長沢勇治 3 8.5 3人の殺害
矢幡麗佳 8 Death 近距離でPDAを5つ破壊
色条優希 4 6.2 首輪を3つ取得
漆山権造 A Death QのPDA所有者の殺害
手塚義光 5 3.1 24箇所のチェックポイント通過
陸島文香 Q 2.9 71時間の経過
郷田真弓 9 4.4 自分以外の全参加者の死亡
御剣総一 2 4.8 JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実 6 7.0 JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K 11.3 PDAを5つ収集
葉月克巳 7 1.7 全員との遭遇
綺堂渚 J 3.2 24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太 10 3.6 首輪が5つ作動
「ちくしょう、なんだよ……この感覚は……!」
苦虫を噛み潰したような表情で長沢は呟く。銃撃戦の末、自分は生き残った。そしてライフルで撃たれたと思った箇所も軽傷で済んでいたのだ。こんな奇跡が連続で起きたのならば、本来は飛び跳ねて喜んでも良い場面だろう。しかし長沢の心は一向に晴れなかった。
「僕は……俺は、麗佳の姉ちゃんの仇をとったんだぞっ! 約束を守ったんだ!! それに……あいつは俺に斬りかかってきたんだっ!! だから……」
自分は間違ってはいない――必死にそう言い聞かせる。だが、少しでも間をおくと脳裏に浮かんでくるのはかりんの悲しい嗚咽とか細い呟き声だった。
――当たった……!?
長沢は自らが放った銃弾に身を躍らせるかりんを見て心を逸らせた。続いて何かが落ちる音と、人が倒れ込むような音が響き渡る。そしてその瞬間から銃弾が飛んでくることも不快な笑い声が聞こえることもなくなった。しばらく身を伏せたまま待ってみたがやはり何も起こらない。
「や、やったのか……! い、いててっ……!」
背中の痛みよりもかりんの様子が気になる。長沢はゆっくりと身を起こし、徐々に晴れていく白煙の向こうに目を凝らす。だが、どれだけ目を見開いても目印となる白のパーカーやブルーのホットパンツ――彼女の服は見えなかった。
大丈夫……そう、だな。
両手を突いたまま膝を抱え込むようにして座り、静かに、静かに立ち上がる。拳銃は右手に持ったままだ。音を立てないように忍び足で歩を進め、地面に目を落としながら近づく。
「……ん…………れ、ん……」
「うわわっ!?」
突然聞こえてきた声に驚き、反射的に足を止めて拳銃を構える。だが、正面、背後から何かが来る気配はない。冷静に声のする方向へ耳を澄ませてみると――確かに声は聞こえる。だが、それは先ほどのものとは何かが違う。
「あっ……」
微かに晴れつつある煙の向こうへ目を向けると、うつ伏せに倒れた少女が力なく呟いていたのだった。
……もしかしたら近づいた途端、動き出すかもしれない。そんな不安に駆られた長沢は念のため、拳銃を向けたまま少女の方へ歩を進めていく。だが、間違いはなかった。その少女は激しい銃撃戦や命がけの鬼ごっこを繰り返した、あの北条かりんだった。
そう、自分は勝ったのだ。敵を倒したのだ。そう思うと緊張の糸が切れ、疲れがどっと疲れが押し寄せてくると同時にある種の達成感が沸き上がり、自然と顔が綻ぶ。
「へ、へへへっ、やった、やったぜ……! 見たかよ、麗佳の姉ちゃん……」
あれだけライフルを乱射して暴れていた事を思えば、もはや彼女に立ち上がる力はないのだろう。かりんにとっての敵がこんなに近づいているのに、何もできないのだから。長沢は勝利を確信していた。
「そうだ、トドメを刺さないとな。ついでに首でも引きちぎって……こいつ、楽に死ねると思うなよ……!」
長沢は倒れているかりんに勢い勇んで近づいていった。怒りと悲しみ、喜びの入り混じった表情を浮かべながら。そして拳銃を向けようとしたその時だった。
「かれ……ん……、おねえちゃん、は、お金、を……持って…………」
かりんが虚ろな表情でぽつりぽつりと呟く。
次第に晴れていく白煙の中に見たかりんは深い傷を負っていた。背中から浴びた銃弾は胸まで貫かれたのだろう。肺の辺りから流れ出ているであろう血が、床を赤く染めているのがわかる。それは大きな血だまりとなって彼女の身体を受け止めていた。
それでもまだ目的を忘れてはいないのだ。その執念に驚かされているとかりんは手を伸ばし、自身の周囲を探り始める。
「銃は……銃、は……どこ……? 撃た、なきゃ……P、D……A、を……、か、れん……。もう、すぐ……だか、ら……だ、から……。戦わ、なきゃ……」
(こいつ……こんなになってまで、まだ……)
色を失った瞳で必死に武器を探そうとするかりんに長沢は後ずさる。自分たちを散々苦しめてきたライフルはすぐ近くに落ちていた。だが、彼女はそれに気づかず、今度は自身の身体を弄り始めた。どこかに武器をしまっているのかもしれない。
すぐにでもトドメを刺すべきだ。麗佳の仇打ち、そして何よりも自分の首輪の解除のために――僅かにとはいえ肢体を動かし、武器を手にしようとするかりんを見てそう考えるものの、絞り出すような声で発している言葉の内容も気になる。長沢はいったん銃を下ろし、地を這うかりんを睨みながら様子を見る。
「ナイフ、でも、いい……。戦わなきゃ……PDA、を、奪わ、なきゃ……P……DA……があれ、ば……かれん、を……。ここまで、来て、負けちゃった……ら、あたし、が……」
「けっ、負けたら何だよ? 勝手な事ばかり言いやがって! お前の妹のために殺されかけた方の身にもなぁ……!」
長沢はかりんの声に対して憎しみを込めた反論を吐き出そうとする。
その時だった――
「殺し……ちゃった人、に……傷つけた、人、たちに……申し、訳ない、もの……」
「な、なに……!?」
今しがた悪態をついていた長沢は動揺した。創り上げた憎しみの表情が次第に崩れていくのがわかる。まさかかりんが罪悪感を感じていたとは思ってもみなかったのだ。妹のためになら何をやっても許されると暴走し、手当たり次第に人を襲う――そういう認識だった。
「ナイ、フは……銃、は……どこ……? お、ねが……い……、あ、明かり……を……」
「な、な……なにを……今さら……!」
「そう、すれば……お姉ちゃん、が……すぐ、に……。かれん、かれん……どこ、に……いる……の……?」
「そんな……そんなこと、今言ったって遅いんだよ!!」
噛みあうことのない会話。そして急速に込み上げてくるかりんへの同情の念。それを必死に打ち消そうと感情を吐き出したものの、長沢の瞼の裏に映るのは命を懸けてかりんを説得しようとしていた総一や咲実の姿だった。どれだけかりんに攻撃されても、反撃しようとしなかった二人――その真意を最悪の形で知ることになったのだ。否、心のどこかではわかっていたのだが、認めることができなかった。初めて会った時からかりんと敵対していた長沢とは違い、総一たちはかりんと行動を共にしていた。だから、彼女が本当は普通の女の子だと知っていたのだろう。
「かれん……どう……したの? そんな、大きな……声、出して……。お姉ちゃん、何か悪い……こと、しちゃった……の……か、な……」
「…………!」
かりんは長沢の声を妹のそれと思い込んで反応していた――もう目も見えていないのかもしれない。あまりにも大き過ぎた妹への、唯一の肉親に対する愛情。それだけがかりんの身体を突き動かしていた。燃え尽きようとしている命を奮い立たせながら。
長沢はそんな彼女が哀れで仕方なくなっていた。先ほどまでは憎しみで満ちていたはずなのに――気がつくと、足元に何かが滴り落ちていた。屋内であるこの場に雨など降るはずもない。
(な、涙……? 僕の……?)
「な、なんで……なんで涙が溢れてくるんだ……? こいつは……麗佳の姉ちゃん、を……! 俺の事をバカにして……襲いかかってきた奴だぞ!! 死んで当り前じゃないか! なのに、なんでこんなに……」
銃を持っていた手が震える。手だけではない。身体中が震え出し、涙が止めどなく溢れてくる。
「か……れん、どこ……? どこにいるの……? 隠れて、ない、で……出て、きなさ……い……。おねえちゃん、を……一人、ぼっち……に、しな、い……で」
「バ……バカヤローッ!!」
そしてこちらへ手を伸ばし、虚ろな視線で妹を探し求めるかりんの姿についに耐えられなくなった長沢は、大声を上げながらその場から逃げだしたのだった――
「ふうん。意外な展開ね……」
黒いフリルの服に身を包んだ彼女は、PDAに送られてきた情報を見て思わず声が漏れる。その内容は自分が予想していた展開とは異なるもの、言わばほぼ正反対と言ってもよかった。
「ふふふ。ありがと、総一くん。あなたのその行動、お客さんからはかなり評判いいみたいね……。賭け金がどんどん上がっていくわ……」
屈託のない笑みを浮かべてPDAを眺める彼女だったがすぐに険しい顔に戻り、悪態をつき始める。この表情の作り変えの速さはまさに女優そのものである。
「でも……あなたを認めるわけにはいかないわね……。あなたがそのまま生きているだけで、私自身が否定された気分になるもの。それに咲実ちゃん……その仕草、態度、真奈美を思い出して不愉快だわ……!!」
ゲームで出会っていない人物でも、サブマスターともすればそれなりの情報が送られてくる。そのため、咲実と総一の様子がどんなものかは大体予測がついていたし、彼女の想像もあながち間違いではなかった。しかし、そのような思い込みは頭から消し去っているはずの記憶にまでリンクし、連鎖的に嫌な部分を掘り起こしてしまう。
――私のことなんて、足手まといくらいにしか……思っていなかったくせにっ!!!
(くっ……)
鮮やかに蘇る、全ての発端となった舞台の記憶。
「ふふ。そうよ、咲実ちゃんは足手まといよ……! ねえ、長沢くん? うふふふ……」
自分の話にも全く耳を貸さず、親友がこちらに銃を向けながら放った言葉……。片時も頭から離れることはなかった。その声を必死に打ち消そうと呪いの言葉を吐き出し、頭の中を切り替える。
「……いっそのことJOKERの奪い合いにでもなってくれれば面白いのに……その時、全てがはっきりするのよ。誰だって裏切るって……」
裏切らない人なんていない。
それは彼女が今まで見てきたものから例外なく弾き出される結論だった。
「あーあ。長沢くんが暴れることを期待してたのになぁ……。君のクリア条件は3人殺すことなのよ? かりんちゃんと戦ってる余裕があるなら、総一くん達を撃っちゃえばいいのに。あの子、頭悪いのかしら……」
長沢の行動も例外だった。ネット上のこととはいえ、人を殺したいなどと吹いて回っているコンプレックスの塊のような中学生が、いつの間にやら仲間と共に笑い行動していた。本来ならば、欲と感情の赴くままに暴れ叫んで人を傷つけてゲームを盛り上げ、キリのいいところで無様に脱落する――そんなねずみ花火のような役割を想像していたのだ。
「……今回のゲームって何だか、予想外の連続だわ。郷田さんのシナリオも外れちゃうし。こんなに苦労して、かりんちゃんとの距離を保ってたのに、バカみたい」
ゲームマスターの予想では長沢がかりんに負けると思っていた。そしてそれは彼女も予測していた事だった。その上で本当は死にかけた長沢の前に自分が現れて、悲しみの場面を演出してゲームを盛り上げる、そういう予定だったのだ。
――さあ、これからどうしようかしら。
いろいろなシーンを撮影するには必然的に動き回ることになるナンバー7……葉月さんと一緒にいるのがよかったんだけど、もう首輪外しちゃったし。グループと合流するなら高山さんと手塚くんの方が安全――高山さんは思ったよりも非情になれない人みたいだからいいとして……でも、手塚くんは……思いの他鋭いからお勧めできないわね……。それなら総一くん達に紛れこんだ方がいいんだけど――うーん……。でも、郷田さんは放置でいいって言ってたし、私がショーに巻き込まれるわけにはいかないものね。例の連中って言ったってどうも様子がおかしいみたいだし。まあ、今のところ優希ちゃんを回収しなくてもいいのは不幸中の幸いかしらね。
様々な考察の末、彼女はリボンの後ろに手を添えるとしきりに何かを弄る仕草をする。
「……とにかく緊迫感あふれる映像をもっと送らなきゃ。どんなに高性能な監視カメラでも、現場の緊迫感を体験した映像には適わないものね……」
ぴーぴーぴー……
その時だった。彼女のPDAから特殊な呼び出し音が鳴ったのは。ゲームにおける通達事項をプレイヤーに送る場合とは違う音である。
「専用回線? こんな時になにかしら……?」
次の行動を決めかねていた彼女は迷うことなくPDAを取り出して画面をタッチする。
「やあ! ボクはジャックオーランタンのスミス! 今回のゲームはボクの出番がなくてちょっと寂しいんだよね~」
コミカルな音楽が流れ、画面の端からカボチャの頭をしたキャラクターが歩いて来る。我が国でも最近になって流行り出したハロウィン――10月になると見かけるようなそれは、画面の真ん中まで来るとクルクルと回り、ポーズを決める。彼女はそんな演出に驚くこともなく、半ば呆れ気味に呟く。
「それだけ順調に進んでるってことじゃないのかしら? あいつらの介入を除けば、の話でしょうけど。それで何の用? エクストラゲーム……というわけではなさそうね」
エクストラゲーム――客にとってゲームの進行具合が不評だったり、今一つ盛り上がらなかったりした時、臨時的に新たなゲームやルールを設けて参加者同士を戦いに駆り立てる。その時、対象者のPDAに現れてその内容を説明するのがこのスミスである。しかし、今回のように運営側の人間に対してのみ彼を登場させるのは極めて稀有な例だった。
「その通り! 残念ながらエクストラゲームの話じゃないんだ。それよりもさー、一生懸命描いた君のシナリオがこうも外れ続けると、サブマスターとしては不安にならないかなあ?」
――余計なお世話よ……!
挑発的な演出を行いながら台詞を言うスミスに鋭い視線を浴びせる。だが、確かに不安はあった。ゲームが始まる前に参加者の資料に目を通せば、誰がどのように出てくるのかは粗方予想がつく。そして、いざ本番で全員と接触すれば大半の参加者の行く末が想像できたものだった。誰がどのように動き、どうやって戦いになって脱落するのか。その予想に従って自分のシナリオを創り上げ、客が喜びそうな演出を施す。自らの稼ぎのためにも、勤務評価につながる自分の演出が受け入れられるに越したことはない。さらに賭け金が膨れ上がればそれだけ手当てが付く。今までもそうやって足場を築き上げてきた。
それでも、ゲームに参加させられた人間の末路を幾度となく目の当たりにしている身としては、こうも話が明後日の方向へ進みだしては動揺せずにはいられなかった。そもそもやられ役と認定していた長沢がここまで生き残っていること自体、予想外なのだ。
「おやおや~? 返事がないね~。もしかしなくても不安だったんだのかな~? でも! 恥ずかしがることはないよ! 今回はイレギュラーの連続だったしね~。そんな山あり谷ありの中で一生懸命だったガンバリ屋さんの君だけに、ボクが特別いい話を持って来てあげたんだよ~」
「前置きはいいわ。……指令を教えて?」
基本、スミスの言い回しは参加者の神経を逆撫でするかのように行われる。今回も例外ではなく、それを知っていた彼女はわざわざ不愉快な思いをすることもないと、話を急かした。
「あれ~? いつになくせっかちなんだね。まあ、気にしない気にしない。それじゃあ、本題に入るね! たとえばの話だけどさ、今まで、ずーっと不遇な学校生活を送ってきた男の子が、優しい女性に恋をしたとする。でも……悲しいけど、初恋は実らないって言うよね~?」
彼女は怪訝そうに画面を見つめてはいたが、別段驚くこともなかった。それはゲームに参加する度に起こるありきたりの出来事――自分のように天然な癒し系を装っていれば、安らぎを求めて寄ってくる参加者は多かったのだから。そんな彼女にとってスミスの言い回しが何を言わんとしているのか、理解するには十分だった。だがこのまま納得するのも癪に感じたのか、彼女は敢えて気づかない振りをする。
「……何が言いたいのよ?」
「ええ~? 困るなぁ~、少しは空気を読んでもらわないと~。そんなこと、ボクがはっきり言えるわけないじゃな~い。ほら……この先の、少年が味わう絶望ってやつを思ったら、恐ろしくて、とても言葉には言い表せないよ~?」
「…………」
目の切り抜き部分を垂れ下げて言葉を濁すスミスだが、彼女は相も変わらず画面に冷めた視線を送っている。
「……って、ちょっと待ってよ~。そんな怖い顔で睨まないで欲しいな~。可愛い顔が台無しだよ~。あ、そうそう。成功したら手当てだって付くんだからさ~」
「……いいわ。早く続けて」
挑発されたことに思わず不快感を露わしたが、それが逆に利益に繋がっていたことで眉間の皺が緩んでいく。すると今しがた困った顔で手を振っていたスミスは、急にシャキっと姿勢を正して声高らかに言葉を放つ。
「そこで! 現実に失望していた少年が、信頼を取り戻すきっかけになった初恋のお姉さんに裏切られて、殺されちゃう。そんな悲劇のストーリーがあったら、きっと盛り上がると思うんだ~。どう? 大ヒット間違いなしだよ~?」
スミスの言葉を聞きながら、彼女は全身の血が逆流するかのような感覚に見舞われていた。それは半ば予想していたことでもあり、選択肢の一つでもあった。そんな彼女の感情など意に介さず、スミスは画面内で顔を赤く染めたり、目をつり上げたりしている。
「さあ、ちょっと怖かったけど一生懸命伝えてみたよ~? ここはボクの勇気に免じて、いい返事を聞きたいな~? 今、こっちの会場は少年たちの激しく感動的な戦いで大盛り上がりだし、お次は静かな愛憎劇でダメ押し、って言うのもいいんじゃないかな~?」
「……そうね……わかったわ」
彼女は無意識に返事をしていた。返事をさせられていた。どの道運営からの指令ならば逆らうことはできない。むしろ、彼女としては望むところだったのだ。
「だよね~、そう来なくっちゃ! さあ、それじゃ君の腕の見せ所だよ~。今回の内容は君の行動が直接手当に関わって来るから頑張ってね~。上手く行けば、このゲームから解放されるくらいのお金が手に入っちゃうかも~……そんな事を考えれば決して悪い条件じゃないよね~。あ! でもさ~……」
スミスの言葉も途中から頭に入らなくなっていった……。
――これで何人目かしら。
虚ろな瞳の奥に浮かぶ、嘆き悲しむ人々の数。ある者は泣き、ある者は怒り、ある者は冗談だと笑いながら倒れていった。泣かれても罵られても、容赦なく鉛の弾で黙らせてきた。
いつもそう。私を信じた人間は必ずひどい目に遭う。でも、仕方ないじゃない? 誰だって裏切るんだから。あなただってそうでしょう――?
仲間のフリをして、騙し続けた参加者を自らの手で葬る度にそう言い聞かせた。何よりも家族を守るためだと思えばどこまでも残酷になれた。そう、今この瞬間さえも。
そして、いつからか何も感じなくなった。自分の手で人を殺すことが当り前の作業のように――。最初は天使の顔で欺き、最後は手のひらを返して悪魔と化す。
「渚ちゃん……嘘だよ、ね? 嘘だって……嘘って言って!! そ、そんなのイヤぁぁっ!!」
「この……あんたって人はぁぁっ!!」
「ぐっ、騙されたぜ……!! あんた、大した、女、だよ……」
「お姉ちゃん、痛い……痛いよ……!!」
「はははっ、人が悪いなぁ。君がそんなことするはずないって――!?」
脳裏に浮かぶのはこれまでのゲームで裏切り、引導を渡してきた参加者たちの今際の言葉。
血塗れで現実から目を逸らす女性、激昂して無駄な抵抗をする少年、やせ我慢で強がって見せる青年、何が起きたのかわからずに怯える少女、最期まで現状に気づかなかった男……。悲しみや怒りの感情を込めて向けられる視線。そんなものにはもう動じたりはしない。
――あなたは何て言うのかしら……。長沢くん?
「初めての友達に殺されるなんて、いつかの君の親友みたいだね~」
別種の創造によって意識が完全に乖離していた彼女には、スミスの挑発さえも聞こえなかった。
「はっはっは! これだからゲームはやめられんよ!」
タキシードの男は満足そうにグラスを空けるとひと際大きな声で語り出した。数時間前まで青くしていた顔はすっかり赤くなっている。その横では妻と思われるドレス姿の女性が、胸に手を当てながらわざとらしく言って見せる。
「ええ、あなた。あの男の子の死をも恐れぬ熱い叫び……本当、心を揺さぶられましたわ!」
「どうだ、君らも見たかね? これこそ若さの証明だよ。彼らの元気と威勢の良さ、思い込んだら一直線!! 私たちも見習うべきじゃないのかね!?」
「……そうですね。久しぶりですよ、映画の中の出来事だと思っていたようなシーンを見るのは。あのナンバー2、死ぬのが本気で怖くないんじゃないですかねぇ? 女の子の前で格好つけるだけの理由であそこまで出来ませんよ、少なくとも僕は、ね」
「ははは、頭のネジがポーンと飛んでいるのかもしれんなぁ。最近の若者は何を考えているかわからんからなぁ、わっはっは! 何せ、身内のためには平気で人を殺すのだよ? ……それもあんなに笑いながらな!」
「まあ、あなただって笑ってるではありませんこと? それにさっきは若者を見習うべきだと言ったはずですわよ、あなた。……あら、ありがとう」
「何を言う。私は過去を振り返らない男なのだよ! っとと、すまんな……はぷっ!」
別の男性客が持ってきたワイングラスをそれぞれ受け取った夫婦は、即座に口を付けて傾ける。それを見届けると彼はもう一人の男にカクテルを渡しながら話し出した。
「どうだ、当たってるかい?」
「ふう、全っ然…………。なんで僕の予想はいつも外れるんだ!! あんなガキにやられやがって!!」
カクテルを受け取った青年は静かに一息つくと、急に声を荒げた。彼はナンバーAとKに賭けていたのだ。だが例によってその目論見は見事に外れ、数億への期待は風前の灯となっていた。目上の夫婦の前では必死に平静を取り繕っていたものの、年が近い者の前ではつい地が出てしまう。
「ああ、さっきの大騒ぎの奴か……って、あのなぁ、ナンバー3だってガキだろう? まあ、落ち着いて飲めよ。Kだってまだ死んだわけじゃないだろ? もしかしたらこの先、白馬の王子様が現れて助かるかもしれないぜ?」
「バカにしてるのかっ!」
男が宥めるも、自身の失敗をからかわれたような気がして青年はますますいきり立つ。
「ゲームってのは何が起こるかわからないもんだぜ? ナンバー7だってあの状況から奇跡の大逆転を見せたじゃないか」
男はそこまで言うと傍らに置いてあるジュースを手に取り、奥の方へと視線を向ける。
「大きな声じゃ言えないが……こんな悪趣味なゲームに金賭けてないで、あっちでポーカーでもして来いよ。その方が安上がりだぜ? こっちは俺たち若人にゃリスクが大き過ぎる。眺めて楽しむのが賢いやり方だと思うが、な」
「うるさいっ! ここまで来て引き下がれるか!! こうなったら、ナンバー6、いや、ナンバー4にでも……!! 今までの負けを取り返してやる!!」
「おい、待て待て。頭に血が上ったところで賭けても勝てないぜ? とりあえずは様子見だ。大金つぎ込むのはもう少したってからでも……ふ~、っと」
男は倍率だけを見て息巻く青年を止めると、ジュースを飲み干す。周囲の状況を見回すと、今のところ総一や文香にチップを振っていく観客が増え始めているのか、彼らの倍率が下がり出している。3人行動となったことが大きいのだろう。一方、ゲームをクリアした葉月にはあまり倍率の動きがない。賭けてもつまらないのか、不安要素が多いのか……いずれも割に合わないからかもしれない。そして、よくよく見れば怒っているのは彼だけではない。ナンバーKが生き残ると踏んでいた客は殊の外多かったのか、暴れる者、椅子を蹴飛ばす者、さらにはワイングラスを叩きつける者までおり、ゲーム運営側の人間が後片付けに奔走していた。
――それよりも面白いのはナンバー3のガキだな。あいつ、ナンバー8の仇打ちって言ったって、自分に刃を向けた女じゃないか……動機は支離滅裂だがそれが奴を強くしてやがる。それに加えて、あの悪運の強さ。よもや背中のクロスボウに守られるとはな。漫画じゃなきゃ見れない場面かと思ったもんだが、さて。次はどう出てくるつもりだろうな?
「ま、自称ギャンブラーとしては、こういう荒船に乗るのも悪くはない、か……。どうせあぶく銭だ」
男はポーカーで儲けたチップを手に歩き出した。