矢幡麗佳 8 Death 近距離でPDAを5つ破壊
色条優希 4 8.5 首輪を3つ取得
漆山権造 A Death QのPDA所有者の殺害
手塚義光 5 2.3 24箇所のチェックポイント通過
陸島文香 Q 3.4 71時間の経過
郷田真弓 ? 4.0
御剣総一 2 3.1 JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実 6 6.8 JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K 4.8 PDAを5つ収集
葉月克巳 7 10.6 全員との遭遇
綺堂渚 J 4.2 24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太 10 2.0 首輪が5つ作動
「……くう、……いかんな……これは」
腹部から滴り落ちる自らの血に、葉月は表情を歪めた。立っていられるのが不思議なほどだった。立ち止まれば床に血だまりを作り、それは不快な音と共に広がって行く。気を抜くとすぐにでも意識を失ってしまいそうだった。
何者かの襲撃によってかりんと離れてからは移動することもままならず、壁に手をつきながら歩くのがやっとだった。幸い、葉月のPDAにはGPS機能のツールボックスがインストールされていたので、自分がどこを歩いているか見失うことはなかった。しかし、流れ落ちる血と見慣れない不気味な赤の色、そして追手がいなくなったことによる安堵からだろうか、徐々に噴き出してくる傷の痛みは葉月に恐怖をもたらしていた。本来ならば病院へ直行すべき重傷である。
――誰が撃ったのか。
苦痛を堪えながら葉月は考えていた。あの時、かりんは反対方向へ走り去って行ったはずだ。自分もそれを追うように走った。その後、手榴弾が後ろで炸裂して気づいた時には腹に穴が開いていたのだ。
確かに別れ際のかりんは正気ではなかった。だが、その状況から葉月には彼女が自分を撃ったのだとは思えなかった。やはり、手榴弾を投げてきた方なのか――だとすればその人物は一体……。
「ぬぅぅ……!」
今まで会ったきた参加者の中から該当者を弾き出そうと、考えを廻らせたところで足に激痛が走り、その場に膝をつく。あと二人――自らの首輪を解除するには、まだ見ぬ二人の人物と接触する必要がある。その条件ゆえに、葉月は深手を負いながらも歩き続けてきた。それだけではない。自分が倒れたら、渚も助からなくなるかもしれないのだ。葉月にとって娘と同い年の彼女が他人には思えなかった。そして無理にというわけではないが6階で高山と再会する約束がある。
下手に動かない方が身体のためとは言え、じっとしているわけにもいかない。だが、座っている方が遥かに楽だ。正直なところ、このまま眠ってしまいたいくらいに――
葉月は無機質な天井を仰ぐと懐に手を入れ、定期入れを取り出す。あれだけの銃撃や爆発に巻き込まれてきたというのに、これが無事だったことを確認すると自然と顔が緩んだ。そこには乗車用の定期と一緒に大切なものが入っている。娘の顔を毎日見られなくなってからは、片時もそれを手放したことはなかった。
――どうせならば、最期は大切な存在と共に……。
「おやおや……いいのかな、僕で」
「いえ、とんでもありません! 俺、あ、いや……私たちは仲人をお願いするのならば、是非、葉月さんにと前から、その……話し合って決めていたん……いたものでして」
新鮮な光景だった。いつもは砕けた姿勢で接してくる同課の若者に呼び出されると、そこには以前から噂になっていた彼女を連れて、真剣な表情で待ち受けていたのだ。
「ははっ、それは光栄だね。そこまで言われたら断れないよ」
恋愛結婚が主流となった今、最近の結婚式には仲人を立てないケースが増えていた。それでも形式を重んじる家がなくなったわけではない。役所ともなれば優秀な人材が入ってくることがある。その中でも育ちの良い男女がいれば両親の希望や家のしきたりなどの問題もあり、頼まれ仲人という形で媒酌人を依頼するということも出てくる。
「あ、ありがとう……ございます、葉月さん……。その、どうか、よろしくお願いします――あ、ごめんなさい、私ったら……」
「おっと……駄目じゃないか、君。フィアンセを泣かしたりしたら……はははっ」
「ああ、いや、その……すいません! お、俺もちょっと、その、感激です――! もし断られたらどうしようかと……」
彼女の目には涙が溢れていた。それに気づいて冗談を言うと慌て出す彼。二人を眺めながら自身の過去を思い出す――思えば遠くまで来たものだ。自分が上司に頼んだ頃は、こんな日が来るとは思わなかった。
いずれ自分の娘も嫁に行くだろう。それは待ち遠しい時であると同時に、怖れている時でもある。娘の幸せと引き換えに娘を失うのだから。
「お父さん、心配かけてごめんなさい。私はもう、大丈夫だから――」
やっと引きこもりから立ち直った娘が、妻に付き添われて自分の前に現れてくれた。ぎこちなく微笑む、愛しい笑顔――自分が守りたかったものはこれだったのだ。自分の代わりとなる男が現れるまでは。
「今はもう、時代が違うんでしょうかねえ。単にあの子が弱いのか、それともしばらく立ち直れないほど前の彼氏を愛していたのか……後の方でしたら、少し羨ましいわね。激しく燃えるような恋。ねえ、あなた」
「何を言ってるんだ。僕たちだって負けてないじゃないか――」
――――!
定期入れから取り出した家族の写真より蘇る、大切な記憶と約束――懐かしい思い出。それが失いかけた葉月の意識を呼び覚ました。もしも何もなかったらこのまま目覚めることもなかったのかもしれない。だが……そうだ、まだ自分にはやらなければならないことある。
「ぐぅ……まだだ……! 僕は、まだ……死ねない…………!」
葉月は壁で身体を支えながらゆっくりと立ち上がる。そして、もう一度写真を眺めると、再び歩き始めた。
「あと少しで戦闘禁止エリアに着く。もうすぐだよ、咲実さん」
「あ……は、はい……」
総一は、時おりふらついては倒れそうになる咲実の身体を支えながら、彼女の手をしっかりと握って励ますように声をかける。もともと体力的にも精神的にも衰弱していた咲実は以前にも増して動きが鈍くなっていたのだ。
新たな犠牲者が出たことは少なからず長沢たちに影響を与えていた。誰が殺されたかわからないことも大きな不安要素だが、それが罠ではなく参加者同士の戦いによって発生したものだとすれば、人を殺した人物がすぐ近くをうろついているとも考えられるのだ。
時刻は午前2時を回ろうとしている。疲労はピークに達しており、眠いのは総一も同じだった。
「眠気覚ましにはコーヒー、ってか」
長沢は麗佳のバッグから拾ってきたコーヒー味のキャンディーを頬張りながら、クロスボウを構えて後方の哨戒に当たる。そろそろかりんのような危険な奴と遭遇してもおかしくはない、そう予測していた長沢は疲れてはいたが、身体が緊張しているせいで意識ははっきりとしていた。
――でも、ここでクロスボウってのもなぁ……。6階まであって4階って言えば冒険の中盤だよな? これじゃ、鋼の剣相手に銅の剣で戦おうとするようなもんだぜ。
何度か撃ったことで使い勝手がわかり、矢の装填も素早く行えるようになったもののクロスボウでは心もとなかった。実のところ、長沢は4階に着いた矢先に手に入れたサブマシンガンを借りようとしたのだが、戦いよりも話し合いを優先する総一に拒絶されたのだ。他の武器と言えば拳銃が2丁と手榴弾が3つあるだけだ。それでもマシンガンに比べれば火力不足は否めない。
「次を右……か。長沢、そっちは大丈夫か……?」
「ん……んん、あぁ、誰も来てなぃよ」
総一はGPS機能がインストールされたPDAの地図を頼りに進んでいたが、長沢のどもり気味の返事が気になったのか後ろを振り返ると、長沢がしきりに口を動かしているのが見えた。
「ん……何か食べてるのか?」
「んぁあ。飴だよ。その、麗佳の姉ちゃんの……。兄ちゃん達にもやるよ」
「サンキュー」
総一は長沢が投げた二つの飴をキャッチすると片方を咲実に渡し、残った方を口に放り込む。甘いキャンディーは疲れた体をよく解してくれた。疲労に満ちた総一の顔もふと綻ぶ。咲実も元気が出てきたのか虚ろな目に力が入ったかのように見えた。
――麗佳の姉ちゃん、俺たちのこと助けてくれてんのかな。
少しだけ元気になった二人の様子を見て、長沢は妙に嬉しくなった。不思議なもので市販品であるただの飴も、死んだ麗佳が持っていたと言うだけの理由で魔法のお菓子のように思えたのだ。今にして思えば、最初に会ったのが麗佳じゃなかったらどうなっていたことか。それこそ、自分より弱そうな人間だったら――
「う……うわああああっ!!」
想いを廻らせている長沢を我に返らせたのは、総一の絶叫だった。瞬間、背を向けていた長沢は振り返り、丁字路の角を曲がった総一たちの元へ駆け寄ろうとする。しかし、それよりも早く二人は引き返して来たのだ。総一の肩にしがみつくように手をまわしていた咲実は、倒れるように座り込むと青ざめた顔で口元を押さえて震えている。
「ど、どうしたんだよ!?」
長沢の質問に総一はすぐには答えず咲実の背中をさすっていたが、やがて徐に口を開く。
「人が、死んでるんだ……!」
「えぇっ! それじゃ……ここで誰かが戦ったのか!? それで誰なんだよ、そいつは……!?」
PDAの機能により既に誰かが死んだことはわかっていた。だが、実際に死体を見ていない長沢には総一たちのショックが理解できず、答えを急いてしまう。
「黒い……黒の、その……うっ……!」
「さ、咲実さん……! 大丈夫か!? 無理してしゃべらなくても……」
「黒……? 黒って……誰のことだよ!?」
長沢は黒から連想する人物を思い起こそうとするが、服装、特徴共に該当する参加者が思い浮かばなかった。重ねて尋ねようとしてみたものの、総一は咲実を気遣うばかりで答える余裕がありそうにない。当の咲実も本当に吐いてしまってもおかしくないような状況だった。
百聞は一見にしかず。長沢は二人の脇を抜けると自分の目で確認するべく、総一たちが戻ってきた角を曲がろうとした。
「お、おい! 待て! 長沢っ!!」
「……うわっ!!」
総一が止めようとした頃には、既に咲実の言う「黒」が長沢の視界に飛び込んでいた。うつ伏せに倒れている全身黒ずくめの男……おそらく死んでいるのだろう。その下には赤い血だまりができている。仮に生きていたとしてもこの状態では助かりそうにない。だが、それよりも長沢は何かが引っ掛かっていた。
――そう言えば、さっき見た黒い影……! もしかして、こいつなのか……!
その影がここで倒れている人物そのものだとしたら……? さておき、長沢は恐る恐る男に近づき遺品がないか調べようとしたところで妙な事に気づく。全員につけられているはずの首輪がないのだ。
「あれ……? ど、どうなってんだよ!? こいつは……なんで首輪がないんだよ!?」
長沢は今まで会った人間を思い返してみる――既に首輪が解除されたと考えれば問題がないかもしれないが、参加者は自分を含めて13人。この人物は14人目になってしまう。つまり、部外者が紛れ込んできたと言うことになる。
とにかく、総一たちに伝えなくては。そう思って踵を返そうとした途端、死んだと思っていた目の前の人物が僅かに動き、顔を上げたのだ。
「え……!? う、動い……た……?」
長沢はあまりの唐突な出来事に驚き、茫然と男を眺めていた。
「……エー、ス…………」
男は何かを訴えるかのような目で長沢を見て一言呟くと、伸ばした右手は空を掴みそのまま動かなくなる。
「なっ! なな、なんだよ……い、生きてるのかっ!? お、おい! エースってなんだよ、どういう意味だよ!?」
驚いた長沢は弾かれたように喋り出すと、男の身体を揺すってみる。だが、男が動くことは二度となかった。
「一体、何だってんだよ……これ…………わあぁっ!」
目の前のことに気を取られていたために気づかなかったが、さらに奥の通路に同じような死体があった。驚きのあまり腰が抜けながらも目を凝らして見てみると、もっと大量の血だまりに沈んでいるかのように見えた。長沢は総一を呼ぶべきかどうか迷ったが、今の咲実との状況を考えればすぐには動けないだろうと思い、何とか立ち上がると一人でそれに向かって歩き出していた。
「こりゃ……すげえ、な……う、うぉっくく」
そこには先ほどの男と同じような黒い存在がいた。ただ違うことと言えば、その死体の損壊ぶりは激しく、普段から人を殺してみたいなどと言っている長沢にとっても見るに堪えないものだった。もともと長沢は持ち前の危険な思考回路からネットで死体の画像などを見ていたため、ある程度の免疫はあった。人を殺したら、被害者の身体はどうなるのかわかっているつもりだった。だが、これは到底長く見ていられるものではない。
――こんなの、確かに咲実の姉ちゃんが見たら、おかしくなっちゃうだろうな。
自分がここまで気分が悪くなるのだからと思うと、咲実が苦しんでいることも納得せざるを得なかった。誰がやったのか、こいつらはなんなのか……漠然と考えながら戻ろうとしたその時、またしても似たようなものを通路の奥に見つけてしまう。
「う……。ま、またかよ……」
立て続けに本物の死体を見たことで恐怖や躊躇が薄れてきていたとは言え、流石の長沢もこれ以上死体を見せられるのは抵抗があった。だが、これでも人を殺してみたいとネットで豪語した男……そんなこだわりが嫌がる体を無理やり前に進ませる。
「へ、へへ……毒を食らわば皿までってさ。こうなったらとことんまで見てやろうじゃないか。こんなんでビビってちゃ、ゲームの……主人公は、うっ……務まらない、ぜ……」
自己暗示と同時に、半ば無理やりその死体らしきものの方へ歩み寄って行く。また黒い男だろうか、そう思っていた長沢は大きな衝撃を受けることになった。
「わっ! こ、こいつは……!?」
赤い水溜りの上で物言わぬ存在と化していたのは、あの時襲いかかってきたエロオヤジ、漆山権造だった。散々自分と優希を追いかけ回して苦しめてきた奴。そんな事実があってこそ、目の前の存在には特に心を動かされることはなかったのだが……一体誰が殺したのだろう? 前にナイフを持って襲いかかってきた時の比ではないくらい、その死体の表情は凄まじいものだった。双眸は眼球が飛び出さんばかりに見開かれ、口を大きく開いて舌を出したまま固まっている。その様子はまさに断末魔……何かを求め、手に入れられなかったことへの未練を嘆き苦しみ散っていったことが窺える。そして、身体には無数の銃撃を受けた跡があり、服は血の赤色で染まっていた。
「なんだ、お前だったのかよ……」
口元を押さえながらそう呟くと、長沢は不謹慎ながらも胸をなでおろす。どちらかと言えば敵対していた人間だ。脱落するに越したことはなかったが、優希を連れ去ったのも目の前で死体となっている漆山である。故に彼女が巻き込まれてケガをしていることも十分にあり得るのだ。そう考えると憂いの種は尽きることがない。
「優希、どこへ行っちまったんだろうな……。あ――!」
長沢はPDAのツールボックスによる会話ができなくなったことを思い出す。それは間違いなく優希が漆山に捕まっている時だった。漆山にPDAを取り上げられたとしたら……?
「あまり近寄りたくないけど、さ……」
死体にはある程度目が慣れてきたとはいえ、触れるとなると話は別である。長沢は大きく息を吸い込むと鼻の息を止め、意を決して血塗れのジャケットをめくる――その時、音を立てて何かが漆山の傍らに落ちた。さっきの黒い男の例もあってか、一瞬、死体が動き出したのかと焦ったものの、漆山の表情や身体に変化はない。
「あ……あった……って、壊れてるじゃないか!?」
漆山の傍らに落ちたPDAを拾い上げた長沢は落胆した。他人のPDAが手に入ると言うことは、それだけバッテリーを気にせずにツールボックスの効果を使用できると言うことになる。だが、無残にも漆山のそれは液晶にヒビが入り、画面をタッチしても何の反応もない。銃撃された時に壊れたのだろうか。当然、画面には何も映らず、漆山のナンバーすらわからなくなっていた。
『言ったなぁぁ!! 小僧ぉぉ!!! 今度こそ殺してやる!!! 貴様がQならばぁ、一石二鳥だぁぁ!!!』
以前、戦った時の漆山の怒号を思い出す――やっぱり、こいつはAだったのか……? Aのプレイヤーが首輪を外すにはQのPDAの持ち主を殺害しなければならない。だが、もしもこのPDAが優希のものだとしたら――? 不安に駆られた長沢はさらにジャケットの裏や、ズボンのポケットなどを漁ってみたがPDAはおろか、武器なども見つからなかった。既に誰かに奪われているのか、まともに武器を手に入れてなかったのか。
「けっ、最後の最後まで嫌がらせしてくれちゃって……」
どうせ殺すなら悪い奴を――漆山は長沢が思うところの悪党に該当していたのだが、既に死んでいるために自分の首輪解除への鍵にはならなかった。
「おまけに何も持ってないじゃないか。死体になったら殺すこともできないし――っと、いけね! 御剣の兄ちゃんに怒られちまうぜ」
悪態をつきながらも、長沢の脳裏にしつこく説教してくる総一の表情が浮かぶ。本来ならば気にすることもなかったのだが、そのような注意をする時だけは総一の顔つきが違っているような気がしたため、妙に心に残っていたのだ。
とにかく戻ってこの状況を伝えよう、そう思って振り返ろうとした時、長沢は漆山のある部分に目を止めた。
――いや、待てよ。
優希の首輪を解除するには、首輪を3つ集める必要がある。漆山の首輪は特に壊れた様子はなく、目立った損傷も見当たらなかった。同時に長沢は背中に背負っている日本刀の重みに気付く。
「殴られた分の恨みもあるし……ま、これくらいどうってことないよな……へへ。敗者は首を刎ねられる、ってか」
長沢は後ろを振り返って、総一たちが来ないことを確認すると右手を背中に回して日本刀の柄を掴んだ。そのまま一気に鞘から引き抜こうとしたが、時代劇やゲームのようにはいかず、その予想以上の重さによろめいてしまった。
「おっとっと……!」
だが、すかさず両手を添えて刀を高く掲げると、一呼吸置いて狙いを定める。
――ふう。
「一刀両断だぜ! でぇぇ―――!」
「何してるんだ、長沢!!」
気合もろとも死体の首に刀を振り下ろそうとしたその時、聞き覚えのある声が耳を襲った。瞬間、手を止めた長沢は刀の重量でバランスを崩して倒れそうになる。死体を隔てた向こう側へ目をやると、総一が顔を伏せている咲実を支えながらゆっくりとこちらへ向かってきた。
――げっ……。
「ちぇ、もう少しだったのに」
総一の性格を考えれば、おそらく今の行動は咎められるだろう。だが、説明すればわかってくれるかもしれない。長沢は仕方なく刀をしまうと、二人がこちらへ来るのを待った。しかし、二人は何を躊躇しているのか、なかなかここまで来なかった。浮足立ってその場で暴れているようにも見える。
「まあ……死体が3つもあるんだし、しょうがないよな」
自分の方がそういうものへの耐性があるのかと思うと、不謹慎ながらに嬉しくなった長沢は、二人のためにもう少し先の部屋の様子でも見ておこうと奥へ目をやりつつ、歩き出そうとする。その時――
――ピロリン、ピロリン、ピロリン。
「えっ!?」
微妙に黒ずんだドアが目に入ったのと、自分のPDAが鳴ったのはほぼ同時だった。
『あなたが入ろうとしている部屋は戦闘禁止エリアに指定されています。部屋の中での戦闘行為を禁じます。違反者は例外なく処分されます』
「な、なんだよ……びっくりさせやがって。ん……そうか! 戦闘禁止エリアってことは、やっと目的地に着いたんだな」
死体の一件で目が冴えていたが、漸く休めるのかと思うと急に欠伸が出てくる。だが、中に入ろうとドアノブに手をかけようとしたところでその異変に気づく。ドアが、大きくへこんでおり、特にドアノブ周辺が何かで焼かれたかのように黒ずんでいたのだ。試しに引っ張ってみたところ、多少の重さと違和感はあったもののドアは開いた。とりあえずは入れそうだ。
「おい、長沢。お前、さっきは……」
遅れながらにゆっくりと追いついてきた総一は、先ほどのことを長沢に尋ねようとする。しかし、長沢はそれよりも二人の妙なくっつき方が気になった。総一が右手で咲実の肩を抱き、左手で彼女の目をふさいでいたのだ。一方、咲実は総一に身を預けてじっとしていた。どうやらそのままの状態でここまで歩いてきたようだった。
「ま、待てって、御剣の兄ちゃん……それ、なんの遊び!?」
「あっ……」
「……え、長沢君、そこにいるんですか……?」
長沢に指摘されて、総一は我に返る。
「あ、あの……御剣さん……も、もう……大丈夫、なんです……か……?」
「ご、ごめん、咲実さん! もう通り過ぎたよ」
慌てて咲実を解放すると、掌の目隠しが取れた咲実はゆっくりと目を開ける。死体が視界からなくなったことを理解したのか、咲実の表情に安堵の色が浮かんだ。その頬は心なし紅く染まっているようにも見える。
「いえ……温かかったです……その、とても……」
「えっ……?」
「あっ! いいえ……なんでもありません!」
「はあ……?」
変な歩き方をしてきた上に、意味不明なやり取り。これには長沢も間抜けな声を零すだけだった。
――それもそのはず、二人は長沢の後に続かなくてはならなかったが、その通りには死体があった。そこで、咲実は総一の身体に縋るようにして顔を伏せ、見ないように歩を進めていたのだが、ちょうど長沢が日本刀を振り上げたのを見た総一は、大声を上げた。それに反応した咲実がつい顔を上げてしまったため、死体を見せまいと反射的に総一がとった行動故だったのだ。
その時、総一と咲実のPDAが鳴り響く。おそらく長沢が見たのと同じ、戦闘禁止エリアについての説明なのだろう。内容を確認した二人は肩の力が抜ける気がした。
「やっと、着いたんですね……」
「ああ……かなり歩いたよな」
手塚が聞いたら嫌味に聞こえかねないものの、仲間を連れて常に神経を尖らせていたのだから無理もない。疲れも手伝ってか二人は吸い込まれるようにしてドアに向かっていく。
――死体のバリアを突破して要塞へ突入、ってところか。いや、洞窟にある宿屋、魔方陣かな。
「長沢、早く来いよ。いろいろ話もあるからさ」
やっぱり怒られるのかと思うと少し憂鬱になりながらも、長沢は振り返った総一に続いていった。