長沢勇治 3 6.6 3人の殺害
矢幡麗佳 8 Death 近距離でPDAを5つ破壊
色条優希 4 11.3 首輪を3つ取得
漆山権造 A 8.9 QのPDA所有者の殺害
手塚義光 ? 3.2
陸島文香 Q 5.1 71時間の経過
郷田真弓 ? 4.6
御剣総一 2 3.2 JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実 6 7.5 JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K 5.3 PDAを5つ収集
葉月克巳 7 6.8 全員との遭遇
綺堂渚 J 6.0 24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太 10 2.5 首輪が5つ作動
長沢たちは知る由もないが、今行われているこの「ゲーム」は過去幾度にも渡って秘密裏に繰り返されてきた。その参加者同士の中で、何らかの拍子に年の近い男女に恋愛感情が生まれるのは珍しいことではない。増してや自分の命がかかっている状況ならば、互いに守ったり、助けあったりすることもあるのだから、むしろ必然である。それが客の興奮を誘い、ゲームの賭け金は割り増しされて倍率も大きく変動する――つまり参加者間における男女の恋愛は客を楽しませるための貴重なスパイスとなっていた。
そして若い参加者の中には、溢れる情熱を抑えきれずに燃え上がり、そのまま戦闘禁止エリアで事に及んでしまう例もあった。当然、彼らは眺められていることに気づくはずもなく、淫らに絡み合う。それがまた客にとっては酒の肴となり、賭け金を増やす機会へとつながるのだ。
また、当然ながらそれらは合意の上での行為であり首輪が作動した前例はない。そもそも相手を殴っただけで首輪が作動するような場所に、いがみ合っている……敵対している男女同士がそういう目的で入ってくるはずがない。仮に入ってきたとしても、片方が漆山のように襲いかかろうものなら首輪が作動するだろう。そこに、大きな落とし穴があったのだ。
ゲームを面白くするために参加者を装いながらも、その実、運営側からゲームマスターとして何度も派遣されていた郷田は、戦闘禁止エリアのルールなど熟知しているはずだったのだが――もしも、ゲームを運営していく上で欠かすことのできない「客」から見て、郷田の漆山に対する演技が演技だと思われなかったら……? 首輪が作動することの方が不自然になってしまう。
「ま、ま……真弓ぃぃ! お、俺には……はぁ、はぁ……じ、時間がぁ……な、ないんだぁ! だ、だから……い、いいだろぉぉっ!?」
覆い被さってくる漆山を、郷田は懸命に押し返そうともがいた。しかし、小太りのセクハラオヤジと言えど、腕力はそれなりにあり抜け出すことができない。ここは戦闘禁止エリアである。武器を使うのは論外、下手に小突いたり、突き飛ばしたりするだけでも首輪が作動しかねない。このままでは本当に襲われる……! いくら男に縁がないとは言え、彼女も人間だ。相手を選ぶ権利くらいはある。郷田はたまらず頭を回転させて、漆山を引き剥がすための理由を絞り出した。
「お待ちになって、権造さんっ! まだ、まだ……肩の傷が……そちらの手当てが先ですわっ!」
「ええいっ! 治してる時間も惜しいんだぁっ! 時間がないって言ってるだろぉ! 誰かがここに……ここに来る前にぃぃっ!」
だが、漆山は顔を真っ赤に蒸気させ、聞く耳を持とうとしない。その見開いた目、凄まじい形相、荒い吐息はまさに野獣そのものだ。ついには郷田のスーツに手をかけ、引き裂くように脱がせようとする。
「落ち着いてください! ここは……せ、戦闘禁止エリアですわっ! このまま乱暴なことを続けますと、権造さんの首輪が……」
「……首輪が作動だとっ!? バカなことを言うなぁ! これは、これはぁ! 乱暴なんかじゃないぃ! 俺は! 俺たちはぁぁっ!! 愛し合ってるんだからなぁ!」
漆山を支配している郷田への劣情は、悉く理性を奪い現実を歪曲させていく。それは自分の都合のいいようにしか物事を解釈できなくさせるのだ。おそらくこの男ならば日常で恋愛でもしようものなら、ストーカーになり得る確率は高かったであろうことが予測される。
(いい加減に――くっ! ここが戦闘禁止エリアじゃなかったら……!)
郷田は一瞬、スカートの下の拳銃に手をかけようとしたが、流石にそれはまずい。ゲームマスターとしての権限で自身の命のことはどうにかできても、客の目を誤魔化すのは大きな手間がかかり、今後の待遇にも関わる。
「わ、わかりましたわ……権造さん……でも、その前に……」
郷田は急に抵抗を止めると、恥ずかしそうな顔を作って語り出した。
「せめて、シャワーを浴びてからに……汚れた身体なんて、権造さんに見せられませんわ……」
「はぁ、はぁ、はっ……はぇ、はぇ……そ、そうか、そうだったなぁ。お、俺も、で、デリカシーに欠けていたなぁ……」
納得したのか、漆山は腕の力を緩める。やっとの思いで漆山から解放された郷田はそそくさと立ち上がると、上着を直して視線を横に流す。その先にはベッドがあった。
「それに、こんな床なんかではなく、あの、あちらで……」
「しゃ、シャワーを浴びてから、ベッドで……そういうことか!? よし、俺が先に済ませて来るから、待っててくれ、真弓ぃ!」
郷田の表情を見て、何かを確信した漆山はマッハでシャワー室へ向かっていった。その様子を見るととても手負いの人間とは思えないほどである。
「あ、お待ちになって! 先にお怪我の手当てを……」
郷田が呼び掛けるも漆山の反応はない。彼にとってそんなことは二の次なのだろう。
――やっぱり、この女は俺のものだ! 俺たちは、愛し合っているんだ!
上辺だけとはいえ、優希を捕らえていなくとも身を預けてきた郷田の態度を、漆山の拙い脳はそう解釈した。斯くも煩悩とは恐ろしいものである。
シャワー室に飛び込んだ漆山を見た郷田は、口紅を塗りたくった口角を釣り上げ、切れ長の目を細める。とりあえずは身の安全が確保できた。
――ふう。この辺が潮時かしらね。所詮、あの男には無理、か……となると、どうやってあの子を確保するか。勤務評価は下がるかもしれないけど……非常事態だし、回収部隊に頼むしかないかもね。
とにかく、ここでは武器が使えない。部屋の外に出ましょうか――そう思い、ドアノブに手をかけた時だった。
――えっ!?
音を立てて回るはずのそれが、半分しか動かない。何かの間違いではないかと思い、さらにドアノブを捻ってみたがやはり同じことだった。押しても引いてもそれは変わらない。
「ちょ、ちょっと、どういうことなの!? 外側から鍵なんて……聞いてないわよ!?」
確かにドアを開けたり閉じたり、そして鍵をかけたりするツールボックスは存在している。だが、漆山にそんなことをする暇があったとは思えない。それに鍵をかけたところで手動で開けられるようになっているはずだ。ドアを破壊しようにも、ここは戦闘禁止エリアである。発砲などできるはずはなく、鉄製のドアを素手で破壊するのは不可能である。
このままでは本当に漆山とベッドインすることに……。今までに何度もゲームマスターとしてゲームに参加し、自分ではゲームの隅々まで知っているつもりだった。だが、こうも想定外のことが重なり、今までのマニュアルが通用しない事態に陥ると、冷静さを保つのは難しい。
「くっ……仕方ないわね」
郷田は泡を食ってPDAを取り出した――
「こう、簡単に着くと拍子抜けだよな……」
4階へ続く階段を上りきった総一はひとり呟いた。あの後、長沢たちは優希を探しながら歩き回ったものの、結局、見つけることはできなかった。それどころか誰とも会うこともなく、地図を頼りに階段へ向かったところ、4階に辿りついてしまったのだ。幸い、階段の手前にもホールにも待ち伏せはなく、無事に上がることができた。
「ここで優希ちゃんを待ってた方がいいんでしょうか……?」
総一に続いて階段を上った咲実は、ホールの真ん中まで移動すると3階に着いた時の長沢と同じことを口にした。やはり文香の言いつけを守っているのかもしれない。そこへ、最後に4階のフロアに上がってきた長沢が言う。
「それならさ、すぐそこの部屋から様子を見た方がいいんじゃない? 誰が来るかわからないし、俺も優希と二人でいた時そうしてたしさ。そうだろ? 御剣の兄ちゃん」
「確かに……その方が安全だな。すぐそこの部屋に入ろう、咲実さん」
「だよな? 行こうぜ、咲実の姉ちゃん」
「あ、は、はい!」
総一が言うが早いか、妙に嬉しそうな長沢に連れられて咲実もすぐ脇の部屋へ駆け込んでいった。3階では拳銃や手榴弾が見つかっている。悪意を持った参加者がそれらを手にしていることを考えれば、ホールで固まっていることは恰好の的になるようなものであり、自殺行為である。総一はしばらく後ろを振り返りつつ周囲を確認していたが、優希や他の参加者が来る気配はない。やがて二人に続いて部屋に入った。
「うわあ……すっげえ……! おい! 見てみろよ、御剣の兄ちゃん、これっ!!」
総一が部屋に入った途端、中に置かれているダンボールのうち一つを開けた長沢が感嘆の声を上げる。長沢が見つけたのは大型のチェーンソーだった。本来は大木などを伐採するための道具だが、ここにあるということはこれで戦えということを意味している。
「こんなもの……まで……み、御剣さん……」
一方、別のダンボールから咲実が見つけたのは黒光りしているサブマシンガンだ。両手を添えて持ち上げようとしたものの、意外な重さと武器に対する恐怖がそれをさせない。
「……マジかよ……」
驚きのあまり声が出なかった総一は、やっとの思いで呟く。拳銃ならばまだ護身のためという解釈ができる。だが、このような短機関銃は効率的に敵を殺傷するためのものである。おまけにチェーンソーとあっては……ナイフでさえ危険なのに、想像しただけで背筋が凍る思いだ。
「んしょっ! よっと! 思ったよりも重いんだなぁ……」
そんな総一の心中などお構いなしに、長沢は硬直している咲実を尻目にチェーンソーを持ち上げると、スイッチを入れようとする。
「い、いやっ! や、やめてください! 長沢君!!」
長沢の思惑に気付いた咲実は大げさなくらいの勢いで距離を取り、総一の後ろに隠れようとする。これには流石に総一も慌てた。
「よせ、長沢! 危ないだろっ!」
「なんのこれくらいっ! いくぞぉ!!」
二人の制止も聞かず、気合一閃、長沢がチェーンソーのスイッチを入れると、けたたましい音と共に刃が回り出した。そのままゆっくりとした足取りで部屋の隅の木箱に近づき、回転する刃を上から振り落とす。
「きゃあああっ!!」
チェーンソーの回転音と咲実の悲鳴が重なる。工事現場の真横にいるような騒々しい響き、それと同時に木箱には呆気ないほど簡単に切れ目が入り、割れていく。そのまま鋸が床に到達すると火花を散らし、金属を裂くような音に変わる。
「うわわわっ!?」
急に手元に伝わる振動の感覚が変化して、焦った長沢がスイッチを切ると、漸くその凶器は暴れるのを止める。
「くそ……ダメか」
長沢はチェーンソーを持ったまま座りこんだ。万が一に備え、部屋の入り口付近にまで移動していた総一は胸をなでおろしたのも束の間、長沢の行動に怒りの声を上げた。
「……長沢! 何を考えてるんだ、お前はっ! 危ないだろ!!」
明らかに怖がっている咲実を無視して、危険な道具を作動させたのだから怒るのは当然である。一つ間違えれば長沢自身だって大ケガをするかもしれない。
「……咲実さん? もう大丈夫だよ」
恐怖のあまり座り込んでしまっている咲実に総一が手を差し出すと、それに捕まって何とか立ち上がる。警戒しながら長沢の方に目をやると、なぜか悲しそうな顔をしていた。もしかしたら反省しているのかもしれない――そう思った咲実は思い切って声をかけてみた。
「あの、長沢君……どうして、こんな危ないことを……?」
「いやあ……その、少し前に読んだマンガでさ、チェーンソーを武器に戦うメイドがいたんだ」
――長沢は伏し目がちに語り出した。
「……はぁ?」
突拍子もない返答に、総一は間の抜けた声を上げる。
「それでさ、すごいんだぜ、そいつ。片手でチェーンソーを振り回してさ、それで敵の攻撃を受けとめたり、銃弾まで弾いたり……だから、その、女でもそれくらいできるんなら、俺もできないとカッコ悪いかな……って、思ってさ……。いや、せめて自由に振り回せるくらいにはさ」
「…………」
「…………」
「……ふふっ……あははははは!」
一瞬の間をおいた後、急に咲実が笑いだした。総一は完全に呆れかえっている。
「な、なんだよ!? 二人で!」
「あのなぁ……長沢。それは作り話だろ? 現実、そんなことができる人間がいるか! お前、少しマンガの読み過ぎじゃないのか……?」
「いや、ま、まあ、わかってるんだけどさ……なんか悔しいじゃないか」
「長沢君って……うふふふっ! ……可笑しいんですね!」
まさに思春期特有の感情である。架空の登場人物に感情移入するあまり、相手に追いつこう、もしくは同化しようとしてしまう。当然、それが叶うはずもなく、ストレスとなり悩みは膨らむ一方になる。大抵はそれも時と共に解決していき、良き思い出に変わるのだが……。
「……チェーンソーを高く掲げて振り回すなんて、普通の人には無理だ。仕事で使っている人でも難しいと思うぞ……とにかく、一人でマンガばかり読んでいないで、少しは友達とも遊ぶんだ」
「いや、俺……友達――あ、なんでも、ない」
いつも通り、自分には友達がいないから――と強がろうとしたものの、長沢の脳裏に浮かんだ優しい微笑みがそれを止めた。
(……渚の姉ちゃん、どこにいるんだろうな……葉月のおっさんと一緒だから、大丈夫だとは思うけど)
「ほら、咲実さん、お前のせいで笑いが止まらなくなっちゃったじゃないか」
咲実の方に目をやると、まだ口元を押さえながら小刻みに肩を震わせている。長沢はなぜここまで受けるのかはわからなかったが、悪い気はしなかった。
――思っていることを言っただけなんだけどな。いや、でも、高山のおっさんなら、もしかして……。
いまだチェーンソーについて考えを廻らせていた長沢だが、咲実の見つけたサブマシンガンを見て確信する。上の階へ行けば行くほど強力な武器があるのだ。
「そう言えば、御剣さん……こんなのもありましたよね?」
いつの間にか笑い終えて顔を上げていた咲実が、サブマシンガンを手に話しかける。
「……どうしたんだ、咲実さん?」
急に武器を手に持った咲実の表情を見て、総一は驚きの色を隠せなかった。
「長沢君につられて思い出したんですけど……私のような制服を着た女子高校生がこんな銃を持って……って」
「違うよ、咲実の姉ちゃん。その話だと、もっと大きい機関銃だぜ? それに姉ちゃんと違って、育ちは良くなかったんじゃないかなぁ」
「あら? そうでしたっけ……?」
長沢と咲実の話が盛り上がりかけたところで、何のことだかわからない総一は、ただ茫然と二人の話を聞いているしかなかった。
――長沢。咲実さんを変な方向へ引きずり込まないでくれ……。
総一は急に息が合い始めた二人に呆れながらも、雰囲気が良くなったきたことを心の底で喜んでいた。二人の話はまだ続きそうだ――
何気ない会話……そんな中に幸せがあった日々……。
「どうしたの、総一? 私が他の男の子と話してたら不安かしら?」
「……!?」
「なにボーっとしてるのよ? ま、いつものことだけど。少しは嫉妬してほしいわね……もうただの幼馴染みじゃないんだから」
「ゆ、優希……?」
それは突然、総一の前に現れた。咲実と瓜二つの容姿を持つ少女――。その懐かしい存在に驚く総一とは裏腹に、彼女はそこにいることが当然かのように話し出す。
「ふふ、育てがいがありそうな子じゃないの。……アンタには負けるけどね、総一」
「…………」
「……どうしたの?」
「おいおい、そりゃないだろ……優希?」
総一は平静を装いながらも、やっとの思いで言葉を紡ぎ出した。今の状況に疑問を感じたら、目の前の彼女が消えてしまいそうだったから。
「もう。そんなに無理しなくたって、私はどこにも行きやしないわよ?」
「なんだよ……全てお見通しってわけ、か……」
「当然よ。何年アンタと一緒にいたと思ってるの? ふふ……」
優希と呼ばれた少女は僅かに長沢の方を振り返ると、総一の方へ向き直った。
「……ちょっと捻くれて間違った方向へ走っちゃってるみたいだけど、本当はかなり勇気がある子みたいね。もしも傍にいるのが私だったら、あの子がもっと楽しく学校へ行けるようにしてあげてたわよ?」
「そ、そうなのか……?」
「きっと、運が悪かっただけ。私と同じように……」
「る……ぎさん? 御剣さんっ!?」
「おい、御剣の兄ちゃん!」
「うわっ!?」
二人の声で総一は我に返る。気がつくと先ほどの少女は総一の目の前から消えていた。代わりに驚いた表情の長沢と咲実が視界に飛び込んでくる。
「どうかしたんですか? いくら呼んでも返事がなくて……」
「あ、ああ……ご、ごめん、ちょっと考え事をしてたんだ……」
――今のは何だったのだろう? 夢か幻か……。
それでも総一は、再び逢うことができた懐かしい少女の面影にただ感謝していた――