シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

36 / 60
Player   Card  Odds   首輪解除の条件
長沢勇治  3  5.6     3人の殺害
矢幡麗佳  8  Death  近距離でPDAを5つ破壊
色条優希  4  7.2   首輪を3つ取得
漆山権造  A  Death  QのPDA所有者の殺害
手塚義光  5  2.4  24箇所のチェックポイント通過
陸島文香  Q  3.3    71時間の経過
郷田真弓  9  4.1  自分以外の全参加者の死亡
御剣総一  2  3.8  JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実  6  6.7  JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K  5.0    PDAを5つ収集
葉月克巳  7  1.6    全員との遭遇
綺堂渚   J  3.5  24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太  10  2.9   首輪が5つ作動


第34話 戦場に潜む闇

「勝手なものね……。ま、あたしに選択肢なんかないんでしょうけど」

 

とある5階の部屋、その一角で壁に隠されているかのように備え付けられた無線機によるやり取りを終えた文香は、溜め息まじりに呟いた。そのまま後ろで眠っている優希に視線をやると、静かな寝息だけが部屋に響き渡っている。その瞼の周りがまだ濡れているように見えるのはおそらく、泣き疲れて眠りについたからなのだろう。

 

「……若い子には少し刺激が強すぎたかしらねぇ」

 

あれから文香はほとんど優希と口をきくこともなく歩き続けてきた。互いに気を許せない点では手塚、高山の二人組と同じなのだろうが、こちらは利害の一致もなく危険な手の内を見せ合ってしまっている。文香にしてみれば万に一つも優希に逃げられるようなことがあれば状況は不利になるどころか、本来の目的達成も遠のいていく。一方、優希にしてみればこの雰囲気は恐怖でしかなかった。文香が今考えている通り、小学生には酷な状況だったのだ。

 

「それにしてもおとなしいわね。躍起になってもっと部隊を投入してくるものかと思ったけど……あたしに怖れをなしたのかしら?」

 

優希を一瞥すると自身の目つきが自然と鋭くなるのがわかる。念のため部屋の外に出て廊下を見回してみたが、何者かが来る気配はない。こちらには組織のボス、色条良輔の娘である優希がいるのだ。当然、彼女をゲームに参加させることなど組織から見れば言語道断である。しかし、一度始まってしまったゲームを途中で止めるわけにもいかない。既に優希にも相応の額が賭けられている。だから、運営側の思惑としては体裁を保ち、何事もなかったかのようにゲームを続行するためには彼女を客に気づかれないように回収しつつ、その間にはダミー映像を流して恰も死んだかのように見せかける――それしかなかった。

 

「……バカの集まりにしても、冴えてるのがいるみたいだし。錬度が低い奴らにしては、それなりにマシなのを向かわしてきたみたいね――でも、まさかあれに気づくなんてね。もう少しで現場の指揮系統をメチャクチャにできたのに。はぁ……やってくれるわね……」

 

今後も優希を回収するために、その手口で来ることは間違いないはずなのだが、依然、優希を回収しにやってきたのは先ほどの二人、マックとカシマだけだったのだ。そして仕留めることには成功したものの、片やカシマには作戦を妨害され、マックには危うく照準を合わせられる始末である。不慮の出来事とは言え、あの時優希が近くに来ていなかったら無事でいられた保証はない。尤も、それがわかっているからこそ、余計に苛立ちを覚えるのだが――

 

そして、折りしもゲームのモニターを眺める見物客が少なくなる明け方ならば、焦って多少の強行策をとってきても不思議ではないと言うのに。

 

 

「……舐められたものね。連中はもしかして、あたしがまだこの子に何もできないとでも思ってるのかしらねぇ……? うふふふふ」

 

 

文香は腕を組んだまま余裕の表情で言い放つと、優希の方をそっと振り返る。

 

 

――今まで当然だと、正義だと信じていたことが覆された時。そして味方だと信じてこの身を委ねていた存在に裏切られた時――その事実は一人の人間を根底から揺るがし、崩壊させてしまうには十分な理由となる。信じているものにかけた時間が長ければ長いほど、信じていた理由が大きければ大きいほど、その衝撃は甚大なものとなり本人の感情を容赦なく壊しにかかる。それが遠い幼年期や多感な思春期から続くものであれば尚更である。

 

だが、事実がどうあろうと時は無情に流れていく。否が応でも今後の選択は自身に降りかかってくる。何が正しいのかがわからなくなっても、自分の進むべき道は自分で選ばなければならない。

 

 

それでも――炸裂した感情の行く先はもはや誰にも制御はできない。

 

 

「それなら……ふふふふ、嫌でも出て来たくなるようにしてあげるわ」

 

文香はゆっくりと舌なめずりをしながら薄笑いを浮かべる。おそらく彼女自身、この時の表情がどんなものかも気づいていないのだろう。微かに残る口紅の味を感じながら。

 

 

――あたしはテロリストなのよ……?

 

 

 

「報告します! 司令、カジノ船の位置が判明しました! 東京より太平洋沖東南東、距離にしておよそ2700キロです」

 

ゲームを監視している一団、エースの通信士が声を上げる。この情報だけは口頭で伝えるようにと以前より指示を受けていたのだ。ハゲ鷹が空を舞う――その入電を受けてから彼らの士気は一斉に上昇を始めていた。そしてついにその所在を掴んだのだ。ゲームを運営する組織の要人たちと、その客を乗せた豪華客船の位置を。

 

「衛星より撮影した画像を転送します」

 

ざっと1500人は軽く乗せられる規模の船が司令のモニターに映し出される。ゲームにおける首輪の作動や武器の配置等現場への指示はもちろん、ゲームマスターとのやり取りや船内の客の反応によって行われる参加者の倍率操作も、全てはここが中心部として機能していた。つまり、この船を押さえてしまえばゲームは事実上運営不能に陥ることになる。首輪を作動させることができなくなると言うことは、ルールを守る必要がなくなると言うことである。そもそも船に乗り込んでしまえば、客の大騒ぎが始まり、少なくとも賭け事としてのゲームは成り立たなくなるだろう。

 

「この航路を辿りますと……行き先はハワイかと予測されます。到着まであと5日は必要かと」

 

「5日か……強襲チームの攻撃準備が整うまでの時間は?」

 

「はっ。カジノ船を含め、我が国に点在する奴らの全ての施設を対象にして、あと15時間ほど――大凡21:00(フタヒトマルマル)と予測されます」

 

海上ならば組織側に逃げ場はない。早急にエースの部隊を集結させれば強襲することは容易い。むしろタカ派が主導していればそうなっていたかもしれない。だが、組織を公的に裁くにはボスである色条良輔の身柄がどうしても必要だった。カジノ船の客を見ればわかる通り、既にこのゲームは富裕層を客として完全に取り込んでいる。彼らは各々が政治、警察、マスコミや経済界にも影響力を持つ大物、若しくはその関係者がほとんどであるため、船に奇襲をかけたところで客たちが一丸となって被害者を装い騒ぎ立てれば、エースの行動は世間に理解を得られない。それどころか、最悪、海賊扱いされて立場が危うくなってしまうだろう。ハト派が主導している以上、自分たちの行動を世間に認めてもらわねばならないのだ。そのためには全てを率いる色条良輔を拘束し、証拠を提示させて罪を自白させなければならない。それで初めて政財界や警察に蔓延っている組織の関係者を洗いざらい焙りだすことができるのだ。

 

そうでなければテロと戦うテロ組織エースも、ただのテロリストに成り下がってしまう。何より、トップを放置すれば再起のチャンスを与えてしまうことになる。加えて居場所が判明すると言うこと自体、本来ならばあり得ない絶好の機会なのである。さらに日本全国の至るところには様々な形で隠蔽された組織の拠点が置かれており、それらも全て壊滅させなければいくらでも再起や証拠隠滅の恐れが出てくる。

 

だから、攻撃は色条良輔の現地入り――カジノ船への到達をもって行われる。30年に渡っての活動、そして10年間に渡っての戦闘。全てに決着を付け、終止符を打つ――決行の時はすぐそこまで来ていた。

 

「副司令……奴がこの船に到達する予想時刻は?」

 

「約10時間後、16:00(イチロクマルマル)から……遅くとも12時間後の18:00(イチハチマルマル)の予定です。依然、色条優希は我が方の諜報員の保護下にあります」

 

司令はシートにもたれながら大きく息を吐き出す。その様は壮絶なプレッシャーと高揚感のはざまで冷静に自分を落ちつけようとしていることが、副司令には痛いほど理解できた。死んでいった多くの仲間たちのこと、ゲームによって人生を狂わされた多くの人々のこと――それらを思い返せば、悲願が達成されるかもしれないこの状況で落ち着いていられるはずがない。

 

「森君の独走は非難されるべきだが……現れた結果については評価せねばならんな」

 

「ええ……」

 

「…………」

 

そこまで言うと司令は険しい表情を作り、参加者のデータが映し出されているモニターに目をやる。ナンバーAと8の顔写真は当然ながら暗いままだったが、ナンバー7の顔写真にはCompleteの文字が上書きされている。本来ゲームをよく思っていない身としては、生還者が出たことで顔が綻んでもいいはずなのだが、司令の表情は厳しくなる一方だった。

 

 

そして……その視線はある女性プレイヤーの顔写真に向けられる。

 

 

 

「……例の一件、鴻上君は何と言っている?」

 

「はっ、現在の状況を考えれば、些細なこと、と……」

 

 

「……そう、か」

 

 

 

エースの活動に対して組織とて黙っているわけではない。タカ派のトップだった森少将――彼は妻を組織に殺された挙げ句、娘をゲームに参加させられてその命を奪われたのだ。そして彼女の最期の様子を映した動画が彼に元に送られてきたという――それを見た森は激しい怒りと悲しみに苛まれ、復讐を誓った。

 

――組織のボスにも同じ思いをさせてやろう、と。

 

そしてタカ派の中でも特に思想が近いメンバーを総動員させると、組織に潜入中の工作員にも協力を要請し、ついには色条優希をゲームに参加させることに成功したのだった。本来参加するはずだった桜姫優希――彼女と名前が同じだったこと、彼女が予期せぬ事故によって他界したこともあって欠員が出ていたため、その経緯に至ってはそれほど難儀なことではなかったのだ。

 

だが、当然ハト派がそれを容認するはずがなかった。それでは組織とやっていることは同じなのだから。容赦なく非難を受けた森は更迭され、准将に降格された。そして立場が危うくなったタカ派と入れ替わるかのようにして、ハト派のトップである鴻上大佐が森の代わりに暫定的少将として任命されたのだった。

 

この人事はタカ派とハト派の間にあった深い溝を決定的なものにしてしまった。確かにタカ派はその名の通り、エース内でも過激な主張を持つ者で構成されている。政財界に紛れこんでいる組織の人間をリストアップしては旅行中や移動中に暗殺を企てたり、組織の施設を武力で強襲せんと計画したり――今のところ実行に移した例はないものの、その度にハト派との衝突は絶えることがなかった。当然、日本でそのような行為を行えばエースそのものが容認されなくなるだろう。それどころか、犯罪集団として認識される恐れすらある。

 

その意味ではハト派の方が余程まともな思想を持っているかのように思える。

 

だが――

 

鴻上という男がやってきたこと、そして今も尚やっていること。それは穏健派が主張している世間からの理解云々や「テロと戦うテロ組織」という主張とは明らかに一線を画すものだった。タカ派である森の一部の側近はそれを知っていたのだ。

 

エースが非合法ながらも海外から支援を受けられるようになる過程で、地下組織の戦闘集団に師事して訓練を受けた上で戦闘に参加したり、各国の傭兵部隊と共同戦前を張ったり――ということは少なくなかった。そのような戦闘行為で敵を倒すことはその場では罪には問われない。そして日本国内でもエースの倫理観に則って言えば組織の人間を殺害しても彼らの中では罪には当たらないのだろう。

 

 

――それが何も知らない民間人であったとしても、である。

 

 

蓋を開けてみれば何のことはない。結局のところ両派とも思想が危険であることは同じだったのだ。それどころか、鴻上のやっていることが間接的に組織側の戦力を上昇させているなどとは、ハト派の人間が気づく由もなかった。

 

 

「貴様らとて奴らと同じようなものではないか! 我々は民間人に手を加えた事実はない!」

 

 

「何を言っている。ただ実行できなかっただけだろう? お前たちの危険な思想がこの平和ボケした国に受け入れられると思うのか? ……だが、組織の力を削ぐには一切の妥協、例外は必要ない。そこだけは私達も同感だ。これ以上足並みを乱すような真似は慎んでもらいたいものだな」

 

「大佐の言う通りよ。あたし達は戦争をしているわけじゃないの。あなたたちのような強硬路線を表沙汰になんかしたら、それこそ一日中電波を独占するような大騒ぎになりかねないわよ? 40年前みたいに……ね」

 

「ああ、そんな内乱事件がありましたね。……民間人と言っても、我々に言わせれば金に目がくらんで組織に加担しているも同じことだ。同情の必要などないんじゃないですか? 森少将……あ、失礼。今は准将でしたか……。そもそも人ひとり消えたところで――国に与える影響などたかが知れたものです。世の中に蔓延る未解決事件……それがいくつあると思っておられるのです?」

 

 

タカ派に所属する人間はその派閥の主張通り短絡的、そして感情的な行動が目立つことも事実であった。尤も、今回、色条良輔の居場所を掴めたのは少なからずそのおかげなのだが――

 

そして、彼らに以前から燻っていたハト派への不平不満がついに爆発したのだ。色条優希をゲームにねじ込む過程で、ハト派もその場では気づくことのなかったもう一つの細工が行われていた。だが……それをタカ派が仕組んだという確証はない。ただの事故、そして対応しようのなかった偶然の出来事だと言われればそれまでだった。

 

 

 

『ふふ……じゃあ、優希ちゃんにはお礼にいいこと教えてあげる。ほら……』

 

 

 

 

 

橙色に染まりゆく地平線に向かってヘリコプターは飛び続ける。やがて窓から差し込み始める朝焼けの光が横顔を照らすと、朝日の眩しさが不思議と目に染みる。今まではこんな感傷に浸る暇すらなかった。

 

 

――そうだ。私は……一度として優希の誕生日を祝ってやったことがなかった……。私が買い与えた物と言えば、高価な文房具や上等な質の洋服ばかり。学校で周囲の友人たちが驚くことばかりを考えていた――

 

優希の、誕生日は――――? 金田と飲み明かしたあの日は――――? あれから何年が過ぎた……? それすらも瞬時に思い出せなくなっている……。

 

 

「……様、色条様!!」

 

 

――いつからだろうか……気がついた時には妻とは衝突ばかりの毎日だった。立場上、家に帰ることもできずに……そして妻が帰って来ないと聞いた時も、私は全てを家政婦たちに任せ、仕事を理由に家を空けたままだった……優希が泣いていると知っていながら。

 

 

「……どうした?」

 

「失礼ながら、それを聞きたいのは私たちの方です。一体、どうなされたのです? エースに情報が漏れていることが明白である今、奴らはカジノ船に目を光らせているはずです。色条様が到着したところを狙って一斉に行動を起こされたとすれば、特隊長の部隊をもってしても身の安全は保障できません。どうかお考え直しを……!」

 

「…………」

 

 

幾度にも渡る部下の呼び掛けすら届かなくなるほど、良輔は思い詰めていた。優希の身を案じるあまり、部下の反対を押し切って見たゲームの中継……

 

 

『お兄ちゃん、誕生日をお祝いしてもらったことって、ある……?』

 

 

その途中で優希が口にした言葉は、ナンバーAに抱いた殺意やナンバーKに向かう複雑極まりない感情……そんなものよりもずっと重く、耳に痛いものだった。

 

「色条様!」

 

 

 

(くくく……貴方は甘すぎるのだよ。だから奥方様にも逃げられるのだ……)

 

 

必死に説得を続ける一人の後ろで、また別の悪意が生まれようとしていた。当然、今の良輔がそれに気づくことはない。

 

(……そろそろ、決行の時か。遅かれ早かれこうなるとは思っていたが……)

 

 

ヘリコプターは黒い思惑を運んで飛び続ける。進路を変えることもなく、ただ朝日が昇りゆく地平線へと――

 

 

 

「ふあ~ぁ……昨夜はよくお休みでしたねってか?」 

 

戦闘禁止エリアで十分な睡眠と食事をとった長沢は、良くも悪くも普段の調子を取り戻していた。それは危険な武器や罠が散乱する場所にいるという意識を薄めるくらいに。油断大敵とは言うものの、常に神経を張り巡らせていれば疲れるだけである。むしろリラックスしていた方が危険な状況にも柔軟な対応ができるのかもしれない。

 

「……あ、でも、俺が宿屋の店員だったとしたら、御剣の兄ちゃん達には昨夜はお楽しみでしたねって言うんだったっけな」

 

――なんでお楽しみなんだろう? ま、いいや。

 

調子に乗って次々と脳内に沸き出てくる意味のない自問自答。心の中のテンションが上がっているときにはありがちなことだった。しかし、大抵そのような時には嫌な事が起きて、我に返らされ、想像していたことが恥ずかしくなるのが常である。急に教師に怒られたり、クラスメートから嫌がらせを受けたり。

 

ここは学校ではないものの、そんな過去の経験を思い返し脳内の回路を切り替える。

 

 

――って、遊んでる場合じゃないんだよな。

 

 

「なあ……葉月のおっさん、起こさなくてよかったのか?」

 

長沢は前を歩いている総一と咲実に呼びかける。あの後、三人が目覚めてから朝食を済ませ、身支度を整えてもまだ葉月は眠ったままだった。自分たちの記憶では起きていたはずだが、重傷を負っている上に無理して歩き続けてきたのだからそれも当然と言えば当然である。しかし、黙って出ていくのはどうにも抵抗があった。反面、眠っている間は苦痛を感じずに済むのだから無理に起こすのも気が引ける。そこで話し合った結果、起こさないまま戦闘禁止エリアを後にしたのだ。

 

「昨夜、葉月さんは俺たちに必要なものを全て託してくれたんだ。下手に起こしたら悪いだろ? 身体だって動かさないに越したことはないんだし」

 

「そうですね……。本当に無理していたみたいですし……でも、葉月さんは首輪が外れてるんですから、もう戦闘禁止エリアからは動かない方がいいんですよね? 準備だってちゃんとしてきたんですから……きっと大丈夫です。長沢君も知っているはずですよ?」

 

「そ、そうだけどさあ……」

 

確かに準備は万端だ。いつ葉月が目覚めてもいいように食事の準備を済ませ、予備の缶詰、ペットボトルの水をあるだけベッドの傍に置き、洗面器の水に蒸しタオル、救急箱も用意しておいた。ゲームが終わるまで持ちこたえられるように。

 

それでも長沢としては不安だった。もしかしたら葉月はそのまま目が覚めないのかもしれない。今にも以前インストールしたツールボックス、プレイヤーカウンターの効果音がするんじゃないかとPDAをしまったポケットに神経が集中するほどだ。

 

「それよりも、俺たちの首輪のことを考えた方がいいな。咲実さんはJOKERを見つければいいとして、問題は長沢の方か……」

 

総一が首輪のことを話題に出すと、咲実は表情を曇らせる。いよいよJOKERを手に入れるためにも他の参加者と接しなくてはいけない。そしてJOKERの偽装機能は一度使うと、1時間絵柄を変えることができない。つまり自身の安全を確実に確保するためにはJOKERを見つけてからもさらに5時間を要するのだ。

 

「二人も殺せるはずがない……よな。やっぱり、他の手を探すしか……」

 

「なんだよ、御剣の兄ちゃん。俺の首輪の話か? 俺が倒さなきゃならないのは二人じゃなくて三人だぜ?」

 

総一が何気なく呟いた言葉を聞き取った長沢は素早く突っ込みを入れる。呆気にとられていると、長沢はさらに言葉を連ねる。

 

「まかせとけって! 敵が出てきたところで俺が始末してやるからさ。この先もっと強い武器が手に入るんだろ?」

 

「長沢!」

 

得意気に話す長沢に総一は鋭い視線を刺す。それが意味するところは既にわかっていた。総一は人を傷つける――こと殺めることに関しては強い嫌悪感を抱いている。それで何度も怒られていれば嫌でも学習せざるを得ない。流石にその理由まではわからなかったが――つられて咲実の顔つきがさらに沈んでいたのは、場の空気が歪んだ不安からなのか、せっかく忘れていた恐怖を再び思い出してしまったからなのか。もしかしたら、総一が怒ったのは咲実のためなのかもしれない。

 

「他の参加者だってお前と同じく武器を見つけているかもしれない。自分だけが特別だと思うな。人を攻撃しようとすれば自分だってやられるかもしれない、そういうことなんだぞ」

 

「わ、わかってるって」

 

その場しのぎの返事をしながらも、言われてみればその通りである。あの時の不快な声を忘れたわけではない。

 

 

『はぁ、はぁ……は、はははっ! あっはははは! あんたが悪いんだからね! あたしに不意打ちなんか仕掛けてくるからこうなるんだ!』

 

 

認めたくはないが先に手を出したのは麗佳なのだろう。尤も、自分が武器を持っていたとしたら、麗佳よりも先に自分が同じような目に遭っていた可能性も否定はできない……。

 

 

――でも、俺は麗佳の姉ちゃんとは違う。それに、俺は3人殺さないと帰れない。ドラゴン・ハンターだってまだやり足りない。高校だって行きたい。用意された給食じゃなく弁当を持って行ったり、学生食堂を使ったり。休み時間は自由にお菓子が食べられて、のどが乾いたら自販機でジュースを買って、と。ゲームやマンガで見たような、バラ色の高校生活――

 

「――って、聞いてるのか!?」

 

「えぁ? ……あ、ああ」

 

完全に上の空だった長沢は空返事をする。どうやら自分がいろいろと空想している間に話が進んでいたようだった。

 

「咲実さんもそれでいいかな?」

 

「はい……長沢君を残して私たちだけが助かるなんて、少しずるい気がしますから」

 

「あ、あのさ、さっきから何の話してんの?」

 

咲実の思わせぶりな発言につい反応すると、総一は何度も言わせるなと言わんばかりに語りだす。

 

「お前が人を殺さなくても、首輪を外せる方法を探そうって言ってたんだよ。時間いっぱいまで、な」

 

「…………」

 

 

――もしも、そんな方法があるのなら……だが、別に人を殺すのが嫌なわけではない。何故なら自分が狙うべきは悪人なのだから。これから自分の首輪を外すため、あるいは賞金のために戦闘を仕掛けてくる参加者もいるだろう。そんな奴らに出会ったら、総一や咲実は戦えるのだろうか……? その時は自分の出番のはずだ。決して最初の頃のように誰でもいいから殺してみたいと思っているわけではなくなっていた。

 

 

「そ、それよりさ、まずは御剣の兄ちゃん達の首輪だろ? JOKER探さないといけないんだからさ。俺一人より、二人だぜ」

 

長沢はこみ上げてくる嬉しさを必死に噛み殺しながら、平然を装って言った。蔑まれるのが常だった自身にとっては、たとえ現実離れした気遣いでも心が温かくなるのだった。

 

「……おいおい、俺たちにも少しはカッコつけさせてくれよ、長沢。それに、お前に人殺しなんかさせられないからな」

 

「ええ。私たちの方が年上なんですから。少しは甘えてくれてもいいんですよ?」

 

「だ、誰がっ――! 俺は子供じゃないんだっ!!」

 

長沢は顔を真っ赤にして反論しようとするが、照れ隠しだと見抜かれているのか、二人とも笑みを浮かべるだけだった。異性に大声を上げられるとそれだけで恐怖だったはずの咲実でさえ、余裕の表情を見せていたのだった。

 

「けっ、と、とにかく……もうすぐ階段だぜ」

 

気恥ずかしさを振り払うかのように二人を追い越すと、先頭に躍り出る。あまり今の自分の表情を見られたくなかったのだ。そんな長沢に咲実は、PDAを見ながら呼びかける。

 

「あら……本当ですね。次の三叉路を右ですよ、長沢君」

 

「知ってるよ」

 

「待て! 階段の近くは危険だって文香さんから聞かなかったのか!?」

 

さっさと登ってしまおうと足を速めた長沢は、総一の声に立ち止まる。確かにここで見つけた武器を考えれば、どんな危険が潜んでいるかわからない。上から手榴弾が降ってくるかもしれないし、登りきったところで銃撃による奇襲も考えられる。はたまた戦闘禁止エリアで話題になったガス弾で……というのもあり得る。

 

「あっ! ああ……忘れるとこだった……!」

 

急に立ち止まった長沢に総一と咲実が追いつくと、再び足並みをそろえて歩いていく。

 

間もなく、三人の前に5階へ続く階段が現れた。足を止めて耳を澄ませたが、誰かが近くにいる気配はない。三人は互いに顔を見合わせた――

 

 

 

 

 

 

「ふふ、ふふふふふ……さっきから何をしているのかしら……。怖がってるの? 早く、早く、おいで……。あは、あははははははっ!!!」

 

PDAに映る3つの光点を見ながら少女は笑う。

 

そして携帯電話を開くと、待ち受け画面に映っている笑顔の少女に語りかける。

 

「もう少し、もう少しだからね……うふふふふふ……」

 

その隣で微かな笑みを湛える少女の顔が歪んでいく。携帯電話に映し出されているのは少女自身の写真なのか、それを持っている彼女の顔を映し出しているのか――

 

 

「さあ……おいでぇ……。はは……あははははは!!」

 

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