深海の都の話 ― 小噺集   作:林屋まつり

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八話

 バケツかぶって補給して、出発準備完了。持てるだけの資材を準備して、ドックへ。

 鈴谷と、瑞鳳と、為朝さんと、もう一人。

「私、うら、と名乗っています。

 港湾の姫、なんて言われる事も、あります」

 ぐったりしていた深海棲艦がのんびりと顔をあげた。……港湾の姫、港湾棲姫、か。

「あ、あの、……顕仁さんから、一緒に行くように頼まれたので、お願い、します」

 ぺこり、頭を下げられた。なんか、結構おっとり系? だけど、大丈夫?

「うら、やる事は解っているか?」

 為朝さんは淡々と問う。港湾棲姫、うらは頷いて、

「わかってます。

 えと、みなさん以外を全部ぐちゃぐちゃにすればいいんですよね」

「ほえ?」

 な、……いや、え?

「それでいい」

「いいのっ?」

 あまりにも端的な理解と、あっさりと肯定する為朝さん。

 瑞鳳の問いに為朝さんは溜息。

「どうせ言っても聞かない。

 深海棲艦はいろいろ振り切れているから、端的な指示を出してこちらで状況に合わせて動いた方が間違いがない」

「……そうなんだ」

「うらの制圧能力は高い。

 木造船だったな。最初に彼女に切り崩させ、それから突撃する。露払いは俺がやる。二人は、……艦娘に向くかは知らないが上陸したら、補陀洛山寺まで走りそこを確保して欲しい」

「「了解」……って、為朝さんはどうやって行くの?」

 瑞鳳と頷き、ふとした疑問。為朝さんは気まずそうに溜息。ドックの傍らに繋がれている小舟を示す。

 小舟と、小さな珠が二つ。

「潮流を制御する宝殊だ。

 元は、《波下の都》の主から借りたものだが。返せと言われていないのでな、そのままにしている。

 まあ、いらないのかもしれないが」

「……いいんだ」

「返せと言われていないからな。

 では、行くぞ」

 強調したいらしい、断固として繰り返す為朝さん。

 潮流を操る。その言葉通りか、さらさらと水が流れ始めて出発。鈴谷と瑞鳳も着水。「…………あのお」

「ん?」

 うらがのんびりと首を傾げた。

「遠い、です。

 あの、自分で行くの、大変だから。曳航、してくれませんか?」

「ふざけんな」

 いきなりなに言いだすんだこの深海棲艦。

 為朝さんは淡々とした表情で、

「うら、そんなんだからすいから、無駄なバルジが大質量と言われるんだ」

「太ってないです。太ってないですっ!」

「なら自分で行け。

 自分でも身動きがとれないほど無駄なバルジが大質量ではないだろ」

「わかりました」

 大丈夫かほんと?

 

 数十分に一回の割合で曳航を依頼するうらを無視。疲れているようには見えないから、単にさぼりたいだけなんだろうけど。なんか、腹立つ。

「那智湾に入ったところに、いくつかの小島がある。

 そこの一つをうらに拠点として確保してもらう。そこから真っ直ぐに突撃する。そこには泊地や基地はない。休憩や補給は出来ても入渠は出来ないから、気をつけるんだ」

「うん」

 資材は曳航してる。近くに小島がある事は来る時に見ていたからそこに置いていくかなあ、と思ってたけど、護ってくれる人がいるのは有り難い。

 …………たぶん、大丈夫、だと思う。

「資材?」

「言っておくけど、鈴谷たちのだからね? 勝手に使わないでよ?」

 いや、助けてくれるなら必要経費って割り切るけど。……ほら、赤城の例もあるし。

 戻ってきたら資材がすっからかんとか、洒落にならないし。対してうらは首を傾げて、

「必要なの?」

「…………必要ないの?」

 瑞鳳が恐る恐る聞いてみた。問いに、うらは頷く。

「食べるの、好き。です。

 顕仁さん、為朝さんのお手伝いをしたら、ごはん、たくさんくれるって言ってました。

 けど、これ、まずそう、です。まずいの、嫌いです」

「…………か、艦娘に決して言ってはいけない事を」

 そりゃあ、美味しいものじゃないけど。

 それより、そうか。深海棲艦って、補給とかいらないんだ。

「艦娘は皆驚くようだな。

 そういうわけだ。うらが資材を使い尽くすことはない」

「為朝さん、…………は?

 っていうか、艦娘じゃないよね?

「不要だ。燃料を好き好んで食うほど困っていない」

 と、瑞鳳が耳に手を当てる。

「先行偵察している艦載機から入電。

 木造船を確認、…………数は、概算、百」

「百っ?」

「随分と用意したな。

 足止めなのだろうが、それだけその艦娘を返したくないのか」

「……上等、絶対打ち抜いてやるし」

 感心したように呟く為朝さんの言葉。触発されて応じる。……うん、もちろん、

 熊野との間に立ちふさがるなら、なんだって打ち抜いてやる。

「いい覚悟だ」

「先行爆撃は? いくつか潰せると思うよ」

 瑞鳳が弓を手に問いかける。為朝さんは首を横に振る。

「海域はうらと俺に任せればいい。

 忘れるな、二人のやる事は敵を蹴散らすことじゃない。熊野と言う、友を助ける事だ。余計な事はするな」

「……了解」「うん」

「それが解っているなら、それでいい」

 つい、と視線を逸らす為朝さん。

「あ、……あの、私も、やらなくて、いい、ですか?

 その、動くと疲れるの」

 おずおずと手をあげるうら。……鈴谷確信してる、この娘、かなりだめな娘だ。

「ならば報酬はなしだ。主には伝えておく」

「へ、ええっ、だ、だめですっ!

 ご、ごはん、…………食べたい、です」

「あのさ、大丈夫なの?」

「大丈夫、になるだろう、な。おそらくは」

 

 目当ての小島にこっそり到着。すでに、目視で木造船の群れを確認できる。

 いる、那智湾を埋め尽くす船。概算百、間違えているとは思えない。そして、その船にすべて砲がある。

 直撃しても死ぬ事はない。大した威力じゃない。……けど、あの数は流石にやばい。

 どうしようか、と。視線を巡らせると、為朝さんはうらに視線を向けて、

「うら、艤装展開だ」

「は、う、うんっ!

 ここ、……ここも、…………ここも、私の、場所」

 なんか、今までもどっちかっていえばのんびりな口調だったけど。それに輪をかけて、とろん、とした声。

 嫌な予感、それを裏付けるように、ずんっ! と、烈震が走った。

「うそ?」

 地面を押しのけて、巨大な倉庫が立ち上がる。木を倒して、クレーンみたいなのが現れる。

 倉庫には砲がついていて、それらの間を滑走路みたいなのが伸びる。……艤装展開。って、まさか、これ?

「港湾棲姫、……って、艤装で本物の港湾作るって事?」

 唖然、と瑞鳳が呟く。けど、それは見たまま、巨大なコンテナが、縦横無尽に走る滑走路が、遠くまで伸びるクレーンのようなものが、見る見るうちに構築される。

「鬼ノ城、と誰かが言っていたな。

 うらの名前はここからとったのか、あるいはたまたまか。だが、本当に面白いな」

 楽しそうに笑う為朝さん。……いや、面白いっていうか、凄いっていうか。……一応、深海棲艦と敵対していた艦娘の一人としては、正直笑えない。

「こりゃあ、……確かに資材の防衛は任せられそうね」

「それもすぐに証明できるわ。

 来たわよっ」

 那智湾に展開していた木造船が、一斉にこっちに突っ込んできた。当たり前か。

「為朝さんっ!」

 迎撃の準備をしながら、不要と伝えた彼に視線を向ける。応じたのは首を横に振る動作。そして、視線を横へ、その先。

「……なんで、来るの?」

 自分が展開した港湾を嬉しそうに見ていたうらが、小さく呟く。

 そして、手を広げた。 

 両手は白い、大きな爪。

「来ないで、来ないでください。来ないでよ。

 ここ、私の、なの、ここは私のなの、もう、私のを、とられたくないの。だから、来ないで、来ないで」

 砲撃の音。射線は外れてる。砲弾はうらが構築した港湾に突き刺さり、爆発。

 それを見たうらは、

 

 幸せそうに、微笑んだ。

 

「来るなと、言ってるのに、……どうして、私のものを壊そうとするの?

 これ以上、私のを壊すのなら、」

 ぎちぎちと、不吉な音。

 うらの爪が、さらに伸びる。

 ぎりぎりと、ぎちぎちと、爪、っていうか、剣みたいになって、

 

「ぐちゃぐちゃに、なってくださいね」

 

 放った。

 

「ろ、ロケットパンチっ?」

 兇悪な爪がついた手を放つ。高速で飛び、木造船を打ち抜く。

 艦娘の砲撃、それを遥かに超える破壊範囲。大型の木造船はその船体に巨大な穴を開けて、そのまま破断。一撃で真っ二つになって沈没。

「なに、あれ?」

 迫りくる木造船を、五隻位まとめて打ち抜いてるし、それも、両手。「まだ、来るんですね」

「へ?」

 なんか、いまだに高速で飛翔しながら木造船を打ち抜き続ける両手。それで、当たり前のように存在するうらの両手。

「は、生えた?」

「ふふ、……私の物を壊すの、ぐちゃぐちゃにする。…………とても、とても、楽しい、です」

 うっとりとした口調で、生えた両手をさらに撃ち込む。撃ち込んで、さらに手が構築されて、それも撃ち出して、百隻近くあった木造船は、文字通り、蹴散らされてく。

 穏やかに、幸福そうに微笑みながら兇悪な爪のついた両手を構築、射出、木造船を爆砕。

「なに、……あれ?」

「艦載機のようなものだろ?」

「いや、流石にあれはないわ。あり得ないわ」

 艦載機を繰る軽空母の瑞鳳は、為朝さんの言葉に冷や汗交じりに応じた。

 

「うふふ、これが最後です。

 ずたぼろに、なってくださいね」

 最後、巨大な爪で挟み、切り裂いた。

「海域の掃討は終わった。

 鈴谷、瑞鳳、行くぞ」

「あ、う、……うん」「了解」

 やりきった、満足で幸せそうな笑顔のうら。彼女はのんびりと首を傾げて、

「あの、……私、ここから動きたくない、です。

 お腹、すいちゃいます」

「構わない。ここに残って近づく者を掃討し続ければいい」

 動かなくていい、それを聞いてうらは花が咲くような笑顔を見せた。そんなに動きたくないのか。

「熊野を助けたら、那智湾の外からうらを拾いに行く。

 下手に巻き込まれたら面倒だ」

「…………いや、面倒っていうか、あんなの食らったら轟沈するわよ」

 瑞鳳が真っ青な顔でこくこく頷いた。

 うらのおかげで木造船はほとんど爆沈。けど、「やっぱり出るかっ!」

 舌打ち。どこからともなく現れる木造船。背後から再度響く爆沈の音。

「熊野水軍、どの程度の規模だったのか」

「やっぱあっちの方が目立つね。

 ほとんどうらのほうに行ってるみたい。急いで抜けるわよっ」

 瑞鳳の言葉に、鈴谷と為朝さんは頷く。

「さあ、急ぎましょうかっ!」

 

//.熊野

 

 死ねば楽になる。

 この、苦痛と悲嘆に満ちた生からの解放。安寧と平穏が待つ浄土への道行き。

 それが、死。……それを望む、それを欲する、それを形にする。

 

 死の名、隠野の名を持って、…………だから。

 

 認めてしまいなさい、死ねば楽になる、と。

 そんな、声を聞いた。

 

 そうだ、同意する声。そうです、頷く声。

 ぼろぼろの命を背負い、生きる事に苦痛を抱えた人々の声。……けど、

 

 なんで、わたくしはこの声を聞いた事があると、そう思うのでしょう?

 

 弱音を吐き、罵声を上げ、悲嘆を呟き、……それでも、彼らは決して、……………………決して?

 彼ら、は?

 

「うそ、……です、わ」

 ぽつり、小さな音。その音を聞いて、わたくしは目を開けて、

 ぼろぼろの人。苦痛と悲嘆を背負う人。……けど、…………けど、

「そう、ですわね。

 目を閉じたら、見えませんわね」

 わたくしに重なるように展開する鳥居、それを振りはらう。

「貴女に、彼らの気持ちが解るとでもいうのですか?

 生の苦痛が、命の悲嘆が、理解できるとでもいうのですか?」

「…………ええ、」

 だって、夢で見ていたんですもの。

「彼らは、熊野の乗員たちは、どれだけ絶望的な帰路でも、それを成し得るためにそんな苦痛でも飲み込み、戦いましたわっ!

 ええっ! 諦めてしまえば苦痛も悲嘆もなにも得る事なんてなかったっ! それでも、彼らは必死に帰ろうとしたっ! それは、ここにいる皆も同じではないですのっ?」

 

 生の苦痛、命の悲嘆。

 生きる事が辛くて苦しくて、……けど、

「けど、彼らはここに来た。

 死して浄土に向かうだけなら、ここに来たりしませんわっ! ここにきて、仏に縋り、神に祈り、そうして、そうでもして、生きたかったから、ここに来たのでしょうっ!

 ぼろぼろの身体を引きずって、ここに来るまで多くの苦難を乗り越えて、死ぬためじゃないっ! 生きて帰るために、ここに来たのでしょうっ!」

 

 夢の中の彼ら、重巡洋艦、熊野の乗員たち。

 死ねば、諦めれば楽になる。けど、それを必死に否定し、生きて帰る事を諦めなかった人たち。

 彼らと、同じなのでしょう?

 

 わたくしの言葉に、辺りにいた人は、茫然として、……消える。ほんの一瞬、満足そうな笑みを見せて、そして、

 

 喝采せよっ!

 

 そんな、声を聞いた。

「…………貴女、は?」

 補陀洛渡海船が形を成して、焼き祓われた。

「な?」

 炎の大瀑布。空から落ちてきた火の瀧が補陀洛渡海船を飲み込み焼き祓う。

 拍手の音。

「見事ですわ。わたくしの、可愛い、愛しい子。

 よくあの挑発に負けませんでしたわね。偉いですわ。……ええ、本当に可愛い子。あんな蕃国の思想で出来た船ごときには、もったいないですわ」

 嬉しそうに、微笑む彼女。

 違いは一つ。黒い、漆黒に黄金が灯るような、瞳。

「熊野?」

「ええ、そうですわ。……ああ、けど、艦娘ではありませんのよ?

 重巡洋艦熊野ではありませんわ。無関係、とはいいませんけど」

 くすり、彼女は微笑み。

「熊野坐神。

 それがわたくしですわ、熊野」

 神、……です、の?

 唖然とするわたくしに、目の前の熊野、……熊野坐神はウィンク一つ。

「さっきの言葉は本当に素敵ですわ。

 けど満点はあげません。彼らは、家に帰りたかっただけではありませんのよ。大切な戦友である貴女を、……重巡洋艦熊野を、国に帰してあげたかった。

 ぼろぼろの体を、ちゃんと治してあげたかった。だから、彼らは必死でしたのよ」

「そう、……ですの」

 その言葉、とても、嬉しいですわ。……それと、少し申し訳なくもありますわね。

 悪夢、なんて勝手に思ってしまったのですから。

 そして、そんなわたくしの内心はお見通しのようですわね。熊野坐神はくすくすと微笑み。

「仕方ありませんわよ。…………いえ、自責に沈む事だけはおやめなさい。

 彼らは貴女を、熊野を恨んでなんていませんわ。

 当然、熊野、貴女が自責に苦しむ事も、誰も望んでいませんわ。だから、貴女は感謝をしなさいな。大切に思ってくれて、ありがとう。と。

 大切に思っていた相手から感謝される事、その喜びは言うまでもないでしょう?」

 当然、頷きましたわ。……そして、あとは、

「過去の恩人に感謝を、……では、今の友に会いに行きますわ」

 多分、補陀洛渡海船は滅びましたわね。だから、あとは、

「ここから、出なければなりませんわね」

「そうですわね。けど、熊野。

 貴女はもう友には会えませんわ」

 さらり、告げられた言葉に、動きを止め、

「どういう、……事、ですの?」

 問いに、答えず熊野坐神は指を一度鳴らす。びき、と音。

 

 浄土は砕ける。

 そして、現れる。なにもない、なにもない、ただ、黒の空と、白の地。

 地平の彼方までなにもない、この場所。

 こここそ、厳然たる、――――

 

「だって、貴女はもう死んでいますのよ」

 

 ――――隠野。

 

//.熊野

 

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