シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

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第3話 逃走のプリンセス

「ちぇっ、今すぐ殺すつもりなんてないのにさ」

 

長沢はすぐに後を追ったが、麗佳の姿はどこにも見当たらない。

 

「大人ってやつはみんなそうだ……」

 

長沢勇治はまだ中学生である。それなのにこのゲームをあっさり受け入れ、ほとんど恐怖を感じていないのには理由があった。

 

勉強も運動も苦手な彼は、体の小ささも相まって学校ではいつもバカにされていた。そこへ趣味であるゲームのやり過ぎが彼の攻撃性を余計に高め、激昂しやすい性格を作ってしまったのだ。現実での彼は弱い。ゲームをプレイしているときにはどんなに強気になれても、その勢いそのままに大口ばかり叩いていれば、当然まともなクラスメートからは相手にされなくなる。

 

さらにケンカも弱く、身長も低いとなれば性格の悪い男子にとって、からかうにはうってつけの存在となる。また、すぐにカッとなるところも舐められる一因だった。弱い人間を怒らせても怖くないのだから、怒らせることそのものを目的として楽しむ者も出てくる。

 

そのままならない日常の反動から長沢はゲームにおいて力を求めた。RPGならばレベルを最大にしたり、レアアイテムを全てそろえたり……ネットではそれらの内容を自慢することによって認めてもらえる。彼の鬱屈した精神のよりどころはゲームやネットに偏っていき、自分を認めてくれるネットにいつしかその精神は取り込まれてしまった。

 

そんな状況にある彼が「人を殺してみたい」「憎いクラスメートの殺し方」などとネットに書き込むようになるまでそう時間はかからなかった。だが、実行に移す根性はとてもない。当然、現実ではあっても困るのだが――しかし、このゲームではそれをリスクなしで実行に移せるのだ。そして殺すことがゲームのクリア――首輪の解除につながっている。

 

もしも条件をクリアして帰ることができたら、学校でも認められる。自分を軽く扱った人間を見返すことができる。言葉だけじゃないところを証明できる。

 

あれから大分探し回ったが、麗佳を見つけることはできず、長沢は仕方なく他の参加者を探すことにした。ゲームが始まってから2時間は過ぎただろうか。何の気なしに歩いていると後ろからバタバタと足音が聞こえてきた。

 

「助けてっ! お兄ちゃん!!」

 

長沢が振り返ると同時にその少女は長沢の胸に飛び込んだ。突然の出来事に驚きながらも少女に尋ねる。

 

「な、なんだよ!? お前……!」

 

「変なおじさんが、寄ってくるのっ!! しつこいの!!」

 

少女は長沢にしがみついたまま怯えた目で訴える。そのまま顔を伏せると白いリボンが目につく。セーラー服のようなワンピースとニーソックス。その服装から一瞬中学生かと思ったが、顔つきはまだ幼く長沢よりも年下だろう。こんな子供もゲームに参加しているのかと感心したのも束の間、問題のおじさんらしき人影が奥に現れた。それはどんどん大きくなり、やがて二人の前に姿を現す。

 

 

「お兄ちゃん、このおじさんだよ……! わたしに触ろうとしたり、手を握ろうとしたりするの!」

 

「だから、お嬢ちゃん、なにもしないって。そんなに怖がらなくたっていいじゃないか……ん?」

 

目の前に現れた男は50前後の中年男性だ。髪は白髪が混じっており、服装はどことなく汚らしい。黙っていれば普通のおじさんに見えなくもないが少女を見る目はイヤらしく、呼吸が乱れているのは単に走ってきたから、というわけではなさそうだ。流石に長沢もこの中年には引き、言葉を返す。

 

「なんだよ、おっさん。いい年のくせして、子供が好きなのか」

 

「な、なな、なんだ、お前は! 関係ないじゃないか。俺はその子に用があるんだ!」

 

「へぇ、それってどんな用?」

 

「お、お前には関係ない! どっかへ行けぇ、このガキがぁ!」

 

普通の子供なら大人にここまで怒られれば怖がるものなのかもしれない。しかし、この中年の持つ雰囲気、話し方はそれとはかけ離れたもので、長沢も調子に乗る。

 

「あ、もしかしておっさん、ロリコンってやつか? ネットで知ったけど、そういう大人って結構多いんだよな!」

 

「な! 何だとぉ! 貴様ぁ!! このぉぉ!!」

 

「お兄ちゃん! 逃げようよ!!」

 

長沢の挑発に中年はみるみる顔を紅潮させて怒り出す。今にも殴りかかってきそうな勢いに後ろに隠れていた少女も怯え出すが、それでも長沢には止める自信があった。

 

「おっと、おっさん、それ以上はやめた方がいいぜ? ルール違反で首輪が作動するかもよ!?」

 

「んあ!? ひっ!!」

 

途端に情けない声を出して中年は拳を引っ込める。

 

「お、おい、小僧!! ど、どういう意味だ!」

 

「ん~、おっさんのPDAに書いてあるルールを見せてくれたら、教えてやってもいいけど?」

 

「うぐぅ……」

 

中年はしぶしぶ長沢の提案に応じた。本当に首輪が作動しては元も子もない。

 

(へへ、麗佳の姉ちゃんに会っといてよかったぜ……)

 

ルール7

指定された戦闘禁止エリアの中で誰かを攻撃した場合、首輪が作動する。

 

「戦闘禁止エリアかぁ……へぇ」

 

中年の知るルールのうち一つはルール6の賞金山分けであり、長沢の知るそれと被っていた。そしてルール8の開始から6時間は戦闘禁止、を教えた長沢はしたり顔で言う。

 

「な、おっさん。俺の言った通りだろ?」

 

「さっきからおっさんおっさん言うな! 俺は漆山と言う名前があるんだ!」

 

「そうかよ。僕――あ、俺は長沢勇治」

 

「ふん、お前の名前なんかどうだっていい」

 

学校ではこんな言われ方をするたびに激しく怒り、相手に噛みついていた長沢だが相手が格下っぽいと思うと妙に腹も立たなかった。

 

「お、お嬢ちゃんの名前はなんていうんだ?」

 

「…………」

 

自己紹介もそこそこに、漆山は懲りずに声色を変えて少女に近寄ろうとする。しかし、少女は完全に怖がっており……いや、嫌悪しており、長沢の後ろに隠れたまま答えようとしない。

 

――さて、どうしようかな

 

長沢は頭を回転させて次の行動を考えた。武器でもあれば こうげき を選んでいただろうが、今は素手だ。それにゲーム開始から6時間は戦闘禁止。それなら――

 

「な、なんだ! そんなに俺が嫌なのか! くそっ! どいつもこいつもぉ……」

 

「じゃあな! おっさん!!」

 

「えっ……えっ!?」

 

用済みと踏むが早いか、長沢は踵を返すと少女を抱えて走り出した。突然抱えあげられた少女は驚きとも喜びとも取れる声を漏らす。

 

「あっ!? ま、待てぇっ!!」

 

漆山もすぐに追ってくる。だが必死な彼とは裏腹に、長沢は少し嬉しかったのだ。成り行きとはいえ少女をお姫様抱っこして走り去るなど、ゲームの中の話であり、学校や現実ではあり得ないことだった。体育なんか大嫌いなはずだったが、この時ばかりはどこまでも走れそうな気がした。

 

……そんな気分に浸って調子に乗っていたものだから、足元が大きくへこんだことにも気づくのが遅れたのだ。

 

「きゃっ! お兄ちゃん!!」

 

「え!? う、うわぁぁっ!!」

 

何かにつまずいたような感覚に長沢は少女を抱えたまま、勢いよく前のめりに倒れた。抱えられていたおかげで少女は無事だったものの、自身は両腕を地面に打ちつけた。

 

「いっ……ててててて!! いてぇっ! いてぇよぉぉっ!!」

 

「……お兄ちゃん!! だいじょうぶ?」

 

「は、はひっ、バカめぇ!」

 

今まさに漆山が顔をニヤつかせて、二人に追いつこうとしたその時である。

 

 

――ドガァァァッ!!!

 

 

漆山の目の前、ちょうど頭くらいの高さに鉄の棒が飛び出し、反対側の壁を思いっきり殴りつけたのだ。叩かれた部分は軽くへこんでいる。

 

「ひいぃいいっ! なんだ、こりゃあ!?」

 

驚いて足を止める漆山。もう少し早く追いついていたら頭に直撃していたかもしれない。もしもそうなっていたら、最悪、死に至る可能性も……

 

――罠、か!?

 

体勢を立て直した長沢と少女もしばらく固まっていた。もしも転ばなかったら……それこそ怪我の功名であった。

 

「おいおい、随分と騒がしいじゃねえか。何だっつんだよ?」

 

騒ぎを聞きつけたのか、あるいは偶然か、一人の男が通路の脇から現れた。

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