深海の都の話 ― 小噺集   作:林屋まつり

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 踊れ。

 夜、鬱蒼と茂る森の中。
 しん、と光の亡い夜の中。
 しん、と命の亡い森の中。

 踊る音がする。
 朽ち果てた、ぼろぼろの寺院を舞台に、一人の少女が踊る。
 闇に沈む金色の髪、闇に溶ける黒の服、
 少女特有の白い、柔らかな肌を闇に落として、彼女は踊る。
 彼女、……駆逐艦、陽炎型十八番艦、舞風。
 彼女は漆黒の森の中、森に呑まれた寺院の中を一人、踊る。
 表情は見えない、顔には白式尉の面。
 だから、彼女が何を思って踊るのかは分からない。

 笛の音が聞こえた。

 音の亡い森に響く笛の音。舞風の反応は、ない。
 ただ、彼女は変わらず踊る。

「そう、神は踊るものだよ」

 死の国で、神が踊る。
 死の国に眠る、浄土の船を呼ぶために、……《がらくた》の威をここに届けるために、
 舞いは神への奉納。応じるは神の威。それを持って、一つの天寿国を形にする。
 そのために、舞風は踊る。笛を吹く聖徳太子は笑う。

「・・・神」



隠野詣
一話


 

「…………なんか、不思議な感じー」

 思わずもれた鈴谷の言葉に、その相手はけらけらと笑う。

「ま、仕方ないですよ。

 雪風も実はまだ慣れていません」

 ひらひらと手を振って応じるのは雪風、それも、ただの艦娘じゃない。

 なんてったって海軍大将の一人。ちょっと前から艦娘もなれるようになったらしい。階級とかあんまり興味ないけど。

 まあ、それはともかく、

「それで、……えーと、熊野、ね?」

 鈴谷の問いに雪風は頷いて「あ、熊野さんではありませんよ?」

「わかってますわよ」

 熊野、と言われて微妙な表情をした熊野。紛らわし。と言うのも、

「それで、熊野、地方? の様子を見てきて欲しい、って事?」

 鈴谷の言葉に雪風は頷いた。

 

 深海棲艦のいろは型は滅んだ。……正確にはまだ発生しているらしいけど、それも一月に駆逐艦級の深海棲艦が一つ、と言う程度。

 当たり前だけど、その程度なら簡単にどうにでもなる。艦娘が戦わなくちゃいけない理由はない。……んだけど、そうは問屋が卸してくれなかった。

「南朝ねえ」

「結構いろいろやっているみたいだよね。

 なんか、大将の変な歌を流したとか」

「あー」

 鈴谷たち大本営にとって、目下最大の敵は南朝、っていう人たち。関西地方、特に大阪を拠点としていろいろ騒動を起こしている。割とどうでもいい事とか、比較的大事とか、その他諸々。

 で、その混乱を治めるのが鈴谷たちの仕事、で、雪風からの依頼はその一環。

 同僚の瑞鳳は首を傾げ、

「それで、その南朝が熊野に、……熊野地方にいる、って事?」

「らしいよー」

「それ、なんで私達が監視しなくちゃならないの?」

 困ったように首を傾げる瑞鳳。なんでも、

「えーと? 相談役? 顧問っていうのかな。

 まあ、道真先生っていう人が言ってたんだって、熊野地方にはなんか、面倒なのがあるんだってさ。……鈴谷詳しく知らないけど、ほら、……熊野水軍、だっけ?」

「ふーん? ま、解ったわ。

 それで、熊野はなにしてるの?」

 瑞鳳の問いに「一応、航路確認してる」と応じる。それで、鈴谷たちのやる事は、

「まず、香川県? にいる顕仁って人から熊野に関する情報を得てくるようにだってさ」

「情報か。……ま、なんだかよく解らないけど、……必要な事、ね?」

「まー、なにがなんだかよく解らないしねー」

 熊野、か。……どんなところなんだろ?

 国土の一部、なんて言っても当然鈴谷も瑞鳳も行った事がない。今までずっと深海棲艦と戦ってばかりだったから、行くような機会なかったし。

 ちなみに、熊野も知らないとか。……ま、熊野が作られたのは神戸、名前が繋がってるだけだしね。仕方ないっしょ。

「確か、山の中だったような。……なにかある、んだよね?」

「南朝が目をつけてるわけだしね。何もないなんて事はないっしょ? …………多分」

 多分、だって南朝、たまにわけわかんない事するし、吹雪大将の変な鼻歌流したりとか。

「ま、それも行けば分かる、……わね」

「香川県ですわね。準備ができましたわ」

 お、

「思ったより早かったじゃん」

 ひょい、と顔を出した熊野。対して彼女は呆れたように、

「もう深海棲艦は出ませんわ。

 燃料だけで十分ですわ」

「ああ、それもそっか」

「艦載機は持って行った方がいい?」

 瑞鳳の問いに熊野は頷いて「紀伊水道通りますので、その辺りの索敵は密にお願いしますわ。四国に上陸すればいいのですけど」

「了解。……けど、それって索敵対象って大体艦娘よね。……なんか、不思議」

「嫌?」

 一応、聞いてみる。場合によっては艦娘と相対しなくちゃいけないわけだし。

 鈴谷は、まあ、仕方ないって思ってるけどね。

「嫌じゃないわ。ここに所属するって決めた時に割り切ったし。

 ただ、………………まあ、不思議だなって」

「それもそうだけどね。

 ま、鈴谷たちのも交戦命令じゃないし、早めに見つけてさっさと逃げればいいでしょ?」

「もちろん、向こうが追撃したら、交戦もやむなし、ですわね」

 ふふん、と胸を張る熊野。……まあ、そういうわけだから。

「やっぱ、今まで通りの準備、必要じゃん」

 

 と、いうわけで、

 今までと大差ない準備をして、鈴谷たちは香川県へ。

 っていうか、

「情報ないって、どういう事なの?」

「さあ?」

 熊野は首を傾げた。そう、情報がない。

 鈴谷たち艦娘にとって、山に囲まれた熊野地方には縁がない。当然、行った事もない。

 ……けど、それは驚いた事に人も大差ない。深海棲艦が発生して、流通が途絶えて、経済が混乱して、……と、そんな状況じゃあ熊野地方みたいな、こういっちゃあなんだけど交通の便が悪い場所は真っ先に人がいなくなるよね。

 だから、すでにそこには人がいない。そうなれば情報も何もなし、……ほんと、南朝はなんでそんなとこに目をつけたんだろ?

「ま、雪風が嘘つくとは思えないし、……ないものはないんでしょ」

「その、顕仁、と言う方は教えていただけますの?」

 熊野の問い、確か、

「雪風大将曰く、怒らせると消されるけどいい、…………いい、なにからしいよ」

「……不安にしかならないんだけど」

 頬をひきつらせた瑞鳳には大体同感。

「っと、そろそろ紀伊水道ね。

 索敵始めるわ」

「南朝には空母の姫たちもいるらしいですわ。要注意してくださいな」

「もちろん」

「空母の姫たちに襲われたら全力で逃げないと、……っていうか、香川県まで行かなくてもいいんじゃない?」

 視線を巡らせる。すでに四国は見えるし、……ええと、徳島県、だったかな? あれは。

 問い、で、聞いてみた。

『いえ、ちゃんと香川県まで行ってくださいよ。向こう様の指定ですから。

 今回、飛び込み気味なんです。後で雪風がお土産持って行かないといけないんで、楽する為に機嫌損ねるような事しないでくださいよお』

「…………はいはい」

 ま、そういうわけじゃあしゃーない。大将のは大将なりの苦労があるんでしょ。

「大将がそこまでご機嫌を気にするなんて相当ですわね。

 顕仁、でしたっけ? どんな人ですの? なんか、物騒な事を聞かされたのですけど」

『無礼ではなく、卑屈ではなく、……そうですね。礼節を意識して接してください』

「うげ、鈴谷、そういうの苦手なんだけど」

 礼儀正しくとか、ちょー苦手。

『……まあ、鈴谷さんは静かにしてた方がいいかもしれませんね』

「ぐっ」

 ちょー苦手、……って、自覚あるけどそれ言われるとなんかへこむ。こら、熊野、瑞鳳、笑うな。

 ともかく、出来るだけ和歌山や大阪には近寄りたくない、四国沿いに紀伊水道を抜けて、「…………と、あれが自動車道ね、あの下行きますわよ」

「「了解」」

 

 指定された場所は高松市にある基地。

 そこで、

「ぱんぱかぱーんっ! ようこそ四国へーっ!」

 盛大なお出迎え。……いや、二人だけど。

「艦娘?」

 両手をあげて歓迎の意を表明する愛宕、それと、

「ええ、そうですわ」

 燃料とかを持ってきてくれた高雄は頷く。「ありがと」と受け取って補給補給。

「二人は南朝、じゃないのよね?」

 瑞鳳の問い、悲しいかな。深海棲艦がいなくなって、国がばらばらになった今、同じ艦娘なんて言っても決して仲間とは限らない。

 ま、仕方ないけどね。艦娘だっていろいろだし。

「違いますわ。

 私と愛宕は顕仁様に仕えているのよ」

「ま、やってる事はこの基地の整備とかだけどね」

 生真面目に応じる高雄に小さく笑って愛宕。「大切な事よ」と、少しむくれる高雄。

「大切?」

「貴女達のところの大将を出迎えたりしてますからね」

「ああ、なるほど」

 一応、要人。…………といっても、実はそれがどの程度のものかよく解らない。っていうか、あまり実感がわかない。

 なんて言っても大将は駆逐艦の艦娘、吹雪と綾波と時雨と雪風。

 組織はちゃんと回ってるから相応の能力は持ってるんだろうし、艦娘としてもとんでもない実力者らしい、けどね。

「補給は終わった? じゃあ、行くわよ」

 高雄の言葉に、鈴谷たちは頷いた。そして、外へ。「車?」

「ええ、言ったでしょ。要人も来ると、顕仁様への案内も私達の役割ですわ」

 運転席に座りながら高雄。鈴谷たちは愛宕に案内されるまま後部座席へ、そして、愛宕が助手席。

「その、顕仁、の事聞いていい?

 雪風に聞いたんだけど、なんかよく解らないのよね」

「そうねえ、……厳しくて優しい御方よ。

 素敵なお方、もうちょっと甘えてくれると嬉しいんだけどお」

「愛宕」

 少し艶っぽく微笑む愛宕に、高雄は咎めるような視線。けど、厳しいのか、やだなあ。

「信頼に足る人ですわ。

 今はあの基地の管理や、艦娘との相対を任されていて、出撃する事はありません。けど、顕仁様の命なら喜んで、この命をかけますわ」

「お、……おお」

 その言葉、と言うよりは微かに頬を染めた高雄の表情が気になる。

「ま、大丈夫大丈夫。では、よーそろー」

 ひらひらと笑顔を見せる愛宕。……けど、ま、

「危険は、ない、かな」

 少なくとも、愛宕と高雄はその、顕仁に悪い感情を持っているようには見えないからね。

 

 案内されたのは、……料亭? まあ、そんなところ。

「三人は、食事は?」

 高雄は振り返り問う。食事、もちろん、海の上でとれるわけないし。

「いえ、まだですわ。……それにしても、こういうところは緊張しますわね」

 少し、ぎこちない苦笑を浮かべる熊野。けど、そんなものかな。

「食事出るの?」

 で、妙にきらきらな瑞鳳。

「出るわよー、顕仁様、しっぶい表情だったけど一応客だってねー

 いいお方よねー」

「…………聞こえている。余計な事は言うな馬鹿者」

 障子の向こうから、そんな声がした。

 

「……濃いっ?」

「第一声はそれか? 挨拶くらいせぬか」

 くつくつと、笑ってるのは、……なぜか、鳥。

 鳥? え? なんで鳥?

「鈴谷っ!」

「はっ?」

 熊野の声で我に返る。そうだ、気をつけないと、消されるっ!

「顕仁様、お客様をお連れしました」「ただいまー」

 丁寧に頭を下げる高雄。笑顔で手を振る愛宕。その先にいるのは、……なぜか、翼の生えた弥生の太ももの上に鎮座する鳶。

「うむ、御苦労。

 二人も食事にするとよい」鳶はにや、と鈴谷たちを見て「面倒な話かもしれぬ。隣は開けている、そこで休むがよい」

「え?」

 あ、高雄の動きが止まった。

「私はあ、顕仁様とご一緒したいなあ?

 出来れば弥生ちゃんの代わりに」

「だめ」

 鳶を撫でながらきっぱりと応じる弥生。愛宕と、鳶は苦笑。仕方ないな、って感じ。

 と、

「おおう、艦娘の方ですかあ。

 いやいや、相変わらず別嬪さんですなあ」

 かっかっかっ、と笑ってるのはこの部屋にいるもう一人、でっぷりとしたおじさん。

「このような美しい女性が訪ねてくるとは、院も羨ましい限りですなあ」

「黙るがよい太三郎。

 雪風から聞いている。相変わらずあの小娘はいきなり相談事を押し付ける。少しは根回しと言う事を教えてやれ」

「はあ」

 と、言われてもねえ。ともかく、

「えーと。

 雪風大将からの紹介で来ました。瑞鳳、熊野、鈴谷です」

 瑞鳳の紹介に熊野と頭を下げる。鳶は顔をあげて、

「顕仁だ。弥生や、高雄と愛宕はよいな。

 それとこちらは太三郎だ」

 太三郎、と示されたでっぷりとした男性。彼は軽く一礼して、ふむ、と。

「な、なに?」

 なぜか、真面目な表情で鈴谷を見て、熊野を見て、瑞鳳を見て、首を傾げて、弥生を見て、一つ頷いて、

 ぽんっ、と。

「「「へ?」」」

 いつの間にか、そこにいたのはでっぷりとした男性から、小太りの、脂っぽい禿げた中年。

 え? な、なに今の? 手品?

「……太三郎さん、何ですかそれ?」

 胡散臭そうな弥生の言葉に、中年男性は胸を張って「年頃の娘さんは、こういう姿が好みと聞きましてなあ」

「なわけないでしょ」

 半眼の瑞鳳。「そんなわけがあるか馬鹿者、と言って差し上げますわ」と、高雄。うん、鈴谷としてもそれはない。

「ささ、お囃子なさい。八百八」

 不意に、そんな声。ぎょっとする太三郎さんの周りに、たくさんの、青白い炎。それが、小さな動物をかたどって、ぽんっ、とその動物がお腹を叩く。つぶされた中年男性。そして、その姿が大きな動物に、…………なんぞこれ?

 あまりにも理解不能な急展開に固まる鈴谷たち。障子が開く。

「お目汚しを、失礼しました。大本営からのお客様」

 楚々と微笑む小柄な女の子。そして、太三郎、さん? のいたところにいる大きな動物はたくさんの小さな動物に引っ張り出されている。……ちょっと可愛いかも。

「ああ、この子たちですか?」

 ぱんっ、とその女性が軽く手を叩くと、ふわり、鈴谷の前に舞う動物。

「知らぬか? 狸だ。

 して、刑部、何用か?」

「いえ、大本営からお客様がいらしていると言う事で、ご挨拶を、と」

 彼女は楚々と微笑んで、

「団三郎と懇意にしているとか、……とても、無視はできません」

 団三郎? 誰それ?

「時雨ではない。雪風の依頼だ。あやつらとは関係ない。

 余計な茶々入れをするなよ、刑部」

「そうですか。それは失礼を」

 少し剣呑な雰囲気の鳶と、……えと、狸?

「……なんですの、これ?」

 ぽつり、熊野が鈴谷たちが考えている事を代表して呟いた。

 

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