モモンガ様ひとり旅《完結》   作:日々あとむ

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ぶっちゃけその場で勝ち目が無いとこういう結論になるよね、って話。
 


もっとも夜の長い日 前編

 

 

 ――王城は現在、夜だというのに普段の静けさなど欠片も感じさせないように慌ただしい気配が満ちている。城内に明かりは灯り、どこの廊下も兵士達が慌ただしく走っていた。

 そして、そんな慌ただしい気配をガゼフもまた発して廊下を走っている。ガゼフの目的地はヴァランシア宮殿。そこで緊急の宮廷会議が開かれる事になった。理由は――言うまでもない。

 現在王都を襲う未曽有の事態に対する、その対策会議である。

 

(会議など開いている場合では無さそうだが)

 

 しかし、これは王国ではいつも通りの光景だ。まず、宮殿で宮廷会議を開き、そこでどういった対策を練るか考える。

 だが、ここ数年そういった対策らしい対策会議は開かれた事は無い。あそこはもはや、王派閥と貴族派閥の喧嘩の場だ。

 普段のガゼフならばそれを思って苦々しい感情を捨てきれないが、さすがに今回ばかりは真面目に対策会議が開かれるだろう。それほどの火急の事態なのだから。

 

「遅くなり申し訳ございません!」

 

 会議室に入り、ガゼフは即座に頭を下げ謝罪する。ガゼフは戦士長という立場上、戦士である部下達に指示を出してから来なければならない。今のような場合では、どうしても他の者達より遅れる事になる。

 ガゼフが敬愛する王――ランポッサ三世に声をかけられ頭を上げると、やはりその会議室には幾多の大貴族や重臣達が集まっている。今呼び集められる全員だ。

 そしてガゼフがいつもの定位置――ランポッサ三世の玉座の近くに立ち不動の姿勢を維持すると、早速会議が始まった。

 

「それではこれより始めるとしよう――」

 

 王の言葉によって、会議が始まる。この未曽有の事態に、ガゼフは彼らの会議が王国を守るに相応しい対策会議になる事を信じた。

 

 ……もっとも、彼らはガゼフが考えるよりも遥かに愚かだったのだが。

 

 

 

 ――――そうして、いつも通り王派閥と貴族派閥が牽制し合うだけの会議になった後、彼らはこう結論した。

 

 貴族の私兵は主人の館を守り、兵士は王城の守りに。そしてガゼフを初めとした戦士達は王族の守りに入る。王都で起こっている異変は冒険者組合に解決してもらおう、と。

 ……そう、彼らはそう結論した。彼らだって王都に住む住民なのだ。高い金を払ってやるから、お前達が解決しろと。彼らはそう結論を下したのだ。

 自分達の命は後方に置いて安全に、危険度の高い最前線を冒険者達に任す。彼らはそう判断したのだ。

 

 ……それが今取れる最善の――自分達の命を守るための選択だと貴族達は判断した。これは王派閥も、貴族派閥も変わらない結論である。

 当然、この判断に苦しんだ者はいる。民を守りたいと思う王と、そしてそんな王を理解し、また自分も民衆を守りたいと思っているガゼフ。だが彼らに貴族達の性根を変える魔法など唱えられない。そんな便利な魔法の言葉があれば、とっくの昔に王国はこの派閥争いを治めていただろう。

 だから彼らは何も出来ない。

 

 ――そうして閉じこもっていれば解決するのか。そうやって人任せにしておけば解決するのか。

 そんな事なぞ考えもしない彼らは、ただひたすら嵐が過ぎ去るのを待つのだろう。その嵐が、自分達を無事に生かして還すとはかぎらない事に気づきもしないで。

 

 

 

「…………」

 

 まるでいつもの延長線上のような対策会議に、ガゼフは溜息をつきたい気持ちを抑えながら貴族達が会議室から出ていく姿を見送る。

 全員が部屋から出ると、残ったのは王とガゼフのみになった。

 王がゆっくりと首を回し、首の凝った音がガゼフの耳にも届く。ガゼフもそうしたい気分だった。

 

「お疲れ様です、陛下」

 

「ああ。本当に、疲れた――」

 

 王派閥と貴族派閥の縮図がここにあった。六大貴族はレエブン侯しかいなかったが、それでも彼は蝙蝠のように派閥を行ったり来たりする人間なので、ガゼフからしてみれば信用出来ない。

 

「しかし、冒険者達に任せるだけで大丈夫なのでしょうか?」

 

 ガゼフは不安に駆られ、つい決まった事を蒸し返してしまう。王も憂い顔でガゼフの問いに答えた。

 

「しかし、我々に出来る事はもう無い。私が動けば王国は完全に真っ二つに割れるだろう。そうなれば内乱で弱ったところを帝国につけこまれることになる」

 

「……はい」

 

 貴族達が冒険者達に任せるという消極的な方法を取ったのもそれが理由だった。王都は王の直轄領なので、貴族派閥の者達はむしろ削ってしまえと思っているのだ。そこに、更に「死にたくない」などと思う王派閥の思惑が重なり王は身動きが取れなくなってしまった。冒険者組合に任せる、それが彼らが取れる最善の方法だったのだ。

 

 二人が暗い顔をして部屋で沈む中――声が響いた。ガゼフも聞いた事のある声だ。

 

「――随分と複雑で贅沢な悩みだな、高貴な者達は」

 

 驚いて声の方角を振り向くと、壁にもたれかかるようにして漆黒のローブに奇妙な仮面をつけた魔法詠唱者(マジック・キャスター)が立っている。――アインズだ。いつの間にか王城の中枢に入り込んでいたアインズに、ガゼフは驚愕した。

 

「アインズ!? どうやって入ってきたんだ!?」

 

「魔法で簡単に。……今度から、こういう会議室はもう少ししっかり防いでおくんだな」

 

 アインズは簡単に言うが、当然そのような対策はしっかりとしている。――つまり、アインズにとってはその程度の対策は有って無いようなものだった、という事なのだろう。

 そしてその怪しい魔法詠唱者(マジック・キャスター)の登場に、しかしガゼフを信用している王はすぐに平静を取り戻し、アインズが誰か悟ったらしく口を開いた。

 

「貴公が、戦士長の言っていた魔法詠唱者(マジック・キャスター)――アインズ・ウール・ゴウン殿か?」

 

「ええ、その通りです。私以外にその名を名乗っている者がいないかぎりは」

 

「そうか――カルネ村を救ってくれたことを、心より感謝する。それに、『八本指』の件といい何から何まで世話になったようで――本当に、感謝する……!」

 

 王がアインズに頭を下げた姿を見て、ガゼフは更に驚愕した。王ともあろう者が、そう易々と頭を下げていいはずがない。これが他の貴族ならばアインズに頭くらい下げて礼を言えばどうだ、と内心で怒りを覚えたかもしれないが、ガゼフにとって一番そうしてはいけない王がそうするとは意外だった。

 しかし、同時に思う。やはりこの御方は自分が仕える素晴らしい君主である、と。

 

 頭を下げた王にアインズは無礼だが手をひらひらと振ってやめさせた。

 

「お気になさらず。単に、私の利害と一致したまでのことですから。そのように頭を下げていただく必要はありません」

 

「いや。しかし――今この場でないと、そうすることが出来んのだ。だからもう一度言わせて欲しい……本当に、深く感謝する――!!」

 

 こうして三人しかいない室内だからこそ、そうする事が出来る。仮に別の第三者――それも貴族派閥の者がいれば王はアインズに礼の一つも言えなかっただろう。

 

「感謝する必要はありませんよ。――正直な話、今までの行動が無駄になる可能性も高いですから」

 

「なに……?」

 

 アインズの言葉に不吉な気配を感じ、王もガゼフも困惑する。ガゼフも、そこでふと思った。そういえばアインズは、一体何をしに王城まで来て自分達の前に姿を現したのだろうか、と。

 

「アインズ、何か用があったのか?」

 

「そうとも。――対策会議が終わるのを待っていたんだ。……アレが、対策会議と呼べるのかは疑問だがね」

 

「それは……その、すまない。身内の恥を晒したようで」

 

 対策会議とは名ばかりの、王派閥と貴族派閥が牽制し合う醜い姿を思い出してガゼフは言葉が濁る。はっきり言えば、今までの宮廷会議と何の変化も無い話だったと言わざるを得なかった。更に、話はアインズの悪口大会にまで広がっていったのだからアインズ本人はさぞ気分を害した事だろう。

 

「気にしていないとも。――正直、今更幾ら罵られようと何とも思わん。連中、生きてこの王都から出られるとも分からん身だからな」

 

「は――?」

 

 あまりに不吉な物言いに、ガゼフは間抜けな表情を晒した。王がすぐに険しい表情になってアインズに問い質す。

 

「ゴウン殿。……すまない。どういう意味か聞かせてもらってもいいだろうか?」

 

「勿論、かまいませんとも国王陛下。――と言うより、この話をするためにガゼフ、お前のところに情報を伝達しに来たんだ」

 

「それは――もしや、今王都の一角で起きているあの炎の壁のことか?」

 

「ああ。――アレはな――――」

 

 そこからアインズが語った内容に、ガゼフは思わず腰が抜けそうになった。王とて、玉座の上で愕然としている。

 当たり前だ。第七位階魔法などという神の領域の魔法の存在を示唆され――あの炎の壁はそれと似たような効果を発揮すると言われたのだから。

 

「ま、待ってくれ、アインズ。――とすると、なんだ? あの炎の壁の内側には、そんな神の領域の魔法に似た能力を持つ化け物がいる、とそう言うのか?」

 

「そうとも、ガゼフ。時間を置けば置くほど負の瘴気によって強い悪魔が召喚され、手が付けられなくなるだろうな」

 

「――――」

 

 アインズから言われた言葉に、ガゼフも王も沈黙する。そして――王が悲鳴じみた言葉を発した。

 

「馬鹿な!! そんなもの、あり得るはずがない!!」

 

 しかし、アインズから発せられた言葉は無慈悲だった。無慈悲に、冷静に――ただひたすら現実を突きつけてくる。

 

「信じないのはそちらの勝手だ。後々困るのもそちらなのだから、好きにすればいい。俺は真実を伝えた。――以上だ。後は信じて対抗策をもう一度考えるなり、信じず滅びるなりすればいい」

 

「…………」

 

 あまりに冷静なその言葉に――王は頭を抱える。信じられないが、信じずに放置すればどうなるかは火を見るよりも明らかなのだから。

 

「陛下……もう一度全員呼び集めて……」

 

「駄目だ。何をどうやっても、もう彼らは動かせん。ゴウン殿が教えてくれた内容を信じさせる根拠が無い……! 謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)からの警告などと言われて、連中が動くと思うか? この国は、諸外国と比べて魔法詠唱者(マジック・キャスター)の地位が低い。……誰も信じないだろうよ」

 

「…………」

 

 そう言われれば、ガゼフも沈黙する。するしかない。

 彼らには何も出来ない。貴族達をあれ以上動かす事も出来ないし、彼ら自身が動く事さえ厳しい。

 まさに八方塞がり。望みは唯一つ。冒険者組合がこの事態を何とか解決してくれる事を祈るしかない。――あるいは。

 

「…………ゴウン殿」

 

 ガゼフが思い至った策に、王もまた思い至ったのか。王は少しの沈黙の後、意を決したようにアインズを見つめて口を開いた。

 ……普通ならば、このような考えに至らない。ガゼフが幾ら言い募ろうと、信じない者の方が大半だろう。しかし王はガゼフを信頼している。ガゼフは嘘をつかない、とそう信じているのだ。だからこそ、ガゼフと同じようにその頼みを口にする。

 

「報酬は何でも用意しよう。だからどうか……どうか頼む! この事件を解決してもらえないだろうか……!!」

 

 王は頭を下げて、アインズに嘆願した。当然、このような姿を貴族達に見せられるはずはない。今この場に王とガゼフ、アインズしかいないから出来る行為だ。今この場でしか、アインズにこうして頼み込むチャンスは無いに等しい。アインズが王城に無断で入り込んだ無礼も何もかも無視して、今この場にある唯一のチャンスを掴む。

 

「――――」

 

 アインズは口を開かない。頭を下げている王を、じっと静かに見つめている。その沈黙に、ガゼフは少しばかり不吉な気配を感じ取った。

 

 ――ガゼフの知るアインズ・ウール・ゴウンとは義理人情に篤い男である。通りすがりのカルネ村を助け、出会ったばかりのガゼフを助け、そしてそう深い関係でもない『漆黒の剣』を助けた。

 だが、勘が告げているのだ。単に優しいだけの男ではない。あの法国の特殊部隊――六色聖典のいずれだったのか今となっては分からないが――そんな彼らの予想出来る末路を考えるに、敵対者に対しては一切の情けをかけない。そんな熱と氷が同居しているような、恐ろしい男だ。

 ガゼフはアインズの事を命の恩人だと思っているし、尊敬すべき友人だとも思っている。だからこそ――ただひたすらに真っ直ぐな生き方をして、今も曲がらずに生きているガゼフは、今ここに、アインズから不吉な気配を感じ取ったのだ。

 何か手痛い――しっぺ返しが待っているのではないか、と。

 

「――国王陛下」

 

 アインズが穏やかな口調で王に語りかける。その静かな口調にガゼフは既知感を覚えた。このアインズの穏やかな声色を――果たして、どこで聞いた事があっただろうか、と。

 しかし、ガゼフには思い出せない。何故ならガゼフの中のアインズの思い出は、既に王都に来た朗らかなアインズに上書きされている。だから、ガゼフにはこの声色を何処で聞いたのか思い出せないのだ。

 もし思い出せたのなら――それが、ガゼフがカルネ村でアインズに対して助力を求めた時と同じ声色だと気づけただろうに。

 

「出来るかぎりは、やってみましょう」

 

「――――! 感謝する、ゴウン殿……!!」

 

 アインズの言葉に、王は再び深く頭を下げる。アインズの言葉を聞いて、ガゼフもまた深く頭を下げた。当然、アインズに対して感謝の念を禁じ得ない。

 

(……ただの、気のせいだったか)

 

 ガゼフはそう結論する。やはり、彼は優しい男だ。確かに敵対者には容赦の無い男に見えたが、それでも罪も無い者達に対して無慈悲な振る舞いは決してしない。ガゼフは涙がこぼれそうになった。

 

「……とりあえず、私は王都に来ている知り合いと合流してきます。細かい話はまた後ほど――『蒼の薔薇』のイビルアイさんの〈伝言(メッセージ)〉で私に連絡を。すぐにその場に集まりますので」

 

「ああ……本当にすまない、アインズ」

 

「いや、気にするな(・・・・・)ガゼフ。俺は金で雇われただけなのだからな」

 

 金銭で雇われただけの通りすがりに過ぎないと、そう言うアインズにガゼフは苦笑した。

 

「それでも……感謝させてくれ、アインズ。助けられてばかりなのだから、せめて今すぐ礼だけでもしないと気がすまんのだ」

 

「そうか――なら、ありがたく受け取っておくさ」

 

 アインズはそうして、来た時と同じように姿を消した。一体どんな魔法を使ったのか。アインズほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が使用した魔法ならば、ガゼフにはおそらく想像もつかないものだろう。

 

「陛下、すぐに……」

 

「うむ。冒険者組合に連絡を取って、王城に招くのだ。後は時間との勝負だ……急ごう!」

 

 

 

 

 

 

「――隊長」

 

 近くにいた悪魔達を粗方退治し一息ついた時、隊員の一人が口を開いた。彼はその口を開いた隊員に目を向ける。

 

「その、少しおかしくないですか?」

 

「そうだな――お前達も同じ意見か?」

 

 彼が隊員達を見回すと、隊員達は全員頷く。そう、明らかに何かがおかしかったのだ。

 

 ――漆黒聖典は現在、〈ゲヘナの炎〉に囲まれた区域に侵入している。まず漆黒聖典が先行し、中を探らなければならない理由があったからだ。

 理由は唯一つ――ユグドラシルプレイヤーが起こした事件か否か、だ。

 

 そういう意味では、アインズから貰った情報は漆黒聖典に有利に働いたと言っていい。第七位階魔法に相当する〈ゲヘナの炎〉。そんな超高位魔法を使用する存在がぽっと出たとは考えにくい。アインズと同様、プレイヤーだと考えて間違いはないだろう。

 だからこそ、漆黒聖典は誰よりも先に中を探ってみなければならなかった。アインズに恩を売る、という意味もある。そのため、細心の注意を払って中に侵入し、こうして悪魔達を狩っていっているのだが……。

 

「――どういうことだ、一体」

 

 中にいるのは悪魔だろうと思っていた。実際、中には悪魔達がいたのだが――何かがおかしいのだ。それが何なのか考えて――ふと、彼は周囲を見回した。そして、隊員達に訊ねる。

 

「お前達、誰か人間の死体を見たか?」

 

「――いいえ、見てません」

 

 彼の言葉に、他の隊員達がその異常に思い当たり、全員が首を横に振る。そこでようやく、彼らはこの異常な光景に気がついた。

 

「馬鹿な……この街の住人はどこに消えたんだ?」

 

 隊員の一人の言葉に、彼も渋い顔をする。王都は王国の首都だ。当然、人口は他の都市より多い。

 だと言うのに――漆黒聖典の誰もが、この〈ゲヘナの炎〉の中で、悪魔達が闊歩する地獄で、人間の死体を見た覚えが無いというのが異常だった。

 

「……それに、何なんだこの悪魔ども……」

 

 もう一つ、漆黒聖典は異常に気がついていた。これは戦っている内に気がついたと言っていい。

 

 悪魔達の強さが、中心に向かっていく内に僅かではあるが強くなっているのだ。漆黒聖典であれば何の問題もなく狩れる程度の強さではあるが、法国以外では苦戦を強いられるだろう強さになっている。

 それが、はっきり言うと気持ち悪い。おそらくこれは漆黒聖典だからこそ気づけた事実である。モンスター達の強さにも、生態にも詳しい法国の者達だからこそ、この奇妙な違和感に気がついた。他の者達ならば、何も気づかずに中心にいるだろう犯人を倒しに奥へ奥へと入り込んでいたに違いなかった。

 

「――これ以上進行するのは危険過ぎるな」

 

 それが彼の出した結論だ。まるで誘うように中心部に行くにつれ絶妙な匙加減で強くなっていく悪魔達。血の跡はあるのに、全く死体が見つからない異常な光景。これ以上進むのは危険過ぎる。

 

「では、一度引きますか?」

 

「そうするしかないだろう――ッ、少し待て」

 

 隊員の言葉にそう返した後、絶妙なタイミングで彼に〈伝言(メッセージ)〉が繋がる。隊員達は彼の――自分達の隊長の様子を固唾をのんで見守った。最初は本国からの連絡かと思ったが、彼の慌てようにその〈伝言(メッセージ)〉の相手が誰か悟ったためだ。

 

「――はい、分かりました。こちらも貴方に報告することがあるので、一度引きます。どこに――分かりました。では、隊員達は近くに潜伏させて、私はそちらに合流します」

 

 彼が意識を戻すと、隊員達が周囲を警戒しながらも彼を見ていた。おそらく、〈伝言(メッセージ)〉の内容を気にしているのだろう。

 

「隊長、例の方ですか?」

 

「ああ。予定通り、一度引くぞ。俺は顔を隠して王城に行く。お前達は周囲に潜伏。他の者達に気取られるなよ」

 

「了解しました」

 

 ――漆黒聖典は警戒しながら、元来た道を戻っていく。当然、邪魔する悪魔達はいたがそれも軽々と彼らは退治していく。本来、こういった任務は全滅した陽光聖典の仕事だが、部隊としての強さは漆黒聖典が群を抜いている。漆黒聖典にとっては何の問題にもならなかった。

 彼らは薄気味の悪さを感じながら、無事に〈ゲヘナの炎〉から抜け出した。

 

 

 

 

 

 

「――こうして集まっていただき、感謝の言葉もありません」

 

 ラナーがそう頭を下げる背中を、クライムはじっと見守った。

 

 現在、ラナーとクライム、ガゼフ、その知り合いだというブレイン。そして『蒼の薔薇』とかつてそこに所属していたというリグリットという老婆。老婆の連れでありアインズと知り合いだというツアーという白金の騎士。アインズと、仮面で顔を隠した何者か――アインズが信用の出来る人物だと言うので、特別に許可されて――彼らは全員一緒の部屋にいた。別室の大部屋には、冒険者達が次第に集まり始めているだろう。

 

「冒険者の皆様には、私からの依頼でこれからこの事件の解決をしてもらうことになりますが――その前に、まずは何がどうなっているのか把握しなくてはなりません。ゴウン様、おそらく、貴方が一番現状を理解していると思われます。説明をしていただけますか?」

 

 ラナーから促され、アインズが仮面で隠した口を開いた。

 

「まず、王都の一角で起きているあの炎の壁は〈ゲヘナの炎〉といい、一部の上位悪魔が持つ特殊技術(スキル)です。効果は下位悪魔の連続召喚。ただし、減らされた悪魔の数に応じてそれが呼び水となり、次第により強い悪魔が召喚されるようになります。――要は、第七位階魔法〈死者の軍勢(アンデス・アーミー)〉の悪魔版ですね。打ち消す方法は一定時間の経過か、あるいは術者に一定数値のダメージを与えることです」

 

 第七位階魔法相当の効果、と言われて改めて部屋に緊張が走る。つまり、相手は伝説級の悪魔だと宣言されたも同然であるからだ。

 

「……十三英雄が退治した魔神の生き残りか何かか?」

 

 ブレインが問う。それほどの強敵が相手となると、一番に思いつくのはそんな英雄譚の中の魔神達だからだ。実際、全て退治されたのではなく、中には封印されたと言われている魔神も英雄譚の中にはある。

 アインズはそれに首を横に振った。

 

「いいえ、まだはっきりとは分かりません。ただ、推定難度は一八〇を超えるでしょうね」

 

「……ひゃくはちじゅッ!?」

 

 その途方もない数字に、全員の息が一瞬止まる。続いて、イビルアイが不安そうにアインズを見つめた。

 

「ゴウン様はその、大丈夫なのかそんな悪魔を相手にして」

 

 かなりの強者である事が予想されるので、件の犯人はアインズが仕留めるという手筈は確定している。しかし聞いたあまりの難度に、イビルアイは不安になったのだろうとクライムは思う。実際、クライムだって思わずアインズを見つめたし、他の者達も不安そうな顔色でアインズを見ている。

 

 しかし、そんな彼らの不安をアインズは一蹴した。

 

「難度二〇〇程度までなら問題ありません。それ以上なら――少々厳しいでしょうが、十分勝てる見込みもあります」

 

「それは……! いや、さすがだなアインズ」

 

 アインズの宣言に、ガゼフが苦笑していた。見れば、ブレインまでもが苦笑の表情を浮かべている。クライムにとっては信じられない言葉だが、この二人にとってはアインズの言葉は信用出来るのだろう。

 

(……うん?)

 

 ふと、気づけばツアーという騎士も仮面の男も静かだった。この二人もアインズの宣言を疑っていないらしい。

 

(いや、それも当然か。確かゴウン様の知り合いだと言っていたな)

 

 クライムは一人納得する。知り合いならば、アインズの強さを身をもって知っている可能性が高い。リグリットという老婆も、ツアーが静かなのを見て納得したように頷いている。

 

(まさに英雄級だな、ゴウン様は)

 

 難度一八〇と予測される敵にも勝てると他人に信じられる叡智溢れる人物。今、まさにクライムは伝説を見ているのかもしれなかった。英雄譚などを集めて知る事が好きなクライムとしては、少しだけ興奮する光景だ。

 ……だが、今はこの王都を襲った事件の解決に集中しなければ。

 

「強敵が潜んでいることはわかりました。他には何か気づいたことはありますか?」

 

 ラナーの言葉にアインズは少し考え――仮面の男を見た。

 

「それは私より、様子見に先行していた彼に聞いた方がいいでしょうね」

 

「…………」

 

 アインズの言葉に、仮面の男が頭を下げる。紡がれた声は、予想していたよりも幼い声でクライム達は少し困惑した。だが、話す内容に集中する。

 

「私が少しですが調査した中の様子をお話しします。……まず、あの炎ですが別に熱はありませんし、侵入を阻害されるということもありませんでした。続いて中の様子ですが、アインズ・ウール・ゴウン様の仰る通り中は下位悪魔に属するモンスター達で溢れかえっています。……人の気配は、奇妙なことにまったくありませんでした」

 

「人の気配が無い? そりゃ、悪魔どもにぶっ殺されたんだろうから、当たり前じゃねぇのか?」

 

 ガガーランの言葉に、仮面の男は首を横に振る。

 

「いえ、そういう意味ではなく――死体さえ無いのです」

 

「は?」

 

「ですから、血の跡や争った形跡は見られたのですが……人間の死体はありませんでした。まったく、奇妙なほどに見当たらないのです」

 

「それは……奇妙ですね」

 

 仮面の男の言葉に、ラナーも頷く。ラナーのように頭のよくないクライムでもそれが奇妙だという事は分かった。その一角に住んでいた住人達は、一体どこに消えたのだろうか。

 

「それと、他にも奇妙なことが幾つか。……何体かモンスターを倒して進んだのですが、奥へ行くほどにモンスターが少しだけ強くなっていきます。ですが、炎の壁に近い場所はかなり弱いモンスターで、簡単に奥へと進むことが出来ます。……帰りは、少しばかり強いモンスターが現れたので苦戦し炎の壁の外に出るのが困難でした」

 

「……なるほど」

 

 ラナーは仮面の男から話を聞くと、全員に見えるように置いていたテーブルの上の王都の地図に視線をやった。そして、炎の壁が存在する場所に線を引いていく。そして内側……悪魔達が闊歩している場所を見て、頷いた。

 

「……この場所は、確か倉庫街ですね」

 

「……そうね。確かに、倉庫街だったと思うわラナー」

 

 ラナーの指差した場所を、ラキュースが頷いて肯定する。ラナーは「やっぱり」と言うと、顔を上げて集まっている全員に告げた。

 

「相手の目的が分かりました。……おそらく、物資の補給です」

 

「え?」

 

「ここ、倉庫街でしょう? たぶん、中の荷物を狙っているんだわ。ここに王都の物資がほとんど保存されているから。――それと、住民の死体が無いのは、きっとそれも食料か何らかの物資として捕獲しているんだと思う。悪魔達の目的はそこでしょうね」

 

「な、なんということだ……」

 

 ガゼフが呆然と呟く。クライムも驚きを隠せない。悪魔達の目的は物資の補給。そのために倉庫街を狙い、そして人間も資源として回収する。

 

(そ、そんなことが許されるはずが無いッ!!)

 

 その冒涜的な目的に、クライムは吐き気を催した。いや、その場の誰もが憤怒の念に駆られている。

 

「連中の目的は分かった。しかし、これだけ静かに王都の内部まで入り込んだ連中だぞ? どうして、わざわざド派手な真似をして私達に知らせる?」

 

 イビルアイの疑問はもっともだ。王都に誰にも気づかれずに入ったという手腕。人手が足りないという事はあるまい。何故なら、わざわざ物資の補給などという事を仕出かすような輩だ。それを考えれば手自体はむしろ足りていただろう。

 だというのに、何故――悪魔達は、わざわざこうも派手な手段に出たのか。

 

 それを……ラナーは、考えたくも無い悪魔達の目的を口にした。

 

「皆殺しにするつもりなのでしょう」

 

「――――え?」

 

「ですから、彼らは私達を皆殺しにするつもりなのだと思います。あの炎の壁は民衆を守る冒険者達を招く()です。そうして手強い相手は中に誘い、警戒網の薄れた他の王都の住民達や物資も回収する気なのでしょうね」

 

「――――」

 

 誰もが、一瞬沈黙する。その最悪な言葉に、全員が口をわなわなと震わせ、怒り狂った。

 

「ふ、ふざけるな! そんなことさせるものか!!」

 

 まず、一番に怒鳴ったのはガゼフだ。ガゼフほど王国の事を想う兵士は他にいない、とクライムは思っている。だからこそ、一番に怒り狂った。

 だが、これは由々しき事態だ。あの炎の壁が囮だとすると、当然外の別動隊にも指揮官がいるはずである。つまり――確実に仕留めなければならない強敵が二人に増えたに等しい。

 

「――あの炎の壁を放置することも出来ない。しかしそれと同格の敵が外にもいるかもしれないわけか……」

 

 だが、アインズは一人だけ。明らかにこちらの手が足りない状況だ。それに少し悩み――どうすればいいか全員で考えていると、アインズが口を開いた。

 

「こうしましょう。中は確実に強敵がいると思われるため私が行きます。それと、野伏(レンジャー)技能に優れたツアーと、足であるハムスケ。外は冒険者の皆さんに頼みます――強敵がいた場合は彼が」

 

「――それが、一番確実でしょうね」

 

 アインズが仮面の男を指差し、男が頷く。そんなアインズの言葉に、ラナーが肯定した。

 

「そちらの方がゴウン様が信用の出来る強さを持っているのでしたら、それが確実な方法でしょう」

 

「つまり――どういうことなの、ラナー?」

 

「倉庫街の方は捨てます(・・・・)。ゴウン様の仰る必要最低限の人員だけで構成し、その方々だけで解決を。外の広範囲に渡る活動が予測される別動隊については、冒険者の方々で解決してもらいます。住民を一時的に王城に避難させ、冒険者の方々と兵士で防護を固めます。ただ、そちらでもやはり強敵がいると思われますので、オリハルコン級以上の冒険者チームの方々は攻勢に出ていただきます」

 

 アインズが懐からアイテムを取り出す。それは木製で出来た小さな手の平に収まる大きさの像だ。それを仮面の男、ラキュースに手渡す。

 

「それで位置を入れ替わることが出来ます――いいですね?」

 

 そんなマジックアイテムがあるのか、とクライムが感心していると仮面の男は無言で頷き――ラキュースは少しだけ顔色を暗くして頷いていた。

 

「ええ……そういうことですね」

 

「……?」

 

 ラキュースの言葉に何か含みのあるものを感じ取って、クライムは首を傾げる。イビルアイは顔を隠しているため分からないが、『蒼の薔薇』の他の者達もまた覚悟を決めた顔で頷いていた。

 それに、クライムはやはり不思議になって首を傾げる。しかしその疑問を口に出す事は無い。

 

「あまりに強過ぎる強敵が出た場合は彼と交代してください。彼なら、私と同じく難度二〇〇までは平気です」

 

「……それは、心強いな」

 

 ブレインが言葉を漏らす。クライムも同じ気持ちだ。そのような強者がこうもタイミングよくいてくれるとは、王国は運が良いとしか思えない。――本当に運が良いのならばこのような悪魔の襲撃も無かっただろうが。

 

「それと、カウラウさん。こちらをお渡ししておきます」

 

 アインズは更に懐から何か取り出した。それは暗い色の宝珠だ。ブレインがそれを見て声を上げる。

 

「確かそれはハムスケが持ってたやつだな。何かのマジックアイテムか?」

 

「ええ。死の宝珠といいます。カウラウさんは死霊使いだとか。これは死霊系の魔法を強化することが出来るマジックアイテムなので、貴方に渡しておきましょう」

 

 ――よろしくお願いします。

 

「喋った!?」

 

 全員が聞こえた声に仰天すると、アインズは何でもないかのようにさらりと答えた。

 

「喋りますよ。インテリジェンスアイテムなので。……死の宝珠よ、頼んだぞ」

 

 ――勿論、期待に応えてみせますアインズ様。

 

 アインズは死の宝珠をリグリットへと渡す。リグリットは頷いてアインズから受け取った。

 

「確かに、これならわしの力を強化することが出来るじゃろう。……人数を稼ぐことが出来るやもしれん。礼を言うぞ、ゴウン殿」

 

「……当面の作戦はこれでいきます。ゴウン様は炎の壁を解決したら、すぐにこちらに合流してください。全ては皆さんに――より正確に言えばゴウン様にかかっています。皆さんが誰一人欠けることがないよう、私達は無事を王城で神に祈っております。――ご武運を」

 

 頭を深く下げたラナーに全員が頷いた。

 

「では、これから集まっていただいた冒険者の方々に説明をして参ります。説明が終わりましたら冒険者の方々と共に王城に民衆を集め、ゴウン様とツアー様には炎の壁に向かっていただきます。……私達は冒険者の方々のもとへ行きますが、ゴウン様、ツアー様、そしてそちらの方はこのままここで待機しておいてください。顔を見られるのはおそらくよろしくないと思われますので」

 

「ええ。私もツアーと細かい作戦を練る必要があるので」

 

 そして、三人を残して部屋から退出した。誰もが口々にアインズに頭を下げ事件の解決を願い、クライムもまた深く頭を下げてから退出する。彼らはそれを確認して――――

 

「――――では、俺達で今回の事件について話し合うか」

 

 

 

 

 

 

「――――では、今回の計画について説明しよう」

 

 ナザリック地下大墳墓の第九階層にて、デミウルゴスは集合した各階層守護者とプレアデスに対して口を開いた。

 

「今回の目的は王都を強襲し、根こそぎ全てを強奪する予定だ。ただし、部隊を二つに分ける。この作戦に参加するのはアウラとマーレとその部下達、プレアデスを除いた第九階層住人以外の全員だと思って欲しい」

 

「あたしとマーレは留守番?」

 

 不機嫌そうなアウラに、デミウルゴスは優しく微笑んだ。

 

「ああ。君達双子はこのナザリックの防衛を任せる。私とコキュートス、シャルティアは作戦に参加するので、君達はナザリックの防衛だ。――勿論、君達の任務が一番重要だというのは分かるね?」

 

「あ、は、はい! このナザリックは、必ず……守ります!!」

 

 デミウルゴスの言葉にマーレは一生懸命頷いた。当然である。このナザリック地下大墳墓こそ彼らにとっての聖域だ。誰であろうと土足で踏み歩く事は許さない。

 

「さて、話を続けよう。先にナーベラルの魔法でナーベラルとソリュシャンを王都の倉庫街に侵入させ、そこでソリュシャンの特殊技術(スキル)で王都倉庫街の視界を手に入れる。シャルティア、ソリュシャンと視界を繋げたらそこに〈転移門(ゲート)〉を開きたまえ。魔力が足りなくなるようだったらルプスレギナとペストーニャから貰うんだよ? シャルティアの〈転移門(ゲート)〉で王都に部隊を内密に侵入させ、倉庫街から物資を残らず回収した後、部隊は二つに分ける」

 

「部隊を二つとは……どうするんでありんすか?」

 

「シャルティア、君はルプスレギナとペストーニャから魔力を貰った後、部隊を率いて倉庫街から出てくれ。私とコキュートスは倉庫街に残る。私が〈ゲヘナの炎〉を使用した後、倉庫街以外の人間達とアイテム――特に魔術師組合のアイテムを回収しに向かってくれたまえ」

 

「私トデミウルゴスハ残ルノカ?」

 

「ああ、コキュートス。君と私は〈ゲヘナの炎〉の中で、おそらく来るだろう王国最強の冒険者チームと戦うことになるだろうね。――おそらく、私達が囮だというのは見破られるだろう。だが、私達を放置することは絶対に出来ない。よって、来るならば王都で最強の者だ。王都最強と言えばガゼフ・ストロノーフという人間の戦士だが彼は貴族や王族の関係上身動き出来ない立場だ。来るならば、王国最強の冒険者……『蒼の薔薇』だろうね」

 

「……ソノ者達ヲ倒スノガ我ラノ役目カ」

 

「そうとも。まあ、レベル的に私達には絶対に勝てないからそう危険は無いよ。不確定要素と言えば――アウラとマーレが法国から仕入れてきた情報か」

 

 デミウルゴスの言葉に、アウラとマーレが背筋を伸ばす。

 アウラとマーレは法国に行き、こっそりと国の様子を探っていた。ローブを深く被り、何でもない子供のふりをして街中を歩いていたのだが――その時、奇妙な存在を度々見ることがあったのだ。

 ――それは、明らかに他の者達とレベル差がある数人。他の国や周囲の人間達と比べれば、鼠と虎ほどの差があるほどの段違いの強者である。アウラが相手のレベルを見抜く特殊技術(スキル)があるため、その奇妙な存在達に気がついたのだ。……もっとも、それでもナザリックの者達と比べれば弱いとしか言いようがないのだが。

 

「もう一度確認するが、その奇妙な者達は法国を出ているんだね?」

 

「デミウルゴスに呼び出されて帰る時に見たら、どこにもいなくなってたよ。だから、たぶん何かの集団で任務か何か入ったんじゃないかな?」

 

「……そうだね。私もそう思う。もしかすると私かコキュートス、あるいはシャルティア、もしくはアウラとマーレ……いずれかと遭遇する可能性もある。十分注意してくれたまえ――特にシャルティア。遊ぼうと思ってはいけないよ」

 

「分かりんした。その場合は、全力戦闘に移行させてもらうでありんす」

 

 シャルティアが頷くのを確認して、デミウルゴスは満足げに微笑んだ。

 

「さて……簡単な説明は以上だ。今回の作戦は今後のナザリック地下大墳墓の維持において重要な意味を持つ。失敗は許されない。今回の作戦に失敗すれば――次の作戦には余裕が無くなるかもしれない。それを念頭に置いて欲しい」

 

 デミウルゴスの言葉に、全員が真剣な顔で頷く。

 ……そう。この作戦に失敗すれば、法国や評議国との戦争の際に持久戦で負ける可能性が浮上するほどに。そんなものを認められるはずのない彼らは、油断も慢心もなくこの作戦を完遂する事を決めていた。

 

「あの、えっと、デミウルゴスさん……。その、もし、もしですよ? 広範囲攻撃で王都ごと消滅させて僕達に補給をさせない、って手段を取られたら、ど、どうするんですか?」

 

「その可能性はあるね……超位魔法ならば王都を消滅させることが可能だろう。しかし、安心して欲しいマーレ。もし仮に超位魔法を使用出来る魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいたとしても大丈夫だ。私も直接、超位魔法を見たことは無いのだが……超位魔法は巨大な魔法陣と長大な詠唱が必要になるため、使われたらすぐに分かるものらしいよ。それに、一定以上のダメージを術者に与えれば解除出来るらしいから、その場合の対策も勿論している」

 

「転移魔法で跳躍して叩き潰す、というところでありんすか?」

 

「その通り。見つけたらシャルティア、君が即座に潰してくれたまえ。〈ゲヘナの炎〉の中で使用された時は私とコキュートスでどうにかしよう」

 

「分かりんした」

 

「……まあ、第三位階が限界で、第六位階魔法が使える現状最高の魔法なら、超位魔法なんて使えるはずがないがね」

 

 つまり、可能性はゼロに等しい。

 

「さて、ではこれから細かい作戦の説明に入る。皆、心して聞いてくれたまえ――――」

 

 

 

 

 

 

 ――全ての説明を終えて、王城から冒険者達が出ていった。そしてその部屋にはラナーと、ラナーに会いに来たという体のザナックとレエブン侯だけが残っている。

 ……実はラナーや『蒼の薔薇』などが集まって話していた部屋の隣には、その部屋の会話を盗み聞き出来る仕掛けがあった。ザナックとレエブン侯はそこにいてラナー達の話を聞いていたのだ。

 クライムが退出し終えて表情が抜け落ちていたラナーは、青い顔をしているザナックとレエブン侯に気がつき首を傾げた。

 

「お兄様、レエブン侯、どうされたのですか?」

 

 ラナーの言葉にザナックは顔色を悪くしたまま、口を開いて問うた。

 

「なあ、妹よ。――第三者的な立場から考えてくれ。勝ち目が無いことを前提として、一番効率よく敗北する方法はなんだ?」

 

「……そうですね」

 

 ザナックの言葉にラナーは思考する。この戦いに勝ち目が無い場合、一番効率よく敗北する方法。それも第三者の立場で。

 答えは決まっていた。

 

「それは当然、この王都ごと消し飛ばすことでしょうね」

 

 悪魔達の目的は資源である。だが、それは悪魔達の現状を伝えていると言ってもいい。――即ち、悪魔達は資源の確保に困っている、と。

 そんな相手――しかもこの場では勝ち目が無い場合に効率よく敗北する方法は一つ。相手に物資を渡さず、かつ戦力を削ぐ事。即ち――王都で敵味方諸共消し飛ばす事こそが、もっとも効率的な敗北方法である。

 

「ですが、そのような魔法は存在しないのですから、考えても意味がありません」

 

 だからラナーはその点については全く考えなかった。そのような方法があるわけが無いのだから、それは思考するだけ無駄である。

 

「……お兄様、そのようなことを訊ねた意図を訊いてもよろしいですか?」

 

 しかし――ラナーは今、ザナックの言葉で自分が何か致命的な間違いを犯した可能性が脳裏を過ぎった。

 

 ラナーは天才である。内政に関して言えば、誰にも負けない自負も今のラナーならばある。

 だが、そんな天才のラナーでも絶対に想定出来ない事は存在した。

 

 それは、そもそもその存在を知らない場合。

 

 いかな天才であろうとも、存在を知らない、その可能性さえ聞いたことが無いならば未来予知でもしないかぎり想定する事は不可能である。

 

 ラナーの言葉にザナックは恐ろしいものを見たような顔で、口を開いた。

 

「妹よ……もし仮に、その王都を一撃で消し飛ばす魔法が存在したならばどうする? しかも、それを行える奴がこの王都にいたら?」

 

「それは――――何が何でも、王都の話を聞かせるわけにはいきませんね」

 

 そのラナーの言葉に、ザナックとレエブン侯がポツリポツリと、この場で盗み聞きした事を語った。

 

 

 

「――――では、俺達で今回の事件について話し合うか」

 

 アインズはそう口火を切る。そしてそれぞれが口を開いた。

 

「……アインズ。君がまさか漆黒聖典をこの場に連れてくるとは私は思わなかったよ」

 

 ツアーがそう言うと、漆黒聖典の隊長も感情の籠もらぬ冷たい声で語った。

 

「私とて、まさかアーグランド評議国の永久評議員の一体、竜王(ドラゴンロード)のツァインドルクス=ヴァイシオンがいるとは思いませんでしたが」

 

 互いに睨み合ったような気配を感じ、アインズが手をひらひらと振って止める。

 

「今はそういうことを言っている状況じゃないだろう?」

 

「それは……そうだね。今だけは味方だ」

 

「……かしこまりました」

 

 互いに嫌そうな気配が全く隠れていないが、アインズはそれで良しとした。……というより、今はこれ以上突っ込んで時間を割きたくない。ツアーの正体に関しても、後で訊ねる事にする。

 

「さて……それで、二人ともどう思う?」

 

「……どうもこうも、ぷれいやーじゃないのかい? 犯人は?」

 

 アインズの言葉に、ツアーが首を傾げて答える。ツアーがプレイヤーという単語について知っていた事については、もう何も突っ込まない。それは既に、先程の会議の最中に〈伝言(メッセージ)〉を使ってある程度訊ねておいたからだ。漆黒聖典の隊長と顔を合わせた瞬間、二人の間に流れた剣呑な空気にアインズは即座に何らかの因果関係があるものと察し、ラナー達との会話の最中にこっそりツアーや漆黒聖典の隊長と内緒で話をしていたのだ。この会議も、なんだかんだと言い訳して残って開く気でいた。

 

 ツアーの言葉に続くように、漆黒聖典の隊長も頷いた。

 

「そうですね。どう考えてもぷれいやーでしょう。ただ、アインズ・ウール・ゴウン様とは毛色が違われるようですが」

 

「そうだな。……なあ、物資の補給でまさかと思ったんだが、ひょっとしてユグドラシルからはプレイヤーだけでなく、ギルド拠点なんかも来るのか?」

 

 アインズが二人に訊ねると、ツアーが頷いた。

 

「うん。八欲王の時はギルド拠点も来たよ。浮遊都市のことは知っているかい? アレは八欲王のギルド拠点だよ」

 

「……それは、なるほど。とすれば、今回の犯人は間違いなくギルド拠点ごと来たプレイヤーだな。ギルド拠点の維持には莫大な金銭が必要だ。それも、拠点が大きければ大きいほど、細かければ細かいほどな。となれば、物資の補給という目的に間違いはないか」

 

 アインズは納得する。だが、そうすると――予想していたとはいえ、非常に困った状況になった。

 漆黒聖典の隊長が、その困った状況を確認するためにアインズに訊ねる。

 

「……アインズ・ウール・ゴウン様。この敵は、どの程度の難度だと見ていられるのですか?」

 

「――間違いなく、俺と同じ難度三〇〇だろうな」

 

 というより、ユグドラシルプレイヤーで難度三〇〇――レベルが一〇〇ではないプレイヤーは少ない方だ。何せ、『ユグドラシル』ではレベル九〇までは簡単に上がる。そこから一〇〇までは至難の道になるがそれでも基本は一〇〇レベルになるだろう。そこからビルド構成や装備品によって、プレイヤーとしての強さが変わると言っていい。

 

 アインズが難度を伝えると、ツアーと漆黒聖典の隊長の間に冷たい空気が流れた。

 

「……それは、私やそこの彼では勝てそうにないね」

 

「二人の難度は俺が見積もったところ、おそらく二五〇前後だと思う。まあ、まず勝てんな」

 

「アインズ・ウール・ゴウン様の場合はどうなのですか?」

 

 漆黒聖典の隊長の言葉に、アインズは自分の強さなどを考え――はっきりと、絶望を告げた。

 

「俺は『ユグドラシル』では中の上くらいの強さだ。――つまり、俺より強いプレイヤーは幾らでもいる、ということだ」

 

「――――」

 

 三人とも、溜息しか出ない。漆黒聖典の隊長はそれを聞いて、少し沈黙した後口を開いた。

 

「ならば、負け戦と見た方がいいでしょうね。――そうすると、敗北方法をどうするかですが……」

 

「嫌がらせしかないんじゃないかな」

 

 ツアーの言葉に、アインズも頷く。

 

「相手の目的は資源の確保。そして我々には勝ち目がほぼ無いに等しい――そうなれば、嫌がらせによる痛み分けがもっともこちらにダメージが無い、か」

 

「――広範囲攻撃で諸共消し飛ばすのが一番でしょうが……申し訳ございません。私ども漆黒聖典にはそのような魔法の持ち主はいません」

 

「俺は一撃で王都を消し飛ばす魔法を覚えているが……まず、相手が警戒しているだろうな」

 

 アインズの言葉に、ツアーと漆黒聖典の隊長の視線がアインズへと向かう。

 

「超位魔法、と呼ばれるものがあってな。MP――魔力を使わずとも唱えられる魔法だ。回数制限はあるが……まあ、一撃で王都ならば吹き飛ばせるだろう」

 

 頭の中で蜥蜴人(リザードマン)達の集落で使用した際の効果範囲を考えながら、おそらく王都を丸ごと消し飛ばすのも可能だろう、と予測する。

 だが、この超位魔法には重大な欠陥があった。

 

「しかし、巨大な魔法陣が浮かび上がるので目立つ。それに莫大な時間の詠唱を必要とする。詠唱中は俺の防御力が下がり、一定以上のダメージを負うと魔法がキャンセルされる。はっきり言って、プレイヤーならば邪魔する手段は幾らでもあるだろうな」

 

「――それは、確かに難しいね」

 

 プレイヤーを警戒していないプレイヤーはいないだろう。ましてや、六大神や八欲王といったプレイヤーらしき伝説も残っている。何らかのプレイヤーの邪魔が入る事は確実だ。

 ……実のところ課金アイテムで詠唱時間を短縮する方法があるが、プレイヤー戦が予測される中で切りたい手札ではない、という思惑もある。

 

 すると、漆黒聖典の隊長がツアーを問い詰めた。

 

「ツァインドルクス=ヴァイシオン。貴方は“始原の魔法(ワイルドマジック)”と呼ばれる特殊な魔法を持っているはずだ。それは使用出来ないのですか?」

 

「“始原の魔法(ワイルドマジック)”?」

 

 アインズがツアーを見ると、ツアーは少し気まずげに口を開いた。

 

「……八欲王達が台頭するまでは一般だった魔法だよ」

 

「この魔法が使えるか否かで、我ら法国は真なる竜王か否かを判断しています。ツァインドルクス=ヴァイシオンはこの魔法を行使することが出来る、数少ないドラゴンです」

 

「ふむ」

 

 その非常に希少な魔法の存在に、アインズの知的好奇心と蒐集癖が刺激される。しかし、今はそれどころではないという事も分かっているので、アインズはツアーに必要な事を訊ねた。

 

「ツアー、それは俺と同じように王都を消し飛ばすほどの広範囲攻撃を行えるのか?」

 

「…………うーん。たぶん、可能だと思う。君が言った超位魔法よりは、融通が利くと思うよ。詠唱時間も長くないし、目立つような魔法陣も存在しないから。ただ、もしかしたら王都全域を消し飛ばすのは難しいかもしれない」

 

 ツアーが首を捻りながら語った言葉に、アインズは内心で驚愕するがそれを横に置いて満足げに頷いた。

 

「十分だろう。王都を丸ごと消し飛ばさずとも、半分も削れば十分過ぎる」

 

「でしょうね。そのような広範囲攻撃を行われた時点で、向こうは引くと思われます」

 

 アインズと漆黒聖典の隊長の言葉に、ツアーは「それなら」と納得したようだった。

 

「なら、こうしようか。当初の予定通り私とアインズが炎の壁に侵入して、君は外。君達は王都を脱出し、炎の壁で皆に見えなくなった後、アインズは確かハムスケくん、だっけ? 魔獣を連れて転移魔法で王都を離脱。私が残って“始原の魔法(ワイルドマジック)”で王都を消し飛ばすよ」

 

「後始末はこちらにお任せください。王族か何か生き残りがいた場合、我らが狩らせていただきます」

 

「後の戦力的にリグリットや『蒼の薔薇』を捨てるのは厳しいけれど――――まあ仕方ないね。『朱の雫』はちょうど評議国の付近まで依頼で来ているから、こちらで帰還妨害をしておくよ」

 

「その後の王国は我々が管理することになりますが――よろしいか?」

 

「私達が人間の国を管理するわけにもいかないだろう? そちらは法国に任せるよ」

 

 ツアーと漆黒聖典の隊長の会話に、アインズは少し考えて……口を開いた。

 

「なあ……その手段は少し待ってもらえないか?」

 

「え?」

 

 ツアーが、不思議そうな顔でアインズを見た。

 

「どうする気だい? アインズ」

 

「一応だが、俺が勝てる可能性もある。ツアー、お前の知覚能力ならばまず先手を取れるだろう。その際に俺が調べて、勝てそうなプレイヤーならば戦って勝とう」

 

「……それは、確かにそれなら一番いいでしょうが」

 

「持久戦でギルド拠点の維持費を攻めるのはいいが、その場合どうしてもプレイヤーが残る。それよりはプレイヤーを倒せる時に倒しておいた方がいい――もしかすると、説得出来る可能性もあるしな」

 

 説得出来るかどうかは、正直可能性として低いとは思う。しかしプレイヤーを倒せたならばアインズのプレイヤーが死んだ場合蘇生出来るのか否かといった実験や、もしかするとアインズより前にこちらの世界に転移しており、知らない情報を得られるかもしれなかった。

 いきなり王都を消し飛ばすと、まず間違いなく相手はプレイヤーの存在を疑うだろう。そしてそうなった場合、いかなる方法でもお互いの妥協点を探るのは不可能だ。……少なくとも、アインズは自分のギルドと敵対し――滅ぼそうとしてきた相手を生かしてやろうとは思わない。

 そして――もう一つ。アインズの脳裏を過ぎるのはガゼフ達の顔だ。彼らを生き残らせる事が出来るなら、出来れば生き残らせてやりたいと思う。

 

「……うーん。まあ、君が言うなら」

 

 ツアーは消極的であるが同意した。アインズは漆黒聖典の隊長を見る。

 

「……正直に申しますと、反対です。そのような危険を貴方に冒させるわけにはいきません」

 

 漆黒聖典の隊長の言葉も納得出来る。現在生存を確認出来るプレイヤーはアインズと海上都市にいる者のみ。そして好意的な者となるとアインズは貴重なプレイヤーだろう。ここで失う危険を冒すよりも、持久戦に勝負を賭けたいと思う人類の意見も納得出来るのだ。

 

「もとよりこのリ・エスティーゼ王国は法国にとって後ろで国内で殺し合うという内乱寸前の国でした。……知ってはいると思いますが、貴族派閥か王派閥のどちらかに勝たせるかしなければならない、と考える程度には法国は王国を捨てております。故に、ここで諸共に消し飛ばすことこそ、最良と我らは判断しております」

 

 そう、人類をよく見ている法国がそう判断したならば、この国はもう腐臭に満ちているのだろう。だが、アインズは少しだけ知りたい事があった。

 

「なあ……一度訊いてみたかったんだが、何故お前達は貴族派閥に勝たせようとしたんだ?」

 

 ガゼフを殺して王派閥の力を削ぎ、あの無能な貴族派閥を勝利させようとしたのか。アインズはそれが訊きたかった。

 漆黒聖典の隊長は、第三者の視点から見た――情け容赦の無い現実を口にした。

 

「どちらの派閥も民衆からの求心力を失っているからです。王族に対しても、貴族に対してももはや民衆は何の期待もしておりません。どちらが勝とうと、はっきり言えば同じなのです。王派閥が勝とうと、貴族達の腐敗は変わりありませんし、貴族派閥が勝てば民衆の暴動が確実に起こるでしょう。そして帝国のジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスほどの求心力を持つ王族はいませんし、また人類の現状を把握しているほどの頭の持ち主もいません」

 

「アインズ・ウール・ゴウン様。旅をしていたならば、貴方はすぐにお分かりになられたでしょう。人類がどれほど苦難の道に立たされているか。人間が生き残るには、団結するしか無いという現状が。――しかし、王国や帝国は現実が見えておりません。王国は内乱寸前の状況ですし、帝国は王国の国力を削ぎ領土を拡大しようとしております」

 

「……まあ、そんなことをしている場合では無いだろう、とは思ったが」

 

「――王国は他の国々に囲まれているからね。現状が分かり難い、ということもあると思う」

 

 王国は評議国、法国、帝国など大きな国に囲まれている国だ。評議国は竜と亜人の国だが、ツアーを見るかぎり人間種に好意的な国だ。だからこそ沈黙している。そして帝国もまた都市国家群や海上都市、竜王国などの国に囲まれている。

 そう――王国や帝国は、トブの大森林とカッツェ平野以外から亜人種や異形種などの脅威に晒された事のほぼ無い国なのだ。だからこそ、人類の現状を把握する事が難しい。

 ……いや、それは怠慢に過ぎないだろう。把握しようと思えば把握出来た。そんな事も出来ない彼らだから、こうして国が腐っていくのだ。

 

「帝国のように立て直すことが出来ればまだよかったのですが――王国は、もはや詰んでおります。法国が何もせずとも、帝国が滅ぼすでしょう。あるいは、内乱で滅びます。もしかすると、いつかトブの大森林からやって来た魔物に滅ぼされるかもしれません。王国が帝国領になる程度でしたらいいのですが、魔物に襲われた場合は……背後の国がそのようなことになれば、人類は更なる苦境に立たされます。そのようなことは容認出来ません」

 

「なるほど」

 

「ですので、どうか考え直していただきたく思います。王国は見捨てるべき(・・・・・・・・・)です」

 

 漆黒聖典の隊長はそう言って頭を下げた。アインズは少し考える。ツアーはどちらでもいいのだろう。ここで王国が滅びようと、その滅びを先延ばしにしようと敵プレイヤーらしき存在をどうにか出来たならばどちらでもかまわないのだ。そのため、アインズの決断をただ静かに待っている。

 

「――――」

 

 どうすべきなのか、アインズにも漆黒聖典の隊長の言い分が正しい事は分かる。おそらく一番危険が少なく、そして勝算の高い戦いだ。ここまでの事を仕出かすのだから、敵プレイヤーは異形種である可能性が高く、もはや人類に対して敵対行動を取っている。捨て置く事は出来ない。

 ……もしかすると、法国は敵プレイヤーに対して何かここで押し負けても勝算があるのかもしれない。彼らはアインズに無理に味方になってくれ、とは今まで一言も申していない。それは、アインズがいなくとも何か勝算があるからだろう。無理に言ってアインズと敵対したくないという心算もあるだろうが、別の切り札を持っている可能性の方が高い。だからこそ、アインズもまたここで法国と無理に敵対したいとは思わない。

 

「――――」

 

 しかし、アインズに頷く事は出来ない。アインズはもとより、人類のために戦う者ではない。アインズはもっと些細な、小さな、そして自分にとっての宝石のために戦う者だ。

 

 ただ、同時に死の危険を冒してまで王国などのために戦う気もないが。

 

 だからこそ、アインズが出来るのはここまでだ。

 

「……いや、やはり万が一を考えてプレイヤーは一度見てみるべきだ。ツアーの知覚能力ならば気づかれずに発見出来る。その超遠距離から魔法で探り、プレイヤーの情報を得てからどうするべきか決めるべきだろう。王都を消し飛ばす程度の威力では死なないプレイヤーもいる。念には念を入れてやはり探っておいた方がいい」

 

「――かしこまりました」

 

「……だが、俺の勝ち目が無い場合即座にその計画を実行する。それでいいな?」

 

「それでいいんじゃないかな? 終わり次第、アインズの〈伝言(メッセージ)〉で集合場所とかを決めよう」

 

 その後の話し合いも必要になるかもしれないし――と言うツアーの言葉に頷く。

 

「では、いずれにせよ俺が〈伝言(メッセージ)〉を使って漆黒聖典には連絡を送る。それを待て」

 

「かしこまりました。我らは作戦実行と共に王都の外へ出て、逃亡を企てる王族や貴族(・・・・・・・・・・・)がいた場合、処理いたします」

 

「それでいいだろう。俺とツアーは〈ゲヘナの炎〉に突入した後、ハムスケを先に外に転移魔法で逃がし、待機を命じておく。そして二人でプレイヤーの確認だな」

 

「計画を実行する必要があったら、私が諸共消し飛ばそう」

 

 ――――こうして、彼らの暗い密談は終わった。

 ……アインズはともかく、漆黒聖典の隊長やツアーは他人の気配に敏感である。

 彼らは分かっていたし、実はアインズも〈伝言(メッセージ)〉の密談で既に知っている。

 

 隣の部屋で盗み聞きしていた者達の事など、彼らは当然分かっていながらこの秘密裏ではない密談を行ったのだ。

 

 ……そして、決して頭が悪いわけではない密談を盗み聞きしていた者達は、当然漆黒聖典の隊長が語った言葉の裏も読み取っている。

 

 逃げれば、殺す。

 

 ――――王国はこうして、完全なる詰みの盤石を完成させられたのだ。

 

 

 

「――――」

 

 全てを聞き終えたラナーは、少し考え……もはやどうしようもない事を悟った。

 

 王国は詰んでいる。漆黒聖典やアーグランド評議国の永久評議員は、王国を既に見捨てている。

 彼らが王都を滅ぼせるほどの超広範囲攻撃手段を用意出来た時点で、王都の現状を見られた時点でもはや詰んでいたのだ。もう、ラナー達ではこの盤上は引っくり返せない。

 王国の人間など別にどうでもいいが、漆黒聖典が証拠隠滅のために待ち構えている時点でクライムと共に逃げ出す事も出来ない。

 かと言って、このまま王都に残っていても確実にツアーの魔法で王都ごと消滅させられる。

 

 そして王都という首都を失った王国は、確実に暴動が起き法国が「善意からの平定」と称して支配しにくるだろう。

 

「……殿下。我らに出来ることはありますか?」

 

 ラナーが考えるまでもなく、ザナックもレエブン侯も詰んだ事を悟っている。だからこそ、ラナーははっきりと二人に告げた。

 

「どうしようもありませんね。私達に出来ることは、奇蹟を祈ることだけです」

 

「奇蹟?」

 

「はい」

 

 そう、残された唯一の奇蹟。アインズがいるからこそ出来た、唯一の可能性だ。

 

「敵がアインズ・ウール・ゴウンが勝てるという難度三〇〇以下であることを祈ることだけです」

 

 難度三〇〇以下ならば、とりあえずアインズは勝てるのだ。ならば王都の被害は大きいだろうが、国としての形は何とか残せるだろう。

 それが、王国に残された唯一の光明である。

 

「やはり……それしか無いか」

 

「勿論その後、実質評議国にも法国にも見捨てられている現状をどうにかしなくてはいけませんが、今を生き残る方法はそのたった一つでしょう」

 

 そう、奇蹟を信じる以外にもはやラナー達には何も出来ないのだ。

 

「……とりあえず、『蒼の薔薇』は出撃を中止するようにしておきます。万が一奇蹟が起きた場合、意味の無い戦いに出してラキュースを失うわけにはいきませんから」

 

 そう彼らを納得させ、ラナーは別の事を考える。それは万が一奇蹟が起きた場合の事だ。

 

(……万が一生き残れた場合でも、王国に居続けるのは危険過ぎるわね)

 

 法国は王国を既に捨てている。生き残れた後も、当然何らかの手段で人類に損失が一番少ない方法で滅ぼしにくるだろう。

 いや、そもそもこの場かぎりで生き残ったところで王都の受けるダメージを考えた時、確実に王国は二進も三進もいかなくなる。アインズに報酬金をかなり支払わなければならないだろうし、悪魔達(ぷれいやーという意味もラナーには分からないが、何らかの異国の職業だろうか?)に略奪された物資の事も考えて――――

 

(帝国に領土を売り払わなければ冬も越せないでしょうね)

 

 そうして国力を削られ、餓えた王国民は王族や貴族に憎悪を募らせ、帝国は王国に更に領土を割れと迫り小競り合いを仕掛けてくる。

 そして最後には――――法国が漁夫の利を持っていくのだろう。評議国と法国は仲が悪い。彼らが仮に戦争状態に陥った場合、間に何らかの別国があるのは好ましいものではない。法国は王国の領土を狙っている。法国に大義名分を与えて王国を支配されれば、帝国も黙るしかない。

 

(ここで生き残っても詰んでるか。首を挿げ替えれば何とかなるかと思ったのだけれど……法国がそこまで考えているとなると、もうその程度では済まないわね)

 

 ザナックに王位を継がせたとして、もうどうしようもない状況だ。焼け石に水。王国は法国に見捨てられた時点で、もう詰んでいたのだ。ラナーは内政に関しては天才だが、もはや一人の天才でどうにか出来る現状ではなかったのだ王国は。

 帝国と王国の違いは、おそらく一つ。法国が見捨てるまでに帝国は立て直しが間に合った。王国は間に合わなかった。

 これはただ、それだけの違いなのだろう。

 

(困ったわ。これはこのまま父が王位にいる間に、帝国に売られる必要があるわね)

 

 当然、その時はクライムも一緒だ。ジルクニフはある程度頭がいいようなので、ラナーも少しは退屈しないで済むだろう。頭が中途半端に賢い者の方が思考を読み易い、というのもある。クライム一人くらいならば、ジルクニフも許すだろう。

 

(……となると、操作すべき貴族は――――)

 

 ラナーは考える。クライムとの愛すべき未来を掴み取るために。

 ……勿論、これは王都が無事であった場合の話だ。王都ごと消し飛ばされればラナーのこの心配は全くの杞憂になるし、ラナーの思考も単なる妄想で終わる。

 

 しかし、ラナーは考え続けるだろう。万が一の奇蹟が起きたその時、幸せな未来を歩むために。

 

 ――――当然、ラナーは残された国民の苦難や、父や兄などに訪れるであろう悲惨な末路について、欠片ほども思い悩む事は無かった。

 

 

 

 

 




 
モモンガ「あ、これたぶん勝ち目ないわ」
隊長「敗北確定なら嫌がらせをします」
ツアー「“始原の魔法”で王都消し飛ばすね」

これで敵の補給を妨害する事が可能に!

王国「おいやめろ」
 

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