれないね。

「ただ、争いはご法度だよ。

 例え誰がいてもね。もし、私たちの都で暴れるのなら、その時は、……まあ、仕方ないね」

「肝に銘じておこう。

 私たちも中立地帯の意味は解っている。そんな事をするつもりはない」

 長門は真面目に頷いた。それならいい。

 

 ちっく、たっく、ちっく、たっく、ちっく、たっく、

 

 本棚に押し込められるようにあった小さな螺旋階段を上る。

 下に吹雪たち。そして、階段の先に小さな机と小さなランプ。その灯りを頼りに熱心に本を読む彼女。

「やあ、満潮」

「ん、……げっ?」

「なにかな、げっ、って」反射的に体で隠した机に視線を向け「勉強するのは悪い事じゃないよ。元帥秘書殿」

「それやめてよ。なんで私があんな馬鹿元帥の秘書なんてやらなきゃならないのよ」

 唇を尖らせる満潮。……けど、そうだね。

「元帥のために美味しい紅茶、かい?」

 満潮の体の下には雑多な本がある。珈琲や紅茶の淹れ方、あとは、お菓子、かな?

「な、わけがないでしょっ! ばっかじゃないのっ! 自分で食べるためのものよっ!」

 立ち上がり、頑張って否定する満潮。……うん?

「レモンの蜂蜜漬け? 健康食品かい?」

「目敏い深海棲艦。……別に、祐樹に勧められて作ってみたら好評だったってだけよ。陸軍の連中に、それでもうちょっと作り方見ておこうって思っただけ」

「祐樹?」

「あの馬鹿元帥の息子よ」

 いたんだ。

「それで頑張って活躍しているみんなのために美味しい健康食品を、か。

 …………いい娘だねえ」

「……いろいろ言いたいけどさ、そんなマジ顔で感心しなくても」

「深海棲艦は自分の願望に忠実なのさ。

 言葉を選んでいうけど、我が侭な連中が多くてね」

「あんたも大差ないんじゃないの?」

「心外だ」

 隠すのも面倒になったのか、満潮は普通に体を起こす。私はそこにあった椅子に腰を下ろす。

 満潮も椅子に腰をおろして、そっぽを向いて、

「確かに、吹雪とかは秘書とか言うけど、別にそういう事してないもの。

 あの馬鹿元帥もいらなさそうだし、だから、そういうんじゃないわよ」

「いらない?」

「秘書希望者って、まあ、いなくもないんだけどね」

「そうなのかい?」

 問いに、満潮は肩をすくめて「陸軍にいる霧島とか、前に解体されかかった艦娘引き取ってたのよ。あの馬鹿元帥。それで、落ち着いた娘とかがね。あとは、……まあ、あと、私はよく知らないけど、仕事の駄目さ加減を見てられなくなった一部の連中とか」

「その一部の連中の一人じゃないのかい? 満潮。

 いや、両方かな?」

「…………っさいなあ」

 図星か。

「ま、私は別に秘書なんてしてないって事。

 暇な時に遊びに行ってるだけよ」

「そう、そのついでに、」私は、とん、と軽食の作り方が書かれている本を指で叩いて「差し入れ?」

「…………そ、そういう事よ」

 じと、と満潮を見る。満潮は視線を逸らす。……………………「まあ、世話になってるんだし、ね」

「感謝の気持ちなら素直に言えばいいのに」

「……うっさいっての」

 ったく、と満潮は椅子の背もたれに背を預ける。私は机の上に現れたカクテルを一口。「飲むかい?」

「ばっかじゃないの? 本読みながら酒飲むわけないでしょ?」

「それは残念だ」

 こと、と。彼女の前にココアをおく。「珈琲の方が好み?」

「こっちでいいわ」

「そ、ならよかった」

 こく、と一口。ほう、と満潮は深く一息。

「………………居場所」

「ん?」

「解体されるだけだった私に居場所用意してくれたのよ。

 そのお礼くらいは、したい」

 満潮は弱々しい微笑。机にある本を軽くたたいて「こんな事しかできないけどね、情けない事に」

「君は吹雪たちとは違うさ。

 出来る事で恩を返せばいい。それで相手が喜んでくれるのなら、それでいいと思うよ」

「あんたに諭されるとは思わなかった」

 しんみりと頷く満潮。そう、小さく、応じる。

「私も似たようなものだったからね」

「ん?」

「お世話になった人に感謝をするのはいい事だよ。

 私も、拾ってもらった恩を返したくていつも司令官と一緒にいるしね」

「………………あんたさ、下心ない?」

「心外だね」

 溜息。

「ま、それもそうよね」

 満潮はココアを一口。

「それで、満潮が一番感謝をしていて、一番世話を焼いているのは、誰なのかな?」

 言葉と同時に私は重心を後ろへ。倒れる。

 倒れた、その眼前を満潮が噴き出したココアが通過した。

 

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