長沢勇治 3 5.4 3人の殺害
矢幡麗佳 8 Death 近距離でPDAを5つ破壊
色条優希 4 7.6 首輪を3つ取得
漆山権造 A Death QのPDA所有者の殺害
手塚義光 5 2.3 24箇所のチェックポイント通過
陸島文香 Q 3.2 71時間の経過
郷田真弓 ? 4.0
御剣総一 2 3.1 JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実 6 6.4 JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K 4.5 PDAを5つ収集
葉月克巳 7 1.8 全員との遭遇
綺堂渚 J 3.7 24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太 10 2.1 首輪が5つ作動
突如として戦闘禁止エリアに鳴り響いた電子音、それはその場にいる4人を驚かせるには十分過ぎるものだった。目の前の現実と対照的である、無機質な祝福の言葉は総一たちの手を止めにかかる。
「は……葉月の、おっさん……!」
誰もが硬直している中、長沢はやっとの思いで声を絞り出すと、おぼつかない足取りで跪いている葉月に駆け寄る。
「ふう……な、長沢君、ぶ、無事だったようだ、ね……」
「ど、どうしたんだよ!? 誰がやったんだ!! 大丈夫なのかっ!? 死んだり……死んだり、しないよ……な!?」
長沢は涙ぐみながら慌てふためいて葉月に話しかけるが、葉月はほんの少しの笑みを浮かべて頷くだけだった。
――そうか、この人が……!
既に長沢から話を聞いていた総一は納得した。葉月のPDAは7。こんなケガをしていながらも歩き回っていたのは首輪を解除するために……そして、自分達こそがまだ遭遇していないプレイヤーだったのだ。
「あの、救急箱が見つかりました! ど、どうすれば……」
「一体誰にやられたんだ!? 渚の姉ちゃんはっ!?」
「待て、長沢! 手当てが先だ!」
遅れてやってきた咲実を気にも留めずに話しかけていると、タオルを持ってきた総一の声で我に返る。聞きたい事は沢山あった。あれからどうしていたのか、こんな目に遭わせた奴は誰なのか、そして、一緒にいたはずの渚はどうしたのか……だが、ドラマさながらの血の赤で染め上げられたワイシャツと、止めどなく流れる血を見ればそれどころではないことを認めざるを得なかった。
「あの、葉月さん、肩を貸します。ベッドまで運びますので……長沢、お前は反対側を支えてくれ」
「当り前だ!」
長沢は総一と力を合わせて葉月を支えると慎重に歩き出す。それだけでも血は滴り落ちて、不安を煽る。おそらく銃撃されたのだろう。ナイフ等の刃物で刺されたものならここまで酷くはならないはずだ。
真っ先に長沢の脳裏に浮かんだのは、銃を向けて不気味に笑うあの少女の顔――漆山亡き今、容疑者になり得るのは北条かりん以外に考えられなかったのだ。
「す、少し沁みるかも知れません、けど……失礼します」
「……大丈夫だ」
ぬるま湯で絞ったタオルで恐る恐る、それでも出来る限り血を拭き取り、そっと消毒液を塗っていく。朱に染まったタオルを洗面器につけると、透明な湯がすぐに赤く色を変える。だが、傷口からの出血が止まることはない。
若者たちに心配をさせんと顔にも口にも出さないが、葉月の気苦労、苦痛は相当なものだ。それにも増して、医者でもないのに激しく血を流している人物の手当てを行うということ自体、異常である。咲実の手はあからさまに震えていた。
「咲実さん、変わろうか?」
傷口にガーゼ何枚も重ね当てて包帯を巻く。これで良くなるとは思えないが、何もしないよりはマシだろう。
「おっさん、腹減ってないか!?」
長沢が缶詰と茶の入ったペットボトルを抱えてベッドルームに飛び込んでくる。
「あ、ああ……ははっ、すっかり、忘れていたよ……」
思い返せば、長沢や渚と行動を共にしていた時の食事以来、まともに食べていなかった。新しい人物と次々に遭遇しなくてはいけない、そんなプレッシャーでそれどころではなかったのだ。特に一人になってからは緊張の連続だった。缶詰を重ねてコップに茶を注ぐ長沢だったが、総一が止めに入る。
「ちょっと待った、葉月さんは腹部を撃たれてるんだ。下手に食物を流し込まない方が……」
「あ……! そ、そうか……」
非日常の事態故、詳しいことはわからなかったものの、長沢にもそれは尤もに思えた。
「あの……それよりも、葉月さんの首輪が……」
咲実の声に我に返ると二人の視線が葉月の喉元に集中する。治療に意識が集中していたために忘れていたが、首輪のランプは先ほどから変わらずに緑色に点滅している。
「そう、だったね……僕も、忘れていたよ……。先に、外しておかないとね」
葉月はポケットからPDAを取り出すと首輪に接続しようとする――一瞬、その場の空気が凍りつき、全員が静まり返る。解除条件を満たしたとはいえやはり不安が残るのだろう。だが、葉月は一呼吸置くと迷わずコネクタ部分を差しこんだ。負傷していたことが思いきりを良くさせたのだろう。
かちり、という音と共に首輪が外れた。葉月はそれを手に取ると安堵の表情を浮かべる。
――――ふう。
「やったな! 葉月のおっさん!」
「よかった……」
固唾を飲んで見守っていた長沢たちは喜びの声を上げた。何よりも悪意のない人物が無事に首輪を外せたことが嬉しかったのだ。
「はは、ありがとう、みんな。……でも、喜んでばかりは、いられないね……僕だけ先に抜けてしまってもいいものかどうか……」
「ちょ、何を言ってるんですか! それだけ大きなケガをしながらここまで来たんですから、あとは静かに休んでいてください」
年長者の身としては若者よりも先に苦難から抜けてしまうことを案じているのだろう。だが、その言葉をすぐに総一が打ち消した。職場では立場を嵩に威張る人間もいるが、葉月は自分が上だからこそ下の人物を思いやらねば、という思考の持ち主である。普段の行いというものはいざという時に我が身にかえってくるのかもしれない。事実、長沢は顔を綻ばせ、咲実は口元を押さえて涙ぐんでいる。二人とも我が事のように喜んでいるのだろう。
「そうだ、おっさん! その首輪くれよ。優希の首輪を外すのに必要なんだ」
優希という名前を聞くと葉月の表情が変わる。
「ん……そう言えば長沢君は、優希ちゃんと一緒に行動していたと聞いたんだが……」
「…………」
葉月の話を聞いた長沢は顔を顰め、苦虫を噛み潰したような表情を作る。長沢は語った。漆山がしつこく追ってきたこと、その途中で麗佳を殺したかりんと大立ち回りを演じたこと、そして優希がさらわれてしまったこと、総一と出会ったことを――だが、これに驚いたのは葉月の方だった。
「麗佳さんを……殺したのは、かりん君だったのか……!」
――もしかしたら、殺したのは長沢だったのかもしれない。
そう心の片隅で思っていた葉月は、他方で安堵しながらもあの時に見た死体が脳裏に蘇り、脱力感に見舞われる。
「そうだよ……あいつだけは許さねえぜ……! 次、俺の前に出てきたら……」
「お、おい、長沢。落ち着け。北条さんは……!」
今にもいきり立って大声を上げそうだった長沢を総一が宥める。総一も咲実も一時的とはいえかりんと行動を共にしていた。それは葉月も同じである。
「そうか……それで……」
葉月は長沢にかける言葉が見つからなかった。自分はかりんを正気に戻すために精一杯やったつもりでいた。だから、彼女が最後に発狂して走り去ったことが理解できなかった。しかし――かりんは葉月と出会った時には既に人を殺していたのだ。そう思えば情緒不安定な行動もすべて説明がつく。
「長沢。北条さんとは戦う必要がないんだ。わかるだろ?」
「わかってるよ、でもな……!」
一人考えを廻らせていると、総一と長沢の議論が耳に入ってくる。総一の言う通り、戦う必要はない。だが……もしかしたら、もう手遅れなのかもしれない。それでも、僅かな望みがあるのなら……
「長沢君、ここは御剣君の言う通りだ。かりん君の、PDAはKだ。だから……みんなのPDAを貸してあげれば……どうにかなるんじゃないかな……つっ!」
そこまで言うと葉月は顔を歪ませ、苦痛の表情を作る。KのPDAの首輪解除の条件はPDAを5つ収集することである。そこへ手段は問わないのならば、借りるだけでもよいということになる。
「葉月さん!」
「大丈夫ですか……!? あの、無理してお話にならない方が……」
しかし、心配そうな総一と咲実とは逆に、長沢は不本意そうな表情を浮かべる
「で、でもさ、Kと決まったわけじゃないんだろ」
「それなら、大丈夫だ……ちゃんと見せてもらったからね」
「えっ、本当ですか……!」
ふっと笑顔になる咲実を皮切りに3人は明るい雰囲気に包まれる。
「やっぱり……前に長沢君が言った通り、かりんさんのPDAはKだったんですね」
「ああ。そうなると問題はどうやって説得するか、だよな」
――自分の予想が当たってると喜ぶよりも先に、長沢は迷っていた。あまりにも違いすぎるかりんへの感情。確かに戦わずに済むのならそれが最善策だろう。だが、自分の首輪のことを思えば……解除条件は3人以上の殺害。そして、どうせ殺すのならば悪い奴を。麗佳を殺し、自分自身を傷つけたかりんは長沢の中では既に悪人と認識され、攻撃対象になっているのだ。しかし、こうもその必要がないと言うことになれば……。
そんな思いを代弁するかのように葉月が釘を刺した。
「ただ、くれぐれも気をつけて欲しい……。かりん君は妹さんを助けようとするあまり、迷わず攻撃を仕掛けてくるかもしれない。言うまいと思ったが……僕も撃たれたからね……」
「……そんな……!」
瞬間、総一と咲実の顔色が変わる。一方、かりんへの態度について疑問を持っていた長沢はさらに目つきを鋭くして葉月に詰め寄った。
「それじゃ、おっさんを撃ったのは北条なのか……!」
正確に言えば最後に受けた銃撃以外はかりんの手によるものである。だが、不幸中の幸いか、移動には大きな支障が出たもののどれも致命傷にはならない傷だった。
「けっ、どうせやったのは北条なんだろ! どさくさに紛れて葉月のおっさんを撃ったに決まってるぜ」
「やめろよ、長沢。葉月さんもそれは違うと言ってるだろ?」
「そうだ、それに……あの時、手榴弾を投げてきたのは間違いなく別の人物だったし、この、傷を受けたのは……その後、ガスが発生して、かりん君が遠くに走り去っていった後、だったからね……くく!」
所々に苦痛を訴える声が漏れる。話すにも力がいるのだろう。
「ガスだって? そう言えば……」
かりんへの思い込みでカッカしていたものの、ガスと言われて長沢は思い出す。漆山と格闘している時にもどこからかガスが沸いて来て銃撃が――葉月の話は長沢自身が体験したものと怖いくらいに一致している。何か関係があるのだろうか?
「何か思い当たることがあるのか、長沢?」
「ああ、えっと……漆山のエロジジイとやりあってる時にさ、ちょっとね」
長沢の言葉を疑問に思った総一だが、長沢にとってはそれを逐一説明するよりも全てをかりんのせいにしておいた方が気が楽だった。
「ガス……ですか? 御剣さんの話によるとここに来る途中にもそんな、ガスの缶のようなものが落ちていたんですよね……?」
「それじゃ、エロジジイと黒い奴らも北条がやったってことになるのかよ?」
長沢はわざと不敵な表情を作り悪態をつくが、こうも襲撃方法が似ていると、どうしても同一人物の手によるもののような気さえしてくる。そんな疑問が総一たちの脳裏に生まれたせいか、誰も長沢の毒舌に反応しなかったのだ。
「でも、御剣さん。私たちはまだそのような危険な目には遭っていませんよね……? 一体誰がこんなことをするのでしょう?」
「……今の段階じゃなんとも言えないな。もしかしたらそれは違う参加者が偶然、同じ手を使っただけかもしれない」
誰が葉月を撃ったのか――答えを導き出そうにも、長沢の話と死体の傍らにあるガス缶だけでは裏となる証拠とは成り得なかった。ただ、確実に言えるのはそのような手を使って攻撃しようとする参加者がいると言うことである。
そして出会って間もないとは言え葉月の人柄を知っている長沢としては、そもそも人に危害を加える気もなく、その必要もない条件の持ち主である彼を襲撃すること自体、異常に思えた。増してや、葉月のPDAが7だと知っているなら尚更である。そんなことを平然とやってのける参加者と言えば、漆山かかりんしか思い浮かばないのだ。だが、漆山は既に死んでいる。そして認めたくはないが葉月の話によればかりんが撃ったとは考えづらい。
尤も、人を殺してみたいなどと思っていた長沢もその異常な存在だったのだが――その上で誰とも出会えずに3人殺せと言われたら、嬉々として実行に移していただろう。しかし、ここまで来て思考回路が変わりつつあることを、長沢自身、まだ気づこうとしていなかった。
一方、襲撃者の目星が付けられずにいるのは総一と咲実も同じだった。序盤、遠目に見た高山は十分に怪しい雰囲気があったが、長沢の話によれば優希共々、二人を助けてくれたという。そして危険人物かと思われた手塚は武器を持っていながらも、攻撃する意思を見せて来ないと聞く。さらに葉月の首輪解除の条件を考えれば、彼を銃撃してきた人物とは既に出会っているはずなのだ。最後に遭遇したのは自分たちなのだから。果たしてそれが誰なのか――
皆が皆、同じことを考察しているのか、戦闘禁止エリアはしばらく静寂に包まれていた。
高山も手塚も違うとした上で単純に考えれば、危害を加えてきたことのある郷田が一番怪しい。総一たちがかりんと分断されたのも彼女の襲撃によるものだ。そして、かりんは郷田に襲われたことがあると言っていた。それは葉月も同じである。郷田の襲撃によって渚とはぐれてしまっているのだ。何よりもかりんが攻撃的になるような原因を作ったのも郷田である。ただ、それに関しては麗佳も一枚噛んではいたのだが……。
「今までの行動から推測するとすれば――郷田さんなのか、あるいは……」
総一の一声が沈黙を破ると、葉月の顔色が変わった。
「実は僕も……渚さんと離れてしまったのは、郷田さんに襲われたからなんだ」
「なにぃっ!? そ、そうだ、渚の姉ちゃんはどうなったんだよ!?」
静かだった長沢が急に反応する。その勢いが重傷者には毒だと思った総一たちが止めに入るが、葉月はそんな二人を軽く制して語り出した。今まで誰と会ってきたのか、どのように接してきたのかを――彼としてもずっと一人で時が過ぎるのを待っているより、話している方が気が紛れて良いのかもしれない。
「大丈夫なんだな? 24時間以上一緒にいたんだよな!? ホントだな? それと、優希も……! なんでおっさん、優希を引きとめてくれなかったんだよ!?」
「お、おいっ、長沢! 葉月さんはケガしてるんだぞ!」
葉月に掴みかからんとする勢いの長沢を、総一は押さえようとする。
「……優希ちゃんのことは、すまなかった。だが、渚さんの方は……大丈夫だ。かなり早いうちから出会えたから、丸一日は過ぎているはずだ。それよりも……問題は僕の方かもしれないな……っ!」
長沢にしてみれば優希を目の当たりにしておきながら見逃すなど信じられないことだった。しかし、その後かりんと一悶着あったことを考えれば、結果それでよかったのかもしれない。
葉月は視線を下に落として自らの身体に目をやる。JのPDAの首輪解除条件は、開始から24時間以上行動を共にした人間が2日と23時間が経過した時点で生存していること。葉月が生き延びられるかどうかも関わってくるのだ。
「渚さん、ですか。まだ会ったことはありませんけど……」
「平気平気。咲実の姉ちゃんもすぐに仲良くなれると思うぜ。その、俺でも……だったからさ」
咲実は長沢の声色に違和感を覚えながらもふと目をやると、照れているかのように後頭部を掻いていた。その仕草から長沢の感情が読めそうな気がした咲実は、なんとなく渚に会ってみたくなった。
「それにしても、漆山のエロジジイはあんなおばさんにマジになってるのか。それで葉月のおっさんに襲いかかるなんて、頭やられちゃってんじゃないの? 一体どういう神経してんだろうな?」
長沢の歯に衣着せぬ言い回しに咲実と葉月は苦笑いする。現に郷田の虜となった漆山は勝手に葉月を恋敵と決めつけ、殺意を向けてきた。尤も年若い長沢にしてみれば、おばさんと呼ばれる年代の女性を好きになること自体が信じられないのだが――しかし、人間たるもの年齢を重ねるにつれ、同年代の異性へと好みが移っていくと言うことをまだ知らないのだから、無理はなかった。
――やはり、郷田さんか。
話が逸れつつも総一は考える。彼女は一体何を考えているのだろう。葉月と渚の分断、かりんへの焚きつけ、自分たちへの攻撃――どれもが命を奪おうと言うレベルのものではないが、それらの行動を見直していくと、まるで参加者の妨害が目的のようにさえ思える。そして長沢の話によれば漆山を嗾けて優希をさらおうとしていた。そう、まさしく参加者を戦いに導き、あわよくば同士討ちにでも持ち込もうとしているかのように。しかし、そうしたところでなんのメリットがあるのだろうか?
――いや、待てよ……。
それが必要な条件があるにはあった。
9のPDA――首輪の解除条件は自分以外の死亡。
これはあくまでも自分以外が死亡すればよいのであって、自らの手で皆殺しにする必要はない。第一それでは効率が悪いし、狂人でもない限り自身の精神の方が崩壊してしまうだろう。今までのPDA所有者から割り出して9のPDAを所持している可能性があるのは高山か手塚、郷田だけである。聞いての通り害意を持っているのが郷田だけと言うことになると――!
「もしかしてさぁ、今まで会ったことのあるプレイヤーの誰かにとんでもない猫かぶりがいるのかもしれないぜ?」
総一がその見解を述べようとしたところで、長沢が先に言葉を発した。
「どういう意味だ? 長沢」
「つまりさ、俺たちの仲間のフリをしておいてさ、結局最後は賞金欲しさに殺っちまおうって」
「そんな……!」
咲実の表情が強張る。人に危害を加える理由はPDAの条件だけではない。生き残った参加者が減れば減るほどもらえる賞金は上がっていく。金に目がくらめば誰でも凶行に走る恐れがあるのだ。こんな非日常で自らの身が危機に晒されれば、身を守ることへ意識が集中して賞金のことなど二の次になるのかもしれないのだが……麗佳が誰も信用できなかったのはそこまで頭が回っていたからだろう。
「だけど、その賞金が本当にもらえるかどうかなんてわからないだろう? お前だって高山さんや渚さんがそんなことするとは思いたくはない……違うか?」
「まあ、ね……」
言われてみればその通りだった。個人的感情で疑いたくないと言うのもあるのだろうが……それよりも長沢は、自分の言葉に思った以上に怯えて顔色を変えてしまった咲実が気になり、慌ててフォローする。
「そんな顔するなって、咲実の姉ちゃん。だって御剣の兄ちゃんが賞金目当てに敵に回るなんて夢にも思わないだろ?」
「そ、そうですけど……長沢君の言う通りなら、この先ずっと安心なんか出来ないんじゃないかって、そう思えてしまって」
「賞金のことなんか考えだしたら……きりがないさ。それこそ、首輪の解除条件関係なしに全ての人たちが、敵に見えてしまうからね……それに、僕が言うのもなんだけど、ここにはあまり、悪い人はいないんじゃ……ないだろうか?」
しばらく黙っていた葉月が突然話し出した。咲実の様子を見ていたたまれなくなったのだろう。
「長沢君の首輪解除の条件は……咲実さんも知ってるね? それでも彼は君たちに何もしてこなかった。だからこそ、こうして一緒にいられるんじゃないのかい?」
「あ……」
葉月の話に咲実は我に返る。確かに3人の殺害が首輪解除の条件でありながらも、長沢に自分たちを襲おうとする様子は全く見られない。それどころか一緒に食事の準備をしたり、面白い話をしたり――かつて自分が親戚の家をたらい回しにされていた時、こんな子が一人でもいたのなら……そう思い始めていたほどだった。
「そういうこと。俺は悪い奴しか撃たねえぜ。へへっ」
――くぅ、決まったぜ……!
長沢は得意気に笑いながら指で拳銃の型を作り撃つ仕草をする。自分で言ったセリフに酔っているのかその表情は殊のほか嬉しそうだった。葉月も咲実もそれに対しては、困ったような笑顔を浮かべるしかなかったが、総一は急に神妙な顔つきで語りだす。
「確かに……葉月さんの言う通り、悪い人はいないのかもしれません。しかし、一人だけ油断ならない参加者がいます。それは俺たちに共通しています」
「郷田さん、でしょうか……?」
総一がまとめた考えを述べる前に咲実は言った。彼女も薄々気づいているのだろう。郷田の妙な行動に。
「ああ。北条さんや葉月さん、そして俺たちを攻撃してきたこと。漆山と組んで場を引っ掻き回そうとしたこと。そこから推測していくと……一つの結論に結び付くんだ」
「9のPDAを持っているのが郷田さんなんですか……!?」
「そうと決まったわけじゃないけど、現時点ではその可能性が高いんじゃないか」
総一が先ほどの考えを皆に伝えると三人の顔色が変わる。多少こじつけな感があると言えど、攻撃する意思を見せているかどうかで判断すれば自ずと納得がいく。
「でも御剣の兄ちゃん、あのおばさんがエロジジイを使って優希をさらおうとしたのはどう考えるわけ?」
「僕もそこだけが気になるね……二人の間に何があったのかはわからないが、漆山さんはすっかり郷田さんに舞い上がってしまっていた。御剣君の推測通り、彼女のPDAが9で彼のPDAがAだとするなら、漆山さんが、郷田さんの願いを……かなえようとする過程で自分の首輪を解除することにも繋がる」
単に漆山が誰彼構わず襲いかかっているのなら話は早い。引っ掛かる疑問はただひとつ。何のために優希が必要だったのか。
「それに……郷田さんのお手伝いをしたところで、漆山さんだって最終的には殺されてしまうことになるんですよね……?」
9のPDAにおける首輪解除条件を考えれば、結論そういうことになる。しかし、漆山の阿呆さ加減を間近で見た長沢と葉月にしてみれば、別段不思議なことにも思えなかったのだ。しかし、それを抜きにしたところで、漆山にしてみれば郷田との逢瀬しか頭にないのだから自身が殺されることすら計算外なのだろう――と言っても既に脱落していることには変わりないので考えるだけ無意味かもしれないが。
「あのジジイにそこまで考える頭があるとは思えないぜ。まあ……もしかしたらJOKER使って騙したのかもしれないけどさ。7かJにでも変えて見せたんなら優希が必要だと思わせることもできなくはないぜ? 葉月のおっさんも渚の姉ちゃんも、奴にPDAは見せてないんだろ?」
「そうだね。漆山さんとは2回会ったんだが、いずれも見せてはいない。渚さんと一緒にいた時間は長かったんだが……その間には漆山さんとは会わなかったしね」
机上の空論なのか――そう思えてきた総一だったが、何にせよ郷田には警戒した方がいいのかもしれない。
「あ……ああ、そうだった、首輪だったね」
再び沈黙した場の空気を破ったのは葉月だった。外れた首輪を差し出しながら言う。
「あ、そうそう。何か忘れてると思ったら……へへ、ありがとな、おっさん。あと2つだぜ!」
長沢ははしゃぎながら首輪を受け取る。
――お姫様を助けるためには3つの首輪、か。本物のRPGみたいじゃん。
「御剣君と咲実さんの首輪を外すにはJOKERが必要なのか……生憎、その持ち主については、僕もわかってなくてね」
総一と咲実の首輪を外すにはJOKERがなくては始まらない。客観的に見れば二人の解除条件はそれほど難しくもなさそうに見えるが、それはJOKERの持ち主が協力的な人物であった場合である。もしもJOKERを配布された参加者がずっと隠して続けていれば……という怖れも十分に考えられる。それこそ今話していたように郷田が持っていようものなら……。
「漆山のエロジジイは違かったんだよな……。そうだ、手塚や高山のおっさんのPDAはどれだか知ってる!?」
「いや……申し訳ないが、それも……少し話してそのまま別れてしまったからね。高山君とは6階でもう一度会おうと言う約束があったんだが――この身体では……どうにも、ね。僕がPDAをはっきり見せてもらったのは、君たちと渚さんの他に、文香さんとかりん君だけだ」
現時点でこの二人の情報はほとんどないと言ってよかったため、何かわかるかも、と期待したがそう甘くはなかったらしい。そこへ落胆した長沢と入れ替わるように咲実が話しかける。
「文香さんはQなんですよね……?」
「ああ……そうだが、何か?」
「いえ、優希ちゃんから聞いただけだったので、念のために、と思って」
「えっ? 御剣の兄ちゃん、文香の姉ちゃんに見せてもらったって言ってなかったっけ!?」
「ああ、あれは優希が見せてもらったってことだ。まあ……文香さんがJOKERを持ってたとしたら俺たちはそろそろ首輪を外してるだろうな」
総一が咲実の方を向くと彼女も頷いて見せる。長沢はその話し方からして二人が文香にかなりの信頼を置いているであろうことがわかったものの、自分はどうにも彼女が苦手だったため、わかっていながらも悪態をついてしまう。
「そんなに信用しちゃっていいの? あんなの、ただのうるさいエレベーターガールだろ?」
「長沢、文香さんは信頼できる人だぞ。最初、みんなが集まってバラバラになった後、一緒に行動したことは話したよな? その時、何度も俺たちを元気づけて導いてくれたんだ」
「ええ……不安と緊張でまともに歩けなかった私がこんな風に動けるのも文香さんのおかげなんです。それと長沢君、文香さんはエレベーターガールじゃなくて受付嬢だったはずですよ?」
「……それを言うなら、咲実の姉ちゃんさ、優希は嘘ついたりしないぜ? 疑うこともないんじゃない?」
――また意見が違った。かりんの時と違って袂を分かちかねない内容ではないが、面白くない長沢は咲実の訂正を無視して反射的に突っかかった。
「あ……ごめんなさい。決して疑ったわけじゃないんですけど、その……確認をって思って」
とは言えそれも尤もだったのか、咲実は素直に反応する。しかし、黙って聞いていた葉月は長沢の言い分もわかるような気がした。文香と会った時、彼女は長沢に対しては現実的ではあるが、否定的な態度を示していたからである。あの雰囲気そのままで接されれば長沢だって面白くないだろう、そう思えたのだ。それでも、今の長沢ならばきっとわかってもらえるとも思えたのだが……。
「そうだ……この、PDAを。僕にはもう、必要ないからね」
話がひと段落ついたところで、葉月は懐からPDAを取り出すと長沢たちに差し出す。当然ながら、画面にはハートの7が映っている。
「えっ、あの……大丈夫なんですか……?」
咲実が不安そうに尋ねる。PDAはゲームにおける生命線であり、なくてはならないものである。確かに首輪が外れているのならば必要ないのかもしれないが、大ケガをしている葉月から受け取るには引け目を感じる。しかし、そんな咲実をよそに長沢は既にPDAを受け取っていじり出していた。
「へえ、そう言えばおっさん、GPS機能をインストールしてたんだよな。これとさ、さっき御剣の兄ちゃんが見つけた部屋の名前を教えてくれるやつを合わせて使えば、移動が大分楽になるぜ」
「ははっ、役立ててくれるのなら……幸いだ」
「葉月さん、ありがとうございます。あら……? これは、何でしょうか?」
長沢の手にあるPDAを覗き込んだ咲実が気づく。現時刻――AM3:16のすぐ下に自分たちのPDAでは見られない表示があった。現在は10:44とあり秒単位から数字が減っていく。
「本当だ。なあ、葉月のおっさん、この減ってる時間はなんだよ?」
「ああ……今いる階が侵入禁止になるまでの時間だと思う。途中でそれらしきツールボックスを見つけてね……これかな」
葉月はポケットを漁るとツールボックスを取り出す。長沢はPDAを咲実に渡してそれを受け取る。なるほど、確かに英語でカウントダウンなどと書かれていた。
「御剣さん……」
「よかった。これで少しは安心して休めるな……」
二人の顔に安堵の色が浮かぶ。いくら疲れているとはいえ、現在地が侵入禁止になるまで寝過したりしようものなら笑い話では済まされない。
「あと、GPS機能って……。これは……私たちがここにいて、それで、こうして見てみると……5階へ続く階段まであと少しなんですね?」
多少無理をしながらも歩いてきたことが功を奏したのか、意外にも自分の現在地を示している戦闘禁止エリアの光点から階段まで、距離にして1キロあるかないかと言うところだったのだ。
「なあんだ、案外近いんだな。なんか目が冴えちゃったし、休まないで上へ行ってもいいぜ、俺」
一連の出来事で眠気が吹き飛んでしまい、次の階まで近いことで急に気が楽になった長沢はあらぬことを提案するが、総一も咲実も疲れた視線で否定的な表情を向けるだけだった。
「な、なんだよ!? そんなんだから根性ないって優希に言われるんだぞ!?」
「……それとこれとは話が別だ……長沢」
「そうですよ? ちゃんと睡眠を取らないと……思い出したら急に眠くなっちゃいました……」
いつもの悪態のつもりだったが、今回ばかりは二人も笑顔はなく、本気で突っ込んでいるようにも見えた。一時的欲求から来ているのだから無理もないのだが――
「長沢君、君もちゃんと寝ておくんだ。睡眠は大事だって学校でも教わらなかったかな?」
「けっ、おっさんは気楽でいいよな」
「こら!!」
目上の人間に対する、それも負傷者への長沢の態度を総一は諌めようとしたが、そこで止めた。本人は特に気にしていないように見えたからである。そして、反応する気力がないと言うよりもわかっていて何も言わない、そんな感じに思えたのだ。
幸運にも部屋にはベッドが4つあるため、各々の寝場所に困ることはなかった。そのまま3人はベッドの布団に半身を潜らせる。PDAの時刻を見るとAM3:21と表示されていた。
「4階が侵入禁止になるまで10時間はある。逆算すれば明日……と言うか今日の午後2時までだ。それで、5階までの移動時間を考えると翌朝9時くらいまでなら眠っても大丈夫かな」
「そうですね……少し余裕を持っておいた方がいいかもしれません。……長沢君?」
咲実はいつの間にか静かになっていた長沢に気付き、声をかける――が、返ってきたのは透き通った寝息だけだった。ベッドを覗き込むと既に目を閉じている。どうしたものかとこちらを眺める総一と葉月には困ったような笑みを向けるしかなかった。
「……もう、寝てしまったのかい?」
「ええ。よっぽど疲れていたんでしょうね……」
そう言いながら咲実は長沢に布団をかけ直す。
「眠くないとか言っておいて、本当はカッコつけてたんだな、こいつ」
総一は呆れながらも目は笑っていた。遠足帰りのバスの中や修学旅行の夜などで男子にありがちなパターンだった。寝ないでいられると自分が偉くなったような、勝ったような気分になれる。尤も後者の場合、寝不足によって翌日は地獄を見ることになるのでお勧めできる行為ではないのだが……。
「お休みなさい、御剣さん、葉月さん……」
改めて布団に潜った咲実は安心したのか、瞬く間に眠りに落ちていった。それを確認したような気がした総一も既に夢の中へと旅立っていた――
「ふう……やっと、眠ってくれたか……」
3人が眠ったことを確認すると葉月は表情を強張らせて、自身の身体に目を落とす。心配をかけるまい、その一心でこの大ケガにも平然と振る舞っていたのだ。この後のことを考えると、解放感と共になんとも言えないプレッシャーが襲ってくる。家族のためにも、渚のためにも生きていなくてはいけない。そして職場ではまだやらなければならない大役が待っている。だが、下手に眠ったら二度と起きられなくなるかもしれない――何より今は長沢たちが寝過してしまうことの方が懸念事項だった。それならば……。
――これが最期の仕事、かな……。
死んだように眠っている3人を眺めて、葉月は静かに呟いた――