長沢勇治 3 9.2 3人の殺害
矢幡麗佳 ? 5.2
色条優希 ? 10.6
漆山権造 ? 6.1
手塚義光 ? 3.5
陸島文香 ? 6.0
郷田真弓 ? 4.8
御剣総一 ? 4.3
姫萩咲実 ? 8.6
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葉月克巳 7 7.4 全員との遭遇
綺堂渚 J 6.7 24時間一緒にいた人間の生存
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修学旅行や遠足の班員を決める時、代表は好きなクラスメートを一人ずつ交互に取っていく。そして最後には必ずと言っていいほど自分ともう一人が残る。そこで二人の代表は熱くなる。どちらが長沢を取ることになるのか。くじ引きならハズレを引いた方である。そして自分を班に招き入れる方の代表は決まって、嫌味や文句を周りに聞こえるような声で言い始める。それは決められた儀式のように。ばつが悪くなり、しぶしぶと席に戻る。その夜はネットで荒れるのだ。
教室ではその光景が常だった。二者択一で自分が選ばれることなど絶対にないと思っていた。
――ガッシャーン!!
そんな不遇な学校生活の想像も大きな音と共にかき消された。シャッターが下りきった時、優希は長沢にしがみついていたのだ。
「間に合ってよかった……。えへへ、お兄ちゃんの方に来ちゃった」
「お、おい、優希……」
「なあに?」
「な、なんで俺の方に来たんだよ!?」
優希を責めるつもりなど毛頭ない。その質問の意味は率直だった。自分と文香ではどう見ても文香の方が一緒にいて安心だし、信頼できるはずだ。
「なんでって……お兄ちゃんと一緒にいたかったからだよ」
長沢の首輪解除の条件がわかっていないとは言え、この非常時にはあり得ないことである。何よりストレートに好意を向けられたことに驚いていた。長沢が黙っていると優希は続けた。
「お兄ちゃんはわたしのナイトなんだよね? 手塚お兄ちゃんが言ってたもん。てへっ」
長沢は言葉を失った。本当に嬉しかったのだ。普段ならば、こんなゲームで起きるようなイベントが起きるわけないだろうと、おかしな部分を探そうとするのだが、今は違う。そして優希は自分を選んでくれたのだから。
「さ、早く行こっ。総一お兄ちゃんと咲実お姉ちゃんを待つんだよね?」
「あ、ああ」
優希は長沢の腕を取ると一緒に歩き出した。
その頃、シャッターの向こうでは文香が険しい顔で呟いていた。
「はぁ……なんで長沢君の方へ行っちゃうかなぁ。あたしってそんなに魅力がないのかしらね」
冗談めかして自分の感情を抑えようとするも、眉がつり上がっていくのがわかる。この時、鏡を見たら本当に怖い顔なんでしょうね、自分でもそう思うほどだ。
――生意気よ。子供のくせに……!!
「なんてね……。でも、これであたしの仕事はやりやすくなったのかしらね。予定より少し早くなったけど……やれる時に進めておきましょうか。うふふ」
「あっ! お兄ちゃん、あの人……」
十字路に差しかかった途端、左側にその姿を見つけた優希は手を振りながら無邪気に呼びかけた。
「手塚お兄ちゃーん!」
「お、おい……! 優希、待て!」
だが、長沢はあまり関わらない方がいいと判断した。せっかく手に入れた武器も文香に没収されてしまった以上、もしも襲われたらかなり不利だ。いや、むしろその確率の方が高い。しかし、時すでに遅く、手塚は二人を認識するとこちらに向かって歩いてくる。
「なんだぁ? お前らデートか? 気楽なもんだねぇ。こっちはしがねえ一人旅だってのによぉ……」
手塚は最初に会った時と変わらない調子で話し出す。長沢が目をやったのは彼の腰にぶら下がっているコンバットナイフ。そして、胸ポケットに差さっている小さな投擲用のナイフだ。
――あいつの時と同じじゃないか……!
長沢は襲いかかってきた少女のことを思い出し、血の気が引く思いをした。今すぐ優希の手を引いて逃げようかと思ったほどだ。
「おいおい、そんなに怖い顔しなさんな。何もお前のお姫さんを奪おうってんじゃないんだぜ?」
長沢の表情、そして視線が自身のナイフに向かっていることに気付き、手塚は身振り手振りを加えて話しかける。
「それじゃ、な、何しにきたんだよ!?」
「……通れると思った通路にゃシャッターが下りてやがるし。おかげでまた回り道しようってところに、お前らと鉢合わせしたってわけさ。で、お姫さんに呼ばれたから来ただけだっつーの」
手塚は俯き加減で煙草を取り出すと、火をつける。
「って、なんで、ここの連中は俺を見るとそんな身構えるかねぇ? 人を見かけで判断するな、なんてのは今時小学生でも知ってるはずなんだが……あれだ、ゆとり世代ってやつか?」
「もしかして、シャッターってわたしが罠で下ろしちゃったやつかなぁ?」
「あ……? そいつぁ何の話だ?」
優希は罠によって二度分断されたことを説明した。
「なるほどな。犯人はお前らってか。それで組み合わせが変わり変わって二人っきりってわけだ。だが、御剣と連れの女なら見てねえぜ。例の受付嬢もな……っと、んじゃ俺はそろそろ行くぜ」
手塚は壁に寄り掛かった身を起こし、去ろうとする。話が終われば何か仕掛けてくるのではないか……そう思っていた長沢は内心ホッとしていた。しかし意に反して優希が手塚の背中に呼び掛ける。
「ねえ、手塚お兄ちゃんも3階まで一緒に行こうよ」
手塚は足を止めると振り返る。まさか自分と一緒に行こうなどと声をかけてくる物好きがいるとは。……首輪の条件によってはそれに応じて利用しただろう。しかし、手塚の場合、下手につるむよりも単独行動の方が安全なのだ。
「わりぃな。大人ってやつぁいろいろ忙しいんだ。そこのナイト君にしっかり守ってもらいな」
手塚は背を向けると、そのまま長沢たちに手を振りながら奥の十字路を曲がっていった。長沢はしばらく手塚を目で追っていたが、特に何か起こる様子はない。本当に何もしてこないとは……。まあ、これはこれでいいか。そのまま優希と共に歩き始めた。
――だが、この先に出会う人間すべてがそうである保証はない。
「はぁっ、はぁ……」
その頃、男は息を乱しながら獲物を探していた。
「どこだ……? どこだぁ……!!」
首をしきりに動かしては甘い妄想に悶えつつ、やっとの思いで歩を進めていく。PDAの地図を見ながら行けばいいものを、それが面倒になるくらい男の妄想は彼から余裕と理性を奪っていた。
「くそぉ……!! 出て来いっ……!! 小娘ぇぇ……!!」
大声を上げて出て来てくれるのなら苦労はない。むしろその行為は敵に居場所を教えてるようなもので逆効果だということすらわかっていないのだ。とは言え、目標の方が目標であることに気づいていなければ話は別である。
「ねえ、お兄ちゃん……誰かの叫び声がしなかった?」
「ああ。俺も聞こえたよ。男の声だったよな? ちょっと見てくるよ」
残念ながら、3階へ行くには声のした方へ行かなければならない。それでも声の主が葉月や総一の可能性だってあるのだ。長沢は壁際を伝って慎重に歩き、わずかに身を乗り出して奥を覗き込んだ。すると、ゆっくりと男がこっちへ向かって来ていた。
――あれは。
長沢は思い出して目を鋭くした。漆山権造。優希にしつこくちょっかいを出そうとしていたエロオヤジ。しかもロリコン。それだけならば怖れることもなかったのだが……
「なんか、やばそうだな……」
目は血走り、恐ろしい形相で荒く呼吸を繰り返しながら、口を半開きにして歯を食いしばり、キョロキョロと周囲を見回す。どう見てもおかしい。以前見た時とは明らかに雰囲気が違っていた。こいつは挙動不審なただのエロオヤジだったはずだ。それにあんなに怖い顔はしていなかった。
まるで催眠術にでもかかっているかのように見える。何がこの男をここまで変えたのだろう。PDAの条件のせいだろうか。
しかし、長沢にとって漆山はそう怖い相手でもなかった。イヤらしいし、嘘はつくしで、どちらかと言えば舐めてかかっていた。この時点ではもしもスタンガンがあったらイタズラしてやるのに、くらいにしか思わなかったのだ。
だから、彼が右手に持っている何かが抜き身のナイフであることに気付いた時は焦った。
「……!!」
あの顔つき、雰囲気、そしてナイフ。前に襲ってきた少女と同等、いや、それ以上に危険だ。長沢は即座に来た道を引き返し、優希に見てきたことを伝えようとした。だが、その必要はなかったのかもしれない。長沢の表情が全てを語っているのだから。
「どうしたの、お兄ちゃん……?」
不安が伝わったのか、優希の表情にも怯えの色が浮かぶ。その原因を早く確かめたいのか、優希は長沢と入れ替わるように角から身を乗り出し、奥を覗こうとする。
「おい、ま、待て! 優希!!」
長沢が止めようと優希の肩に手をかけた時にはもう手遅れだった――。
「……お、お前たちぃっ!!!!」
距離にして約10メートル。すぐそこまで漆山が迫っていたのだ。
「あっ……ああ……!!!」
まともに至近距離で顔を合わせた優希は、一瞬恐怖で身動きが取れなくなった。しかし本能が身体を突き動かし、なんとか振り返る。
「お、お兄ちゃん! 逃げようっ!! あのおじさんが……ナイフを持って……!」
「わかってる、行くぞ、優希!」
長沢は優希の手を引くと全力で走り出した。しかし、漆山も血走った目をさらに見開いて鬼の形相で迫って来る。
「待てぇっ!! 俺にその子を渡せえぇっ!! 俺の……俺の女が欲しがってるんだぁぁぁぁっ!!」
……どう見たってモテそうにない漆山が言う俺の女という言葉に違和感を覚えたが、今はそんなことを考えているところではない。
「はぁっ、はっ、いや、いやだよ……お兄ちゃん、助けて……!」
「だ、大丈夫だ……ぜぇ、ぜっ、捕まるもんか!」
「はっ、ははぁっ、はっ! ま、待てぇぇええぇぇっ!! 」
いつか国語の教科書で読んだ戦争の話。そこの挿絵に空襲の後、地上は火事となり民間人が炎の渦に追われて逃げ惑う描写があった。それはおそらくこんな気分なんだろう。それに漆山が言う、その子というのはどちらを指しているのだろうか。どっちにしろナイフを持って迫ってる時点で、碌なことではないのだが。
――クソッ、スタンガンがあったら!!
ない物ねだりをしても仕方がないことはわかっている。それでも、こんなことならケンカになってでも文香に武器を渡すんじゃなかった、と後悔した。考えごとをしている余裕があるのも漆山が相手だからか、それとも優希と一緒だからだろうか。
「はぁ、はぁっ……はひっ……はぁっ! に、逃がすかぁ!!!! 小僧ぉぉっ!!!」
漆山にとってもこんな好都合はなかった。何せ目標の子供が二人きりで行動しているのだ。しかも、もう一人も子供である。運動が苦手な長沢だが、小太りな漆山も足が速いわけではない。若い分、長沢の方に分があるものの優希と二人となると話は違ってくる。
「はぁ、はぁ、ちくしょうっ……しつっこいぜ!!」
「はぁっ、はぁ……お、お兄ちゃ……きゃっ!」
――しまった!
長沢の手が急に軽くなったかと思った瞬間、優希が転んだ。速さについて来れなくなったのだ。振り返ると、優希の目の前まで漆山が迫っていた。情欲と狂喜を宿した目で今まさに優希に覆いかぶさろうとしている――!
「ゆ、優希!!」
「はぁっ、はぁ、はっ……うへぇ、おとなしくしろぉ! 俺の女がお前を……ぐえっ!?」
「きゃあっ!」
何も考えていなかった。PDAのことも。首輪の解除の条件も。どうすれば自分がカッコいいかということも。相手がナイフを持っているということも。
気が付いたら、長沢は漆山に体当たりしていたのだ。漆山がわずかによろめき、腕からナイフがこぼれ落ち、優希が逃れる。
「優希、逃げろっ!!」
「で、でもっ! お兄ちゃんが!!」
「いいから! 早く行けってんだよ!!」
「小僧ぉぉ!!! よくもぉ!!!!」
「うわっ!!」
漆山の拳が長沢の頭に振り下ろされた。鈍い衝撃が長沢を襲う。相手は激情に任せて本気で殴ってきているのだ。怖い教師や父親のそれとはわけが違う。そのまま漆山は長沢の上に乗ると二発目の拳を繰り出した。
「ぐあっ!」
殴り合いのケンカなどしたことがなく、普通のケンカでもまともに勝ったことのない長沢にとって、頬を殴られるのはゲームや漫画で見るよりも痛い。それでも長沢の視界の端に走り去っていく優希の姿が見えた時は安堵した。無事に逃がすことが出来た……そして、負けるところを見られずに済む。
「はぁっ……はぁっ! き、貴様のせいで……貴様のせいでぇぇ!! 貴様から先に殺してやる!!」
漆山はナイフを拾うと長沢の首めがけて振り下ろした。
「う、うわああああああああっ!?」
長沢は辛うじて漆山の手首をつかみ、切っ先を逸らす。漆山は再びナイフを振り降ろそうとするが長沢は漆山の腕を両手で押さえる。
「こ、このおっ! おとなしく……死ねえぇっ!!」
「ぐ……くくっ……! この……やろ……!!!」
もはや漆山は正気ではなくなっていた。その目には狂気の色を含んでいる。郷田の願いを果たした後に起こること……そのことだけで彼の頭は満たされていた。完全に郷田の虜になっていた。
――真弓のためになら、初めての彼女ができるのなら、あんなことやこんなことのためになら、俺は……俺は悪魔にだって魂を売るぞぉぉぉぉぉ!!
そして見事に悪魔に魂を売り渡した結果、漆山は男として大切なもの――人間としてのプライドを自ら破壊してしまったのだ。今の彼は情欲に支配された哀れなマリオネットである。
「しぶとい小僧がぁっ!! 人の恋路の邪魔する奴は地獄に落ちろぉぉっ!!! 俺の女の願いを叶えてやれるのは俺だけなんだぁ!!」
先ほどから繰り返される俺の女……つまり、誰かに命令されてやってるのか? だが、考えている余裕はない。漆山のナイフを持つ手にさらに力が加わる。もう少しで欲望がかなったところを邪魔されたため、その憎悪の念が後押しして更に力がかかる。
「うる……せえ……っ! 何が……俺の……女だ……!! ロリコン……変態オヤジの……く……せに……!! お前みたいな……大人……こそ、死んじまえっ!!」
どうせ勝てないのなら、と長沢は悪態をつく。精いっぱいの抵抗のつもりだった。だがそれは無情にも相手の怒りに火を注ぐ。
「言ったなぁぁ!! 小僧ぉぉ!!! 今度こそ殺してやる!!! 貴様がQならばぁ、一石二鳥だぁぁ!!!」
漆山はナイフを右手に持ち変えると左手で長沢を激しく殴打した。
あまりの衝撃に長沢の手の力が緩んだ――
「う……くく……!」
「はぁ、はあっはは、トドメだ、小僧! 死ねええぇぇぇぇええええ!!!」
漆山は自由になった右手のナイフを長沢に真っ直ぐ振り下ろす。
――ダメだ! やられる!? 長沢がそう思った瞬間……ほんの一瞬のことだった。
――ドガァア!!!
「がべぇっ!?」
……漆山の身体が宙に舞い――
「ぶげべばぇ!?」
半回転して顔から反対側の壁に激突した。
「な、なん……だっ……!?」
長沢はとっさにナイフから身を守ろうと交差させた両腕を解き、身体を起こすとそこには見たこともない大きな男の影があった。身長は手塚よりも高く、年齢は30代半ばだろうか、おじさんと呼ぶには少し早いのかもしれない。状況を整理すると、凄まじい速さでこの場に躍り出て、漆山の顔面に一撃を加えたようだった。
「お、おっさん……だ、誰だよ……?」
「…………」
「はぁ、はぁっ……! お兄ちゃん、だいじょうぶっ!? あっ……!」
「ゆ、優希……!」
優希の手にはナイフが握られていた。両手で持って胸の前で構えている。
「この人、誰……?」