モモンガ様ひとり旅《完結》   作:日々あとむ

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どうせ皆、タイトルでオチが分かってるんでしょ?
 


レロレロレロレ(ry

 

 

 ――その都市はバハルス帝国の帝都に近く、リ・エスティーゼ王国の城塞都市エ・ランテルに近く、そしてカッツェ平野に近い。

 そのため帝都の次に大きな都市と言ってよく、流通などに至っては一部帝都を凌ぐほどだ。

 全ての道路、とまではいかないが大通りなどはレンガや石に覆われており、整備が行き届いている。馬車や馬が通る道と人が通る道にはちょっとした防護柵が立てられており、歩行者の安全を確保していた。そして今は夜だからだろう。人通りは少ないが道路脇に立てられている街灯が魔法の光を放って道を照らしている。そして、騎士がどこを見ても立っており、周辺の安全に目を光らせていた。このような場所で犯罪を働くのはさぞ勇気のいる事だろう。

 

 そんな夜道を、アインズはワーカー達と一緒に話をしながら歩いていた。ハムスケは歩道を通れないため、馬車と同じように大きな道を歩いている。ハムスケの姿を見て幾人も振り返ったり、警戒したように目を光らせる者がいるが、帝国の騎士の姿を見て警戒を緩めていたため、職質のような事をされる事は無かった。

 

「それにしても助かりました。何とお礼を言っていいか……」

 

 帝国の騎士の隊長格の男――引き締まった体をしているが、四十代と思われる――が、アインズにしきりに礼を言う。アインズは段々面倒臭くなりながら、何度も同じ答えを返す。

 

「いえ、お気になさらず。単なる通りすがりですので」

 

 死の騎士(デス・ナイト)を倒した後、話もそこそこにアインズ達はこの男に案内され、カッツェ平野の監視用の小さな街を訪れた。そこで生き残りの帝国の騎士達は他の騎士達にカッツェ平野での出来事を報告し、続いて見回りを交代する手続きをしたようだった。

 残念ながら、本来交代するはずの騎士達は死の騎士(デス・ナイト)と運悪く遭遇してしまったようで、彼らの行方は知れない。

 そしてアインズはこの騎士に何者なのか尋ねられたため、旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だと説明した。そのままお礼をしたいと言われ断ったのだが一緒にいたワーカー達にも押され、ウヤムヤのうちに礼のためにもっと大きな都市へ案内されたというわけだ。

 

「そう言うなよ。アンタがいなきゃ俺ら全員死んでたぜ」

 

 気安そうに話しかける男はワーカーの一人で、ヘッケランと言うらしい。『フォーサイト』というチームのリーダーだ。チームには神官のロバーデイク、弓兵のイミーナ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)のアルシェがいるが、今は離れている。

 

「全くだ。汝にはいくら感謝しても足りないと言うもの」

 

 この男はグリンガムという名前で、こちらもワーカー。『ヘビーマッシャー』という十四人で構成された大所帯チームのリーダーである。今一緒に歩いているのは彼だけで、こちらもチームのメンバーを連れてはいない。

 理由は簡単で、『ヘビーマッシャー』のチームには被害が出てしまった。帝国の騎士に比べればたった一人という少ないものだが、それでも彼らには一大事だろう。冒険者で言えばミスリル級に匹敵する仲間を一人失ったのだ。ミスリル級ともなれば、並みの帝国の騎士より強いらしく、損失は大きい。その仲間の弔いと、今後の事での話し合い、そして消費したアイテムの補充のためにこの場にいないのだ。

 『フォーサイト』もアイテムの補充などがあるため、一緒に抜けている。チームリーダー二人がこの場にいるのは、アインズという第五位階魔法を使う凄腕の魔法詠唱者(マジック・キャスター)と顔を繋いでおきたいからだろう。ちょっとしたコネクション作りの一環、というやつだとアインズは認識しているためそれほど不快には思わない。帝国の騎士も似たようなものだと思っている。

 

 さすがに死の騎士(デス・ナイト)を倒すのに第五位階を使うのはやりすぎたか、と思わなくもないのだが、しかしこの世界では死の騎士(デス・ナイト)はガゼフと同じレベルらしいクレマンティーヌと同じ強さなのだ。それに対して第三位階の魔法でちまちま始末する、というのはさすがに気が引けた。

 今までの経験から死の騎士(デス・ナイト)に遭遇した事のある人間はいないようだが(ガゼフや犯罪者のクレマンティーヌ、カジットという男も知らないようだったし)、もし知っている人間がいた場合第三位階魔法だけで倒したと伝わるのはよくない気がしたのだ。

 まあ、アインズにはハムスケもいるのでハムスケが与えたダメージがかなり大きかったという事にしておこうとアインズは思っている。

 

 ……この世界、いやバハルス帝国での死の騎士(デス・ナイト)の扱いというものを知らないアインズは、それでいいだろうと楽観していたのだった。

 

「ところで何か嫌いな物はありますか? ここの酒場はですね――」

 

「ああ、申し訳ありません。宗教上の理由でしてね、命を奪った日の食事は一人で済ますようにという教えなんです」

 

「ほー……それなら、仕方ないな」

 

 帝国の騎士の言葉に、アインズはかつて『漆黒の剣』にも語った建て前を話す。何処の国、何処の世界でもやはり宗教というものは厄介なようで、彼らはそれほど疑問にも思わず、深く訊ねてこなかった。アインズはそれに安堵する。

 

「でもさ、アンデッドじゃんか。連中もう死んでね?」

 

「アンデッドでもそこにいれば生きている、と言っても過言ではないと思いますよ。死体だろうと、自分の意思で動いているのですから、人によってはそうとるでしょう。私のいたナザリックでは、そう判断しています」

 

 アンデッドに対する言葉に少しばかり不快になるが、一般的な言葉なので我慢する。……この男、自分が仮面をとった時どういった反応をするのだろうとふとアインズは気になったが、そうやってからかう理由も無いのでその考えを棄却した。

 

「それより、ハムスケの泊まれる場所があればいいのですが……」

 

「ああ、大丈夫ですよ。この先にある酒場は宿泊施設にもなってまして、馬車などで訪れるお客もいますから、馬を休ませるための小さな厩舎もあるんです。お連れの魔獣は、そちらで休ませればいいと思います」

 

「それはよかった」

 

 そうして案内されたのは、一目見て高級感溢れる最高級宿屋だと看破出来る施設であった。ただ、趣というものはあまり感じられず、言うなれば新規オープンした高級ホテル、といったところか。アインズが王国のエ・ランテルで見かけた最高級宿屋は高級旅館、といった感じだ。街中を見ても思ったが、やはりこれは古き良き歴史を大切にする王国と、新しいものは何でも取り入れようと進化を促す帝国との差なのだろう。どちらが好感が持てるか、といった個人の感想はこの際置いておく。

 それに、アインズとしては心配になる事が一つ。

 

「えぇー……ところで、王国の金貨でも支払いは大丈夫なのでしょうか?」

 

 リイジーから貰った金貨がまだ一枚も使わずにあるが、それはカルネ村で見た金貨と全く同じなため、おそらく王国金貨なのだろう。カルネ村のような小さな開拓村に交易共通金貨があるとは考えにくい。そして交易共通金貨があるという事は、国によって硬貨のデザインは変わり、場所によっては使えないのではないかという危惧をアインズは抱いた。

 お金が足りないのではないかという心配はしていない。自分とハムスケの分ならば、金貨が一五〇枚もあれば足りるだろうと思っている。さすがにリイジーが実ははした金を渡していた、という事は無いと信じたい。

 

「大丈夫ですよ。王国金貨と帝国金貨はもともと一対一ですので。それに、お金の事は心配しなくて大丈夫です。私が支払わせていただきますから」

 

 微笑む帝国の騎士にアインズは慌てる。

 

「そこまでしていただくわけには――」

 

「いえ、お気になさらず。それに、命を助けていただいた恩人に宿を案内しただけなどと本国に知られれば、私は騎士の恥晒しだと言われてしまうでしょう」

 

「あ、はい」

 

 有無を言わせぬ雰囲気で微笑みながら押し込んでいく騎士に、アインズは諦める。自分で金を払い、こういう高級宿はどれくらいの金額がかかるのかというものを知りたかったのだが無理そうだ。

 

(っていうか、宿って事は宿帳に名前書かないとまずいよな? 俺日本語くらいしか書けないんですけど!? アインズ・ウール・ゴウンってこっちの言葉だとどう書くんだろ!?)

 

「さあ、どうぞ!」

 

「では失礼します」

 

 内心の冷や汗を押し隠し、涼しい顔(仮面のため見えないというか無いが)で案内され入口に歩を進めた。

 

「――失礼。申し訳ありませんが、どのようなご用件でしょうか?」

 

 帝国の騎士とアインズ、そして後ろにいるワーカー二人組とハムスケの姿を見て宿の警備兵だろう男達が声をかける。仮面を着けているような怪しい魔法詠唱者(マジック・キャスター)が相手なのだ。それも当然だろう。しかも(アインズにとってはよく分からない感性だが)大魔獣まで連れているのだ。ワーカー二人は本来犯罪者一歩手前だが見た目だけなら冒険者にしか見えないので、プレートの事を突っ込まれないかぎり大丈夫だ。

 

 それに対し、帝国の騎士が進み出て、懐からある羊皮紙を取り出して相手に見せている。

 

「こ、これは……!」

 

 それを見た警備兵が顔色を変えた。騎士が持っている羊皮紙は、前のカッツェ平野の拠点用にある小さな街にいた、帝国の魔法詠唱者(マジック・キャスター)から渡されていたものだ。アインズは詳しく聞いたわけではないが、あれがどのような効果を持つのか大体は分かる。

 アインズは第五位階魔法を使った。そして、人間の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が辿り着ける魔法は第三位階まで。稀に第四位階魔法を使う者もいるが、本来はその第三位階魔法までしか使えない。第五位階や第六位階は英雄級なのだ。

 つまりアインズは英雄級の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、粗末な扱いをするわけにはいかない、という事なのだろう。帝国の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は粗相が無いようにと騎士に口を酸っぱくして語っていたのをこっそり聞いていたアインズは、あの羊皮紙にも似たような事が書いているのだろうな、と推測している。

 

「大変失礼いたしました。どうぞ。私が受付までご案内させていただきます」

 

「すまないが、この御仁の騎乗魔獣も頼みたい」

 

「なるほど……では、係の者をお連れしますので、少々お待ちください」

 

「ハムスケ、大人しくしていろよ」

 

 アインズは入り口に置いていくハムスケに振り返り、声をかける。ヘッケランとグリンガムが苦笑いして答えた。

 

「あ、俺が説明しておきますよ」

 

「ああ。我らは自分のチームのところに帰らねばならないからな」

 

「ああ――色々、この街の説明などの事もですがありがとうございます」

 

 ヘッケランとグリンガムの言葉に、礼を言う。二人は苦笑し、ハムスケと入口に残った。アインズは帝国の騎士と共に警備兵に案内され、受付へと進む。

 受付には品の良さそうな女性が座っており、警備兵が幾つか女性に耳打ちする。その後、警備兵はアインズに恭しく一礼して持ち場へと戻っていった。受付の女性は深々とアインズに頭を下げる。

 

「ようこそおいで下さいました。私どもの宿屋を選んでくださったことを、深く感謝いたします」

 

「ゴウン殿。何かご希望の部屋などはおありですか?」

 

 帝国の騎士の言葉にアインズは首を横に振る。

 

「いえ。希望はないですね」

 

「かしこまりました。では、記帳などの些事は私が」

 

 騎士がそう言って宿帳にサインしてくれるのを横目に、アインズは内心ほっと息を吐く。「どうぞサインを」などと求められれば、「文字知らないので書いてください」と言わなければならないところだった。さすがにそれはちょっと恥ずかしい。

 

(この世界の文字……覚えないとまずいよなぁ。明日の朝適当に市場で本でも買って、練習してみるか?)

 

 今度自分でサインする状況になった時、いい年した大人の男が「文字が書けない」などと言うのは恥ずかし過ぎる。特に、アインズの見た目は叡智溢れる大魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだ。そんな恥ずかしい事態は本当に勘弁してほしい。たぶん、二度とその街に近寄れない。

 

「ありがとうございます」

 

「では、こちらへどうぞゴウン様」

 

 宿帳に記載されたのを確認して、近くにいた従業員が話しかけてくる。騎士を連れてアインズはその従業員の後をついていく。着いた先はやはりと言うべきか、高級宿の例に漏れず、一目で貴族か何かが泊まるのだろうなと分かる調度品の置かれた部屋だった。

 

「ゴウン殿。食事はいつ頃部屋にお持ちするよう頼みますか?」

 

「そうですね……では、準備出来次第お願いします。朝はいいので、気にしないでください」

 

「かしこまりました。こちらに滞在中は私どもの方で宿泊費を出費させていただきますので、ゴウン殿は気になさらず好きなだけご滞在してください」

 

「いえ、さすがにそれは――」

 

 そう何日も相手の金銭で滞在するのは気が引ける。しかし、帝国の騎士は首を横に振り告げた。

 

「ゴウン殿。命の恩人である貴方への、精一杯の御礼ととっていただきたい。これくらいせねば気がすまないのです」

 

「そうですか……分かりました。街を出る時はここの従業員に告げておきますね。何から何までありがとうございます」

 

 アインズはそう言って、しきりに頭を下げる帝国の騎士に苦笑しながら従業員と騎士が去っていくのを見送った。それを確認し、アインズは部屋を一つずつ魔法で何か仕掛けがないか調べていく。

 そして何も無い――と分かると、ハムスケに<伝言(メッセージ)>を繋げた。

 

「ハムスケ。聞こえるか?」

 

『と、殿!?』

 

 頭の中に聞こえる声に驚いたらしく、叫ぶ声がアインズの頭に響く。

 

「落ち着け。ただの声を届ける魔法だ。静かにしろ、頭に響く」

 

『も、申し訳ないでござるよ殿……』

 

「それで、今は一匹で厩舎か?」

 

『そうでござる。あの二人はもう帰ったでござるよ。“囁きの葡萄亭”という宿泊施設にいるそうでござる。用があれば、そこを訪ねて欲しいと言っていたでござるよ』

 

「なるほど。そうだな……明日、連中にこの街の案内でもさせるか。本人達も俺とコネを作っておきたそうだったしな」

 

 まあ、俺とコネを作っても意味なんて無いんだけどな――という内心を隠す。向こうが勝手に期待しているだけだ。それに便乗して、精々役に立ってもらおう。ある程度の常識はカルネ村と『漆黒の剣』から聞いたが、帝国での事となるとまた違ってくるであろうし。

 

「俺は明日出かけるが、ハムスケ。お前は大人しくしていろよ」

 

『分かったでござるよ、殿』

 

 そして、<伝言(メッセージ)>を切る。

 

 この後アインズは持って来られた食事を試してみて挫折したり、風呂に入ってみてあまりの自分の体の洗い辛さに身悶えしてキレて感情を抑制されたりしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 バハルス帝国の帝都アーウィンタール。そこにある帝国でもっとも豪奢であり、権力の象徴である城――鮮血帝という異名を持つ皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、絢爛豪奢と言われるような執務室で従者四人を従え、その日の執務に励んでいた。

 ジルクニフの目の前にある机には幾つもの書類の山があるが、そこから分けられるように数枚の紙が散らばっている。

 その分けられた紙は報告書だ。王国の内通者からもたらされた、ある小さな村を救った魔法詠唱者(マジック・キャスター)についての報告。

 

 ――そして、ノックも無しにドアが開かれた。ジルクニフは視線をそちらに向ける。従者達はその無礼な態度に腰を落とし警戒し、敵意の籠もった視線をドアの向こうに向ける。

 入ってきたのは老人であり、純白のローブをゆったりと着ている見るからに魔法詠唱者(マジック・キャスター)であろう者だ。

 その姿を確認した従者達は、警戒を解き元通りの姿勢に戻る。

 

「厄介事ですぞ」

 

 老人――帝国一の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、第六位階魔法を使えるという英雄級の主席宮廷魔術師の大賢者、フールーダ・パラダインは開口一番にそう吐き出した。

 

「調査しましたが、発見は不可能でした」

 

 フールーダは王国の内通者からもたらされた魔法詠唱者(マジック・キャスター)の情報を聞き、ジルクニフに調査するよう言われていたのだが、その結果は非常によろしくないものだったのである。

 

 まず、探知魔法と呼ばれる類のものがある。特定アイテムを捜索したり、あるいは特定の人物を捜索する事が可能な魔法だ。

 これを防ぐ手段は二通りある。

 一つはマジックアイテムを保有すること。探知阻害のマジックアイテムというものは、高価ではあるがあるにはある。決して不可能では無い。

 そしてもう一つは自力で防ぐこと。高レベルの魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならば、探知阻害の魔法を使う事が可能なのだ。

 

 だが、この二つにはどちらも問題がある。

 

 それは――フールーダという最高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の魔法を防ぐというのは、並大抵の力では済まされないという事だ。

 マジックアイテムであった場合、フールーダの魔法を防ぐほどのマジックアイテムを保有する事が出来るほどの財を持つ、という事になる。当然ただの一般人のはずが無く、ある程度の権力を持っているだろう。

 そして魔法で防いでいた場合は――もっと恐ろしい。それはつまり、フールーダに匹敵する、あるいはそれ以上の魔法を行使する誰か、という事になるからだ。

 

 そのような推測を聞き、ジルクニフとフールーダ以外の者に緊張が生じる。

 

「嬉しそうだな、じい」

 

 ジルクニフは皮肉まじりに呟く。しかし、決して嫌ってはいない。ちょっとしたからかい交じりの言葉だ。ジルクニフは知っているのだ、フールーダの夢を。

 フールーダには力への渇望というものは全く無い。この老人にあるのは、ただ魔法の深淵を覗きたいという魔法知識への飽くなき欲求だけだ。

 魔法を――いや、そもそも物事を学ぶ上でもっとも最適な方法は、誰かに師として仕えさせてもらう事である。だが、それがフールーダには許されない。何故なら、フールーダこそが最も魔法という道の先を歩む者であるからだ。フールーダだけは、誰かが切り開いた“道”ではなく、自らで切り開いた“未知”を歩まなければならない。

 だからこそ、フールーダはこの王国の辺境にふと現れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)に期待している。この魔法詠唱者(マジック・キャスター)こそ、あるいはフールーダが求めた誰かなのではないか。いや、そうでなくともいい。ただ、自分と同じ位階であれば、少なくとも魔法談義によってより研磨出来る。

 

 嬉しそうだと言われたフールーダは、しっかりと頷く。

 

「ええ。この魔法詠唱者(マジック・キャスター)が私が求めた相手である事を望んでおります」

 

「可能性は高いぞ。この報告書では、どうやらあのスレイン法国の特殊部隊数十人をたった一人で相手にしたみたいだからな」

 

「それは……素晴らしい」

 

 ジルクニフはフールーダに報告書の内の一枚を渡す。そこにはガゼフが王国に報告した内容が記載されており、ついでに記入者が個人的に感じた事まで書かれている。

 それを読んだフールーダは、まるで餓えた獣のような気配を発して呟いた。

 これが事実であった場合、間違いなくこの報告書に記載された人物はフールーダと同等――つまり英雄級で確定だからだ。

 

「陛下、この村には誰か送ったのですか?」

 

「いや、まだだ。送れば目立つからな――」

 

 そうしてこの報告書に記載された謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、アインズ・ウール・ゴウンについての話題に花を咲かせる。暫くすると、新たに訪れる者がいた。しかし今度はフールーダのような事はなく、きちんとノックがある。

 

「入れ」

 

 ジルクニフの言葉に、「失礼します」と言って頭を下げ男が入ってくる。ローブを纏った魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。これはフールーダの弟子の一人であり、どこか慌てた様子であった。

 

「師よ! ご報告が……アインズ・ウール・ゴウンなる魔法詠唱者(マジック・キャスター)ですが、発見いたしました」

 

「なんだと!?」

 

 青天の霹靂とも言える、ふって湧いたような報告にジルクニフもフールーダも驚愕し、思わず席を立つ。

 

「どういうことだ?」

 

「はい。カッツェ平野でアンデッドの間引きをしていたところなのですが――その、そちらの方でも一つご報告があります」

 

「なに……?」

 

 顔色を真っ青にした弟子の言葉に困惑し、先を促す。弟子は覚悟を決めた表情で、しかし怯えの色を見せながら口を開いた。

 

「カッツェ平野で、死の騎士(デス・ナイト)が出現いたしました」

 

「――――ば、馬鹿な」

 

 フールーダは呻くように呟く。ジルクニフはそれに少し聞き覚えがあり、フールーダに訊ねる。

 

「じい、死の騎士(デス・ナイト)とはなんだ? もしや魔法省の奥にいるというアンデッドのことか?」

 

 死の騎士(デス・ナイト)はかつて一体で帝国を危機的状況に追い込めると言われたアンデッドである。確かジルクニフはそのように記憶している。

 

「そうです、陛下。魔法省の奥深くに封印しており、未だ私ですら支配の叶わぬアンデッドです。かつてカッツェ平野で出現し、その時は帝国の騎士達に大損害をもたらした、彼のアンデッドです」

 

「なるほど……だが、じいは捕縛出来ただろう」

 

「はい。弟子達と協力し、<飛行(フライ)>で相手が届かない空から<火球(ファイヤーボール)>などの範囲魔法を放つことで、なんとか捕縛しました。それがもう一体出現するとは……」

 

 尋常ならざる事態である。早急に、死の騎士(デス・ナイト)を始末するしかない。放っておけば、恐ろしい事に更に厄介なアンデッドを呼び寄せる事になりかねないからだ。

 

「あの、そのことなのですが……死の騎士(デス・ナイト)の件は既に終わっております」

 

「なに?」

 

 弟子の放った意味の分からない言葉に、ジルクニフもフールーダも困惑する。何を言っているのだ、この男は。そう表情が物語っていた。弟子も自分で自分の言っている事が信じられない、という表情で語っている。

 

「件の魔法詠唱者(マジック・キャスター)――アインズ・ウール・ゴウンなる者が、死の騎士(デス・ナイト)を倒してしまったのです」

 

「は?」

 

 言われた言葉の、意味が分からなかった。

 

「帝国の騎士やワーカー達が死の騎士(デス・ナイト)と戦っているところに、恐ろしく精強な魔獣を連れて現れ、その魔獣と協力して倒してしまったのだと報告がありました」

 

「……冗談だろ?」

 

 ジルクニフは思わず呟く。しかし、弟子は顔色を真っ青にしながらも首を横に振った。

 

「いえ、なんでも魔獣の体当たりと<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>を三重にして放ち、勝利したと」

 

「…………」

 

 三重、という言葉にフールーダの眉が動く。フールーダの二つ名は『三重魔法詠唱者(トライアッド)』。その言葉の意味は違えど――しかしそのフールーダであろうと――

 

「おい、じい。率直に訊くが死の騎士(デス・ナイト)に一人で勝てるか?」

 

「無理ですな。一人ではダメージが彼奴の体力を上回る前に、私の魔力が枯渇するでしょう。ましてやカッツェ平野では他のアンデッドからの奇襲を警戒しなければなりません。一人で<飛行(フライ)>を使い空を飛び、死の騎士(デス・ナイト)を倒すのは難しいでしょう」

 

「じゃあ――それが出来るコイツはなんだ?」

 

 ジルクニフは報告書を指差す。フールーダでも不可能な事を成した、という事はつまりフールーダよりも格上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だという証明に他ならない。

 しかし、それにフールーダは首を横に振る。

 

「一人では無理でしょう。しかし、この御仁と同じ状況ならば出来るかも知れません」

 

「どういうことだ? あー、簡単でいいぞ。じいの魔法解説は長いからな」

 

「では簡潔に――例えば、この死の騎士(デス・ナイト)と同格……あるいは格上、もしくは少し劣る程度の前衛がいるならば可能でしょう。まず死の騎士(デス・ナイト)はその前衛に任せ、他の横槍はワーカー達に任せます。そして御仁が現れる頃には少しくらいは体力が削られていたことでしょう。それなら、この御仁と同じことが出来るやも知れません」

 

 そのフールーダの言葉にジルクニフは笑った。

 

「なんだそれは? あのガゼフ・ストロノーフがこの場にいたとでも?」

 

「そうは言いませぬが、そういう状況ならば私でも御仁と同じことが出来る可能性があります。ただ、その場合私は御仁よりも別の魔法、あるいは多くの魔法を使うことになりますが」

 

「なぜだ?」

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)の中にはエレメンタリストと呼ばれる類の者がいるのです。特定属性に特化し、更に特殊化した魔力系の魔法詠唱者(マジック・キャスター)をそう呼びます。得意分野の攻撃力は同じ位階魔法の使い手と段違いに跳ね上がります」

 

「コイツはそれだと?」

 

「おそらく。強化に強化を重ね、三重化させて<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>を放ったのでしょう。更にその前は魔獣の体当たりが、そして帝国の騎士やワーカー達が些細ではあるでしょうが少しは体力を削っていたことも考慮すると、死の騎士(デス・ナイト)を倒すことも可能になります」

 

「なるほど」

 

 ジルクニフは納得した。納得したが……それは同時に、フールーダが得意分野では自分はアインズ・ウール・ゴウンに劣るだろうという宣言に等しいとも理解している。

 

 帝国最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、『三重魔法詠唱者(トライアッド)』のフールーダ・パラダイン。帝国全軍に匹敵するほどの強さを持つ現代の英雄である。

 そのフールーダでも、一分野では勝てないと言わしめる魔法詠唱者(マジック・キャスター)、アインズ・ウール・ゴウン。

 ジルクニフは思う。欲しい。とても欲しい。出来れば帝国に迎え入れたい。少なくとも友好関係だけは絶対に築いておきたい相手だ。何せ帝国全軍に匹敵するフールーダに匹敵する相手である。フールーダが敵に回った事態など考えたくもない状況だ。それを避けるためには、少なくとも帝国に対して敵対行動を取らない程度には友好関係を築いておかなくてはならない。

 

「今、そいつはどこにいるんだ?」

 

 ジルクニフが訊ねると、弟子はカッツェ平野にもっとも近い大都市に滞在しているのだと語った。アインズは旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)らしいので、急ではあるが自分達の判断で恩を返すという名目でその都市一番の高級宿に、代金こちら持ちで宿泊してもらっているはずなのだとか。

 

「ふむ。――よし、行こう」

 

「は? 陛下自らですか?」

 

 今まで黙って聞いていた従者の四人の一人……“雷光”バジウッドが思わず訊ねる。それにジルクニフは頷いた。

 

「ああ。フールーダ級だという相手に対して、皇帝の私が会いにいかないとまずいだろう? 旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならばいつまでも留まっていないだろうから、急いだ方がいいな。とりあえず急ぎの案件だけ片付けて――三日くらいか。街までの日数を考えると……五日だな。五日間、なんとしてもその街に留まらせろ」

 

「向こうから来るよう言わないんですか?」

 

「それは向こうがこちらに会いに来る気があればだろ? 旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)で、世捨て人の類だと無視して出ていく可能性があるぞ。なあ、じい? 見知らぬ権力者から会いに来いと命令されて、お前は来るのか?」

 

 ジルクニフはフールーダに訊ねる。フールーダは少し考え、首を横に振った。

 

「まず無いですな。なにせ、私でも時折このような権力に付随する義務が面倒になりますので」

 

 その答えにジルクニフは笑い、その場にいる者達に命令する。

 

「そういうわけだ。金でも女でもなんでもかまわん。何とか街に留まらせ、少しでも友好関係を築いておくよう命令しろ。それと、一緒にいたというワーカー共がアインズ・ウール・ゴウンの機嫌を損ねないよう見張るようにも言っておけ」

 

「は!」

 

 ジルクニフの命令に、その場にいた者は深く頭を下げた。

 そしてジルクニフはフールーダと護衛を連れて、三日後にお忍びでアインズのいる街へとやって来る事になる。

 

 

 

 

 

 

 ワーカー達に案内してもらった市場で、アインズは無い目蓋をぱちくりとまばたきするような気持ちに襲われた。

 

「これは……」

 

 市場に並べられているアイテムの一つを手に取る。この店に並べてあるマジックアイテムは生活用の物で、冒険の役にはあまり立たない。しかし、アインズの興味を引くには充分だった。

 

「それ気になるの?」

 

「魔法学院とか魔法省があるくらいだからな。帝国の魔法技術は他の国より高いぜ。だから、そういうの買う時は帝国の方が安上がりだぞ」

 

 ついて来ていたイミーナとヘッケランの声を聞きながら、アインズはその手に取ったマジックアイテムを眺める。

 一言で言えば――そのマジックアイテムの形状は小さな冷蔵庫、と言ったところか。説明書きもあり、こっそり仮面の下に装備している文字を解読する眼鏡によると、そのマジックアイテムの力は見た目通り冷蔵庫と言って過言では無かった。

 

「これは……誰が発明したんですか?」

 

「知らないの? こういう生活向上用のマジックアイテムは、二〇〇年前に“口だけの賢者”って言われてた牛頭人(ミノタウロス)が発案したのよ」

 

「ただ、そういうアイテムを発案したがそれを作る能力も無ければ、どうしてそういう形状をとるのか、どういう理屈でそういう結果になるのか全く説明出来なかったらしいけどな。だから、“口だけの賢者”ってね」

 

「でも戦士としては一流だったらしくて、色々な武勇譚が残ってるわよ。それに、人間種を食料としてしか見てない牛頭人(ミノタウロス)の大国を動かして、人間を労働奴隷階級まで引き上げたって話もあるわ」

 

「なるほど……」

 

 間違いなくプレイヤーだろう。やはり、六〇〇年前の六大神に五〇〇年前の八欲王。そして二〇〇年前の十三英雄とアインズの他にもプレイヤーは色々いる。ただ、どうして異世界に転移した時間がずれているのかは分からないが。その“口だけの賢者”などと言われてしまった異形種プレイヤーは、十三英雄と同じ時期に転移したようだ。

 少しだけ羨ましいと思う。十三英雄などと言われている以上、その牛頭人(ミノタウロス)は周囲に仲間がおらず一人で転移したとしても、自分と同じような存在がいる事を肌で感じられたはずだ。

 アインズのいるこの時期には、プレイヤーの気配はあれども、プレイヤーそのものだと思える名声は全く聞こえてこなかった。

 

 そうして再び市場を見て回る。これは既に何度も繰り返した光景だ。アインズがこの街に滞在して既に三日経っている。最初はアインズの少し(?)吃驚する邪悪な魔法詠唱者(マジック・キャスター)然とした姿に驚いていた街の住人だが、帝国の騎士が何度か一緒に歩いていた姿を見て、次第に警戒を解いていたようだった。この帝国では民衆の騎士達への信用はとても高い。

 

 アインズも帝国の市場を見て回り、大体相場というものが分かってきた。アインズからしてみればゴミのような装備でも、こちらでは高価な場合が多く、やはり全体的に『ユグドラシル』よりは質が落ちている。まあ、アダマンタイトなどという柔らかな鉱石が最高級であり最硬度なのだから、ある程度予測出来た事ではあるのだが。

 

「そういえば話は変わりますが、冒険者の皆さんがよく言う難度、とは何を基準にしているのですか?」

 

 モンスターの基準値となる強さを『難度』と言っているようだが、『ユグドラシル』のレベルと違う数値であり言葉なので、よく分からないアインズはヘッケラン達に訊ねる。ヘッケランとイミーナは顔を見合わせ、何と言ったものかと説明に困惑していた。

 

「難度……難度ねぇ。一応、強さを大雑把に数値化して、大体これくらい……って基準にしてるだけだな。種族が同じだとあんまり変わんねぇし」

 

「年齢とか、体躯の大きさで変わっちゃうけど、大体はそれで測れるわ。例えばカッツェ平野で遭遇したアンデッドの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)なんかは、難度四八ね。私達と同程度のレベルで言われるミスリル級の冒険者が大体それくらいの強さってところかしら。そして死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は難度六六くらい。難度の差が十五前後だったらまだ勝てるけど、それ以上になると難しくなるとは言われてたと思うけど」

 

「なるほど。では、アダマンタイトやオリハルコン級になるとどの程度の難度になるのでしょうか? 王国戦士長のガゼフ・ストロノーフを難度に当てはめてみたりとか」

 

「そうね……アダマンタイト級なら大体九〇くらいだと思うけど。オリハルコンは七〇くらいじゃないかしら。あの王国戦士長はアダマンタイト級だから、難度九〇くらいね」

 

「なるほど。よく分かりました」

 

「そうか?」

 

「ええ。これから何かモンスターに遭遇しても、難度で説明出来そうです」

 

 今まで説明された数値で、大体その難度が『ユグドラシル』とどういう違いがあるのか分かった。おそらく、この異世界の難度は『ユグドラシル』のレベルの約三倍だ。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はアインズの知識ではレベル一六であり、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は二二程度。ガゼフは三〇ほどだろう。これを難度と比べると全て三倍ほどの数値になる。

 

「そういやあのカッツェ平野で遭遇しちまったアンデッド……なんて言ったけ? 死の騎士(デス・ナイト)だったか?」

 

「そうですね。私の知識だとあれは死の騎士(デス・ナイト)と呼ばれるアンデッドです」

 

「あれって、難度どれくらいなんだろうな?」

 

 ヘッケランの疑問に、アインズはどう言ったものか悩む。見ればイミーナも気になるようだ。少し口篭もり……正直に答える事にした。

 

「ハムスケと同じ程度でしょう」

 

「アンタが連れてる魔獣と?」

 

「ええ。難度一〇〇くらいです」

 

「は?」

 

 ヘッケランとイミーナは何を言われたのか分からない、という顔をした。気持ちは分かる。難度に差があっても、十五くらいならどうにか出来るらしいが死の騎士(デス・ナイト)とは自分達と倍の差があったのだ。信じられない、という思いが強いのも当然だろう。

 しかし彼らは常に死と隣り合わせでモンスターと戦う者達である。すぐに、納得したようだった。あの強さなら、それくらいあるだろう、と。

 

「うわ……よく生きてられたな俺達。ぶっちゃけ奇蹟じゃないか?」

 

「っていうか、アインズさん。そんな強さの魔獣連れてたの!?」

 

 イミーナは驚きアインズを見つめる。アインズはそれに困ったように仮面をぽりぽりと指先で掻く事で返事をした。

 

「うわー。うわー。マジか……。え? マジで?」

 

「でも、あの魔獣ならそれくらいの難度も納得だわ。……それに忠誠を誓われているなんて、凄い人」

 

 キラキラとした瞳でイミーナに見つめられ、アインズは少し照れ臭くなる。ヘッケランが少しばかりムッとした顔をしたが、アインズはそのヘッケランの表情にも苦笑した。

 ほんの数日の付き合いだが、ヘッケランがイミーナに恋をしている事を知ってしまったのだ。いや、自分で気づいたのではなく彼らの仲間であるロバーデイクが悪そうな顔で教えてくれたのだが。その時の顔は中々に邪悪だった。具体的に言うと、誰かをからかう寸前のるし★ふぁーと同じくらい。

 

「いえいえ。単なる引きこもりですよ……魔法の研究に没頭しすぎた、ね。こうして皆さんがよく知る知識もあまり知りませんし」

 

「いやいや、そんだけ魔法詠唱者(マジック・キャスター)として完成されてりゃ、多少の世間知らずなんかお釣りがくるだろ?」

 

「そうですか? しかし、私は<警報(アラーム)>なんかの簡単な魔法を使えなかったりしますし、魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんて十人十色ですよ。私より強い魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんて、探せばどこかにいますよきっと。私の知り合いにもいましたし」

 

 かつてのギルメンの一人、最強の魔法職の男を思い出す。他にもアインズより強い魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、探せば幾らでもいたものだ。……まあ、この世界で本当にいた場合は間違いなくプレイヤーなので全力で逃げ出したい気分になるが。

 

 ヘッケランとイミーナはアインズの言葉に苦笑いしている。表情が明確に物語っていた。「どこの魔境、そこ?」と。たぶん信じていないだろう。

 

 アインズはヘッケランとイミーナをお供に、再び街中を見て回る散歩を再開する。明日は一人で歩いてみるかな……と思いながら。

 

 

 

 

 

 

「そろそろこの街を出るかな……」

 

 この街へ来て五日ほど経つ頃、アインズは宿の一室でぽつりと呟く。そろそろ次に見て回りたい場所に行くか、と。気分はさながら観光名所を回る観光客である。

 もはやこの街は大体見て回ったし、なんとなくだが帝国の騎士達が鬱陶しくなってきたところだ。食事に誘ったり、おそらくであるが風俗店のような場所に誘われた事もある。いくら誘われようとアンデッドのアインズにはそのような事は不可能だ。そのため、すげなく断っているのだが向こうから必死の気分が伝わってきて、なんとなく嫌な予感を覚えたのである。

 ちなみに、既に昨日ワーカー達は自分達の本来の拠点である帝都へと帰っていった。『フォーサイト』とも『ヘビーマッシャー』ともある程度仲良くなったので、何か頼み事があった場合彼らに頼んでみるのもいいかもしれない。金はかかるだろうが、冒険者と違って組合を通さないでいいのが利点だ。アインズのような立場の者からしてみれば、そちらの方が都合がよかった。

 

 アインズはハムスケに<伝言(メッセージ)>で伝え、アイテムボックスの中身を広げて整理する。

 

「うーん……さすがになんか、買い過ぎたよなぁ」

 

 つい“口だけの賢者”の伝えた生活用マジックアイテムが気になって幾つか買ってしまった。別に自分にとっては珍しくもなんともないのだが、蒐集家(コレクター)としてはつい気になって集めてしまう。

 

「そういえば、イミーナとアルシェも生まれながらの異能(タレント)持ちだって言ってたな。ニニャといい、ンフィーレアといい、生まれながらの異能(タレント)持ちはあまり珍しくないのかな?」

 

 特にンフィーレアは破格の生まれながらの異能(タレント)持ちだ。しかし、あの墓地の事件以外何か事件に巻き込まれたような様子は無かったみたいなので、それほど生まれながらの異能(タレント)というのは疎まれるようなものではないのだろう。初めて聞いた時は、持ち得ない者に嫉妬くらいされていると思ったが。出会った彼らは誰もがいい仲間に恵まれていた。

 

 アインズはちょいちょいと纏め、分別する。ある程度纏め終わった後、急いでこちらに近づいてきている何者かの気配を感じ、全てアイテムボックスにしまってドアがノックされるのを待った。ドアを開けるとそこにいたのは帝国の騎士である。彼は少し慌てたようにアインズに告げた。

 

「申し訳ありません、ゴウン様。ゴウン様にお会いになられたい、という方がいらしております」

 

「は? ……誰でしょうか?」

 

「その、魔法詠唱者(マジック・キャスター)のフールーダ・パラダイン様です」

 

 その言葉にアインズは仮面の奥で驚く。しかし、予想しなかったわけではなかった。死の騎士(デス・ナイト)に第五位階魔法を使用したので、この異世界の住人にとっては驚かれるというのはある程度納得済みだ。もしかしたら、という思いもあった。

 そして実際、フールーダは会いに来たのだろう。まさか、自分から訪ねに来るとは思わなかったが。権力者らしく、こちらに「来い」と命令でもするかと思ったのだが。

 ただ、同時に納得した。大物が来るから、帝国の騎士達はアインズを必死にこの街に留めようとしたのだろう。

 

「分かりました。そのパラダイン殿はどちらに?」

 

「はい。貴賓館でお待ちになられています。ご案内いたしますので――」

 

 アインズは内心面倒臭いと思いつつ、しかし少しの興味に引かれて帝国の騎士の案内で貴賓館を目指した。

 着いた先はこの都市でもっとも立派な建物である。皇帝などの地位の高い者が来た時のみ、開かれるらしい。聞いた話ではあったが、やはりフールーダは帝国でも皇帝に次ぐ地位にいると言っても過言ではないという事がはっきり分かった。

 

(もしかしてと思って、仮面の下に幻影を作っててよかったな)

 

 仮面の下の髑髏を隠すために、現在アインズは幻影の魔法で人間の顔を作っている。触るとその感触が無いのですぐに発覚するが、まさかいきなり顔面に触ってくるような無礼な人間はいないだろう。

 

 貴賓館に辿り着いた後は案内役が騎士から別の者に代わり、それについていく。応接室であろう一室のドアの前まで案内されると、この貴賓館に勤める従者であろう男はドアをノックし、アインズが到着した事を告げた。中から、老人の声が聞こえ入室を促す。

 従者の男はアインズに深く一礼すると、去って行った。アインズはその後ろ姿を少し確認し、ドアを開く。

 

「――失礼します」

 

 ドアを開けると、純白のローブを着た老人が椅子から立ち上がり、アインズを見て頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります。私の名はフールーダ・パラダインと申します。お話は伺っております。さあ、どうぞこちらの席へ」

 

「本日はお招きありがとうございます。アインズ・ウール・ゴウンです」

 

 アインズも頭を下げ、促された席に座る。パラダインも続いた。そして、室内にいたメイドに目配せし、飲み物を出すように命じている。メイドは茶を持ってきた後、一礼して部屋から去って行った。どうやらアインズに対して配慮してくれているようだ。何も言わなくとも、他人には何も聞かれない状況が出来た。

 

「さて……では早速ですが、ゴウン殿は第五位階魔法が使えるとか……」

 

「私も貴方の噂は耳にしました。パラダイン殿は第六位階をお使いになられるとか」

 

「そうです」

 

 そうして少しばかり互いの自己紹介を交えながら、魔法についての話を訊ねていく。アインズは第六位階魔法を使える、というフールーダの知識の深さに驚いた。アインズは『ユグドラシル』時代に覚えた魔法なので、そこまで論理的に魔法を覚えているのではないのだが、フールーダはこの異世界という現実で覚えたからだろう。アインズよりある意味魔法の知識に詳しい。しかし、それでアインズが話についていけない、という事ではないので、アインズはフールーダの話を聞いていき、それとなく助言を与えたり、疑問に思ったりした事を話す。

 フールーダも打てば響くようなアインズとの魔法談義に、どんどん話が長くなり、饒舌になっていった。もはや、彼は出された飲み物の存在さえ忘れている。きっと、本来の目的(・・・・・)も忘れているだろう。

 そうやって話をしていく内に、アインズは気になった事を訊ねてみた。そう、アルシェの生まれながらの異能(タレント)の事だ。フールーダも同じ生まれながらの異能(タレント)なのだから、ぜひ聞いておきたい。

 

「そういえば、パラダイン殿は魔法詠唱者(マジック・キャスター)の使用出来る魔法の位階を見破る事が出来る生まれながらの異能(タレント)をお持ちだとか」

 

「はい」

 

「それはどのように見えるのですか? 同じ生まれながらの異能(タレント)を持っている方に訊ねた時は、重なるようにオーラが見えると言っていたのですが。<魔力の精髄(マナ・エッセンス)>のような感じなのですか?」

 

 アルシェにそれを訊ねた時は、アルシェには回答出来なかった。それは、アルシェは<魔力の精髄(マナ・エッセンス)>を使えなかったためだ。しかし、フールーダほどの実力者ならばアインズの疑問に答えられるだろう。

 フールーダは少し考え、アインズに説明する。

 

「そうですな……<魔力の精髄(マナ・エッセンス)>に似ていると言えば、似ております。ただ、<魔力の精髄(マナ・エッセンス)>よりは精度が高く、直に感じ取れますな」

 

「なるほど。<魔力の精髄(マナ・エッセンス)>では魔法詠唱者(マジック・キャスター)の使用出来る位階魔法までは見えませんからね」

 

 便利なものだ。アインズが相手の魔力を見破ろうと思うと魔法を使用しなければならないが、フールーダは見るだけでそれを看破出来る。それどころか、相手が魔法詠唱者(マジック・キャスター)かどうかまで見るだけで判別出来るだろう。

 

(ンフィーレアの時も思ったけど、<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>なら奪えるかな?)

 

 <星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>は超位魔法の一つだ。『ユグドラシル』では幾つか出る選択肢の中から一つ選択し、それを運営が叶える形だったのだが……今はどんな風になっているのだろうか。使ってみたい気もするが、アレは経験値を消費するタイプの魔法であるため、さすがに実験のためだけに使用するのは憚られた。

 

「…………」

 

 そこでふと、アインズはフールーダが自分をじっと見つめている事に気づいた。いや、確かに今までフールーダは自分を見つめていたが、今の視線は相手と目を合わせるという類のものではない。これは、不可解なものを見つめる視線である。

 

「どうしましたか?」

 

 なので、素直に訊いてみる事にした。するとフールーダは申し訳なさそうにアインズに告げる。

 

「いえ、申し訳ない。私の生まれながらの異能(タレント)でゴウン殿の魔力が見えませんので、どのような探知阻害の魔法を使われているのか気になったのです」

 

「ああ、なるほど……」

 

 アインズはこの異世界に来た時から、探知阻害の指輪を装備している。今まで神器級(ゴッズ)アイテム装備で全身を固めていても、誰にも何も言われなかったのもそのためだ。中には、ガゼフやツアーのように勘で気づく者もいたようだが、アインズが異常なレベルのマジックアイテムで装備を統一しているように見える者は少なかった。

 しかし、フールーダは魔力が見える生まれながらの異能(タレント)を持っているため、それが逆に違和感を覚えさせてしまったらしい。

 

「…………」

 

 さて、どうするかとアインズは考える。フールーダは理由を知りたがっているだろう。アインズも生まれながらの異能(タレント)持ちには自分がどのように見えるのか知りたい。例えば、フールーダの看破は格上にも通用するのか。一般的な魔法詠唱者(マジック・キャスター)の位階魔法は第三位階である。となれば、フールーダは今まで自分よりも格上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)と遭遇した事は無いはずだ。フールーダは格上の――第十位階魔法を使えるアインズの位階を、文字通り看破出来るのだろうか。それほどまでに、生まれながらの異能(タレント)とは理不尽なのか。

 

「……いらないトラブルに巻き込まれないために、私は探知阻害の指輪を装備していましたので見えなかったのでしょう。どのように見えるのか気になります。教えていただけますか?」

 

「勿論ですとも」

 

 フールーダは快く頷く。今から目玉が飛び出る事態になるかもしれないが、アインズは問題無いだろうと判断した。この短い魔法談義で、なんとなくこの老人の人となりが分かったとも言う。

 この老魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、あまり権力などに興味が無い。おそらく、魔法というものを深く知りたいという研究肌な人間だ。それに、フールーダのレベルならばアインズの魔法に抵抗出来ない。いざという時はかつてニグン達に実験で確かめた記憶操作でも使えばいい。

 

 故にアインズはガントレットを外し、その下に隠されていた幻影の指から探知阻害の指輪を外した。――――外してしまった。

 

 死ぬほど、後悔する事になるとも知らずに。

 

「――――」

 

 指輪を外す。途端、フールーダが呆然とし――続いて、フールーダの頬を涙が伝ったのを見てアインズは驚愕した。

 

(な、なんだ!?)

 

「ど、どうしましたか?」

 

 アインズの質問に答えず、そのまま少し呆然とすると椅子を蹴倒すように立ち上がったフールーダに、アインズは身構える。しかしフールーダは溢れる涙をそのままにアインズに対して跪き、平伏した。

 

「魔法を司るという小神を信仰しておりました」

 

「あ、はい」

 

 態度が変貌したフールーダに、アインズは困惑した返事をする。しかしアインズが微妙に引いている事に気づいていないのか、フールーダは額を地面に擦りつけた状態で語り始める。

 

「しかし、貴方様がその神でないというのであれば、私の信仰心は今掻き消えました。――――何故なら、本当の神が私の前に姿を見せてくださったからです」

 

「ファッ!?」

 

 フールーダは平伏したままにじり寄ってくる。アインズは身を仰け反らせ、今にも立ち上がって逃げそうな体勢になった。

 

「失礼と知りながらも、伏してお願いいたします! 私に貴方様の教えを与えてください! 私は魔法の深淵を覗きたいのです! そのためならば何でも差し上げます……魂さえも、全て!」

 

「え、いや、あのですね」

 

「深淵の王よ! いと深き御方よ! 何卒! 何卒お願いいたします!!」

 

「えー……」

 

 ドン引きである。誰が何と言おうとドン引きである。たとえ仮面で表情が見えなくとも、この場に第三者がいれば間違いなくアインズのドン引きっぷりに気づいたであろう。それほどまでに明らかであった。

 色よい返事がもらえない事に焦ったらしいフールーダは、アインズの下に這いつくばった姿勢でアインズの足元まで更に近寄るとアインズの靴を舐め始める。

 

「お願いします! お願いします! いと深き御方よ!!」

 

「――――」

 

 フールーダにまだ理性が残っていたならば、キス程度で何とか抑える事が出来ただろう。しかし、色よい返事をもらえない事に焦ったフールーダからは、既に理性など残っていない。ただひたすらにアインズに懇願し、アインズから慈悲をもらう事を待っている。靴を舐め回し、必死になって懇願した。

 そう、フールーダに理性など残っていない。相手が嫌がるかもしれないなどという常識は、既に遥か彼方に追いやられている。普段は頭の片隅にいるはずの冷静な自分ですら、欲望に忠実にフールーダの行動を後押ししている。

 

「よ……」

 

 そしてアインズには、はっきり言って他人に傅かれる趣味など全く無いのだった。ぶっちゃけ、この異世界に来て一番ドン引きした出来事だった。

 

「寄るな気色悪い!」

 

 当然の返事である。誰がどう見ても、アインズの行為の正当性を説くだろう。否と答える者には是非とも訊ねたい。お前は美形でもない枯れた老人に足を舐め回されて、それに興奮する変態なのか――と。

 

 アインズは立ち上がり、フールーダを足元から振り払う。もしアインズが生身であったなら鳥肌が全身に立っていただろう。振り払われたフールーダは今にも死を選びそうな絶望を宿した表情でアインズを見つめた。

 

「ああ、我が神よ――!」

 

「ええい! 寄るな! 触るな! 気色悪い!! この街にはもう用事など無かったからな……もう俺は行くぞ!」

 

 叫び、アインズは<上位転移(グレーター・テレポーテーション)>を使って即この貴賓館から離脱する。宿泊していた宿にマーカーをつけていてよかったと心底思った瞬間だった。消える寸前フールーダが縋りつくように手を伸ばしたが、当然アインズは振り払う。

 

 宿に転移したアインズは、すぐさま部屋を出て受付にチェックアウトする事を告げる。いつの間にか帰ってきていたアインズに受付は驚いたようだったが、よく訓練されているため彼らはにこやかに「またのご来場をお待ちしております、ゴウン様」と深く一礼してアインズを見送った。

 外に出たアインズはすぐにハムスケのもとへ行き、ハムスケに声をかける。ハムスケはいつもと違う様子のアインズに驚いていたようだった。

 

「ど、どうしたでござるか殿!?」

 

「さっさと行くぞハムスケ!」

 

 またフールーダに遭遇する事を考えると、骨に鳥肌が立つような感覚だった。感情抑制がアインズを落ち着かせようと働くが、すぐさま感情が高ぶってほとんど役に立っていない。

 ハムスケはアインズの様子にただならぬものを感じ、即頷いた。

 

「わ、分かったでござる!」

 

「よし――<転移門(ゲート)>」

 

 今度はハムスケも連れているため、<転移門(ゲート)>を発動させる。距離制限、失敗確率無しの空間転移だ。当然、フールーダも追ってはこれない。

 

 アインズは空間を転移して帝国を離れながら、きっぱりと心に決めた。

 

「もう二度と帝国には行かない!」

 

 その後の貴賓館の騒動など、アインズには知った事ではなかったのだった。

 

 

 

 

 




 
フールーダ「(^p^)我が神ペロペロォ……」
モモンガ「(´;ω;`)コワイ! サヨナラ!」
ジルクニフ「\(^o^)/帝国オワタwww」

戦犯フールーダ。
 

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