長沢勇治 3 8.5 3人の殺害
矢幡麗佳 ? 5.2
色条優希 ? 9.8
漆山権造 ? 9.4
手塚義光 ? 3.5
陸島文香 ? 6.0
郷田真弓 ? 4.8
御剣総一 ? 4.3
姫萩咲実 ? 8.6
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葉月克巳 7 7.4 全員との遭遇
綺堂渚 J 6.7 24時間一緒にいた人間の生存
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その男は何も答えずに漆山の様子を窺っている。漆山は壁に手をついてよろよろと立ち上がったが、ダメージが大きいのか足元がふらつき、再びこけそうになる。その姿は滑稽というより他なかった。
「ぐお……おぉ、ぐはっ……うおあぁ……」
それでも壁に手をつき、必死に立ち上がる。ナイフはもう片方の手に握ったままだ。
「ひっ……はぁ、はぁ……な、なんだ……貴様はああぁぁぁ!! 邪魔するなぁ!!」
あと一歩のところを阻まれた漆山は、痛む顔を抑えながら怒号を上げ男に襲いかかる。だが、男は動じずに振り下ろされた右手のナイフをかわすと、その手をつかんで締め上げた。
「ぎゃああっ!! い、痛てえぇぇ! う、うわっ?」
漆山が痛みのあまりナイフを落とすと、男は彼の右足を刈り、ジャケットの襟首をつかんで背負い投げの要領で地面に叩きつけた。
「ぐふぅっ……がっ!」
「す、すげえ……え?」
長沢は男の見事なまでの格闘術に驚いていたが、それだけでは済まなかった。男は倒れた漆山の顎を押さえて上を向かせると、懐からPDAを取り出し、漆山の首輪に差し込もうとする。
「なっ、何をする!? ひ、ひぃっ! や、やめっ!! やめろっ! ひぃぃーーーっ!!」
男の思惑に気付いた漆山は顔をぶんぶん捻って逃れようとする。苦し紛れに両手足をバタつかせるも、力の差は歴然であり男を押し返すことはできなかった。
勝利を目前にして一気に奈落の底へ。ここに来てようやく漆山は男が自分に敵対する意思を持ってることに気付き、我に返る。そして自身の命が危機に晒されていることも理解すると、郷田への下心や欲情もどこかへ吹き飛び、邪魔された怒りは死への恐怖に変わる。ついには死にたくない一心で命乞いを始めた。
「ま、ま、待てぇ! お、俺がぁ……わ、悪っ……かったぁぁ! ひぃぃぃっ! 俺はまだ、死に、死にたくねぇぇっ!! ひ、ひぃぃ!! は、離せ! 離せぇえぇえ!!」
「…………」
しかし、男は一向に手を緩めない。当然、長沢も優希も助けるはずがなく逆に男の方に見とれていた。男の持っているPDAが漆山の首輪に接続するまであと数センチ――――
その時だった。
カランッ――
男と漆山の背後で何かが転がる音がした。
「え……? お兄ちゃん、あれ、なあに? 何だか筒みたいだよ?」
優希が言葉を発すると長沢が反応するより先に、男が背後をわずかに窺った。……瞬間、男は漆山を捨てるように真横に滑らせると、PDAをしまい、弾かれたかの如く長沢たちの方に突進してきた。
「え、えっ……?」
「逃げろ! 銃撃が来るぞ!!」
言葉を発するより先に、こちらへ向かってくる男の速さと表情、その迫力に押され長沢は振り返って走りだそうとした。その時――
バンッ――!!
漆山の後ろに転がっていた何かが炸裂した。
「きゃっ……お兄ちゃん……!?」
優希の声に振り返ると背後は煙で一面が覆われ、何も見えなくなっていた。男も優希も漆山も。
「優希!? 優希……!!」
「助けて、お兄ちゃん……! どこ……? ごほっ、ごほっ……目が、目が……見えないよ……!」
「げほっ、がはっ……お、お、おのれぇ!! 誰だぁぁ!? がはっ! おえぇっ!」
長沢は声のする方へ手探りで優希を探しだそうとしたが、既に優希は煙に紛れていてどうすることもできずにいた。下手に探そうとすれば、自分も煙に巻き込まれてしまう。最悪、漆山に捕まることも……その時、何か乾いた音がした。
「えっ」
パンッ!! パンッ!!
まさか――
次は立て続けに二回。男の言葉を思い出した。
――銃撃が来る。
「優希……優希!!!」
撃たれる……? 逃げなくてはいけない。だが、優希を置いて行くわけには……! 迷っているうちにも煙はどんどん広がって来る。
「ど、どうすりゃいいんだよ……!? う、うう……こ、こうなったら……!」
長沢が意を決して煙の中に飛び込もうとしたその時、煙の中から優希を肩に抱えた男が飛び出してきた。
「お、おっさん!? 優希は……」
「被弾は免れた。走るぞ、少年!」
長沢は我を忘れて走った。何が何だかわからなかった。漆山と戦い、もうこれまでかと思っていた矢先に、目の前の男が乱入してきて、次は煙が噴き出して……そして銃声。だが、今は男の言う通り逃げるのが先だと思った。
――パンッ!! パンパンッ!!
またも銃声が響く。後ろから叫び声が聞こえたような気がするが構っている暇はない。
「はぁ、はぁ、はっ……」
何度か十字路を曲がり、部屋に飛び込む。不幸中の幸いか、襲ってきたと思える敵も深追いはしてこなかったようだ。かなりの距離を走ったような気がするが、不思議と一瞬に感じられる。銃で撃たれるという本物の恐怖、そして殺されかけたことがそう思わせるのだろう。一息つくと長沢は目の前の男にまくしたてる。
「い、一体、何なんだよ、おっさん! どうしていきなり煙が出て来て、撃たれなきゃならないんだよ!?」
「……わからん」
「わ、わからんって……? そうだ、優希は!?」
男は優希を肩から下ろすと、木箱に寄り掛からせるように座らせる。どうやら意識を失っているようだ。
「大事ではない。数分で意識を取り戻すだろう」
優希が無事だったことに胸をなでおろしたものの、長沢にとって男が現れてから起きたことはわからないことばかりである。それに、どうして自分を助けようとしたのかも。
「な、なんで俺たちを助けてくれたんだ!?」
「お前たちならば、話ができそうだと思ってな。もう一人の方は明らかに害意を持っていた。ならば排除するのが妥当だと判断した」
「は、排除って……」
「言葉通りだ」
男は顔色一つ変えずにそう言ってのけた。確かに長沢自身も人を殺してみたいなどと思っていた。特にネットではそう発言するたびに他の閲覧者が驚いて反応してくれる。それによって自我が満たされ、無力な自分から少しの間、目を背けることができた。……だが、この男は何かが違う。長沢自身がやっているような、周囲の反応を気にして自分を大きく見せようとするための発言とは思えない、静かな迫力があった。
「それじゃ、その後に起きたことは……? なんで銃撃が来るってわかったんだよ!?」
「それに気付いたのは、このお嬢さんのおかげだ。発煙筒で視界を遮り、混乱に陥れた後に来るのは?」
「……あ」
ゲームでは当り前に使う作戦も、現実となるとそう簡単には判断できないものだった。
「どんな条件の持ち主かはわからんが、厄介な敵がいる、ということだ。それもこの階にな」
長沢は男の言葉を聞くと改めて身震いした。理由はともかく、銃声の主は確実にこちらの命を狙ってきているのだ。漆山だけでも手一杯だというのに。
しかし、男の方はそれほど怖れてもいなかった。相手側が混乱している状況で拳銃を持っているのなら、わざわざ煙幕を張る必要はなかったはずだ。むしろ普通に狙撃した方が効率が良い――だから、男にとってはこの階では見つからなかった拳銃や発煙筒を持っているという事実の方が脅威だったのだ。
「ん……んん……?」
長沢が嫌な想像を廻らせていると、優希がゆっくりと目を開いた。
「ゆ、優希……大丈夫か!?」
「……お兄ちゃん……? お兄ちゃん!!」
優希は起き上がるや否や長沢に抱きついた。
「……ぐすっ、怖かったよう……真っ暗で、鉄砲の音がして……」
――夢か幻か。長沢は優希以上に戸惑っていた。学校では誰にも相手にされない嫌われ者が、少女に泣きつかれている。本来ならば何か裏があるのではないかと勘繰ってしまいそうな場面である。だが、その必要はないことはここに至るまでの経緯が物語っていた。
「わたし、ね……お兄ちゃんのこと、助けよう、って思って……近くの部屋、でナイフを見つけて……そしたら……」
「ああ、いや、このおっさんが助けてくれたんだぜ。俺は別に……」
泣きじゃくる優希を窘める長沢を、男は軽く制した。
「あの中年と戦い、お嬢さんを守ったのはお前だ。誇りに思っていい」
「で、でもさ、おっさんが来なかったら、お、俺は……」
「そのお嬢さんを見捨てて逃げるという選択もあっただろう。だが、お前はそれを選ばなかった」
「あっ……」
そうだった。そんな方法もあった。それなのにどうして優希を守ろうとしていたんだろう――男に言われるまで考えもしなかった。
「そして、このPDAだ」
「!!!!」
男の手には長沢のPDAがあった。ダイヤの3――
それを見た途端、長沢は自分のポケットを漁り出す。だが、当然入っているはずのPDAがそこにはない。
「ど、ど、どうやって取ったんだよ!?」
「お前が中年と戦っている最中に落としたものだ。身辺には気をつけた方がいい」
そう言うと男は長沢にPDAを差し出す。
「首輪の解除条件は3人の殺害……間違いないな?」
長沢は優希の方を窺いながらPDAを受け取る。自分の条件がバレてしまっては……。しかし、こうも目の前で言われては隠しようがなかった。
だが、優希は特に気にする様子もなくきょとんとしている。
「だいじょうぶだよ、おじちゃん。お兄ちゃんは守ってくれるから……わたしを殺したりはしないもん。あ……それと、わたしのも教えてあげるね。クラブの4だよ」
優希は躊躇う素振りも見せず、男と長沢にPDAの画面を見せた。長沢は意外な反応に驚いていると、男は初めて笑みを浮かべた。
「……どうやら、深い信頼関係にあるようだな」
「うん! だってお兄ちゃんはね、わたしの……ナイトなんだもん……ふわぁ~」
安心したら眠くなったのか、優希は瞳を半分閉じながら言う。ゲーム開始から約16時間が過ぎていた。眠くなるのも無理はないのだろう。そんな優希の姿を見ると長沢もあくびが出てくる。
「そうだ、まだ聞いてなかったな。俺は高山浩太。雇われ傭兵をやっている。お前たちの名前は?」
「僕――いや、俺は長沢勇治」
「わたしは……色条、優希……だよ」
「了解した。今日はここで休んだ方がいい。そこの木箱に缶詰を見つけた。戦闘糧食の常備は怠るな。腹が減っては戦はできんぞ」
高山はダンボールから毛布を引っ張りだすと、長沢たちに掛けた。
「ありがと、おじちゃん……おやすみ……な……さぁい……」
優希はやっとのことで呟くと、深い眠りに落ちていった。一方、長沢は高山の言う「傭兵」ということが気になったものの、それよりも睡魔が上回り、尋ねようと思った時には寝入っていた。
――二人の寝顔を見ながら過去に思いを馳せる。独裁国家の紛争。反政府側の傭兵として戦った遠いあの日。脳内麻薬で精神を強化させられた敵側の少年、少女の兵が奇声を上げながら、機関銃を乱射する姿。笑いながら手榴弾を手に突撃してくる姿。正義を謳い攻撃を戸惑った仲間が次々に犠牲となり、自身は鬼と化した――
あれから常に感情は殺してきたつもりだった。それができなければ次は自分が倒れるのだから。だが――
「いよいよ、今回は俺の番かもしれんな……」
高山は懐にPDAをしまい直すと、そっと部屋を出ていった。
画面にはハートが10個並んでいた――――