深海の都の話 ― 小噺集   作:林屋まつり

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四話

 

「あはははははっ、馬鹿めと言って差し上げますわっ!」

「誰に?」

 ぐてんぐてんになった高雄。愛宕はなれたものらしいひらひらと手を振って部屋を引っ張って行く。

「な、なんか、凄かったですわね」

「いろいろため込んでるんだよ。そっとしてあげよう」

「…………それがいいですわね。

 それと、鈴谷。目が死んでますわよ?」

「あはははははははははははははははは」

 酔っ払いに散々馬鹿呼ばわりされて絡まれた。目だって死ぬわよ。

 さて、それはいいとして、アルコールに弱い自覚がある熊野は飲まなかった。このあたり高雄よりちゃんとしてるから鈴谷ありがたい。

 で、こっちも一人。

「うーん、……うー、うみゅう」

 もにもにと熊野の腕の中で瞼を撫でる瑞鳳。こっちもいい具合にぐてんぐてん。

 まあ、高雄ほど弾けてないから楽でいいけどね。軽いし。

「うー、きゅまのー」

 姫様だっこする熊野に抱きついて抱きしめる瑞鳳。

「きゅ? まあ、いいですわ」

「えへへー、ありがとー

 優しい熊野らいしゅきー」

「はいはい、どういたしまして」

 熊野に姫様だっこされて幸せそうな瑞鳳。酔っ払うと幼児退行始める我が友人。

 部屋に入って、布団に瑞鳳を寝かせようにする。けど、瑞鳳は熊野に抱きついて離れない。

「えーと、瑞鳳?」

「やー」

「ほら、瑞鳳っ! 離れなさいっ!」

「えー、くまのー、ずいほーと一緒に寝てくれりゅ?」

「はいはい、寝てあげますわよ。

 だから、瑞鳳ももう寝ましょうね」

「えへへー、うん、……一緒に寝りゅー」

 にへら、と緩み切った瑞鳳を寝かせて、その隣に熊野。

「なんか、こういうところは子供っぽいですわよね。ほんと」

 うにー、と。変な声を立てて瑞鳳が目を閉じる。けど、「子供っぽいねえ」

「何ですの?」

「べっつにー?」

「…………仕方ない、じゃないですの。

 わたくしだって、好きで見ているわけではありませんわ」

 熊野は瑞鳳の隣に寝転がり、熊野を真ん中に鈴谷も寝転がる。手を握る。

「わかってるって。

 だから、こうして寝てるんでしょ?」

「……感謝、しますわ」

「困った時はお互い様。

 後で鈴谷も我が侭言うから、覚悟しておきなよ」

 茶化して言うと真面目に応じる熊野。ま、別に言いたいような我が侭もないけどね。

「んじゃ、お休み。明日は調査だから、寝不足ないようにね」

「ええ、おやすみ。鈴谷」

 電気を消す。目を閉じる。……そう、熊野は一人じゃ寝られない。

 夢を、艦艇の夢を見るらしい。

 

 必死になって進み、けど、結局果たせなかった帰路の夢。

 

「悪夢、なのかな?」

 熊野の嫌いな夢。……もちろん、その夢を見た事がない鈴谷になにか言う資格はないし、突っ込んで聞くほど悪趣味じゃない。

 だから、部外者としてぼんやりと思う。それは、悪夢なのかな、と。

 

//.熊野

 

 夢を、見た。

 

 動かない船体、度重なる爆撃の音。

 ぼろぼろの体、遠い、遠い、遠い、あまりにも、遠い、故郷。

 願い、祈り、弱音を吐き、罵声を上げ、悲嘆を呟き、……それでも、彼らは決して、…………

 

//.熊野

 

 …………そして、鈴谷は目を覚ました。

「熊野?」

 ああ、……またか。

「…………難儀だよね、熊野。鈴谷たちも、さ」

 眠りながら、静かに涙を落とす熊野。

 涙を零し、小さな、小さな声が漏れる。

 

 帰してあげられなくて、ごめんなさい、と。

 

 視線を滑らせる。あ、あった。

「ちょっと失礼」

 小さく、呟いて熊野の枕を抜き取る。代わりに、

 膝まくらをして、丁寧に、頬を伝う涙を拭きとる。

「ん、…………鈴、谷……」

「大丈夫、鈴谷はここにいるよ」

 もういなくなったりしないよ。そんな想いをこめて、夢に泣く彼女の手を握った。

 

「よーそろー、と」

 高雄に紹介してもらった使われていない基地から出撃。目指すは熊野灘。

「行った時に通った道だけどね。

 その時はなにもなかったけど、はあ、……まさか思った以上に警戒されてるね」

 瑞鳳の言葉に頷く。……まあ、その時は隠野に展開しているかもしれない南朝の艦娘を警戒してかなり遠く、迂回したけどね。

「警戒はするに越した事はありませんわ。

 それに、南朝がいるかもしれませんもの、油断は禁物ですわ」

「「了解」」

「航路は、このまま海岸線に沿って航行。

 途中、紀伊大島で休憩して、そのまま、まずは那智湾を見て回りますわ。そのまま熊野灘を、海岸線に沿い北上、熊野市の辺りまで哨戒、ですわ。

 上陸はなし、海域の調査を最優先、手出しは無用ですわ。……まあ、南朝の艦娘がいたら、話が出来れば、話をするのはいいと思いますけど」

「それが一番理想的じゃん?

 なんかきな臭い事聞いてるし、目論見はともかく共同調査は出来るならしたほうがいいっしょ?」

「そうよね」

「艦載機はどうする?」

 瑞鳳の問い、熊野は首を傾げて「そうですわね。紀伊大島で那智湾をお願いしていいかしら?」

「了解」

 さて、なにが出るやら。

 

 予定通り、何事もなく紀伊大島に到着。適当な海岸を見つけて上陸。

「……誰も、いなさそうだね」

 偵察のため艦載機を飛ばす瑞鳳を横目に、辺りを見て呟く。海水浴にはよさそうな海岸だけどね。

 けど、

「仕方ありませんわ。

 深海棲艦が発生しているのに海の近くで暮らす人は、……まあ、大本営関係者でなければよほど物好きでしょう。近海で交戦中に流れ弾なんてあり得る事ですもの」

「ま、そりゃあそうか」

 もう、深海棲艦はほとんど発生はないけど、だからと言ってすぐに海から離れた人が戻ってくるわけがないよね。

 すとん、と海岸に腰を落とす。隣には熊野。と、

「よし、終わりー」

 逆隣りには瑞鳳が座る。うん、と彼女は伸びを一つ。

「少し経ったら報告も入るはずよ」

 

//.雪風

 

「お久しぶりです。」

 《波下の都》、鎮守府、執務室。そこにいる、この都の主。

「言仁さん」

「こんにちわ、雪風大将殿」

「……やっぱりなれませんね」

「なら、雪妹、とでも呼ぼうかな?」

 秘書の響さんはくすくすと笑って紅茶を出してくれました。

「いえ、雪風でいいですよ」

「そう、それでどうしたの? 雪風。

 こういうのは時雨がよく来てたけど?」

 確かに、雪風たち大本営に友好な方への接触、交渉は時雨さんのお仕事です。

 けど、

「いえ、相談事です。

 よろしいですか?」

「構わないよ。どんどん相談してね」

 にっこりと笑顔で言仁さん。有り難いです。

 かちゃん、と音。

「司令官、相談もいいけど、ちゃんとお仕事もしてね?」

「あれ? 邪魔しちゃいました?」

「えーと、お仕事、そんなにたくさんあったっけ?」

「それは方便だよ。

 ただ、司令官と二人きりになりたいんだ」

「………………すいませんです」

 まあ、馬に蹴られないようにしますか。

「熊野、……ああ、艦娘じゃなくて、熊野地方です」

 つと、言仁さんの目が座りました。

「ご存知ですか?」

「僕のおじいさんがよく行ってたよ。

 懐かしいなあ。義経とか言う野蛮なクソガキに別当のお子さんを紹介してたり、あの恩知らずの裏切り者どもがいたところだね。

 雪風、攻め入るの? いいよ、僕、協力するよ? あそこにいるのみんな海に引きずり込もうかな? あの連中のせいで僕は溺死したようなものだし、そのお礼は必要だよね」

「…………な、なんか、相当根が深そうですね」

 いつもは穏やかな言仁さんが、すっごいどす黒いなにかを纏ってますっ!

 こほん。

「いえ、そんな襲撃する予定はないですよ。

 ただ、ちょっときな臭い話を聞いたので、その相談です」

「きな臭い? 熊野、地方は、……和歌山県、だっけ? 南朝の支配域だと思ったけど」

「公式には人はいません。

 深海棲艦の発生とそれに伴う混乱で熊野地方に人はいなくなりましたから、記録では無人です。

 ただ、どうも南朝の人たちがそこにいるらしいんです」

「尊治たちが? なにかあったかな?

 護良がそこに行った事があるような気がしたけど」

「それ、どこの情報?」

 響さんの問いに、答え、「先生です」

「道真先生?

 余計解らないな。…………………………うん。

 ただ、熊野は胡散臭い場所だから気をつけてね」

 やっぱり、警戒されていますね。

「顕仁さんもそう言っていたらしいです」

「おじさんがね。……うーん?

 おじいさんが詳しいんだけど、……まあ、一般論でいいなら」

「ぜひお願いします。

 よかったです。熊野はもう人がいなくて情報がほとんどなかったんですよお」

 お手上げです。

「と言うか、顕仁のおじさんにも相談したんだよね?

 おじさんからはなにも聞いていないのかい?」

「熊野水軍とか、雑賀衆とか、そんな話をしていたみたいですね。

 随分昔から誰かいたみたいで、記録では誰もいない事になっていても森に誰か潜んでいる可能性は十分にある、と」

 それと、

「えーと、……そこに熊野さんも派遣したんですね。

 そしたら、顕仁さんは熊野地方の事を、こもりの、……って呼んだらしいです。区別のために。

 なんでも、古い名前とか」

「そうだね」言仁さんは近くのメモ用紙を手にとって「こんな字だよ」

「隠れる、野?」

「隠れる、は、死、生者の世界から死者の世界に移る事。だね。

 つまり、死の野。っていうところかな」

「……随分、不吉な名前ですね」

「ここと似たようなものじゃないかい?」

 死の、と聞いて思わず嫌な想像をする雪風の傍ら、マイペースな響さんです。……まあ、かもしれませんね。

「響の言う事は正しいかな。

 おじいさんも言ってたよ。あそこには死霊がうろうろしてそうだって、見た事はないみたいだけどね。死者がいる場所、死霊の集う場所。そういうい意味ならこの都と似ているね」

 …………鈴谷さんたち、大丈夫でしょうか?

 言仁さんはメモ帳に『死者の世』と書いて矢印。その先に、

「その後は、そうだね。

 死後の世界。世の苦から解放された世界、そういう風に考えた人たちがいたんだ。要するに仏教徒だね。

 その辺、南朝の護良が詳しいと思うけど、世の苦から解放された浄土、そういう形になったんだ」

 『浄土』の文字。ただ、心、……違いますね。魂に突き刺さったのは違和感。…………いえ、本当に、本当に微かな、忌避感。

「………………雪風には、よく解りません」

「私もだよ。司令官。

 ……なんなのかな? 苦から解放された、って、悪い事じゃないと思うのだけど」

 響さんも、同じですね。

 苦しいことから解放される。それは、いい事、なのでしょうけど。

 くすくすと微笑。

「そうだね。……だから、僕たちは君たちの事が愛おしいんだよ」

 柔らかい微笑みの言仁さん。愛おしい、と言われて顔を真っ赤にする響さん、はいいのですけど。

 ただ、その微笑。その表情は、羨ましそうな、なにか、眩しいものを見るような、そんな目で、

「浄土、救われる場所。

 だからそこには人が集まった。瘧、蹇、……まあ、病気だね。医療技術が発達していないから治せない。死ぬしかない病にかかった者たちが救済を求めて訪れた場所。

 そこが隠野」

 言仁さんは、困ったように微笑みました。

「これがざっとした信仰史かな。

 死者が留まり、生者の集う場所。死に行く者が救済と浄土を求めて、向かった場所。」

 言仁さんは、苦笑。

「それが隠野。

 そうだね。……もしかしたら、まだあるかもしれないね。浄土を願った遺物が」

 

//.雪風

 

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