モモンガ様ひとり旅《完結》   作:日々あとむ
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全員の時間軸が揃いました。
 


黄金の夜明け/未だ明けず

 

 

「よくやりましたね、クライム」

 

「勿体ないお言葉です、ラナー様」

 

 クライムは『漆黒の剣』を『六腕』から助けた後、城へと戻りその時の出来事を主人であるラナーへと報告していた。

 ラナーはクライムからの報告を聞いて、そしてクライムを労わる。クライムはラナーに労われ、感動で涙がこぼれそうになった。ラナーは、いつだって優しい慈愛の王女だ。

 

「ですがクライム、無茶はしてはいけませんよ。今回は素晴らしい人たちのお力添えがあったからこそ、そのような結果が出せたのです。貴方があまりに無茶をすると、私は心配します」

 

「……はい」

 

 少しだけ悲しそうな顔をしたラナーに、クライムは申し訳なさそうに頭を下げる。クライムとて分かっている。このような無茶が出来たのは、ガゼフとブレイン、ラキュース、そしてアインズがいたからだ。いや、アインズがいなければもしかすると、クライムも全くの無傷では済まなかっただろう。最初のサキュロントの一撃で、殺されていたかもしれない。

 

(強くならなくては。ラナー様をお守りするために……)

 

 ラナーの未来だけは、何としてでも守る。クライムは決意を胸に秘めた。

 

「さて……クライム。では明日になったら、そのゴウン様に手紙を届けていただきたいのです」

 

「手紙、ですか?」

 

「ええ。これから手紙を書いておくから、明日の朝届けてください。戦士長様のところに行けば、そのまま彼に届くと思います」

 

「かしこまりました」

 

 クライムは頭を下げて了承する。では、明日の朝ラナーから手紙を受け取ったら、一番にそちらに行こう。確かガゼフの館にはブレインが滞在している。彼に頼めばそのままアインズに手紙が届くだろう。

 

「ゴウン様には感謝しないといけませんからね」

 

 優しく微笑むラナーに、クライムは手紙の中身が何なのか悟る。おそらく、それは感謝の手紙なのだろう。

 

(ラナー様は本当に、お優しい方だ……)

 

 自らがラナーに拾われた時の事を思い出し、クライムの胸はラナーに対する崇拝でいっぱいになる。今回の件は今のところ、表沙汰にするわけにはいかないのでアインズを城に呼んで感謝の言葉と報酬を渡すわけにはいかない。そのために、ラナーは誰にも気づかれないようガゼフの館にクライムをやり、ブレインから経由してアインズに手紙を届ける気なのだ。

 極秘なのだから、あちらが勝手にやった事なのだから、と無視してもいいだろうに。

 

「ラナー様。ゴウン様には私が必ずラナー様の慈悲深い御心を御届けします」

 

「よろしくね、クライム」

 

 クライムの言葉に、ラナーはいつも通りに優しく微笑んだ。

 

 

 

「さて――――」

 

 クライムが部屋を去った後、ラナーは寝室に置いてある机に向かい、手紙の準備をする。

 

 クライムの性格上――そしてクライムから聞いたブレインの性格上、どんな手紙だろうと勝手に手紙を開けて中を見る事はない。

 つまり、単なる普通の手紙で問題無い。アインズも、クライムが直接届けに来たと言えばこれが自分……王女からの手紙だと、偽物だと疑ったりはしないだろう。

 

「まずは感謝の言葉から書かないと」

 

 ラナーはサラサラと簡潔に書く。そして――

 

「えっと、それから頼み事を書かなくては」

 

 本題に移る。ラナーは手紙に文字を書き綴り――その出来に不備が無いか確認する。

 

「これでいいわね」

 

 その出来に満足し、ラナーはその、一見単なる知り合いからの手紙にしか見えない極秘書をメイドに見られないように部屋に隠す。

 

「明日、クライムに渡さないといけませんね」

 

 ラナーはそう言って、明日に備えて眠る事にした。明日は、レエブン侯を呼んで場を整えなくては。そう頭の中でこれからの事を組み立て、ラナーはベッドに潜り眠りについた。

 

 

 

 

 

 

「さて、これからどうするかな……」

 

 アインズは自分の寝泊まりしている宿屋で、じっと洗面台の鏡を見つめていた。

 

 昨夜、『六腕』を待ち伏せし警備部門の長であるゼロ以外は殺し、ゼロはアインズがこっそり詰所に届けたが問題はまだ残っている。

 

(ペテルさん達は無事に逃げ切れただろうけど、それでもこのままだと犯罪者として指名手配されちゃうかもしれないな)

 

 『漆黒の剣』はまだ『八本指』から逃げきれていない。ニニャの姉を娼館から退職させるか娼館そのものを犯罪組織として訴えないかぎり、彼らは誘拐犯のままであり、もしかすると指名手配される可能性も無くは無い。

 

(警備最強だっていう『六腕』が返り討ちにあった以上、可能性は低いけど万が一ということもあり得るし)

 

 一応、アインズはゼロに仕込みはしてきたが王国の兵士達がきちんと仕事をする可能性もある。その場合、アインズの仕込みは無駄になるだろう。

 

(なんとかして、『八本指』の拠点を見つけないと。一つでも部門の長がいる拠点が見つければ、そこから芋蔓で見つけられる)

 

「とりあえず……ゼロが裏切った場合も含めて、見た目だけでも変えておくか――〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉」

 

 魔法を唱えると、アインズの全身を全身鎧(フルプレート)が覆う。その鎧は漆黒に輝き、金と紫色の紋様が入ったかなり高価そうな品に見える。

 アインズは体の動きを確かめると、再び鏡を見た。そこにはどこからどう見ても、漆黒の鎧を着込んだ偉丈夫にしか見えない人物がいる。

 

「よし」

 

 これならば、今まで出会った誰もアインズだと気づかないだろう。こんな立派な漆黒の鎧を着込んだ戦士が、まさか魔法詠唱者(マジック・キャスター)だとは誰も思うまい。

 

 アインズは宿を出ると(宿屋の主人にぎょっとした顔はされたが)、ガゼフの館まで歩きはじめる。ガゼフやクライムは王城で仕事、ラキュースも冒険者組合で仕事があるようだが、ブレインはガゼフの館に残っているはずだ。貸し出していた鎧や剣を返してもらう手筈になっている。

 

 ……しばらく歩いて、アインズはガゼフの館に到着した。しかし、アインズは首を傾げる。いつもいる場所に、ハムスケがいないのだ。

 

「どこに行ったんだ、アイツ?」

 

 疑問に思っていると、裏庭らしき場所から金属のぶつかり合うような音が聞こえる。アインズは気になってその音の聞こえる方へ向かった。

 

「そこだ!」

 

「甘いでござる!」

 

 裏庭まで行けば、そこにはハムスケとブレインが互いに剣と爪を交わらせている。ハムスケが両手の爪を使い、それをブレインが回避しながら隙を見てハムスケの体に切りかかっていた。見るかぎり、それを幾度も繰り返している。

 

 だが、それもアインズが顔を出してすぐに終わりを告げた。ハムスケが目を輝かせてこちらを見る。

 

「殿! 来たのでござる……誰でござるかーッ!?」

 

「うおッ?!」

 

 ハムスケはアインズを見ると驚愕し、ブレインもハムスケの反応でアインズを見て目を剥いていた。一人と一匹の顔に浮かぶのは困惑だ。誰だ、こいつ――という風な。

 

「アインズ・ウール・ゴウンだが」

 

「そ、その雄々しいお声は……殿でござるか!?」

 

「は……? はぁああああ!?」

 

 アインズの声を聞くと、聞き覚えのある声だと気づいたハムスケとブレインが驚愕して何度も瞬きをしながらアインズを見つめる。アインズはそんな二人の反応に、兜ごしに頬をポリポリと掻いた。

 

(ここまで驚かれるとは……まあ、気づかれないようにこんな格好しているんだから、その反応であってるんだけど)

 

「アンタ……鎧まで装備出来るのか?」

 

 ブレインは魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるはずのアインズが鎧を装備しているのを見て、心底驚愕の声と顔で訊ねていた。アインズも気持ちは分かる。魔法詠唱者(マジック・キャスター)は通常鎧を装備出来ない。ましてや、全身鎧(フルプレート)などあり得ないだろう。魔法詠唱者(マジック・キャスター)が鎧を装備しようとすると、特殊な職業(クラス)が必要になる。

 

「〈道具創造(クリエイト・アイテム)〉という魔法があるでしょう? それを使用すると、魔法詠唱者(マジック・キャスター)でもこうして鎧や剣が装備出来るんですよ。……まあ、代わりに魔法の使用に制限がかかるのが瑕なのですが」

 

「……魔法ってのは、本気で便利だな」

 

 ブレインのジト目にアインズは苦笑が漏れる。どうも、ブレインは魔法というものを都合よく勘違いしているようだ。

 

 ――アインズからしてみれば魔法には色々と制限がかかるし、それにロールプレイビルドのアインズはガチビルドの魔法詠唱者(マジック・キャスター)より弱いのだ。だからこそのアインズの感想だが、この異世界の一般常識から考えればアインズの魔法は充分なんでもありで、ブレインが「何でも出来る」と勘違いするのは当たり前と言えるだろう。

 ……そんな事、アインズは全く気づいていないのだった。

 

「殿! 殿は剣も使えるのでござるか?」

 

 アインズの近くに寄ってきたハムスケは、アインズが背負っている二本のグレートソードを興味津々に見ている。アインズはハムスケに見えるように、グレートソードを一本鞘から引き抜いた。

 そして一閃。

 

「――おぉ!」

 

 ハムスケは振り抜かれたグレートソードに瞳を輝かせるが、アインズが気になった反応はそちらではない。アインズは、ブレインをチラリと横目で見る。

 

「…………」

 

 ブレインは何とも言えない表情をしていた。今の一振りで、ブレインはアインズの問題が理解出来たらしい。さすがに、本物の戦士職は違うという事だろう。

 アインズは片手でグレートソードを再び鞘に戻すと、ブレインに向き直った。

 

「――と、いうわけなので。はっきり言って単なる案山子と変わりません」

 

「あぁ……やっぱり、技術は一朝一夕で身につくものじゃないってことだな……」

 

「? どういうことでござるか?」

 

 アインズとブレインの言葉に、ハムスケが首を傾げる。それにブレインが丁寧に答えてやっていた。

 

「さっきのは、単に身体能力に任せて振り下ろしただけだろ? 剣の握り込みも甘いし、足運びや体全体のバランスも悪かった。正直に言えば……駆け出しの戦士程度の技術力ってことだな」

 

「しかし、よく一振りだけで分かりましたね」

 

「これでも剣の天才、なんて言われてたんだ。アンタに鼻っ柱へし折られたが」

 

「はは――アレは単に、昨夜のように魔法で能力値を強化していただけですよ。おかげで楽勝だったでしょう」

 

 アインズの言葉に、ブレインは苦笑いで頷いた。しかし、能力を強化しなくとも昨夜の『六腕』についてブレインは勝って当然、という思いがあるらしい。

 

「アダマンタイト級――なんて言われてたが、ありゃ純粋にアダマンタイト級の強さなのはゼロだけだな。アンタが受け持っていた二人は知らんが、俺と『蒼の薔薇』の奴は相性が悪かったにしてもお粗末だったぞ」

 

 サキュロントの奴は幻術を見破られたらあの坊やと互角になっちまうしな、とブレインは苦笑する。その言葉にアインズも苦笑せざるを得ない。

 

 ……これでもアインズは、ブレインについては心配していた。何せ、ブレインの相手は“空間斬”という二つ名のペシュリアン。そしてギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のたっち・みーの切り札は、空間を切り裂く一撃なのだ。さすがにレベルの関係上たっち・みーほどの一撃を繰り出すのは不可能であっても、アインズの能力強化などの魔法を突破してダメージを与えるのも不可能ではない。

 ましてや、『蒼の薔薇』には忍者が二人いるらしいが、忍者は『ユグドラシル』ではレベル六〇以上でないと修得出来ない職業(クラス)だ。それを思えば『ユグドラシル』では修得出来なかった技術もこの異世界では修得出来るかもしれない、と思うと例え劣化していようと本当に空間を切り裂く一撃を放つ事も不可能ではないと思われた。

 

(そう……思ってたんだけどなー)

 

 苦笑する。結果は、単なる特殊武器によるトリックだった。合流した後で話を聞いたアインズは、思わず脱力したものである。

 

「ところで、アングラウス殿はハムスケと何をしていたのですか?」

 

「うん? ああ、ちょっと鈍った体を鍛えようと思ってな。鍛えるには同格か格上と戦うのは一番いいんだが、ガゼフは仕事があるし、『蒼の薔薇』もそうだろ? そうなると、ハムスケしかいなくてな……や、やっぱり勝手にまずかったか?」

 

「殿! それがしブレイン殿と戦って鍛えて、もっと強くなって殿の役に立つでござるよ!」

 

 ブレインが少しばかり顔を青くしたが、ハムスケは相変わらずの愛くるしい表情をキリリと変えて、アインズに忠義を捧げてくる。

 

「ハムスケもこう言ってますし、かまいませんよ」

 

「そうか。じゃあ借りておく――ところで、少しばかり気になったんだが、その口調別にやめていいぞ? 初対面が初対面だしな、俺もやめてるし」

 

「そうで……そうか? なら、普段通りでいこうアングラウス」

 

「そっちもブレインでかまわない。正直、むず痒いしな」

 

「俺もアインズでいいぞ」

 

 ブレインの言葉に、アインズも確かに、と頷く。あのあんまりな初対面から、ああしてガゼフと同じように丁寧な言葉で話しかけるのは違和感が凄かった。

 社会人としてあまり褒められたものではないかもしれないが、ここは異世界である。向こうがいい、と言うならば気にしないでおこうとアインズは思った。

 

「さて……昨日の鎧と剣を返すか。マジックアイテムなら下手な整備が出来んから、正直何もしてないぞ」

 

「かまわんよ。俺は装備しないしな」

 

「そうかい。……ハムスケ、また午後からやろうぜ」

 

「分かったでござる」

 

 ハムスケは裏庭で日向ぼっこを。アインズとブレインはガゼフの館に入り、ブレインの案内でアインズは室内に通されガゼフとラキュースに貸していた装備を回収した。しかし、アインズが装備を回収する途中、客が訪れた。

 

「誰だ? ちょっと行ってくる」

 

 今は老夫婦がいないそうなので、ブレインが対応するらしい。ドアノッカーの音にブレインは玄関へと向かって行く。その間に、アインズはアイテムボックスに装備を回収した。

 

(目の前でいきなりアイテムボックスにしまうと、ハムスケみたいに驚かれるかもしれないからなー……)

 

 アイテムボックス、という物を彼らは持っていないらしく、荷物がある場合は風呂敷に入れて背負うか、バッグに詰めるか、懐に入れておかなくてはならないらしい。アインズがアイテムボックスにしまうと空間に手が消えたように見えるらしく、ハムスケはとても驚いていた。そのため、アインズは対外用に懐に無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)をある程度の荷物が入るマジックアイテムとして持つ事にしている。今回出番は無かったが、昨夜はそうして装備品を準備して出した。

 

 少し待つと、ブレインは昨夜の少年を連れて帰ってきた。名前は確か、クライムといったはずである。

 

「昨夜は誠にありがとうございます。ゴウン様」

 

「いえいえ、お気になさらず。……というより、私の方が助けてもらったものですし」

 

「しかし、貴方がいなければ『六腕』を打倒するのは、かなり厳しいものになったはずです。少なくとも、私は彼らに遠く及ばない強さですし……どうぞ、こちらをお受け取りください」

 

 クライムが出したのは手紙だ。見るかぎり、ごく一般的な手紙である。しかし、ブレインはそうではないらしい。

 

「こりゃ、貴族の手紙か?」

 

「ラナー様からお預かりしてまいりました。何分、表立って出来ることはありませんが……せめて感謝の気持ちを、と」

 

「そりゃ……律儀な王女様だな」

 

「なるほど、受け取っておきましょう」

 

 アインズはクライムから手紙を受け取る。そして、手紙を懐にしまった。後で確認するためだ。

 

「そういや、えぇっと……クライムだったか? 今日ガゼフ達と一緒に夜に酒盛りする予定なんだが、お前も来るか?」

 

 ブレインはクライムに訊ねる。しかし、その言葉には少し何か違和感があった。

 

「たち……?」

 

「ガゼフと、俺と――アンタだよ」

 

 アインズの疑問に、ブレインはガゼフの名前を告げると、自分自身を指差し、そしてアインズを指差してアインズは驚愕する。

 

「え?」

 

「一回くらい酒盛りしようって話になったんだよ。アンタも一回くらい参加しろよ。『六腕』退治を記念して」

 

「いや、あの」

 

「そうですか! では、ラナー様に訊ねてみます!」

 

 アインズが何か言う前に、クライムは笑顔を浮かべるとブレインに頷いた。アインズは「え、えぇー……」と口の中で言葉をもごもごとするが、仕方なく頷いた。

 

(し、しょうがない。何かいい方法を考えよう……)

 

 帰ったら、無い頭を絞って何か食物を摂取する方法は無いか、アイテムを見ながら考える事にしたアインズだった。結論を先延ばしにした、とも言う。

 

「それじゃあ、今日の夜仕事が終わり次第この家に集合だな。酒も料理もこっちで用意しておくから、気にしなくていいぜ」

 

「あの老夫婦の料理は、そんなに美味しいのかブレイン」

 

 こちらで用意する、というブレインの言葉にアインズはそんなに美味しい料理があるのかと気になった。『ユグドラシル』では料理も専用の職業(クラス)を修得していなければならないため、気になるのだ。魚を焼いて炭にした記憶は、まだ新しい。

 

 しかし、ブレインはアインズの言葉に意地の悪そうな顔をして、クライムとアインズにこっそりと呟いた。

 

「いや? 何度か食べたが、味付けが薄い。……王国最強の戦士長様は、なんと毎日薄味の健康食を食わされてるってわけだ」

 

「それは……体をよく動かす者として、心中お察しします」

 

 ブレインの言葉に、クライムが渋面で答える。アインズには分からないが、身体を酷使する時は味付けの濃い食べ物が食べたくなるものらしい。

 

「というわけで、街で俺が買ってくることになるだろうな。何か欲しい物あるか?」

 

「特にありませんね」

 

「私もです」

 

「なら、適当に見繕ってくるわ」

 

 ブレインがそう告げ、この話は終わりだ。クライムは城に戻り、アインズもまたハムスケやブレインと別れ自分の宿に帰る。頭の中は今日の宴会をどうするか、という事だけだった。

 

 ……もっとも、宿に帰ってラナーの手紙を呼んだアインズは、そんな事など頭から吹き飛んだのだが。

 

 ラナーの手紙には、最初に感謝の言葉を表した文章があった。

 しかしその後、アインズに対して依頼が書いてあったのだ。それは『八本指』の拠点と思しき箇所の情報と共に、彼らの犯罪の証拠である書類や、顧客リストをどうにかして回収して欲しい事。そして『漆黒の剣』の扱いを含めたその報酬についてだ。

 

 確かに、アインズは娼館を襲撃してその犯罪を明るみにしなければと思っていた。このままでは『漆黒の剣』は犯罪者である、と。

 

(まさか、既に拠点を割り出していたとは。それにその情報まで教えてもらえるだなんて)

 

 これならば、ゼロが役に立たなくても問題は無さそうだ。今夜の内に順次転移魔法で移動し、拠点を強襲すればいいだろう。既に幾つかは『蒼の薔薇』が潰しているようで、今夜も一つ拠点を潰す予定である事が書いてあった。

 

(そうと決まれば、報酬もあるし早速取り掛かっていくか!)

 

 アインズはそう決意し――仕込みが役に立った事に気がついた。

 

「……はぁ」

 

 それに気づいたアインズは、溜息をつく。

 

「王都最大の犯罪組織の人間を釈放させるとは……本当に、王国の裏社会を完全に支配しているんだな」

 

 アインズは王国の兵士というものをガゼフとその部下達しか知らない。彼らを見ていると全くそう思えないが、そんな彼らは稀なのだろう。だからこそ、ガゼフのような性格は希少なのだが。

 

「行くか」

 

 アインズは腰かけていた椅子から立ち上がった。そして――――

 

 

 

 

 

 

 『八本指』は急遽、緊急会議を開く事になった。

 

 そこには八つの席があり、それぞれに人が座っている。更に彼らの背後には彼らを守るための護衛が立っていた。しかし、一人だけ背後に誰もいない男がいる。――ゼロだ。

 

 ゼロは『八本指』のコネですぐさま詰所から保釈する事になった。何故ゼロが詰所に囚われる事になったのか――ある程度の理由は知っているが、それでも正確に把握している者はまだいない。今回の議題は、詰所で何も語ろうとせず、そして自分のコネで出所しようともしなかったゼロの奇行についてだった。

 

「それで、ゼロ……。『六腕』は貴方を除いて全滅、ということでいいのかしら?」

 

 ゼロを雇った張本人……奴隷部門のコッコドールが訊ねる。ゼロはそれに静かに頷いた。

 

「そうだ」

 

「…………」

 

 そんなゼロの反応に、訊ねたコッコドールも他の長達も困惑する。いつも岩のように静かな男だが、それにしては静かすぎだ。

 

 ……いつものゼロなら、さすがにここまで屈辱を味わわされれば怒り狂うだろう。そして、必ず自分を詰所に突っ込んだ者への復讐を企てるはずだ。しかし、そんな様子は全く無い。

 

 端的に言えば、枯れた老人とも言える。あるいは、悟りを開いた求道者か。

 

「ちょっと、どうしたのよ? そんなに強かったわけ、相手?」

 

 そのあまりのらしくなさに、麻薬部門の長であるヒルマが困惑しながら訊ねる。確かに、ゼロに勝てる者はいるだろう。しかしそれはガゼフであったりブレインであったり、基本的に同格の相手だ。断じて、ここまでゼロの心をへし折るような相手がいるはずが無い。

 

 しかし、ゼロの言葉は静かで、そして単純だった。

 

「そうだ」

 

「…………マジにどうしたんだい、アンタ」

 

 普段なら多少怒りを示すであろう少し小馬鹿にした声色で、ヒルマが訊ねる。しかし、それにもゼロは静かに無言を返すだけだった。いや、違う。

 

「――――」

 

 彼らは気づいた。ゼロの目は、まるで養豚場の豚を見るように冷ややかだ。出荷されていく哀れな豚を見るように、ゼロは哀れみさえ込めた目で彼らを見つめている。その事に、彼らはようやく気がついた。

 

「な、なんだその目は……」

 

 その目が不快で、しかしそれが異様に恐ろしく感じ、彼らはゼロを見つめる。ゼロはそんな彼らに、やはり静かに、ぞっとするほど静かに答えを返すのみだ。

 

「――何故。何故、詰所で放っておいてくれなかった? そうすれば……そうすれば静かに、俺はあの詰所で刑を待つだけでいられたものを」

 

 それは、ゼロの恨み言だった。ゼロは心底、詰所から救い出した彼らを憎み、そして全てを諦めている。

 

「奴は、俺をタダで詰所へと連れて行かなかった。奴は詰所に向かうまで、俺に対して魔法をかけた。精神を支配し、記憶を捻じ曲げ、そして時間を止める……。あんな、あんな化け物が『漆黒の剣』に目をつけていたなど知らなかった。なあ、答えてくれ……お前達。この『六腕』という記憶もまた、本当に俺の記憶なのか?」

 

「は?」

 

 ゼロの言っている意味が分からない。あまりに錯乱した物言いに、彼らは非常に困惑する。そして――耳に届いた音に、誰もが驚いてそちらを振り返った。

 

「な――、……?」

 

 聞こえた方向には、誰もいない。それに困惑し、再び視線を戻す。そこに、いた(・・)

 

「――――ッ!?」

 

 全員が椅子から立ち上がらんばかりに驚いた。先程までゼロが座っていた椅子に、いつの間にか知らぬ男が座っている。

 

 奇妙な男だった。漆黒のローブを纏い、そして奇天烈な仮面をつけていて……ゼロは、いつの間にか床に先程と同じような、悟りを開いた求道者のごとく座っている。

 

 まるで、何度も同じような事が起きた事があるように。

 

 あまりの異様な状況に、彼らの誰もが反応出来ない。仮面の男はそんな彼らの様子を気にする事なく、朗らかとも言える口調で彼らに告げた。

 

「はじめまして、『八本指』の皆さん。私の名はアインズ・ウール・ゴウン。ゼロを詰所へ送り出したものです」

 

「――――!」

 

 その言葉で、瞬時に悟る。つまり、敵であると。そうと分かれば彼らの反応は早かった。

 

 まず確保するべきは自分の安全。相手は見た目から魔法詠唱者(マジック・キャスター)である事が窺える。ならばこの首脳会議に乗り込む事も不可能ではあるまい。不可視化の魔法を使えば、あるいは誤魔化して侵入する事も可能だからだ。

 だが、ゼロを詰所へと送り込んだという発言上、それを信じるならばこの場の全員の護衛が戦っても勝てない可能性が高い。ゼロの様子を見るに、アレは完全に心を折られており役には立たない。むしろ、率先してこちらを潰しにくる可能性がある。

 故に、選ぶべきは逃走。各長は迷いなく自分達の護衛を盾にする事を決定し、それを実行に移そうとした。

 

 だが、勿論そんな事を許すような生易しい相手では無かった。

 

「お前た、ち――?」

 

 ふらりと、護衛達が何の予兆もなく倒れる。どさり、という音が室内に響く。それを誰もが呆然とした目で見た。

 

「は、は、あ……?」

 

 急な展開に混乱する。彼らは犯罪者ではあるが、ゼロのように戦う者達では無い。そんな彼らにこのような異常事態に対応しろ、という方が酷だろう。

 そして仮面の男は、この場にあって場違いなほどの朗らかな声で告げる。

 

「無詠唱化させ、複数を標的にした即死魔法を使用しただけだ。ちなみに、どうやって部屋に入ったかと言うと時間を停止させ、転移魔法で侵入した。言葉にすると、何でもないだろ?」

 

「あ……?」

 

 何を言っているんだ、コイツは。そう言われた意味が分からず、誰もが呆然とする。

 

「さて……中位アンデッド創造。下位アンデッド創造。お前達、彼らを取り押さえろ」

 

「ひッ……!」

 

 護衛達の体、否、死体が黒い靄に包まれ、別の形へと変貌していく。そして黒い鎧を着用した恐ろしいアンデッドとスケルトンは各長達を取り押さえる。仮面の男は取り押さえられ、椅子に固定された彼らを指を迷わせながら見つめた。

 そして、その恐ろしい指がヒルマで止まる。

 

「最初はお前にするか」

 

「ま、待ってちょうだい! 冒険者達を助けた、って事はあの娼婦の件でしょう!? ど、どう? そこのコッコドールは奴隷部門の長……娼婦の管理もしているわ。望む額のお金も用意するし、そこのコッコドールとお金でお互い無かったことにするっていうのは?」

 

「ヒルマ――!!」

 

 コッコドールがヒルマを憎しみの目で見る。だが、ヒルマは全く意に介さないし、他の長達も同様だ。むしろヒルマにはよく言ったと言ってやりたいほどだろう。このような意味不明な怪物じみた魔法詠唱者(マジック・キャスター)から逃げるためには、たかが奴隷部門の犠牲くらい安いものだろう。もとより、奴隷部門は第三王女の働きで斜陽傾向にあったのだから。

 

 しかし、仮面の男はそんなヒルマに無慈悲に告げるのだ。

 

「必要無い」

 

「え?」

 

「必要無いと言った。それに、もとよりお前達から証拠を握れと頼み事をされた身だからな……初めから、そんなつもりは毛頭ないのだ」

 

「わ、私達を捕まえたところで、証拠なんてそう出ては来ないわよ! それに、詰所に収容したところで、どうせコネで出てこられるわ! だったら……」

 

 ヒルマは必死に言い訳を並べる。いや、これは真実である。『八本指』は王国の深いところまで侵食しているのだ。貴族達は勿論、第一王子にさえ関係を持っている。たとえ全員が詰所に収容されようと、誰もがゼロと同じようにコネで出てくるだろう。

 そして、この仮面の男は何らかの罪で罰せられる。

 

「――――」

 

 ああ、しかし何故だろう。

 

 どうしてゼロは、こんなにも静かなのか。

 

「なに、気にするな。すぐにお前達は俺の前に証拠を並べて持ってくるさ。――〈支配(ドミネート)〉」

 

「――――」

 

 仮面の男は、ヒルマに対して魔法を放つ。そして、ヒルマは一瞬の沈黙の後……

 

「さて、名前は?」

 

「ヒルマです。アインズ・ウール・ゴウン様」

 

「では、幾つか質問しよう」

 

「――――」

 

 ヒルマの瞳からは力が失われ、そしてスラスラと仮面の男の問いに答えていく。その姿に、彼らは心底恐怖した。自分達の運命を悟ったためだ。

 

「――もういいぞ。では、これからお前の本来の拠点に戻り、お前達の犯罪の証拠たる書類や顧客リストなど、そういったものを怪しまれないように残らずここに持ってこい」

 

「かしこまりました」

 

 ヒルマを取り押さえていたアンデッド達がヒルマを離す。ヒルマは立ち上がると、普段と同じ調子で歩いて室内を出ていった。ドアがしまった後、静寂に室内は包まれる。

 

「……さて、これで理解したな。最初からお前達の意思など必要としていないことが」

 

「…………」

 

 はくはくと口が意味を成さない言葉を漏らし、しかし何も形にならず消えていく。彼らの顔は恐怖に歪んでいた。

 

「では、お前達にも同じように魔法をかけるとしよう――――」

 

 

 

「――――」

 

 彼らが目を覚ました時、その体は再びアンデッド達の手で椅子に取り押さえられていた。目の前には幾つもの書類の束。そして、それを眺めている仮面の男と、今まで自分達が行った事を覚えている自分。

 

「…………ひぃ」

 

 その魔法の効果に恐怖して、彼らの誰かから悲鳴が漏れた。あるいは、全員の口から。

 仮面の男は書類を満足そうに頷いて見ると、それらを見た事もない宝箱のような形をしたマジックアイテムの中にしまっていく。そして全ての書類をしまうと、再び彼らを見つめた。

 

「――これで、お前達は用済みなわけだが」

 

「ま、待ってくれ! 俺達を殺したところで、復活魔法を使用すれば俺達の口からお前……いや、貴方様のしたことが漏れる可能性があるでしょう!? 我々は王都から――いや、王国から出ていく! だからどうか命だけは……!!」

 

「気にする必要は無い」

 

 しかし、仮面の男はそんな精一杯の命乞いも両断する。

 

「第九位階の即死魔法を使用してやろう。これは第五位階程度の復活魔法では蘇生することが出来ない。お前達の口から、私のことが漏れる可能性は皆無だ。よって、安心して死を受け入れるがいい」

 

「あ……」

 

 第九位階、そんな神の領域じみた魔法の存在を示唆され、そして仮面の男の様子から嘘が無いと分かり――彼らは絶望した。

 

「い、いやだああぁぁぁぁぁあああああああッ!!」

 

 全員が絶叫を上げる。泣き叫び、仮面の男へ命乞いをする。

 だが、決してその命乞いは仮面の男には届かない。何故ならば、彼は『八本指』に興味が無いのだから。

 

「――――」

 

 死を告げるために仮面の男の指先が動く。それを全員が涙と涎でぐしゃぐしゃになった顔で見つめている。そして――――彼らは、幸福な事に痛みさえなく眠るように息を引き取った。

 そのすぐ後、仮面の男は室内に残っていたアンデッドを消滅させて完全に証拠を隠滅した。

 

 室内に、未だ息をしているゼロと仮面の男だけが取り残される。

 

「さて、お前を残した意味は分かっているな」

 

 仮面の男――アインズの言葉に、ゼロは頷いた。何もかも諦めきった顔で。

 

「分かっている。俺は何も見ていないし、何も知らん。だから、だからどうか頼む――――これ以上、俺の記憶を弄らないでくれ! 俺の存在を崩さないでくれ……!!」

 

 ゼロは昨夜詰所に向かうまでの間、アインズの魔法によって捻じ曲げられた数々の記憶を思い出し、絶叫する。いや、この記憶さえ本当にあった事なのか分からない。それさえ、アインズの魔法で歪められた偽物なのかも知れない。

 ゼロは思う。他の『八本指』の者達を。なんて羨ましい奴らなのだろうか、と。彼らは単に精神を支配され、そして即死しただけだ。たとえ二度と蘇る事が叶わなくとも――いや、むしろこの化け物が棲むこの世に再び現れなくて済むなど、なんて羨ましい奴らなのであろうか。

 けれど、自分は違う。肉体能力でアダマンタイト級を誇る自分には、それが許されなかった。全員を殺せば、生きた証拠がいなくなる。そのため暗殺される心配も、毒殺される心配も無いゼロが、こうして生き証人に選ばれたのだ。

 苦しい。苦しい。苦しい。どうして王国最強なんて目指してしまったのか。真っ当にこの世を生きていく事を選ばなかったのか。そうすれば――こんなにも、恐ろしい目に遭わずとも済んだのに……!!

 

「よろしい。――では、後は任せたぞ」

 

 その言葉とともに、気がつけばアインズはいなかった。いや、見てはいたかも知れないが、また記憶を歪められてゼロには分からなくなっただけかもしれない。

 

「ふ、ふへ、へ、ひひ……」

 

 ゼロの口から笑い声が漏れる。もはや彼に理性など残っていない。捻じ曲げられた記憶を自覚してしまった彼には、自分の記憶ほど信じられないものはなく、だからこそ今生きているこの記憶さえ不確かで曖昧すぎて、何もかもが信じられない。

 

 だが、彼はアインズの言葉を守るだろう。あの記憶さえ歪める死神の影に恐怖して。嵐の夜に取り残された子供のように震えながら。

 ゼロは、ここに踏み入る何者かが現れるまで、狂ったように笑い続けた。

 

 

 

 

 

 

「それでは、乾杯!」

 

 ガゼフの言葉に、アインズ、ブレイン、クライムが酒の入ったグラスを掲げる。そして彼らは酒を口につけ飲み干した。

 

「あー……この一杯のために生きてる、って感じがするよな。酒を飲むと」

 

「だな。別にそんな事は無いはずなんだが」

 

 ブレインとガゼフがそう言い合い、そして再び酒を注ぐ。クライムは目の前にある料理を四人別に分けていき、アインズはグラスを置くとクライムに礼を言いながら料理を口に運んだ。

 

「…………」

 

 誰にも怪しまれている様子がない事に安堵し、アインズは自らの作戦が完璧であった事を悟る。

 

 ――骸骨であるが故に、アインズが料理を口に含んだところで全て喉からボタボタと滴り落ちてしまう。そんなアインズが考えた苦肉の策は……袋だった。

 透明な大きな袋を体に突っ込み、穴を口まで引っ張る。多少感触が気持ち悪いが、しかしこれなら食べているように彼らには見えるだろう。顔は勿論、幻影であり本物ではない。ただ、彼らは他人の顔に触ってくるような人間でない事は確認済みなので、あまりそっちの心配はしていなかった。……別にいきなり足を舐めてくる事もないだろう。

 

(完璧な策だ!)

 

 唯一の問題は味が分からない事だが、その程度の事は臨機応変に対応する気だった。それに、少し食べたらアインズは自分が小食だという事にして、再び仮面をつけ直して誤魔化す気でいるので大丈夫だろうと思っている。

 実際、アインズがそう言うと彼らも納得し、アインズがあまり食べない事に何か言ってくる事は無かった。彼らは思い思いに話し、そして酒を飲み、料理を食べる。

 

「そういやアインズ、王女様の手紙にはなんて書いてたんだ?」

 

 ブレインの言葉にアインズが返事をしようとすると、その前にガゼフが驚愕の顔で叫んだ。

 

「アインズ!?」

 

「あ、はい。なんでしょうかストロノーフ殿」

 

 急に名前を叫ばれて、アインズはガゼフに返事をする。その言葉を聞いた瞬間、更にガゼフはアインズを見て、そしてブレインを見た。

 

「いつの間にそんなに仲良くなったのだ!?」

 

「いや、初対面が初対面だし」

 

「むしろ今まで私がこうストロノーフ殿と同じような口調で話す方が違和感があった、と言いますか……」

 

 アインズとブレインの言葉に、ガゼフはショックを受けたような顔をすると、顔を机に突っ伏して呻き声を漏らした。

 

「お、俺の方が先に知り合っていたというのに……そうされると立場が……」

 

「…………ストロノーフ様」

 

 クライムが何とも言えぬ顔でガゼフを見る。ブレインとアインズは同時に思った。ああ、コイツ酔ってるんだな、と。見ればガゼフが飲んだ酒の量はブレインより遥かに多い。おそらく、宮仕えで貴族達にストレスを溜めさせられ、そして普段は聞くと家にも滅多に帰られないらしいので、羽目を外し過ぎたのだろう。

 

「落ち着けよ、ガゼフ……」

 

「お、俺は落ち着いている!」

 

 ガゼフ、貴方疲れているのよ。そう言いたくなるほどに、ガゼフはいつの間にかぐでんぐでんであった。

 

「スト……ガゼフ、少しは落ち着いたらどうだ?」

 

「!」

 

 アインズはそのまま呼ぼうとしたが、一瞬何とも言えない目でガゼフが自分を見たのに気づき、何となく言い直した。ガゼフはその様子に満足そうな顔をする。

 

「いや、すまないゴウン殿。見苦しい姿を……」

 

「気にするな。俺のことはアインズでいいとも」

 

「そうか!」

 

「……ストロノーフ様」

 

 クライムが何とも言えぬ顔で、変わらずガゼフを見つめている。憧れの戦士長様の何とも言えない姿を目にして、なんかちょっと夢が崩れたわー、と言いたくなるような顔だ。アインズとブレインは、明日になったら死にたくなってるんだろうなぁ……と生温い目でガゼフを見つめる。酒の力とは、本当に恐ろしいものだ。何せバッドステータスと分類されるのだから。

 

「まあ、ガゼフは置いといてだ。なんて書いてあったんだ?」

 

「感謝の言葉と、後はちょっとした頼み事ですね。こちらをどうぞ、クライム君」

 

 アインズは懐から無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)を取り出し、そこから更に宝箱のようなものを取り出す。

 

「これは……」

 

 クライムはそれを受け取ると、アインズを不思議そうな顔で見た。

 

「王女殿下の頼まれ事ですよ。……『蒼の薔薇』のお手伝い、という奴です。その中に拠点から持ち出した『八本指』の書類が入っていますので、活用してください」

 

「それは……! 何から何までありがとうございます、ゴウン様」

 

「すまない、アインズ……。俺達は、お前に助けられてばかりだな」

 

「困った時はお互い様だろう。気にするな。いつか借りを返してくれればいいさ。……というか、一応ある程度の報酬は貰えるらしいし、な」

 

「そうか……」

 

 少しばかり朗らかな空気になったが、ブレインは「俺はむしろコイツに心へし折られたんだが」という顔をしている。まあ、それを口に出すほどブレインは空気が読めない男ではないが。

 

 アインズはクライムに宝箱の形をしたマジックアイテムを渡し、その後再び空気は宴会へと戻ったのだった。

 

 

 

 ――そして、クライムから渡された宝箱の中の書類を見て、ラナーは一人冷や汗をかく。

 

(これは……警告、でしょうね)

 

 宝箱の中には、王国貴族のほとんどを破滅に追いやる事が出来るような証拠が幾つもあった。『八本指』が今まで何を行っていたか、そしてその恩恵をどれだけ貴族が得ていたか。顧客リストの中には帝国の貴族や、それどころか王国や帝国のワーカー達の名前まである。……それでも、法国の者らしき名前がほとんど無いのは、さすが法国と言うべきか。……あるいは、彼らは単に『八本指』を使って情報収集していたか、情報を流すことで王国の行動を操作していたのかもしれない。

 

 そして、そんな危険な情報をここまで完璧に揃える魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 

(間違いなく、精神を支配する系統の魔法を修めているでしょうね。直に会うのは危険か……これは、その警告と取るべきね)

 

 やはり、イビルアイより格上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は危険過ぎる相手だ。王国全軍で挑んでも、おそらく勝ち目は無いだろう。何せ、あの帝国のフールーダの実力でも帝国全軍と同格と言うのだ。最低で見積もってもフールーダと同格と思えば、確実に王国はたった一人に敗北する。

 

(まあ……話が通じないわけでは無いし、権力なんかもどうでもよさそうだから、戦士長様が頼みの綱ね)

 

 アインズは危険過ぎる相手だが、嵐などの自然災害だと思えばいい。風向きさえ変えてやれば、ラナーの満足する働きをしてくれるだろう。ガゼフはさしずめ、アインズという台風の進路を変更してくれる便利な看板である。その看板をどこに向けるのか――そういうのは、ラナーの得意分野だ。

 

(ふふ……)

 

 そして、書類を見つめる。これがあればザナックを王位につけるなどラナーの頭脳ならば造作もない事だ。力の弱い貴族達から順次始末し、そして力ある貴族はこの証拠で黙らせる。どうせタダでゼロを解放する気はないだろうと思っていたが、やはりだ。アインズはゼロに何か細工をしており、ゼロが詰所から逃亡した事にすぐに気がついた。そうでなければここまでの書類は揃えられまい。

 貴族達にわざと情報を流し、ゼロを即座に詰所から保釈するように動かしたラナーは、その書類を感動しながら胸に抱いた。

 

「ラナー様?」

 

 そんなラナーの様子に、クライムは不思議そうな顔をしている。ラナーはクライムのために声を震わせながら、告げる。

 

「これで……これで王国の民は救われます。手紙を届けてくれて、ありがとうございます――クライム」

 

 ラナーは胸にこれからの事を――クライムとの蜜月を思い浮かべながら、クライムに笑いかけた。

 

「――――」

 

 そして、ラナーの笑顔を見たクライムは強烈な違和感に襲われた。

 

 何かが違う。これはいつも見ているラナーの微笑みでも、昔頬を引き攣るように笑っていたラナーの笑みでもない。もっと、そういったものとは決定的に違う何かだ。

 

「ラナー、様」

 

 その笑顔を見て不安になる。その笑顔に何か猛烈な寒気とも取れるものを覚え――

 

「どうしましたか? クライム」

 

「――――」

 

 気づけば、いつの間にかラナーはいつも通りの微笑みでクライムを見ていた。それを見たクライムは安堵する。

 

(なんだ、気のせいか)

 

 そう、気のせいに決まっていた。あんな、まるで――言いようのない何かを前にしたような、おぞましい寒気が走るような笑いなど、ラナーが浮かべるはずが無い。

 

(まったく、なんて不敬な……!)

 

 そんな白昼夢を見た自分に、クライムは猛烈な怒りを覚える。あの慈悲深きラナーを魔女のように見つめるなど、不敬もここに極まれりだ。

 ……きっと、不甲斐ない自分が見せた幻影だろう。クライムはつい先日、自分がいかに無力な存在か思い知ったばかりだ。サキュロントにあれだけ優位に立ちながら、けれどサキュロントは決してクライムに対して怯えを見せなかった。それはつまり、クライム程度ならば勝てると確信していたに違いない。ガゼフも、ブレインも、ラキュースもむしろアインズの魔法で楽に勝てたと言うのに。自分は――。

 

 故に、クライムは決意する。この不甲斐なさを胸に刻み、精一杯歩み続けよう。ラナーという太陽の傍に、彼女の輝きを守るためにずっと隣に立ち続けるのだ。出来ないなんて言わせない。それがどれほど困難な険しい道でも、クライムは足を止める事なく歩き続けるだろう。

 

「なんでもありません、ラナー様」

 

 だから、クライムはいつもと同じようにラナーに微笑みかけた。その微笑みに、やはりラナーはいつもと同じ優しげな笑みを返すのだ。

 

 

 

 ――ここに、一つの結末を迎えた者達がいる。

 

 

 

 あるいは彼を傍で支えて、見守ってくれる大人がいれば話は違ったのかもしれない。あるいは彼女を利用する悪魔というものがいたのならば、彼らは違った結末を迎えたのかも知れなかった。

 

 しかし、そんな奇蹟は起きなかった。彼の傍にそのような大人はおらず、彼女を利用する悪魔もいない。

 彼も彼女も、ただひたすらに自分だけの意思でここまで歩き続けた。そして、これからも歩き続けるだろう。

 

 彼女のこの笑みを見逃した以上、彼は二度と彼女の真実の姿を見つける事は無い。そして彼女もまた、彼を永遠に子犬として扱い真実の愛を手に入れる事もありはしない。

 

 彼と彼女は、その歪んだ鏡に映った存在を真実のものとして、これからも二人だけの閉じた箱庭で暮らし続けるだろう。

 

 幸せそうな笑みを浮かべて。互いに歪んだ鏡像に話しかけながら――――その命が終わるまでの永遠を。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 シャルティアは自らの武器スポイトランスを振り、付着した血を払う。そして周囲を見た。

 

 第七階層は酷い有様だった。当然だろう。何せ、本気でレベル一〇〇の守護者三人と、そして同レベルの執事が殺し合ったのだ。おそらく、ここをもとと同じように修復するにはかなりの金貨が必要になるだろう。

 

「……大丈夫でありんすか? デミウルゴス」

 

「ああ……」

 

 デミウルゴスはシャルティアの言葉に、覇気のない返事を返す。シャルティアが視線を動かせば、近くには膝を突いたコキュートスもいた。

 

「…………ふん」

 

 ……シャルティアがデミウルゴスに呼ばれたのは、デミウルゴスがコキュートスを呼んだ少し後……コキュートスがセバスを足止めしている最中だ。そこでシャルティアは説明を受け、急いでナザリック地下大墳墓に帰還した。そんな事があるはずがない、という希望的観測を持ちながら。

 

 しかし、帰還したシャルティアに待っていたのはそれが真実であるという現実で……シャルティアは、デミウルゴスに味方する事を選んだのだ。デミウルゴスとセバスなら、デミウルゴスが好きだから――という理由ではない。

 ただ、シャルティアは自分が頭がいいとは思っていない。しかしデミウルゴスは頭がいい。だからきっと、デミウルゴスなら何とかしてくれるだろう、というそういった現実逃避からだ。

 

 ――いや、きっと今デミウルゴスに従う誰もがそうなのだろう。アルベドは再起不能で、デミウルゴスしか頭がいい者がいないから、ただデミウルゴスに縋っているのだ。彼ならどうにかしてくれるに違いない、という押しつけに過ぎない。

 自分で考える必要が無くて、それはとても安心出来るから。だからこうして、デミウルゴスを生かしてシャルティア達は現実逃避を続けている。

 

 そして、デミウルゴスもまたそうやって頼られる事で、現実逃避を続けているのだろう。自分がしっかりしなければ、同胞達はどうなるのだ、という慈愛で。

 

 シャルティア達は頼る事で精神を何とか見せかけだけでも安定に保ち、そしてデミウルゴスは頼られる事で精神を何とか見せかけだけでも安定に保っている。

 

「それで、どうするでありんすかデミウルゴス」

 

「…………そうだね」

 

 シャルティアの言葉に、デミウルゴスは少しばかり沈黙する。彼の頭の中ではどんな事が思い描かれているのか、それはシャルティアには分からない。コキュートスもまた、不安そうな気配を発しながらデミウルゴスを見ていた。ソリュシャンも、ナーベラルも。

 

「……こうして余裕がある内に、物資の補給をしよう」

 

 そして結論が出たのか、デミウルゴスはシャルティア達にそう告げる。

 

「補給?」

 

「そうさ。牧場の方も餌がいるし、私達が普段使うためのアイテムも補充しなくてはならない。至高の御方々からいただいたマジックアイテムは、出来るだけ使いたくないからね」

 

「そりゃそうでありんすが……」

 

「ドコヲ襲ウ気ダ、デミウルゴス」

 

 シャルティアとコキュートスの問いに、デミウルゴスはずれていた眼鏡を直し告げる。

 

「アウラとマーレの報告待ちだが……十中八九、王国になるだろうね。リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、そしてスレイン法国……この三ヶ国が一番大きく栄えている国だ。アーグランド評議国を除けばね。アーグランド評議国は竜王達の国だ。ここは最大の障害になりそうだから、除外。そしてスレイン法国も話を聞くかぎり、妙にキナ臭い連中がいるため除外する。残ったのは王国と帝国だが……帝国の方が物資が豊かだが、王国の方が楽に潰せる」

 

「そう……なら」

 

「ああ……」

 

 デミウルゴスははっきりと告げた。

 

「王国の中心部――王都を陥落させて、人間から小麦粉まで、根こそぎ奪い取る」

 

 

 

 

 




 
ナザリックとの再会フラグだぞ、喜べよ。

……ぶっちゃけ次が最終章です。
 







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