シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

29 / 60
Player   Card  Odds   首輪解除の条件
長沢勇治  3  6.5     3人の殺害
矢幡麗佳  8  Death  近距離でPDAを5つ破壊
色条優希  4  9.3   首輪を3つ取得
漆山権造  A  8.9  QのPDA所有者の殺害
手塚義光  5  2.8  24箇所のチェックポイント通過
陸島文香  Q  4.4    71時間の経過
郷田真弓  ?  4.6
御剣総一  2  3.2  JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実  6  7.4  JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K  5.2    PDAを5つ収集
葉月克巳  7  10.1    全員との遭遇
綺堂渚   J  5.3  24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太  10  2.1   首輪が5つ作動


第27話 卑しき人形劇の終幕

その男たちは目標点に向かって黙々と歩いていた。緊急出撃指令が下りてから20分ほど過ぎただろうか、地図を頼りに進んできたがその経過は順調とは言えないものだった。

 

自分たちは非常の存在であり、カジノの客にその存在を知られることはあってはならないのだ。だから、与えられた指令を除く理由で他の参加者と接触することは極力避けなければならなかった。ひとたび戦闘となればその様子が映ってしまうからである。それを誤魔化すためには事前に用意しているダミー映像を客側に見せるのだが、辻褄合わせなどの問題もあり、そう何度も繰り返し使える方法ではない。

 

指令通りに任務を遂行し、それが済んだら速やかに撤退する……それがすべてだった。

 

しかし、既にゲームが始まってから40時間以上が過ぎているために、男たちが目指す目標地点である4階には、ほとんどの参加者が辿りついていた。そのため、彼らとの接触を避けるために遠回りをしたり、部屋に隠れてやり過ごしたりと落ち着く暇がなかったのだ。

 

「……危なかったですね」

 

「ああ。だが、さっきのガキども……下手したら感づかれたかも知れんな」

 

「申し訳ありません。あの3人組……コード、アルファ11でしたか」

 

迷彩服にヘルメット、漆黒のジャケットに身を包んだ二人の男は、誰もいないことを確認すると通路の壁に背を預け、ずっと黙っていたストレスを吐き出すかのように話し出した。

 

「気にするな。カジノの客やゲームに支障がなければ大した問題じゃない……。そもそも、カシマ。お前だからそれで済んだようなものだ。これがソードワンならアルファ11を強襲せざるを得なくなっていたかもしれんぞ」

 

上官と思しき男が言うソードワンとは男たちのリーダーのコードである。だが、彼は想定外の事態に対する適応力が低くイレギュラーに弱いため、これまでのゲームでもかなり失敗が目立つようになっていた。また、それによって指令を出している人物――タロットとの折り合いが悪化していたこともあってか、今回はこの二人……マックとカシマが派遣されたのだ。

 

「ええ……しかし、もしもそうなったとしたらダミー映像だって間に合うものか……かなり危険な賭けになりますね。万が一のことがあったら、我々もただでは済まないでしょうし」

 

ピッ――

 

カシマと呼ばれた男が言うと、上官――マックはそれに答えず無線機を耳に当てて通信を傍受していた。それを見たカシマは引き続きライフルを手に左右の哨戒に当たる。

 

「タロットより伝達だ。今のところアルファ11とサブマスターを除く他のプレイヤーは、JOKERを含めてツーマンセルで行動しているらしい。アルファ15は戦闘力が高いが4階にはいないので特に問題はない。だが、アルファ20が何者かの手により分断された。現在、その片割れだったナンバーKが精神錯乱を起こしつつある。接触しないよう極力注意せよ、とのことだ」

 

「了解……それは我々への心配ではなく、ゲームの邪魔をするなと言う意味ですね?」

 

「言うな」

 

ゲームを眺めている客にとって、参加者が壊れていく様は大きな楽しみの一つである。その人物によって予想だにしないショーが生まれ、倍率が大きく変動し、急に死者数が増えるなどして一気にゲームが進行するのだ。何より狂気に走った人間の行動の残酷さ、眺める分の面白さは、悪趣味ながら見る側を最高に盛り上げてくれる。ここに金や酒が絡めば、高みの見物客が狂喜しないはずがない。

 

 

「……趣味が悪いですね」

 

 

「…………。もうひとつ。サブマスターからの通信によれば、今回のゲームに例の連中が入り込んでいる可能性があるそうだ。絶対に気を緩めるな」

 

カシマの呟きをかき消すかのように、マックは大きめの声で言った。

 

「目標点到達までおよそ1キロメートルだ。もう一度確認する。第一段階は戦闘禁止エリアの鍵を解除してアルファMを救出、そして第二段階――ゲームマスターと協力してJOKERの確保に当たる。何か質問は?」

 

「…………」

 

「よし。作戦を遂行する。行くぞ」

 

 

 

――カシマ、お前はこのゲームが終わったら足を洗え。今ならまだ引き返せる。

 

 

 

 

「何やってるのよ! 最短ルートを使えばもう着いてもいいはずでしょ!?」

 

その頃、戦闘禁止エリアに閉じ込められた郷田の焦りは頂点に達していた。眉間に皺を寄せて、入口のドアを睨みつけるが一向に開く気配はない。漆山はまだ浴室に入ったままだ。おそらく肩の傷のせいもあってか、なかなか出て来られないのだろう。最悪、彼が出てきたとしても今度は自分がシャワーを浴びる番である。

 

時間稼ぎの理由には事欠かない――そう思った矢先に浴室へ続くドアが勢いよく開き、下半身にバスタオルを巻いた漆山が出っ腹を震わせて元気よく飛び出してくる。撃たれた肩には長めのタオルが巻かれていた。

 

「ま、待たせたなぁ……はぁ、はぁ……ちょ、ちょっと、傷が痛むんでな、時間がかかっちまった」

 

それにしてもこの元気の良さはどこから来るのか、ケガ人とは思えぬくらいである。それも今、もうすぐ始まるかもしれないことへの期待がそうさせているのか。

 

 

――このっ! いっそのこと、バスタブに沈めてやりたい気分だわ!

 

 

郷田が心の中で毒づいたのにも気づかず、漆山は鼻の下を伸ばして彼女ににじり寄っていく。今にも襲いかからんという勢いだ。

 

 

「ま、真弓ぃ……はぁ、はぁ……俺は……俺はぁっ!!」

 

 

「お、お待ちになって……私にもシャワーを浴びさせてくださいまし……」

 

「そんな、そんなものは必要ないぃっ!! 俺は、俺は……もう待てないんだぁ!」

 

まさに自分のことしか考えていない、セクハラオヤジを地で行く男の典型である。そんな生き方をしてきたからこそ、今までの人生で何も手に入れることはできず、誰からも相手にされず……その理由すら理解できず、思い通りにならない世の中を逆恨みして年を重ねるうちに、戻れないところまで来てしまったのだ。むしろ、彼の場合はここで夢を見られた分、まだマシだったのかもしれないが。

 

「俺と、真弓は……死ぬまで一緒だぁ! 俺たちはなぁ……! 運命の赤い糸で結ばれてるんだからなぁ!」

 

漆山は優希を探していた時のように目を見開き、吐息を乱しながら後ずさる郷田へ距離を詰めると、今時顔から火が出るような、それこそ現実では聞けないような台詞を平然と言ってのける。まともに恋愛をしたことのない男が匙加減を理解できない故の結果だろう。若い頃なら失敗はあるだろうし、そういうものを重ねて成長していくのかもしれない。しかし、50を過ぎた大の男がこれでは見苦しい限りである。しかも、相手の意図にも気づかないところが殊更に哀れさを引き立てる。

 

この時、漆山は目の前の郷田に神経を全て集中させていた。視界に入るのは困ったように恥じらうスーツに身を包んだ女性……彼女は次の瞬間には自分のものになるのだ。もはや郷田のことしか考えられなくなっていた故、他のことになど気づくはずがなかった。だから、入り口のドアが静かに開き、誰かが入ってきたことにも気づかなかったのだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「あっ……! 権造さん、少しお待ちになって……」

 

「な、何を言ってぇ……は、はひっ! ひぇあぁ!?」

 

入口付近で佇む二人の男に気付き、漆山は慌てふためく。迷彩服を着た男が二人――ただならぬ雰囲気に圧倒され、自身の性衝動を邪魔された怒りの声は瞬く間に驚きの悲鳴に変わる。何より今の自分の行動を見られていたのかと思うと、恥ずかしさのあまりいてもたってもいられなくなる。

 

一方、郷田はそんな漆山には目もくれずに男たちの方へ歩いていくと、漆山は漸く自身の間抜けな恰好に気付き、じたばたしながら自分の服を乱暴に掴んでは郷田の後を追って隣に並んだ。

 

これからお楽しみの始まりだと言う時に――自身の欲を常に前面に押し出して生きている漆山にとっては、本来は邪魔をするなと怒り狂うはずだった。しかし、それをも上回る疑問につい率直な質問が口をついて出る。

 

 

「はぁ、はぁ……ま、真弓ぃぃ……この男たちは何者なんだ? 首輪がないじゃないかぁ?」

 

「ふふ、武器ですわ。私たちを守り、戦ってくれる。武器そのもの……」

 

「ぶ、武器……だってぇ!? それじゃ、こいつらは……俺たちが思うままに動かすことができるのかぁ!?」

 

瞬間、若い方の男の目が急に鋭くなった。二人の言い草が面白くなかったのかもしれない。そんな男たちに漆山は唖然としたまま近寄って行く。

 

「た、確かに、すごい武装だっ……こんなでかいライフルに……軍人が着るようなジャケットなんてぇ……真弓ぃ、こいつらはどうやって……?」

 

「先ほど、この部屋の中でツールボックスを見つけましたの。試しに使ってみたら……彼らが駆けつけて来てくれたのですわ」

 

まさに警察の特殊急襲部隊……SATを思わせる装備だった。ヘルメットやタクティカルベストなどがそれを彷彿とさせる。

 

「じ、じゃあ、こいつらに頼めば、あの小娘を捕らえてくれるんだな? はぁ、はっ!」

 

「ええ……彼らと一緒に、あの子を捕まえに行きましょう、権造さん」

 

郷田が場を取り繕うかのように微笑みかけると、漆山はパブロフの犬のごとく鼻の下を伸ばして吐息を乱し始める。それは紛れもなく自身に全てを委ねている証拠だと捉えているのだが、男たちの目の前では淫らに襲いかかるわけにもいかなかった。いくら武器の役割だとは言え、彼らが人間だと言うことは漆山でも見ればわかる。

 

 

……それよりもこの時点で郷田の言っていることを疑いもしないことの方がよほど深刻なのだが。

 

 

「あの……権造さん、それで……。あの……」

 

「な、なななんだっ!? 真弓!」

 

郷田はわざとしおらしく頬を染め、目を背けながら漆山に語りかける。

 

 

「もしもの話ですけれど……あの子をとらえて、それで私の首輪が外れて……そして、権造さんも生きて帰ることができたなら、私と……その……」

 

 

流石にこの男たちがツールボックスで呼び寄せた武器だという理屈では、漆山でも疑われる恐れがある。そう判断した郷田は漆山の思考回路をさらにかく乱するべく、もう一度誘惑し直すことにしたのだ。頬を染めながら俯き、時おり色目を混ぜて欲情丸出しの漆山の双眸に刺激を送る――

 

ここまでくると催眠術と言ってもいいのかもしれない。尤も、高山にはまるで通じなかったのだが――

 

 

 

「何が目的だ? ……その少女を捕まえることと貴様の首輪と、何がどう関係するのか。説明してもらおう。ルールを交えてな」

 

 

思い出しただけでも不愉快だった。逆に冷たく鋭い視線を刺され、鉄パイプを構える。自分のプライドを傷つけたあの男――! 既にこちらは銃を持っていたものの、取り出した途端に叩き落とされそうな予感さえした。逃げるのが精一杯だった。

 

 

 

……それでも漆山には効果てきめんだった。当の郷田が驚くほどに。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はっ、はっ……真弓……真弓……まゆみぃぃぃぃっ!!! お、俺は……お、おお、お前を……あ、ああ、あ、愛してるんだぁァァァァっ!! か、必ず……一緒に帰ろうな、な、なぁっ!? ……そ、そそ、そ、そしたらぁ……お、俺と……俺とぉぉ……そ、その……け、け、けけ……けけけけっこ……」

 

 

 

「ああっ、権造さんっ……! それ以上……それ以上は言わないでくださいましっ! ……お願いですわ……」

 

発情した犬のように、顔を真っ赤にしながら息を乱して吠える漆山の唇に、郷田はそっと人差し指を添えて言葉をふさぐ。そして郷田は切ない面持ちを保ったまま語りかける。

 

「私……迷信深い女ですの。戦火の中、戦いが終わったら結ばれることを約束した男女は不幸になる……そんな言い伝えがありまして……。ですから、そのようなことを仰られますと、この先きっと権造さんに災いが……それも、私なんかのために……」

 

「そ、そんなことは関係ないぃぃっ! そんなのはドラマや小説……若造どものゲームの話だぁ! 俺は……俺は、お前を……真弓を……ずっと、ずっと守ってやるぅぅぅぅっ!!」

 

 

――バカが。

 

 

……上半身裸のまま今にも郷田に襲いかからんという勢いで、滑稽な告白を行う漆山に男たちは完全に呆れていた。目出し帽から除く若い方の男の、漆山に対する視線は虫でも見るかのような嫌悪が込められている。逆に上官の方は笑いを必死に堪えているのか目を細めていた。

 

そんな二人の男の心情など知る由もない漆山は、相変わらず自身の言葉に酔いしれながら、郷田の返事を待っていた。それでも、郷田は最後まで演技をして見せる。

 

「まあ……嬉しいですわ、権造さん……た、ただ……恥ずかしいですわ。お洋服を着てくださいまし」

 

「へあっ!? あ、ああ……す、すまん……俺としたことがぁ、少し有頂天になっていたみたいだなぁ……へ、へへっ」

 

漆山はスキップをするかのように自身が落とした服を拾いに行く。郷田の返事をOKのサインだと勝手に捉えた嬉しさが、彼の足取りを軽やかにしていた。だから、その後ろ姿に郷田の侮蔑と嘲笑が入り混じった視線が送られていることに気づくことはなかった。

 

 

――二人の男は別として。

 

 

(とりあえず、ダミー映像を流さなくてもよくなったわね……これからどうしたものかしら……)

 

 

郷田の懸念は漆山が男たちの存在を疑って、暴れ出した場合の対処である。もしも漆山自身が騙されたと気づいて逆上し、自分の身体目当てに襲いかかってきた場合は身を守る必要が出てくる。あらかじめその時のことを考えてはいたものの、漆山の脳の劣化具合と精神成熟度の低さは郷田の予測を遥かに超えていたのだ。

 

 

 

「それじゃ、そろそろ出発しましょう。あなたたちもよろしくて?」

 

もそもそとジャケットを着る漆山をよそに郷田が言うと、男たちは黙ってライフルを構える。

 

「真弓、あの小娘がどこにいるか、わかるのかぁ?」

 

「ええ……それについては万全ですわ。あの子がいる場所に着くまで彼らに護衛してもらいましょう」

 

郷田が素早く指示を出すと、二人の男は郷田と漆山の前後を固める。上官らしき男、つまりマックを先頭に、郷田、漆山、そしてカシマと隊列を組むと、いよいよドアに向かって歩き出した。

 

「お、お前たちぃ、いいか? 俺と真弓が二人っきりになりたい時はな、邪魔するんじゃないぞ? さっきだってお前たちが来なければ……俺はぁっ!」

 

「…………」

 

「おい、お前、聞いてるのかぁ!? お前もだぁ!!」

 

「…………」

 

漆山は男たちに話しかけるが、一向に返事はない。それもそのはず、彼らは非常時を除き、言葉を発するなという指令をタロットから受けているからである。

 

ただ、皮肉なことに漆山が勤めている会社では、ほとんどの女性社員は彼らのような反応をするのだが――そんなことを知る由もない漆山は、職場で部下にバカにされているかのような屈辱感に陥り、語気を強めて言い放つ。

 

「お、おいっ!! なんか言ったらどうなんだっ! お前ぇ、バカにしてるのかぁ!? おイぃ!!」

 

「…………」

 

「こ、このぉぉぉっ!!」

 

カッとなって、男に掴みかからんとする漆山を郷田がなだめる。

 

「思い出して、権造さん。彼らは武器ですわ。武器が口をききまして?」

 

突然の甘い声に漆山は驚き、手を引っ込める。

 

「へぁあ!? そ、そ……そうだったな。ははっ、そういうことなら大目に見てやる。い、いいか、お、おい! お前たちぃ! 俺が思う存分こき使ってやるから、ありがたく思え。使ってなんぼの武器なんだからなぁ? わかったかぁ? はっ!」

 

――チッ。

 

立場が上だと思い始めた漆山は急に態度を翻し、横柄になる。それは職場の部下に対する態度そのものだった。当然、洞察力の欠片もない彼はカシマの舌打ちにも気づくことはない。漆山は自分でわかっていないのだ。なぜ職場で嫌われるのか――

 

 

初めのうちはそんな漆山でも部下は素直に言うことを聞いてはいるが、その性格にだんだん嫌気がさして次第に距離を取り始めるようになる。すると次はなぜ避けられてるのか理解できずに同じ調子で寄って行き、適当にあしらわれるようになる。ついにはその扱いに相手を逆恨みし始め、最終的には男性社員にはパワハラ、女性社員にはセクハラまがいの行為を仕掛けるようになるのだ。これでは部下の方はたまったものではない。しかし、当然というべきか部下の方は賛同者や共感者が多いため、漆山も数には勝てずに手出しができなくなり、ますます相手にされなくなっていく。

 

結局、この男はどこへ行っても状況判断ができないのだ。だから、現状に沿った行動がとれず、冷静に物を見ることができない。いつでもどこでも自分の欲望――それを叶える事だけが最優先事項。そうでなければセクハラオヤジになどならなかっただろうし、嫌われることもなかったのだが――

 

 

 

「よ、ようしっ! 行くぞぉ、お前らぁ!!」

 

 

何を勘違いしているのか、漆山は元気よく仕切り出した。郷田の演技を真に受けてこの後の展開を勝手に妄想したせいで、精神が高揚しているのかもしれない。そんな漆山を無視して先頭の男はドアノブを捻ると、先ほどのことがウソであるかのようにドアが開き、郷田も漸く胸をなでおろした。

 

――これで漆山の方は大丈夫ね。それにしても一体何だったのかしら……。どこの馬鹿なプレイヤーがこんなことを……。

 

「部屋を出たら左よ」

 

男たちに指示を出しながら戦闘禁止エリアを出る。この時の郷田は閉じ込められた部屋から脱出できたばかりで完全に気を緩めていた。何より鍵がかかっている理由と、捕らえるべき少女の行方に神経が集中していた。だから、ドアノブにある異変があったことに気付かなかったのだ。

 

続いて漆山と後方の男が部屋を出てくると同時に漆山は郷田に話しかけようとする。

 

「そ、それでぇ……これから――」

 

その時――外側のドアノブの上にセットされていた黒い塊のランプが緑から赤に変わる。真っ先に気付いたのは最後に部屋を出たカシマだった。

 

 

――罠か!?

 

 

「爆弾だ、伏せろっ!!!」

 

カシマがドアを閉めた瞬間、大声を上げた。

 

「なにっ!?」

 

「ひ、ひぃぃぃっ!!! なんだっ! しゃ、しゃべれないんじゃなかったのかぁ!?」

 

「マスター、失礼っ!!」

 

「きゃっ!」

 

全速力で逃げ去ろうとする漆山に反し、カシマは郷田の頭を抑え地面に伏せさせようとする。その刹那、ドアは赤い光と共に轟音を立てて吹き飛んだ――

 

 

 

 

「ごほ、ごほっ……か、かはっ……こ、こんな……。み、耳が……。誰が、こんな真似を……!」

 

「ま、真弓ぃ……だ、大丈夫かぁ……?」

 

離れたところでひっくり返っていた漆山は、何とか起き上がると郷田に近寄って行く。二人とも爆音により耳を痛めたものの、大した傷は負っていなかった。

 

「う、うわあああっ! ち、ちち血が、血がぁぁっ! ひ、ひはぁっ……!! ま、真弓……真弓ぃっ!」

 

「カシマ……!」

 

目の前の惨劇に気付くと、漆山は情けない悲鳴を上げて腰を抜かす。そこには部屋を最後に出た男がうつ伏せに倒れていた。背中は爆風によりジャケットごと大きくえぐり取られ、辺り一面を血に染めていた。それだけではない。腕や足の一部までもが損壊していたのだ。先頭の男が既に事切れているであろうその男に近づき、様子を見ようとしゃがみ込むも、モロにそれを見た漆山は慌てふためき、郷田にしがみつこうとする。

 

 

「ま、真弓ぃ……ひ、ひい、お前は、な、なんで平気なんだぁ!?」

 

「ふふ、怖れることはありませんわ。彼らは武器だと言ったはずです。武器でありながら盾ともなり、こうして私たちを守ってくれたことを感謝しなくてはいけませんわ」

 

「そ、そそ、そう、なの……か……? はは、そう、だな。真弓が……そう言うなら……」

 

「しっかりしてくださいな、権造さん。貴方には私を守ってもらわなければなりませんのよ? ええ……ここから出てからも、ずっと……」

 

目の前で人が倒れているにもかかわらず、郷田は平然と漆山に微笑みかける。漆山はそんな郷田に何の疑問も持つことはなく、意味深な言葉に妄想を膨らませ、吐息を乱し始めた。

 

 

――馬鹿な、カシマ! お前は……こんなくだらんことで……!

 

 

そんな二人に見向きもせず先頭の男――マックが倒れたカシマに気を取られていると、通路の奥の方から何かが転がってきた。

 

これは――! 手榴弾、いや……発煙弾か!?

 

考える間もなくその缶は多量の煙を吐き出すと、通路一帯の景色を一変させた。

 

「きゃあっ! ごほ……ごほっ! さっき、から……だ、誰が……!? こんな大それたことを……! 早く、早く迎撃しなさい……!!」

 

「ぐおおっ! なん……で、げほ、がほっ! いつも、がはっ! 俺ばかり……狙っ……て、げほげほ! 煙がぁはっ!……沸いて、くる……んだ! うげぇっほっほ!! ま、真弓ぃぃぃっ!! どこだ……どこだぁ……!」

 

先ほどの爆発の衝撃に続いて突如周囲の視界を奪われたことにより、郷田と漆山は完全に浮足立っていた。方向感覚さえも失い、何が何だかわからないままにただその場の恐怖から逃れようと喚き出す。片や手足を振り回してよろめきながら右に左に躓き出し、片や曇る眼鏡を外しながら咳き込んで、座り込む。何とか走りだそうとするも、焦りのせいかヒールのせいか立ち上がろうとしたところで再びよろけそうになり、そんな無様な自身の姿に自己嫌悪さえ覚える。

 

――何でこの私がこんな目に遭わなければならないのよ!

 

 

一人冷静だったマックは、素早くスコープを下ろして敵の察知を試みると、ライフルを構えた。

 

「あ、あれは……!?」

 

しかし、煙の奥に佇む二つの人影を見て一瞬怯んだ。どこかで見た記憶がある……今まで何人と殺してきた工作員に似た――その後ろで微かに震えているのは……!!

 

――ダメだ、万にひとつもJOKERに当たったら……!

 

だが、マックが撃つことを躊躇った時、その僅かな隙を突いて手前の人影が持っているライフルが火を噴いた。その数発の銃弾は容赦なく防弾チョッキを貫通した。

 

「……うおぉ!!」

 

「ひ、ひぃぃっ!! ぶ、ぶぶ……武器が撃たれたみたいだぞぉっ!? ど、どうすればいいんだぁ!? ま、真弓……真弓ぃぃっ! お、おお……俺を……俺を置いていかないでくれぇぇぇっ!!」

 

 

銃撃の音と男が倒れた音を聞いた漆山はパニックに陥り、さらに手足をバタつかせて暴れ出す。もはや前も後ろも右も左もわからない。こうなったらヤケである。適当な方向へ向かって煙が晴れるまで走り続けるしかない。漆山は必死に走った。こんなに激しい運動をするのは得てして何年振りだったのか……

 

 

 

「へぇ、はぁ、はぁっ、はぁ……ひ、ひぃ……ぜ、ぜぇ、ぇぇ……ふぅ、ふぅ……は、はひ……ひは……は、は…………はぁっ!!?」

 

 

 

どれくらい走っただろうか――煙が晴れ出したところに夢みたいな光景が広がっていた。目の前にはなんと、探し求めていたあの少女がいたのだ。髪型が少し変わっていたものの、それは前に捕まえようとして格闘になった時に、自らリボンをほどいたせいだとすぐにわかった。

 

「げはっ……ごほっ……へえ、へぇ、やっと……やっと見つけたぞぉぉ……」

 

一方、少女は周囲の状況が理解できないのか放心状態のまま立ち尽くしていたが、やがて目の前の脅威に気付き、怯えの色を醸し出した。

 

「……ひっ……い、いや……!」

 

変質者のようにすり寄ってくる漆山に対して、少女は頭を左右に振りながら後ずさる。だが心に反して体が言うことを聞いてくれない。

 

「大丈夫だ、大丈夫だ……俺はなんにもしないから……さっきは、その……悪かったねぇ。あれは……つい、魔が差しただけなんだよ……。俺の幸せのために、ほんの少しでいいんだ……おじさんと一緒に、おいでぇ……」

 

「た、助け……て……お、にい……ちゃ……!」

 

今までの郷田の態度から、将来を誓い合ったものだと完全に思い込んだ漆山は、無理に少女を捕らえなくとも郷田は自分のものになるものと思っていた。しかし、あれだけ真剣に頼まれたとあっては、取り押さえて差し出した方が喜んでもらえるだろうし、何より箔がつく。そう、漆山にとって目の前の少女は婚約指輪のつもりなのだ。

 

「さあ、一緒に来るんだよぉ……」

 

漆山は猫なで声を出しながら少女との距離を詰めていく。

 

「真弓ぃ……やったぞぉ……真弓ぃぃ……うへ、うへへへへぇ」

 

怯えて動けないその小さな身体に、ついに漆山が汗と脂にまみれた手を伸ばしてつかもうとしたその時だった――

 

 

 

「ばえぇっ!?」

 

 

 

瞬間、漆山の身体に蜂に刺されたような激痛が無数に走った。だが、すぐにそんな生易しいものではないことを理解する。自分の身体に空いた傷口から流れ出る、夥しい量の赤い液体……その現実は一瞬にして恐怖へと変わる……。

 

「ひ、ひぃぃぃっ……な、なな……なんでだぁ……? がっ……がはぁ!?」

 

「ひっ……ひっく……い、いや…………」

 

そんな姿の漆山を目の前で見せられた少女は意識が遠のきかけていた。そのあまりの生々しさと恐怖に涙を流し、動くこともできずにその場で震えている。

 

「く、ぐおぉぉ……くそぉっ! 誰だぁ……! お、俺と……真弓の邪魔をする奴……はぁぁっ! ぐっ……い、いぃぃ……いて、いでえええええっ!!! があああああ!!」

 

強がっては見たものの、ちっぽけなプライド――否、欲情に走った末にプライドを捨てて悪魔に魂を売り渡した男にそんなものは残っていないのだろうが、敢えて言うなればそんな虚栄心よりも、見る見るうちに広がってくる激痛に耐えられなくなったのだ。身体は正直である。尤もこの男の場合、心よりも身体、煩悩に支配されて生きているようなものなので当然と言えばそれまでなのだが……何とかその場から逃げようとするも、これで終わりではなかった。

 

 

「はぁぁ――ひぃっ、ぶがぼがげげばべべべぇっばぼ! ばがぎぎどばべべばがげごぐがががががっががぇぇ!!! が……がは……かぁぁぁ……ぐぶぅぅ……」

 

 

誰かが近寄ってくることに気付いた時には、再び無数の銃弾が漆山を襲っていた。先ほどの銃撃よりも近い位置からの射撃だろうか、威力、命中率共に高くなっており、必然的に身体を貫く銃弾の数も増していた。そのあまりの量に漆山は倒れることもできず、血を噴き出しながら不気味な赤いダンスを踊り続ける。

 

 

「が……は……! はぁぁ……ぁ、ま、まゆ……みぃぃ……。げぇ…………べ……」

 

 

銃弾の嵐が止むとともに漆山はその場に倒れ込む。

 

 

 

哀れなマリオネットの夢はこうして終焉を迎えたのだった――

 

 

 

 

――その一部始終を見ていた男は、動かない自分の身体を憎んでいた。目の前でやらなければならないことが山ほど起きているというのに……意志に反して意識が薄れていく。

 

 

「ふ、ふふ……俺も……年貢の、収め時、か……。皮肉な、もんだな……一人でも多く……消して、やろうと……誓った、奴らに……。……地獄で、待って……るぞ……鴻、上……!」

 

 

 

 

 

 

 

――ピロリン、ピロリン、ピロリン。

 

 

突然、長沢のPDAが鳴った。しばらくの間聞くことのなかった効果音に驚きながらも、ポケットからPDAを取り出して画面を確認する。

 

「み、御剣の兄ちゃん……誰か、死んだみたいだよ……」

 

ツールボックスの効果を報告すると、固唾を飲んで長沢の方を見ていた総一と咲実の表情が一変する。

 

「な……何だって!? くそっ! 一体誰が……」

 

憤る総一とは逆に、咲実は驚きのあまり言葉を失って震えている。放っておくとその場に座り込んで動けなくなってしまいそうだった。

 

「さ、咲実さん……しっかり、大丈夫か?」

 

「御剣……さん……ご、ごめんなさい……。少しくらっときて……」

 

「とにかく、今は戦闘禁止エリアに急ごう。少し休まないと……長沢、お前も大丈夫か?」

 

 

――死んだのは優希だったりしないよな。それに、渚の姉ちゃん、葉月のおっさん……高山のおっさん……って、俺は何を心配してるんだろうな……。

 

本来の長沢ならばゲームが進んでると喜ぶべき場面だったのだろう。だが……どうしてか、ここに来てからは死んでほしくない人が微妙に増えている。前より俺は弱くなってしまったのか……? それでも嫌なクラスメートを恨んでいる時よりは悪くない気がした。

 

「おい……長沢!」

 

「え!? あ、ああ……何とか大丈夫、だよ」

 

――ゲームの主人公ってのは、つらくても言葉に出さず耐えるんだ……!

 

総一の声で我に返る。正直なところ、咲実のように弱音を吐きたいところだったが思春期特有の妙なこだわりがそれを止めていた。

 

「それならいいんだ。行こう。何かあったらすぐに言えよ?」

 

 

そろわない三人の足音が通路に不思議なリズムを奏でていた。

 

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