モモンガ様ひとり旅《完結》   作:日々あとむ
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いきなりの真面目なタイトル。
 


死を告げる燈火

 

 

 ――カルネ村に向かう途中で一泊、カルネ村で二泊、そして村を早朝に出てエ・ランテルに帰還する頃には街は夜になっていた。

 『漆黒の剣』とンフィーレアはその夜の街を歩きながら、口々にカルネ村で起きた出来事を喋る。

 

「それにしても凄かったですね、アインズさん」

 

 ンフィーレアの言葉に、ペテルは苦笑する。

 

「確かにそうですね。さすが森の賢王を服従させられるだけはあります」

 

「確かになぁ……第三位階の魔法って初めて見たけどよ、あんなすっげぇのな」

 

「あの威力ならオーガの胴体も貫通しそうであるな」

 

「その可能性はありますね。おそらく、アインズさんは普通の魔法詠唱者(マジック・キャスター)より魔力が強いんでしょう。私も師匠に〈雷撃(ライトニング)〉を見せてもらった事がありますが、あれほどの威力は出ていなかった筈です」

 

 村で頼み込み、案山子に〈雷撃(ライトニング)〉を撃ってもらった時の光景を思い出しながら、ニニャは語る。

 〈雷撃(ライトニング)〉は第三位階の魔法であり、貫通力のある魔法だ。しかし案山子を消し炭にした後、後ろの塀の一部を焼き切るという威力は見た事がない。

 ……もっとも、その後塀を焼き切ったアインズは慌てていたが。

 その時の光景を思い出したのか、ルクルットがニヤニヤと笑う。

 

「でもまあ、威力が高いのも考え物だな。同士討ち(フレンドリィ・ファイア)の可能性が高くなっちまうし」

 

「冒険者が同じレベルの人間とパーティーを組む理由が分かりましたね……」

 

 ルクルットの言葉にンフィーレアが頷く。

 

 基本的に冒険者というものは同じレベルの人間とパーティーを組む。

 何故か。それは一人だけ突出していたりすると、連携が取れないためだ。

 弱ければ、その冒険者を庇おうと他の冒険者の動きが鈍くなり、足手纏いになる。逆に強過ぎるとアインズのように同士討ち(フレンドリィ・ファイア)の可能性が高くなり、連携が満足に取れなくなる。

 そして――おそらく、他の冒険者が嫉妬に駆られてしまう。

 人間なのだ。自分より強い者に憧れを持つのも多いだろうが――大半は、嫉妬で足を引っ張りたくなるものだろう。

 そのため、冒険者もワーカーも同レベル同士でパーティーを組むのが暗黙の了解となっている。

 

「それにしても、手伝わなくてよかったんでしょうか?」

 

 ニニャは少しばかり暗い顔になった。自分達が魔法を見せて欲しいと頼んだため、アインズは魔法を見せて塀を焼き切ってしまった。

 本当ならば、アインズは一緒にこの街に来る予定だったのだ。エ・ランテルは見た事がなかったそうで、道案内をしてあげたかったのだが――。

 

「んー……確かに半分は俺達のせいだからな。手伝いたかったけど、村人達が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫だろ」

 

 ペテルの言葉に村での出来事を思い出す。

 

 塀を焼いて慌てたアインズと、自分達を見学していたネムの「あー!」という大声で寄ってきたエンリとゴブリン達。アインズはエンリに謝り、急いで塀を修復する事になった。

 自分達も手伝おうとしたのだが、彼らは大丈夫だと言い、アインズは自分が壊したのだから自分で責任を持つと言っていた。

 そしてそのせいで、アインズは塀の修復のために今この場にいない。

 

「直したらすぐにこちらに向かう、と言っていたから大人しく待っていようではないか。合流したその時に、アインズ氏には謝ればいいのである」

 

「――そうですね」

 

 アインズはンフィーレアに渡したポーションの代金の受け取りと、カルネ村の護衛を『漆黒の剣』に依頼した依頼金をペテル達に渡すために、エ・ランテルに向かう。

 そしてエ・ランテルを少し回った後、また旅に戻るのだそうだ。

 

「――冒険者に興味があったみたいですけど、やっぱり止めちゃうんでしょうか?」

 

 ンフィーレアの問いに、ペテルは苦笑した。

 

「はは。確かに“夢の無い仕事だ――”とか言ってましたしね。アインズさんはモンスター退治より、秘境探索とかの方が好きそうでしたし。やる気ないでしょうね」

 

「やらないわけじゃねぇんだけどな、秘境探索」

 

「でも、正直私達のような冒険者より、ワーカー達の方がそういう事はやっているでしょう」

 

「そうであるな」

 

 ワーカーというのは、一般的には冒険者の脱落組である。

 冒険者の仕事はまず組合が通すが、その分組合は仕事をする。情報に裏が無いか調べ、犯罪に使われそうなら拒絶する。むしろ、逆に阻止するように動く事もあるだろう。

 だが、ワーカーは組合を通さずに直接依頼人から依頼を受け取る。そのため、組合からの信用のおける情報が無い代わりに、見返りが多くあるのだ。

 そしてだからこそ、誰も知らない秘境で誰も知らないマジックアイテムを手に入れられる確率は高い。

 ――もっとも、危険度も跳ね上がるのだが。

 

「――っと、これで依頼完了ですね。皆さん、お疲れさまでした」

 

 ンフィーレアはそう告げ、彼らと別れようとする。

 

「ンフィーレアさん。よかったら家まで送っていきますけど? 馬車から薬草降ろすのも大変でしょうし」

 

「そこまでして貰わなくても大丈夫ですよ。それに、皆さんは組合の近くでアインズさんと待ち合わせがあるじゃないですか」

 

 別行動となったため、アインズはペテル達と冒険者組合の方で待ち合わせをしていた。早朝の出発時に塀の修理がそろそろ済みそうだという事で、アインズもすぐに追いつくと言っていたのである。そこで目立つ冒険者組合で待ち合わせをし、少し街案内がてらバレアレ家へ行こうという事になっていたのである。

 

「そうですか? じゃあ、組合で報酬を貰って、アインズさんと合流したらすぐに向かいますね。あ、それとも明日の方がいいですか?」

 

「いえ、今日はたぶんずっと起きてますから。それに、アインズさんにすぐポーションの代金を渡さないとだまし取ったみたいで落ち着きませんし」

 

 気まずそうなンフィーレアに、ペテル達は苦笑する。アインズの持つ赤いポーションを渡されたンフィーレアの様子を思い出したのだろう。

 前髪で隠れた瞳がきらきらと輝いているのが簡単に分かる、とても昂揚した様子だったのだから。

 

 しかしそれは同時に、アインズの持つポーションの価値が高い、という意味である。アインズは平然とンフィーレアに渡していたが、ンフィーレアの内心は殺してでも奪い取りたい高級品を懐に入れた村人A、といったところだ。とても落ち着かない。

 

「それでは、また」

 

 ンフィーレアは薬草を乗せた馬車で去っていく。それを見送ったペテル達は、早速組合の方へ向かう事にした。話題は勿論、アインズとハムスケだ。

 

「しっかし凄い魔獣だったな、ハムスケ」

 

「森の賢王っていうのは伊達じゃないな。あんなに凄いとは思わなかった。俺達じゃ皆殺しにされていただろう」

 

 鋼鉄より硬い白銀の体毛に、鋭く長い尻尾。語る言葉には溢れんばかりの知性が表れ、力強い瞳には英知を感じさせた。

 まさに森の賢王。数百年を生きた伝説の大魔獣である。

 

「まあ、アインズさんにとってはそうじゃなかったみたいですけど」

 

 ニニャの言葉に、全員苦笑いになる。

 

「アインズ氏にとっては森の賢王も大きな犬猫だったようであるな」

 

「“黒くて丸い円らな瞳が可愛い”って、あれのどこに可愛らしさがあったんだか」

 

 四人は思い出す。どう贔屓目に見ても、そこには深みある英知を感じさせる力強い瞳があるだけだった。正直、可愛いと言うアインズの感性を疑う。

 ……だが、それも仕方あるまい。アインズは魔法詠唱者(マジック・キャスター)でありながら、あの森の賢王を一人で捻じ伏せ、従わせてしまうような人なのだ。そんな彼からしてみれば、あの森の賢王ですら犬猫と変わらなかったのだろう。可愛いと言うのも仕方あるまい。

 

「そういう意味で言えば、今回の依頼は僥倖だったな。凄腕の魔法詠唱者(マジック・キャスター)を間近で見れたし、その人と友好関係を持てたと思えば」

 

「もしかしたら、アインズさんのいない時に森の賢王に遭遇する可能性だってありましたしね」

 

 そうなれば『残念! 漆黒の剣の冒険はここで終わってしまった!』となってもおかしくない。アインズがいたのは、彼らにとってまさに運が良かったと言えるのだ。

 

「んじゃ、とっとと組合の用事を片付けてアインズさんを待ちますかね」

 

 

 

 

 

 

「――それでは皆さん、お世話になりました」

 

「短い間でござったが、この御恩は忘れぬでござるよ」

 

 日も暮れた頃、アインズは村の出入り口で村長夫妻とエンリ、ネム。ゴブリン達と別れの挨拶をしていた。

 ハムスケも村にいる間にネムに懐かれ、ネムに上に乗られたり毛づくろいをしてもらったので感謝の意を示している。

 

「いえ、アインズ様。感謝するのは我々の方です。この村は貴方様がいなければ、あの騎士達に滅ぼされていたでしょう。命を助けていただいたどころか、村の復興まで手伝って下さって……」

 

 村長はアインズに頭を下げる。村長からしてみれば、アインズの求めた報酬は報酬とも言えない。ほとんど、無料で救ってもらったようなものだ。

 村長の後ろで、村長の妻やエンリ、ネムも一生懸命頭を下げていた。

 

「お気になさらず。久々の人との交流は、こちらにとっても心躍るものでした」

 

 嘘ではなかった。アインズ――鈴木悟の現実は両親もおらず、恋人もおらず、友達もいない天涯孤独の身の上だった。その寂しさを『ユグドラシル』で紛らわせ、そこで出来た『アインズ・ウール・ゴウン』の仲間達こそが唯一の交流であった。

 しかし、当然の帰結と言うべきか……月日の経過は『アインズ・ウール・ゴウン』を過去の栄光にしてしまった。サービス終了時に会えたのはほんの少しの人数であり、誰とも終わりを迎える事もなかった。

 

 モモンガは一人だった。誰もいない、現れないナザリック地下大墳墓で一人だったのだ。

 

 だから、ここまで心温まる交流は久しぶりだった。村長夫妻にエンリ、ネム――村人達はいい人ばかりだった。ンフィーレアのひたむきな真っ直ぐさは好感が持てた。『漆黒の剣』はかつての仲間を思い起こすほど、チームワークに優れた素晴らしい冒険者達だった。

 

 そんな彼らとの交流は、このアンデッドの体になった鈴木悟の魂を、自分もまた『人間』なのだという事を思い出させた。

 

 彼らでなければ、きっと自分はここまで他人のために尽くさなかっただろう。

 

「お礼を言うのは俺の方です。いやはや、やはり引きこもってばかりは駄目ですね」

 

 アインズの朗らかな言葉に、村長も苦笑する。村人達は時折、彼がアンデッドだというのをつい忘れがちなのを思い出した。

 きっと、最初から仮面を被ったままだったなら、村人達はアインズがアンデッドだという事にずっと気づかなかっただろう。

 

「アインズ様。村の人間を代表として、お礼を言わせて下さい。そしてまた気が向いたら、ぜひこの村にお越し下さい。精一杯のもてなしをさせていただきます」

 

 村長の真摯な言葉に、アインズは仮面の奥で苦笑した。

 

「アンデッドの俺は食べられないので、気持ちだけいただいておきますよ。その時はハムスケにでもたくさん食べさせてあげて下さい」

 

 この時ばかりは、アンデッドの体が煩わしい。食物もいらず疲労もしない便利な身体だと思ったが、その気持ちを受け取れない事が残念でならなかった。

 

「では皆さん、お元気で」

 

 村を出る。アインズの背中に、最後に二人の姉妹の声がかけられた。

 

「ゴウン様! 本当に、ありがとうございました!」

 

「またね!」

 

 手を振る姉妹。しっかり者の姉は眠たげな妹の手を握り支え、妹は眠たげな眼でけれどしっかりアインズを見て手を振っている。

 

 その二人の姉妹と、村長夫妻に優しく手を振って、アインズはカルネ村を後にした。

 

 

 

 ――そしてしばらく歩いてから、アインズは足を止める。ハムスケも同時に止まった。

 

「さて、ハムスケ。少し待っていろ。今からエ・ランテルを確認して近くに〈転移門(ゲート)〉を開く」

 

「? 歩いては行かぬのでござるか?」

 

「出来れば行きたいんだが……検問所があるらしいからな。俺だけでも難しいが、お前がいたら絶対に通れないだろ」

 

 『漆黒の剣』に聞いた話なのだが、エ・ランテルのような大きな都市に向かうには検問所があり、不審人物が通らないか調べているらしい。

 アインズは旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)でなんとか通れるかもしれないが、ハムスケは無理だ。絶対に通れない。

 冒険者のような最低限の身分証明書でもあれば別だっただろうが、今のアインズにはそういうものはない。

 ……それに、冒険者にもなりたいと思わない。『漆黒の剣』の話では派遣社員のようなもので、その実態は興味が引かれるような内容ではなかった。

 

 有名にはなりたい。けれど、管理はされたくない。種族が人間種ならばよかったのだが、アインズは異形種である。カルネ村が特別であっただけで、本来ならばアインズのような生き物は忌避されるものだろう。

 そういった騒ぎは御免だった。

 

 アインズはその場に胡坐をかいて座ると、アイテムボックスから遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を取り出す。

 これは指定したポイントを距離に関係なく映し出すアイテムで、ユグドラシルでは微妙系アイテムの一つとして数えられていたものだ。

 カルネ村にいた時に何度か練習し、操作方法は熟知したので問題なく使える。

 

 アインズは教えてもらったエ・ランテルまでの大体の距離を指定し、その付近を鏡へと映す。そして周囲を探索し、大きな都市がある場所を発見した。

 

「ここか」

 

 そこから街の入り口近くを探して、外の道沿いに視界を映していく。夜のため通常の人間は見えないだろう距離をとって、そこに〈転移門(ゲート)〉を開く。

 

 手が急に消えただ、その鏡はなんだと騒いでいたハムスケを放って、アインズは立ち上がって「行くぞ」と一言声を掛けてから転移する。

 

「ま、待ってくださいでござるよ殿!」

 

 アインズの後ろにハムスケが続く。着いた先で、アインズはハムスケを振り返った。

 

「さて、ハムスケ。ここで待っていろ」

 

「ど、どうしてでござるか!?」

 

 待機を命じられたハムスケは、涙目になってアインズを見つめた。そんなハムスケに溜息をつきたい気分で、アインズは答える。

 

「お前のような巨体を街に連れ込めるはずがないだろう。俺が冒険者組合に冒険者として登録してあったなら、組合に魔獣としてお前を登録すれば街に連れ込めるようだが……俺は登録する気はない」

 

「た、確かにそれがしは目立つでござるが……」

 

 街に自分がいると大変な事になる、と言われ自分も納得しているのだろう。声に元気がない。

 本当は不可視化系の魔法で姿を隠せば連れていける気がするが、不可視化系の魔法は効率が悪い。もしかしたら街にはそういった魔法を見破る事が出来る人物がいるかもしれない。その場合は更に厄介な事になるだろう。

 とてもではないが、ハムスケは連れて歩けなかった。

 

「わかったでござる。それがしはここで、殿の事を待っているでござる……」

 

「大人しくしていろよ」

 

 わしわしとしょぼくれたハムスケの頭を撫でてやり、アインズは街に向かった。

 

 そしてエ・ランテルの街並みを見て、アインズは目を見開く。俯瞰で見た時も凄いとは思ったが、やはり肉眼で確かめるのとでは全く違う。

 さすがの城塞都市。軍事系統の設備がアインズの目から見てもきっちりと組まれているように見えた。

 今まで森や村ばかり見ていたアインズにとっては新鮮なものだ。ナザリックと比べればそれは見劣りするだろうが、夜だというのに陰鬱さが全く存在せず活気に満ちている都市はアインズには珍しいものとして映る。

 

「おっと、目的の場所はどこかな?」

 

 アインズは冒険者組合を探す。しかし、すぐに見つかるとは思えなかった。仕方なしに、その辺りを歩いている街の人間に声をかけてみる事にする。

 

「すみません、ご老人」

 

 ちょうど近くを歩いていた老婆に声をかける。老婆はこちらを振り返り、アインズの姿に驚いたようだがしっかりと答えてくれた。

 

「……どうしたんじゃ?」

 

「冒険者組合の前で人と待ち合わせをしているのですが、そちらはどこにあるのでしょうか?」

 

 アインズがそう言うと、老婆は納得した表情を作る。

 

「お前さん、エ・ランテルは初めてなのかえ? なら仕方ないの。どれ、案内してやろ」

 

「いえ、そこまでは……」

 

「いいんじゃよ。もう店は閉めておるしの。――こっちじゃよ」

 

「……ありがとうございます、ご老人」

 

 老婆に礼を言って、大人しく後ろをついていく。そうしてしばらく歩いて、吊り下げられた看板に、ペテル達から教えてもらった絵が描いてあるものを見つけた。そして、その出入り口の近くに屯している四人組も。

 

「あそこじゃよ」

 

 老人が指差すと同時に、四人組の一人――ルクルットがこちらを見た。

 

「お! アインズさん!」

 

 ルクルットの言葉に全員がアインズの方を見て、その姿を確認する。

 

「おお! アインズ氏、無事に着けたようであるな!」

 

「待ってましたよ」

 

「――って、もしかして、リイジー・バレアレさんじゃないですか!?」

 

 最後にペテルが、アインズを道案内してくれた老婆を見て、目を見開く。バレアレ、という言葉にアインズも驚き、老婆を見た。

 

「ンフィーレアさんの祖母の方だったんですか?」

 

「そうじゃが……なんじゃ? おぬしら、ンフィーレアと知り合いかい?」

 

 アインズ達は集まり、リイジーに自分達の説明をする。カルネ村に行って帰るまでの護衛を依頼された冒険者だという事、ンフィーレアにポーションを売った旅の者だという事。

 そしてこれから、バレアレ家に行ってンフィーレアからアインズがポーションの代金を受け取る予定なのだという事など。

 それを聞いたリイジーは驚き、アインズを見た。

 

「そりゃ、孫が失礼な事を……。代金より先に現物を受け取るなど……」

 

「いえ、かまいませんよ。ンフィーレアさんならそういう事はしないと、信頼していますから」

 

 アインズはリイジーの謝罪を止めさせ、朗らかに答える。特にアインズが気分を害してないという事が分かったのだろう。リイジーはほっとした様子だった。

 

「そんじゃ、一緒に行かんかね? おぬしらの冒険の話など興味あるしな」

 

「勿論かまいませんが――」

 

 アインズはチラリとペテル達を見る。ペテル達は気にしていないようで、「俺達もかまいませんよ」と告げた。

 

「なら、一緒に行きましょう」

 

 アインズはリイジーやペテル達からエ・ランテル内を案内されながら歩いた。

 

 

 

 

 

 

「ここじゃよ」

 

 店に到着したリイジーは扉の前までいき、鍵を取り出す。しかし、首を傾げた。リイジーが扉を押すと何の抵抗も無く扉は静かに開いていく。

 

「なんだい、あの子、無用心じゃないか。ンフィーレアやーい。アインズさんと、『漆黒の剣』の人達が来たよー」

 

 店の奥に向かってリイジーが声をかけるが、返事は無い。静まり返った空気が漂うだけで、人の気配は皆無だ。

 

「どうかしたのかねぇ」

 

「? 誰もいないみたいだぜ」

 

 気配を探るのが得意なルクルットが不思議そうに口を開く。全員で扉をくぐり、中を見回した。

 

「やっぱりいないねぇ」

 

「出かけているんでしょうか?」

 

「鍵をかけずに?」

 

 ニニャの問いにペテルが不可解そうに答えた。――異様な気配。あまりに静かすぎる静寂は、不気味な気配を漂わせている。

 

 『漆黒の剣』は互いを見回し、アインズを見た。

 

「アインズさん。ここでリイジーさんの護衛をお願いしてもいいですか?」

 

「勿論です。ですが……皆さんもお気をつけて」

 

 アインズの言葉に頷いた彼らは、ルクルットを前に、続いてダイン、ペテル、ニニャと続く。アインズが後ろにいるため、今回にかぎり背後や挟撃の可能性は気にしなくていい。

 

 ペテル達が緊張気味に周囲を探りながら奥に向かっていくのを見ながら、アインズはリイジーと入口近くで待機した。

 内心では、はっきり言って気が滅入っている。

 

(本当、災難続きだなぁ……)

 

 どう考えても奇妙な状況に、アインズは不穏な気配を感じ取って溜息をつきたい気分だった。

 この後の展開を予測し、アインズは周囲を見回し、目的の物がこの家に残っていないか探す。――そして、運が良い事に、アインズが探していた物は少なくとも目に見える範囲には無かった。

 

 しばらくして、ペテル達が慌てた様子で戻ってくる。

 

「薬草の保管場所みたいな部屋があったんだが、そこの裏口の通路が開いてた。んで、少しだけ争った形跡がある」

 

 真剣な顔で語るルクルットに、リイジーは顔を真っ青にした。

 

「で、ではンフィーレアは!?」

 

「たぶん、何者かに攫われたみたいですね……」

 

「そんな……!」

 

「落ち着くのである。とりあえず、冒険者組合に知らせるのが最初であるな」

 

 慌てるリイジーに、ダインが宥めた。確かに、ンフィーレアのような有名人を誘拐するなど、何か後ろ暗い事があると想定した方がいい。ンフィーレアのみを誘拐し、他に価値のあるだろう金銭やアイテムを持ち帰っていない事からもそれが窺える。

 そんな中、アインズは空気を読まず近くの椅子に座ると、彼らに手を差し出した。

 

「誰か、この街の地図を」

 

「え? あ、はい!」

 

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるニニャは、アインズが何かしようとしている事に気がついたのだろう。急いで懐から街の地図を取り出し、アインズに渡した。

 

 アインズはその地図を確認しながら、ニニャに別の椅子に座るよう促した。

 ニニャは不思議そうな顔をして座り、他の面々もアインズが魔法で何かする事を察したのか近くに寄る。

 

「一つ訊ねますが、俺が渡したポーションはこの家にありましたか?」

 

「いや、なかったぜ」

 

「ならば結構。それが犯人の命取りになる。――ニニャさん、今から幾つか魔法を使うから、よく見ておいて下さい」

 

「あの……どういう事ですか?」

 

 ペテル達の不思議そうな顔に、アインズは説明をする。

 

「今から俺が渡したポーションに〈物体発見(ロケート・オブジェクト)〉を使います。知っていますか?」

 

 ニニャに訊ねると、ニニャは首を振った。

 

「特定の物を探す魔法です。ンフィーレアさんは俺が渡したポーションを懐に丁寧にしまって持っていました。ならば、まだ持っているか、近くにある可能性が高いです。それで相手がどこにいるか分かります」

 

「なるほど……」

 

 頷くニニャに、アインズは少し声を低くして告げた。

 

「それから――こういった情報収集系の魔法を使用する時は、敵の対抗魔法に対する対策を十分に準備してから発動させるように。相手が〈発見探知(ディテクト・ロケート)〉という探知系魔法を発見する魔法を使用している可能性を考え、〈偽りの情報(フェイクカバー)〉や〈探知対策(カウンター・ディテクト)〉で自分を守るのは基本中の基本です。他には――」

 

 アインズはそうしてニニャに説明してやりながら、幾つも魔法を発動させていく。

 ニニャは何度か自分より位階が上のアインズに魔法を教えて欲しそうにしていたので、ついでとばかりにアインズはニニャに説明しながら、魔法を実践していった。

 

 そしておよそ十もの魔法を唱えた後、一度説明を区切る。本来ならば特殊技術(スキル)による強化や対策もすべきだが、この世界のレベルの魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならば、ほとんど必要ではないだろう。どの道、アインズの指輪の一つは探知阻害のマジックアイテムだ。魔法をかけずとも元より探知は出来ない。

 

 ――魔法を発動させたアインズは、ポーションが今どの辺りにあるか特定し、地図の一点を指差した。

 

「――――ここですね」

 

 アインズが指差した場所を見て、ペテルが叫んだ。

 

「そこは墓地だ!」

 

「なんで墓地なんかに……」

 

 全員が不思議そうな顔をしているところ、外が騒がしくなった。全員で顔を見合わせ、その喧噪に釣られるように家を飛び出す。

 家の外に出ると、幾人かの衛士や冒険者らしき人間が慌てているところだった。

 

 その中に見知った人間を発見したのだろう。ペテルが声をかける。

 

「おい! どうしたんだ!?」

 

 ペテルに声をかけられた中年の男はペテル達を見て、近くに寄って声を潜めながら語った。

 

「墓地からアンデッドが山のように湧き出てるらしい。手が空いている冒険者は全員そっちへ向かえってよ。お前らも手伝え。アンデッドの軍勢だ」

 

「な――――」

 

 その状況に全員が絶句する。今、まさにこのエ・ランテルでとんでもない事が起きようとしていた。

 ペテル達は顔を見合わせ――続いて、アインズを見た。

 その様子にアインズは辟易しながら言葉を待つ。おそらく、この後事件の解決を頼まれるのかもしれないと思って。しかし――

 

「アインズさん、今までありがとうございました」

 

 彼らから出てきた言葉は、アインズの予想もしないものだった。

 

「ンフィーレアさんの居場所も探知してもらいましたし、私達は十分過ぎるほど色々な事を手伝ってもらいましたから……なので、ここでお別れということで」

 

「……いいんですか?」

 

 今は見えないが、ハムスケも連れているのだ。ならば、アインズに助けを求めるのが正解だろう。

 しかし彼らはそうしなかった。それを『恥』であると、そう確信していた。

 

「いやぁ……村でも結局何の役にも立ってなかったしな、護衛とか言われても正直アイツらいたし」

 

「塀を壊してしまったのに、手伝えませんでしたしね」

 

「ンフィーレア氏の護衛の依頼も、結局、出来ていないである」

 

 口々にそう言って、彼らはそう反省していた。

 

 ゴブリン達がいるのだから、自分達の村の護衛などほとんど必要なく。

 自分達が頼んで魔法を見せてもらい、結果塀を壊してしまったのに修理を手伝っていなくて。

 そしてンフィーレアの護衛という依頼も、最後で大失敗になってしまった。

 

 彼らのその言葉に、アインズは幾つも反論が浮かぶ。しかし、彼らは自分達をそう判断しているのだ。言葉でいくら言っても、彼らの中にはしこりが残るだろう。

 

 故に彼らは、アインズに礼を言ってここで別れる事にした。

 

「アインズさんはここで、リイジーさんと待っていて下さい。リイジーさん、ンフィーレアさんは必ず助けてきますので」

 

「んじゃ、いくか!」

 

 ペテル達は去っていく。墓地に向かって、自らの役目を果たしに。

 その姿を――アインズは眩しいものを見るように、その背中を見つめた。彼らの姿が見えなくなるまで。

 

「…………ああ、本当に」

 

 人間とは、なんて眩しい生き物なんだろう。

 脳裏に、王国戦士長の姿がよぎった。

 

 そして取り残された二人。アインズはちらりと、不安そうな表情を浮かべるリイジーを見る。

 アインズの視線に気づいたのか、リイジーもアインズを見た。

 

「リイジー・バレアレ」

 

「……なんじゃ?」

 

「俺を雇わないか?」

 

「え?」

 

 アインズはアイテムボックスから、ポーションを取り出す。ンフィーレアにも渡したポーションだ。

 リイジーはアインズが取り出した赤い色のポーションを見て、息を呑んだ。目の色が変わったと言っていい。

 

「俺はこれをンフィーレアに渡していてな。このポーションの代金と、『漆黒の剣』への依頼の代金。そして――これから、ンフィーレアの救出依頼の代金を前払いしてくれるなら、助けに行ってやってもいい」

 

 目の前に差し出されたポーションを、リイジーは震える手で手に取った。そして、魔法を使ってポーションを調べる。

 

「――――こ、これは」

 

 今度こそ息が止まった。

 

「ば、馬鹿な……神の血液? ほ、本当に……?」

 

 リイジーは驚愕に目を見開きながらポーションを見つめる。その姿を見ながら、アインズは最後通牒とばかりに促した。

 

「それで――どうする? リイジー・バレアレ」

 

「…………!」

 

 リイジーはアインズの顔をじっと見つめ、そして急いで踵を返し家に駆けこんだ。

 少しして、何かがたくさん詰まった皮袋を一つ用意してくる。

 

「金貨が一五〇枚入っておる」

 

 誰が聞いても大金だった。しかし、それをリイジーはアインズに差し出す。

 

「ポーションの代金と、それから孫を助けてもらった場合の報酬じゃ。受け取ってほしい」

 

「では、交渉成立だな――任せろ、ンフィーレアを助けてきてやる」

 

 アインズはずっしりとしたその皮袋を受け取り、リイジーに背中を向けた。その背中に、リイジーから声がかかる。

 

「まるでおぬしは悪魔じゃな」

 

 それは罵倒のようであったが――しかし、声にこもった感情は、まったく別の物を表していた。

 

「悪魔は人を堕落させるという。もうちっとばかり、自分に色を付けた方がええぞ。そうやって軽く自分を売るから、あの者達はお前さんに頼まんのじゃよ」

 

「――忠告、感謝する」

 

 安い話にも、美味しい話にも裏がある。当たり前の事だ。この当たり前を崩された時――人間は、人間不信になるのだろう。アインズにもよく分かる。

 自分を安く売っていたつもりはなかったが――どうやら、もう少しばかり我が儘になった方がよかったらしい。

 

 アインズは少しばかり自分の今までの行動を反省しながら、墓地に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 ――リイジーから見えなくなった辺りで、魔法を発動させて転移する。目的地は当然、墓地だ。

 アインズは墓地の上空に魔法を使って浮かぶと、地上を見る。

 地上では冒険者達や衛士達が必死になって、街に向かおうとするアンデッドを抑えていた。アンデッドの中にはゾンビやレイスがいるが、これなら、まだ大丈夫だろう。

 

 アインズはそのまま、空を飛んで墓地の奥を目指す。霊廟の付近まで近づくと、地面に降りた。

 そして足を進める。墓地の最奥に存在する霊廟の前で、幾人もの怪しげな者達が円陣を組んで何かをしていた。

 全身を黒色のローブで覆い、スタッフを持った男達。唯一中央に立っている男のみが顔を晒しており、時に高く、時に低くうねるような呟き声が聞こえてくる。

 

「…………」

 

 アインズは無造作に近づく。まったく身を隠さずに地上に降り立ったのだから、当然相手はこちらに気づいていた。

 

「カジット様……」

 

「〈飛行(フライ)〉か……。それなら、確かにあのアンデッドの群れを突破出来るだろう。おぬしだけか? 他には?」

 

 リーダーらしき男……カジットの言葉に、アインズは少し白ける。伏兵を警戒しているのだろうが、それでも普通正面から正直に訊ねるだろうか?

 

「俺だけだとも。さて……通告するが、ンフィーレア少年を渡す気は? そうすれば死なずにすむぞ?」

 

 アインズがそう言えば、カジットは鼻で嗤った。それが答えであると了解し、アインズは彼らをどうするか内心で決定する。

 

 〈敵感知(センス・エネミー)

 

 アインズは無詠唱化させた魔法を使用する。敵対意志を持ったモノを感知する魔法だ。それにカジット達以外に霊廟の奥から反応があった。

 

「伏兵がいるな。霊廟にいるだろう、出てこい」

 

 アインズの言葉に、不気味な女の笑い声が響いた。

 

「ふふーん。何か探知魔法でも使ってたのー? やるねー」

 

 女が出てくる。何処か歪な笑顔を浮かべている女だ。歩く度にチャラチャラと金属の擦れる音が聞こえる。

 その金属音と浮かべた笑み。そして不気味な気配が何か不吉な気配を感じさせていた。あのマントの下には、見るもおぞましいものが隠されていると。

 

「おぬし……」

 

「だってバレバレじゃーん。隠れてもしょうがないしー。大体さぁー、〈生命隠し(コンソール・ライフ)〉が使えないから隠れてただけだしねー」

 

 女は険を含んだカジットの言葉に苦笑いを浮かべる。そして、ンフィーレアを人質にとる事もなく、アインズに女が問いかけてきた。

 

「はじめましてー。私はクレマンティーヌ。よろしくね」

 

「アインズ・ウール・ゴウンという。知っているかな?」

 

「……知らんな」

 

「私も知んなーい。一応、この都市の中の高位冒険者とかの情報は集めたけど、その中にはそんな名前の奴はいなかったなー。んで勿論、あっちでも知んなーい」

 

 あっち、というのがどういう言葉を指すのか気になるが、アインズには関係が無い。

 彼らは、『アインズ・ウール・ゴウン』の名前を知らなかった。

 アインズにとって重要なのはそれで、もはや彼らに用は無いと言っていい。

 

「っていうかさー、どうやってここが分かったのー? 珍しくスマートに済んじゃったから、証拠なんて残してないのにさー」

 

 クレマンティーヌの言葉に、アインズは静かにネタ晴らしを告げた。

 

「覚えておくがいい。魔法には特定アイテムを探知する魔法がある。特定人物が特殊なアイテムを持っておけば、それだけで居場所など分かるだろうさ」

 

「へー……」

 

 その言葉に、少しだけクレマンティーヌがアインズに対して警戒心を抱く。

 

 自分が知らない魔法を知っている。それだけで、警戒レベルは跳ね上がる事をクレマンティーヌは経験から知っていた。

 

「もしかしてあの変な色のポーション? カジッちゃんが調べたけど、凄いポーションだねー。私も驚いちゃったー」

 

「ああ、私の持ち物だ」

 

 それで、完全にクレマンティーヌの警戒心に火が点いた。チリ、と空気が明らかに変わり、クレマンティーヌの姿勢が戦闘態勢に変わる。

 

「ふ、ふふ……でもまぁ……」

 

 獣のように身を屈めたクレマンティーヌが、不気味な、引き攣ったような笑い声を上げながら叫ぶ。

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)ごとき、スッといってドス! だけどねー!!」

 

 クレマンティーヌが突進してきたのに合わせ、アインズも盾役のアンデッドを召喚する。当然、召喚するのは死の騎士(デス・ナイト)だ。クレマンティーヌの突撃をタワーシールドで弾き、続け様に手に持つフランベルジェで斬りかかろうとする。

 しかし、その一撃は空を斬った。クレマンティーヌは一瞬で身を翻し、死の騎士(デス・ナイト)の攻撃範囲から逃れている。手にはいつの間にかスティレットが持たれていた。

 

 だが、アインズはその攻防の内に呆けている、無防備なローブの男達に狙いを定める。

 

「〈集団標的(マス・ターゲティング)龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

 龍のごとくのたうつ白い雷撃がアインズの突きつけた指先から放たれる。それは分裂し、落雷染みた放電を発しながらカジット達に襲いかかった。

 白い雷撃はカジット達を焼き尽くし、数瞬の内に炭と化させる。雷撃が消えた頃にはカジットの部下達は全て大地に転がっていた。

 ……しかし、カジットのみはまだ立っている。だがその身には幾つもの火傷の痕があり、そしてアインズを見て驚愕に目を見開いて呻き声に似た声を上げた。

 

「第五位階魔法だと……!」

 

「〈電気属性防御(プロテクションエナジー・エレクトリシティ)〉でダメージをある程度防いだか……無駄な足掻きを」

 

 対するアインズは余裕を崩さない。死の騎士(デス・ナイト)はアインズを守るように、クレマンティーヌをしっかりと見つめ、警戒態勢を取っている。

 

 それにクレマンティーヌは舌打ちした。クレマンティーヌの武器はスティレットだが、これは刺突武器だ。アンデッド系のモンスターに対しては効果が薄い。

 一応、打撃武器であるモーニングスターを持っているが、クレマンティーヌはあまり得意ではないのだ。

 ならば使役している術者を狙うべきだが……当然、それはこの護衛がさせてくれない。

 

 何よりも、勘がピリピリと告げている。このアンデッドの騎士は、クレマンティーヌであっても、全力で挑まなければならない怪物だと。

 

「ふ、ふふ、ふふふふふ――この国で私とまともに戦えるのは風花の連中が集めた情報によると五人」

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 『蒼の薔薇』のガガーラン。

 『朱の雫』のルイセンベルグ・アルベリオン。

 戦士長と互角の剣士ブレイン・アングラウス。

 そして冒険者を引退したヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファン。

 

「全員戦士ばっか。そりゃ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)が召喚するシモベなんか対象外だよねぇふつーはさー」

 

 クレマンティーヌは気持ちが悪いほどつり上がった笑みを浮かべ、アインズを見つめた。

 

「第五位階魔法に、私並みの前衛のシモベを召喚する? なにそれ? 十三英雄じゃあるまいし――あぁ、いらつく。でも素敵。てめーをぶっ殺して、私が英雄級だってことを、アイツより出来るんだってことを証明してやるぅ!!」

 

 激昂したようなクレマンティーヌに、アインズは嫌になるほど冷静に答えた。

 

「あっそう。まあ、頑張れ」

 

「ぅるああああぁぁあああああああッ!!」

 

 クレマンティーヌがマントを剥ぎ、その下から女の狂気の正体が垣間見える。

 そこにあったのは異なる色の鱗があるような輝きを持つ鎧――しかし、決してまともではない。その鱗の正体はアインズの教えてもらった知識の通りなら、冒険者のプレートだ。下は銅から、上はオリハルコンまで。無数の冒険者のプレートが輝きを放っている。

 

 それはまさに、狩猟戦利品(ハンティング・トロフィー)。クレマンティーヌが狂っている事を示す、この上ない証拠だった。

 

 何がクレマンティーヌの精神を揺らしたのかは知らないが、獣のような叫び声を上げたクレマンティーヌは異様な前屈姿勢をとり、獣が獲物に飛びかかるように瞬時に突っ込んでくる。

 だが、当然アインズに傷をつける事は出来ない。死の騎士(デス・ナイト)が防ぎ、そのままクレマンティーヌと死の騎士(デス・ナイト)は戦闘に移った。

 それを確認し、アインズは再びカジットへと視線を戻す。カジットはアインズがクレマンティーヌに気をやっていた内に手に持った黒い珠を掲げ、自らの弟子達をゾンビへと変えていた。

 

「〈不死者創造(クリエイトアンデッド)〉? しかし複数体を一度にアンデッド化させる力は無いはずだが……その珠の力か?」

 

 襲いかかるゾンビを今度は〈火球(ファイヤーボール)〉で焼き払う。一瞬でゾンビ達は炎に呑みこまれ、更なる消し炭と化す。だが、カジットは歓喜に震えるように叫んだ。

 

「十分な負のエネルギーの吸収だ! これで十分……ゆけぃ!」

 

 カジットの手の中で黒い珠が墓場の闇を吸い込み、ほのかな光を発している。心臓の鼓動のように緩やかに。

 そしてアインズの上を大きな影が覆う。当然、上空を飛んでいたそれに最初から気づいていたアインズは、大きく飛びのいて上空からの強襲を避けた。

 

 先程までアインズがいた場所を巨大な影が掠め、カジットの前に降り立つ。

 三メートルはある人骨の集合体。四足で翼を持つ骨のプラモデル。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)――と呼ばれるアンデッドである。

 

「魔法に絶対の耐性を持つ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)よ! 魔法詠唱者(マジック・キャスター)にとっては手も足も出まい!」

 

 カジットはそこで、更に手に持つ珠に力を込めて天に翳した。

 

「そして見よ、この死の宝珠の力を!」

 

 アインズの立つ大地がぐらいと揺れる。次の瞬間、大地が割れて二体目の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が姿を現した。

 

「二体同時だ! いかに英雄級であろうと、魔法詠唱者(マジック・キャスター)である以上骨の竜(スケリトル・ドラゴン)には勝てまい!」

 

 カジットは最大限の力をもってアインズを殺さねばならぬと悟った。なにせ、第五位階の魔法を使い、クレマンティーヌと同レベルの前衛のシモベを呼び出す魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。

 そんなものは、カジットの知識では十三英雄クラスの実力者しかいない。ならば出し惜しみはせぬと、そうしなければならぬと悟ったのだ。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の天敵である骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の二体目を呼び出したのは保険である。

 

「さあ、ゆけ!」

 

 奇怪な叫び声を上げて骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がアインズに迫る。それをアインズは、何の気負いもせずに、カジットが目を剥くような仕草で防御した。

 

 ガントレットを嵌めた左腕で、迫り繰る巨大な爪の攻撃を掴んで押さえたのである。

 

 巨体の体重がアインズにかかるため、アインズの立つ地面がへこむ。しかし、アインズはまったく気合いを入れた様子もなくその巨体を支えている。

 

 決してありえない光景に、カジットは次の指示も出せず呆然とした。目の前の光景がまったく信じられない。

 どうして、肉体能力に乏しいはずの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)のあの巨体を腕一本で支えられるというのか――!

 

「……どれ。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の先達として、一つ教授してやろう。当然、受講料はお前の命だ」

 

 アインズはそう言うと、まるで出来の悪い生徒に物を教える教師のように、悪夢のように優しくカジットに囁いた。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)には確かに魔法に対する耐性がある。だがな、それは第六位階までの魔法に限定される。――――つまり」

 

「俺の魔法は、防げない」

 

 アインズはそう言うと、空いている右手を骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に差し向け、告げた。

 

「〈獄炎(ヘルフレイム)〉」

 

 ポツンと微かに揺らめく、吹けば消えるような黒い炎が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に付着した。

 瞬間――骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の全身を黒い炎が一瞬で覆い尽くす。叩きつけられる熱気は離れていたカジットも目を開けていられないほどの勢いだった。

 天すら焼き尽くす勢いで燃え上がった黒炎は、容易く骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を溶けるように掻き消す。

 その骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の後を追うように、黒炎もまたこの世から消失した。

 

 後には何も残らない。全てがまるで夢であったかのように。

 

 ――ああ、本当に夢なら、どれだけ幸せな事だろう。

 

「ぁ……は、あ……」

 

 カジットは目の前で行われた意味不明の現実に、喘ぐ様に息を漏らした。

 ありえない。おかしい。誰がどう見ても、こんな現実があるはずがない。

 だというのに――そのありえないモノが、ありえない死を運んでくる。

 

「――と、こういうわけだ。来世からはよく考えて行動する事だな」

 

 アインズが告げる静かな言葉に、カジットは狂ったように叫んだ。

 

「何故だ!? 何故、ようやく願いが叶おうという瞬間になって、おぬしのような者が邪魔をするのだ!?」

 

 理不尽だった。この街で五年間準備した。三十年以上経とうと忘れられぬ想いがあった。

 望みは唯一つだけだったはずだ。

 何でもない普通の村で、当たり前の誰かとして生を受けた。村での仕事に精を出す父親と、そんな父を支える穏やかな母親。普通の両親を持って、普通の人生を歩むはずだった。

 カジットはあの日の夕焼けを今でも覚えている。もう思い出せないほど些細な理由で帰りが遅くなり――母の「早く帰れ」という言葉を違えてしまった日。急いで駆けた夕焼けの世界を。

 

 帰ったら、母が死んでいた。

 

 死因は「脳に血塊が出来ていたこと」。

 誰のせいでもない。誰も悪くなかった。もし仮に罪がある人間がいるとすればそれは一人だけ――――

 

 あの日、つまらない理由で家に帰るのが遅くなったカジット。母の言いつけ通りもっと早く帰っていれば、母は助かったのではないだろうか。

 カジットの母国であるスレイン法国には信仰系の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が数多く存在する。カジットの村にも何人かいたのだ。早く家に帰っていれば、母は死んでいなかったのかもしれない。

 

 母の苦痛に歪んだ死に顔が、今でもカジットのトラウマになっている。

 

 そう、誓ったのだ。――母を蘇らせようと。

 あの日、自分の犯した過ちを正そうと。掛け違えてしまった何かを、元の位置に戻すのだ。

 

 山のような困難があった。魔法の知識を得れば得るほどに、大きな問題が浮かび上がった。

 第五位階には死者の蘇生魔法が存在する。しかし、生命力が足りない死者は復活出来ずに灰になる。単なる村人であった母にはその魔法での復活は不可能だった。

 そして存在しないのならば、自分の力で開発するしかない。

 だが時間が無い。人間の一生は短すぎる。たかだか一〇〇年程度の寿命では、そんな奇蹟のような魔法は作れない。

 

 だからアンデッドになろうと――そう思ったのに。ようやく、ようやく悲願への第一歩を歩み始めたというのに……!!

 

「わしの人生の全てが、どうしてこんな僅かな時間で無駄になる!? 突然現れたおぬしなんぞに、それを無に帰す資格があるというのか!?」

 

 絶叫するカジットに、しかしアインズはひどく――ひどく平坦な声で、どうしようもない結論を告げた。

 

「気にするな。どんな人生を歩もうと、やがて死ぬ」

 

 アインズは仮面を取る。その仮面の下にある顔に、カジットは引き攣ったような声が漏れた。

 

「人生とは――ままならないものなのだ」

 

 死の神。目の前にいるのはそれだと、どうしようもないのだとカジットは悟った。

 あの夕焼けの日、母を連れていった死の神が、今度はカジットを連れていこうとしている。

 

 ――――〈(デス)

 

 アインズがカジットを指差し、魔法を唱える。何かを思い出す暇も無かった。カジットの体がパタリと倒れる。

 カジットはそうして――――眠るように息を引き取った。

 

 続いてアインズはカジットの近くに待機していたもう一体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に指を向ける。

 

「〈暗黒孔(ブラックホール)〉」

 

 アインズの唱えた魔法で出来た闇色の孔の中に、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は吸い込まれるように消滅した。

 そして周囲には静寂が戻る。

 

「さて――残るはお前だけか、クレマンティーヌ」

 

「…………」

 

 死の騎士(デス・ナイト)と死闘を演じていたクレマンティーヌが、顔色を真っ青にしてアインズを見ている。

 

 先程の攻防を、クレマンティーヌもまた見ていた。

 ふざけるな。冗談じゃない。クレマンティーヌの心の中を占める大部分はそんな思いだ。

 第七位階以上の魔法――そんな神話の領域の魔法を行使する化け物に、勝てるわけがないと理性が冷静に叫んでいた。

 

 致命的なまでに間違えた。

 この目の前の化け物とは――絶対に敵対してはいけなかったのだと。

 

 それでも最後の望みをかけて――泣き笑いのような表情を作って、クレマンティーヌはアインズに訊ねる。

 

「ねぇ……何でもするから見逃してくれない?」

 

 それに対する返答は、当たり前の答えだった。

 

「駄目だ。見られたからには、生かしておけない」

 

 とりわけ仲良くなったわけではない。ここにいるのは罪を犯した人間と、人間のふりをした化け物である。ならば結論として――生かしておく理由が無い。

 

 アインズにとって人間――赤の他人とは、単なる虫の群れである。

 

「…………」

 

 髑髏の奥の闇から、赤い火が灯っている。それはまさに、死を告げる燈火であり――――

 

 全てを諦めたクレマンティーヌの視界の端で、恐ろしいアンデッドの騎士がクレマンティーヌの首を斬り落とさんと剣を振り上げていた。

 

 

 

 

 

 

 ハムスケがぼうっと朝陽を眺める中、街に行っていたはずのアインズが帰ってきた。

 

「殿、御帰りでござるか?」

 

「ああ」

 

 アインズはハムスケにそう返事をすると、ハムスケに向かって手に収めていた物を投げた。

 

「ハムスケ、やる」

 

 ぽいっと投げられた球体を、ハムスケは慌ててキャッチする。

 

「これは一体なんでござるか?」

 

「魔法のアイテムだ。使えるか?」

 

「使えそうでござるが……な、なんだか五月蠅いでござるよ、殿! 殿のもとに返して欲しいと五月蠅いでござる!!」

 

「死の宝珠というらしいぞ。俺が持っていても意味ないんだ。やる」

 

 ハムスケはアインズから受け取った宝珠を頬袋の中に収める。それを確認し、アインズは懐から今朝街を出る前に買った地図を取り出して開いた。

 

「さて、行くぞハムスケ」

 

「は、はいでござる!」

 

 アインズがそう言うと、ハムスケは元気よく返事をしてアインズに懐く。そんな愛くるしい巨大な愛玩動物に内心苦笑いし、アインズは気の向くままに歩き出した。

 

 それじゃあ、まずは何処に行ってみよう――アインズは未知の世界に胸を高鳴らし、これからの旅路を暗示するように真っ青な青空を見て、目を細めた。

 

 

 

 

 




 
ンフィーレア君は無事、原作と同じように救出されました。そしてブリタちゃんの出番は無い。
 







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