モモンガ様ひとり旅《完結》   作:日々あとむ
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貴方だけ見つめてる回。
 


あるべどのぼうけん

 

 

 ――広々とした玉座の間。そこに女のすすり泣きがずっと響いている。

 

 ここはギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の本拠地、栄光あるナザリック地下大墳墓。その最下層だ。支配者が座るためのこの世でもっとも高貴な玉座と、至高の四十一人のギルドサインが掲げられており、最奥にはとあるワールドアイテムが設置されている。

 

 そんな場所に似つかわしくない、女のすすり泣きがずっと響いていた。――いや、それともむしろ相応しいのか。

 至高の四十一人は全て去り、最後の慈悲深き王もまた去った。ならば墳墓らしく、女の情念が籠められたすすり泣きこそ、この玉座の間から奏でる音色として相応しいのかもしれない。

 

「…………」

 

 カツリ、と高く鳴る軍靴の音。玉座の間へと入るための扉の前に立った男は、女の情念籠もるすすり泣きが聞こえてくる事に首を傾げた。しかしこのまま突っ立っているわけにもいかず、帽子と襟元を整えるとその扉に手をかけようとする。

 

 ――ぎぃ。

 

 固く閉ざされていた巨大な扉がひとりでに開いた。誰かが立つと強制的に開くようになっていたのか、それとも『指輪』を持つ者の意思に反応して開くようなギミックでもあったのか。――この墳墓の絶対支配者がいない今は、誰にも分からない。

 

 ――カツン、カツン。

 

 扉が開き、男の視界に荘厳な玉座が目に入る。それに優雅に敬礼をすると、男は羽織っている軍服のコートを翻し玉座の間に向かって歩き出した。

 

「…………」

 

 響く軍靴の音。しかし玉座の間に響く女のすすり泣きはやまない。男は周囲を観察し――至高の四十一人のギルドサインを象った旗の内、自らの創造主の旗が無い事に気がつくと、すすり泣きの主へと視線をやった。

 

「…………」

 

 男の視線の先には、白いドレスに黒い翼を持った女が玉座に縋りつくように蹲っている。その艶めかしい肢体を男の創造主の旗が覆っており、男は少し不快な気分に襲われた。

 

 ――カツン、カツン。

 

 男は足を進める。女は男に気づいていないのか、それともあるいは意図的に無視しているのか。女が男を見る気配は無い。

 

 ――カツン、カツン。カツン。

 

 男が女へと近寄る。男は玉座の前の階段で一度止まると帽子を取り、胸に手をあてて跪いた。そして深く頭を下げる。十分に頭を下げた後立ち上がり、帽子を頭に被せ――女へと口を開いた。

 

「守護者統括殿」

 

「――――」

 

 男の言葉に、女のすすり泣きが止まる。痛いくらいの静寂が代わりに玉座の間に響き――女はゆっくりと顔を上げて男を見た。その女の表情には驚愕が張り付いている。

 

 何故なら、女はこのナザリック地下大墳墓において統括する者としての地位を至高の四十一人に与えられている。言うなれば、女は創造主達を除いてこのナザリック地下大墳墓にてもっとも地位高き者だ。その女が知らぬシモベがいるなぞ、あり得るはずがない。

 だと言うのに、女は――この、目の前に現れた男の声を、全く知らなかったのである。

 いや、声だけではない。この男の見目さえ、女は知らなかった。記憶の中に、全く男の情報が無い。

 

 だが、それでもこの見知らぬ男がナザリック地下大墳墓に所属するシモベである事は疑いようが無かった。自分達と同じく、男はナザリック地下大墳墓に所属する者特有のオーラを発している。それも女と同じ――至高の四十一人が手掛け創造した者特有のオーラを。

 

 そして女は男の声も見目も知らなかったが、記憶の中に唯一男と該当する情報があった。

 

 それはナザリック地下大墳墓の絶対支配者、至高の四十一人の纏め役。女――アルベドの愛するモモンガが唯一作り上げたNPC。

 

 即ち――パンドラズ・アクター。宝物殿の領域守護者にして、ナザリック地下大墳墓の最後の番人。

 

「…………」

 

 目の前にいるはずの無い、現れるはずの無い領域守護者の姿を見て――アルベドは驚愕に彩られた瞳でぱくぱくと口を開くがそこから声が漏れる事はない。

 

 そう、この領域守護者がここにいるはずが無い。誰がアルベドの前に現れても、この領域守護者だけは絶対にアルベドの前に姿を現すはずが無かった。

 何故なら、彼は宝物殿の領域守護者。ナザリック地下大墳墓の宝物殿は隔離されており、至高の四十一人だけが持つ指輪――リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがなければ、入れない場所なのだ。当然、そこを守る領域守護者たるパンドラズ・アクターがこうして階層を移動するなぞあり得ない。

 

 ――そう、指輪(・・)が無いかぎり……。

 

「モ、モモンガ様がいらっしゃられるの!?」

 

 アルベドは即座に立ち上がり、自身を見下ろしていたパンドラズ・アクターへ掴みかかる。パンドラズ・アクターは異様に慌てているアルベドへ、大仰に手を振り落ち着かせるように促した。

 

「落ち着いてください、統括殿。それは私が訊ねたいことです。――私の創造主、モモンガ様は何処です?」

 

「――――」

 

 パンドラズ・アクターの言葉に、アルベドは目を吊り上げた。

 

 何を言っているんだ、コイツは。

 

 本来いるはずの無いお前が、こうしてこの場にいる事こそ、モモンガがこのナザリックにおられる証拠だろうが。そのお前が何故モモンガの居場所が分からないなどと意味のワカラナイ事を言う――!

 

「…………」

 

 アルベドの視線が口ほどに物を言っていたのか、パンドラズ・アクターは大仰な仕草で肩を竦めると、自らの指をアルベドの顔の前に差し出した。アルベドの視界に、パンドラズ・アクターの異形の指が映る。

 その指には、ギルドサインが記された美しい指輪が嵌っていた。

 

「――――あ」

 

 それで、アルベドは悟る。パンドラズ・アクターはモモンガに出してもらったのではない。おそらく宝物殿の中から厳重に保管されていたであろう指輪を探して、自分から出てきたのだと。

 つまり、モモンガはナザリック地下大墳墓に帰還してなどいなかった。

 

「――――」

 

 ふらり、とアルベドは頽れ、再び涙を溢れさせる。立ち上がった拍子に滑り落ちたモモンガの旗を拾い上げ、再びそれにくるまり外界を遮断した。

 

 もう二度と、現実を認識しないために。モモンガがいない、などという辛い現実から目を逸らすために。

 

「…………」

 

 再び自分の創造主の旗にくるまったアルベドの姿を見たパンドラズ・アクターは、もう一度不快げに溜息をつくと、アルベドへ声をかける。

 

「統括殿。もう一度訊ねますが――――私の創造主、モモンガ様は何処です?」

 

 アルベドは答えない。しかし、パンドラズ・アクターの言葉は止まらない。

 

「宝物殿にいつものように金貨も補充されず、〈伝言(メッセージ)〉を使用しても連絡が取れない。明らかに異常事態でしょう」

 

 アルベドは外界を遮断する。しかし、パンドラズ・アクターの言葉にこの領域守護者を哀れに思った。

 おそらく、パンドラズ・アクターはモモンガがナザリック地下大墳墓を去った事に気がついていないのだ。仕方ない。ある日突然別れを告げられたNPCは少なくないが、しかし別れさえ告げてもらえなかったNPCの方が多いのだ。彼もまた、創造主に別れを告げてもらえなかったNPCだ。

 このまま放っておけば――おそらくパンドラズ・アクターはアルベドから話を聞くのを諦めて、他の階層へと移動するだろう。そうすれば、デミウルゴス辺りがアルベドの代わりに話してくれるはずだ。

 

 この、辛い現実を。至高の御方々全員から見捨てられた、忘れ去られた自分達を。

 

 その時初めて――パンドラズ・アクターは、創造主に捨てられた事に気がつくのだ。

 

 アルベドは黙秘する。パンドラズ・アクターはそんなアルベドに初めて――苛立たしげな感情を明確に乗せた声を発して訊ねた。

 

世界級(ワールド)アイテムまで幾つか持ち出すなど――モモンガ様に何かあったに違いありません」

 

「――――え?」

 

 その言葉に、アルベドは涙を引っ込めて顔を上げた。相変わらず、そこにはドッペルゲンガー特有の埴輪顔があるだけである。

 しかし彼は間違いなく、アルベドを苛立たしげに見つめていた。

 

「ですから……モモンガ様は、世界級(ワールド)を持ち出されているのです! いえ、他にも幾つか宝物殿のアイテムを持ち出されております! だというのにモモンガ様は一向に宝物殿に来られず、〈伝言(メッセージ)〉さえ繋がらない――これが、異常事態でなくてなんなのですか?」

 

「あ……」

 

 パンドラズ・アクターの言葉に、アルベドはようやく事態が呑み込めてきて――

 

「もう一度、訊ねます。守護者統括のアルベド殿、モモンガ様は何処です(・・・・・・・・・・)?」

 

「――――」

 

 ――モモンガはナザリック地下大墳墓を見捨てたのではなく、その御身に何かあった可能性がある事に気がついた。

 

「――――ッ!!」

 

 アルベドは声にならない悲鳴を上げる。顔色を真っ青にして立ち上がった。自分の馬鹿さに頭を殴りつけてやりたくなるが、それを押し殺してパンドラズ・アクターをしっかりと見据える。

 パンドラズ・アクターは事態を把握するため、アルベドの言葉を待っていた。

 

 アルベドは深呼吸をして気分を落ち着かせ、自分が知っているかぎりの情報をパンドラズ・アクターに与える。

 

「現在、モモンガ様はおられないわ。いえ、それどころかここが何処なのかも分かっていないの」

 

「? どういうことです?」

 

「ナザリック外の景色が変わっているのよ。付近の地形は沼地でしょう? 今は草原になっているわ。モモンガ様がナザリックに来られなくなってから……そうね、大体一ヶ月近く経過している時にそれを把握したの」

 

「……一ヶ月……」

 

 アルベドが思い出しながらパンドラズ・アクターに知っている事を告げると、パンドラズ・アクターは手を大仰に振って全身で嘆きを表現する。

 

「では、ここが何処なのかも……」

 

「ごめんなさい。さっぱり分からないわ」

 

 あるいはデミウルゴスなら、何か把握しているかもしれない。おそらく、アルベドがナザリック地下大墳墓の運営を放棄している以上、デミウルゴスが統括代理を行い代わりに運営しているはずだ。むしろ、デミウルゴス以外にアルベドの代わりは務まらない。……目の前の、アルベドやデミウルゴスと同等の頭脳を与えられているパンドラズ・アクターなら可能だろうが、彼は今まで宝物殿にいた。そしてこうしてアルベドに現状を訊ねている以上、ナザリック地下大墳墓を襲った未曽有の事態を知っているのはあり得ない。

 

「ふむ……やはり、外に出て正解だったようですね」

 

「そうね。貴方が外に出てきてくれて助かったわ。……ねえ、何か宝物殿のアイテムを使ってモモンガ様のことを調べられないの?」

 

 アルベドはパンドラズ・アクターに訊ねる。パンドラズ・アクターは宝物殿の番人であり、財政の責任者だ。宝物殿のアイテムを全て把握しているので、探知系マジックアイテムくらい知っているだろう。

 しかしアルベドの質問に、パンドラズ・アクターは首を横に振る。

 

「既に試しております。どうやら我が創造主は、探知阻害系の魔法かマジックアイテムを使用しておられるようで……近くにいれば探知阻害されていても分かるのですが」

 

 至高の四十一人はこのナザリック地下大墳墓にて、自分達より更に特有のオーラを纏っている。そのため、彼らの身分を間違えるという事は無いのだが探知阻害系の魔法かアイテムを使っていれば話は別だ。その支配者特有のオーラさえ、それらは隠してしまう。

 しかし、例外もある。手ずから創造されたNPC達だけは、自分の創造主の事ならば隠していても見れば分かるのだ。

 

 つまり、パンドラズ・アクターは精密なモモンガ発見器というわけである。

 

「…………」

 

 その事に思い至ったアルベドは、じっとパンドラズ・アクターを見つめる。その真剣な瞳にパンドラズ・アクターは胡乱げにアルベドを見た。

 

「なんです?」

 

「ねえ、パンドラズ・アクター……外にモモンガ様を探しに行きましょう。モモンガ様が姿を隠されている以上――貴方しかモモンガ様を御見つけ出来ないわ。モモンガ様はこちらに自分の意思で来られなくなったのならいいけれど――帰って来たくとも来られない状況だった場合、後悔してしまうもの」

 

「……それは、勿論かまいません。どの道、貴方に話を通して部隊を編成しモモンガ様を御探しに向かう予定でしたから」

 

 パンドラズ・アクターも、初めからそのつもりだったらしい。アルベドは頷いてパンドラズ・アクターを促した。

 

「なら、すぐに行きましょう」

 

「……それはそうですが、まずはシモベを集めて部隊の編成について話し合うべきでは?」

 

「私と貴方だけで十分でしょう。このナザリックの外にいる者達がどれほどのレベルか分からない以上、防御特化の私とモモンガ様が分かる貴方だけの少数精鋭の方がいいんじゃないかしら? どの道、貴方しかモモンガ様を見つけられないのだし。あまりたくさん連れ歩くのもいざと言う時に困るもの」

 

「ふむ」

 

「デミウルゴスには私が話を通しておくわ。時は一刻を争うのだし……貴方は宝物殿に戻って装備を整えてきてちょうだい。その間に話を通しておくから」

 

 アルベドの言葉にパンドラズ・アクターは頷くと、軍服のコートの裾を翻し踵を返した。

 

「かしこまりました。では、私は装備を整えてまいりますので――他の方々には貴方が話を通しておいてください。すぐに戻ってまいります」

 

「ええ、安心してちょうだい(・・・・・・・・・)パンドラズ・アクター」

 

 アルベドは微笑みを浮かべてパンドラズ・アクターを見送る。パンドラズ・アクターは玉座の間を出ると、指輪の力を使って転移した。

 

「さて……」

 

 パンドラズ・アクターを見送った後、アルベドも急いで準備を整える。当然、完全装備だ。鎧も武器も全て持っていく。このナザリック地下大墳墓から出る準備を整える。

 

 

 

 ――そして。

 

「ではいきましょうか、パンドラズ・アクター」

 

「ええ。こちらをどうぞ、統括殿。不敬ではありますが、ここから第一階層まで出るのは時間がかかります。この指輪をお使いください」

 

 アルベドはパンドラズ・アクターから指輪を受け取る。このナザリック地下大墳墓を自由に行き来する事の出来る、至高の御方々しか持つ事を許されていないマジックアイテム。それを緊急事態のため装備し、アルベドとパンドラズ・アクターはナザリック地下大墳墓を抜け出した。

 

 

 

 

 

 

 エンリはその日、いつものように農作業をしていた。自宅ではネムが薬草を磨り潰している頃だろう。

 

 ……カルネ村は、段々と以前の活気を取り戻していた。あの事件で村人は減ったが、しかしエ・ランテルで住民を募集すると他の焼かれた村の生き残りが移住してきたので、住人の数は戻ったどころか多くなった。カルネ村を結果的に守ってくれていた森の賢王――ハムスケはアインズについて行っていなくなってしまったが、アインズが他の森の魔物のリーダーに話をつけて、カルネ村を襲わないように言ってくれた。

 そして、アインズが残していってくれたアンデッドの騎士と、アインズのくれたアイテムで召喚されたゴブリン達。カルネ村はむしろ、前より活気が溢れたと言えるかもしれない。

 移住してきた住民達も、人間に村を焼かれ王国に助けてもらえなかった不信感からか、この村を助けてくれた魔法詠唱者(マジック・キャスター)が与えたアイテムより召喚されたゴブリンを信用している。

 

 だから、カルネ村は平和だ。……まあ、エンリとしてはまさかアインズがくれたあの小さな角笛が、金貨数千枚の価値があるとは思ってもいなかったが。おかげでエ・ランテルに入都する時に大騒動を起こしてしまった。ンフィーレアが助けてくれなかったらどうなっていた事だろう。

 

(確か……ナザリックっていうところから来たんだっけ?)

 

 転移魔法の実験で失敗して吹っ飛んだ、と言っていたらしいが――その間抜けな理由にエンリは内心でくすりと笑う。魔法の研究中に没頭し過ぎてアンデッドになった、凄い腕前の魔法詠唱者(マジック・キャスター)。その人間性が、エンリ達に警戒を抱かせない。

 まあ、それでも新たに移住してきた村人達にはさすがにアインズの正体については言えないのだが。

 

 エンリは黙々と農作業を続ける。他の畑でもエンリと同じように農作業している者がおり、ゴブリン達は村の周囲を見回りしていた。あのアンデッドの騎士は、倉庫で沈黙している。

 空を見上げると、雲一つない快晴だった。

 

「……え?」

 

 しかし、エンリはその空に二つの影を見つける。雲一つない快晴の中にある、黒い二つの点。エンリは鳥の影だろうかと思い首を傾げた。そして――――瞬きの間。

 

「――――!?」

 

 ズンッ、と二つの影がエンリの前に降り立つ。エンリは仰天して、身を竦ませた。

 

 それは、鎧を着こんだ二人組だった。漆黒と、純銀の全身鎧(フルプレート)を着込んだ戦士達。空から降ってきたという事は、〈飛行(フライ)〉の魔法か何かで空を飛んでいたのだろうか。とても魔法詠唱者(マジック・キャスター)には見えないが……。

 

「あ、あの……」

 

 まさか空から村に侵入してくる相手がいると思わず、エンリは驚いて口を開く。そこでエンリは――ようやく、漆黒の戦士の方の腰から黒い翼が生えていた事に気がついた。

 

「ひ……」

 

 黒い翼が翻るように動き、鎧の中にしまわれるように消えていく。明らかに人間では無い。それにエンリは恐怖を覚えて身を竦ませ――

 

「そこの下等生物、モモンガ様はどこにいるの?」

 

 漆黒の戦士から聞こえた女の声に、エンリは瞳を見開いた。

 

「え?」

 

「早く答えなさい。隠すとためにならないわよ」

 

 漆黒の女戦士から異様な気配が溢れ、エンリは更に恐怖に身を竦ませた。そんなエンリと漆黒の女戦士の様子に、もう一人の純銀の戦士が溜息をついて漆黒の女戦士を止めた。

 

「統括殿。落ち着かれては? ――失礼、お嬢さん。こちらにモモンガ、と名乗られた御方が訪れませんでしたか?」

 

「え? あ、えっと……」

 

 エンリは純銀の戦士の質問に一生懸命頭の中で考え――その答えが分からず愕然となった。

 何故なら、肌で感じたのだ。漆黒の女戦士から感じる気配は……質問に答えられなければ命は無いのではないか、と。純銀の戦士も態度は冷静そのものだが、声の気配からは冷たいものを察する。

 

 泣きそうになったエンリに、両者から冷たい視線が刺さる。漆黒の女戦士が持つ病的な色の大きな長柄斧がエンリの視界の隅でゆっくりと振り上げられた気がした。遠くで、エンリの耳に何か破壊するような物音が響く。そして――――それがエンリに向かって振り下ろされた。もっとも、エンリには長柄斧の振り下ろす動作など全く見えなかったが。

 

 しかし、それは決してエンリの頭蓋を真っ二つにする事は無かった。寸前で長柄斧は止まり、エンリは目の前の漆黒の女戦士がいつの間にか腕を振り下ろし、柄の穂先が自分の頭の上……頭を真っ二つにする寸前で止まっているのを見る。

 

「…………」

 

 顔から血の気がざぁっと引き、腰が抜けて地面に尻もちをつく。股間から温かいものが溢れ出たが、エンリには気にする余裕が無い。ただ呆然と目の前の漆黒の女戦士と、純銀の戦士を見つめるのみだ。

 

 ――そして、エンリは気づく。二人は既にエンリから視線を外しており、同じ方向に顔を向けていた。この二人から視線を外すのは恐ろしかったが、エンリも釣られるように二人と同じ方向を見る。

 

『オォォオオオオォォオオ――!』

 

「姐さん!!」

 

 そちらから、アンデッドの騎士が身の毛もよだつ咆哮を上げ、こちらへと走って向かっていた。背後からはゴブリン達が顔色を真っ青にして駆け寄ってきている。エンリはそんな彼らに心底安堵して、引き攣ったような笑みをこぼす。

 

 アンデッドの騎士が自発的に動くのは珍しい。基本、村長の命令でしか動かないようにアインズに命令されていたからだ。……実はアインズのお茶目で、ネムもこっそり動かせるらしく、時折ネムが忍び込んで肩に乗せてもらって遊んだりしているらしい事をエンリは知っているが、それでも基本アンデッドの騎士は動かない。

 

 それが、動いている。自発的に。何かの気配を察知して、エンリのピンチに駆けつけてくれたのだろうか――。エンリはアインズへと内心で再び感謝を捧げた。

 

「――――」

 

 だが、アンデッドの騎士が止まる。アンデッドの騎士は漆黒の女戦士と純銀の戦士を見ると、驚愕したかのように止まったのだ。アンデッドの騎士が止まったのを見て、ゴブリン達も驚愕する。

 そして二人は、エンリを無視してアンデッドの騎士へと歩み寄っていった。

 

「どういうこと? この死の騎士(デス・ナイト)からはナザリックの気配がするわ。でもナザリックでは死の騎士(デス・ナイト)は生まれないはずよね?」

 

「……ふむ。なるほど」

 

 漆黒の女戦士はアンデッドの騎士を首を傾げて見ており、純銀の戦士は何か納得したのかアンデッドの騎士を見て頷くと、再びエンリを振り返った。

 

「お嬢さん。やはりモモンガ様に会っておられるではないですか? このアンデッドを作った御方はどこです?」

 

「モモンガ様!? やはりモモンガ様がこちらにおられたということなのね!」

 

「そのようです。私が感知したモモンガ様の気配は、どうやらこのアンデッドから発していたようですね。――さあ、お嬢さん。このアンデッドを作られた御方は何処にいるのですか?」

 

 漆黒の女戦士は純銀の戦士の言葉に気色悪く、くねくねと身を悶えさせ始めた。そんな漆黒の女戦士から、引いたかのように若干身を離して純銀の戦士がエンリに訊ねる。

 

「あ、え、えっと……モモンガ、という方は知りませんが――そのアンデッドを召喚したのは、アインズ・ウール・ゴウン様と名乗られる魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。ナザリックという場所から来た、と言ってました」

 

「アインズ・ウール・ゴウン! なるほど、なるほど――」

 

 純銀の戦士は満足げに頷くと、再びエンリに近寄り、ずいっと顔を近づけた。

 

「それで――今はどちらに?」

 

「は、はい。数ヶ月前にエ・ランテルへ旅立ちました」

 

「ふむ。――少し詳しい話をお聞かせ願いたい」

 

 アンデッドの騎士、ゴブリン達、正体不明の戦士二人組に見守られながらエンリはこの二人組にアインズと出会った時の事を語る。数ヶ月前にカルネ村に訪れた悲劇と、そんな村を守ってくれた通りすがりのアンデッドの話を――。

 

 純銀の戦士はエンリの話を聞き終えると、頷いた。

 

「では、アインズ・ウール・ゴウン様は数ヶ月前に、その薬師の友人ンフィーレア・バレアレという者とエ・ランテルという都へ向かったのですね」

 

「はい、そうです」

 

「なるほど。協力感謝いたしますよ、お嬢さん。――モモンガ様は名を変え、人間のふりをしながらナザリック地下大墳墓を探しておられるようですね。全身を隠して外に出て正解でした」

 

 純銀の戦士の独り言に、エンリはこの二人が人間では無いのだ、という事を知った。この鎧の下はアンデッドなのだろうか。

 

「お嬢さん、もしアインズ・ウール・ゴウン様が再びこの地へやって来た際は……パンドラズ・アクターが探している、とお伝えください。できれば、この地で再び我らが訪れるのを待っていて欲しいとも」

 

「は、はい……分かりました」

 

 エンリが頷くと、パンドラズ・アクターと名乗った純銀の戦士は赤い外套を翻すと、未だ何故か身悶えしている漆黒の女戦士に声を張り上げた。

 

「統括殿! いつまで身悶えしているのですか? 行きますよ!」

 

「ああ……モモンガ様……今、アルベドが迎えに行きますからね……」

 

 純銀の戦士の言葉を、しかし漆黒の女戦士は聞いていない。どこかに意識を吹き飛ばし、ずっと独り言を呟いている。

 その様子に溜息をついた純銀の戦士は、漆黒の女戦士へ近寄る。

 

「では、失礼します統括殿。――――ふんッ!」

 

「モモンガ様……あぁ、ああ……モモンガ様…………? どうしたの、パンドラズ・アクター」

 

「いえ……なんて固い腹筋なんだ、このアマ……なんて思っていませんよ?」

 

 凄まじい音と共に腹部に叩き込まれた拳に、しかし漆黒の女戦士は肩でも叩かれたかのように首を傾げるだけだ。その姿に純銀の戦士が若干引き攣り気味な声で答える。

 エンリ達が見守る中、二人は再び空を飛ぶとエンリが教えたエ・ランテルの方角へと去っていった。

 

「…………大丈夫ですかい? 姐さん」

 

 そんな二人組を呆然と空を見上げて見守っていると、ゴブリン達がエンリに話しかける。エンリはその声にゴブリン達を振り返り――――自分の股間が濡れている事と、先程までの死の恐怖を思い出し――泣いた。

 

 

 

 

 

 

 ンフィーレアは祖母のリイジーとともに、ここ数ヶ月ずっとポーションの研究をしている。

 赤い液体のポーション。そう、アインズから買い取った、伝説の神の血液だ。

 研究で、この赤いポーションは魔法で作られたらしい事が分かる。沈殿物が無いのですぐに分かったが、しかしそれがどのような魔法で作られたのか、未だに二人は分かっていなかった。

 

 ……おそらくだが、自分達の知識の中にある魔法の知識では、このポーションの材料を解明する方法が無いのではないか、と二人は見ている。同時に、おそらく自分達が持つ道具のランクも足りていない。

 何せ、最近知った事だがアインズは単なる村娘のエンリにポン、と金貨数千枚の価値になるマジックアイテムを二つも渡してしまうほどの富豪だ。おそらく、彼にとってこの程度はたとえ盗まれても庭の小石を拾われた程度の価値しかなかったのかもしれない。

 それが意味する事はつまり――エンリから聞いたアインズがいたというナザリックは、この大陸よりも技術力が圧倒的に進んでいる超大国なのだろう。こんな超希少アイテムを幾つも持っているのに、アインズがその作り方も知らず、扱い方も粗末だという事からそれが窺える。

 

(いつか、アインズさんのいるナザリックっていうところに、引っ越せればいいな)

 

 そうすれば、たぶんンフィーレア達の技術は更に進歩するのだろう。その時はぜひエンリも一緒に引っ越して……と妄想したンフィーレアは、顔を真っ赤にして首を横に振って妄想を振り払う。慌てて横目でリイジーを見るが、幸いリイジーはンフィーレアの様子に気づいた気配は無かった。

 それに安堵し、ンフィーレアは再び研究に没頭する。……まあ、仕事もちゃんとこなさなくてはならないので、この仕事にかかりきり、というわけにはいかないのだが。

 

 ふと、そういえばンフィーレアは思い出す。あのエ・ランテルの墓地の事件以降、時折このバレアレ家には魔術師組合長のラケシルが訪れるのだ。

 

 いわく、アインズにぜひ魔術師組合に入ってもらい、話を聞きたいらしい。第三位階魔法を使えるような魔法詠唱者(マジック・キャスター)は稀であるし、ンフィーレアが巻き込まれたあの事件の主犯はズーラーノーンという秘密組織だったらしく、もしかしたら第四位階や第五位階魔法も使えるかもしれない、という事でラケシルは興味津々なのだ。

 

 ンフィーレアも、おそらくアインズは第五位階魔法を使えるだろう、と思っている。というより、使えるはずだ。……最初にエンリが見た魔法は、〈雷撃(ライトニング)〉ではなく、もう少し何か前に言っていたという事を思い出したからだ。そしてちょうど、第五位階魔法にその魔法の上位版がある。

 

(今頃、どうしてるんだろうアインズさん)

 

 自分を助け、ふらりとそのままいなくなったアインズ。組合長達には隠せず、『漆黒の剣』とともにアインズの事を報告したが……彼らは変わらず、アインズを探しているのだろうか。自分を助けた後そのまま去ったという事から、きっと目立ちたくなかったのだろうという事で表立って噂される事もなく、単なる通りすがりだと片付けられているが……。

 

 そうやって研究しながら物思いにンフィーレアが耽っていると、表から何人かの声が聞こえた。それは、あのアインズの件で仲良くなった四人組の冒険者チーム『漆黒の剣』の声だ。

 

 ンフィーレアはリイジーに声をかけて、店の表に向かう。すると、やはりそこにはいつもの顔がいた。……ただ、一人顔が少ない。ニニャがいなかった。

 

「あれ? ニニャさんはどうしたんです?」

 

 訊ねると、三人は少し苦笑いして答えた。

 

「ああ、うん。ちょっとな……。わりぃ、ンフィーレア。またいつものポーション買うぜ」

 

 ルクルットの言葉に、ンフィーレアは詮索はせず頷いて、奥からポーションを取り出す。

 

「いつもと同じ量でいいですか?」

 

「はい、大丈夫ですンフィーレアさん。今回は王都まで行ったので、結構大変だったんですよ……」

 

 ペテルがそう苦笑いで答え、ダインが頷いた。

 

「うむ。それに、アインズ氏と王都で再会までしたのである」

 

「え!?」

 

 ダインの言葉に、ンフィーレアは仰天してつい身を乗り出して訊ねる。

 

「ア、アインズさんと会ったんですか!?」

 

「おう。アインズさん相変わらずあの変な仮面つけて、王都ふらふらしてたぜ。俺も吃驚した」

 

「へ、へえ……」

 

 変な仮面、というルクルットの言葉にンフィーレアは苦笑いをこぼす。実際、変な仮面だと思っているのでンフィーレアは何も反論出来ない。

 

「アインズさん、元気そうでしたか?」

 

「あの人は元気そうでしたよ。ハムスケも元気だそうです。王都には戦士長さんに会いに来たみたいですね」

 

「うむ。いつの間にやらアインズ氏は、戦士長殿どころかあのアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』とも知り合いになっていたのである。いつの間にやら、顔がとんでもなく広くなっておられるなアインズ氏は」

 

 ペテルの言葉にンフィーレアはエンリから聞いたカルネ村の件を思い出し、その関係でガゼフに会いに行ったのだと思ったが、続くダインの言葉に更に仰天した。

 しかし、同時に納得もしている。

 あれほどの偉人ならば、むしろ『蒼の薔薇』と知り合いにならない方が違和感があるな、と。

 

「あの、アインズさんの話をもっと……」

 

 ンフィーレアがそう口に出すと、表のドアが吹き飛んだ。それにぎょっとして全員が表口を見る。今の時刻は夜であり、一応まだこの店は開店しているが、押し入り強盗か何かかと思ったのだ。『漆黒の剣』の三人がンフィーレアを庇うように立ち、武器を抜いて出入り口を見つめる。

 

「おい、ルクルット! 気配はしたか?」

 

「いや。何も気づかなかったぜ……どういう事だ、おい」

 

「一体何者であるか……」

 

 緊張感を孕んだ声が室内に響く。吹き飛んだドアから入ってきたのは――漆黒の全身鎧(フルプレート)の戦士だった。

 

「……ちょっと、そこの下等生物達」

 

 女の声が室内に響き、この漆黒の戦士の性別を悟る。漆黒の女戦士はズカズカと押し入ると、四人を見回して首を傾げた。

 

「誰がンフィーレア・バレアレという下等生物なの?」

 

「なんじゃ!? 今の物音は!?」

 

 漆黒の女戦士の言葉の後、物音に驚いたリイジーが奥から出てくる。奥から出てきて更に増えた人数に、漆黒の女戦士が手に持つ長柄斧を苛立たしげに揺らした。

 

「ちょっと、下等生物が増えているじゃない。まったく面倒臭いったら……」

 

「統括殿、先程も言いましたが少しは落ち着いたらどうなのです? ……嫁の貰い手がありませんよ」

 

「うるさいわね!」

 

 更に、漆黒の女戦士が入ってきたように純銀の戦士が入ってくる。純銀の戦士の言葉に漆黒の女戦士がヒステリックに叫び、純銀の戦士を睨みつけた。

 純銀の戦士はそんな漆黒の女戦士を無視して、ンフィーレア達五人を見回す。

 

「失礼。我々はナザリックというところから来た者なのですが……アインズ・ウール・ゴウン様についてお訊ねしたい。ンフィーレア・バレアレという方はどなたですかな?」

 

 まるで舞台役者のように大仰に振る舞う純銀の戦士に、少し微妙な表情になりながらンフィーレアはアインズの名前におずおずと手を挙げた。

 

「あの……それは僕です」

 

「おお! 貴方がンフィーレア・バレアレですか! 私の名はパンドラズ・アクターと申します。……カルネ村で訊いたのですが、アインズ・ウール・ゴウン様がこちらに来られたとか。その御方のことをお聞きしたいのですが」

 

「えっと……ナザリックって事は、アインズさんがいた国ですか?」

 

 もしかしたら、国ではなく都市名かもしれないが。ンフィーレアはそう訊ねる。純銀の戦士は腕を振り胸に当て、お辞儀をして頷いた。

 

「そのように思っていただければよろしい。それで、アインズ・ウール・ゴウン様の居場所を探しているのですが……あの御方は何処に?」

 

「さっさと話しなさい、下等生物ども。こちらも暇ではないのよ。はやくモモンガ様を迎えに行かなきゃ……」

 

 漆黒の女戦士から漂う剣呑な気配に恐怖しながら、ンフィーレアはしどろもどろに答える。

 

「あ、あのえっと……確か、今は王都にいるって言ってました……ですよね?」

 

「あ、はい……。もう四日前の事だけど、王都にいました……。えっと、もしかしたらもう旅に戻ってるかもしれませんけど」

 

 ンフィーレアに訊ねられ、代表としてペテルが頷く。その言葉を聞くと、二人は満足げに頷いていた。

 

「王都! この国の首都ですね! そちらはどの方角にあるか聞いても?」

 

 純銀の戦士の言葉に、ンフィーレア達は説明する。

 

「ああ……そこにモモンガ様がいらっしゃるのね……くふー!」

 

「まあ、既に移動している可能性もありますが」

 

「……! 早く行くわよパンドラズ・アクター! モモンガ様が移動してしまわれないうちに! 早く!!」

 

「分かっていますとも、統括殿。では皆さん、もしまたアインズ・ウール・ゴウン様に御会いになられた際は、アインズ・ウール・ゴウン様にカルネ村まで一度来て下さるようお伝えください」

 

 純銀の戦士と漆黒の女戦士はそう言うと、身を翻してンフィーレアの家から出ていった。少しの沈黙の後、ルクルットがそろりと歩いて家の外を確認すると、その姿はもう見えなかったらしく首を横に振った。

 

「……請求は、後でゴウン殿にでも言えばいいのかのう」

 

 リイジーはポツリと、粉砕された出入り口を見ながら呆然と呟く。何だか異様にテンションの高い二人組で、ンフィーレアはどっと疲れた。『漆黒の剣』の三人も同じ気持ちなのか、疲れ切った顔をしている。

 

「なあ、もしかして……アインズさんって、あいつらに疲れて家出してたんかな」

 

「……そうかも」

 

 ルクルットの言葉に、その場の全員の声が揃った。

 

 

 

 

 

 

「……ところでパンドラズ・アクター。あの下等生物どもの言った情報は、信用出来るの?」

 

 アルベドは空を飛行しながら、同じように空を飛行している純銀の鎧を装備したパンドラズ・アクターを見た。

 

 アルベドの装備は全身鎧(フルプレート)のヘルメス・トリスメギストスや長柄斧の3Fなど……アルベドに与えられていた完全装備だ。

 しかし、パンドラズ・アクターの装備はアルベドの知識によれば至高の四十一人の一人である、魔法戦士だった男の装備だったように思える。パンドラズ・アクターは多くは語らないが、どうやってこの装備を手に入れたのか……パンドラズ・アクターは宝物殿におり、至高の四十一人以外は誰も会いに行けないので、モモンガから何らかの許可をもらっているのかもしれない。

 

 ……だとすれば、もしや他の至高の四十一人は亡くなられたのだろうか。だから、誰も帰ってこないのだろうか……。

 

 アルベドは心の隙間を通るように過ぎった思考を振り払い、パンドラズ・アクターの答えを待つ。正直な話、アルベドは他の者よりはパンドラズ・アクターの事に詳しいが、それほど多く知っているわけではない。名前と、創造主がモモンガである事。そして宝物殿の番人である事くらいだ。おそらく、他の守護者達に至っては存在さえ知らないだろう。

 だが、〈飛行(フライ)〉などの幾つか魔法を使用しているので、アルベドは魔法職と戦士職で構成された、コキュートスのような戦闘スタイルなのだろうと思っている。

 

 そしてパンドラズ・アクターは先程からこっそりと彼らに悟らせないように無詠唱化させた魔法をかけて、人間達に真実を言わせていた。レベル差があり過ぎて、彼らは魔法をかけられた事に全く気づいていないだろう。……まったくもって、やはり下等生物である。

 

 アルベドの質問にパンドラズ・アクターは頷いた。

 

「勿論です。彼らは真実を語っていますよ統括殿。……つまり、話を聞くかぎりではモモンガ様はそれほど切迫するような状況ではないようですね。最初に世界級(ワールド)アイテムが宝物殿から取り出されたのは、数ヶ月前です。しかしあの三人の人間達がモモンガ様に御会いになられたのはつい最近。ならば御息災なのは確実でしょう」

 

「……確か世界級(ワールド)アイテムは至高の御方々が集められた、最高級の秘宝のことよね。私はその一つを所持することが許されているけれど……その一つにしても、とてつもない力を感じるわ。それが必要になる事態なんて、とても安心出来ないけれど……でも、御元気なのよね?」

 

「少なくとも、彼らはモモンガ様が御息災だと思われています。それに、話を聞くかぎりでもモモンガ様が御息災なのは確かなのでは? 一応、至高の御方々がおられた時には、持ち出された事もありますので……今回持ち出された二つの世界級(ワールド)アイテムも、モモンガ様に命の危機が迫っている、というような意味を持つ類の世界級(ワールド)アイテムではありません」

 

「えっと……つまり、戦闘用ではない?」

 

「戦闘に運用・あるいは有利に出来るマジックアイテムであることは確かですが、他の世界級(ワールド)アイテムよりは他者への影響が少ないです。戦闘に使用したのではないのでしょうね、おそらくですが」

 

 パンドラズ・アクターの言葉に、とりあえずアルベドは安心する。モモンガに命の危機が迫っている危険性は、かぎりなく低いと思われたからだ。

 これがアルベドが持つ広範囲攻撃を可能とする完全な戦闘タイプの世界級(ワールド)アイテムならば、そうは言っていられなかっただろうが、世界級(ワールド)アイテムの性能にアルベドより詳しいパンドラズ・アクターが言うのだから、そうなのだろう。

 

「そう……でも、このままだとモモンガ様がまた移動される恐れがあるわね。早く王都へ行かなくては」

 

「そうですね。今までの情報から、モモンガ様もこちらを探していた節があります。名前を変えられていたのは、おそらくこちらに分かり易くするためでしょう。早くお会いしなくては」

 

「……ねぇ、ところでパンドラズ・アクター」

 

 アルベドは隣を飛行しているパンドラズ・アクターに、ずっと言いたかった言葉を告げる。

 

「貴方、その……大仰な振る舞いはどうにかならないの? 正直、ちょっと鬱陶しいのだけれど……」

 

 過剰なほどに演技過多なのだ。どんな言葉も、行動も全て大仰にパンドラズ・アクターは実のところ振る舞っている。アルベドにとって、パンドラズ・アクターは演技が過激な舞台俳優を思わせた。恐ろしいのは、あんなにもオーバーアクションだというのに、決して誰とも言葉が重ならず、そして誰かに身体をぶつける事が無いという事。パンドラズ・アクターは空間の間合いを完全に把握しながら、過剰な演技を続けているのだ。普通ならば誰かにぶつかっているだろう。しかしそれが無い。

 それはつまり、パンドラズ・アクターは周囲の反応を把握しながら過剰演出しているという事だ。演技はわざとらしいほど過激だが、なるほど本物の舞台に立てばこの領域守護者は全ての者の視線をその演技力で引き込むだろう。

 

 ――誰も、彼を無視出来ない。舞台俳優という意味では、それはまぎれもない一流の証だった。

 

 しかし、アルベドにとってはそれは正直に言って苛立たしい。本来、アルベドは閉鎖的な女だ。その心の内は自己だけで完結するように出来ている。……いや、おそらくNPCの誰もが本質的には自己だけで完結するように創造されているはずだ。

 例えばアルベドは裁縫などが趣味だ。しかし、その趣味を他のNPCに貶されたからと言って、苛々したりなどはしない。デミウルゴスとて、人骨を使った日曜大工などを好んでいたりするが、コキュートスに「理解ノデキン趣味ダ」と言われようと気にしないだろう。

 

 そう……NPC達は、結局のところ誰もが心の内で自己だけで完結しているのだ。至高の四十一人以外、その内面には踏み入ってこられない。シャルティアとアウラはよく喧嘩をするが、あれは創造主に「そうあれ」と創造されているからそうしているのであって、実際本当に仲が悪いわけではない。相手のここが気に入らない、というものが無いのだ。

 例外はデミウルゴスとセバスだろうが……何故だろうか。アルベドは、あれはあれで、創造主達に望まれた形なのではないか、と思っている。何故ならあの二人は、嫌い合っているのに理由を説明しろ、と言われれば理由を説明出来ないからだ。セバスはシャルティアがデミウルゴスと同じ事をしたとしても、別に気にしないし、反対にデミウルゴスもペストーニャなどが自分の趣味を嫌がれば内緒にするくらいの分別はある。

 もしかするとモモンガならあの二人に何か説明をつけられるのかもしれないが――今は不在なため分からない。

 

 だが、このパンドラズ・アクターは違う。少なくともアルベドは短い付き合いだがそう思う。

 

 彼は、初めから他人ありきで創造されたような気がするのだ。他のNPCと違い、自己だけで完結せずに、誰かと触れ合う事を前提に生み出された――そんな気がするのである。

 

 パンドラズ・アクターは他のナザリック地下大墳墓のシモベ達と毛色が違う。

 果たしてその理由は彼の創造理由によるものなのか――唯一創造主が残っているNPCだからかなのか――。

 

 それとも、モモンガに創造された者だからなのか。

 その事を思えば、アルベドの内心で嫉妬の炎が巻き起こる。

 モモンガに創造されたNPC――そんな者をアルベドはわざわざ視界に入れたくない。理由が無ければ会いたくもない。

 

 アルベドは手に持つ長柄斧をぎゅっと力一杯握った。これがマジックアイテムでなければ、アルベドの握力で砕けていただろうほどの力を込めて。

 

 そんなアルベドの様子に気づいていないのか、パンドラズ・アクターはアルベドの意見に相変わらず大仰に振る舞って答えた。

 

「それは無理な話です、統括殿。私は創造主たるモモンガ様にそのように振る舞うよう――創造されました。故に、この振る舞いを止めることは出来ません」

 

「そう……モモンガ様が理由ならば仕方ないわね」

 

 それならば仕方ない。かくあれかし――そう言われては、従う他ないからだ。逆らうという発想は普通出て来ない。

 

「それよりも統括殿、私としてはむしろ貴方の振る舞いの方が――その、もう少しお淑やかに出来ないのですか?」

 

「まあ! パンドラズ・アクター、私はれっきとした淑女よ?」

 

 歯切れの悪い、しかし濡れ衣の言葉に少し不快な気分を乗せて、アルベドはパンドラズ・アクターの言葉に答える。アルベドの答えを聞いたパンドラズ・アクターは――おそらく表情があれば微妙そうな、複雑な表情を浮かべてから――答えたのだった。

 

「あ、はい」

 

 王都は、近い。

 

 

 

 




 
ヤンデレ・黒歴史「今、会いに行きます」
モモンガ「」

この話はクリスマスに投稿するべきだった(真顔)。
 







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