モモンガ様ひとり旅《完結》   作:日々あとむ
<< 前の話 次の話 >>

6 / 21
 
今回は全てモモンガ以外の視点。
 


舞台裏の小さな劇場

 

 

 城塞都市エ・ランテルにある令嬢の執事としてやって来ていた老人は、囁くように話をしていた冒険者達の言葉にふと気になるものがあって、市場の相場調査をしながらその会話に耳を傾けた。

 

 ――なあ、えーっと、いつだったか例のあの事件……

 

 ――墓地からアンデッドの軍勢がやって来たやつか?

 

 ――ああ、それ。結局あれってなんだったんだ?

 

 ――なんでもズーラーノーンが起こした事件だったみたいだぞ。

 

 ――マジかよ。よくこの街無事だったな。首謀者はどうなったんだ?

 

 ――通りすがりの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が解決したらしい。

 

 ――はあ?

 

 ――マジかよ?

 

 ――お前らもそう思うか? まあ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)が解決したのは事実らしいぞ。アンデッドの軍勢は〈飛行(フライ)〉で無視して、直接首謀者を叩いたみたいだな。

 

 ――へえ……。で、その魔法詠唱者(マジック・キャスター)はどこ行ったんだ?

 

 ――人質を救出したら、さっさと旅に出ちまったんだと。魔術師組合長がすんげぇ悔しがってたぜ。「うちに登録してくれればいいのに」だってよ。

 

 ――はは。

 

「…………」

 

 『ズーラーノーン』。老人はその単語を頭の中に刻む。おそらく大事な単語だ。あの場にいた冒険者の誰もが、その単語に疑問を覚えなかった以上彼らにとっては常識なのだろう。

 しかし何よりも――通りすがりの魔法詠唱者(マジック・キャスター)に敬意を抱く。

 老人――セバスは、自らの創造主であるたっち・みーの「弱き者を救わなくして、強き者を名乗れるはずがない」という考えを好み、共感を持っている。弱き者を助けようとする人間。こういう人間がいるからこそ、セバスは人間という種族を嫌いになれない。

 

「…………」

 

 ――そして、心の中に暗雲が立ち込める。今のナザリック地下大墳墓の現状を思い出したからだ。

 ついに、あの慈悲深き主君、モモンガまでもがナザリックからいなくなってしまった。

 アルベドは今もモモンガの旗にくるまり、玉座の間に閉じこもっている。現在は守護者統括代理としてデミウルゴスが動き、なんとかナザリックの機能を維持している状態だ。

 現状は……あまり芳しくないようにセバスは思う。そも、至高の四十一人が決めた役職、上下関係という設定があるにせよNPCは本来対等だ。それを捻じ曲げて、デミウルゴスが維持している。

 セバスはそれについて不満はあっても、逆らう気は今のところない。アルベドがあのような状態な以上、アルベドと同等の頭脳を持つデミウルゴスをリーダーにするのが最適なのは、セバスにだって分かるからだ。

 

「…………」

 

 だが、それでも不満が消えない。おそらく、NPCは誰もがそう思っているはずだし、デミウルゴス自身も自分がリーダーであるのは不満なように思う。

 違和感が消えないのだ。不快感を覚えて仕方ない。心の中で不安が燻っている。

 自分達にとって一番大切な、大事な部分にぽっかり穴があいてしまっているのだ。

 

「…………」

 

 何か恐ろしい事を考えそうになって、頭を振る。

 

 きっと、いつか至高の御方々は還ってくる。

 

 そもそも、今いるこの地はユグドラシルか、と言われれば疑問が残る。言葉は通じるが、口の動きを見るに自分達と同じ言語体系ではなさそうだ。文字だって、実際は違っていた。

 それを考えると、デミウルゴスが出した『異世界』だという結論は間違っていないのだろう。

 

 だからセバスは――いや、NPC達は誰もが思っている。元の世界に還れば――至高の御方々が、少なくともモモンガがいるはずだと。

 

 急いで還らなくては。でなければ、ナザリックが存在しない姿を見たあの慈悲深き支配者はどれほど悲しまれるだろうか。

 それどころか、仮に他の御方々が還ってきても、そこには何も無いという事になる。

 

 ――――ただ、デミウルゴスはもう一つ可能性を掲示していた。それは、この世界が至高の御方々がお隠れになった場所、『りある』なのではないのか、という事だ。

 

 『せいゆう』『まんがか』『こうむいん』などなど……。ユグドラシルには存在しない職業の事を語っていた事が四十一人にはある。

 もしかしたらこの『異世界』こそ――かつて創造主達が語っていた『りある』という世界なのかも知れない。

 何故なら、誰も『りある』の詳細を知らないのだ。この世界がそうではないなど、誰が言える。

 

 だからこそ――この世界に、『ナザリック地下大墳墓』という栄光ある名を広めなければ。

 

 私達はここにいます。

 私達はこんなにも役に立ちます。

 だから、どうか――この地に、御帰還下さい。

 

 そのために、まずはこの大陸を支配する。

 デミウルゴスはそう言い、とりあえずは情報収集する事を第一とした。

 セバスがこのエ・ランテルという人間の城塞都市にいるのもその一環だ。セバスはソリュシャンと共に人間のふりをして、王国の情報を集めていた。

 ソリュシャンは成金商人の令嬢役として、セバスはその執事役として人間社会に溶け込んでいる。エ・ランテルである程度情報を集めたら、そのまま王都の方まで向かうつもりだが……。

 

「…………」

 

 セバスは先程の冒険者達の言葉を思い出す。『ズーラーノーン』。おそらく、何らかの犯罪組織と思われる。

 間違いなく、デミウルゴスに報告して指示を待った方がいいだろう。場合によってはこのままエ・ランテルに潜伏し、その『ズーラーノーン』なる組織を隅々まで調査する必要があるかもしれない。

 

 セバスはそう結論し――今の仕事である市場の相場を調べる作業へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 その村を発見した時、彼らは思わず困惑した。

 彼らの知識では、この村は単なる開拓地である。それもつい最近――これは極秘だが――六色聖典の内の一つ、陽光聖典の任務に『やむを得ない犠牲』として挙げられていた村の一つだったはずだ。

 それがどうだろう。

 

 塀がある。それも、とても村人の力では一年や二年では作る事の出来ないほどの、立派な塀だ。

 

「どういうことでしょうか? 隊長」

 

 そんな事を言われても困る。自分だって分からない。ただ、何かがあった事は確実だろう。

 

 ――少し前、スレイン法国ではある大事件が起こった。

 陽光聖典の動向を探ろうとした土の巫女姫と、その神殿が謎の大爆発に巻き込まれたのである。

 結果として、土の巫女姫は死亡するという重大な事件だ。

 その少し前“占星千里”が破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活を予言していた。そのため、自分達――――漆黒聖典は復活した破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を支配下に置くために出撃していたのだが、〈伝言(メッセージ)〉によりもたらされた情報により急遽寄り道を余儀なくされたのだ。

 

 そうして国境を越え、陽光聖典達の最期の任務となってしまった地へと向かったのだが……その果てに見つけたのが、この村だ。

 

「この村の名は?」

 

「確か、カルネ村だったかと。近くに森の賢王の縄張りが広がってるんで、モンスターに襲われたことのない暢気な村のはずなんですがね」

 

 隊員の一人に訊ね、答えを聞き考える。

 モンスターに襲われた事の無い暢気な村。……つまり、このような立派な塀があるのはおかしいという事だ。

 とりあえず、無視するという選択肢は存在しない。明らかな異常だからだ。となれば村の人間に何があったか訊ねるべきなのだが……。

 

「透明化の魔法で中を調べますか?」

 

「頼む」

 

 隊員の一人がそう言って、魔法を使い姿を消す。そしてしばらく待つと、珍妙な表情で戻ってきた。

 

「どうだった?」

 

「それが――――」

 

 戻ってきた隊員の報告を聞いて、ますます意味が分からなくなる。

 

 この村の中では、ゴブリン達が村人と一緒に生活していたらしい。ゴブリンが無理矢理命令を聞かされている様子もなく、逆に村人がゴブリンに無理矢理命令されているのでもない。お互いがお互いに、助け合って生きていたのだという。

 

 外から見ただけでは駄目だ。これは、確実に中に入って村人から詳しい話を聞かなくてはならない重要事項である。

 

「何人かついて来い。村人に話を聞く」

 

 そう言うと、全員納得し何人か選別する。

 そうして護衛対象とその護衛を数人残す。場合によっては、この村でスレイン法国としての仕事をしなくてはならない。警戒しながら村へと近づいた。

 

 当然、村に近づくとゴブリン達がこちらに気づき、警戒して動き始める。身を隠していないため、すぐに気づいたのだ。だが、ゴブリン達はゴブリンとは思えないほど賢かったようで、自分達を見ると慌てているようだった。見張りに立っていたゴブリンの内の一匹が村へと駆け込み、姿を消す。

 

 その様子を見ながら、万が一を考えて警戒するが、ゴブリン達そのものは警戒に値しない。例えこのゴブリン達が束になってかかっても、自分達漆黒聖典の隊員の誰も殺せないだろう。

 

「ちょいと聞きますがね、お兄さん方。この村に何か用かい?」

 

 代表であろうゴブリンが訊ねるのに従い、口を開いた。

 

「少し村人達に話を聞きたい。村長はいるか?」

 

「あー……ちょっとばかし待って下さい」

 

 自分の言葉を聞いて、ゴブリン達が目配せをしているのを気づかれないように観察する。

 

 間違いない。このゴブリン達は、何者かに召喚されたゴブリンである。人間の味方をしている辺りからおそらくそうだろうと想像していたが、先程の統率の取れた動きで確信した。

 そして、その召喚主は村長ではないだろう。ゴブリン達は必死で隠しているようだが、自分から見ればバレバレだ。村長への呼び出しに、ほっとしたような感情が過ぎったのを見逃さなかった。

 

 このゴブリン達は賢い。明確な強さは分かっていないだろうが、一目で自分達では勝てない相手だとこちらを認識している気がする。

 ――――まるで、過去そういう相手に出会った事があるかのように。

 

「……こ、これは何事でしょうか?」

 

 しばらく待つと、村長らしき年を取った老人がやって来た。その老人の顔を見て、口を開く。

 

「私達は国の者だが……村長、以前まではこのような塀は無かったはずだ。それに、このゴブリン達は何事だ?」

 

 嘘は言っていない。ただ、スレイン法国の者だと言わなかっただけである。当然、ゴブリン達は訝しんだが善良な村人である村長は特に気づいていないようだった。

 

「は、はい。つい最近、帝国の騎士達が村にやって来たのですが……」

 

 村長の話を聞き、事の真相が分かってくる。

 

 村長の話では帝国の騎士らしき者達がやって来て、近くの村々を灼いて回っていたらしい。この村もその内の一つに入るところだったが、通りすがりの魔法詠唱者(マジック・キャスター)がやって来て、帝国の騎士達を撃退。

 その後王国戦士長のガゼフ・ストロノーフ達が来訪し――それを追った何者かの組織がこの村を強襲。

 そしてその謎の組織を、その通りすがりの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が再び撃退したのだと言う。

 この塀はその魔法詠唱者(マジック・キャスター)の協力で作成し、ゴブリン達は魔法詠唱者(マジック・キャスター)から貰ったマジックアイテムから召喚された者達なのだとか。

 

「…………その魔法詠唱者(マジック・キャスター)は? 話を聞きたいのだが」

 

「えっとですね……旅に戻られるとかで、エ・ランテルの方に向かわれました」

 

「なるほど。協力感謝する」

 

 おそらくこれ以上聞ける話は無いだろうと認識し、村長に礼を言って隊員を連れて村から離れる。村長やゴブリン達は自分達の姿が見えなくなるまで、村の入り口で自分達を見送っていた。

 

 残っていた隊員達と合流し、情報を共有する。

 

「隊長、それって……」

 

 隊員の言葉に頷いた。

 

「ああ、おそらく、陽光聖典を殺したのはその魔法詠唱者(マジック・キャスター)だな」

 

 当然、そうなると土の巫女姫の謎の爆発事件も犯人はその魔法詠唱者(マジック・キャスター)となる。

 

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活じゃなかったんですか? あの“占星千里”の予言は、もしかしてこの事なんでしょうか?」

 

「そうかもしれない。しかし…………」

 

 その魔法詠唱者(マジック・キャスター)のチグハグさに違和感を覚える。

 

 まず陽光聖典の任務。そのために出る必要な犠牲。これは善良な者ならば不快感を示すだろう事が分かる。そのような者達に遭遇し、それをどうにかする力があったならば助けようとするのも不思議ではない。

 だが、分からないのは土の巫女姫の方だ。彼女は陽光聖典の動向を探ろうとしただけである。それが何故、爆発され死ぬという結果になるのか。情報収集を阻止しようとしたとしても、いくらなんでもやり過ぎだろう。

 これが悪人ならば分かるのだ。相手を殺すという過剰防衛を行っても不思議ではない。

 だが、それだと何故陽光聖典から村を助けたのか。善良な者がそこまで過剰な防衛をするように思えない。

 相反する属性。チグハグな印象。まるで分からない事だらけだが、それでも分かった事がある。

 

 おそらく、この魔法詠唱者(マジック・キャスター)はあの大罪人達――八欲王や、十三英雄達と同じ類の者なのではないだろうか。ゴブリンを召喚し、それを永続的に維持する破格のマジックアイテムを持っている事からも、可能性が高い。

 そして少なくとも、陽光聖典の隊長ニグンが持っていた切り札……最高位天使を破るほどの実力があるはずである。

 

「確か、エ・ランテルに向かうと言っていたな……」

 

 少し考え、結論を下した。

 

「本国に戻るぞ。この件を本国に報告し、指示を仰ぐ」

 

「は!」

 

 破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)は今は置いておくべきだ。“占星千里”の占いも、時には外れる事もある。というより、この場合は『意味を読み間違えた』と言うべきか。この謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の情報を持って、本国に帰還すべきである。

 隊員達を率いて、再び来た道を戻る。

 

 その時――ふと、思った。

 もしや、その魔法詠唱者(マジック・キャスター)にとって土の巫女姫の件は――実は殺す気など無かったのではないか、と。あれはただの自動攻性防壁(オートカウンター)で、本人は意図して殺したのではなかったんじゃないか、と。

 

(いや、まさかな)

 

 その恐ろしい想像を振り払う。浮かび上がった“もしも”を即座に否定した。

 仮にこの想像が真実だったとするならば――それはつまり、あの帝国最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)フールーダ・パラダインさえはるかに超越する怪物である、という意味なのだから。

 

 不安を胸に押し殺し、彼らはスレイン法国へと帰還した。

 そして彼らはその帰りに、異常な戦場跡を目撃する事になる。

 

 

 

 

 

 

「ブレイン!」

 

 与えられた個室で武器の手入れをしていると、ブレインが所属している傭兵団『死を撒く剣団』の一人である傭兵が慌てた様子で入ってきた。

 当然、先程までの喧噪に気づいていたためブレインは気にせずそちらに目をやる。

 

「何事だよ」

 

「それが、外の熊用の罠にすげぇ魔獣がかかっていて……今、暴れてやがるんです」

 

「はあ?」

 

 傭兵が語るには、外で見回りをしていた仲間の一人が地面に埋めていた罠にかかっている魔獣を発見したらしい。

 その魔獣は見上げる巨体であり、白銀の体毛に蛇のような尻尾を持っており、しかも人語を話すらしかった。

 

 ただ、魔獣と言えども足に罠がかかっている。そう容易く罠を外せないだろうと高をくくっていた一人を前に、いとも容易く力ずくで罠を外してしまったらしい。

 

 そして今――その魔獣は、集まって来ていた傭兵達に猛威を振るっていた。

 

「あー……」

 

 そう説明されたブレインは、面倒くさそうに頭を掻く。

 大方、その魔獣に調子に乗ってちょっかいを出して反撃された、というのが真相だろう。

 

「まだ外で暴れてんのか?」

 

「は、はい。そうです」

 

「じゃあ、俺も行くわ」

 

「お、お願いします!!」

 

 傭兵はほっとした表情を浮かべ、すぐさま仲間達が押さえている外へと駆けていった。

 

 ブレインはゆっくりと立ち上がり、武器を腰に下げる。そして机の上に置いていた数本のポーションが入った皮のポーチをベルトに引っかけ、紐で固定する。防御魔法の込められたネックレスと指輪は既にしているため、これで準備は終わりだ。

 

「さてと……しかし、白銀の体毛に蛇のような尾、ねぇ」

 

 覚えがある。このエ・ランテル近郊では有名な話だ。トブの大森林には森の賢王と呼ばれる数百年を生きた伝説の魔獣がおり、その魔獣は白銀の体毛に蛇のような尾を持つのだと言う。

 

「ふふん。まさかマジに伝説の魔獣か? だとしたら、面白いな」

 

 伝説に謳われたあの大魔獣を、このブレイン・アングラウスが退治する。

 それはなんて素晴らしい状況だろう。

 

 ブレインは人を斬った事が何度もある。当然だ。何故なら、そもそもブレインはとある人間を斬りたくて、このような傭兵稼業に就いているのだ。

 目的は唯一つ。唯一自分に敗北を刻みつけたあの王国最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフに勝つ事。

 そのために、剣の天才であったブレインは血の滲むような努力をした。

 

 今まで片手間だった剣の修行を、必死になってこなした。

 弱者の技術だと馬鹿にしていた魔法、その知識を必死に頭に刻み込んだ。

 今までひたすらに才覚だけで通していた我に、努力という装飾品を装備させた。

 

 結果として、今のブレインはある。

 ブレインの強さは極限の域にまで昇華した。今ならば、必ずガゼフにも容易く勝利出来ると確信している。

 だが、それでも傲慢にはならなかった。鍛錬だけは、絶対に行っている。

 

 ああ、目を瞑れば今でも思い出せる。あの試合で見た、ガゼフの美麗な戦いを。自分が無様に敗北した姿なんて思い出せない。ただひたすらに、あの美しい男の姿だけが目に焼き付いているのだ。

 

 そして今度こそ、確信しよう。あの伝説の魔獣、森の賢王を退治する事が出来たならば――間違いなく、ブレインは最強の剣士。あの十三英雄達にも匹敵する者であると。

 

 ベルトのポーチからポーションを二本取り出し、呷る。更に一本のポーションを自分の武器の刀身に垂らす。キーワードを口にし、マジックアイテムである指輪とネックレスから微かな魔力が迸る。

 

 さあ、行こう。魔獣狩りである。

 

 

 

 

 

 

「むむむ……新手でござるか」

 

 ブレインがその場に着くと、既に半数の傭兵が殺されていた。

 聞いた通り、白銀の体毛に蛇のような尾を持っている。しかし、何よりもブレインを惹きつけたのは瞳だ。漆黒の瞳は力強く、叡智を感じさせる。

 巨大な、人語を喋る大魔獣。なるほど、確かにこれは伝説と謳われても誰もが納得する。

 

「一応確認するんだが……お前さんが森の賢王ってやつか?」

 

 ブレインの言葉に、傭兵達がぎょっとして魔獣から身を引く。魔獣は頷いた。

 

「その通りでござる。それがしは以前までトブの大森林南方に縄張りを持ち、そう呼ばれていたでござるな」

 

「なるほど」

 

 大当たり。ブレインは笑った。

 

「お前らどいてろ。俺がやる」

 

「お願いします。ブレインさん」

 

 傭兵達が退く。魔獣は動かず、じっとブレインを見ていた。獣の本能からか、誰を一番警戒すればいいのか分かっているらしい。

 

 武器を構えたブレインに、魔獣は表情を歪めた。それがどことなく、困った顔と見えなくもなくてブレインは心の中で困惑する。

 

「それがし、ここで待ち合わせをしているのでござる。何もする気はござらんので、放っておいて欲しいでござるよ」

 

 その言葉にブレインは勘だが、魔獣の言葉に嘘は無いのだろうな、と思った。やはり、傭兵達が調子に乗ってちょっかいをかけて暴れさせただけなのだろう。

 

 だが、同時に警戒する。ブレインの専門は人間であり、魔獣の類との戦闘経験は人間を斬った数ほど多くない。だが、それでも知識だけはあった。会話の可能な魔獣は厄介であり、知性の高い魔獣は魔法を使用する事もあるのだという。この魔獣の落ち着きで、知性が高い事が感じられた。

 

「そりゃ無理だな。――――なにせ、伝説退治は男の浪漫だぜ」

 

「むむむ……よく分からないでござるが、退く気はないのでござるな。仕方ないでござる」

 

 退く気がないと悟ったのか、魔獣もまたブレインに対して戦闘態勢を取ったらしい。魔獣の全身が沈む。

 

「行くでござる!」

 

「こい――――!」

 

 どん、と大地を揺らすような勢いで地面を蹴り上げ、巨大な塊となった魔獣が一気に飛びかかってくる。

 その巨体を生かした体当たりは、人間程度のサイズであれば容易く吹き飛ばされ、強打された部位をミンチにするだろう。

 

「舐めるな……ッ!」

 

 ブレインはその体当たりを俊敏な動きで避ける。そして身を捻り、カウンターをお見舞いした。が――甲高い金属音が響き、ブレインの刀が弾かれる。

 

「――!」

 

 その鋼鉄のごとく硬質な体毛にブレインは即座に距離を離した。今までブレインがいた場所を、その強靭な足腰で無理矢理方向転換した魔獣が通り過ぎる。

 

(なるほど。……やっぱり一筋縄ではいかないってか)

 

 ブレインが再び体当たりを回避した事を悟った魔獣はボールのように地面を弾み、ブレインの方を向いて後進して着地する。距離が十メートルほど開いた。

 

「それがしの突進を避けるとは……中々やるでござるな」

 

 魔獣はそう呟くと、再び全身を沈ませ、突進するかのような姿勢を取る。それにブレインは気を引き締め――

 

「〈全種族魅了(チャームスピーシーズ)〉」

 

 頭の中に靄のようなものがかかり、引き締めたはずの気が曖昧になった。

 

(な、なんだ……これは。まさか……やっぱり魔法か……!)

 

「な、舐めるなぁあああああッ!!」

 

 奥歯が砕けるほど気を引き締め、叫ぶ。それで頭の中の靄は切り払われた。

 

「その程度の影響力で壊れるほど、軟な精神力じゃないぞ俺は!」

 

 そう、刀を抜いている最中のブレインの心の中はまさに刀の如く。並みの精神支配など受け付けない。

 とはいえ、先程のは危なかった。さすが伝説の魔獣というところだろう。仮に傭兵達を撤退させていなかったら、その傭兵達が影響を受けてブレインも危なかったかもしれない。さすがにあれほど強大な魔獣と戦っている最中に有象無象に邪魔をされては、ブレインの集中力も続かなかっただろう。

 

 一瞬の隙が命取りになる。まさにこの闘いはそういう領域だ。

 

「なかなかやるでござるな!」

 

 魔獣は再び、突進しようと地を蹴った。それを見てブレインは一瞬で刀を鞘に納めると同時に〈領域〉を使用した。

 

 〈領域〉とは、ブレインのオリジナル武技である。半径三メートル以内の範囲内に存在するあらゆるものを知覚する事が出来る。

 魔獣という人間とは身体能力に差がある異種族同士でも、この武技ならばブレインは魔獣の動きを察知出来るだろう。

 

(来る――!)

 

 迫り来る魔獣。ブレインは〈領域〉から〈能力向上〉と次のオリジナル武技を発動させようとした。その名も〈神閃〉。これは相手より一瞬でも早く、致命傷を与えるために特化した武技だ。

 だが、おそらく普通に魔獣の肉体を狙ったのでは通用しない。魔獣の強靭な体毛は既に鋼鉄の鎧を超える、と言っていい。ブレインは鎧を纏った人間を一刀両断に出来るが、そのブレインの攻撃を魔獣の体毛は弾いたのだ。速さを乗せれば怪我くらい負わせられるだろうが、だがあの巨体では一撃で殺せるとは思えない。

 故に、狙いは一つ。あの魔獣の眼球から、脳髄を狙って突っ込むしかない。

 基本、ブレインは横薙ぎでしか〈神閃〉を使用した事はない。これは横薙ぎで十分だった事と、線の攻撃ならば攻撃範囲が広いためだった。

 しかし、今回にばかりは裏目に出た。あの魔獣の鎧のような体毛と巨体では、一刀両断は難しい。

 

 この生きるか死ぬかの土壇場にて、ブレインは不慣れな神業を成功させなければならなかった。

 

(上等――!)

 

 だが、ブレインに恐れは無い。元より伝説に挑もうというのだ。ならば、それを成功させずして何が英雄か。

 ブレインは確信している。自分が十三英雄のような英雄である事。ガゼフに敗北したあの頃のブレインはもういない。ここにいるのは、努力する天才剣士ブレイン・アングラウスなのだ。

 

「――――」

 

 一刀より少し遠くに魔獣の顔面が届いたその瞬間、ブレインの刀が鞘奔る。鞘から抜かれる刀身はあまりに速過ぎて、まるで白い光そのものが奔っているかのようだった。抜き放たれた刀身の先は真っ直ぐに魔獣の眼球を狙い、刹那の後に到達する魔獣を待ちわびていたが――

 

「む!」

 

「チィ――!」

 

 魔獣はその瞬きの如き速さに対応した。身を捻り、顔面をずらして刃先から逃れる。掠ったのは頬だ。皮膚を少し切り裂き、僅かな血と幾本もの毛が空を舞う。

 そのまま突進してくる魔獣にブレインは急いで身を捩じった。そして魔獣も通り過ぎた後すぐにこちらを振り向くが向かってはこない。警戒するようにブレインをじっと見ている。距離は再び十メートル。ブレインは素早く鞘に刀をしまい、〈神閃〉の準備に入る。

 

(森の賢王の方が上手だった……? いや、違う!)

 

 すぐに原因は理解した。ブレインの〈神閃〉と〈領域〉が噛み合っていなかったのだ。横薙ぎにするのではなく、突きの状態にする以上、どうしても本来のタイミングより早く〈神閃〉を発動させなくてはならない。

 つまり、刃先を準備するのが早過ぎた。そのため魔獣は自分の眼球が狙われている事を悟り、顔を逸らす事によってブレインの攻撃を防いだのである。

 

(やはり、ぶっつけ本番は難しいな)

 

 現実はそう簡単にうまくいかないものである。ブレインはそう自らの技量を恥じ、再び魔獣へ神経を尖らせた。

 

「…………」

 

 ブレインの狙いを悟ったのだろう。魔獣はじっとブレインを見据え、再び身を沈めて飛びかかる体勢を取っている。

 

 どう出る気か……。ブレインはそう考え、〈領域〉を発動させながら魔獣の動きを決して見逃さないように睨みつけた。そして――空気がしなったような気がした瞬間、〈領域〉の端に何かを捉えた。ブレインは魔獣を見つめる。見つめている。魔獣は動いていない。

 だがブレインは自らの武技〈領域〉を信じ、刀を抜いた。迎撃する。火花が散った。体が軋む。それを何とか技量でいなし、防ぐ。視界にそれの正体を見た。尻尾である。

 蛇のような鱗に覆われた異常に長い尻尾がブレインの刀にいなされ、びゅるん、とした動きでしなり戻っていく。ここまで距離十メートル。先程見た魔獣の姿では、そこまで尾は長くなかったはずだ。

 つまり、あの尾は伸縮自在という事になる。こうなってはどこまでが射程圏内なのか分かったものではない。

 

(魔法に加えて、遠距離攻撃手段まで持っているのか!)

 

 その恐るべき能力に戦慄する。脳裏を『伝説の魔獣』という言葉が過ぎった。

 

 巨大な体躯に、刃物を弾く鋼鉄のような体毛。どこまでも伸びる尻尾。人語を解し、言葉を喋り、魔法を行使する知能。

 

 なんて隙の無い、完成された生き物。人間如きの矮小さではその身に届かぬと、その魔獣は存在そのもので訴えていた。

 

「――は!?」

 

 驚愕しながらも〈領域〉内に踏み込んだ存在を見逃すほど耄碌はしていない。ブレインは突進されたのかと即座に回避しようとしたが……魔獣は寸前で、二本足で立ち上がった。

 

「な……」

 

 魔獣が浮き上がった前足を振り上げる。鋭い爪がそこから覗いており、ブレインは魔獣の行動を即座に理解した。そしてやはり、その知能の高さに戦慄する。

 

 魔獣はブレインの狙いを看破するや否や、尾を囮にして接近し、近接戦を仕掛けたのである。

 

「ぐっ……!」

 

 魔獣の攻撃を刀でいなす。甲高い音が鳴り響き、その爪もまた鋼鉄のような強度がある事を理解する。腕に痺れが走った。だが、それを根性で押さえつける。刀を離しては、絶対に勝機は訪れない。

 

「見事でござる! ではもう一発いくでござるよ!」

 

 魔獣がもう片方の前足を振り上げる。そう、魔獣の武器は両前足。そこに備われた鋭い爪は容易くブレインの肉を裂くだろう。故にブレインは全力で回避しなくてはならない。

 しかし、片方を避けても先程防いだもう片方がくる。ブレインは全神経を集中させ、この恐るべき両拳を捌き切った。

 

「――ふん!」

 

 回避し、捌き、自らの間合いにまで距離を離そうとする。しかし魔獣はさせんと距離を詰めてくる。特に、刀を鞘に納められるほどの距離は絶対に離させてくれそうにない。鞘を使い居合切りの形を取らなければあれほどの速度は不可能だ。先程しくじった一発がここで効いていた。

 

 唯一の救いは、この魔獣には技術が無い事だろう。野生のモンスターであり、生まれ持った優れた身体能力が、技術の必要性を見出させなかった。

 

 故に、ブレインの勝機はそこにある。

 

 ブレインが神経を光らせ魔獣の両前足に集中していると、魔獣の胸の辺りが光った気がした。

 

「〈盲目化(ブラインドネス)〉」

 

 盲目化の魔法が魔獣から放たれる。しかし、ブレインの装備していたネックレスがそれを無効化する。ブレインはいつか遭遇した冒険者に感謝した。魔法を使われた際に陥る不利な状況を、この致命的な場面ではなく先に教えてくれた状況を作ってくれていた事に。

 

 魔獣は魔法を抵抗された事など気にも留めず、近接戦を挑み続ける。それをブレインは驚異の技量で捌き切る。

 だが、ブレインは分かっている。このままでは自分が敗北すると。

 

 簡単な話。人間と魔獣の体力・集中力は同等か?

 

 答えは否。何をどう足掻こうと、同じ土俵で挑んでは敗北するのは人間である。

 人間は脆い。身体能力は脆弱に過ぎる。同じ大きさならば、蟻にさえ劣るのが人間という種族の悲しい限界なのだ。

 だからこそ、ブレインは技術を磨いた。そう、武術とは――――人間をはるかに超えた生き物達を相手にするために生み出された、人間の叡智の結晶なのだ。

 

 身体能力は元から魔獣より劣っている。持久力など当然獣よりあるはずが無い。鋼鉄の鎧のような体毛に、叩き切る両刃剣ならばともかく、ブレインの持つ細く薄い切り裂く事に特化した刀では致命傷を負わせるなど不可能だ。

 このように密着された状況でブレインに出来る事など何も無い? いいだろう――――まずは、その勘違いを解いてやろう。

 

 少し間を開かせる。刀を鞘に納める事など絶対に出来ない、けれどギリギリ魔獣には刃先が届く距離。無理矢理に開かされた距離は、けれど魔獣には簡単に詰められる程度の距離にしか過ぎない。

 ブレインは刀を振り上げた。

 

「――――」

 

 狙いは一つ。眼球と同じく、魔法でも使わないかぎり何をどう足掻こうが鍛えられない生物の急所――。

 ブレインは武技を発動させる。それはかつて王国の御前試合で、ブレインを破ったガゼフの武技。

 

 〈四光連斬〉

 

 たったの一振りで、四つの軌跡を刀が描く。その四つの軌跡が全て狙うは――――

 

 魔獣の、鼻である。

 

「か――――ッ!」

 

 慌てて飛びのこうとした魔獣だが、距離を詰めようとしていた事が災いした。もはや避けられる距離ではない。両前足を出して防ごうとするが、四つの連撃は容易くすり抜け……魔獣の鼻先を抉った。

 

「――――」

 

 魔獣が怯んだ。その隙に一瞬だけ大きく後退する。距離が開く。刀を瞬時に鞘に納めた。そして魔獣に向かって突進する。

 

「――――」

 

 魔獣がブレインの様子に気づいた。鼻先からは血が出ているが、しかしもはや魔獣も気にした様子は無い。慌てて後ろに飛び退こうとしているが、遅い。

 

 届く。このタイミングなら。間違いなく。

 

(殺った――――ッ!)

 

 〈神閃〉を発動する。再び、鞘から決して抜かせてはならない全てを断ち切る白い刃が奔る。魔獣の反射神経を超え、光のような速さで刃先は魔獣の眼球に吸い込まれていく。

 完璧なタイミングだ。たった一度の失敗で、ブレインは完璧にタイミングを掴んだ。まさに天才剣士。もはや魔獣には何をどうしようと防げない。この刃は確実に、魔獣の眼球に突き刺さり、その奥の脳髄へ到達するだろう。

 

 

 

 

 

 ――――第三者が邪魔さえしなければ。

 

 

 

 

 

「〈魔法の矢(マジック・アロー)〉」

 

「ふぎゃ――――ッ!!」

 

「なに!?」

 

 横合いから魔法で出来た光の矢が魔獣に突き刺さり、魔獣が横に吹き飛ぶ。魔獣は痛みに悶えながらも綺麗に地面へと着地した。

 ブレインは横合いから放たれた魔法に驚き、魔獣を気にしながらもすぐにその光球の向かって来た方向へ視線を向ける。

 

「い、痛いでござるよ! 殿!」

 

「助けてやったんだ。感謝しろ」

 

「――――」

 

 いつの間にいたのか。夜のような深い闇色のローブを纏った、白い骸骨の魔物が静かにそこに立っていた…………。

 

 

 

 

 




 
ブレインの戦闘シーンを書いている間、ずっと回し車をとっとこしているハムスターが脳裏を過ぎって集中出来なかった訴訟。
モモンガ様がその間どこで何をしていたかは次回。勘のいい方はきっと気づいているでしょう(白目)。
ちなみに漆黒聖典さんの口調は捏造。番外さんじゃなければ、たぶんこんだけくだけた口調なんじゃないですかね(だって俺は最強だとかクソだとか言ってたし……)?
 





※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。