「驚いた? 彼女、刑部も狸なのよ」
「どうもー」
ひらひらと手を振る女の子、……ええと、刑部、さん?
「お、驚いたっていうか? 狸って、……あれ、よね?」
瑞鳳が示す先には伸びた大きな狸。太三郎さん。……も、そういえば形が変わったような。
「化け狸、だ。
ここ以外では珍しかろう? 守屋がいるところは、……狸はいないか。あそこは鬼や天狗ばかりであろうからな」
「珍しい、っていうか、初めて見た。四国って化け狸とかいるんだあ」
「あと、……天狗とか、変な鳥とか、……よく解らないけど、変なのがたくさん、います」
……まあ、鈴谷としては羽が生えてる弥生も相当不思議だけどね。
けど、知ってる。弥生は艦娘じゃない。雪風から聞いてる。
深海棲艦。轟沈した艦娘が、死にきれず妖精さんの力で造り直された存在。
造り直された時、その時胸に抱いていた未練、願いによって形が変わるらしい。……背中の翼は、たぶん、それ。
鳶、……もとい、顕仁さんはふと、瑞鳳に視線を向けて、
「興味があるか? よい、急ぎでなければ宿を手配しておこう。
今夜はゆるりと見て回るがよい」
「ほんとっ?」
「あ、鈴谷も興味あるっ」
狸とか、……よく解らないけど見れるならみておきたいっ!
「ええと、一応、確認していみますわ」
勝手に事を進めるな、とか、そんな事言いそうな熊野。
「ではさっさとするがよい。宿がいっぱいになっては手遅れだからな」
くつくつと笑って顕仁さん。熊野は頷き、
「相変わらず、艦娘には甘いのですね。院。
私達狸にもそう接して欲しいものですが?」
「ふんっ、貴様ら古狸は甘やかすとつけ上がる。厳しいくらいでちょうどよい」
「あら、残念」
「弥生達は、もっとおじさまに甘えて欲しい、です。
たくさんお世話になってるから、なにか、恩返ししたい」
「…………十分に返されているがな。
まあ、よい」
応じて顔を弥生に寄せる。弥生は嬉しそうに撫でる。…………微笑ましいんだけど、愛宕と高雄の心底うらやましそうな表情がなあ。
「あ、……ええと、顕仁、さん?」
「それでよい」
少しうかがうような視線の熊野に頷く顕仁さん。ほう、と一息。
「ええと、上から許可は出ましたわ。
今夜はお世話になります」
「ふむ、……では、高雄、愛宕、三人の案内を頼む」
「私がしてもいいですよ?」
おっとりと微笑む刑部さん。応じるのは苦笑。
「馬鹿者、異郷の地ならば、せめて同じ艦娘が傍にいた方が安心できるであろう。
ここはそやつらがいる本州とは異なるからな」
「…………その気遣い、艦娘や深海棲艦以外にもいただきたいものですねえ」
よよよ、と泣き崩れる刑部さん。
「その泣きまねが信用できぬのだ。馬鹿者。
二人はよいか?」
「拝命しました」「うふふ、了解しました」
謹直に応じる高雄と、頷く愛宕。ほう、と。
「ん?」
安心したように一息つく弥生。顕仁さんは気になったのか彼女に視線を向ける。弥生は頷く。
「今夜、おじさまと一緒にお風呂って思ってたから、よかった」
がたっ!
「…………不要だ。だから座れ」
血相を変えて立ち上がった高雄と愛宕はしずしずと腰を下ろした。
と、いうわけで、本題。
「熊野、…………ん? 確か、そなたの名も熊野だったか?」
「ええ、そうですわ。
その、紛らわしくて申し訳ありませんが」
「よいよい、名は大切なものだ。………………ふむ? まあ、よいか。
ならば、地名の名は隠野とでもしようか」
「こもりの?」
顕仁さんの言葉に繰り返す熊野。「熊野地方の古い名だ」と、顕仁さん。
「そこの話だな。……さて、なにを話そうか?
というか、なにを聞きに来たのだ?」
「あれ? 雪風はなにも言ってないの?」
首を傾げる瑞鳳。顕仁さんは溜息。「聞いていない」
「確か、鈴谷さんたちが行くから相談に乗ってください、って言われただけ、だったと思う」
弥生が首を傾げて応じ。鈴谷、肩を落とす。それでいいのか大将?
「ええと、南朝が手を出してきそうだから、監視しておけって、道真っていう人が言ってたらしい」
「…………小童か。あの河童も面倒な事を言う。……だが、隠野、か」
一度、首を傾げて、
「そうだな、……信仰史については長くなるが、あそこには熊野水軍、と言う者たちがいた。あとは、……よく知らんが、雑賀衆、だったか。
その手の武装集団がいた場所だ。すでに人はいないはずだが、そもそもあそこは古来より誰かが居続けた場所だ。あるいはその残党が山の中に残っているやもしれぬ。
あの小童ならば面白そうだから、と言う程度の理由で手札に加えるかもしれぬな」
「熊野水軍、……雑賀衆、か」
「水軍?」
「随分古い話だ。そなたら艦娘、どころか元となった軍艦さえ存在しないほどな。
ふむ、……ううむ? 木造船? で通じるか?」
「木で出来た船?」
「それでよい。それが主力だ。……まあ、千年ほど前の話だがな」
「なにそれ、楽勝じゃん」
誇張、とかそういうのじゃない。鋼鉄で武装し、砲や艦載機を持つ鈴谷たちが、木でできた船に劣るとは思えないし。
「言ったであろう? 千年近く前の話だ、と。
最先端の兵器であるそなたらと比較する方がどうかしている。雑賀衆の方はよく知らぬが、まあ、こちらも五百年近く昔の話だ。人の、武装集団でやはり個人携行できる銃火器が主力でな、艦娘が相手では傷一つつけられまい」
「まあ、人が持てる程度じゃあねえ」
個人が持てる銃火器で艦娘の装甲を撃ち抜けるのは、陸軍が作った《戈》の直撃がせいぜいだし。
「そなたら大本営を相手に戦えるとは思えぬ。
が、隠野を信仰史の方から語ると、一日語り明かしても足りぬ。それ以上はそなたらが直接調べる事であるな。
隠野は死の国、命の国。生死が重なった場所故な、時間が許されるのなら慎重に調べて行くがよい」
一息。
「まずは海側から、熊野水軍の事を念頭に置き見て回るがよい。内陸、特に、絶対に森には近寄るな。
それで何事もなければ、沿岸に拠点を設けて少しずつ森を見て行くのが適当であろうな。そなたらの方針は知らぬが、深入りは避けよ。深入りするのならば時間をかけてでも地盤を固めてからだ。
あそこは、なにが出るかわからぬ故な。言うまでもないが、夜は近付くな、森に、……いや、隠野に近寄るのも日が高いうちだけにせよ」
「えーと、武力としては大した事なさそうだけど、なんか危ない事があるかもしれない、って事?」
まとめるとそういう事だよね? 鈴谷の問いに顕仁さんは頷いた。
『時間をかけた方がいい、ですか』
雪風に顕仁さんとの話を報告。ふむ、と彼女は頷いて、
『了解しました。
ちょっと他の心当たりを当たってみます。鈴谷さんたちはしばらく四国に滞在してください。宿代は、こちらに領収書をお願いします。
顕仁さんが警戒するのなら相当だと思います。鈴谷さんたちは顕仁さんの話した方針に沿って行動してください。必要なら増員の要請をしてください。陸軍にも声をかけます』
「了解っ」
と応じて通信を切る。
「終わったか?」
弥生に撫でられる顕仁さん。
「うん、しばらくお世話になりそう。
雪風たちももうちょっと相談の手を広げてみるって、とりあえず鈴谷たちで海から観察してみる」
「それがよかろう。
どちらにせよ人手は多いに越した事はない」
頷く顕仁さん。「協力とかしてくれる?」
瑞鳳が首を傾げた。
「……………………いや、……いや、それは出来ぬな。
なにもないとは思うが、隠野は十分に警戒に値する」
顕仁さんは弥生、愛宕、高雄、と視線を滑らせて、
「私は、私の大切な家族を喪うつもりはない。
きな臭い事に関わらせるつもりもな。ゆえに、そなたらの問題はそなたらで解決せよ。知らぬ者ではないから助言程度はするがな」
…………おお。
大切な家族、と言われて嬉しそうにする愛宕と、顔を赤くする高雄。……ううむ?
顕仁さんは一つ頷いて、
「今のところ、話しておくのはこの程度でよかろう?
あとはなにか見聞きしたら、その補足程度はしてやろう。高雄、愛宕、窓口を頼む。なにかあれば相談に乗ってやれ」
「はい、顕仁様」「了解ですっ」
「…………はあ、やっぱり院、艦娘相手にはお優しいですねえ。
差別ですぅ。狸は悲しいですよお」
むん、と胸を張る二人の傍ら、泣き崩れる刑部さん。
「だから、その胡散臭い泣きまねをやめよ。
第一、百年と存在しない小娘と、千年近く存在するそなたを同列に扱うか馬鹿者」
せ、千年?
「け、桁が違いますわね」
もはや隠す様子もない胡散臭い泣きまねの刑部さん。…………四国か。
「ねえ、熊野」
「なんですの?」
「鈴谷たち、結構とんでもないところに来ちゃった?」
「…………なにをいまさら、ですわ」
だよねー
ぱたぱたと赤毛の女の子が走り回ってる。染めたとしか思えない見事な赤毛、けど、染めているとは思えない自然な色。
高雄曰く、赤しゃぐま、と言うらしい。
「なんでそんなのがいるの?」
っていうか、鈴谷の知る四国はもっと人が多かったような?
「元より、顕仁様はこの地で隠然とした影響力を持っていましたが、例の、《呪詛の御社》以降の混乱で表に出て見事に治め、それまで表に出なかった人ではない者たち、も、表に出るようになったのよ」
「それ、結構大変だったんじゃない?」
瑞鳳の問いに、高雄は苦笑して「元々、私たち艦娘の存在もあったのだし、受け入れは、顕仁様曰く、思ったよりスムーズに言ったらしいですわ」
「実際は大混乱だったんだけどねえ。で、その混乱を治めて代表として立っているのが顕仁様ってわけよ。
うふふ、お優しくて優秀で、素敵な方ね」
おっとりと微笑む愛宕。けど、「鳶だよね?」
「たまーに人の姿になるのよ。あんまりお好きではないようだけど」
「あ、そうなんだ。…………狸?」
「違います。魔縁です。
それがどのような存在なのかは、よく知りませんが」
「そうなんだ」
なんか、いろいろいるんだなあ。ここ。……本州でも同じなのかな?
今度、雪風にでも聞いてみよ。
と、そんな話をしながら、足元をちょろちょろ走り回る狸やら、談笑する人、そして、なにか買い食いする、赤しゃぐまを横目に旅館に到着。…………え?
「ここ?」
「そう、みたいですわ」
高雄もきょとんとした表情。愛宕も目を見開く。そして、鈴谷たちの感想。
「うわ、ご、豪華」
瑞鳳の言葉通り。……うん、すっごい豪華な旅館。ほんとこれ?
「素敵ですわ。……これなら、エステも」
「ありそうだよね」
ともかく、受付へ。「「「「いらっしゃいませー」」」」と、仲居さんから声が掛けられて、受付へ。
「ようこそ、高雄様、愛宕様。
そして、顕仁様のお客様ですね。歓迎します。三人部屋と二人部屋を用意させていただいていますので、こちらへどうぞ」
女将さん? ともかく、そんな女性が微笑み歓迎してくれ、案内してくれるらしくこちらへ。……凄い、話が通っているからって、顔パス。
「二人部屋?」
「ええ、高雄様と愛宕様も、顕仁様より、いい機会だから休むようにと言伝を賜っております」
くす、と女将さんは悪戯っぽく笑って、
「どうぞ、遠慮などと言う理由で私たちに顕仁様からのお言葉を蔑にする選択をさせない事を、お願いします」
「「はい」」
二人は困ったような笑顔で頷き、「こちらです」と歩きだす。
「ほんと、いいんですの?
こんな高そうなところ」
「鈴谷もびっくり。こんないいところ初めて見た」
基本、寝泊まりは基地だったしね。
「もちろん、艦娘の皆さまは私たちの平穏を、命をかけて護り抜いた英雄です。
この程度の事は当然です。……ふふ、顕仁様からの指定がなくても、ご案内する部屋は変わりませんよ」
「お、期待しちゃっていい?」
「当旅館自慢の部屋です」
女将さんは自信に満ちた笑み、これは、期待できるっ!
「え、エステはありますのっ?」
「もちろん、指圧によるマッサージをさせていただきます。
露天風呂の近くにありますので、是非いらしてください」
「ほ、ほんとですのっ!」
きらきらな熊野。けど、「お金、ないんだけど」
元々話聞くだけだったつもりだし。宿代は雪風が手配してくれると思うけど、流石にエステはねえ。
「ふふ、もちろん、お代は結構。それくらいはサービスさせてください」
ぱああっ、と、きらきらな熊野。……いいんだ。
ともかくエレベータに乗って最上階へ。
「では、皆さま、ごゆるりとお過ごしください」
で、部屋を開ければ、当然。
「「「おおおっ!」」」
なにこの部屋、……豪華すぎるっ!
「うわー、私、こんな部屋初めて見た」
「す、素敵ですわ。こんなところに宿泊出来るなんて」
いいのかなあ? まあ、いっか。
もちろん、鈴谷たちだって遊びできたわけじゃないし、高級旅館で豪遊する為に来たわけでもない。……したいけど。
ともかく、夕食までの間。女の子三人部屋をうろうろして歓声あげたり窓から見える風景に見入ったりして、
「それで、今後の方針ね。
まあ、曖昧なところが多すぎてどうしたものか、って感じだけど」
「雪風ももっと簡単に片付くか、本当に偵察だけのつもりだったんだろうね。
けど、思ったより大変そうだった。じゃないかな?」
と、いうわけで今後の作戦会議。…………と言ってもね。
「そうですわね。……南朝の出方が気になりますけど、上陸さえ警戒が必要っていう感じですわ。
なにがいるか解りませんし、しばらくは、……可能なら最初に来た基地か、徳島県辺りに拠点を設けて、海上から観察、問題ないと判断したら、……まあ、それでも一度戻って雪風に報告して、改めて上陸、ですわね」
「それがいいっしょ。
拠点は、高雄か愛宕に相談するとして、必要な資材は後で届けてもらおう」
幸いにも、元々出来る限りの準備をして出発、なにもなかったから弾薬とかは使ってない。燃料も補給したから状況は万全。
だから、
「それじゃあ、まとめ」
ぱんっ、と瑞鳳が一度手を叩いて、
「明日、一日は海上から観察。海の状況とか、海岸とか、情報は片っ端から集めてね。状況を確認。
安全が確認できたら、報告をして明後日上陸。海岸付近を見て回って、海沿いで拠点に出来そうな場所を探して、あとは、……まあ、本格的な探索になりそうだから、それ以降は雪風の指示待ちね。
なにかあったら雪風と、あと、顕仁さんに相談、って感じ?」
「それでいいっしょ」「それがいいですわ」
鈴谷と熊野の同意を聞いて、瑞鳳は頷いた。