長沢勇治 3 6.5 3人の殺害
矢幡麗佳 8 Death 近距離でPDAを5つ破壊
色条優希 4 10.2 首輪を3つ取得
漆山権造 A 8.7 QのPDA所有者の殺害
手塚義光 5 2.8 24箇所のチェックポイント通過
陸島文香 Q 4.9 71時間の経過
郷田真弓 ? 4.6
御剣総一 2 3.2 JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実 6 7.4 JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K 5.3 PDAを5つ収集
葉月克巳 7 7.0 全員との遭遇
綺堂渚 J 6.2 24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太 10 2.1 首輪が5つ作動
「なんと言うことだ……こんなに武器があるとは……」
一人遅れながらも4階に辿りついた葉月克巳は、ところどころにある部屋を覗いては、その都度見つかる強力な武器に声を震わせていた。その様はむしろ落胆に近かったのかもしれない。これではPDAの条件と相まって殺し合うなと言う方が無理である。
葉月のPDAは7。首輪の解除条件は、ゲーム開始から6時間後――戦闘禁止解除後における全員との遭遇である。死者については免除されるが、上の階へ行くほど武器が強力になるため、早めに多くの参加者に会っておいた方が解除条件を満たしやすい。飛び道具よりも刃物の方が程度の差はあれ安全なのだから――つまりはスピード勝負なのだ。また、出会う人間すべてが好意的なわけではない。相手のPDAの条件、その性格によっては命を脅かされるだろう。最悪のケースとして、会ったことのない参加者が首輪を外して侵入禁止エリアに逃げ込んだりしたら……一巻の終わりである。
全ての参加者に会う、その時に何が起こるかわからないことを考えれば、なるべく誰かと、それこそ大勢で行動を共にしておいた方が安全なのだが、ここに来るまでに出会えた参加者たちとは様々な理由によって全て離れてしまっていた。事実、今一人で行動しているのも郷田に襲われて渚とはぐれてしまったからだった。
足を痛めた、と言って座り込んでいる郷田に呼び止められて近寄った途端、急に彼女はナイフを取り出して突進してきたのだ。間一髪、掠めただけでかわすことができたものの、もしもこの時、漆山のように鼻の下を伸ばしていたら、直撃を受けて重傷を負っていても不思議ではなかった。そのまま郷田は渚にも襲いかかり、二人は執拗に追い回され続けた。そうしている内に互いを見失ってしまったのだ。
「みんな……どうしているのか」
それでも葉月は遭遇した人間を一人一人見据え、首輪が外れるまであと何人に会えばいいのか、誰と出会ったのかをしっかり記憶していた。
「あと3人。あの子を含めればあと2人か……」
葉月は今しがた通路の奥から姿を現した少女を見て呟く。ショートカットの髪型にボーイッシュな雰囲気、スポーティーな服装。年は長沢とそう変わらないように見えた。
――葉月に一瞬、迷いが生じる。
長沢に聞いた話を忘れたわけではない。先ほど出会って逃げていった少女が優希だとするならば、長沢を斬りつけたのはこちらの少女なのだろう。ならば、彼女が武器を向けてくる可能性は高い。だが、その前に変なおばさんに襲われたという話が気になった。それが郷田だとするならば、彼女もまた被害者かもしれないのだ。葉月はそのまま歩み寄り、少女との接触を試みる。
――大丈夫だ。今までだって、こうして無事にやってきた。
最初に出会ったのは自分の娘と同い年くらいの女性だった――綺堂渚。互いに害意があるわけでもなく、葉月にとっては娘とそう変わらない存在だったのもあって、すぐに打ち解けることができた。何よりもこの状況とはかけ離れた彼女の雰囲気とその性格には葉月も大いに助けられたのだ。だが、次に出会った大学生の少女、矢幡麗佳は終始自分たちを信用しようとはしなかった。こちらがPDAを見せてもJOKERだと疑い、争う気がないことを言っても聞く耳を持たず――何より自分たちがPDAを取り出した時に向けてきた、冷たい視線は年甲斐もなく恐怖を覚えたほどだった。
「ごめんなさい。私、あなたたちとは一緒にいられません」
――どうしてあの時、引きとめなかったのだろう。
結果、二人は変わり果てた姿の麗佳と再会することになったのだ。数発の銃撃の痕と心臓に突き刺さったナイフ――純白のワンピースが血で赤く染まった凄惨な姿は痛々しくて見るに耐えず、年長者としての自覚だけが葉月の精神を正常に保っていた。ただ、不思議なことに麗佳の手は胸の前で組まれており、彼女のものと思われるバッグが近くに添えられていた。そして目を引いたのが赤いランプが点灯している首輪だった。
誰かに殺されたのかもしれないし、首輪が作動したのかもしれない。この時、葉月も渚も脳裏に浮かんだのは涙を目に浮かべて走り去っていった少年……長沢の顔だった。
まさか――
いや、そんなはずは……。二人は迷いの中、静かに黙祷するとその場を去った。
「地方公務員ってか? 気楽でいいねえ……で、ここはいつからコスプレ会場になったんだ?」
「あ~、本当だね~。手塚くんは~、西部のカウボーイさんだね~」
「はははっ、カメラでも持ってくれば良かったかな」
「それと~お馬さんも~」
「おいおい、勘弁してくれっての……そっちの趣味はねぇ」
その次に出会ったのは手塚義光という青年。見た目はチンピラ風情だが、特に敵意を向けてくるわけでもなく、渚とは話が弾んでいた。だが、彼は急いでいるのかすぐに別れを告げるとさっさと歩いていってしまった。
その後、PDAの条件が元で長沢と別れた後、遠目に見たことのある男と再び出会った。身構える二人を手で制すると、男の方から声をかけてきたのだ。
「心配無用。俺は争う気はない。今のところはな」
そこで葉月と渚は上の階を目指すことになった。一方的にとはいえ、約束を交わしたためである。そうしている間にも他の参加者と出会うことになるだろう、そう考えれば高山浩太と名乗るこの男との約束を守りながらでも良いと考えたのだ。
ゲーム開始から15時間、そろそろ体が疲れを感じ始めたところで出会ったのが、どこかの会社のOLのような女性、受付嬢を名乗る陸島文香だった。途中ではぐれてしまった幼い少女を探しているようだったが、葉月も渚もその少女とは面識がなかったため、力にはなれなかった。だが、彼女はこのゲームに臆している様子もなければ、誰かを傷つけるような素振りもなく、生きて脱出しようとする気力に溢れているかのように見えた。この人となら一緒に行ける。そう思った葉月は一緒に行くことを提案し、互いの首輪解除の条件を明かしたのだ。
「おじ様が7で渚さんがJね……。それを聞いて安心したわ。あたしのは……これよ」
――そこにはハートのQが映っていた。首輪解除の条件は2日と23時間の生存。つまり、71時間が過ぎた時点で生きていれば良い。これなら文香と行動を共にできる……はずだった。
「文香さん……長沢くんは~、きっと根は悪い子じゃないと思うんです~。思春期の男の子って、多かれ少なかれそういうところがあるんじゃないかな~って思って~。私の弟も~昔はそんな感じでしたよ~?」
「普段ならそれで話が通るかもしれないわね。でも、今は非常時なの。さっきも言った通り、あの子はこのゲームを楽しんでるわ。PDAの数字によっては人を殺しかねないわよ。優希ちゃんさえ……ね。もしもの事があってからじゃ遅いのよ」
長沢のPDAの数字を知っている二人にとっては、反論する術がなかった。それこそ長沢のPDAが3などと言おうものなら――。
そして文香は、ゲームが始まって間もない頃に長沢の行動、言動を見ている。それはとても危険なものだった。自分が認めてもらえないことによる、鬱屈した精神の塊。自身の存在を認めて欲しい一心で大それたことをやろうとする。ここならば、ゲーム感覚で人をも殺せる――そう感じたのだ。
だが、渚は長沢が去っていく時に見せた悲しい表情、そして消え入るような声で言った『さよなら』という言葉――それを見る限り、本当はその辺の子供と大差はないんじゃないかと判断していた。葉月もまた然り、である。
「優希ちゃん、か。その子が長沢君の方へ行ったのは子供同士の方がいいと思っただけなんじゃないだろうか。僕だって、麗佳さんの死を見るまでは、こんなゲームは嘘だろう……って心のどこかで思っていたしね。本当に危ないとわかっていたら、文香さんの話も聞くと思うし、長沢君にはついていかなかったんじゃないか」
「そうですよ~。それに、文香さんのお話によれば~、長沢くんと優希ちゃんは初めのうちから一緒にいたみたいだし~、今も一緒にいるんですよね~? それなら私たち3人で探せばいいと思いますよ~」
「そんな呑気にやってる場合じゃないわ。いつ長沢君たちが戦闘に巻き込まれるかわからないし、あの子が優希ちゃんに危害を加えない保証はどこにもないわよ」
決裂のきっかけは長沢を廻る話だった。危険要素を含む一人の人間に対する見方がこうも違っては互いの行動にも支障が出るだろう。増してや、文香は優希の他に総一たちも捜しているのだ。悠長に構えている暇はない。だから葉月たちにおける、人を好意的に判断する見方は文香の現実認識力とは逆に働き、相容れないものになってしまったのだ。
そんな文香が二人の前から姿を消したのは、葉月たちが部屋でひと眠りしていた時だった。目を覚ますと文香の姿はなくなっていた。
「幼い子を守りたい気持ちはわかるが……先走ったところで事がいい方向へ進むものかどうか……。前にも言ったかもしれないけど、こんな状況だからこそ信じ合わなくちゃいけない。長沢君だって人間だ。何もそんなに疑ってかからなくても、と思うけどね」
思えば、麗佳にも似たようなことを言ったものの、聞き入れられなかった。自身は正常なつもりでいるが、このゲームではその方が間違っているのか――葉月が眉をひそめている横で、渚はいつもとは違う表情で考え事をしているように見えた。何かを悟ったような、見破ったような、焦りと確信が入り混じったような……そんな表情だった。
「……渚さん?」
「はいっ!? ……ああ、ごめんなさ~い。まだ、少し眠くって~……ふぁ~~」
葉月に呼びかけられるとすぐにいつもの笑顔に戻る。
「ああ、悪いね……渚さん。それで……やっぱり文香さんのように疑ってかかるべきなのかな、って思えてきてね」
葉月はこれまで平穏無事を理念に仕事をこなしてきた。他人との衝突を避ける――そのためならば上手く自分を殺し、貫ける部分は通す。それこそまだ子供である長沢から見たら、出方を変える卑怯な大人と言われるくらいに。だから、いかにも仕事ができそうなキャリアウーマンを思わせる文香の発言には、日頃の癖や麗佳の前例もあってか流されそうになったのだ。
「それは違うと思いますよ~。私たちが信じなかったら~、長沢くんだってどうなっていたかわかりませんし~、それに……全ての人を疑いながら生きるなんて~寂し過ぎると思います~……」
――あなたは長生きできないわね……。まあ、無理もないけど。突然こんなゲームに参加させられたら……怖いから、寂しいから、とりあえずは信じるのよね。でも、お生憎様。人は誰だって裏切るわ。そうでしょ、真奈美? それが違うと言うのなら、私たちはこんな風にはならなかったはずだもの。……ううん、それは間違いのないこと。だって、私は何度も何度も見てきたもの。人が人を裏切るその姿を……ね。私だって、もう何度人を裏切ったかわからない。今だってこうして……ふふ、ふふふふふ……。
「ありがとう、渚さん」
「……ふぇっ!?」
「一緒にいるのが君でよかったよ」
「あ、い、……いえ~そんな……やめてください~。て、照れちゃいますから~」
蹲っている郷田を見つけたのはそれから間もなくしてからだった。
「あらあら、見た目よりも素早く動けるのですね……ふふ。次はどうかしら?」
今にして思えば、渚は早いうちから葉月と出会えたのが幸いしたのだ。渚の首輪解除の条件は、24時間以上行動を共にした人間が2日と23時間――つまり71時間が経過した時点で生存していることである。もしも、24時間が過ぎていない内に郷田に襲撃されて離れ離れになったら、今までの行動は無駄になってしまうし、一緒にいることに固執していたら二人とも無事では済まなかったかもしれない。
「渚さんの命は僕が預かっているようなものか……」
郷田を振り切り、一人になった葉月は必死にPDAを操作し、食糧を見つけながら地図を頼りに進んでいった。機械の操作は苦手だが、娘と同い年の渚を守るためと考えれば、難しく面倒だと思える事にも苦痛はなかったのだ。
その後、葉月は懐かしい顔に再会する――漆山権造。彼とはゲーム序盤で一度顔を合わせていたのだが、首輪解除の条件を満たすには開始から6時間後に遭遇しなくてはならない。そのことだけを考えれば、出会えたのは運が良かった。だが……明らかに漆山の様子はおかしかった。血走った目、額に滲む脂汗、そして体中から発せられるかのごとく何かに追われるような、それでいて何かに縋るような雰囲気。初めて会った時も挙動不審な部分が見られたが、それは突然こんな場所に連れて来られたからだと考えれば納得がいくものだった。
「……あ、あんたはぁ!? おいっ! この辺で小さな女の子を見なかったかぁ?」
小さな女の子と聞いて思い浮かんだのは文香が言っていた少女「優希」である。だが葉月はまだ会ったことがなかったので、答えようがなかった。
「し、知らないだとぉ? 本当だろうなぁ? か、匿ったりしたら……ただじゃ済まさんぞぉ!」
「いえ……そのような女の子が参加していることは聞いたのですが、まだ会ったこともなくて。それで、漆山さんと何か関係が?」
「はぁ、はぁ……俺の、俺の女がぁ、その子を欲しがってるんだぁっ!」
追い詰められた表情で息を乱して言う漆山だが、葉月は理解に苦しんだ。少なくとも今まで会った人々の中に、漆山と恋仲の人間はいなかったはずだ。もしかしたら、ここで無理やりゲームに参加させられている内に精神が許容量の臨界に達し、正気を失くしてしまったのかもしれない。そう思えるほど、異様なオーラを醸し出していた。
「失礼ですが、漆山さん。その……俺の女、とは、その……?」
「真弓……郷田真弓だぁっ!」
――何を言ってるんだ、この人は!
瞬間、葉月の背中に悪寒が走った。こうも簡単に手の内を見せることにも驚いていたが、郷田と言えば、先ほど騙し打ちを仕掛けてきた女性である。詳しい事情は知らないとは言え、このままいけばその少女はもちろん長沢や渚にも被害が及ぶ恐れがある。
――騙されているのか? それとも何かの理由で脅されて……?
葉月は純粋に心配したのだが、その時の僅かな表情の変化を漆山は見逃さず、何かを隠していると解釈したのだ。それほどまでに彼の頭は郷田の甘い言葉で満たされ、余裕がなくなっていたのだ。
「な、なんだぁ……何か知っているのかぁ!?」
「いえ……ただ、郷田さんは……」
葉月は順を追って説明した。渚と出会ってからここまで来たこと、そして郷田に襲われたこと、すべて親切心のつもりだったのだ。嘘は言っていない。これで漆山が我に返ってくれるのなら――何より自分と同年代の男だと思えば力になりたいと思った。だが、そんな葉月の心遣いも悪魔に魂を売り渡した中年には届かなかった。
「き、貴様ぁぁっ! 俺の女を侮辱する気かぁぁ!!」
漆山は今まさに葉月に襲いかからんとばかりに激昂する。
「落ち着いてください、漆山さん。郷田さんのあなたへの態度は……冷静に考えれば何か裏があるのではないかと。PDAのルールはご存知で……? その子を捕まえることと、首輪の解除が繋がるとは僕には思えません」
「嘘だぁっ! 真弓は……真弓はそんな女じゃないぃ! そんな事を言って、俺と真弓の仲を引き裂く気だろおぉ!!」
もはや郷田の虜となった漆山にとって、卑劣な魔女の甘言は美しい女神の託宣にさえ聞こえていた。そんな存在に他人の説得など届くはずがない。
――何を言っても無駄か……!
ああ言えばこう言う、その態度は仕事中に窓口に現れる悪質なクレーマーを連想させる。要はこちらが役所の人間だから何を言っても大丈夫だと甘えているだけなのだが、自分の作った世界が全てで、端から他人の意見を聞く気などないのだ。さらに漆山は信じられないない言葉を口にする。
「わ、わかったぞぉ! お前は、俺から真弓を奪う気だなぁ!!」
「ご冗談を……僕は妻帯者ですよ。20代半ばになる娘もおりますし」
これには葉月も呆れるしかなかった。だが、その瞬間に懐からナイフを取り出したのを見て、それどころではないと確信する。
「黙れっ! 貴様ぁ……真弓を誘惑する気だなぁぁっ!? 真弓は俺のものだぁっ! 誰にも……誰にも渡さんぞぉぉ!! お前に取られるくらいなら……この場でお前を殺してやるぅ!!」
結局のところ、葉月は漆山から逃げだしてきたのだ。体格を見れば一目瞭然なのだが、普段から不摂生な生活を繰り返し、酒も煙草も嗜好する漆山に比べれば、葉月の体力が上回っていた。ナイフを振り回し、奇声を上げながら追ってくる漆山を振り切ると、階段を目指して歩き出した。
そんな葉月が少女を見つけたのはそれから数時間後のことだった。疲れているのか、子供だと言うことを考慮しても歩くのが遅く、時おり立ち止まっては目をこすっていた。泣いているのかもしれない。遠くから見てもわかることだった。
――不安だったんだろうな。無理もない。
見た目の幼さから、この少女が優希であることは想像に難くない。だが、葉月が聞いた話によれば優希は長沢と一緒にいるはずだ。それが何故、一人でいるのか……。疑問に思えたが、とにかく自分が保護していれば渚や文香、そして長沢と再会した時にも安心だろう。早速、静かに近づいて声を掛けたのだが……
「ひっ……!!」
少女は振り返るが早いか、まるで化け物を見ているかのように怯えて走り去ってしまった。
「君、待ってくれ! 一人で行っては危ないぞ!」
すぐにでも追いかけようと思ったものの、葉月は躊躇した。
以前、娘が失恋して部屋に引きこもっていた時、妻でさえ話ができないと頼まれ、娘の部屋に行ったところ、激しく拒絶されてますますひどくなったことがあった。この時は職場の同僚、特に女性職員に何度も相談しては迷惑をかけたものだった。最終的には娘の方から出て来て自分と妻に詫びてきたのだが――
何より、目に映った少女の姿は明らかに異様だった――汚れた服に乱れた髪、こちらを見た時の怯えきった瞳。もしかしたら自分のような大人に危険な目に遭わされたのかもしれない。誰の仕業かはわからないが、生きて帰るためとは言えこんな子供すら傷つけるとは……そんなことをやってのける人間が、大人がいるのかと思うと心底不快な気分に陥る。
――だが、葉月は大人になり過ぎていたのかもしれない。時間による解決やタイミングは大事だが、今はそうも言ってられないのだ。
今までのことを思い返して自分を奮い立たせると、葉月はこちらへ歩いてくる少女に自ら呼びかけ、できるだけ穏やかに話しかける。
「ええと、そこの君……少しいいかな?」
「……誰?」
少女の声は威圧的で目は据わっていた。それは明らかにこちらに敵意を向けているというサインに他ならない。だが、首輪を外すためにもここで退くわけにはいかない――彼女も、そして自分も傷つく必要はない。戦う必要もないのだ。葉月は両手を上げるとさらに続ける。
「ああ、失礼。初めて会う顔だね。僕は葉月克巳。首輪を外すために、君の近くへ行く必要があってね。大丈夫、何もやましいことはないんだ」
「ふーん……いいよ。そうしてくれると、あたしも助かる」
その場に佇んだまま、声色を変えずに少女は言葉を発する。
「ありがとう、助かるよ。それで、もしも良かったら――!?」
少女に歩み寄った瞬間、葉月は信じられない光景を目の当たりにした。彼女は拳銃を引き抜き、こちらへ向けてきたのだ。銃口と少女の燦々とギラついた瞳が同時に視界に入った時には、もう手遅れだった――
「……え!?」
「どうしたんですか? 長沢君……?」
「何か、今……音がしなかった?」
長沢は急に立ち止まると、不安そうに周囲を見渡す。だが、異常は見当たらない。静かな冷たい通路が広がっているだけだった。
「戦闘禁止エリアまであと30分くらいだ。疲れているのかもしれないけど、頑張れ、長沢。咲実さんも……大丈夫か?」
「え、ええ……」
……総一は長沢の言葉を疲れから来た空耳だと思っていた。先ほどの黒い影と言い、いろいろな不安要素がありもしないものを感じさせている、そう思っていたのだ。