私の家から学校までは、のどかな川沿いの道を30分ほど自転車をこげばつく。
京介は家から自転車で5分ほどのところにある駅から電車に乗って学校に行っているけど、私は自転車で行っている。
理由は簡単。―――好きな人が自転車通学だから。
―――狩屋マサキ君。元々は私のファンで、今では私の好きな人。両思いではないんだけど…。ファンだからって、恋愛対象かどうかはわからないから、私自信が怖いだけなのだけど。
ちなみに京介が電車通学なのは、京介の彼女で私の親友の楓がそうだから。毎朝一緒に行くほどのラブラブっぷり。
同じく友達の天馬と葵のところは、徒歩通学だけど家まで迎えに行って一緒に行くってほどらしい。
私は残念ながら1人だけど、自転車で行くのが楽しみ。一緒に行くわけじゃないし、天馬たちが一緒じゃなかったら狩屋君は私に話しかけてくれないから“おはよう”の挨拶もしてくれないけど、すれ違う一瞬とか、そんな時間が本当に幸せで…。
そんなある日。普通ののどかな朝。
そして、毎朝のように後方から聞こえてくる自転車のきしむ音。その音は、だんだん私に近付いてくる。―――少し古い自転車のきしむ音は、狩屋君の自転車の特徴。
何食わぬ顔をして、普通に自転車をこぐけど、音が大きくなるにつれて、ドキドキは止まらない。
何を話すでもない一瞬だけど、ちょっと乙女になる自分が恥ずかしくって、ちょっとだけ好き。
今日も普通に横を通過していく狩屋君。私も狩屋君も視線は合わせないから、目が合うこともない。でも、私のドキドキは止まらなくって、その感傷に浸って思わず目を閉じてしまって…
―――ブッブーッ!!
―――私の耳元に響くトラックのクラクション。細い道を通るトラックと私は接触しかける。
間一髪で避けた―――が、よけた先は大きな川。川にいたカモが一斉に飛び立って、私は川に転落。
ずぶぬれになった私。制服が水を吸って重い。涼しくなった風が寒く感じる。
一瞬狩屋君が助けてくれるんじゃ…なんて夢を見たけど、そんなことないだろう。
男子はこぐスピードが速くって、きっと私が落ちたことにも気づいてない。
不幸中の幸い、上れない土手じゃないし、自転車も壊れてないから学校まではいけるだろう。川から出て、自転車をおして土手をのぼる。
「朝から最悪ね…」
思わず泣き出しそうになる私の目の前に差し出された手は―――白くてすべすべの手。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ちかちゃん…うん、大丈夫よ」
そこにいたのは、やっぱり狩屋君じゃなくって後輩のちかちゃん。とても心配そうな顔で私を覗き込んでいる。
“狩屋君じゃないのね…”なんて思ってしまった私は、自分自身に罪悪感を抱く。
「本当ですか…?遠くから瑠奈先輩が落ちるのが見えて…急いでこいできたんです」
「そうだったの…ありがとう」
「いえいえ!無事で良かったです!」
「本当にありがとう、ちかちゃん。さぁ、学校へ行きましょう」
濡れた制服を少し絞って、再び自転車にまたがる。
―――こういうシチュエーション、助けてくれたのは好きな人…そんな夢みたいな想像は、所詮は想像なのだ。
学校に着くと、濡れた私を見て楓と葵が駆けよってくる。
「瑠奈、どうしたの!?」
「ちょっと川に落ちちゃって…」
「えぇぇぇ!?大丈夫なの、瑠奈っ!?」
「うん、大丈夫よ」
心配してくれる2人とともに更衣室へ向かって、ピンク色のジャージに着替える。
そして先生に事情を説明、私は今日はジャージで授業を受けることになった。
今日は快晴だったため、放課後にもなれば屋上に干してあった制服は綺麗に乾いていた。
「良かったね、瑠奈」
「楓、ありがとう」
朝同様更衣室で、ジャージから今度は制服に着替える。そして、一緒にユニフォームに着替えた楓とともにサッカー塔へと向かう。
「こんにちわー」
楓が挨拶をすると、皆が挨拶を返す。…もちろん狩屋君も。
「瑠奈、大丈夫だった?」
駆けよって来てくれるのは天馬。天馬にはちゃんと笑顔で受け答える。
…仕事柄、笑いたくなくても笑えるようになってしまった。今は学業に専念するため、2年間の休業中だったりする。
「えぇ、大丈夫」
「本当にー…?無理しちゃだめだよ?」
「ありがとう、天馬」
笑いながらサッカーボールのところに向かう天馬はいつも通りで、ひとり気分が落ち込んでいるのは私だけだと思うと、申し訳なくなってしまった。
マネージャーの仕事をこなしながら、お手洗いに入って鏡を見ながら思わずため息。
「“想いニキビ”かぁ…」
前髪の下に隠れている1つのニキビ。おでこにできたら“想いニキビ“と言うらしく、誰かの事を思っていたらできるらしい。
「私…想いすぎ…?」
ちょっと大きめな独り言がトイレの壁に反響する。そしてすぐ恥ずかしくなって、急いでその場を立ち去る。
部活も終わって、自転車置き場。
楓と京介、天馬と葵は一緒に帰ってしまって、私は1人で自転車に向かって帰りの準備。
そして隣には狩屋君。部活が一緒なわけだから、終わる時間も当然一緒。3年生のサッカー部で自転車通学なのは私たちだけだから、ここにいるのも私たちだけ。ちかちゃんは2年生だから、自転車置き場の場所が違う。
…でも、当然話すことなんかなくって。話したいのは山々だけど、話す内容もなければ、話すタイミングもない。
あっという間に支度を終えて、自転車をこぎ出そうとする狩屋君が、いきなり私の方を振り返った。
びっくりしすぎて、思わずのけぞってしまう。
「ご、ごめん」
「い、いえ…びっくりして…どうしたの?」
平然を装って対応するけど、心臓はバクバク。バクバクが止まらなさ過ぎてしょうがない。
すると突然、狩屋君は頭を下げた。何が何だかわからない。
「ど、どうしたの!?」
「ごめん、瑠奈ちゃん」
「い、いや…あの、話がつかめてないのですが…」
するとさらに申し訳なさそうな顔になる狩屋君。そして、ぼそっと呟くように言う。
「今朝…瑠奈ちゃんが落ちたの知ってたのに、後ろからちかちゃんが来てると思って、その…恥ずかしくって助けられなかった。ごめんなさい…」
―――その言葉を聞いた瞬間の、心の温かさを私は一生忘れないだろう。
嬉しくって嬉しくって…嬉しくって。夢みたいだと思ったけど現実で。
「ううん、そんなことないわ。その気持ちだけで十分。ありがとう」
「そっか…それはよかった。あと、いつも思ってたんだけどさ…部活一緒でそれぞれボッチで帰るとか寂しいし、一緒に帰ろうよ?」
…神様、夢ですか?…そんなことすら尋ねたくなってしまうような気持ちだった。
「…えぇ、いいわよ」
「よかった!じゃ、一緒に帰ろうよ!」
「えぇ…!」
そして帰り道。
いつもの川沿いの道が、2人だと輝いて見えるっていう不思議さ。それが恋する乙女、ってやつかもしれない。
少し大きめの車がやって来て、私と狩屋君は一列になる。―――私が前で、狩屋君が後ろ。
…狩屋君は知ってるかな。
前の人の声って、後ろの人にはあまり聞こえないもので、車なんか通ったら絶対に聞こえないの。
それを最大限に利用して、私は小さくたくさんつぶやいた。
「好き、好き、好き、好き、好き…好き、大好き…っ!」