モモンガ様ひとり旅《完結》   作:日々あとむ

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捏造設定満載の最終回。
 


L.L.L./Clattanoia

 

 

 ――夜が明けた。太陽が昇り、王都を照らしている。

 照らされた王都は酷い惨状だった。街中のあちこちで煙が燻っており、炎は未だ全て鎮火されてはいない。煌びやかだった王城は見るも無惨で、城壁はほぼ崩れており、人の死体や、おそらくは彼らの一部だったモノがそこかしこに転がっている。

 どこを見ても、無事だった場所は無い。どこを見ても瓦礫の山ばかりで、そんな瓦礫の山に血がべったりと付着し、それはまだ乾ききっていなかった。

 

 その中を、イビルアイは一人歩いた。

 

「…………」

 

 彼女の姿もまた、見る者が目を背けたくなるものだった。服はまるで襤褸切れのようにびりびりに破れていて、腹部などが丸見えになっている。いつも体を覆っていた赤い外套は存在しない。普段隠されていた顔は、仮面が無くなって美しい顔が顕わになっている。

 しかし、その瞳に輝きは無い。表情は翳り、かつての輝きはそこにまったく見出せなかった。

 

「…………」

 

 イビルアイは顔を両腕で擦る。視界が涙で滲んできたからだ。黙って顔を擦り、再びふらふらと幽鬼のように一人歩き出す。そんな彼女の周囲には、四つの白い布の塊が浮いていた。

 白い布は安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)であり、死人のアンデッド化や腐敗などを抑止する効果がある。包まれているのは当然、イビルアイの仲間だった者達だ。

 即ち――ラキュース、ガガーラン、ティア、ティナである。

 

 ――最初はよかった。あの二人のメイドを相手に、『蒼の薔薇』はかつてない激戦を繰り広げたが、それでも絶対に勝てない相手ではなかった。少なくともイビルアイがいれば、勝てない相手ではなかったのだ。

 だが、あの二人のメイドが呼んだ仲間がまずかった。イビルアイ以上の魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)と、今まで与えたダメージを無かった事にしてしまう信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)。そして――――鮮血色の鎧を着た、恐ろしい吸血鬼。

 

「…………」

 

 そこからの事は、あまり思い出したくも無い。酸で徐々に溶かされていく仲間。傷を回復させられながら、素手で何度も滅多打ちにされていく仲間。蟲に内部から噛み砕かれていく仲間。魔法で支配され動きを止められたイビルアイを、同じく魔法で支配されて泣いて謝りながら武器で滅多刺しにし続けた仲間。

 そしてそんな自分達を、げらげらと嘲笑いながら踏みつけてくる吸血鬼。

 

 死にかけると、信仰系魔法で回復されてやり直し。死なないかぎり続く、決して死ねない地獄の底。

 

「…………」

 

 途中で仕事を思い出したのか、それとも飽きてしまったのか。仲間達は殺されて、最後にイビルアイが残って――殺される寸前、彼女達は舌打ちをしながら去っていった。イビルアイが顔を上げると、王都から幾つもの魔物の影が飛び出していくのが見えて、イビルアイはようやく、この悪夢が終わったのだと理解する。

 

「…………」

 

 残されたイビルアイは、疲れ切った体を引き摺って仲間達の死体をマジックアイテムで包み、残された魔力で〈飛行(フライ)〉を使って運び歩き出した。

 疲れていた。どうしようもなく。

 本当は気づいているのに。それすら気づかなかったふりをして。

 

 ――ラキュースが死亡した以上、死体を保存したとしても、誰にも復活なんて出来ないんだという事を。

 

 イビルアイはそれを考えないようにして、大切な仲間達の死体を連れて歩き出したのだ。

 

「――インベルン」

 

「ツアー……?」

 

 そうやってふらふらと歩いていると、イビルアイは懐かしい名前を呼ばれて顔を上げる。そこには穴だらけの空っぽな白金の鎧が瓦礫の山の上に立っていた。その背後に、アインズが立っている。

 

「無事だったんだね」

 

 ツアーは鎧を軋ませて、イビルアイに近寄る。そして周囲に浮いている四つの白い布の塊を見て、少しの沈黙の後――残念そうに呟いた。

 

「生き残ったのは君だけか……」

 

「ああ……」

 

 イビルアイはツアーの鎧を見て、かつてない苛烈な戦いであった事を理解した。ツアーの鎧を砕くなど、生半可な強さの者達ではない。少なくとも、イビルアイにはツアーの鎧を砕くなど不可能だ。リグリットでも不可能だろう。アインズの前衛を受け持っていたツアーがここまで酷い状態だという事は、それほどの相手であったという証明であり――イビルアイが遭遇したあの吸血鬼も、もしかするとそれほどの強さだったのかもしれない。

 

「……イビルアイ、お前はアンデッドだったのか」

 

 アインズが少し驚いた様子でイビルアイに顔を向けている。仮面が砕け、指も何度も切り飛ばされ踏みつぶされたため、吸血鬼――アンデッドの気配を隠していた指輪のマジックアイテムは、既にどこか瓦礫の山に埋まっていた。今のイビルアイには、とても掘り起こす気力は無い。

 アインズはアンデッドの気配を探知出来るのか、イビルアイの正体を一目で見破ったらしい。イビルアイはアインズの質問に力なく頷くと、アインズは少し考え込み――空間から何か指輪を取り出した。

 

「使え」

 

「え?」

 

「今の王都の状態で魔物の気配を振りまく気か? 石を投げつけられる程度ではすまないぞ」

 

「あ――」

 

 この王都は魔物の群れに襲われたのだ。その状態で魔物の気配をさせるような相手が近寄ってきたらどうなるか――イビルアイは身を震わせ、アインズのガントレットの掌に置かれていた指輪を礼を言って受け取ると、急いで自分の指に通した。

 

「……さて、ところでモモンガ。彼らはどうしてるんだい?」

 

「連中はこの後色々予定があるらしい。ここ(・・)も無事に済ませてしまったからな、別の策を使う必要が出たから本国に帰ったぞ」

 

「ああ……そういえば、本来の計画だとそうだったね。魔獣は?」

 

「この女と同じ理由で却下だ。とても見せられん」

 

「うーん、それもそうだね。というか、私も帰った方がいいね。今の人間達にはとても見せられない状態だ」

 

「それが賢明だろうな」

 

 イビルアイはツアーとアインズの会話に首を傾げる。彼らの会話の内容が、イビルアイには意味が分からない会話だったからだ。計画だとか、予定だとかどういう事だろうか。

 ただ、分かる事はある。ツアーはどうやら、王城で合流する事なくこのまま評議国に帰国する気だと。

 

 ……しかし、それも仕方ないかもしれない。今、人間では無い生き物の存在は姿を現せない。たとえ身を粉にして働いたとしても、人間達はその恐怖感からツアーもイビルアイも拒絶するだろう。アインズが連れていたハムスケという魔獣を連れていないのも、それが理由なのだろう。

 

「帰るのか、ツアー」

 

「うん。リグリットにも代わりに伝えておいてくれ」

 

 ツアーはイビルアイにそう言うと、踵を返して王都を去っていく。そんなツアーの背中に、アインズが声をかけた。

 

「ツアー……ありがとう」

 

「……どういたしまして、モモンガ」

 

 なんとなく、イビルアイにはツアーが微笑んだような気がした。ツアーは知らない名前でアインズを呼ぶと、朝陽の中今度こそ王都を去っていった。

 そして――イビルアイとアインズがそこに取り残される。

 

「……さて、ところでそれはラキュース達の死体か」

 

「……ああ」

 

 アインズの質問に、イビルアイは肯定を示す。続いて、アインズはイビルアイに質問した。イビルアイが考えないようにしていた事を。

 

「復活魔法の使い手の当てはあるのか? 確か、王国ではラキュースしか使い手がいないと聞いたが」

 

「…………」

 

 アインズの言葉に、イビルアイは沈黙を返す。当てなど無い。ツアーのいる評議国にも、周辺国家の帝国にも復活魔法の使い手はいない。何故なら、死者を復活させる魔法は第五位階の信仰系魔法なのだ。それほどの魔法の使い手など滅多に存在しないし、ラキュースを除いて法国にしかいないだろう。

 だから――そう、本当はラキュース達は生き返らないのだと、イビルアイは知っていた。

 

「…………」

 

 イビルアイの沈黙をどう取ったのか、アインズは仮面の頬を掻くと、溜息をついて再び先程の指輪と同じようにアイテムを取り出した。

 

「――受け取れ」

 

「え?」

 

 アインズがイビルアイへと差し出したのは、白く、先端部分に黄金を被せ、握り手にルーンを彫った神聖な雰囲気を漂わせる三十センチほどの一本の短杖(ワンド)だった。イビルアイは困惑してアインズを見つめる。

 

「これは蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)という、死者復活の魔法を宿したアイテムだ。彼女達を復活させる程度ならば出来るだろう」

 

「――――」

 

 イビルアイは驚愕に目を見開き、アインズの手に握られている短杖(ワンド)を見つめる。

 

 ……今、イビルアイの目の前に差し出されているのは、伝説のマジックアイテムだ。本来必要な大儀式、復活のための対価を無視する事が出来る伝説の蘇生アイテム。

 

「今までの礼だ。受け取れイビルアイ」

 

「あ……」

 

 差し出されたそれを、イビルアイはこの世の何よりも大切なもののようにそっと握り、胸に抱く。そしてアインズを見上げた。

 

「ゴウン様……貴方はまさか、ぷれいやーなのか……?」

 

 このような伝説のマジックアイテムをこうして与える事が出来る人物。そして凄腕の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だという事が、イビルアイにアインズの正体を告げている気がした。

 

 アインズはイビルアイの言葉を聞いて若干息を呑んだように沈黙し――静かに頷いた。

 

「そうだ。お前もツアーと同じくプレイヤーを知る者だったのか」

 

「……二〇〇年前に、旅をしたんだ。十三英雄と言われる、皆と。その中にぷれいやーがいたんだ」

 

「そうか……」

 

 イビルアイの言葉に、アインズは静かに言葉を返す。アンデッドである吸血鬼には寿命が無い。よって、イビルアイの見た目に合わない年齢もアインズには納得出来るものだったのだろう。

 

「分かってはいると思うが……」

 

「大丈夫だ、ゴウン様。誰にも言わないよ……貴方がぷれいやーだということは。このマジックアイテムのことも、王国には内緒にしておこう。ラキュース達には私から話をしておく」

 

「……助かる」

 

 イビルアイは四人の死体を地面にゆっくりと降ろし、ラキュースの体が包まれた布を剥ぎ取った。死体の状態に目を背けたくなるが、それを我慢してアインズから貰った短杖(ワンド)を使用する。

 けれどその前に、イビルアイは顔を上げた。アインズが再び歩を進めようとしているところだった。その方角はツアーとは違い、王城へと向いている。

 

「ゴウン様!」

 

 イビルアイの叫び声に、アインズは振り返った。その顔を見て、イビルアイは――涙をこぼしながら、必死になって叫んだ。この気持ちが、アインズに届いてくれるようにと。

 

「ありがとう――!!」

 

 イビルアイの感謝の言葉に、アインズは手をひらひらと振って、つれない態度で答えると王城へと歩を進めて去っていった。

 

 

 

 

 

 

 ――後に、この王都を襲った未曽有の大事件は王都を崩壊させ、秩序が崩れて結果として王国を滅ぼした。

 求心力を失った王族達へと反感が溢れ、貴族達は国のためという言い分で民衆から搾取し、民衆からの暴動が起きたのだ。

 最後には法国が介入して王国を平定し、王国は王族も貴族も失い法国へと吸収された。

 

 この暴動の影にはあの秘密結社ズーラーノーンの影を見ただとか、法国の陰謀だとか噂が立ったが――しかしそれを裏付ける証拠は無い。

 

 真実を知る墳墓の主も、評議国の竜の王も、法国の神官達も口を閉ざして――やがてこの魔物達の襲撃事件は、誰の記憶からも忘れられる事になる。

 単なる、王国の内乱の序章。民衆達の暴動であったのだと歴史の闇に葬られたのだ。

 

 ひっそりと王国に住んでいた吸血鬼の娘がその後どこに旅立ったのか、誰も知らない。

 旧知の仲である評議国の竜の王を頼ったのかも知れないし、墳墓の主のもとへ身を寄せたのかも知れない。あるいは――法国の手で、ひっそりとその人生の幕を閉じたのかも知れなかった。

 

 ――――真相を知る者達が、この事件について口を開く事は生涯無い。

 

 

 

 

 

 

 ――デミウルゴス達が王都を襲撃した日から、二日が経過した。

 王城へと帰還したモモンガを待っていたのは、ガゼフやブレインの訃報である。

 相手がギルド……ナザリック地下大墳墓だと知った時から分かっていた事ではあるが、王城の守りは当然保たなかった。幾多の魔物達は冒険者達を噛み千切り、引き千切りながら王城へと侵攻し、王城内は大パニックになったのだ。

 リグリットがアンデッドを使って何とか抑えようとしたが、当然単なる下位アンデッドや中位アンデッドでは、レベル七〇や八〇はあるナザリックのシモベ達の猛攻を防ぎきるなど不可能だ。

 

 王城は当たり前のように粉砕され、人々は当たり前のように死んだ。

 

 ……それでも、生き残った者達もいる。リグリットに、王族のラナーとザナック。そしてラナーの護衛であるクライム。レエブン侯などの貴族達――兵士達に命懸けで身を守られた者達だ。

 勿論、民衆も何十人かは生き残っている。彼らが生き残っているのは、単純にデミウルゴスがあらゆる作業を停止させ、即時撤退を命じたからだ。襲っていた者達を放り出し、デミウルゴスの命令でシモベ達は帰還したのだろう。

 

 だが、だからこそどうだというのだろうか。それが彼らの救いになるはずもなく、生き残った者達は生き残ってしまったからこその絶望がある。

 ……復興など、とても出来る状態では無い。王族はザナックとラナーしか生き残っていないので、当然第二王子であるザナックが王位を継承する事になるが――彼からしてみれば、この場で自殺したくなるような惨状だろう。この現状をどうにかしなければならないくらいなら、王の権威など放り棄てて逃げ出したいに違いない。

 

 だが、それでもやらなくてはいけないという絶望。人もいない。金も無い。何もかもが無い状態でも、彼らはそれを放り棄てて逃げ出す事が出来ないのだ。何故なら、それが国の王族というもので――それが彼らの生き方というものだろう。

 

 

 

「…………あぁ」

 

 そして、王城で色々と今回の事件の解決の顛末――言い訳を並べて解放されたモモンガは、誰もいなくなった元ガゼフの館で、呆然と穴の開いた天井を……久しぶりの青空を見上げていた。

 

 イビルアイは王城へと帰った後、復活したラキュースを伴ってガゼフやブレインの復活に当たっている。何とか死体を探し当てたらしい。冒険者達も、死体が残っており復活魔法に耐えられる者達は蘇生し始めているとの事だ。……もっとも、イビルアイはモモンガが与えたマジックアイテムを使用してはいないし、ラキュースも語っていないようだが。

 蘇生のために必要な黄金は、王城を引っくり返してザナックやラナーの私室から根こそぎ集めているらしい。死体が残っている者達も少ないので、おそらくそれで足りるだろう。

 リグリットは街中の瓦礫の山をアンデッド達を使って撤去している。生き残った住人は王城の広場で生活していた。もっとも、彼らのほとんどは生きる気力を失っていたが。

 

「…………」

 

 モモンガはハムスケの背中にもたれかかり、何をするでもなく青空を眺める。ハムスケはモモンガにこっそり回収されて、このガゼフの館の跡地で大人しくしていた。今もモモンガの背もたれとして働きながら、すやすやと昼寝をしている。

 ……人里と関わらない魔獣だからだろう。ハムスケはとりわけ、王都の今の現状を哀れには思ってもそれほど心を痛めてはいない。野生の生き物だからか。弱肉強食――ハムスケはそうして割り切っていた。

 

「…………」

 

 だから、割り切れていないのはモモンガの方だ。モモンガは青空を眺める。自分の心と違って、雲一つない快晴を。

 ガゼフやブレインが死んだと聞かされた時、確かにモモンガは内心で悲しんだ。殺した犯人を見つけて、復讐してやってもいいと思う程度には、モモンガはあの二人の死を悲しんだのだ。

 しかし――犯人はナザリック地下大墳墓である。モモンガのギルド拠点に棲む者達である。

 

 宝物なのだ、モモンガの。

 

 彼らの死は悲しい。けれど――ナザリックの現状も悲しかった。デミウルゴスの訴えた痛みが苦しかった。じくじくと、まるで膿むように悲しみと痛みが継続している。心の中で燻っている。

 そしてそれが――モモンガにとっては、愕然とした心の働きだった。

 デミウルゴス達の現状が悲しいのに……苦しくて仕方ないのに、早く還らなくてはと思っているのに。

 

 モモンガは、やはりガゼフとブレインの死が悲しいと思ってしまうのだ。

 

 一番大切な宝物達が悲しんでいるのに、ガゼフやブレインの死も悲しんでいる。それがモモンガには信じられなくて――こうして、何をするでもなく呆然と青空を見上げていた。

 

 ……いや、そもそも最初からどうしてツアーの魔法で王都を消し飛ばさなかったのだろう。ツアーの“始原の魔法(ワイルドマジック)”の調査は最優先になるべきほど重要な問題だったはずだ。その魔法の秘密を探れるのならば、モモンガは最初からツアーに魔法を使ってくれるよう頼むべきであった。

 あの場の最善は、最初から問答無用でツアーに王都を消し飛ばしてもらう事だった。

 

 だというのに、何故モモンガはそうしなかったのか。ツアーを止めるような事を言ったのか。もしかして――自分は、初めからガゼフ達を見捨てる気が無かったという事なのだろうか。

 見捨てる気が無かったから、モモンガは――わざわざ命の危険を冒してまで、自分の手で物事を解決しようとしていたのか。

 

「…………」

 

 モモンガは呆然と青空を見上げる。じくじくと膿んでいるように燻る心の痛みが苦しい。

 

 どうして、最初からナザリック地下大墳墓とともに転移しなかったのか。何故ズレてしまったのか。

 それさえ無ければ――こんなにも、苦しまずに済んだのに。

 

「…………」

 

 モモンガは青空を見上げる。雲一つない快晴。モモンガの気持ちとは裏腹に、何もかもが正反対の美しい空を。ずっと――日が暮れるまで。

 

 ――しかし、モモンガの空を見上げる行為は途中で中断する事になる。空から降ってきた、二つの影の手によって。

 

「モモンガ様ぁ!!」

 

「――――は?」

 

 二つ並ぶ鳥の影が空に見えたと思ったら、その影が急降下して降ってきた。モモンガの印象としてはそれである。いきなり降ってきた影はモモンガの目の前に物音を立てて着地すると、舞う埃の中そう叫んでモモンガへと跪いた。

 

「な、な、何事でござるか!?」

 

 ハムスケはその轟音に驚き、目を覚ましてきょろきょろとしている。そして漆黒の戦士がモモンガの目の前に跪いているのを見て、仰天した。

 

「ひゃぁあああああッ!? と、殿!? どなたでござるか!?」

 

「あら? 何かしら、このけだものは」

 

 漆黒の戦士はハムスケを見るとそう不快げに呟く。しかし、モモンガへと跪く行為は止めない。モモンガがポカンとしていると、続いてもう一人が降ってきた。

 

「――――」

 

 その姿に、モモンガは今度こそ仰天して仮面の内側で口を開ける。何故なら、その姿はかつて何度も見た事がある姿だったからだ。そう――『アインズ・ウール・ゴウン』の一人、確か魔法剣士の――――。

 

 その純銀色の鎧を纏った戦士はモモンガを見ると、漆黒の戦士と同じく跪いた。

 

「モモンガ様。ご無礼をお許しください――パンドラズ・アクターにございます。こちらはアルベドです」

 

「――――」

 

 その名乗りに、モモンガはこの二人の正体に気づく。そしてパンドラズ・アクターに視線を向けた。

 

「その姿は……」

 

「はい、申し訳ございません。緊急と判断して装備を幾つか拝借させていただきました。――罰は後ほど、いかようにでも」

 

「いや……」

 

 おそらく、パンドラズ・アクターはナザリック地下大墳墓の宝物殿にある霊廟に配置していた、『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーを模したゴーレム化身(アヴァターラ)から装備を剥ぎ取って持ってきたのだろう。パンドラズ・アクターの能力を考えれば、それも当然と言える。何故なら化身(アヴァターラ)が装備していた品は全てかつてのギルドメンバーが持っていたもの。即ち、全てが神器級(ゴッズ)アイテムだ。NPC達には幾つか持たせるだけで限界だったが、それは逆に言うとギルドメンバーは全員神器級(ゴッズ)アイテムで武装していた、という事である。

 パンドラズ・アクターの能力はギルドメンバーのコピー。八割方まで性能は落ちるが、モモンガ含め彼ら四十一人の全ての能力を使用出来る。そんなパンドラズ・アクターの最強装備と言えば、それは当然ギルドメンバーの装備に決まっている。パンドラズ・アクターは緊急事態と見て、ゴーレム達の装備を剥ぎ取ったのだ。

 

 ……彼らが自らの意思で動いている事に、もはや疑問は無い。何故ならつい先日デミウルゴスやコキュートスが動いているのを目撃したばかりだ。パンドラズ・アクターやアルベドが自分から動き出すのも、不思議ではない。

 

「……俺を迎えに来たのか?」

 

 デミウルゴスから、おそらく自分の事を聞いたのだろうとモモンガは思い、彼らに訊ねる。パンドラズ・アクターもアルベドも頷いた。

 

「はい! モモンガ様、ナザリックまで御帰還くださいますよう私どもはお願い申し上げます……」

 

 アルベドはそうモモンガに言うが、段々と声が小さくなっていった。それはまさに、不安に怯える子供そのものな様子で……モモンガがナザリック地下大墳墓に帰ってきてくれるのか不安になっている事が分かる。

 

 捨てられたらどうしよう。

 お願いします、帰ってきてください。

 何でもしますから。

 

「――――」

 

 そんな彼らの様子が透けて見えて、モモンガは仮面の中で苦笑した。

 

 どの道、モモンガにナザリック(かれら)を捨てろというのは無理な話なのだ。

 そう……帰るべきだ、自分は。あのナザリック地下大墳墓へ。彼らのもとへ。

 

「アルベド、パンドラズ・アクター」

 

 二人の名を呼ぶ。下げていた頭を二人は上げて、モモンガを見つめた。

 

「帰るか、我が家へ」

 

 モモンガがそう言うと、二人は心底嬉しそうな声色で「はい!」と頷いた。

 

 そう――結論は決まっている。モモンガはナザリック地下大墳墓へ帰還する。

 ……どの道、今となってはガゼフやブレインとはとても顔を合わせ辛かった。たとえ彼らが生き返ったとしても……モモンガは、顔を合わせたいとは思わない。

 もっともあの二人は、復活魔法を使っても生き返らないらしいが。……この異世界では、復活魔法に相手の拒否権があるらしく、死んだ本人の魂が生き返る事を拒んだ場合、生き返らない事があるらしい。

 なんとなく、モモンガはそれをガゼフとブレインらしいと思った。あの輝かしさは、刹那の輝きだからこそなのだろう。

 まるで勇者のような男と、そんな勇者の輝きに憧れた男。その二人の結末ならば、むしろ死者蘇生は望まないかもしれない。モモンガはそう思ったのだ。

 それがどんな結末でも……彼らは、たった一度の人生を受け入れる。モモンガが憧れた、その輝きを胸にして。

 

「ところでモモンガ様、そちらのけだものは何なのです?」

 

 パンドラズ・アクターのその言葉にモモンガは思考を戻し、パンドラズ・アクターの視線を追う。それはモモンガのマントの裾をしっかり握り、恐怖に毛を逆立ててアルベドを見ているハムスケに向かっていた。

 

「これは俺がこの地で拾ったペットだ。ハムスケと命名した」

 

「まあ! ナザリックの誰もが憧れる地位にこの者を!」

 

 アルベドの叫び声に、モモンガは首を傾げる。しかしその意味の分からない言葉は放っておいて、モモンガはハムスケを促した。

 

「ハムスケ、この二人は俺が本来の居住のナザリック地下大墳墓にいる部下のようなものだ。挨拶しろ」

 

「それがし、ハムスケというでござる。……あの、それがし食べられないでござるか?」

 

「食べるわけないだろう。安心しろ」

 

 ハムスケの言葉にモモンガは呆れて言葉を返す。パンドラズ・アクターも心外だったのか、大仰に手を振って嘆いた。

 

「失礼な! 私はモモンガ様より、飲食不要のマジックアイテムをいただいております! ましてや、モモンガ様のペットを許可なく食す者などナザリックにいるはずがありません!」

 

「…………」

 

 その様子を、モモンガは顎が外れるような気持ちで見た。言葉の最中、その動作の全てが仰々しく、オーバーアクションなのだ。

 

「うわー……え? うわー……うわー……」

 

 先程までとは別の意味で、モモンガの精神を燻るものがある。それは悲哀や苦痛なのではない。そう――羞恥心である。

 

(だ、だっせえええええええええッ!!)

 

 かつての自分が設定した黒歴史が、文字通り歌って踊って喋って生きる黒歴史となる。これほど恥ずかしいものがあるだろうか。いや、ない。

 

「パ、パンドラズ・アクター……」

 

「はい! モモンガ様!」

 

 ビシ、と敬礼を決めるパンドラズ・アクター。勿論、その全ての仕草が大仰であり、はっきり言って、ださい。

 

「……しにたい」

 

 誰にも聞こえないように、ポツリと呟くモモンガ。パンドラズ・アクターは不思議そうに首を傾げている。ハムスケもまた、両手で顔を覆ったモモンガを不思議そうな顔で見ていた。

 

 この間……アルベドが異様に静かだった事を、モモンガは気づかなかった。

 

 

 

「――イビルアイ、俺だ。すまないが、俺はすぐに王都を出る。……ああ、すまない。悪いが後は頼んだぞ。おそらく連中がもう一度襲撃を仕掛けてくることはないから、そこは安心して欲しい。……いや、報酬は今は用意出来ないだろう。後で貰いに来るさ。……ああ」

 

 モモンガは〈伝言(メッセージ)〉でイビルアイと連絡を取り、王都を出ていく事情を簡単にだが話していた。その間、ハムスケとパンドラズ・アクター、アルベドは二人と一匹で会話している。

 

「ところで、殿の本当のお名前はモモンガ殿、と言うのであるな。それがし、『アインズ・ウール・ゴウン』と名乗られていたので知らなかったでござる」

 

 ハムスケの言葉にパンドラズ・アクターが頷いた。

 

「モモンガ様はこの見知らぬ土地にいらしてから、自分の事を探しやすいように名を変えたのでしょう。『アインズ・ウール・ゴウン』は栄光ある名前です。これほど、捜索が容易な名前はありません」

 

 仮にこれがギルドメンバーでなくともナザリック地下大墳墓に所属するシモベ達にとっては問題無かった。何故ならば、その時は不敬な者をこの世のありとあらゆる苦痛に塗れさせ惨殺するだけだからだ。……まあ、不快感を消す事は出来ないが。

 

「ねえ、お前はどういう経緯でモモンガ様のペットになったの?」

 

 羨ましさを隠しもせず、アルベドがハムスケに訊ねる。ハムスケはアルベドの質問に自慢げに返した。

 

「それがし、トブの大森林で森の賢王と呼ばれていたでござる。ある日殿がそれがしの前に現れ、それがしは殿の強さに感服し、忠誠を誓ったのでござるよ」

 

「そうなの……。ねえ、他には何か無かったの?」

 

「そうでござるな……。では、トブの大森林にいた世界を滅ぼす魔樹と呼ばれていた魔物を殿が退治した時の話と、カッツェ平野で殿が颯爽と冒険者達のピンチに駆けつけた話と、あと蜥蜴人(リザードマン)を自然災害から助けた話をするでござる!」

 

「ぜひ聞きたいわ! 聞かせてちょうだい、ハムスケ!」

 

「モモンガ様の武勇伝ですか! なるほど、それは私も聞きたいものです!」

 

 モモンガがイビルアイと〈伝言(メッセージ)〉で会話する後ろで、二人と一匹はモモンガが今まで何をしていたのかを話していた……。

 

 

 

「――おい、終わったぞ」

 

 モモンガがそう言うと、二人と一匹は話を中断し、モモンガを振り返って頭を下げた。

 

「ところでナザリックはどこにあるんだ?」

 

 モモンガは不思議に思い、二人に訊ねる。するとパンドラズ・アクターが答えた。

 

「モモンガ様、カルネ村を覚えていらっしゃいますか? トブの大森林なる森の近辺にある開拓村ですが……」

 

「ああ、当然覚えているとも」

 

「そこより十キロほど離れた草原にあるようです」

 

「なるほど」

 

 思ったよりも近くにあった。それに――モモンガが最初に現れた場所――この異世界に転移した時の場所はトブの大森林だ。つまり、モモンガとナザリック地下大墳墓は少しズレただけで近くにあったのだ。

 

(はは……)

 

 内心で乾いた笑いが漏れた。そんなに近くにあるのに……モモンガは今まで、ナザリック地下大墳墓に気づかなかったのだ。

 

「では、転移魔法でまずはトブの大森林に向かうか。ちょうどマーカーをつけている場所がある」

 

「は!」

 

 頭を下げる二人。転移魔法のマーカーがある場所、というのでハムスケはそれがどこか分かったのだろう。嫌そうな顔をしている。ザイトルクワエでも思い出したのだろう。

 

「近くに寄れ。俺の転移魔法で移動するぞ」

 

 モモンガの言葉に、ハムスケとパンドラズ・アクター、アルベドが近寄る。近寄ったのを確認してモモンガは転移魔法を唱えた。――数瞬後、そこはかつてアインズが見たトブの大森林が広がっている。少しだけ開けた草原のような場所で、モモンガはそこに空間転移で現れると懐かしい声を聞いた。

 

「あ! あの時の……アインズさんだよね!」

 

 この付近に棲むドライアードのピニスンだ。ちょうど、近くにいたらしい。ハムスケが嬉しそうに声を返す。

 

「ピニスン殿でござるな! 久しぶりでござる」

 

「ハムスケも久しぶり。元気だった?」

 

 ハムスケの言葉にピニスンも嬉しそうに返した。モモンガも懐かしい相手に話しかける。

 

「久しぶりだな、ピニスン。少し邪魔をするぞ」

 

「いいよー別に。アインズさんのおかげで森は平和そのものだし。他の魔物達も今は大人しいしね」

 

 その言葉にナーガのリュラリュースをモモンガは思い出した。彼はモモンガに脅され……お願いされた通り、森の平和を維持してくれているらしい。

 

「そうか。それはよかった。俺も今は少し忙しい身でな、ゆっくり話をすることも出来ないが……」

 

「気にしないでよ。ところで後ろの怖い戦士さん達は誰なんだい?」

 

「あぁ……まあ、あまり気にしないでいい」

 

 何だか説明が面倒になって、流す。どの道ピニスンは二度とこの二人と会う事は無いだろう。ピニスンの視線をアルベドは無視し、パンドラズ・アクターは優雅に一礼する事で答えた。

 

「そっか。まあ、また気が向いたら来てよ。話し相手が無性に欲しい時があるからね」

 

 ここにたった一体いるドライアードだろう。どうやら、無性に人恋しい時があるようだ。

 

「そうだな。まあ……話し相手ならハムスケがいるだろう」

 

「え?」

 

「殿?」

 

 モモンガの言葉に、ピニスンとハムスケが驚愕する。

 

「ハムスケ……お前とは、ここでお別れだ」

 

 モモンガがそう告げると、ハムスケは両目に涙を滲ませてモモンガに縋りついた。

 

「と、殿! それがし頑張って役に立つでござる! それは……ツアー殿のように強くはなれないかもしれないでござるが、それでも頑張って強くなるでござるよ! 捨てないで欲しいでござる!」

 

 縋りつくハムスケに、モモンガは毛並みを優しく撫でてやって答えた。

 

「いや、別に捨てるわけではないさ。ただ、お前は俺と一緒にナザリックに行くより、こうして野に帰った方がいい」

 

 何となくだが、モモンガは察していた。このままナザリック地下大墳墓へ帰っても、ハムスケは幸せになれないだろう、という事を。

 

 モモンガの脳裏に今までの旅路が思い出される。

 

 ――ハムスケは近過ぎた。デミウルゴスとの会話を、今のアルベドやパンドラズ・アクターとの会話を思い出しながら、モモンガは常々そう思う。

 ハムスケはモモンガと近づいて接し過ぎた。今さらナザリック地下大墳墓にいる者達と同じように接しろと言っても、ハムスケには難しいだろう。そしてそれを――ナザリック地下大墳墓のシモベ達は許さないんじゃないかと、モモンガはそう思ったのだ。

 何故なら、感じるのだ。肌をピリピリと。アルベドから発せられる……ハムスケに対する、苛立たしげな気配が。そしておそらくハムスケも気づいている。ハムスケは先程からずっと、アルベドとの間にモモンガやパンドラズ・アクターを挟んでいるのだ。おそらく、パンドラズ・アクターも気づいているだろう。

 

(なんで、こいつ静かなんだか)

 

 そこでふと、アルベドと違って気配が静かなパンドラズ・アクターがモモンガは気になった。まあ、彼は他のNPCとは前提条件が違う。アルベド達は創造主の消えたNPCで、パンドラズ・アクターは唯一創造主が未だ去っていないNPCだ。その違いなのかもしれない。

 

 そんなパンドラズ・アクターはともかく、ハムスケはきっとナザリック地下大墳墓では暮らしていけない。きっと、NPC達は受け入れないだろう。

 だからハムスケは、ここでモモンガと別れた方がいい。

 

「ハムスケ」

 

 モモンガは優しくハムスケの名を呼ぶ。ハムスケは目に涙を浮かべてモモンガを見つめている。

 

「殿……」

 

「ハムスケ、今まで楽しかったぞ」

 

 それは嘘ではない。モモンガは楽しかった。ハムスケと一緒にカルネ村を出て、そうして見て回った場所は少ないけれど――それでも、確かに楽しかった。一人で旅をするよりも、仲間と一緒の方が楽しいに決まっている。ハムスケと一緒の冒険は、モモンガにとって楽しかったのだ。それは決して嘘なんかではない。

 

「でも――さよならだ」

 

「――――とのぉぉぉぉおお!!」

 

 ハムスケは涙を流して、モモンガに縋りつく。縋りついて泣くハムスケの毛並みを、モモンガはハムスケが泣きやむまで撫でてやった。

 

 ――そうして、モモンガとともに旅をしたこの異世界最初で最後の仲間は去っていった。ハムスケは何度も何度もモモンガを振り返り、ピニスンはハムスケに付き添ってやって隣を歩いている。モモンガはそんなハムスケとピニスンの姿をじっと見つめた。

 彼女達の姿が見えなくなるまで、ずっと。静かに。

 

「――――さて、では帰るか」

 

「よろしかったのですか? モモンガ様」

 

 ハムスケ達の姿が見えなくなった事を確認した後、そう呟いたモモンガにパンドラズ・アクターが訊ねる。その質問にモモンガは苦笑した。

 

「構わんさ。ナザリックに連れて帰るわけにはいかんだろ」

 

「……そうですね」

 

 パンドラズ・アクターの視線が、一瞬アルベドに動いた気がした。気のせいかもしれない。アルベドはモモンガの言葉に深く頷いている。

 

「行くぞお前達。ここはトブの大森林の北の方にある位置だ。南に真っ直ぐ下ればカルネ村へ出る」

 

「はい。ではモモンガ様、ご案内いたします――」

 

 パンドラズ・アクターはそう敬礼すると、モモンガの一歩前に出てモモンガを案内するように歩く。モモンガはパンドラズ・アクターを追って一歩足を踏み出した。その後ろをアルベドが進む。

 

「〈飛行(フライ)〉を使うか」

 

「はい」

 

 歩くと時間がかかるので、モモンガ達はそう言うとそれぞれ空を浮く手段を使おうとする。モモンガはふと、前を歩いていたパンドラズ・アクターの背中を見た。金属鎧にはモモンガの姿が、曲面の鏡のように歪んだ形で映っている。

 

 そして、モモンガは見た。

 

「え?」

 

 モモンガの背後で、その長柄斧を振り上げて、モモンガへと降ろそうとしている漆黒の戦士の姿を。

 

「――――ッ!?」

 

 慌てて振り返ろうとして――そんな暇は無いと判断する。咄嗟に身を屈めて体を横にずらした。無理矢理な体勢に身体が悲鳴を上げるが、モモンガは無視する。しかし、その程度でその一撃を避けられるはずがない。

 何故なら相手は戦士職のレベル一〇〇――魔法職のモモンガの咄嗟の回避など、あって無いようなものである。その長柄斧は腕力で無理矢理軌道修正させられ、避けようとしたモモンガを追撃しようと迫り――その間に割って入った純銀の戦士の一撃に阻まれ、甲高い金属音を立てて漆黒の戦士の攻撃は終わった。

 

「……何のつもりだ?」

 

 一瞬の鍔迫り合い染みた攻防の後、漆黒の戦士と純銀の戦士が間合いを離す。その間に漆黒の戦士から距離を取ったモモンガは、漆黒の戦士――アルベドに向かってそう問いかけた。

 

「無論、お慕い申し上げております、愛するモモンガ様を守ろうと思いました」

 

「はあ?」

 

「私は防御特化のシモベ。至高の御方をお守りするのが義務でございます。――なので、愛する殿方を守ろうとしました。何か問題でも?」

 

「――――」

 

 アルベドは何の悪びれもせず、平然とそう語った。

 

「愛する? あぁ……そういえば、お前の設定は俺が書き換えたんだったな」

 

 この異世界に転移する前を思い出し、暗い表情になる。どうせ最後だからと悪戯心を出したが、こんな風に異世界に転移して、NPC達が自我を持って動き出すのなら設定を勝手に書き換えなければよかったと後悔したためだ。

 だが、それよりも聞き捨てならない言葉がある。

 

「しかし……俺を殺そうとはどういう了見だ? “守る”と言いながら“殺す”のでは、話が矛盾していないか?」

 

「いいえ、まったく」

 

 モモンガの言葉にアルベドは微笑みさえ溢れたような声色で答えると、長柄斧――3Fを振り、再び構え直す。

 

「ナザリック地下大墳墓にてモモンガ様をお守りすることこそ、シモベの本懐にございます。であれば――モモンガ様には是非、ナザリック地下大墳墓に座していてくださらなければ」

 

「……だから、今から帰ると言っただろう……!」

 

 アルベドは笑った。兜で顔が見えないはずなのに、モモンガには何故かそれが分かった。

 

「はい! ですから――永遠にナザリックにいてもらおうと思って! 大丈夫ですモモンガ様! 一度死亡したとしても、ペストーニャは蘇生魔法が使用出来ますから、すぐに復活出来ます! そのままずっと、ナザリックにいてください! ――永遠に。それがアルベドの望みでございます!」

 

「――――」

 

 ぞわり、と全身を寒気が襲う。アルベドの考えを理解したからだ。

 

 この女は、モモンガを殺してレベルダウンさせた後――ナザリックに監禁する気でいる。

 

 理解はしたが――おぞましさを感じる女の情念に、モモンガは一歩身を引いた。アルベドが、距離を詰めようと一歩足を前に出す。

 だが、それを止めるようにパンドラズ・アクターがアルベドの前に出る。モモンガを庇うように。

 そんなパンドラズ・アクターにアルベドは困ったような声色で訴えた。

 

「そこをどいてちょうだい、パンドラズ・アクター。貴方だって創造主がいなくなるのは嫌でしょう。私は、何もモモンガ様がナザリックの頂点に立つのが嫌なわけじゃないのよ? モモンガ様に、どこにも行って欲しくないだけなの。貴方にだって、それは理解出来るでしょう」

 

「……ええ」

 

 パンドラズ・アクターは静かに頷く。それにアルベドは喜びを表現し、モモンガは二対一という最悪の状況にこれからどうするか考えた。

 

「よかった! やっぱり分かってくれたのねパンドラズ・アクター! 大丈夫、アウラとコキュートスはよく分からないけれど、シャルティアやマーレ、戦闘メイド(プレアデス)達はきっと私達の意見に賛同してくれるわ。絶対に否定するだろうセバスとユリはもういないのを確認したし、後はデミウルゴスだけれど――デミウルゴス一人なら、私達でどうとでも出来る」

 

「……ええ」

 

「デミウルゴスは私達の意見には賛同してくれないでしょうから、残念だけれど処分しましょう。この世にはモモンガ様さえあればそれでいいもの――。さあ、どいてちょうだいパンドラズ・アクター。これはモモンガ様を守るのに、必要なことなの」

 

 アルベドの言葉に、パンドラズ・アクターは静かに頷いて――――

 

「ええ……気づいていましたよ、統括殿。貴方がそのような考えに至っていることくらい」

 

「え?」

 

 パンドラズ・アクターはモモンガを守るように――アルベドの前から、絶対にどかなかった。

 

「最初の違和感は、ニグレドです。モモンガ様を探すのに、何故まずニグレドの力を借りなかったのです? 思い出さなかったという言い訳は通用しません、貴方の姉でしょう――。初めから、貴方はニグレドの力を借りる気が無かった。当然でしょうね。確かに貴方が言うのなら、他の守護者達はそのように行動するのでしょう……しかし、こうして協力者を作らずに私と二人でモモンガ様を探しに出た時点で、貴方は気づいていた。守護者達が貴方に協力するのは――貴方が事を起こして後戻り出来なくなってからだ、と」

 

「…………」

 

「故に、貴方は最初から彼らにモモンガ様の存在を教える気がなかった。教えるのは事が済んでから――後戻り出来なくなって、初めて彼らは協力者になれる。……私に対しては少々言い訳が雑に過ぎましたね、統括殿。デミウルゴス殿が相手ならば――もう少しうまく言い訳したのでは?」

 

「……パンドラズ・アクター」

 

「まあ、私の創造主はモモンガ様なのですし、私は協力してくれるだろう自信がおありでしたか? ――残念ですが、貴方との共闘はお断りさせていただきます」

 

「……パンドラズ・アクター!」

 

 アルベドはパンドラズ・アクターに怒声を叩きつける。モモンガは呆然とパンドラズ・アクターを見つめ、パンドラズ・アクターは静かに語った。

 

「装備を整えろ? ――ええ、整えてきましたとも。初めから、対アルベド(あなた)を想定してね」

 

 パンドラズ・アクターが姿を変える。アルベドとモモンガの目の前に、『アインズ・ウール・ゴウン』四十一人の能力を模倣する、万能の個が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 怒り狂った女の情念を込めた攻撃が、幾度も幾度もパンドラズ・アクターへと振り下ろされる。

 しかし、その攻撃は魔法で、あるいは特殊技術(スキル)で逸らされて、まともに入ったものは一つも無い。

 

「くっ……!」

 

 アルベドが戦い辛そうに呻き声を上げる。当然だろう。何せパンドラズ・アクターは『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーを八割方の性能とはいえコピーし、使用する二重の影(ドッペルゲンガー)だ。定まらない個は、アルベドの攻撃に合わせて幾度も形態変化を繰り返し、決してその戦術を悟らせない。

 

「この……!!」

 

 それにアルベドは苛立たしげに声を上げ、パンドラズ・アクターへと罵声を浴びせる。

 

「パンドラズ・アクター! 私達シモベは至高の御方々に忠誠を尽くすよう創造された――なのに、何故モモンガ様をみすみす外に出そうとするの!」

 

 その苛立たしげな声に、パンドラズ・アクターは涼しい声で答えを返す。

 

「無論、モモンガ様に忠誠を誓っているからですが」

 

「それなら――どうして、私の邪魔をするの!? これがうまくいけば、モモンガ様がずっとナザリックにいてくださるのに!! 離れ離れになんてならないで済むのに――!!」

 

 アルベドの言葉に、呆然と二人の戦いを見ていたモモンガは「その通りだ」と心の中で思った。思ってしまった。

 

 だって――アルベドの心は、モモンガの中にも燻っている気持ちではないか。

 

 ――嫌だ、置いていかないで。ずっと一緒にいて。離れ離れになんかならないで。

 一人は寂しい。一人は辛い。だからどうか、このナザリックに帰ってきてくれ。

 

 モモンガはその気持ちを、ずっと胸に抱えていなかっただろうか。去っていくギルドメンバーに対して。

 ――ああ、そうだ。嘘はつけない。確かにモモンガはそう思っていたし、今もそう思う心を止められない。

 超位魔法を使えば――あるいは世界級(ワールド)アイテムを使えば、その願いが叶えられるかもしれないと心の隅で思っている。

 叶えてはいけないと、知っているのに。

 

「モモンガ様が私達の全てなのです! ナザリックに繋ぎ止めるためなら、なんだって出来るのに……! たとえ世界を敵に回したとしても、一緒にいられるのならそれで構わないのに……! それなのに貴方は、どうして私の邪魔をするの!?」

 

 アルベドの言葉に、モモンガはデミウルゴスを思い出した。過激な行動か穏健な行動かの違いはあるが、アルベドの言葉はデミウルゴスも似たような言葉で告げていたではないか。

 ナザリック地下大墳墓にいて欲しいから何だって出来る。――デミウルゴスは穏健で、ギルドメンバーが欲しかったものは決してナザリックにいては手に入らないと気づいていたから諦めた。アルベドは過激で、たとえ気づいていたとしても無理矢理に縛り付ける。アルベドとデミウルゴスの違いはそれだけに過ぎない。

 

「貴方だって忠誠を誓うために生み出されたはずでしょう。私達の存在意義は、創造理由はそのためにあるのだから――私の気持ちが分からない、なんてそんなことは言わせない……!!」

 

 絶叫を叩きつけるアルベド。アルベドの心は愛によって歪んではいるが、ナザリック地下大墳墓のシモベ達の総意だろう。彼らは本当は、モモンガを外に出したくないのだ。モモンガがナザリック地下大墳墓に帰還すれば、彼らはあの手この手でモモンガをナザリック地下大墳墓に縛り付けようとするだろう。

 

 泣き叫ぶように告げられたアルベドの心。それにパンドラズ・アクターは――明日の天気を告げるように軽々と口にした。

 

「いいえ、私には貴方達の気持ちなど分かりませんね」

 

「え――――?」

 

 アルベドは思わず動きを止める。そして、パンドラズ・アクターを凝視した。今はアルベドの創造主の姿を模している姿を。

 

「守護者統括、アルベド殿。貴方は勘違いをしている。私はナザリックに忠誠を誓う守護者として生み出されたのではありません」

 

「は……?」

 

 今、この領域守護者は何と言ったのか。アルベドは意味が分からなくて混乱した。……モモンガとて、パンドラズ・アクターが何を言っているのかさっぱり分からない。

 

「私の存在理由――モモンガ様に生み出された創造理由は唯一つ。“モモンガ様の心を慰撫すること”です」

 

「え――――」

 

「だから、私には貴方達の気持ちなど分かりませんね。私は初めから、忠誠を誓いナザリック地下大墳墓を守るために創造されたのではないのですから。私はただ、モモンガ様の心の慰めになるために生み出されました。仲間がいなくなって寂しいと――そう悲しまれるモモンガ様の心を慰撫するために、私は存在するのです」

 

「ですから、貴方の言う忠義を尽くせる御方の不在を恐れる心など分かりません。初めから、私はそのように創造されていないので。ですのでモモンガ様が至高の御方々と戦えと命じられれば、私は何の躊躇いもなくそれを実行に移すでしょう」

 

 パンドラズ・アクターの語る淡々とした言葉に、アルベドは呆然と目の前の異端を見つめた。震える声で訊ねる。

 

「なら……なら、貴方はモモンガ様がナザリックからいなくなってもいいと言うの?」

 

「モモンガ様がお望みなら」

 

「忠義を尽くせなくなっても、それでもいいと、貴方はそう言うの?」

 

「モモンガ様がお望みなら」

 

「貴方は――――創造主に置いていかれても、それを“良し”と、そう言うの……?」

 

 アルベドの言葉に、パンドラズ・アクターは元の姿に戻って、敬礼して宣言した。

 

我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)

 

「――――」

 

 そう断言したパンドラズ・アクターに、アルベドは信じられない生き物を見たかのように固まる。いや、事実信じられなかったのだ。

 

 だって、他のナザリック地下大墳墓のシモベ達は耐えられない。アルベドも、デミウルゴスも、誰も彼も耐えられない。置いていかれる事には、存在理由を失う事には耐えられないのだ。

 だというのに、この目の前のシモベは耐えられると言う。我が創造主がお望みならば、どうぞそのようにと全肯定した。

 

 ……忠誠心が低いわけでは無い。創造主のモモンガに対する忠誠心はナザリック地下大墳墓でも随一だろう。

 

 だからこれは、単に創造理由と創造主の違い。

 

 置いていった創造主にナザリックに忠誠を尽くすよう創造されたNPCと、置いていかれ――けれどそれを確かに受け入れた創造主の手で、自分の心の慰めに創造されたNPCの違いでしかないのだ。

 

 子は親に似る。モモンガはギルドメンバーに置いていかれたギルド長で、けれどその優しさから彼らがナザリックから去る事を良しとした者だ。

 そんなモモンガから創造されたパンドラズ・アクターが、置いていかれる事を良しとしないはずが無かったのだ。

 

「置いていかれるのは悲しい。苦しい。なるほど確かにそうです。統括殿、その言葉を私は否定しない。――けれど、それ以上に、私はモモンガ様の門出を祝いましょう。貴方様のその旅路に幸あれ――私はそうモモンガ様に告げたいのです」

 

 ――それで、いつか羽休めにこのナザリック地下大墳墓に帰ってきてくださるのなら、もはや何も言うことはない。

 

 パンドラズ・アクターはそう、締め括った。

 

「――――あぁ」

 

 その言葉に、何よりも胸を打たれたのはアルベドではなくモモンガだ。

 

 ……そうだ。確かにそうだった。彼らが去っていく時、自分は悲しみながらも笑顔で見送ったはずなのだ。ネットではなく、いつかは現実に帰らなくてはいけない事は分かっていた。自分は帰ってもする事がなくて、そのままこうして帰りそびれたけれど――確かに、モモンガはギルドメンバーの現実への帰還を見送ったのだ。

 

 いつか、疲れた時には再びナザリック地下大墳墓で出会える事を夢見て、モモンガはギルドを維持し続けたのだ。

 

「統括殿。だから貴方が私に告げる言葉はお門違いです。そのような甘言で、私のモモンガ様への忠誠は歪んだりしない。至高の御方々を殺して、ナザリックをモモンガ様のみのものにしてしまおう――そのような甘言ならば多少揺らぎもしたかもしれませんが、モモンガ様がいなくなる恐怖なんぞで、私の忠誠は揺らがない」

 

「あ、あぁ……」

 

 アルベドが震えた声でパンドラズ・アクターを見る。パンドラズ・アクターは自分の背後で呆然としている主人――モモンガへ、こう告げた。

 

「モモンガ様――どうか、言わせてください。貴方がナザリックを去るというのなら、私はそれを祝福しましょう。貴方の旅路が、どうか幸福なものにならんことを」

 

「パンドラズ・アクタァァァァアアアアッ!!」

 

 アルベドが叫び、パンドラズ・アクターへと斬りかかる。アルベドが世界級(ワールド)アイテムを持ち出す事は無い。パンドラズ・アクターは初めから対アルベド戦を想定していた。つまり、世界級(ワールド)アイテムが使用される可能性を考慮して、当然パンドラズ・アクターも世界級(ワールド)アイテムを宝物殿から持ち出しているだろう。

 

 世界級(ワールド)アイテムは世界級(ワールド)アイテムで無効化される。既にその説明をパンドラズ・アクターから受けていたアルベドは、モモンガにもパンドラズ・アクターにもあの広範囲攻撃を使用出来ない。

 

 特殊技術(スキル)と、アイテムと魔法で戦うしか、アルベドに手は無かった。

 ただ、それでパンドラズ・アクターが有利かと言われればそうではない。確かにパンドラズ・アクターはギルドメンバー四十一人の能力をコピーして使えるが、それは八割方まで性能が落ちる。取れる手段は山のようにあるが、劣化コピーでありそれを活かす経験が不足している。

 ましてやアルベドの鎧は三重構造になっており、超位魔法の大ダメージでさえ、鎧を犠牲にすれば三度までは無傷で耐えるという特殊能力を保有している。

 

「パンドラズ・アクター……アルベド……」

 

 モモンガは呆然と、二人の戦いを見守る。どちらの言い分もモモンガの胸を打ったし、理解出来た。

 アルベドの置いていかれる事の悲しみもモモンガには理解出来るし、アルベドの取った行動もモモンガには責められない。何故なら、『アインズ・ウール・ゴウン』に対してそうしない自信が無いから。

 けれどパンドラズ・アクターの言い分もまた、まさにモモンガの心なのだ。確かに、モモンガはかつて彼らをそんな気持ちで見送っていたはずだから。

 

「あぁ――そうとも、俺は――――」

 

 覚悟を決める。たぶん、パンドラズ・アクターはモモンガの決意を待っている気がするのだ。きっと、アルベドも。二人はモモンガの返事を待っている。

 モモンガは仮面を剥ぎとる。もうこれは必要無い。人間の振りなどしなくていい。

 

「すまない、お前達――」

 

 最後にそう、静かに二人に謝って。モモンガは切り札を発動させた。

 

 ――“あらゆる生あるものの(The goal of all)目指すところは死である( life is death)”。

 

 モモンガ最大の切り札。PvP勝率五割を誇ったモモンガが持つ、初見殺しの特殊技術(スキル)

 

「〈魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)〉」

 

 周囲に女の絶叫が波紋のごとく響き渡り、木々を騒めかせる。

 アルベドがモモンガの行動に、更にパンドラズ・アクターを苛烈に攻めた。何かしたのは分かる。しかし、それが何か分からないからだろう。

 そして当然、パンドラズ・アクターはアルベドをモモンガに接近させない。

 

 モモンガの背後に十二の数字を持つ時計がいつの間にか現れている。それがカチリ、カチリと一秒毎に針が動いて――――

 

「すまない、お前達。きっと、どちらかを選んでやるのが正解なんだろうな」

 

 十二秒の時間が経過した。モモンガは告げる。

 

「でも……俺は非常に我が儘なんだ」

 

 瞬間――――世界が死んだ。

 

 

 

 

 

 

 モモンガは草原を一人〈飛行(フライ)〉で移動する。トブの大森林を抜けて、カルネ村は既に通り過ぎた。空は既に日が暮れて、夜空へと変わっている。

 

「――――」

 

 そうして、一人で空を飛んでいて、モモンガは目的地を発見した。

 

 豪奢な、巨大な壁。美しさを保ちながらも、どこか忘れ去られたかのような寂しさが漂う大墳墓。

 

 この異世界に来た時と同じように、モモンガはたった一人でこのナザリック地下大墳墓へと帰ってきた。

 

「…………」

 

 地面に降りたモモンガは、静かに大墳墓を見上げる。少し迷い――けれど、意を決して大墳墓へと足を踏み入れた。そして、指輪の能力を起動させる。

 かつての沈黙と違い、指輪は正しく機能を発揮した。玉座の間の前へと指輪はモモンガを転移させる。

 

「さて……」

 

 玉座の間に入ったモモンガは、さっそく玉座に座ると管理システムであるマスターソースを起動させた。ツアーから大体の話は聞いているので、心臓部ならばNPCの管理、維持コストの管理などが出来る事を知ったのだ。ナザリック地下大墳墓の心臓部と言えば、この玉座の間だろう。

 

「…………」

 

 モモンガはNPC達を確認する。幾つも名前が死亡を示す表記に変わっていた。

 

 アルベド。

 セバス・チャン。

 パンドラズ・アクター。

 ユリ・アルファ。

 インクリメント。

 シクスス。

 ……。

 

「…………」

 

 主力四人と、一般メイドなどの一般NPC達。主力の二人ならば知っているが、もう二人と一般NPC達はどういう経緯で死亡したのか分からない。後で、デミウルゴスにでも聞いた方がいいだろう。

 

「とりあえず……宝物殿から復活のための金貨を取り出すか」

 

 モモンガは溜息をついて玉座から立ち上がると、指輪を再び起動させて宝物殿へと移動した。レベル一〇〇NPCのアルベド、セバス、パンドラズ・アクターだけでも十五億枚の金貨を必要とする。それにユリと一般NPCを合わせ、そして何故か破損しまくっている第七階層の修理費を合わせると、とんでもない数値になりそうだった。まあ、宝物殿には腐るほどあるので、まだ大丈夫だが。

 

 

 

 宝物殿から移動し、何度か往復して金貨を玉座の間まで運び終えたモモンガは、ドカリと玉座に座る。

 

「あー……疲れた。一人で動かすのは無謀だったか……」

 

 モモンガはそう言って、疲労が無いはずの骨の体を回して凝りを解すようにする。そしてマスターソースを再び開き、NPC達を蘇生させようとして――玉座の間の外が騒がしい事に気づいた。

 

「――モモンガ様!?」

 

 大きな物音を立てて玉座の間に入ってきたのは、王都でも出会ったデミウルゴスだ。その背後にコキュートスやシャルティア、アウラ、マーレ。ヴィクティムなど……階層守護者だけではなく、領域守護者も誰もかもNPCはいるだけ全員集まってきていた。

 彼らの姿は余程急いでいたのか、全員が身嗜みを崩しており、服も肩からずれていたり、髪型もぼさぼさになったりしていた。

 

「お前達」

 

「――――」

 

 モモンガの姿を見たデミウルゴス達は、全員が玉座に座るモモンガを凝視し――そして、全員が玉座の間に入ると急いで跪いた。

 

「お、御帰りなさいませ……モモンガ様……!」

 

「御帰りなさいませ!」

 

「御帰リナサイマセ、モモンガ様!」

 

「モモンガ様、御帰りなさいませ!」

 

 全員が口々に涙を流し、頭を下げながらモモンガへと告げる。そんな彼らの言葉を、モモンガは止めた。

 

「ああ、分かっているともお前達」

 

「……モモンガ様。全ては私の不徳の致すところ……いかような罰も」

 

 デミウルゴスが震えた声でモモンガへと頭を下げる。そんなデミウルゴスにモモンガは優しく、朗らかに告げた。

 

「必要無い。お前の全てを許そう、デミウルゴス。俺がいない間、大変だっただろう――すまなかったな、皆にも迷惑をかけた」

 

「…………!!」

 

 デミウルゴスが涙を溢れさせ、再び深く頭を下げる。他のNPC達もモモンガの言葉に涙を流し、身体を震わせながら頭を下げた。

 

「ところでお前達、そこの山盛りの金貨を見たら分かると思うが、欠けているNPC達の復活をこれから行う。すまないが、少しだけ横に寄ってくれないか」

 

「はい!」

 

 モモンガの言葉に、まるで全員が今金貨の山に気づいたと言わんばかりに叫び、大急ぎで邪魔にならない場所へ寄る。ただ、デミウルゴスはモモンガの付近へと頭を下げて近づいた。

 

「モモンガ様……少しお耳にお入れしたい件が」

 

「アルベドの事なら心配ない。既に接触している」

 

 そうモモンガが告げると、デミウルゴスは驚き、頭を深く下げた。

 

「御存知でしたか。……申し訳ございません。こちらもいつアルベドがナザリックを出たのか調べることが出来ず……。それで、アルベドはどこに?」

 

「…………」

 

 モモンガはそのデミウルゴスの質問に対し、沈黙を通した。それだけで、デミウルゴスは全てを察したようで驚愕に身を震わせ……唇もまた震わせて言葉にならない声を上げる。

 

「モ、モモンガ様……申し訳、ありま、せ……」

 

「言ったはずだぞ、デミウルゴス。お前の全てを許そう、と。そしてアルベドの全ても、俺は許そう――」

 

「――――」

 

 モモンガの言葉に、デミウルゴスは深く頭を下げた。その姿に、モモンガはいつかデミウルゴスの頭はぽろりと取れてどこかに転がっていってしまうのではないか、と心配になったほどだ。

 

「他にも何人かいないな。そいつらの事を聞かせてくれ、デミウルゴス」

 

「はい――」

 

 デミウルゴスは何度も頭を下げながら、モモンガに謝罪と共に詳細を語る。セバスとユリが死んだ経緯、一般NPC達が機能停止している理由を。

 

 その全てを――モモンガは許した。

 

「――そうか。では、さっそく最初の一人を復活させる。パンドラズ・アクターと言ってな、俺の作ったNPCだ」

 

 モモンガはそう彼らに説明し、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを振って五億枚の金貨を溶かす。金貨の山が形を崩し、どろりと固体から液体に変わっていく。それが一ヶ所に集まって圧縮され、人に似た形を作り出す。

 そして――パンドラズ・アクターが現れた。

 

「パンドラズ・アクター」

 

 モモンガが声をかけると……パンドラズ・アクターは意識を覚ましたのか立ち上がった。

 

「これは……私の創造主たるモモンガ様! ……一体何事でしょうか?」

 

「……とりあえず、服を着ろ」

 

 モモンガはそう言って、裸のパンドラズ・アクターに回収した装備品を渡す。パンドラズ・アクターはモモンガの言葉に頷きすぐにいつもの服装に戻った。

 

「それで……パンドラズ・アクター。お前の記憶を教えて欲しい」

 

「は……?」

 

 モモンガがパンドラズ・アクターから聞いた内容は、アルベドと共にナザリック地下大墳墓を出た時から途絶えていた。

 

 ……ツアーから聞いていた通り、彼らはギルド拠点から出た後の死ぬまでの記憶を持っていなかった。ナザリック地下大墳墓にセーブポイントがあって、彼らはそうしてデータを上書きされているのだろうか。詳しくは、ツアーも知らなかった。

 

 パンドラズ・アクターの話を聞いたモモンガは頷くと、パンドラズ・アクターに回収した装備品を全て渡す。

 

「パンドラズ・アクター、後で宝物殿にお前が持ち出した装備品を返しておいてくれ」

 

「かしこまりました。……今でなくていいのですね」

 

「後、だ」

 

 モモンガの言葉にパンドラズ・アクターは察したようだった。頷くと、モモンガの隣の少し前に立ち、いつでもモモンガを庇える位置につく。コキュートスやシャルティアなどは分かっていない様子だったが、デミウルゴスはやはり察していたらしく、パンドラズ・アクターの行動に何の反応もしなかった。

 

 そして、モモンガは次々と蘇生させていく。セバス、ユリ、シクスス達一般メイド――その誰もが、ナザリック地下大墳墓の事を覚えているが、その中で死亡した者達だ。そのせいか、パンドラズ・アクターのように外であった出来事を忘れている、という事は無かった。

 

 そして最後――問題の一人。

 

「ではこれより、アルベドを復活させる」

 

「……モモンガ様」

 

 モモンガの言葉に、パンドラズ・アクターとデミウルゴスがモモンガを見つめる。その視線が告げていた。アルベドを蘇生させて、本当にいいのか、と。

 その二人の無言の言葉を黙殺し、モモンガはアルベドを蘇生させた。

 

 今までと同じように金貨が崩れ、人の形を作っていく。そうして最後には裸のアルベドが横たわっていた。

 

「……アルベド」

 

 モモンガはアルベドに声をかけ、アルベドへと近づく。パンドラズ・アクターが慌ててモモンガの後ろを警戒しながらついていった。

 モモンガに名前を呼ばれたアルベドはうっすらと瞳を開け……そして不思議そうな顔をしてモモンガを見た。

 

「モモンガ様……」

 

「そうとも、アルベド」

 

 モモンガの顔を見たアルベドは、安心したように笑った。

 

「ああ、よかった……やはり、夢だったのですね。モモンガ様がこのナザリック地下大墳墓から去っていくのは」

 

 その言葉に……モモンガは柔らかく返した。

 

「そうとも。それは夢だ。アルベド、お前は悪い夢を見ていたんだよ」

 

「本当に……悪い夢。でもよかった、夢で。――――モモンガ様、どこにも、いかないでください」

 

 アルベドの言葉に、モモンガは安心させるように返す。

 

「勿論だ。アルベド、俺はどこにもいかない。――――ただいま、アルベド」

 

 モモンガの言葉に、アルベドは花が綻ぶように笑った。

 

「おかえりなさいませ、モモンガ様……」

 

 

 

 ――そうだ、どこにも行かない。

 

 モモンガ(おれ)はずっと、この世界でナザリック(おまえたち)と生きていく。

 

 

 

 

 




 
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