俺はJ1でも優勝候補のサッカーチームのMFだ。
中学時代からの親友の剣城も同じチームで、FWとして活躍している。
まだ俺たちは20歳だけど、高校時代から所属しているチームだから、中心選手として頑張っている。
剣城なんか、去年は得点王を取ったり、本当にすごい活躍をしている。
なんで剣城がそんなに強いのか。
何度か考えて、そして分かった。―――大切なものができたからだ。
―――中2のころから剣城は、幼馴染の楓と付き合っている。
学校1のハイスペックカップルで、何よりとても仲が良くって、高校も県立のレベルの高い稲妻高校に進学した2人。
ちなみに俺も、幼馴染の葵と同じころから付き合っている。高校は残念ながら、俺たちの頭じゃ到底稲妻高校には入れず、雷門高校に進学した。仲のよさだったら、剣城と楓にも負けてないと思う。
そんな剣城と楓は、20歳のときに結婚した。
理由は少し複雑だった。―――楓が妊娠したからだ。俺や葵も、“そういうこと”は何度かした事はあった。でも、俺たちはちゃんと心がけてやっていた。
後から聞いた話だと、楓は白竜と一緒に語学留学をしていた時期があったらしい。その時期だけ、剣城と楓の距離は開いてしまったらしくて…。
―――留学中、楓と白竜は、いけないとわかっていながら、お互いに少し惹かれあっていたらしい。もっとも、白竜は昔から楓が好きだったらしいから、楓の心に隙間ができてしまえば、あっという間だったとか。
一方、剣城も誰かは知らないが、ものすごく自分にアピールする女子がいて、その人に心が揺れたらしい。
でも、戻ってきてから、剣城も楓も自分の過ちを謝って、ただ無我夢中で抱き合ったらしい。
…何も考えずに、無我夢中に。
そして、結果こうなった。
別れを告げた楓に対して、剣城は冷静に、こう告げたらしい。
―――“結婚しよう。俺がお前も子どもも守る”と。
そして、20歳になって子供が生まれた。剣聖くんっていう男の子。まだ生まれたばかりだけど、ものすごく大切な宝物らしい。
守るものがあるということは、本当にすごい事らしい。
―――そして、俺も。
葵にプロポーズをして、オッケーを貰って、結婚式を挙げて、妊娠して…。
もうすぐで、俺にも大切なものが増える予定だ。
「松風、ちょっといいか?」
「あ、はいっ、どうしたんですか?」
しみじみとそんな事を思っていると、先輩に呼ばれてはっとする。
「さっき、剣城の奥さんから電話があったんだが…」
「楓…からですか…?剣城に対して、じゃないんですか?」
「あぁ、お前に、だそうだ。折り返し電話すると伝えたから、電話しといてくれ」
楓からの電話に、少し違和感を覚える。楓は今は育児休暇中だが、世界一の財閥である山吹財閥の女性総帥としてバリバリに仕事をしている。
仮に困ったことがあったとしても、相談するのは夫である剣城だろう。
不思議に思っていると、控室に剣城がやってきた。
―――実は今日は大きな試合がある。その試合前に練習をしていたみたいで、汗を流している。怪我をしてはどうもこうもないから、俺は練習しないけど。
「剣城、さっき楓から電話があってさ」
「楓から…?お前にか?あと、楓も一応剣城なんだから、俺は京介と呼べって何回言ったか、天馬?」
「あぁ、ごめん。でも京介は、葵のこと、空野って呼ぶじゃん」
「それは、お前がいつだったか“葵って言うのは、俺だけの特権なの!”って言うからだろ」
「あ…そ、そんなこともあったかなー…?」
「あったぞ、ばっちり覚えている」
そんなたわいのない会話をしつつ、京介もやっぱり知らないんだと不思議は深まる。
…楓が一体、俺に何の用事だ…?
prrrr…prrrr…
『はい、山ぶ…つ、剣城です』
楓…今、間違いなく“山吹”って言おうとしていた。こういうネタは、あとで京介に報告しようと思う。
「楓、俺、天馬。どうしたの、俺に用事なんて」
すると楓の声は、あからさまに変わった。あせったような声で俺の名前を呼ぶ。
「ど、どうしたんだよ?」
『天馬、落ち着いて聞いてね。―――葵の陣痛が始まったの』
え…どういうことだよ…。予定日は、まだ先だったはずなのに…!?
頭が混乱する。頭が真っ白になる。
「で、でも…まだ、予定日は先だし…!?」
『予定日は、あくまで予定日よ。普通は、早めに生まれるものなの。…今、私が天馬の家に来て、葵の事をみてるんだけど…今日、天馬も京介も試合だから、葵は伝えないでって言っていたの。でも、一応伝えようと思って』
「あ、ありがと…。でも、俺、どうしたら…」
動揺が隠せないまま、スマホを耳から少し遠ざける。刹那、耳元に響いたのは痛々しい悲鳴。あまり聞いたことはないが、間違いなくこの悲鳴は―――葵のものだ。
「葵!」
『てん、ま…っ…しあい、がんば、って…!』
辛そうな葵の声。今すぐに会いたい。支えてあげたい。でも、今から試合で…どうしたらいいんだ。
その瞬間、逆の耳に聞こえてきたのは、京介の声。
「天馬、どうした」
「京介…あの、その…」
『天馬、試合が始まるの?なら、一旦切るね』
「え、ちょ、楓…っ!?」
―――電話の向こうから聞こえてきたのは、ツーツーというむなしい音。
「…天馬?何があった?電話の相手は…楓か?」
「京介…俺、どうしたらいいの…?」
動揺したまま、俺は京介に全てを話した。
全て話し終わった後、しばらくの間があいて―――怒鳴られた。
「バカか、お前ッ!」
「きょ、京介…!?」
「お前は、知らないのか…剣聖が生まれた時のこと」
「…ごめん、知らない。何があったの…?」
京介は、目を閉じてベンチに座った。
「数か月前、今日と同じような大きな試合があっただろ?あの日、実は楓の陣痛も始まっていたんだ。でも、楓のあの性格から、俺にそのことは教えようとしなかった。1人で痛みが引いたときにリムジンで病院に向かって、TVでのサッカー中継が終わったのを見届けた後、電話してきたんだ」
「…楓…楓らしいけど…その、京介は…」
「あぁ。とても悔しかったよ」
また目を閉じて、京介は俯いた。そして、息をふぅ…とはいた。
「電話を貰ったときはすごく焦ったし、どうしたらいいかわかんなかったし…無我夢中で病院に向かって、なんとか生まれるタイミングには立ち会えたんだけどな」
「そっか…」
「だから、俺が言いたいのは」
そういいながら、京介は立ち上がって、俺の事を見下ろした。
「試合のことなんか考えるな。大切な人のために、天馬…行けッ!」
「京介…あぁ、ありがとうッ!」
―――俺は走る。スタジアムから、無我夢中で家まで。走る、走る…。
「葵ッ!」
「天馬、やっぱり来たのね!」
玄関に出てきた楓の発言を聞いて、不思議に思う。なんで、“やっぱり”なんだ…?
「ちょっと、テレビ見て。京介がね、面白いことしてて」
急いでスパイクを脱ぐ。気付かなかったけど、スパイクで走って来てたみたいだった。
テレビに映っていたのは、俺が出るはずだった試合の中継。しかし、試合開始予定時間はとっくに過ぎているはずなのに、試合はまだ始まっていなくて、代わりに映し出されているのは、コートの中心にいる京介だった。
「なんだよ、これ…」
「さっき京介がね、今日は天馬は試合に出ないって叫んだの。それで、皆が今ざわついているところ」
驚きつつ、俺もテレビを見つめる。
『剣城選手!松風選手が試合に出ないって、どういうことでしょうか?』
解説の人が京介に尋ねている。
他のチームメイトや、相手チームのメンバー、サポーターも敵サポーターも騒然としている。
『言葉の通りです!天馬は今日…大切な人が増えるんです!だから、天馬は奥さんのところに向かいました!皆さん!天馬の事、応援してやってください!』
「京介…」
俺は、最高の親友をもったな…。本当にうれしいな。
テレビからは、敵味方関係なく、選手、サポーターから応援の声が聞こえる。
俺は、皆に応援されているんだ…大切な人を守らなきゃ。
―――そんな思いを抱えて、俺は葵を必死に支えた。
楓もサポートしてくれたけど、最後の最後、病院に行くときに励ましの言葉を残して別れた。
そして―――
―――今日、俺に大切な人が増えました。