長沢勇治 3 7.3 3人の殺害
矢幡麗佳 8 Death 近距離でPDAを5つ破壊
色条優希 4 10.5 首輪を3つ取得
漆山権造 A 7.8 QのPDA所有者の殺害
手塚義光 ? 3.2
陸島文香 ? 5.6
郷田真弓 ? 4.4
御剣総一 ? 4.0
姫萩咲実 ? 8.1
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葉月克巳 7 6.9 全員との遭遇
綺堂渚 J 6.1 24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太 10 2.5 首輪が5つ作動
優希が危ない――!
長沢は走っていた。途中の部屋でついに見つけた拳銃、2丁を両手に持ったまま全力で駆け抜ける。ポケットにはさっき手に入れた手榴弾、背中には麗佳のクロスボウ。完全武装だ。いつあの少女に遭うかわからない。だが、今は足を止めるわけにはいかない。長引けば長引くほど、優希は遠くに行ってしまうし、その身に危険が及ぶ。もしも少女や漆山が姿を現したら即座に攻撃を仕掛けるつもりになっていた。PDAの地図を見ると元いた部屋に着くまではまだ距離がある。こんなことなら、ちゃんと運動系の部活に入っておけばよかったな……長沢は思った。
振り返ると入学したばかりの時は、部活などゲームの妨げにしかならない、それこそ時間の無駄だと決め込んでいたのだ。だが、それは違うのかもしれない。
――この先を右ね。
一方、少女は先ほどの騒ぎを聞きつけて、長沢よりも早く現場に辿り着いていた。床には血がしみ込んでおり、近くにナイフが落ちている。
「誰かがここで戦ったのかしら……うふふふ。ナイフなんかじゃダメよ。これでなくっちゃ。あははははっ!!」
少女は拳銃を下に構えると無意味に発砲する。徐々に聞き慣れてきた音と共に弾丸が飛び出し、床に跳ね返った。そしてPDAを取り出すと虚ろな視線を画面に落とす。この先、階段のある方向に光点が2つ見える。さらに遠くから光点が1つ早い速度でこちらに向かってきている。
「当然、こっちへ行くに決まってるじゃない……。ねえ、かれんだってそう思うでしょ……? ねえ? かれん?」
少女は携帯電話を取り出し、待ち受け画面に映っている二人の少女に向かって話しかける。一人は彼女自身。もう一人は彼女とよく似た少女。病衣を着て屈託のない笑顔をこちらに向けている。この服装と背景を見る限り、どこかの病院の一室で撮影したものだろう。
だが、携帯電話が返事をするはずがなく、彼女の声は不気味なひとり言となって響き渡るだけだった。そしてそれを気にする様子もなく、2つの光点の方向へ歩を進めていった。
「へぇ、はぁ……静かに、しろぉ! このガキがぁっ!」
泣き叫んではバタバタと暴れる優希を、怒鳴り、時には小突き黙らせる。やがて抵抗する気力がなくなったのを見ると再び担ぎ直した。郷田との待ち合わせ場所は4階の戦闘禁止エリアである。その部屋は名前の通り、一切の戦闘行為が禁止されている。違反者は例外なく処罰される――つまり首輪が作動するのだ。部屋の内装はホテルのようになっており、ソファーやテーブル、ベッドにキッチン、トイレにシャワー室まで完備されている。
「真弓ぃ……真弓ぃぃぃ……今、行くからなぁ……うへへえ……ふ、ふへへへ……」
優希を連れていけば、きっと郷田の首輪を外すことができる。甘い妄想に支配された漆山の拙い脳は、彼女の言葉を疑うこともせず、待ち合わせ場所に真っ直ぐ向かっていた。彼にとって戦闘禁止エリアの部屋の内装はもはやラブホテルの一室にしか見えず、優希を引き渡した後に、頬を染めて感激する郷田とどんなことをにしようか……そんなことを妄想しては勝手に悶え死にそうになっていた。
「はぁ、はっ……はぁぁ、はぁ……だい、だいじょうぶだ、真弓ぃ……お、俺に任せてくれればぁ……」
壁に向かって妄言を繰り出す中年男のその様は、もはや滑稽としか言う他なかった。夜中に住宅街を酔っぱらいながら、管を巻いて歩いている人間の方が遥かにマシに見えるほどである。
「け、け、けけ、結婚してくれぇぇ!! 真弓っ!! お、お、俺にぃ……ついて来ぉい!」
さらにはあろうことか、プロポーズの言葉まで練習し始め、それを言う自分の姿に酔いしれていたのだ。自分の首輪を外すことなどとうに忘れていた。今の彼の目に映るのは無機質な建物ではなく、妄想が作り出したピンク色の甘い風景だったのだ。
当然、その中に目の前にある十字路から現れた少女の姿など映るはずがなかった。あろうことか担ぎあげられていた優希の方が先に気づく始末である。
「あ……」
優希のか細い声に反応して現実に引き戻された漆山は、突然現れた少女に気付き我に返る。長沢だったら面倒だと思ったが、こんな少女なら安心だ。油断した漆山は優希を抱えたまま、少女とすれ違おうとする。微かに少女の姿を見た優希が怯え、逃げだそうと身体を動かした時――突然、何かが破裂するような音と共に漆山の肩に激痛が走った。
「はえっっ!!?? があっ!?」
「きゃああ!」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。気づいた時には肩から夥しく血が流れ出し、優希が地面に転がり落ちた。いつの間にか少女の手に握られていた拳銃が火を噴いたのだ。
「ぐおぉぉお……! ははぁぇえ……!?」
痛みと焦りに腰を抜かしていると、拳銃を手にした少女がゆっくりと歩み寄って来る。
「PDAを出して、おっさん。早くしないと……もう一発撃つよ? そっちのあんたもね」
「やぁ……いや……! た、助け……!!」
優希は一瞬にして察した。この少女が長沢を傷つけたのだと――
「ひ、ひぃいぃい!? な、な、何だね、君はっ!?」
漸く現状を飲みこんだ漆山に、少女は拳銃を向けて詰め寄る。
「聞こえなかった? PDAを出しなよ」
「ちょ、ちょっと待てぇ! ぴ、ぴ、PDA……ってあれがなかったら首輪を外せなくなるんじゃないかね!?」
「あたしはそのPDAが必要なの。早くして。……撃たれたいの、おっさん?」
少女はトリガーに指をかけたまま、狂気を含んだ笑みを浮かべる。その瞳に光は籠っていない。この状況、命の危機が迫っていることに漆山でも気づかざるを得なかった。もしここで死ぬことになったら、郷田とのパラダイスも泡沫の夢と消えることになる。だが、PDAを渡してしまっては、返してもらえる望みがない限り同じことである。命と欲望、秤に掛ければ……
――そうだ、その手があるじゃないか!
「お、お嬢さん、ひ、一つだけなら渡せるんだが、そ、それで、勘弁してくれないか……?」
そう言うと漆山はPDAの画面を確認すると、少女に差し出して見せる。クラブの4……優希のPDAである。少女は奪ったPDAに僅かながら目をやり、操作しながら呟く。
「クラブの4……ふーん、JOKERじゃないみたいね」
「だめえぇぇっ!!!」
その瞬間、優希は顔色を変え、少女に向かって飛びかかろうとする。しかし、少女は素早く優希に反応すると引き金を引いた――!
「ひっ!」
優希の目の前で銃弾が跳ね返り、床に小さな痕ができる。
「動かないで。次は子供でも容赦しないよ?」
少女は口元を緩めながら優希を睨みつける。しかし、それとは逆に目には憎しみすら浮かんでいる。
(ふざけないで……! かれんは……かれんは……あんなに苦しんでいるのに……! どうしてお前のような奴がっ……!!)
「お願い、返して……返してっ!! それがないとお兄ちゃんとお話が……」
優希の、お兄ちゃんと言う叫びを聞いた少女の脳裏に、お姉ちゃんと呼びかけてくる病床の少女の顔が浮かぶ。
「くっ……! うるさいっ!!!」
漆山が首輪の解除を念頭に置いているのとは対照に、優希にとっては長沢の声が聞けなくなることが怖かったのだ。そんな年端も行かぬ子供の願いを、少女は無慈悲に大声でかき消した。
(あたしだって……PDAがないと、あの子を助けてやれないんだからぁっ!!!)
幼い優希の涙ながらの懇願も、精神が半壊している少女には届かなかった。いや、届いていたのかもしれない。しかし、その悲痛な叫びも目的のためには邪魔である以上、頭の隅に追いやるだけだった。
「次はおっさんの番だよ、もう一つ持ってるんでしょ? PDA、出しなよ」
「な、何を言ってるんだ!? は、話が……違うじゃないかっ!」
てっきりこれで終わりだと思い込んでいた漆山は、尻もちをついたままの姿勢ですごすごと後ずさりながら驚きの声を上げる。
「あたしは、1個でいいだなんて言った覚えはないけど?」
――こ、こ、小娘がぁ! 調子に乗ってぇぇ!!
一刻も早く郷田の元に戻りたい漆山としては、今すぐに目の前の少女を突き飛ばしたい衝動に駆られる。しかし、拳銃を持っている以上そうはいかない。こうなったら、優希を盾にして逃げる……いや、それでは郷田との逢瀬が……足りない脳を必死に回転させたその時だった。
道端で空き缶が転がるような音がすると、少女の後ろに缶状の何かが転がった。
「あっ……」
前にも似たようなことがあった。もしかして……? いち早くそれに気づいた優希が後ろへ逃げようとした瞬間、殺虫剤スプレーのようなそれは、爆音を立てて破裂したのだ。
大量の煙が噴き出し、あたり一面白の世界になる。
「あんたたち、な、なにを!? ごほっ! ごほ、ごほっ!! 目、目が……目がぁぁ!!」
「ま、またか、こ、ここれはっ……が! がぼぼぼっ! がぼわっ! げは! うぇおぉえっ!?」
煙に巻かれて喘ぎ声を上げる漆山と少女を尻目に優希はPDAを取り戻そうとしたが、この煙では近づきようがない。それにこの前のように銃撃が来ることを想像すればとても、取り返す気にはなれなかった。
――お兄ちゃん……高山のおじちゃん…………助けて……!
現実は非情である。幼い優希の祈りは届くことはなく、煙の中からナイトや傭兵が現れることもない。それでも、漆山と一緒にいるよりは、目の前の少女に命を脅かされるよりは……。優希は断腸の思いで、白煙に背を向けて走りだすのだった。
背後で銃撃の音がした。前とは何か音の質が違うような気がしたものの、気に掛けている余裕はなかった――
「はぁ、はぁ、はぁ……ゆ、優希! くそっ、間に合わなかったか……」
長沢はやっとの思いで優希がいた部屋に戻ると、既に遅かったことに気づく。あれから何度もツールの使用を試みてはPDAに呼びかけたが反応はない。相手はあの変態セクハラオヤジ、漆山である。優希が喜んで一緒にいるはずがない。そして、あの男が何もしない保証は限りなくゼロに近い。
ずっと嫌な予感がしていたが、部屋の真ん中まで来てそれは的中した――
「う、ウソだろ!? ゆ、優希……!」
まず目に入ってきたのは、優希がいつも身に着けていた白いリボンだった。それはところどころ赤く染まり、血が付着していたのだ。その近くには血のついたナイフ……優希が長沢に貸してくれようとしたものだ。そして、さらに離れたところに弾丸まで落ちていた――
「ゆ、優希……優希っ!!」
――俺のせいだ。麗佳の姉ちゃんに続いて、また……俺は、俺は……!
「う、う……うわああああああ!!! 優希――優希っ!!!!」
ここに連れ込まれてから一番長く、一緒に行動していた優希。嫌われ者の自分を何の疑いもなく慕い、笑顔でついて来てくれた。文香に疑われた時も信じ続けてくれた。
「な、何でだよぉ……あの、あのエロジジイや、女の方が……クラスの奴らの方が死んじまえばいいのに、なんでまともな奴が……う、うっくく……うぅぅっ!!」
長沢は声を上げて泣いた。そして地面に顔を伏せて床を殴りつける。長沢の疑問は尤もである。だが、皮肉なことにこの非日常な空間であるゲームでは、正気を保っている人間の方が不利なのだ。精神的に壊れてしまえば人に危害を加えることに躊躇はなくなる。つまり、それだけ先手を打つことができるため、有利に働く。
「……君?」
「……クソッ! ……ちっくしょう……う、うう……」
「あ、あの……長沢君、ですよね……?」
その時、泣き叫ぶ長沢に後ろから呼びかける声がした。しかし、泣いている長沢にその声は届かない。声の主も警戒しているようで長沢にそれ以上近寄ろうとはしなかった。
「おい、長沢、どうしたんだ!?」
次に呼びかけてきた男の声は、嗚咽を漏らす長沢の耳にも届いた。涙を拭いながら振り返ると、そこには高校生の男女がいた。1階で会った御剣総一と姫萩咲実――優希と二人で捜していた人物だった。
「み、御剣の兄ちゃん……咲実の姉ちゃん、優希が、優希がっ……!!」
「……なにっ!? どういうことだっ!!」
瞬間、総一は凄むような勢いで長沢に尋ねる。
「……御剣、さん……!?」
咲実は驚いていた。この時の総一の表情は今までに見たことのないほど真剣かつ、力強いものだったのだ――