――轟音と共に空を裂く白い稲妻。
それは宙を舞う三羽の怪鳥と、それに相対する黒い騎士に向けて光の矢の如く空を走る。
そうして駆け抜けた光の矢。黒い騎士の脇を通り抜けたそれは、三羽の怪鳥、その中心を飛行していた一匹を巻き込み、空中で盛大な爆発を起して見せた。
「――っ!!」
爆風によりあおられる二羽と一人。だが然し、相対する二組には決定的に違う差異が存在する。
そもそも魔法に近い純粋数学による空間制御を用いたメラと、餌食とした魔力を推力として利用しているギーオスでは、空中での被弾時の影響はギーオスのが大きいのは明白。
瞬時に体勢を立て直したメラは右手にマナを集中。白く輝き一回り大きくなったかのように見えるその手を携え、瞬時にギーオスの一匹に肉薄する。
「おおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「ピギャアアアアアアアアアアア!!!!」
滞空で姿勢を整えようとしていたギーオス。その無防備な腹部に向けて放たれた白い一撃。バニシングフィストを受けたギーオスは、甲高い悲鳴を上げた。
途端にギーオスの身体から零れだす白い光。内側からあふれ出す白い炎に焼かれ、二匹目のギーオスが宙に砕け散る。
が、その一撃の最中、最後の足掻きといわんばかりに砕け行くギーオスから放たれた閃光がメラの左腕を刎ね飛ばした。
「――っ!!」
咄嗟に軽くなった左肩を押さえつけるメラ。そんなメラの視線の先、数的有利を失ったと判断してか、最後の一匹であるギーオスがメラに背を向けた。
小さくうめき、けれども表情に一切の苦悶を浮かべることも無く。刎ね飛ばされた腕をキャッチしたメラは、ソレを小脇に抱え、そのまま魔法陣を展開。
再びメラの背後にセットされる多数のプラズマ火球。それもソレまでのものと違い、一つ一つのサイズがソレまでの物を圧倒的に上回っていた。
城砦から放たれる石弓の如く、次々と宙へ放たれる白い火球。それらを右へ左へ上下へとフラフラと揺れて回避してみせるギーオス。けれども次の瞬間、ギーオスの下部後方から放たれた光の火線に、咄嗟にといった様子でギーオスが真上へと回避した。
その瞬間。メラの航法に比べ、比較的航空力学に近い法則で飛行していたギーオスだ。咄嗟の上昇で一瞬その速力が落ちた。
「おおおおおおおおおお!!!!!」
放たれるプラズマ火球。サイズは通常通りの、けれども圧倒的速力を持ったソレ。宙を引き裂き飛び出したプラズマ火球は、狙いを違える事無く、一直線にギーオスの頭部へ命中。
莫大な熱エネルギーを叩き込まれたギーオスは、内側からはじけるようにしてその姿を掻き消した。
「……」
そうして、漸く全てのギーオスを駆逐したことを駆逐したメラ。表情こそ変わらないものの、何処か疲れたような雰囲気を漂わせた彼は、そのまま真下、海上を浮遊している母艦ウル、その甲板へと向かうのだった。
Side Mera
疲れた。マジデ疲れた。こんな重労働をしたのは何年ぶりだろうか。
いや正確には精神的疲労。俺、今でこそ生物兵器だけど、元々はしがない学生さんですよ? 命を掛けた戦いとか、プロの軍人に任せたい。
「メラ、無事かっ!?」
と、甲板に到着した途端、ハッチから現れたのは高町恭也。慌てた様子で此方に近寄ると、何故か驚いたような顔で此方を見つめて。うん?
「メラ、お前、その腕は……」
その視線の先。見れば其処は、先ほどのギーオスの断末魔攻撃、FPSでいう『殉教』によって軽くなってしまった左肩が。
「……問題ない」
とはいえ、コレ如何しよう。これを持ったままポッドに入れば勝手にくっ付くんだろうか? 普通に病院にでもいけば、ギーオスの超音波メスで刎ねられた腕だ。多分一般整形外科でもくっ付けられるだろう。
が、俺は生物兵器。出来ればそういう一般的な医療関係機関に記録を残すのは避けておきたい。
「問題ないって、腕一本取れて何が…………いや、何で取れた腕を肩にくっつけてる」
「くっついた」
「なにを……そんな馬鹿な」
モノは試しと、脇に抱えていた左腕を左肩にくっ付けてみた。すると、途端に千切れていた左肩に走る激痛。見れば簡単にでは在るが、既に千切れていた腕は肩口に再接合されていて。
が、くっ付いたとはいえ、これは応急処置のようなものなのだろう。痛覚から神経と血管が繋がったのは分るのだが、腕を動かす事はまだできない。筋肉と骨は後回し、と言うことか。
「ポッドに行く」
「あ、ああ。……大丈夫なんだな?」
「多分。それより、艦橋へ。頼みたいことがある」
「あ、おいっ!」
言いつつ恭也を押しのけて艦内へと戻る。会話なんてどうせポッドの中で治療しながらでも可能なのだ。であれば、次の襲撃に備え、一刻も早く肉体の再生を行なうべきだろう。
……あぁ、何で俺真面目に対ギーオス戦をやってるんだろうか。俺、別に英雄願望なんて無いんだけど。
カツカツと足音を立てて通路を進み、恭也を艦橋へ送り出しつつ俺は治療の為ポッドの部屋へと戻る。
そうして出たばかりのポッドへ再び身を浸し、艦橋へと通信を繋ぐ。
『此方艦橋。お疲れ様です、メラさま』
と、まずそう声を掛けてきたのが、通信に対応したノエル・綺堂……あぁ、面倒くさい。ノエルさん。
「其方は無事か?」
『はい。私、お嬢様、恭也様揃って無傷です』
「そうか。支援に感謝する。月村忍にも」
『ふふふっ、感謝するなら、後々の技術提供をヨロシクね』
突如通信に割り込んでくる月村忍。なんだろうか、彼女はこういう突然の介入と言うか、そういうのを好んでいるのだろうか。さっきもやってたし。
「それは、無論」
『……あら、断られると思ってたんだけど』
「人類にも備えは必要」
『備えって……え、いえ、でもギーオスは……』
「……分っているのだろう」
何となく、彼女も察しているのだろう。嘗て次元世界を統べた一つの一大文明。それが、たった三匹による物ではない、と。
そしてこれから起こりえるであろう、頻発的な対ギーオス戦闘。此方の言う備えとは、ギーオスと戦う為の物であると。
『……いえ、分っていた事では在るのだけれども……そう。あんなのがまだ何匹も……』
「故に、世界に技術を広める。その伝手が必要だ」
これから先、間違いなくギーオスはこの世界でも多発する。それはもう、既にギーオスが多数目覚めだしている事で確定した事実だろう。
さすがに何時までも俺単体で戦い続けるというのは不可能だ。なら、せめて人間にギーオスと戦う力を与える必要が在る。
『――ええ。分った。これはやるべきこと、なのね』
「やらねば、人類に未来は無い」
『全く。成り行きとはいえ、人類種の選択肢に関わる事になるとはね』
そういってはぁ、と溜息を吐く月村忍。
「不服か?」
『まさか。不謹慎だけれども、これはチャンスだわ。人類が生き延びる為の。そして月村にとっても利が在るのよ。文句なんてないわよ』
『忍……』『お嬢様……』
『な、なによぅ』
画面の中でなにやら仲良さ気な三人に、若干羨ましいなぁなんて感じつつ。とりあえずこの後のことに付いてを如何するべきか、と言う方向へ話を引っ張る事に。
『まず必要なのは、ギーオスの情報かしら。貴方から貰った情報だけじゃなくて、出来れば私たちの手で得た情報が』
『であれば、ギーオスの死体を……そういえば、全て木っ端微塵でしたね』
『ああっ!? メラ、破片は回収できないかしら!?』
今から海中にもぐってギーオスの肉片を回収して来いと?
「それは、問題ない。島に巣が在る筈」
原作でもあったが、ギーオスの巣、というか、永い眠りについていたギーオスの卵が複数個姫神島に眠っている筈だ。原作でアレが三羽だったのは、その三羽が同じく孵化した同属と共食いをした結果だった。
大体、このギーオスに関してもそうだ。生まれたばかりで大体体長が1メートル未満のギーオスが、何故人を襲うことが出来たのか。それは、人を襲うことが出来るサイズになるまで、共食いで食い繋ぎ成長したということなのだろう。
『……なんだか、とんでもない生物ね、ギーオスって』
「BETAよりはマシだが、な」
『べーた?』
「……なんでもない」
実際、ギーオスは某人類に敵対的な地球外起源種に比べ、知能はカラス程度であえて集団行動を取るようなものでもない(狩に有利と判断した場合は複数で行動する場合が在る)し、バリエーションが多彩と言うわけでもない。
単一種で圧倒的繁殖力こそ持つが、ウルに搭載された次世代人類に託された技術データを使い、ギーオスの侵攻までに用意を整える事ができれば、駆逐は難しくとも人類圏の守護は間に合うだろう。
まぁどちらにしても、連中は星を食い尽くす怪物だ。駆逐しなければ到底平穏な生活は得られない。
『じゃぁ、とりあえずは私から姫神島に調査団を送る、ってことで良いかしら?』
「頼む。俺も護衛につく」
『そうね、万一もあるし』
『忍、俺も行くぞ』『ちょ、ダメよ恭也っ!!』『落ち着いてください恭也様』
「……仲が良い」
やっぱりちょっと羨ましいな、何て思いつつ、ウルの航路を一路海鳴へ。これからに備え、色々と準備を整える算段を整えるのであった。
月村邸へと帰宅し、先ず最初に月村忍はノエルに、姫神島に対する新たな調査団の編成を命じさせた。これによりギーオスの生態、少なくともその存在は明らかになってくれるだろう。
で、その先のことを予想するに、さすがにこの世界では環境省によるギーオス捕獲作戦なんて行なわれないと思う。そう信じる。ので、その点は気にしない。一応月村忍に根回しを頼んでおくが。気にしない。
現時点ではギーオスの発生は散発的。まだギーオスの大集団が発生するという事態には陥っていない。現状で邪神覚醒のラストの如く大群に襲われれば、間違いなく世界は破滅する。
「一番簡単な対処法は、核による殲滅」
「……まぁ、確かに核の熱量と範囲なら、ギーオスも逃げ切れないでしょうけど……」
「この国がその手段を許すとも思えんな」
どちらかといえば否定的感情の見え隠れするその言葉に、此方としても首を縦に振る。
何せコジm……核は拙い。確かにギーオスの駆除は可能だろうが、その放射能汚染により一気に地球環境の悪化。魔力的変異のダメージの残る地球に核のダメージを与えれば、間違いなくギーオスは爆発的に増殖する。
「必要なのは、ギーオスの脅威の周知」
生まれたばかりのギーオスは、数メートルもの体長であるとはいえ、まだ人間に制御できると錯覚させてしまう。ライオンなどの獣と同類、と判断してしまうのだ。
ギーオスが本当に恐ろしくなるのは、その体長が20メートルを超えてから。現行兵器も効果を及ぼさず、何よりもその驚異的な速度を用いたヒットアンドアウェイ。コレにより人を餌として驚異的な速度で増殖。更にその個体をも強化する。
人と言うのは、特に日本人は、実際にその脅威が目の前に迫らなければ中々動く事ができない。かといって、ギーオスを其処まで成長させてしまえば、俺でも勝つのは途轍もなく厳しい。
かといって、ギーオスの被害が出てから動くのでは絶対に間に合わない。
「……そうね、対ギーオス用の装備ってどんな物を考えているの?」
「ウルのデータベースにある、幾つかの研究データ、その併用が理想」
ウルに残された大量の実験データ。これは所謂ギーオスの魔力吸収能力条件下でもギーオスを打破できる兵器、それを創造する為に開発された技術群だ。
肝心の先史文明らはその投入が間に合わなかった物の、データと言う形でこうして現代へと託されたソレ。実際ウルの主機は縮退炉であるし、確かにこの技術を使えばギーオスに対抗することも可能だろう。
「具体的には?」
「――多分、巨大ロボ」
そして、なによりも頭が痛いのが、その対ギーオス兵器の中で最も有効である確率が高いのが、よりにもよって巨大ロボなのだ。
ギーオスと戦う上で必要なのが、陸戦・空戦が可能で、かつ魔力を利用しないというモノ。
おれ自身がデータベースをチェックしていた中で最初に思い浮かんだのが、可変戦闘機。然しアレはエンジンが熱核反応タービンエンジン、要するに核だ。まずこの国では使えないし、第一技術的にぶっ飛びすぎている。ウルの自己補修用ナノマシンの応用で単体ずつなら生産できるだろうが、それでは量産は出来ない。
で、次に思い浮かんだのが戦術機。アレならばかなりの空戦能力に加え、比較的構造も単純。技術レベル的にも、ウルのソレを用いれば不可能ではない。勿論OSはXM3レベルの物を用意するが。
「……ふ、ふふふ」
「「「!!??」」」
「ふ、ふふふ、ふはははは、あーっはっはっはっは!!!」
「ど、如何した?」
「……しのぶの、悪い癖が……」「お嬢様……」
思わずビックリして、そんな声を掛けてしまう。何事かと見れば、高町恭也とノエルが互いに頭に手を当てていて。
「ロボ、巨大ロボ!! なんて浪漫溢れる言葉かしら!! 開発の切欠が地球の危機っていうのはいただけないけれど、それでも滾る物が在るじゃない!!」
目があい、思わず身がすくむ。俺は見た、あの瞳の中に燃える野望の炎を。
「いいわ、ならウチが作業用重機として技術供与を受けてソレを開発して……いえ、ウチだけじゃ脚が遅いわね。ならすずか経由でバニングス財団にも声を……」
言いつつブツブツと何かを呟きだす月村忍。バニングス財団って、アレだよね? この世界有数の大手企業。で、月村すずかの友人の、バーニン……大尉……でもなくて、アリサ・バニングスの家。
「でも、脅威を説明する理由が不足」
「巣を発見して、遺伝子サンプルを得るだけじゃ足りないのか?」
「恭也様、現在の技術では、遺伝子を見ただけでその全てを推測するのは不可能です」
確かにギーオスの遺伝子は、『計画し完成された単一にして完全』なものだが、その脅威自体は実際に姿として現れるまでは如何ともし難い。
「いえ、バニングスグループなら少しは事情を話せるわ」
と、其処に何処かへとトリップしていた月村忍が突如復帰し、そんな事をいって見せた。
「あそこの社長令嬢とウチの妹が仲良くてね。その伝手で、あの家も魔法っていう技術の存在は知っているのよ」
故に、その魔法文明を滅ぼしたという生物兵器、その脅威も、伝える事ができれば信じてくれる可能性は在るのだという。
「では、頼む」
「任せなさい。寧ろ是非私に任せておきなさい。最高の仕事をしてあげるから。ふふふふ、腐腐腐腐腐腐」
……何か恐いなぁ。