シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

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第9話 相容れぬPDA

「僕――お、俺のは……」

 

本当のことを言ったらせっかくの関係が壊れてしまうかもしれない。いや、もしかしたらさっき見つけたナイフやクロスボウで、先手を取られる恐れすらある。何より今しがた受けた痛い思いはしたくない。

 

「い、いや……その、おっさんと姉ちゃんのは? そっちを先に教えてよ」

 

「ああ、そうだな……僕のはハートの7だ」

 

葉月は律儀にもこちらに画面を見せて言った。ハートの7……首輪の解除条件は全プレイヤーとの遭遇。長沢が少女に襲われた時に探しに来たのもこのためだったのだろう。

 

「えーと、私のは~スペードのJだね~。はい」

 

渚も今までと変わらない調子で長沢にPDAを見せる。スペードのJを模した絵柄がそこにあった。こちらの解除条件は開始から24時間以上行動を共にした人間が2日と23時間時点で生存していること。このまま葉月と一緒にいるつもりなのか、もっと強そうな仲間を探すのか。いずれにしろその過程で葉月の条件も満たせるため、相性は悪くないのだろう。

 

これは困った。長沢は無意識のうちでどちらかが危険な条件を引いていることを望んでいたのだ。それを理由に逃げるなり、武器を奪って奇襲するなりすればよかった。だが、こうも平和的な条件では――長沢は泣きたくなってしまった。

 

「長沢くんの番だよ~? どうしたのかな~?」

 

急に表情を暗く変えた長沢に渚が語りかける。

 

「あ、あのさ、渚の姉ちゃん。おっさんもだけど……JOKERじゃないんだよな?」

 

それでも長沢は最後の望みをかけて言い掛かりをつける。

 

「じょーかー……? あ~、あれって~別の絵柄に変われるんだよね~? 私が持ってるのはこれだけだよ~?」

 

「僕も目が覚めた時、置いてあったPDAは1台だけだったね。最初の部屋から出る時に確認したけど、あるのはこのPDAと自分の鞄だけだった」

 

長沢の望みは脆くも崩れ去った。しかし渚はそんな心中を知るわけもなく無邪気に言う。

 

「長沢くん、もしかしてじょーかー持ってるの~? あれは~、一人しかもらえないレアアイテムなんだよね~? どんな風に置かれていたのかな~?」

 

「い、いや、俺も持ってないんだけどさ……」

 

「ええ~!? そうなの~? すごく気になるんだけど~……がっかりだなぁ~」

 

話が違う方向に行ってる気がするが、これはこれでいい。このままあやふやになってくれれば……頼むから俺のPDAのことは聞かないでくれ、長沢は祈ったがそれは天に届かなかった。

 

「それで~、長沢くんのぴーでぃーえーは、何番なのかな~?」

 

必死に誤魔化そう、嘘をつこうと頭をフル回転させるがいい案は思い浮かばない。そもそも中学生の少年にとって、年上の女性や大人の男性を騙すことは至難の業である。もはや限界だ。

 

「ぼ、僕のは……」

 

「ダイヤのさ、3……なんだよ、な……ははっ……」

 

 

――おしまいだ。

 

 

長沢は俯いて二人の言葉を待った。きっと自分が同じ班になった時の、嫌悪剥き出しのクラスメートのような顔がこちらに向けられているんだろう。わかっていてもつらいものだった。

 

 

「3……? ってことは……あれ~? チェックポイントを回るやつ~?」

 

渚は真顔で言う。その真意はわからなかったが、すぐに葉月が訂正した。

 

「いや、3の条件は……3人以上の殺害、だね……」

 

「ええっ!」

 

……空気が凍りつく。いつもの長沢ならばこの場で開き直って、武器を奪おうとしただろう。それが出来なくても逆に攻撃されることまで考えて逃げることもしただろう。クラスメートが相手だったら余裕でできた。嫌な教師でも知らない人間でもできただろう。人を殺してみたい、実際にそう思っていたのだから。しかし、それができない。

 

 

この二人となら一緒にいてもいい。

 

 

長沢自身が認めてはいないが、心の奥底でそう思っていたからである。だが、それも終わりだ。じきに関係は終わる。長沢は恐る恐る顔を上げた。

 

だが、不思議なことに、そこには本人の意思に反して想像とは別の雰囲気でこちらを見つめている二人がいたのだ。

 

「大変な条件を引いてしまったね」

 

「長沢くん……」

 

二人の視線が軽蔑や嫌悪などを露わしているようには見えず、本気で心配しているように思えた。ほんの一瞬だが、それは長沢に安堵をもたらした。

 

しかし、かける言葉が見つからないのか、葉月も渚も黙ったままだ。

 

そのまま沈黙が流れ続ける。

 

長沢も多感な年ごろである。二人が自分に警戒しだしたこともすぐに悟った。その上でまだ心配してくれていることも。

 

それは迫害されるよりもつらいことである。邪魔者扱いしてくれれば、嫌な奴だと思い込んで攻撃することができる。この場でそれができなくても、後で会ったときに襲いかかることができた。

 

……大人というのはみんなそうだ。言葉ではなんと言っても本心は違う。それはわかっているはずなのに、何故だろう。この二人を嫌な大人と思うことが出来なかった。

 

考えた末、長沢は自ら沈黙を破りに出た。

 

「ま、まあ、そういうわけだからさ。俺……3人殺さないと首輪が外れないんだ。で、でもこれはこれでいいと思ってる。こんな経験滅多にできないしさ、だからって渚の姉ちゃんや葉月のおっさんを殺すのはちょっと、気が重いから、違う奴を探しに行くよ」

 

いつもと変わらない調子でそう言って見せた。精いっぱい強がってみたつもりだった。

 

「じゃ、じゃあな」

 

「待って、長沢くん」

 

背を向けて立ち去ろうとする長沢を渚が止めた。相変わらず悲しい視線を向けている。

 

「長沢くんは……そんなことができるの?」

 

「大丈夫だって。前から人を殺してみたいと思ってたし」

 

無理に不敵な笑みを作って強がって見せた。

 

「長沢君。いくらこんな状況だからって心にもないことを言うものじゃないぞ」

 

長沢の発言に葉月が眉を曇らせる。彼は長沢が持つ異常な面をまだ知らない。だから普通の少年だと思ってそう言ったのだ。

 

「そうだよ……。それに~、もしかしたら他に首輪を外す方法があるかもしれないよ~?」

 

もしもそうだったらどんなに良かっただろう。いや、それでも人を殺してみたいという黒い欲望が消えたわけではない。あくまで渚や葉月に対してのみ、躊躇するだけの話である。それにこれはいつもプレイしている家庭やネットのゲームではない。現実なのだ。そんな都合のよい話があるわけがない。

 

二人の優しい言葉が心に痛い。

 

だから否定しようとした。心おきなく立ち去れるように。

 

「俺だってさ、気が変わるかもしれないし……それに渚の姉ちゃんたちだって、俺がそうなったらやられる前にやるだろ?」

 

「長沢くん、私たちはお友達でしょ……? そんなことできるはずがないわ」

 

まだ見限ってくれなかった。本当は嬉しいはずなのに。

これ以上一緒にいては本当にゲームをクリアできなくなってしまう。それではいけない。

 

「……さよなら」

 

長沢は消え入るような声を絞り出すと、素直でいた頃の感情を振り切るように、ドアを開けて外へ飛び出していた。

 

「駄目だ、一人で行っては……!」

 

「長沢くん!!」

 

――渚と葉月が呼び止める声が聞こえたような気がした。

 

 

いつのまにか涙が溢れていた。

 

 

自分が不幸な目に遭えば嘲笑するクラスメートたち。

 

授業で質問に答えられず、恥をかいた時。

体育で無様な成績をはじき出した時。

ペアを作れば半端なあまりとなって、取り残された時。

休み時間に話し相手がいなくて一人でいる時。

 

自分の性格のせいもあったとは言え、誰も自分を周囲と同等には扱ってくれなかった。そういう人間ばかりだと思っていた。

 

早くここから離れようと、長沢は走り出した。泣き顔なんか見られたくはなかったから。でも、涙を止めようとすればするほど、自分と普通に接してくれた二人の笑顔が嫌でも浮かんでくる。それはまた新たな涙を流そうとする。

 

 

(……お友達、か……真奈美)

 

 

消え入るような声で渚は呟いていた。

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