まだちらほらと粉雪のちらつく三月上旬。
首に巻かれた真っ赤なマフラーをぎゅっと握りしめ、私は大きな稲妻高校の正門を見上げる。
「さすがに6時は早すぎるよね…えへへ」
まだ太陽すら昇っていなくて、あたりは真っ暗。スマホの明かりだけを頼りに、なんとかここまで来てみた。
―――今日は、私たちの卒業式。
卒業するなんてまだ考えられなくて、いつも通り明日がきそうで、何の実感もわかなくて、急に不安になってこんな時間に学校に来てみたわけだ。
グレーを基調とした、このブレザーとスカートを着るのも今日が最後。…というか、制服を着ること自体、今日が最後になると思うと、やはり少しさみしい気がする。
昨日の夜から降っていた雪のせいで、校庭は真っ白に染まっているのがわかった。
ここまで来る道も雪に覆われていて、私はその上を一歩一歩、今までの学生生活を振り返るように踏みしめながら、ここまで来たのだ。
ふいに、背後に人の気配を感じて、身体を固くする。静かに振り返ると、そこには見えにくいが、確かに人影があった。
「だ、誰…?」
「その声…ちかちゃん?」
柔らかい響きのあるこの声を、私は確かに知っていた。よく目を凝らして見ると、長いストレートの髪が見て取れた。
「る、瑠奈先輩…!どうしてここに…?」
―――そこにいたのは、私たちの1つ上で中学校と高校の先輩の、剣城瑠奈先輩だった。
「今日、卒業式でしょ?なんだか懐かしくなっちゃって…私、大学には行ってないから、友達と過ごした時間が本当に懐かしいのよ。だから、仕事の前にちょっと身に行ってみようと思ってね」
瑠奈先輩は微笑して、私と一緒に校門を見上げた。
何を話すでもなく、ただ私たちはしばらくの間、ずっと門を見つめていた。
瑠奈先輩は分からないけれど、私はこの3年間を思い出していた。―――蘭丸君を追いかけて入学した稲妻高校。蘭丸君と一緒に過ごせたのはわずか1年だったけど、その1年だけでもとても楽しかった。
2年生からは、蘭丸君はいなかったけど、楓先輩や瑠奈先輩、剣城先輩が居て、皆で一緒に楽しい思い出を作った。
3年生は、誰もいなかったけど、友達と一緒に楽しい…楽しい思い出を作った。
―――本当に、楽しい3年間だった。
「…それじゃあ」
空がすっかり明るくなってきたころ、瑠奈先輩は目を閉じた。そして、私の事を見つめ、優しく微笑んだ。
「私はもう行くね。…ちかちゃん、卒業おめでとう」
「瑠奈先輩…ありがとうございます。先輩も、お仕事頑張ってくださいね」
「ありがとう。それじゃあ、また」
片手をあげた瑠奈先輩に応えるように、私も片手をあげた。
「はいっ、また!」
時計の針は、いつのまにか7時半を指していて、クラスメートも何人も学校へやってきた。
卒業式当日だというのに、皆いつも通りで、それが普通なような気もするけど、なんだがおかしい気もして、やっぱり不思議な気持ちだった。
「あ、ちか!おはよー!」
「純太くん、真男くん、おはよう」
不意に声をかけてきたのは、中学からの付き合いの降森純太くんと清原真男くんだった。いわゆる幼馴染と言うやつ。
「ちかのお団子、久しぶりだな」
「あっ、気付いてくれた?中学校以来、久々にお団子にしてみましたー!」
純太くんに言われて、私はくるりと回って見せた。―――かつてトレードマークだったお団子は、中学校卒業と同時にやめてしまって、高校ではポニテとか普通に降ろしたりとか、そんな感じだった。
「…懐かしいな、ちかがお団子なんて」
「ふふっ、そーだね…今日で、学生終わっちゃうんだね」
「そうだな…寂しいような、大学とかが楽しみなような…」
何も書かれていない黒板がむなしく見えて、思わず涙腺が緩みかけた。
―――卒業式も、いたって普通に過ぎて、いたって普通に別れて、いたって普通に帰路について…。
「ちか」
雷門中学校正門のあたりで、私は見慣れた愛しい顔に出会った。
「ら、蘭丸君…どうしてここに…?」
「ちか、今日で学生が終わったな…お疲れ」
「…ありがとう」
中学のころから付き合っている彼氏の、霧野蘭丸君だった。
蘭丸君は私の事を抱きしめた。何度も抱きしめられたけど、今日が一番幸せな気がした。
そして、蘭丸くんの足元にはなぜかサッカーボール。
「…何でサッカーボール?」
首をかしげると、蘭丸君はボールを持って中学校の校庭に入った。いいのか不安だったけど、私も後に続いて校庭に入った。
3年前はいつも通っていた道は、やっぱり懐かしい。向かっているのは、足が勝手に覚えている道。3年間、ほとんど休まず通ったサッカーコートへの道。
コートの中心にボールを置くと、蘭丸君は私に向かって叫んだ。
「神童と茜が結婚して、楓と剣城も結婚して、天馬と空野も結婚して…正直、どうしようか悩んでた。でも、俺は決めてたんだ。―――ちかが高校を卒業したその日、プロポーズするって。誰もいないゴールの中心にゴールを決めて、プロポーズするって!」
「蘭丸…君…っ!」
―――正直言えば、ずっとうらやましかった。次々と結婚していく先輩たちがうらやましかった。でも、蘭丸君は、私の事を考えてくれていた。学生を楽しんでほしいという、そんな願いをしっかり持ってくれていた。
「行くぞッ!」
蘭丸君がサッカーをするのを見るのは、高校1年生以来。格段にシュートの威力は上がっていて、大学生なんだなと思った。
―――そのボールは、何の不安要素もなく、まっすぐにゴールに突き刺さった。同時に、蘭丸君のガッツポーズと叫び声。
「ッシャァァァ!」
その姿は愛おしくて、カッコよくって、懐かしくって。
「ちか」
額の汗をぬぐって、蘭丸君は私を見つめた。
「…俺と、結婚してください」
まっすぐでストレートな言葉は、やっぱり蘭丸君だと思った。
「…もちろんです!」
そして、もう一度、抱きしめられた。
―――こうして、私の学生最後の日は終わったのであった。