深海の都の話 ― 小噺集   作:林屋まつり

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七話

 

「そろそろ、ね」

 先行偵察に放った艦載機の声を聞きながら瑞鳳が呟く。

「那智湾、か。

 いる?」

 鈴谷の問いに瑞鳳は頷く。

「なにもないわ。一人、彼女が立っているだけ」

「どうしますの? 三人で行きます?」

「瑞鳳に艦載機で警戒してもらって、鈴谷と熊野で確保しに行く?」

 熊野と鈴谷の瑞鳳は一度首を傾げて、

「鈴谷案の方がいいんじゃない?

 その、補陀洛渡海船が南朝の艦娘の可能性も無きにしも非ずだし。話してる最中に襲撃食らったら困るでしょ」

 確かにね。熊野に視線を向ける。熊野も頷く。

「私は那智湾のところで待機。周辺警戒しているから。

 鈴谷、熊野、お願いね」

「お任せっ」「了解ですわ」

 瑞鳳にこの場を任せ、鈴谷は熊野と補陀洛渡海船のところへ。

「あら? こんにちわ、鈴谷様、それと、……」

 おっとりと一礼する補陀洛渡海船。彼女は熊野に視線を向ける。

「昨日いたよね。

 熊野、鈴谷の友達」

「はじめまして」

 熊野の言葉に、補陀洛渡海船は、…………

 

 嗤った。

 

「そう、ですか。

 熊野様、……ですか」

「え?」

 補陀洛渡海船は手を振る。鳥居?

「熊野っ!」

 赤い鳥居が、熊野を囲うように三つ展開。

「なっ?」

 なにか、それは解らない。けど、鈴谷は砲を向ける。背後、艦載機が飛んでくる音を聞く。

 熊野を、鈴谷の大切な友達を害するなら、沈める事に躊躇なんか、ないっ!

 砲撃、けど。

「《菩提門》」

 補陀洛渡海船の前に鳥居が展開。それが鈴谷の砲撃を弾き飛ばして、

「鈴谷っ!」「このっ!」

 熊野の声、だから、そちらに手を伸ばす。けど、

 

 砲撃。

 

「つ、あっ?」

 弾き飛ばされた。目を見開く熊野。そして、視界の隅に見える、木造船。

「見つけました。

 熊野坐神の御神体。……では、いただきますね」

 場違いな、おっとりとした言葉。鈴谷はそちらに視線を向ける。

 楚々と微笑む補陀洛渡海船。意味は、解らないけど。

「ふざけるなぁぁあっ!」

 砲を構える。砲撃の音が響く、鈴谷に砲弾が叩きつけられ、補陀洛渡海船は、また、眼前に鳥居を展開。艦載機からの爆撃を防御。そして、

「鈴谷ぁぁっ!」

 熊野の声が、消えた。

 

 砲撃。

 

「――――――向かう先は、伊島ね」

 ふと、そんな声を聞いた。

「あ、……瑞、鳳?」

 彼女に、肩を貸されてる。淡々と、声。

「とりあえず、大丈夫。

 けど、鈴谷は入渠ね。……無鉄砲すぎるわよ」

 苛立ち交じりのその言葉、それを聞いて、ふと、思い出した。

「熊野、……は?」

「捕まったわ」

 問いに、応じる声。そして、……思い、出した。

 補陀洛渡海船が展開する鳥居に囲まれて、脈絡なく、消えた。鈴谷の、大切な、友人。

「瑞鳳っ! 離してっ! 離してよっ!

 熊野助けに行かないとっ!」

 じゃないと、く「うるさいっ!」

 聞いた事もなかった。瑞鳳の怒鳴り声。

「覚えてないのっ? 馬鹿でっかい木造船が何十隻って出てきたのよっ!

 私と鈴谷だけじゃあ対応できないってのっ!」

「だからって、熊野を見捨て、ひゃあっ?」

 海面に放り出される。背中から海面に落ちて、音。

 ぱぁんっ! と、甲高い、音。

「私だって、こんな事したくなかったわよっ!

 けどっ、熊野はいないっ! 鈴谷は大破一歩手前っ! これで鈴谷まで沈んだら、……私、…………私、は、……」

 ひっぱたかれた頬より、ぽたぽたと、零れる涙が、痛かった。

「……ごめん、瑞鳳。嫌な事、言っちゃったね」

 立ち上がる。身体が痛むけど、知った事じゃない。

 小さな体を抱きしめる。……強く抱きしめて、瑞鳳は、ぽろぽろと泣きだした。

 

//.熊野

 

 目を、開けた。

「…………ここは、どこ、ですの?」

「補陀洛山寺。

 まあ、今は見ての通り、廃寺ですが」

 穏やかな、甘い、声。その声の主、知っていますわよ。

「補陀洛渡海船、……どういう事。

 いえ、わたくしに何の用ですの?」

 外に出られない。ですわね。

 身体が重い。疲労とか、ではありませんわね。

 重圧、ずしりと、全身に重りつけられたような感覚。……動けない、ですわね。

 ただ、動こうとしたの伝わったようで、補陀洛渡海船は苦笑。

「《修行門》、このわたくしに預けられた法術の一つです」

「そう、ですの」

 法術、とやらはよく解りませんが、問題なのは一つ。

「それで、わたくしをこのようなところに閉じ込めて、何のつもりですの?」

「ええ、わたくしには欲しいものがあるのです。

 熊野坐神の御神体。浄土に至るために必要なのです」

「それと、わたくしを閉じ込める事と何の関係があるんですの?

 行っておきますけどわたくし、この地に来た事もありませんでしたのよ?」

 そう、来た事はありませんわ。ただ、名前が同じと言うだけのはずですわ。

 だから、

「わたくしと、貴女の目的は、無関係ですわ」

 断言に、補陀洛渡海船は困ったように微笑む。

「いえ、……貴女の内にあるのです。

 熊野神社、心当たりは?」

 ありませんわ。……と、その言葉がでなくて、代わりに、

「艦内、神社」

「あら、やはりありましたか」

 くすくすと微笑む補陀洛渡海船。……けど、

「あるの、ですわね。……そして、それが欲しい、と」

「その通りです」

 そして、手を振る。わたくしの足元に、鳥居が顕現して、……けど、「砕かれた?」

「ええ、拒絶されているようです」

「…………当たり前ですわ。

 浄土だか何だか知りませんが、貴女に渡す物なんてなに一つありませんわ」

 ……まあ、艦内神社の存在自体ほとんど忘れていましたけどね。

「そうですか。わたくしの願いに共感をいただけない事は、非常に残念です」

「第一、貴女の言う浄土とはなんですの?」

 まさか、本当にインドのどこぞではありませんよね?

 問いに、補陀洛渡海船は微笑む。

「死、です」

「…………は?」

 今、なにを?

「死、死ぬことこそ浄土へ至る方法です。

 熊野、……いえ、隠野、……死の名を持つ神を手に入れ、その神威を使い人を浄土に導く。

 それが、わたくしの悲願です」

 だから、と。補陀洛渡海船はわたくしに手を差し伸べ、

「どうぞ、わたくしの悲願成就のために、貴女の持つ熊野の神をいただけませんか?」

「ふざけないでっ! 冗談ではありませんわっ!

 第一、どこに死を望む者がいると言うんですのっ!」

 自分でも、よく解らない激情に任せて叫ぶ。……ええ、そんな行動レディにふさわしくはありませんわ。

 けど、そこは絶対に認められない事。認めてはいけないと、誰かが叫ぶ声が聞こえましたわ。

 けど、補陀洛渡海船は、微笑みました。

「……わたくし、補陀洛渡海船と言います」

「ええ、知っていますわ」

「補陀洛渡海船には、出口がないのです。

 乗船したら外に出る事が出来ないのです」

「は?」

 なんですの、それ? 船の体を成していないのではないのですの?

「ふふ、帆も、櫂もありません。……まあ、あったとしてもそもそも外に出られないのだから意味なんてありませんね。

 ただ、波間に漂い沈んでいく。補陀洛渡海船はその用途しか持たない船なのです」

 そんな船が、あるんですの? ……いえ、それでは、船ではなくて、

「ふふ、浄土に至る事を願い作られたわたくし、そして、その用途は水葬、ならばこそ、死こそが浄土に至る方法ではありませんか?

 そして、人々は浄土を求めて熊野に集まる。だからこそ、わたくしは浄土を形にするのです」

「そんなもの、誰が求めているの言うんですのっ!」

「この地に訪れた人々です」

 補陀洛渡海船は、微笑み。

「これがこの地の記憶。

 浄土と言う、救いを求めた人々です」

 

 苦しい。痛い。重い。辛い。嫌だ。

 

 声、が聞こえた。

「な? ……え?」

 

 苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。

 

 辺りを駆け回る、苦痛の声。悲鳴、絶叫、悲嘆、怨嗟、呪詛、憎悪。

 そして、その主。

 

「あ、…………う、……ひっ」

 

 身体の半分が焼かれてぼろぼろになった人がいた。

 片腕を失い、満足な治療も出来ず腐り始めている人がいた。

 腫れ、膨れ上がった足を引きずる人がいた。

 がりがりにやせ細り、骨の浮いた骸骨のような人がいた。

 なにかの病でとろとろと膿と血を垂れ流す人がいた。

 

 救ってください。

 この苦しいだけの生を、この、辛いだけの命を、

 

 終わらせてください。

 

「あ、……い、いや、」

 縋りつく、人、人、人、人、自分の命に絶望した人。苦しいだけの生、その終わりを望む人。

 

 終わらせてください。生きるのが辛いです。生きるのが苦しいです。

 

「ひっ」

 手を伸ばす。縋るように、救いを求めて、……辛い、辛い命の終わりを求めて、隠野に手を伸ばす。

 数多の人、救いを求めて隠野に縋った人々。

 彼らは、手を伸ばして懇願する。

 

 この、苦しいだけの命を、終わらせてください。

 

 …………………………………………本当に?

 

//.熊野

 

 伊島に到着。どうも、昔は泊地だったらしい、ドックに入ると、一人の青年。

「……入渠が必要か」

 一人の青年と、ぐったりしている深海棲艦がいた。「誰?」

「源為朝、主、顕仁様から助力を命じられている。

 が、それより先に入渠が必要だな。案内する」

「う、うん、お願い」

「えと、高速修復剤とか、ある?」

 ぐったりしている深海棲艦。けど、そんな事よりも今は時間が惜しいし。

 一刻も早く、そう思っての問いに為朝さんは頷く。

「三人、と聞いていたが二人か。

 急いだ方がよさそうだな」

 いろいろと察してくれたらしい。為朝さんは挨拶もそこそこに歩きだす。鈴谷と瑞鳳も続く。ぐったりしていて動かない深海棲艦は、とりあえず無視。

「俺と、そこにいた深海棲艦は主から助力を命じられている。

 辛くなければ、なにがあったか教えて欲しい」

 歩きながらの言葉。鈴谷と瑞鳳は頷き合い、那智湾であった事、補陀洛渡海船、それと、なぜか現れた木造船について伝える。為朝さんはいくつか頷き、

「熊野水軍か。いるものだな。

 それと、おそらくだが、那智湾の近くには補陀洛山寺があったはずだ。おそらくはそこにいる。

 隠野周辺の地図はある。高速修復剤と一緒に持ってきておこう」

「うん、ありがと」

 

 為朝さんに高速修復剤を用意してもらって、鈴谷と瑞鳳は一足先に入渠。

 ちゃぷん、と並んで座る。……一息。

「瑞鳳」「熊野」

 早速、と思ったところで瑞鳳とかぶった。きょとん、と瑞鳳と顔を見合わせて、…………小さく、微かな笑みを交わす。

 拳を向ける。彼女の小さな拳が当てられる。

 一息。

「ま、なんか面倒くさい事になったけど、熊野がここにいないって、すっごい腹立つしね」

「仕方ないよね。約束しちゃったんだし、楽しそうな先、思い描いちゃったんだから」

 だから、

 気に入らない現状を変えるため、

 楽しいこれからを手にするため、

 

「「取り戻そう」」

 

 負けるなんて、絶対にない。

 

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