身を覆う羽毛も無く、くちばしも無く、その代わりに牙を持つトリ。
肉食獣のそれに身を狙われる高町なのはは、必死に魔力攻撃を当ててトリを牽制する。
最初に当てたのはディバインシューター。
誘導性のその攻撃は、トリの姿勢を乱すことには成功した物の、その効果はそれだけ。まるですれ違い様に肩がぶつかっただけとでも言うように、トリは問答無用で高町なのはに襲い掛かった。
次に仕掛けたのはバインド。砲撃魔導師たる高町なのはの、縁の下を支える慣れ親しんだ術だ。
然しコレも効果は低い。何せ相手は全長15メートルの巨体だ。それは戦闘機を手錠で押しとどめようと言うような無謀な行為でしかない。
そうして最後に高町なのはが選んだのが、自らが長年愛用し続けた術――つまりは、砲撃。
シューターで姿勢を乱し、出来た一瞬の隙を狙って砲撃を叩き込む。
ディバインバスターと呼ばれるその一撃。迫る桜色の壁に、コレならばトリの無力化も出来たのではないか。
そう、高町なのはが考えた、次の瞬間。
「キャアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
甲高い、まるで悲鳴のようなその音。咄嗟に耳を守った高町だったが、次の瞬間凄まじい衝撃に押され、高町なのははそのまま地面へと叩き落された。
(いったい、何が……)
何が起こったのか確認しようとして、高町は全身に走る激痛に思わず顔をしかめ、その原因を見て改めて顔色を悪くする。
左肩から、胴体を横断するように走る裂傷。まるで鋭利な刃物にバッサリ切られたかのようなその傷。
不可思議な現象にパニックを起こしつつも、けれどもその思考を放棄。即座に次の手を考えて頭が廻りだす。
その正面。どうやったのか、此方の砲撃を耐え抜いたギーオスが、こちらに向かって勢い良く走り出した。
その眼は完全に此方を獲物として捉えている。
(――拙い)
咄嗟にディバインバスターの発射準備を整えるものの、コレを撃ってしまえば後が続かない。
けれども、コレを打たなければ私は確実にあの怪物に「食われ」てしまう。
背筋を這う冷たいもの。その感覚を無理矢理押し殺して、その瞬間を待つ。
『Master……』
「未だだよ、レイジングハート」
『――Master』
「まだ…」
『――――Master!!』
「行くよ、ディバイン!!」
『――Buster!!』
彼女にとって慣れ親しみ、何時もなら頼りがいの在る桜色の光の柱。けれども、あの怪物に相対してのこの魔法のなんと心許ない事か。
身体には傷、魔力は枯渇寸前。
絶望に押しつぶされそうな心を鼓舞して、少女は砲撃に更に魔力をこめようとして――。
そうして、淡い光の柱を押しつぶす、白い太陽が落ちてきたのだ。
「えっ……?」
思わず声を漏らす高町なのはの視線の先。落ちてきた太陽は、トリの傍で大爆発を起こした。
その衝撃は凄まじく、傍に居た高町なのはは地面を派手に転がりまわる羽目に成った。
そうして、痛む傷を抑えながら立ち上がった高町なのはが眼にしたのは、片腕をもがれ、地面の上でのた打ち回るあのトリの姿だった。
一体何が起こったのか。それを確認しようと高町なのはが周囲を見回すと、その視線が一点で固定される。
其処に見えたのは、黒と白。全身を黒いバリアジャケット、いや寧ろ騎士甲冑らしき防護服に身を包み、全身から溢れる白いエネルギーに被われたその姿。
高町なのはは咄嗟にそれに声を掛けようとして、けれども次の瞬間その姿を見失った。
慌ててその姿を確認しようとし、次いで聞こえた爆音に振り返る。
「……え?」
そうして、爆発。
其処にあったはずのトリの姿は、けれども爆発と前後して其処から跡形も無く消え去っていた。
呆然と佇む高町なのは。その視線の先には、先ほど見失っていた筈の黒い人影があった。
先ほどまでの、身体を覆う白いエネルギーは消え去り、はっきりとその黒い姿が見える。年の頃は高町なのはよりも少し上の青年。それが、彼女の見立てだった。
『Master!』
呆然と彼を見ていた高町なのはは、相棒たるレイジングハートの声に、ハッと慌てて青年に向き直る。
――あの青年は、此方で保護観察指定にされていたトリを殺してしまったのだ。助けられた側としては申し訳ないのだが、拘束しないわけにはいかない。
「――っ、此方時空管理局本局所属、武装局員の高町二等空尉です! あなたには原住生物殺害の現行犯です。大人しく此方に投降してください!!」
そうして、少女は杖を彼に向ける。
――ザッ。
途端、目の前の青年はなのはに向かって歩き出す。
「っ、それ以上近寄らないで!」
まるで機械か何かのように無反応のまま近寄る青年に、思わずそういって後退る高町なのは。
けれども青年はあくまで無表情に、その手の先に光る弾を、高町なのはに向けた。
其処に籠められた圧倒的エネルギー。魔力だとすれば、間違いなくSSSランクの威力、しかも非殺傷設定なんて物が在るのかも怪しいソレ。
圧倒的な威圧感を持つソレに、既に高町なのはの激しい心は、恐怖で挫ける寸前であった。
(……これまで、なの)
既に先の戦闘で、高町なのはの魔力は底をついている。青年にレイジングハートを向けはしたものの、その実魔力が空であることを知られれば、威嚇にもなりはしないのが現状だ。
諦める心算は無い。けれども、何処かで終わりかと理解してしまって。
(……え?)
そうして、高町なのはの身体を異変が襲う。
(これは……治療魔法なの?)
それまで感じていた、体から熱が逃げるような感覚が消え去り、次いで体の中に熱の灯る感覚が沸き起こる。
医療魔導師でこそないが、都合上医療魔法の世話になる機会の多い高町なのはだからこそ気がついた。それが、今まで経験したことも無いほど高度な医療魔法だという事に。
高町なのはが呆然としていると、不意にその身体を覆っていた白い光が途切れる。
試しに腕を動かすが、先ほどの致命傷を受けていた時点に比べ、明らかに身体が軽くなっているのが分る。そう、間違いなく回復しているのだ。
「え、あの……」
「…………」
次いで放たれる白い光。青年の指先から放たれた小さなそれは、高町なのはの身体に触れた途端、その身体の内側へと染み渡っていく。
(……嘘!? まさか、今の魔力!?)
驚愕に、思わず眼を見開く高町なのは。
普通、魔力量というのは、外見容積にある程度比例する。魔力に質があることも事実だが、人間である以上質の上限など高が知れている。
だが、今高町なのはが受け取った魔力。それは、ピンポン玉にも満たないサイズであったというのに、エースオブエースとまで呼ばれるに至った、彼女、高町なのはの、実に3分の1ほどの魔力を回復させて見せたのだ。
それは彼女の常識からしてみれば、とてもではないがありえない。例えば彼女も特異とする『収束』能力によってあのサイズまで圧縮しただけの大きな魔力だった、と言うのなら理解できなくも無い。けれども、すぐ傍に居た彼女は、青年が魔力を圧縮するモーションなど欠片も見ていないのだ。
だからつまり、それが指し示す事は――。
呆然と立ちすくむ高町なのはの前。踵を返した青年は、その身を薄らと白い魔力(?)を纏い、ぬるっとした動きで上空へと舞い上がった。
「あ、え、あ……ありがとうなの!!」
今にも立ち去ろうとする青年。渦巻く理性と感情に、思わずといった様子で零れ出たのは、青年への感謝の言葉だった。
そのまま飛び去ろうとしたのであろう青年は、その言葉に思わず、といった様子で少女を見てしまう。
「……ギーオスは魔力を持つ生き物を喰い、力を溜めて次元の海を渡る。しかもアレは単為生殖で増える……一匹だけとは限らない」
青年はそう呟くようにして、けれども確かに伝えるという意思をこめてそう呟く。
言葉の内容を理解して息を呑む高町なのはのその目の前。白い光に包まれた黒い青年は、そのまま天高く舞い上がり、空に溶ける様にして姿を晦ませたのだった。
『……、……ん!! ……ら、C……うい、高町二等空尉、聞こえますか!!』
と、青年が立ち去ると同時に、高町なのはの脳裏にそんな声が響く。
「あ、こちら高町二等空尉」
『よかった、無事でしたか。状況は問題ありませんか?』
「……すいません、また、落されてしまいました」
『なっ?!』
「幸い、といっていいのか、標的は第三者の介入により排除されてしまいました。私は現在行動不能、救援と、調査の為の人をお願いします」
『了解、直ちに武装局員と救護班、それに技官をそちらに送ります』
そういって途切れる通信に、なのはは漸く息を吐いた。幸いあのトリ――青年はギーオスと呼んでいた――と争っていた為、あの血みどろの地域からは少し離れている。ゆっくり呼吸しても、血の臭いにむせる事は無い。
「……れいじんぐはーと。少し、おねがいしてもいいかな?」
『All Light My Master. Please take a rest slowly.』
「うん、それじゃ、ちょっとやすませてもらうよ」
小さく呟いて、高町なのははその身体を休める為、瞳を閉じたのだった。
これで、にじファン末期に書上げた分を全てうp。一応修稿したけど、メモ帳で書いているので。