長沢勇治 3 9.5 3人の殺害
矢幡麗佳 8 Death 近距離でPDAを5つ破壊
色条優希 4 9.8 首輪を3つ取得
漆山権造 A 7.1 QのPDA所有者の殺害
手塚義光 ? 3.5
陸島文香 ? 6.0
郷田真弓 ? 4.8
御剣総一 ? 4.3
姫萩咲実 ? 8.6
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葉月克巳 7 7.4 全員との遭遇
綺堂渚 J 6.7 24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太 10 2.6 首輪が5つ作動
人を殺してみたい。
ずっとそう思っていた。学校で嫌な目に遭わされる度に無力な自分を恨んだ。だから無敵のヒーローになれるネットにのめり込んでいった。いつか本当に憎たらしいクラスメートを殺して、自分の力を知らしめてやろう。いや、それができなくても、本当はできるということをネットで認めさせてやろう。
その願いは叶おうとしていた。数分前ならば正に人を殺せる状況にあった――
だが、実際はどうだろう。長沢の本能は殺すどころか、助けようとしてしまっていた。それに、どうして涙が出てくるんだろう? 人を殺してみたいんじゃなかったのか? 生きて帰りたくないのか? 麗佳の言った通り、止めを刺せば首輪解除の条件に一歩近づいたはずだ。
――死体を見たら胸が弾むのではなかったのか? ネットからダウンロードしたゲームで人を殺し、その死体を見てワクワクしていたのは誰だ――?
それなのに、なぜ……
動かなくなった麗佳を見ても悲しくなるだけだった。
俺はこんなことがやりたかったのか? こんな場面を見たかったのか?
あの少女みたいに人を殺して喜びたかったのか――?
「僕は……俺は……」
しばらく考え続けたが、答えは出てこなかった。
残りの生存者数、12人。
唐突に鳴りだしたPDAを確かめると、無情にもツールの効果が現れていた。
――優希が待っている。
長沢は立ち上がると、麗佳が使っていたクロスボウと矢を拾い直した。拳銃より速射性や破壊力は劣るが何もないよりは遥かにマシだろう。すぐにでも戻ろうかと思ったが、散らかっている床を見るとこのままではいけないような気がした。
長沢はバッグからバラ撒かれた麗佳の化粧品を一つ一つ拾っていく。そしてしまおうとしたところで、ふと考えた。
「いや、やっぱり優希にはまだ早いか……」
手に握ったチークや口紅などを見て一瞬、誕生日プレゼントの話を思い出したが、すぐに頭を切り替える。改めてそれらをバッグにしまうと麗佳の傍らに置いた。
「……これはもらってもいいかな」
一緒に落ちていたコーヒー味のキャンディをポケットに入れると麗佳の方を振り向く。
「麗佳の姉ちゃん……絶対に仇は取るからな……だから、これ、借りるぜ」
長沢はクロスボウを握りしめると、半開きになっていた麗佳の目を閉じた。自分も目を閉じて心を落ち着けると徐に立ち上がり、歩き出す。
早く優希のところへ戻らなくてはならない。
しかし、こんな場面に出くわしたばかりではそうそう心が落ち着くはずがなかった。歩は進めども心ここにあらずという感じである。前を見ているはずなのに、目の前の景色が瞳に映らない。映るのは心でささやく自分の声が作り出した世界である。
――わかるか? お前はあの少女と何も変わらないんだよ。
長沢の心にもう一人の自分の声が呼び掛ける。またあの質問だ――
最初から武器を持っていたらどうしていたんだ? 麗佳の後ろ姿を見つけた時、優希が助けを求めてきた時、漆山が息を乱して追いすがってきた時、そして、あの少女とすれ違った時……。
その時、お前はどんな顔をして相手に武器を向けるんだろうな? 3人の殺害が条件のお前が――。俺のために死ねと笑うんじゃないのか? あの少女のような顔をして。
そして武器の威力を自分の強さと勘違いして、調子に乗った挙句の果てに返り討ちに遭う――そんな無様な姿こそが、お前に似合いの――
――うるさい! 黙れっ!!
僕――俺は、こんな悲しいことがやりたかったんじゃない……!
心に流れてくるもう一人の自分の問いかけを必死に否定する。
長沢はここに来て初めて理解し始めていた。人を殺すということは一対一の問題ではない。それこそ、殺された側に関わる人たち全員に影響を与えるということを。こんな狭い空間の中でもこれほどの感情を動かす。ならば日常で人を殺したりなんかしようものなら、どうなっていたことか。
自分で生み出す考えに対して反論することができない。
……いつからだろう。人を殺してみたいなどと言うようになったのは――?
だが、いつまでも悩んではいられない。拳銃が当たり前に手に入るかもしれない場所にいるのだ。長沢は考えを振り切ると小走りに歩き出す。早く戻らねばならない。
それでも、ふと気がつけば堂々巡りの自問自答が始まって足を止めている。優希のところへ戻るのが先だ。しかし、こんなカッコ悪い状態で彼女の前に現れるのも……。
そんな考えの連鎖に集中していたものだから、目の前にあの少女が現れたことに気づくのが遅れたのだ。
「ほうら、やっぱりここにいた」
「!!」
先ほど麗佳を殺害した少女はPDAを片手に、長沢の方を見た。ニヤつきながら瞳を釣り上げると、今まさにホットパンツから拳銃を引き抜いた――!
「こいつ……!」
麗佳が目の前で殺されたことで、良くも悪くも精神的に固まっていたのだろう。長沢は反射的にクロスボウを構えると迷うことなく引き金を引いた。
「……きゃっ!?」
少女は突然の先制攻撃に驚いて身をかわす。まさか長沢が先手を打ってくるとは思いもしなかったのだ。だが、高速で飛び出したクロスボウの矢は、少女にかすりもせずに脇を通り過ぎていった。
「あっはははは! 当たらないわよ!」
少女の表情が一瞬、素に戻ったものの再び笑みを浮かべて拳銃を向けてくる。
「……よくも脅かしてくれたわねぇぇ!!」
――くそっ、やっぱりクロスボウじゃダメなのかよ!?
次の矢をつがえようとするもそんな暇があるはずもなく、銃撃が来る。
「う、うわわっ!? うわあああ!!」
瞬間、ドッジボールの球を避けるかのように身を翻す。奇跡的に当たらずに済んだものの、これでは勝ち目がない。長沢は悔しさを超える恐怖のままに背を向けて全力で走り出す。当然少女も距離を縮めようと駆けだしてくる。
「待てぇぇっ!! あたしにPDAをよこすのよっ!!!」
怒号を上げて追いすがる少女に、曲がり角付近で振り返りながら叫ぶ。
「だったら、取ってみろよ、バーカッ!!」
正に負け犬の遠吠えである。少女と出遭うたびに碌なことがない長沢は子供じみた挑発を仕掛けた。それは、先ほどまでに自分の心に語りかけてきた声に対するものだったのかもしれない。しかし皮肉なことに、その挑発が少女の怒りに火を注ぎ、自身に不利益を起こすことになる。
「弱虫のくせに……!」
背後からの銃撃の回数は増し、距離が縮んだ。だが、少女の気が立っていたため、逆に狙いが定まらなくなったのは幸いだったのかもしれない。
「あははははっ! 逃げたってダメよぉ……今度は逃がさないんだから!」
少女も長沢の運動神経が良くないことに気付き始めていた。いずれは追いつける……それなら近づいてから撃てばいい。少女は拳銃を腰に差すと本気で走り出した。一方、長沢もそのことは承知していた。このままでは追いつかれて殺される。それならば――!
長沢は何度か角を曲がり、近くの部屋に転がり込んだ。ここに隠れるしかない。幸い部屋はこの周辺にもいくつかある。これで上手くやり過ごせれば……そう考えてドアに目をやると幸運にも鍵が付いていたので、内側から鍵をかけると、一息つく。
「はぁ、はぁ、はっ……これで大丈夫かな。早く優希のところに戻らないとな……」
だが、その安らぎも束の間のこと、鉄製のドアから嫌な予感を感じさせる音が響いたのは、ちょうどクロスボウにも矢をつがえて武器を探そうとした時だった。
「えっ……」
その音に心臓が凍りつきそうになる。恐る恐るドアを見てみるとドアノブが激しく回り、拳で叩く……むしろ殴っているかのような音がした。まさかここにいることに気づかれたのか!? 他にも部屋があったのだからもう少し時間がかかってもいいはずだ……しかし、なぜ……?
次の瞬間、さらに大きな音と共にドアが激しく揺れた。
考え事をしている間にもドアを叩く音は大きくなってくる。そしてそれは、ドアに蹴りを入れるような音に変わる。だが、大丈夫だろう。いくら衝撃を与えたところで鉄のドアを破壊するのは容易なことではない。それなら今のうちに武器でも探しておこうかと思った瞬間――
銃声と同時に乾いた金属音が耳に伝わる。嫌な予感がした。
さらに二発の銃声が響く。ドアノブが微かに揺れているように見えた。もしかして……そう、少女はドアをこじ開けようとしているのだ。こめかみの辺りから冷や汗が流れる。
「ま、マジかよ……!? ど、どうすんだよ……? このままじゃいつかは……」
長沢は戦慄した。もはや時間の問題である。そうしているうちにも銃が撃ち込まれ、ドアを殴る音は続いている。
「せ、せめて優希だけでも……!」
長沢は考えた末、優希に連絡を取ろうとしてPDAを取り出した。もしかしたら自分は殺されるかもしれない。だから今すぐそこから移動するように、そして危険な少女がいることを言うつもりだったのだ。しかし、ツールのメニューを選ぼうとしたその時、思いも寄らぬ機能に目を止める。
「そっか、エアーダクトの見取り図……そう言えばインストールしてたんだっけ……!」
祈るような気持ちで部屋の天井部分に目を向けると、運良く、奥の方にそれらしき扉を見つけた。胸が高まるのを堪えながら長沢は素早く部屋の隅に移動すると、ダクトに近い鉄の棚に飛び乗り思いっきり手を伸ばす。辛うじて手が届き、ダクトの格子を外す。そこまではよかったが、ここからではダクトの淵に手が届かなかった。
仕方ない、下に木箱でも積み重ねて……そう思った瞬間、再びドアを蹴飛ばし、銃弾を撃ち込む音が聞こえてきた。少しだけ目をやるとドアそのものが揺れており、いよいよドアが脆くなっていることがわかる。
時間がない――! 長沢は意を決して、棚に乗ったままダクトに向けて跳んだ。
「うおっと……くくく……! うわっ……!!」
何とか淵に手をかけたものの、今度は腕の力だけで身体を引き上げなければならない。必死に腕に力を込めるが、背後からの衝撃音が恐怖となって長沢を襲い、焦りで思うように力が入らない。
それだけではない。長沢はスポーツテストで懸垂ができたためしは一度もなかったのだ。鉄棒から手を離した時の、クラスメートの嘲笑う声が脳に反芻する。
『ははは、だせぇ!』
「うぐぐっ……うるせぇぇ!!」
その笑い声を必死にかき消しても、迫りくる少女によるドアの音が長沢を追い詰める。
「な、めるなぁぁ……この……うおおお……! うわあぁぁ!!!」
――で、できたっ!
長沢は身を引き上げると素早くダクトに入り込み、その扉を閉じる。人間、自分の命がかかれば信じられない力が出るというのは本当なんだと、実感した。その刹那、鉄製のドアは最後の悲鳴を上げた。
「開いた……はははっ!!」
鍵が壊れ、ドアが開くと同時に少女は中に入ってきた。時間にして10秒前後、まさに間一髪である。
「いないっ!? どこへ……どこへ消えたの!?」
少女は部屋の隅から隅まで漁りだしたが、当然、目標にしてた少年――長沢はいない。
「まあいいわ。あんな弱虫、いつでも殺せる。次に会ったら終わりなんだから……。あと4つ。待っててね、かれん。お姉ちゃんは絶対、お金を持って帰るんだから! うふふふ……あはははっ! あはははははははっ!!」
狂ったような少女の笑い声が部屋に木霊した。
それは恰も長沢が最初に目覚めた部屋で上げた、嬉しそうな雄たけびのようだった――